死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売)   作:星野純三

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死ぬに死ねない中年狙撃魔術師、6月5日(水)、ドラゴンノベルスより発売です。

書き下ろしを含め、ボリュームは2割ほど増量されました。
Web版にはなかったさまざまなエピソードが収録されております。

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第56話

 夏の最中、帝国の東方は南方ほどの暑さがないとはいえ、それでも馬車のなかは相応に蒸す。

 それを魔道具により冷気の風を送ることで快適な涼しさにしていた。

 

 にもかかわらず、現在の馬車の内部では重苦しい空気が漂っている。

 隊商で生き残った三人の子どもたちは、最初無言で荷台に座り揺られていたのだが、しばらくしてそのひとりが泣き始めたのであった。

 

 続いてもうひとりが。

 ほどなくして最後のひとりも大声で泣きわめく。

 

 おれとリラは、前の座席で、無言で顔を見合わせた。

 なにか言葉をかけてやりたいが、かける言葉が思いつかない。

 

「ししょー、あの……この子たち」

「次の町についてから考えよう」

 

 彼らのような悲劇はありふれている。

 たいていの者は、みてみぬフリをする。

 

 おれだって、こんな直接的に関わっていなければ、そして同行者たちに野盗と戦うちからがなければ、隠れてやりすごし、なにごともなかったかのように旅を続けていただろう。

 だがおれの同行者には充分なちからがあったし、介入を決断してしまった。

 

 ならば、最後まで見届ける必要がある。

 

 

        ※※※

 

 

 夕暮れ時。

 おれたちを乗せた馬車は、城塞都市の門の前にいた。

 

 子どもたちは泣き疲れて寝てしまっている。

 門を守る衛兵たちに隊商の襲撃と野盗のなかに魔術師がいたこと、その魔術師は討ちとったことを語ると、驚いてひとりが警備隊長を呼びに行き、おれたちはここで待機させられたのである。

 

 ほどなくして、初老の警備隊長が慌てた様子でかけつけてきた。

 間もなく終業時間だというのに、ご苦労さんである。

 

 彼はまずリラの赤ローブをみて納得した様子でうなずき、次いで馬車の奥で寝ている子どもたちの顔をみて「リンゼさんところの……」と呟く。

 考えてみれば、馬車十台以上からなるそれなりにおおきな隊商なのだ、ここの町でも相応に有名なのだろう。

 

「彼らの身寄りの者でしたら、その商家の出店が町の商区にあります。さっそく、人をやりましょう」

「わかりました。我々の馬車の入場は……」

「問題ありません。どうぞ、お入りください。馬車は入って左手の厩舎に預けてください」

 

 警備隊長は、とても丁寧に対応してくれた。

 うん、わかるよ。

 

 赤ローブの若い魔術師なんて、たいていは自信満々のお貴族さまの坊ちゃん嬢ちゃんだもんな。

 なるべく穏便に出ていって欲しいよな……。

 

 赤ローブの価値を知っている下々の者なら、おおむねこうなるのだ。

 辺境ともなれば、そもそも赤ローブの意味を知っている者が少ないだけで。

 

 それでもこのあたりは交易で栄えているから、多くの旅人が町を通る。

 なかには魔術師もいるだろうし、ローブの色がさまざまであることを理解している者は他の地方より多いだろう。

 

「ししょー、わたし、これ目立つかなあ。着替えた方がいいかなあ」

「堂々としていればいい。きみをローブの色で判断する者もいれば、そうじゃない者もいる」

「そっか。……うん、そうだね!」

 

 リラが、にへらと笑う。

 マイアが腕組みして、しきりにうなずいていた。

 

「麗しき師弟愛、というものですな。わかります」

「ちょっと違うんだよ、マイアちゃん」

「なんと」

 

 いや、違わないと思うが。

 門のなかに入り、厩舎の馬蹄に馬車と馬を預けていると、慌てた様子の中年の小男が小走りに駆けてきた。

 

 小男をみて、騒ぎに起き出した子どもたちのひとり、いちばん年下の少年が「あっ」と声をあげる。

 親しげに男の名を呼び、駆け寄った。

 

 抱き合って喜び、それから隊商のことを伝えて泣いた。

 小男は少年を抱きしめて宥め、それからおれたちの方を向き、改めた様子で礼をしてくる。

 

「今夜の宿がお決まりでないのでしたら、是非とも我が商会でご案内させていただけないでしょうか」

「願ってもない話だ。是非とも頼む」

 

