死ぬに死ねない中年狙撃魔術師   作:星野スミ

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第53話

「ロッコの赤ちゃん、可愛かったなあ」

 

 グクモから旅立ってしばしの時が経ち、とある町の酒場にて。

 リラが薄めた葡萄酒を口に運び、思わずといった様子で呟く。

 

 かの集落での戦いの後、グクモに戻り旅立つまでの間。

 彼女は領主の屋敷でまる一日、旧友と語らい、絆を確かめ合ったのだ。

 

 その際、ロッコの夫と共に、生後半年にもならない赤子を紹介されたとのことである。

 ちなみにそのとき、おれも誘われていたのだが……。

 

 リラとロッコにとってはせっかくの親友との絆を深める機会なのだから、と断った。

 おれなんかがいても、邪魔になるだけだ。

 

 ご老人と共に、いくつか片づけなければならない後始末もあったしな。

 なおその間、手持ち無沙汰のマイアは、ご老人の屋敷の老メイドが話し相手となっていた。

 

 老メイドはたくさんのおとぎ話を知っていて、黒竜の娘は彼女の話に夢中になっていたのである。

 別れ際、彼女は老メイドに「自分はもう、いらないから」と数冊の本を貰っていた。

 

 帝国のあちこちで綴られたさまざまな昔語り、それが記されたものである。

 ずっと昔、帝都で手に入れたものであるらしいが、ぼろぼろにすり切れ、羊皮紙のページ一枚一枚が手垢にまみれていた。

 

 なんども読み返された、きっと彼女にとって思い出の品だ。

 そんなものを渡すほど、マイアのことを気に入ってくれたのか。

 

 老メイドの思いがどれほど伝わったのか。

 

「保存の魔法をかけて、一千年後にも伝わるようにいたしましょう」

 

 老人の屋敷を辞する際。

 受け取った本を胸もとでぎゅっと握って、はにかんだ様子でそう語るマイアの双眸は、いつになく輝いていた。

 

 さて、本来はもっとゆっくりしてしかるべきそんな状況でありながら、帝都から慌てて派遣されるであろう悪魔対策組織の者たちに事件のことを根掘り葉掘り聞かれるのも面倒と旅立つことになったおれたちである。

 リラとしても、もっと親友と語り合いたかったに違いない。

 

 本当は、数日、親友の赤子を抱いていたかったのだと思う。

 そのあたり、なんとも申し訳なかったなとは思うのだが……。

 

 まあ、マイアのこともあるし、仕方がない。

 リラには彼女の正体について話してはいないけど、面倒な事情聴取で何日も拘束されるのは嫌だ、という想いは彼女も同じである。

 

 かくしておれたちは、早々に帝国の南東の辺境をあとにして、北へ向かったわけである。

 ここらあたりまで来れば、もういいだろう、というあたりまで。

 

「ロッコ、わたしと同い年なのに、もう結婚して子どももいるんだもんなあ。貴族って、ほんとたいへんだよ。相手はいいひとだけどね。でも、結婚するまでいちども話したことがない人だったって」

「両親の急逝で、家も焦っていたんだろうから、こればっかりはな……」

「うん、あの町がきちんとしていて、領民もみんな明るくて。それはきっと、ロッコの家がきちんとロッコを盛り立てたおかげ。でもそれは、わたしの親友が家のために自分を使い潰されることに納得できるかどうか、って話とは別」

 

 貴族嫌いの少女は、水で薄めた葡萄酒を口に運びながら告げる。

 なおこの間、マイアはリラの隣に座り、蜂蜜のたっぷり入った焼き菓子を口のなかにたっぷりと詰め、それを咀嚼する仕事に忙しい様子であった。

 

「夫婦仲が良好で、子どももできて、領民にも慕われていて、本人も納得してるんだから、わたしがなにかいうべきじゃない。だから、わたしが余計なことを口走る前に町を発ったのはよかったんだよ」

「おまえは相手が嫌がるようなことはいわないだろ」

「どうかな。つい嫌みをいっちゃうかもしれないし」

 

 それは、そうかもしれない。

 彼女もロッコと呼ばれていた少女も、まだ本来なら学院で勉学に励んでいるような年齢なのだ。

 

