死ぬに死ねない中年狙撃魔術師   作:星野純三

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おかげさまをもちまして、嬉しいお知らせです。
ドラゴンノベルスから書籍化となります。
発売日の告知等はまたのちほど。


第54話(完結)

 時は巡り、夏が来る。

 おれも間もなく四十一歳の誕生日を迎える。

 

 ヤァータ。

 星の果てから来たというあの存在と邂逅してから、十六年が経とうとしていた。

 

「ご主人さまは、この一年でだいぶ活動が活発になりました。喜ばしく思います」

「きさまはこの一年で、だいぶ賢しく動きまわったな」

「光栄です」

「皮肉だ」

「はい、存じております」

 

 このふてぶてしさは、いったい誰に学んで得たものか。

 十六年前は、もう少しまともだった気がするのだが。

 

 いや、そうだろうか。

 全知性奉仕計画とか語り出す輩がまともといえるだろうか。

 

 そうだ、こいつはあれから長い歳月を経て、少しずつこの世界のことを学んでいった。

 人類というものについて学習した結果が……。

 

 その果てがこれだとしたら、どうだ。

 ………。

 

 どうもしないな、うん。

 腹が立つ、ということだけはたしかだけど。

 

 いったいなにを学習対象としたのかは知らないが、著しく方向性を間違えている気が……。

 ヒトの本質といえば嘘と謀略、と考えれば間違いではないのかもしれないけど、そちら方面を過剰に学習するのは勘弁して欲しい。

 

「そういえば、老いなき者たち(エターナル)について、おまえに聞いておきたいんだが。知っていたのか、あいつらのこと」

「存在は感知しておりましたが、接触は控えておりました。接触の結果についてデータが不足しており、予測が困難でした」

「そのあたりは、以前と変わらず賢明だな」

「ありがとうございます」

「だが存在を知っていたなら、どうして教えてくれなかった?」

「その生態も不明なものたちを、ご主人さまのわかる形に落とし込むまでは、と保留していました」

 

 うーん?

 あ、そうか。

 

 馬鹿なおれに説明するのは難しい、といいたいんだな。

 喧嘩売ってるのか? そうなんだな?

 

「そもそも、老いなき者たち(エターナル)ってやつらは、なんなんだ。空飛ぶ鯨のときはそんなこと考えもしなかったが、あいつら、ずっと昔から悪魔と戦っていたのか?」

対界協定(アライアンス)については、マイアに直接聞いた方がよろしいでしょう」

「ああ、おまえもマイアから聞いたんだな。こっそり。おれに隠れて、そのうえで黙っていた」

 

 皮肉をいって、そのついでに睨みつける。

 しかし嘘つきカラスは、飄々としてうなずいてみせた。

 

「彼女は隠すことなく語ってくれました。問題は、彼女の知る知識の大半について、この地の記録からは失われていることでしょうか。わたしがこれまでに集めた情報にはない単語が次々と出てくるのです。実に興味深い」

 

 どうやらマイアの話に深い興味を抱いた、というのは本当らしい。

 おれに黙っていろいろやっていたことについてはなんの回答もないのが、実に憎たらしい。

 

「まあ、いい。おれは別に歴史が好きなわけじゃないしな。次におれが老いなき者たち(エターナル)と遭遇しそうになったら、前もって教えてくれ。あんなのとは、もう戦いたくない」

「かしこまりました」

「ついでに、竜とももう戦いたくないな……」

「マイアのように対話が可能とお考えですか? あのような個体は少数でしょう。たいていの竜は、ヒトに悪意を持ちます。ヒトがヒトに悪意を持つ何倍もの確率で」

「ああ、そうか。そうだよな。そもそも狙撃魔術師に依頼が来るような竜は、ヒトに充分な悪意を振りまいている」

 

 なかには、そこに竜がいるから退治しよう、くらいの気持ちで依頼が来たりもするわけだが……。

 実際に、マイアがいる山脈もそうしてエドルの一部勢力から狙われたわけだが。

 

 狙撃魔術師の依頼料は、高い。

 ことに一流と目されている狙撃魔術師は、相応の依頼料をふんだくる。

 

 おれに依頼が来るなら、そのなかから選別すればいいだけのことだ。

 空飛ぶ鯨を退治したときだって、それが人里で暴れているから、という話だったのだから。

 

 どうも老いなき者たち(エターナル)たちの会話を聞くに、あれは寝ぼけていただけらしいが……。

 呑気に夢をみながら寝返りをうつだけで人々に多大な迷惑をかけるのだから、ある意味でたいしたものである。

 

 高位存在なら高位存在らしく、常に正気でいて欲しい。

 ヒトとは、あいつらの寝返りやあくびひとつで消し飛ぶような、ちっぽけな存在なのだから。

 