 というわけで、この日は商会が紹介してくれた、おそらくは商会の関連の宿に泊まることとなった。

 ふかふかのベッドがある部屋とたっぷりの料理で歓待される。

 

 鶏肉がふんだんに入った山菜のスープと、豚と羊のステーキ。

 それらにかかったソースは一風変わった風味があって、おそらく東方から交易で仕入れたものなのだろうと思われ、食欲をそそった。

 

 たらふく食べたあと、諸々の手続きを終えたさきほどの男、商会の主人と名乗ったその人物が今回の一件について改めて礼をいってくる。

 ついでに、一件の後始末についても話をしてくれた。

 

 放置してきた隊商の馬車については、明日、朝一番で衛兵隊の者と共に回収部隊が赴くとのことである。

 野盗の魔術師は死んだから、奴らも再度、襲って来ることはないだろうと思われた。

 

「この地の野盗に魔術師が合流した、という噂はあったのです。ですが、そういう噂は数年に一度、流れるもの。おおむね虚報です。今回もそうであると、我々は慢心しておりました。最悪の場合でも、こちらも魔術師を雇っていればなんとでもなる、と……」

 

 この商会を仕切っているという小男は、消沈した様子でそう語る。

 未熟な魔術師を雇ったのは、それでも大丈夫、という油断があったからだろう。

 

 実際のところ、戦において未熟な者がパニックを起こすことほど面倒なことはないのだが……。

 そのあたりは、商人にはわかりにくい部分か。

 

 ともあれ、彼は子どもたちを自分の方で引き取り、責任を持って育てると、はっきりそう言い切った。

 

「彼らの親はわたしの商会の使用人です。であれば、彼らもまたわたしの子ども。そういう気概でなければ、どうして代々続く商会を次の代に受け継がせることができるでしょうか」

 

 帝国の東方はなにかと危険が多い。

 もっと東に行くと、周辺国とバチバチにやりあっている地域もあるという。

 

 そんなところで店を構え、隊商を出しているのだから、日々の覚悟が違う。

 子どもたちも、親戚の家からこの町へ見習い奉公に出るということで親子ともども隊商に同行させていたところ……。

 

 親は亡くなり、子どもだけが生き残ってしまったとのことである。

 なにもかもが不幸な出来事であった。

 

 野盗の魔術師がいたこと、隊商に同行した魔術師が未熟でパニックに陥ったこと。

 すべてが悪い方向に働いてしまった。

 

「ところで、みなさんはこれから、どちらに向かわれるのですか」

「当初の予定では、帝国の東の端まで」

 

 町の名前を告げる。

 エドルのメイテルさまから預かった手紙の一通が、その町に住む者に宛てたものなのだ。

 

 必ずしもすべてを届ける必要はない、といわれている。

 他の手段で手紙を配送しているかもしれない。

 

 それでも、具体的な目的地を持たないおれたちにとっては、数少ない旅の動機のひとつであった。

 まあ、マイアによる帝国巡りの一環でもあるのだが。

 

 先日、地域でもそこそこ大きな都市で鑑賞した演劇は、彼女の心に強い影響を与えたようだ。

 あまり表情が変わらない彼女なのに、顔を赤くして興奮した様子で夜遅くまで劇の話をしていた。

 

 では演劇巡りをするか、と訊ねたところ、「それはまた、でよろしいでしょう。あなたには、いささか退屈であった様子」とおれの方が気遣われてしまった。

 いや、劇場の椅子が柔らかくて気持ちよすぎて、鑑賞中にちょっと寝てしまっただけなんだって。

 

 と抗議したところ、マイアには無表情でみつめられ、我が弟子リラにはジト目で睨まれてしまった。

 挙句……。

 

「ししょー、別に苦手なことは無理しなくていいんだからね? 正直にいってくれていいんだからね?」

 

 と弟子に諭されてしまう。

 情けない限りである。

 

 いや、そんなこと、いまはいいんだ。

 ちらりとマイアの方をみれば、食事のあと、昼に助けた子どもたちのそばにいって、なにやら話し込んでいた。

 

「ですので、ひとつ目巨人は石となった姫君が幸せになってくれれば、それでよかったのです。己と共にいれば姫君を不幸にしてしまう。そう考えたひとつ目巨人は、姫君のもとを離れ、ひとりで旅立つことにいたしました。しかし……」

 

 あ、子ども向けの本の読み聞かせか。

 淡々とした語り口ながら、子どもたちは真剣な表情で彼女の語る物語に聞き入っている。

 

