死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売) 作:星野純三
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それに伴い、宣伝もかねて本日より5回にわたり更新をいたします。
次回は水曜日の予定。
帝国の内部でも、治安のいいところと悪いところがある。
一般的に、帝国の中央にいくに従って治安がよくなり、辺境ほど治安が悪くなる。
近くに帝国軍の基地があるなら治安はいいし、軍の手が及ばないところほど治安は悪化する。
あとはまあ、付近の領主がどれだけ目を配っているか、みたいなのもある。
野盗に対する帝国軍の扱いは厳しい。
発見次第、皆殺しが通常の対応である。
軍以外であっても、ひとたび野盗に繋がる者とみられたら最後、あらゆるギルドから排除される。
町に入ることすらできない。
必然的に、野盗というのは治安が悪い地域に集まる。
そういう地域を通る旅人は、普通、大規模な隊商と行動を共にするものだった。
まあ、おれたちは普通の旅人じゃないので、二頭立ての馬車を一台買って、三人だけで旅をするわけだが。
リラという名の帝都の学院を主席で出た暴力と、マイアという名の少女の姿をした竜である暴力。
そして無力なただの狙撃魔術師である、このおれ。
百人の野盗に囲まれても恐れる必要はない、完璧なチームだ。
………。
………………。
おれが完全におまけなことには、もう慣れたさ。
いくら嘆いたところで、超一流の魔術師と魔法を使えない者の間には絶望的な格差があるのだから。
そんなこんなで春の始めから旅をして、季節は夏に移り変わる。
最初、帝国の南部に向かったおれたちの旅も、今度は東部へ。
ひどく治安が悪い一帯へとさしかかっていた。
※※※
道の彼方で爆発音が立て続けに響く。
戦闘用の魔法が行使されているのだろう。
馬車の上を舞うカラスの姿に擬態した存在、ヤァータからの報告によれば、隊商が野盗の群れに襲撃されているとのことであった。
隊商の方がひどく劣勢であるとのことである。
「ししょー、助けにいって来て、いい?」
我が弟子たる十六歳の少女、リラが秋の稲穂のように豊かな髪を揺らし、上目遣いに訊ねてくる。
おれはうなずき、前の御者台に座っている少女、マイアに「おまえもいくか」と訊ねた。
「わたくしは残ります。こちらが襲われる可能性もありますれば」
「うん、そうだね。マイアちゃん、ししょーの護衛、お願い! ししょー、いってきまーす!」
そう告げて、リラは空へ舞い上がる。
あっという間に加速して、道の彼方へ消えていった。
おれは、御者台のマイアと共にそれを見送る。
みた目だけなら十二歳くらいの女の子に守られる中年男である。
ちからがない、というのはひどく悲しいことであった。
「肩を落として、どうしたのです」
マイアが振り向き、表情の少ない顔でおれをみつめてくる。
艶のある黒髪で少し隠れたルビーの双眸が、不思議そうにくりくりと動く。
ちなみにマイアは御者台にいるが、二頭の馬の手綱を引いているわけではない。
馬たちは、マイアがいい聞かせれば、素直にいうことを聞くからだ。
彼女、竜だからね。
馬たちは本能でマイアの正体を悟るようで、おれやリラが操るよりずっと従順なのである。
マイアの方も、「おまえたちはわたくしの庇護下にあります。光栄に思いなさい」とご満悦で、休憩のときに馬たちの毛並みを撫でたりしている。
竜の誇りがどうとかあるっぽいんだけど、そのあたりの感覚はよくわからないし、まあわからなくてもいいのだろう。
そもそも、どうもマイアの感覚も竜のなかでは異端な方っぽいし。
上位種の熊にも、そのへんツッコミを入れられてたからなあ……。
本人が自信満々だから、ついついこいつを竜の標準だと思ってしまうのが、よくない。
かといって別に、竜の標準を知るためにいろいろな竜とコンタクトをとりたいとは、別に思わないんだけども。
