死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売) 作:星野純三
書き下ろしを含め、ボリュームは2割ほど増量されました。
Web版にはなかったさまざまなエピソードが収録されております。
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たまたま立ち寄った町に三日ほど滞在することになって、まずするべきことといえば。
そう、狩猟ギルドに赴くことである。
というわけで、商家に泊まった、その翌日の、太陽が間もなく天頂に昇るころ。
おれとリラのふたりでギルドに向かった。
マイアは留守番だ。
昨日、仲良くなった子どもたちの相手をして貰っている。
この町のギルドは、町の規模の割にはおおきかった。
二階建ての建物は、一階の酒場だけで三十席ほどあり、二階の受付ではもう昼近いにも関わらず、談笑するギルド員の姿がある。
彼らはおれとリラをみて、おや、という顔をした後、すぐ受付のそばから退いてくれた。
受付の中年の女性が、「あんたたち、移籍かね。それとも渡りか」と訊ねてくる。
渡り、とは渡り鳥のようにあちこち籍を移しながら移動するギルド員のことだ。
主に、季節によって需要が変化するような狩猟を主とする者たちである。
例えば夏は寒冷な地域で活動が活発になった獣を狩り、冬は暖かい地域に居を移すような。
ちなみに狙撃魔術師にはこの渡りが多く、狙撃対象となる獲物の依頼が多い地域を渡り歩く者が常に一定数いる。
渡りの狙撃魔術師には、居場所をギルドに報告する努力義務があるのだ。
狙撃魔術師の対象となるような魔物が出たとき、最寄りの狙撃魔術師にすぐ連絡がいくかどうかで被害の桁が変わったりするからね……。
無論、努力義務だから、従わないことも可能である。
とはいえおれとしては別にギルドから身を隠す理由もないし、緊急事態にはできる範囲で協力したいところである。
「渡りだ。数日、ここに滞在する予定でね。念のため、手続きをしておきたい」
「わかったよ。おい、おまえたち、邪魔だから下で酒を呑んでいな」
「あい、マム」
女性と話をしていた中年のギルド員たちが、素直に階段を下りていく。
うーん、礼儀正しい。
で、受付の女性はギルド長を名乗った。
亡くなった夫が狩人で、その死後もギルド員に請われてギルドを受け継いでいるという。
珍しいパターンだが、別に狩猟ギルドのギルド長が狩人でなければならない、という規約はなかったりする。
そもそも論としてたいていの狩人は事務仕事が苦手だし、机と椅子に縛りつけられているよりも森や山に赴きたい、というタイプが多いわけで……。
優秀な狩人が、必ずしも優秀なギルド長になるとは限らない。
彼女は夫の生前も、夫よりよほどきっちり事務仕事をこなしていたというから、そりゃあギルド員としては現状維持に走ろうというものである。
「まあ、外から来たやつらのなかには、あたしを軽んじるヤツもいるけどね。そういうのは、下のやつらがわからせてくれるって寸法さ」
「なるほど。それもあって、普段は誰か二階にたむろっているというわけか。おれたちをみて、下にいけっていったのは……」
「そもそも論として、赤ローブを相手にあいつらがなにかできるはずもないさ」
あ、ここでもやっぱり、リラの赤ローブに着目なのね。
優秀な魔術師がひとりでもいれば、魔法を使えない狩人たちじゃなんの盾にもならない、ということだ。
そのうえで、リラの落ち着いた様子をひと目で見抜いた、というのもあるんだろう。
若くして、己の才をひけらかさない、目上を立てるであろうタイプであると。
半分は合ってるけど、半分はそうでもないんだよな……。
うちの弟子は、目上であろうが、間違ってると思ったら速攻で喧嘩腰になるタイプでもあるんだ。
「ししょー、なんかいま、心のなかでわたしのこと罵倒しませんでした?」
「弟子が優秀で嬉しいな、と思っただけだ」
「ほうほう、誉め言葉はいつでも歓迎ですよ。リラちゃんはいつだって、ししょーの優しい言葉に飢えているのです。さあ、もーっと褒めてください!」
ふたりのやりとりを聞いていたギルド長は、ジト目で「まあ、あんたらみたいな呑気な連中なら、安心なんだがね」と呟いてみせる。
「つい最近も、調子に乗った魔術師が登録して、威張り散らした末に追い出されてね。隊商の護衛をしていたらしいが、野盗に討ちとられたって話を今朝がた聞いたばかりなんだよ」
なんだか、どこかで聞いた話だな。
リラが隊商を巻き込んで魔法を放った魔術師の人相を語ると、ギルド長は深い深いため息をついた。
「さっさと追い出したのはギルドの体面として正解だったのかもしれんが、巻き込まれた隊商のひとたちを思うとやりきれないね。あんたのいっていた商会には、あとで詫びにいってくるよ」
「ギルドから追い出したなら、もう無関係だろう?」
「道理はそうだが、同じ町のなか、つきあいもある。無視するわけにはいかないさ」
なるほど、町のなかのつきあいといわれれば、それもあるのだろう。
そういうのが面倒で長いことあちこち転々としていたおれとしては、渡世のせちがらさを嘆くほかない。
「それはそれとして、あんたたちの登録だけはさっさとやっちまおう。……ふうん、エドルからの推薦状つきか。ふたりとも狙撃魔術師とはね。なるほど、大物が来てくれたもんだ」
「わかるものなのか」
「他がどうかは知らないが、そこの紹介状から鑑みるに、エドルの黒鷹にして魔弾の射手、わからない方がおかしいだろう?」
エドルの黒鷹ってなに?