 ふたりとも頭はまわるし、そこらの騎士なら軽く制圧するようなちからもある。

 だがそれは、己の感情を適切に抑制することが可能なことと同義ではない。

 

「自分が少し情けないよ。わたし、なんでもできると思ってたんだけどなあ」

「全能感を覚えるのは若いやつの特権だ。適度にへこんでおけ」

「ししょー、そこは慰めるところでしょーっ!」

 

 しらん、専門外だ。

 おれは狙撃しか能がない男なんだよ。

 

「リラは、慰めて欲しいのですか? わたくしは、リラがとてもよくやっていると考えます。リラをみて、己の至らぬところを知るばかりの日々です」

「マイアちゃんありがとう! でもちょっと複雑な気分かな!」

「頭を撫でて差し上げましょうか?」

「えーと、はい、ありがとうね?」

 

 リラの頭の上に手を伸ばし、よしよしと金髪を撫でるマイア。

 微笑ましい光景である。

 

 まあ、この外見十二歳の少女にみえる黒竜、実年齢八十二歳の少女(本人談)なんですけどね。

 

「そういえば、マイアちゃん、この先、どこか行きたいところがあったりするの?」

「ふむ」

 

 少女はリラの頭を撫でる手を止め、首をかしげてみせた。

 しばしののち、ぽんと手を叩く。

 

「リラ、わたしはさまざまな物語を知りたいと考えます。本を集めた場所があると聞きました」

「なるほど、図書館のある町は、ちょっとおおきいところなら……問題は閲覧権限かなー」

「他の劇も、みてみたいと思います」

「ああ、演劇や歌劇かー。巡回の劇団でもなければ、よほどの都市でもないと、なかなか。でも、そっか、それはアリだね!」

 

 ふたりの会話を聞きながら、おれは考える。

 帝都に行くならともかく、このあたりで、それだけの大都市、か。

 

 どこかあったかな?

 ちょっと調べてみてもいいかもしれない。

 

「ししょーは劇とか興味あるの?」

「いや、ぜんぜんだ。実はいちどもみたことがない」

「それじゃ、いちどはみるべきかもだね」

 

 そうかもしれない。

 なにごとも経験だしな。

 

 マイアをみていると、なんとなくそんな、前向きになってくる。

 芸術なんて、てんで興味がなかったのだが。

 

 

        ※※※

 

 

「そういえばさ、ししょー」

「なんだ」

「そろそろ夏だね」

「ああ」

「もうすぐ一年、だよ。わたしがししょーのもとに押しかけてから」

「押しかけたって自覚があるのは偉いぞ」

「えへへ」

「皮肉だ。だいたい、そのときは断ったし、それからしばらくおれは竜退治で忙しかった」

「そうだね。まさか二十日もエドルに帰ってこないとは思わなかった」

「公式には存在しない依頼だったからな」

「わたし、十六歳になったよ」

「ちょっと遅くなったが、誕生日のお祝いとか、するか?」

「ししょーは誕生日のお祝い、した?」

「いや。ここのところ、誕生日はだいたい、狙撃の仕事の最中でな」

「そっか。じゃあわたしもいいや。それが狙撃魔術師ってことで」

「狙撃魔術師の嫌な伝統をつくるのはやめた方がいい気もするな……」

 

 自分が狙撃魔術師の最先端なのか、それとも異端なのか、微妙なところだ。

 普通の狙撃魔術師はもっとおおきなチームをつくるものだし、ここまでたて続けに大物を狙ったりしないし、そもそも悪魔案件に関わったりしない。

 

 そもそも、仕事でもないのに、あちこち旅する狙撃魔術師というのも珍しいだろう。

 長筒の魔力タンクという荷物があるから、どうしても馬車旅が中心になるし。

 

「まあ、それはそれとして、弟子の誕生日くらい祝いたいところだ」

「えへへ、嬉しいよ、ししょー」

「欲しいものとか、あるか?」

「んー」

 

 リラは少し考え込んだあと、にへらと笑う。

 