 彼女の語る物語は、石からヒトに戻った姫君がひとつ目巨人のもとに駆け寄り、共に旅をするところで第一部完となった。

 いや待て、第一部ってなんだよ、おまえもしかして自分の書いた話を第二部にするつもりか。

 

 自由すぎる。

 いや、こいつ竜だからもともと自由な存在だったわ。

 

「ひとつ目巨人とお姫さまは、このあと、どんな敵と戦うのかな」

「ふたりの前には苦難が待ち受けておりましょう。しかし、早計なバトル展開は物語のテンポを悪くします」

「えーっ、でもせっかくふたりになったんだから、いっぱい戦って欲しいなあ。ひとつ目巨人が前に出て、お姫さまは魔法でサポートするんだよ」

「なるほど、ふむ、それは斬新。考慮いたしましょう。あなたには物語をつくる才能があるかもしれません」

 

 なんか、子どもたちと盛り上がってるな……。

 というかお姫さまがいつの間にか魔術師になっている。

 

 いや、お姫さまということは当然ながら魔核持ちだろうし、魔法の訓練も積んでいなければおかしいから、当然のことなのか。

 そちら方面の才能を伸ばしていけば、お姫さまもひとつ目巨人と肩を並べて戦うことが……って、なんでおれまでそんなことを考えているんだよ。

 

「ししょー、マイアちゃんが気になる?」

「そう、だな。いや、信頼しているよ。ヒトをぽんぽん宙に放り投げたりはしないだろう」

「あっ、そういう心配してたんだ……わかるけど」

 

 出会ったころのマイアであれば、おれだって子どもに近づけたりはしなかっただろう。

 子どもがふざけてマイアの肩を掴んだとたん、宙髙く放り投げられる未来がみえるからだ。

 

 いまは違う。

 本来は幼少期、当然のように学んでしかるべきである、ヒトとの距離感、対話のやりかた、どこを警戒してどこは無警戒でよいかというあたりまえの間合いといったものを、いまの彼女は身に着けている。

 

 竜である彼女と違って、ヒトはひどく脆い存在であるということも。

 自分がひとつ目巨人のようにちからが強く異質な存在で、ヒトは姫君のようにか弱い存在であるという事実にも。

 

「ふむ、ふむ、ふむう。姫君は、守られるだけの脆弱な者ではない。ひとつ目巨人と共に悪に立ち向かうこともできる。その解釈は鱗が剥げ落ちる思いです」

「うろこ、はげ?」

「驚いた、ということです。他者の意見を聞くというのは、これほどに創造性に溢れた結果をもたらすのですね」

 

 素直すぎる。

 彼女のそれは、短所にもなりえるが、ときおり長所に転ずることもある。

 

 ありのままを受け入れることの、なんと難しいことか。

 少なくとも、おれには、あそこまで子どもたちの戯言を真摯に受け止めることなどできないだろう。

 

「マイアちゃんさ、柔らかくなったよね」

「柔らかく?」

「うーんっと、表情とか、仕草とか。ほら、いま子どもの頭を撫でているでしょ。ああいうときの表情」

 

 おれには、普段と同じ無表情にしかみえない。

 いや、あのマイアが子どもの頭を撫でて教え諭しているだけでも感慨深いものがあるけども。

 

「あの子と会って、まだ一年の四分の一くらいしか経ってないのにね」

 

 実際はその前に使い魔を通して語り合ったことがあるが……。

 まあ、これはいう必要などないし、実質カウントしなくていいことだろう。

 

 彼女は変わろうとして、変わっていく。

 多くのヒトと出会って、多くの経験をして、その体験を通して己のなかのなにかを少しずつ形作っていく。

 

 それを成長というなら、きっとそうなのだろう。

 

「ねえ、ししょー。少しの間だけでいいけどさ、この町に滞在していかない?」

「別に構わないが」

 

 何故だ、と目線でリラに訊ねる。

 リラは「あの子たち、マイアちゃんと話していると、とても目をきらきらさせるから」と小声で返事をした。

 

 なるほど、子どもたちのために、ね。

 別にそれは、おれたちになんの利ももたらさないだろう。

 

 だが別に急ぐ旅ではない。

 なんの得もないことを、なんの意味もないことをするのも、たまにはいい。

 

「三日ほど、ゆっくりとするか」

「うん!」

 

 夏のさなか。

 かくしておれたちは、少しばかりこの町に腰を落ち着けた。

 




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