それ、初耳なんだけど? なんで勝手にふたつ名を増やすの?
「安心しな。ギルド員には口が裂けてもいわない。そもそも、うちのぼんくらどもには狙撃魔術師の価値なんてわからんのさ」
「帝国の辺境といっても、このあたりはどこを向いても他国が近い。狙撃魔術師にお呼びがかかるような魔物は生息しちゃいないだろう」
「子どもの頃は、悪いことをしたら山から三つ首の大蛇が下りてきて食われちまうぞ、って脅されたもんだがね」
「いるのか、大蛇」
「さあねえ。少なくともうちの狩人たちは、いちどたりともみちゃいない。おとぎ話なんて、そんなもんだろう?」
だろうな、と考える。
治安が悪いとはいえ、このあたりは人の住処ばかりなのだから、そういう場所に大型の魔物は定住できない。
まあ、竜とかが傲岸不遜に居座ることもあるんだけど。
帝国の領土でそういう輩が暴れれば、たちまちのうちに狙撃魔術師に退治されるか、さもなくば帝国軍がお出ましになる。
そういう竜が帝国の外に逃げても帝国の面子にかけて追い詰めるし、そのついでに小国ごと滅ぼしたりもする。
帝国というこの大陸の西の雄が恐れられるには、相応の理由があるということだ。
必然、狙撃魔術師の仕事は帝国外に多くなるし、おれみたいに個人で帝国内をのんびりまわるような輩は仕事不足に苦しむことになる。
別に金には困ってないから、それでいいんだけどね……。
なおリラは、おれのことを褒められたと思ったのか、なぜかえっへんと胸を張っている。
こっちとしては、別に有名になってもなにひとつ嬉しくないんだけどな……。
「仕事をする気はないよ。登録したのも、念のためだ」
「そういうことなら、こちらとしても気が楽だね。森に野盗の残党が逃げたって噂もある。昼間から下で一杯やってる連中は、その情報にびびっちまったやつらでね」
「その噂は事実だから、数日は様子をみていいだろうな」
おれはリラの方をみた。
リラは「五、六人、撃ち漏らしちゃったからねー」と苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「あんたがやったのかい。さすがは、赤ローブだね。どこぞのぼんくら緑ローブとは違う」
「うーん、帝都の学院を出ても、実戦で慌てるかどうかは別問題かなー。わたしは人を撃つのに慣れてるから」
なんで貴族のお嬢さんが人を撃つことに慣れてるんですかね、とはあえてツッコまない。
ギルド長は不思議そうに首をかしげているけど。
「お貴族さまは、犯罪者を魔法で殺して一人前なんだろう?」
「そういう貴族もいる、って話は聞いてるねー」
「いるのかよ」
思わず、おれがツッコミを入れてしまった。
たしかに、ヒトをヒトとも思わないような貴族はいろいろみてきたが。
そういう奴らは、そういう教育を受けて……ああ、だからこそ、あえて子どものころからヒトを殺させるのか。
そこまでは考えていなかったな……でも、そういう風に慣れさせていく、っていうのはあるんだろうな……。
だから貴族には関わりたくないんだ。
けっ。
「ししょーがなにを考えているかはわかるけど、最近はそういうの流行らないらしいから。同級生でも、ヒトを殺したことがあるのはごく一部だった」
「一部はいたのか」
「そりゃーねー」
あまり聞きたくない話だなあ。
ギルド長も苦笑いしている。
「ま、登録の方はこれで終わりだ。せいぜい、ここに滞在する間は穏便に頼むよ」
そういって、送り出される。
※※※
この町から馬車で東に二日もいけば、国境の町となる。
そんな場所柄、帝国以外の商人の姿もちらほらとみかけた。
中央広場で開かれているバザーでは、そういった商人たちが何十人も即席の店舗を広げ、客を待っている。
客の側も大半は商人で、値下げ交渉に余念がない様子であった。
リラと共にざっとみてまわった限り、品物の値段はけっこう高い。
