死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売)   作:星野純三

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死ぬに死ねない中年狙撃魔術師、本日ドラゴンノベルスより発売です。

もろもろのWeb版にはなかったさまざまなエピソードを加え、ボリュームマシマシのお得な内容となっております。

どうかお手にとっていただければ幸いです。

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第58話

 あの日、おれたちは野盗によって壊滅した隊商から生き残った子ども三人だけを回収した。

 後の死体と馬車の残骸、馬車の中の荷物などはほとんど放置したまま、隣の町まで移動したのである。

 

 十台以上の馬車とそこに乗っていた人々、護衛の死体を埋葬するには時間がかかりすぎる。

 そもそもおれたちの馬車には、子ども三人を乗せたらそれ以上余計な荷を運ぶほどの余裕などなかった。

 

 そういうわけで、おれたちが町についた翌日。

 町の衛兵隊と商会の者たちがそれらの回収のため出発したのことであった。

 

 合わせて三十人ほどの大所帯であり、動員された衛兵は十人以上であったらしい。

 野盗の生き残りが襲ってきても、余裕で返り討ちにできるはずの陣容である。

 

 その回収部隊が、さらに翌日。

 ぼろぼろの状態で帰還した。

 

 馬車の残骸の付近に巨大な魔物がいて、襲撃を受けたという話だった。

 衛兵隊の半数が死傷し、残りの者も何人か、ひどい怪我を負ったという。

 

 商会の者にもかなりの被害が出ていて、帰還できた者は全体の三分の二ほど。

 残りは、魔物に喰われたとのことだ。

 

 身の丈がヒトの十倍はあろうかという、それはそれは巨大な蛇であったらしい。

 大蛇は片っ端から馬やヒトを貪り食い、それでも腹を空かせていた様子であったとのことである。

 

 特徴的なのは、大蛇には首が三つあり、それぞれが自在に動いていたとのことで……。

 その話を聞いて、おれとリラは顔を見合わせていた。

 

「三つ首の蛇……狩猟ギルドのおばちゃんがいってたやつ?」

「かねえ」

「ふうむ。この地がまだ帝国の領土ではなかったころ、この地の近くの山に封じられた三つ首大蛇の物語がございます。お貴族さまでも倒せなかった魔物を封じたと」

 

 話を聞いて、商会の主がおれたちにそう語った。

 初老で禿頭の男である。

 

「長き歳月のなかで封印の所在も不確かなものとなり、帝国軍もわざわざその所在を調査することもなく、ただ古くからこの地では、子どもが悪さをすると、三つ首大蛇に食べられてしまうぞと脅しつける程度の昔語りでしかないと……つい先ほどまでは、この地で生まれ育ったわたしとて、そう思っておりました」

「伝説は真実であった、と」

「ひょっとして、野盗が山に逃げ込んだ際、なんらかの拍子で封印を解いてしまったのではないでしょうか」

 

 商会の主は、ほとほと困り果てた様子であった。

 リラとマイアが、おれの方をみている。

 

 介入するのかどうか、と目で訊ねているのだ。

 おれは「狩猟ギルドから依頼があれば、やるさ」と返事をする。

 

「ただ、その蛇を待ち伏せすることができるなら、だが……」

「蛇がどこに行くかは、さすがにわからないよねー」

「ヒトを食べるのであれば、ヒトが多い場所に赴くのでは?」

 

 おれは商会の主が用意した簡易な地図を睨んだ。

 この町以外にも、いくつか集落の印がある。

 

 蛇が山の向こう側に行く可能性もあった。

 その場合、この町は安全だろうが、集落の者たちが悲惨なことになる。

 

「ご主人、国境沿いにある帝国軍の駐屯地に連絡は?」

「すでに、早馬が向かいました」

「ということは、最悪でも数日粘れば助けが来るか」

 

 帝国軍は、ヒトを相手にするだけではない。

 当然ながら、魔物を退治するための部隊も保有している。

 

 そのなかには、狙撃魔術師もいるだろう。

 帝国軍が到着すれば、おれたちの出番などない。

 

 ただ、まあ。

 念のための用心をするだけなら、問題はないだろう。

 

 そんなことを考えていたところ、早々に狩猟ギルドから呼び出しが来た。

 リラとマイアと共に三人で赴いてみれば、昨日挨拶したばかりの女ギルド長は、この町を囲む壁の上で狙撃準備をするよう、依頼してきた。

 

「蛇は来ると思うか?」

「念のため、さ。ただの用心だ。なにも起こらなければ、それでいい」

 

 そういって、女ギルド長はにやりとしてみせる。

 

「用心が無駄になっても、それはそれで軍から慰労金が出るだろうさ。あたしらの損にゃならない」

「出るのか、帝国から金が」

「あんたらが住んでいたところは違ったのかもしれないが、ここらは国境に近いからね。時折、不埒なことを考える輩が混ざり込んでくる。そういうときに即応できるよう、用心に対しての見返りが手厚いのさ」

 

 そういうこともあるのか、とリラともども感心する。

 たしかに、東との数多の紛争を経て、この地に来る他国の者たちのなかには、どうしてもタチの悪い連中が紛れ込んでくるという話を昨日も少し聞いていたのである。

 

「まあ、そういうわけだ。狙撃魔術師がふたり、よろしく頼むよ。……そこのちいさなお嬢ちゃんは、狙撃魔術師ではないんだろう?」

「わたくしは、ただの魔術師です。お気になさらず」

 