「そういえば、おまえ、この前の集落の戦いのとき、リラといっしょに中心に突入してたよな。でもいまここにいるおまえは、あのときのおまえとは違うんだろう?」

「あのときの個体は、いちど通信が繋がった後、ふたたび通信途絶。おそらくはこの世界と魔界を繋ぐ通路に侵入し、ロストいたしました」

「魔界にいったのか?」

「不明です。いっさいの信号を受けとれず、情報の同期が不可能です。悪魔との交戦の可能性が高かったため、あらかじめ魔界の大気でも行動可能なよう全身を特殊な粒子の皮膜で覆っていたのですが、それでもどれほどの時間、活動できるかのデータが存在しません。すでに破壊された可能性が高いと考えられます」

「魔界にいったおまえも、いまここにいるおまえも、同じヤァータという存在なのか。いや、おまえの本体はここにないんだっけか」

「はい、わたしの指揮ユニットは、静止軌道上、あなた方にわかるように申しますなら空の上からこの場を観測しています」

 

 以前に、空の上に分身体がある、と聞いた気がする。

 そちらこそが本体で、ここにいるカラスは分身体のひとつということなのか。

 

 まあ、どっちでもいい。

 目の前のカラスを通じて会話ができ、それが空の上の存在にも伝わっているなら、特に変わりはない。

 

「ちなみに、だが。おまえからみて、老いなき者たち(エターナル)ってやつらは、どうなんだ」

「どう、とは?」

「ご主人さまとして、だ。おれなんかより、よっぽど頭がいいだろう」

「一定水準以上であれば、知能の高さは問題となりません。また高度な知能を保持しているからといって、それが知的生命として高度であるとは限りません」

「なにをいってるのか、さっぱりわからん」

「いまもわたしは、あなたにお仕えしているということです」

 

 こいつの場合、仕えている、といっておいて裏であれこれするから油断がならん。

 とはいえ、どうやら主人を乗り換える気はないようで、まあそういうことならそれでいい、か。

 

 別に、いつ終わってもいい人生だと思っていたんだが。

 いまは終わるわけにいかない、という気持ちがある。

 

 そのことを、自覚している。

 次第にその気持ちが強くなっていることも。

 

 いつから、だろう。

 ………。

 

 ああ、そうだ。

 リラに出会ってから。

 

 リラを弟子とすると決めてから、だ。

 まだ一年に満たぬ時間だというのに。

 

 この一年は、それまでの十五年のすべてを合わせたよりも濃厚だった気がするのだ。

 

「まあ、そういうことなら、よろしく頼む」

「はい、ご主人さま」

 

 三本足のカラスは、うやうやしく頭をさげた。

 

 

        ※※※

 

 

 帝国の南方、夏まっさかり。

 ここでは日が強い真昼において、町の通りから人の姿が消える。

 

 人々は夕日と共に活動を開始し、それは深夜まで続く。

 そして朝日が昇ると、家のベッドで眠るのだ。

 

 そんな土地で、夕日が西の空に落ちるころ。

 おれとリラとマイアは、熱気を帯びた風が吹き抜ける町の大通りを散策していた。

 

 行き交う人波みはまだ少ないが、立ち並ぶ屋台から香辛料のたっぷり効いたかぐわしいスープの匂いが漂ってくる。

 マイアは匂いのもとを求めて、あっちをみたりこっちをみたりと忙しそうにしていた。

 

「どこで食事をとってもよろしいのですか?」

「ああ、構わん。マイア、きみが食べたいと思うものを選んでくれ」

「承知!」

 

 マイアは、ひときわ甘い匂いがする屋台に、いさんで突撃していく。

 そんな彼女の後ろに、おれとリラがゆっくりとついていく。

 

「ねえねえ、ししょー」

「どうした」

「最近、マイアちゃんとの距離が近くない?」

「あの子も、だいぶ気を許してくれるようになったな」

「ふーん、ほー、そっかー」

 

 ジト目になって、鼻を鳴らすリラ。

 なんだよ、いいたいことがあるならはっきりいってくれ。

 

 ところがリラは、おおきなため息をついて肩を落とす。

 

「いえ、わかってます。ししょーにとって、マイアちゃんは放っておけない娘みたいな存在なんですよね」

「娘、といわれるとどうなんだろうな。いいたいことはわかるが。まあ、放っておけないのはたしかだ」

 

 あの竜を放っておいたら、ロクなことをしないだろうからなあ。

 熊にも頼まれていることだし。

 

 屋台では、よくわからない肉を使った焼き串が並んでいた。

 店主は東方から流れてきたとおぼしき顔つきで、串のタレから甘く香ばしい匂いがする。

 

 マイアは目をきらきらさせながらその串を眺め、店主が手際よく串を焼いてはひっくり返す様子を眺めている。

 