「欲しいものは、この一年でだいたい貰っちゃったかなあ」

「そうか? たいしたことをしてやれたとは思ってないが」

「そういうとこだぞ、ししょー」

 

 こんどは、なぜかジト目で睨まれた。

 目の色も髪の色も違うし、顔も身体つきも違うのに、なぜだかずっと昔の、あいつに睨まれたときのような感覚を覚え、落ち着かなくなる。

 

 ごまかすように、ひとつ咳をした。

 

「考えてみよう。マイアにもなにか用意しないとな」

「そこでマイアちゃんの名前が出てくるの、ししょーのよくないところだと思う!」

「おまえにだけ贈り物をするのも、なんだかこう……」

「それはそうだけど! うん、マイアちゃんにも贈り物するべきだと思うよ! ちくしょーっ、ししょーが圧倒的に正しい!!」

 

 むきーっ、と天をみあげて叫ぶ弟子。

 こいつの感情の推移は頻繁にわからなくなる。

 

「はあ、うう、もういいや……疲れた」

「元気は若さの特権だな」

「ししょー、適当なこといってるでしょ」

 

 ジト目で睨まれた。

 

 

        ※※※

 

 

 翌日。

 おれたちは町を出て、馬車で北上する。

 

 季節は夏に入り、強い日差しが馬車の天井を焼く。

 冷却の魔法がかかった馬車の壁も、熱のすべてを吸収しきれず、それだけではいささか蒸し暑い、となり……。

 

「わたくしの魔法で、風を送るといたしましょう」

 

 マイアが軽く手を振ると、馬車内部の空間を渦巻くように風が吹いた。

 おお、涼しい。

 

 リラが、ぎゅっとマイアの首に抱きつく。

 

「これは一家に一台、マイアちゃんだね」

「リラ、互いの熱が伝わり、これでは風の効用が半減です」

 

 相変わらず仲の良い、まるで姉妹のようなふたりをみながら、おれは思わず口もとを緩める。

 マイアも、あまり表情が変わらないながら、ここしばらくでだいぶ、感情がわかりやすくなったように思うのだ。

 

 たとえば、いまも。

 口では億劫そうなことをいっていても、リラに抱きつかれていることを嫌がっていないな、と。

 

 身体をぐらぐら揺すられても、そのじゃれつきを心地よく感じているな、と。

 なんとなく、彼女の感情が伝わってくるような気がするのだ。

 

「リラ」

「なーに、マイアちゃん」

「わたくしは、あなたを好ましく感じております」

「えっ、マイアちゃん待って、わたしそっちのケはないよっ!」

「そっち、とは?」

 

 ばっと慌ててマイアから離れるリラ。

 きょとんとして、しかし人肌のぬくもりが離れてしまったことを少し残念がっている様子のマイア。

 

「わたくしでは、あなたの友になれませんか?」

「ああ、そういうこと。いや、うん、知ってたよ。突然でびっくりしただけ、しただけ。――えっと、でもね、マイアちゃん」

「はい、リラ」

「わたしはもうとっくに、マイアちゃんのこと友達だと思ってるから!」

「それは、喜ばしい。わたくしも、あなたのことを友だと認識させていただきます」

 

 え、むしろいままで友じゃなかったの? とリラが肩を落とす。

 マイアが「いかがいたしましたか」と小首をかしげる。

 

 こいつら、本当にコミュニケーションに難があるな……。

 腕組みしながら、そう考えていたところ。

 

「ししょーが、なんかわたしたちのこと心のなかで罵っている気がする」

「おまえの気のせいだ」

 

 リラに睨まれた。

 マイアが「なんと」とこちらをみる。

 

「仲がいいな、と思っていただけだ」

「無論」

 

 黒竜の娘は、胸を張る。

 

「わたくしたちは、友、ですので」

 

 こいつが自信満々だと、なんだか不安になるな。

 いってることは間違ってないはずなんだけど。

 

 




ブックマーク、評価等いただければたいへん喜びます。

感想、すべて読ませていただいております。
いつも本当にありがとうございます。

次回でひとまず終わりにしたいと思います。
ぶっちゃけた話、キャラの話ならつくれますが、狙撃の話をつくるのが難しいので……ネタがつきました。

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