こいつ自身もいっている。
竜はその生存圏をヒトによって追いやられ、いずれ滅び行く種族だが、それと運命を共にするのは御免である、と。
それが自分勝手な主張だとは思わない。
おれだって、おれの使い魔のフリをしているヤァータとかいう特級にヤバいやつのちからをおれのためだけに使っているし。
いや、ヤァータの場合は、むしろおれのためだけに使わないとヤバいかもな……。
なんかいろいろと例外な気がしたからこの話は終わり、終わり。
「そういえば、ヤァータ。魔法を使っているのは野盗の側なのか、それとも隊商の護衛側か?」
「両方です。どうやら、お互いに魔術師がいる様子。そのせいで双方の被害が拡大し、野盗側も引くに引けなくなっている模様です」
両方に魔術師、か。
厄介なことになっているみたいだ。
普通、経験豊富な魔術師がひとりいれば、魔術師のいない集団なんて余裕で対処できる。
魔術師というのは相応に稀少であるし、おおむねそれは騎士や貴族とイコールなのだから。
故に、野盗に魔術師が混ざっているなんて可能性はあまり考慮されない。
魔術師がいる野盗なんて、遠からず有名になって、そうなったらすぐに軍が出てきて駆除するからね。
特権階級には特権階級をぶつけるしかない。
そうでなくては際限なく被害が拡大すると、帝国はよく承知しているのである。
だから、基本的に野盗に魔術師はいない。
隊商の側は、魔術師をひとり雇っていれば、あとは数合わせでもおおむねなんとかなる。
そういうバランスで、辺境の治安は動いているのであった。
もちろん有象無象でも数が集まれば戦術次第で魔術師を殺すことができるし、絶対なんてものは世のなかに存在しないわけだが。
でもヒトは基本的に死にたくないから、そんな無茶はしないものなのだ。
野盗たちだって、生きるために野盗をやっている者が大半なわけだし。
そんなわけで、魔術師同士が敵味方に分かれて相対した場合、どうなるか。
答えは、周囲の被害が甚大なものになる、だ。
※※※
しばらくして、前方が静かになる。
リラは戻って来ないが、上空のヤァータは彼女の無事を確認しているとのことなので、そこは安心であった。
「マイア、馬をせかしてもらえるか」
「承知」
マイアがなにごとか、呟く。
馬車を牽く二頭が足を速めた。
「リラが心配ですか」
「そういうわけじゃない。ここらの野盗にあいつが苦戦するなんて、微塵も思っちゃいないよ」
そもそも、いかに相手が魔術師であろうと、所詮は野盗に落ちるような輩である。
リラは天才型だが、だからといって自信過剰で足もとを掬われるようなタイプでもないしな。
ヤァータから報告が入る。
案の定、我が弟子によって野盗の魔術師は討ちとられ、少数の生き残りが近くの森に逃げたとのこと。
ただ、隊商側の被害がひどいため、彼女は現在、救護に当たっているとのことである。
「魔術師同士が遠慮なく戦うと、こうなるよな……」
「竜が本気で暴れたようなものですからね。守る対象であるはずの者たちすら、己のブレスで焼いてしまう」
「マイア、きみの理解で正しい。たいていの魔術師は、余裕があれば配慮するものだが……。お互いに余裕がなかったんだろうな。野盗の側だって、隊商に魔術師がいるとは思ってもいなかったんだろう」
結果、守るべき相手を守るより、自分の身を守り敵を削ることを優先してしまった。
守る、という行為には、それだけの余裕が必要なのだ。
無論、これが砦のなかで、とかなら話は異なる。
列が長く伸びた隊商というのは、極めて守りにくいものなのだから。
故にこそ、本来は不意討ちできたであろう野盗の側が優勢になる。
上手くいけば、隊商の側の魔術師を一気に討ちとれたかもしれない。
あれだけお互いに攻撃魔法をぶっぱなしていたということは、その不意討ちも失敗した、ということで……。
つまり、野盗の側の魔術師も味方に足を引っ張られた可能性が高い。
所詮は野盗だからね。