「お嬢ちゃん、うちのはどれもおいしいよ。いまなら一本、サービスしよう」

「なんと!」

「おっと、お連れさんもいるのか。しゃあねえ、全員に一本ずつサービスだ。そのぶん、たっぷり買ってくれよな」

「無論!」

 

 あれもこれも、と合計で二十本以上の焼き串を手にするマイア。

 おれは店主に金を払い、いちおうなんの肉を使っているのか訊ねてみる。

 

「聞いて驚け。うちで出す肉は、竜の肉さ」

 

 おれはちらりとマイアをみた。

 平然とした様子で、さっそく一本を口のなかにいれ、咀嚼している。

 

「この地ではなんと呼ばれているのかわかりませぬが、砂食み竜と呼ばれる牛に似た生き物の肉ですね」

 

 冷静に、そう告げた。

 この子、食べただけでわかるのか。

 

 店主が、がははと笑う。

 

「お嬢ちゃん、知ってるのか」

「歴史を、学びました。東方でよく飼われている生き物で、草の少ない荒野における家畜として重宝されていると。その際、味も学びました」

「お、おお? まあ、いいか。よく勉強してるな、お嬢ちゃん」

「無論」

 

 味も学んだ、というのはおそらく、集落での最終決戦の際に鮫が浴びせてきたアレだ。

 他者の人生の追体験である。

 

 砂食み竜、という単語にはおれも覚えがあるのだ。

 あの集落をつくっていた者たちの記憶によれば、それは主に彼らの生まれ故郷で飼育されていた家畜なのである。

 

 つまりこの店主は、かの国の出身なのだった。

 警戒するべきか、と一瞬考えたが、店主が屈託なく笑うのをみて、まあいいかと思い直す。

 

 己を燃やし尽くしてでも復讐の念に駆られた者たちがいた。

 だが同時に、そうしなかった者たちも多くいたに違いなかった。

 

「このあたりでも砂食み竜を飼う奴らがいてね。帝国じゃまだなじみのない食材だから、是非とも広めてくれ、って肉を安く卸してくれたのさ。味はどうだい」

「美味!」

「そりゃあ、よかった。お嬢ちゃん、あんまり顔つきが変わらないからよ。いまいちだったんじゃないかって不安だったぜ」

「むっ、左様でしたか」

 

 マイアはこてんと首を横に傾けた。

 

「伸びしろですね」

「お、おうっ。まあいいさ、そういうところが可愛い、っていうヤツもいると思うぜ」

「甘辛いタレが、特によろしい」

「ああ、そのタレは砂食み竜の脂を溶かして……」

 

 店主と話し込むマイアは相変わらずの無表情にみえて、おれの目には、なかなかに気分が高揚している様子が感じられた。

 まるで黒い鱗に覆われた尻尾が実際に生えていて、ぴこぴこ動いているような錯覚を覚えるほどに。

 

 マイアが大声で「美味、美味」と繰り返すものだから、その声に釣られて周囲に人が集まりはじめた。

 店主のもとに注文が殺到し、異国の男は嬉しい悲鳴をあげていた。

 

 彼の今後に幸あれ、と。

 おれは、心のなかで強く願う。

 

 マイアが人混みを器用に避けて、少し離れていたおれとリラのもとへ小走りに寄ってくる。

 

「おふたりも、食べましょう」

「ああ、そうさせてもらう」

「マイアちゃんはどれがおいしかった?」

「こちら、モモ肉です。店主殿のおすすめとのこと」

 

 マイアが差し出す肉串を受けとり、口元に運ぶ。

 肉を噛んだとたん、口のなかで肉汁が弾けた。

 

「こりゃあ、たしかにうまい」

 

 感嘆の声をあげると、マイアが重々しく「で、ありましょう」とうなずく。

 

 おれにも、まだまだ知らないことがある。

 ほんの少しだけかもしれないが、名も知らぬ者たちに、そして仲間である彼女たちに対して、できることがある。

 

 だから、まあ、もう少し旅は続けよう。

 彼女たちに得るものがある限り、そしておれに得るものがある限り。

 

 いつ死んでもいい、と思っていた。

 いまは余生で、ヤァータのわがままにつきあっているに過ぎないのだと。

 

 だが、ヤァータがいうように、きっとおれはこの一年で変わった。

 これからも変わり続けるのだろう。

 

 歩み続けるのだろう。

 いずれにしても、このままでは死ぬに死ねないのだから。

 




以上をもちまして、ひとまず完結とさせていただきます。
ここまでお読みくださり、本当にありがとうございました。

ブックマーク、評価等いただければたいへん喜びます。

感想、すべて読ませていただいております。
いつも本当にありがとうございます。

新作始めました。
あまり長い話にはならない気がしますが、よろしければご覧になってください。

絶対にバレてはいけない大賢者の弟子
https://syosetu.org/novel/338608/

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