これは帝国の東方で治安が悪化していることと無縁ではないだろう。
特に東方の小国をいくつか挟んだ先にある王国からの輸入品が、顕著に値上がりしている。
これは……近々、大規模な戦があるかもしれないな。
それが帝国と王国の正規軍同士の争いとは限らない。
むしろ、そこまで全面的な戦いにはならない可能性の方が高い。
たいていの場合、それは両国の間にある小国同士の戦いとなる。
緩衝国というやつだ。
己のちからだけでは身を守ることもできない国々は、大国の間で振りまわされ、大国のかわりに血を流す。
南方で起こった事件も、そうして振りまわされた結果、国そのものを失った者たちの自暴自棄な行動が起こした悲劇であった。
国を失った者の苦しみなど、おれにはわからない。
たとえ彼らの記憶を強引な手段で叩きこまれたとはいえ、である。
貴族が己の爵位に拘泥する理由も、おれにはわからない。
メイテルさまやロッコのようなまともな貴族をみていてさえ、である。
それはおれが、きっと生粋の根無し草だからなのだろう。
地面に根っこを生やすことに多くの利があることを理解してはいるが、本能的にそれを厭うている。
「ししょー、このまま帝国を出て、外の国をまわってみる?」
「さて、どうするかな。マイアのことを考えると、もう少し帝国にいた方がいい気はするが」
「マイアちゃんの教育のため?」
「それもあるが、帝国の外の方が厄介ごとに巻き込まれる可能性は高くなる」
「わたしとマイアちゃんがいれば、たいていのトラブルははねのけられるよ」
「そうは思うんだが……春からこっちの、面倒なことの方からやってくるようなトラブルの頻度を考えると、な」
リラは、あはは、と笑った。
「なんか、マイアちゃんがいると退屈しないよね」
「あいつのせい、というわけじゃないはずなんだけどな……。それをいえば、去年の秋からずっと、予想外の出来事ばかりだ」
「そうなんだよねー。……え、ちょっと待って、それってわたしのせい?」
「偶然だろう。そう思いたい。いや、偶然だよな……? でも旅先できみの親友に出会うことが二度もあるのは、ちょっとびっくりするほどの偶然だな?」
「いやいやいや、それはわたしのせいじゃない! ……と、思う」
リラは、ぐむむ、と考え込んでしまった。
魔力と運の相補性についてがどうたらこうたら、と呟いているがよくわからない。
彼女のことは放っておいて、周囲を眺める。
広場を囲む屋台から香草を煮詰めたスープの香しい匂いが漂ってきて、思わず腹が鳴った。
そういえば、昼飯の時間だ。
「リラ、あっちで何か腹に入れよう」
「はーい。ししょー、わたしもう、お腹ぺっこぺこです!」
茣蓙に広げられた商品をひやかしていたリラが駆け寄ってくる。
腹が減っていたならギルドの酒場で腹に詰めておけばよかったか、と思ったが、まああそこで呑んでいる連中に値踏みされるのも面倒ではあった。
なにせ彼女は、いま赤ローブをまとっている。
みる者がみれば、その存在自体に興味をそそられることだろう。
勝手に腕を組んでくるので、ここは彼女のやりたいようにさせてやる。
親子にでもみえるだろうか。
リラは鼻歌を歌いながら、屋台の方へおれを引っ張っていく。
「なにを食うか、案はあるか?」
「辛いもの食べたいです! マイアちゃんといっしょだと、どうしても甘いものばっかりですし! それも嫌いじゃないですけど……」
「まあ、そうだな。たまには別の味も楽しみたいな」
苦笑いしながら、屋台を巡った。
そのなかから選んだ、トマトベースで香辛料が効いたスープを、ふたりであっという間にたいらげた。
リラは二杯、おかわりをした。
子どもが健啖なのは、いいことである。
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