しっかりと連係ができるような教育を受けているなら、そりゃもっとまっとうな職を手にしているものである。
この辺境で、傭兵業なんかは引っ張りだこだし。
それすらできないような輩だから、隊商を襲うなんてことしかできないのだ。
例外として、傭兵をやりながらその片手間に隊商を襲うような連中もいるんだけど……。
帝国内だと、そういうのはけっこう頻繁にバレて、駆除対象となる。
軍が傭兵を雇う場合、身辺調査はしっかりやるのだ。
そこで、たいていの場合はぼろが出る。
相手の嘘を見破る魔法なんかも、軍では普及しているらしい。
だから傭兵たちも、帝国内部では、割に合わないことはしない。
そういう無法な奴らは、帝国の外に出て暴れる。
長年のあれこれの結果、おおむねそういうことになっていた。
はずなんだけど……たまに、わかってないバカが出るわけで。
そうなると、短期的にはおおきな被害が出るわけで……。
おれたちの馬車が襲撃現場にたどり着く。
ヤァータから聞いてはいたが、ひどいものだった。
十数台のそれなりにでかい隊商だったのだろうが、そのほとんどが横転、あるいは爆発四散し、無事な馬車はひとつもない。
無数の死体が、未だ片づけられることもなく道ばたに放置されている。
そしてリラは、道の脇にうずくまる十歳前後の子どもたち三人に治療魔法を使っているところだった。
そう、子どもだけで、三人だ。
それが、どうやらこの場にいる隊商の生き残りのすべてらしい。
ひょっとしたら、いちもくさんに逃げた者もいるのかもしれないが……。
「リラ」
「あ、ししょー。ごめんね。守りきれなかった。隊商の護衛の魔術師が、パニックになって魔力弾をばらまいちゃったから……」
おれは少し元気がない彼女の肩に手を置き、よくやった、と告げる。
彼女が普通の魔術師よりずっと正義感が強い人物だということを、この一年のつき合いでよく知っていた。
「きみがやらなければ、誰も生き残らなかっただろう」
「ん」
「隊商の魔術師は、経験が浅いかけだしがひとりだけだったのか」
「青ローブだったね」
青ローブは、地方の学院を卒業した証である。
ちなみにリラは、いまも帝都の学院を卒業した証である赤ローブをまとっている。
青ローブでも充分に優秀な証ではあるのだが、対人戦での経験不足ばかりはいかんともしがたいところだろう。
だからといって護衛対象ごと焼き払うような輩は、ちょっとどうかと思うが……。
「そいつは、どうなった」
「そこで真っ黒に焼け焦げてるよ。野盗側の魔術師に仕留められたの。その後、わたしが野盗側の魔術師を倒した。でもそのころには、もう、隊商は……」
子どもたちは、一様にうつろな目で、燃える馬車の残骸を眺めていた。
泣き叫ぶ気力すらも失った、というところだろうか。
さきほどまでは怪我をしていて、それをリラが治療していたのだ。
怪我を治療する魔法は、対象の体力を使ってしまうから、疲れ切っているのもあるだろう。
「その子たちはこっちの馬車に運んでやって――マイア、頼めるか」
「お任せください」
マイアが、御者台から軽く右手を振る。
三人の子どもたちの身体が、ふわりと浮き上がった。
子どもたちが目を丸くしているうちに、マイアは彼らをさっさと馬車の荷台に運び込んでしまう。
全員をやさしく、ふわりと毛布の上に着地させたところで魔法が切れた。
「マイアちゃん、ヒトを浮かせるのがますます上手くなったね」
「修練を積みました。ぽんぽん飛ばすのは悪党だけに限るべきだと、リラに教わりましたがゆえに」
「うん、まあ、いったけどさあ」
ともあれ、子どもたちもいっしょならなおさら、野宿というわけにはいかない。
彼らのためにも隊商の荷物から最低限の金目のものだけ回収し、この場は放置、次の町へ急ぐこととなった。
しばしののち。
馬車の荷台で、ようやく現実を認識したとおぼしき子どもたちの嗚咽が聞こえ始めた。
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