 ギルド長はしばしマイアを睨むようにみつめたあと、「邪魔にならないよう、好きにするといいさ」と視線を外した。

 マイアは平然とした様子でうなずいてみせる。

 

「無論、みだりに手を出したりはいたしませぬ。これはみなさま方の獲物とお見受けいたします。それを横取りするなど、一族の誇りが許さぬが故に」

「けったいなことをいう子だねえ」

「矜持にも、さまざまなものがありましょう」

 

 噛み合っているのか、それとも噛み合っていないのか、微妙な会話であった。

 

 

        ※※※

 

 

 半日後、間もなく夕暮れ時。

 おれは町を囲む壁の上、南西の端で待機していた。

 

 そばの魔力タンクには、既に半日分の魔力が溜まっている。

 狩猟ギルドで依頼を受けてすぐに、この待機を開始したのであった。

 

 リラは北西の端で、同じく魔力タンクに魔力を溜めている。

 標的がどこから来ても対処できるように、という方針である。

 

 おれとリラの間を何度も行ったり来たりしている者がいる。

 マイアだ。

 

 彼女は壁の上をちょこちょこと駆け抜け、おれとリラが退屈しないよう、あれこれと世話を焼いてくれていた。

 

「いまのわたくしには、この程度のことしかできませぬが故に。それと、リラからは、有事に際してこちら側にいて欲しい、と承っております」

「おれの方が貧弱だから、だな」

「いざというときは、片手で持ち上げ壁から飛び降りる所存です」

 

 いっけん十二歳程度の子どもにしかみえない少女に片手で抱えられる中年男。

 情けないことこのうえないが、まあ、彼女の本来の姿を知るならそれも当然の扱いだし、そもそも恥やプライドを捨てて命をとることができなければ、おれもこの年まで生き残っていない。

 

 壁の上にはおれとリラ、マイアの三人以外に見張りの者が何人かいるが、いざこの場が攻撃されたときに彼らまで守ることはさすがに難しいだろう。

 各自が生き延びるための努力をしてもらうしかない。

 

「大蛇は、来ますか」

「来る、みたいだな。クソカラスの報告によれば、あちこち寄り道しながら、馬がだく足で走る程度の速さでこちらに向かっているらしい」

「寄り道、ですか?」

「逃げ遅れた森の生き物をパクパクと、な。よほどの大食漢なのか、それとも封印とやらから出たばかりで腹が空いているのか。まっ、ヒトの集落に向かわなかったのは助かるよ」

 

 マイアは、ふむ、と腕組みして、夕焼けに染まる空をみあげた。

 なにごとか考え込んでいるようにみえる。

 

「封印、ですか……」

「気になることでもあるのか」

「恥ずかしながら、そういった魔法には詳しくなく、故にどのような魔法であれば何百年も生き物を封じることができるのか、と。つい、益体もないことを考えてしまいました」

 

 あー、封印の魔法というのは、それだけ高度なものってことか。

 

「ひょっとして、封印できるようなちからがあるなら、そもそも退治できるってことか?」

「で、ありましょう。無論、痕滅魔法を出し惜しんだ、とは考えられますが」

 

 使用者の命を使い捨てる魔法だ。

 当時の者たちは、その最終手段を用いることをよしとせず、故に封印した、というあたりなのだろうか。

 

 うん……うん?

 でも、少し気になるな。

 

「当時、この地はまだ帝国に呑み込まれていなかった。独立した国があったんだろう」

「はい」

「この地は自分たちの一族のちからで守る。それだけの気概と、実際にそのちからがあったからこそ、この地を治められていたに違いない」

「で、ありましょう。……なるほど」

 

 マイアも、おれの感じた違和感の正体に気づいたらしい。

 

「一族の命を使い捨てて魔物を退治し、そのちからを誇示せずして、なにが支配者か、という話ですね」

「ああ。そんな軟弱な一族にヒトがついてくるものかね。まあ、たまたまそのとき、一族の残弾が少なかった、とかは充分にありえるんだが」

 

 生贄となる者の数が心もとなければ、たとえ大蛇を退治したとしても、周辺諸国との軍事バランスに懸念が出てくる。

 ならば未来に託す、と考える……というのは、アリ……なのか。

 

 わからん。

 だが、なにか引っかかる。

 

「ふむ。参りました。あちらです」

 

 マイアが呟き、北東の方角に広がる森を指さす。

 森の木々がゆらめき、蠢いていた。

 

 その木々が倒壊し、なにか巨大なものがゆっくりと前進してきている。

 夕日に照らされて、その鱗は橙色に輝いていた。

 

 三つの巨大な首が、顔を出す。

 それがひとつに繋がる胴体までもが、森から姿を現わす。

 

 一羽のカラスが、その巨大ななにかの上空で遊弋していた。

 ヤァータだ。

 

「先手はリラ、でよろしいですね」

「ああ、それで頼む」

「伝えて参ります。すぐに戻りますゆえ」

「万一にでもあいつが失敗したら、すぐに逃げるよう伝えてくれ」

「承知!」

 

 マイアが、壁の上をものすごい速さで駆けていく。

 その途中にいた衛兵が、慌てて身をのけぞらせ、落ちそうになっていた。

 

 さて、とおれは改めて魔力タンクに溜まった魔力の様子を確認する。

 大丈夫、やれる。

 

 もしリラが失敗しても、おれがなんとかできる。

 だからなんの問題もない。

 

 己に、そういい聞かせる。

 既にヤァータが大蛇の解析を行い、魔臓の位置も判明済みだし、その情報はリラにも共有している。

 

 おおきく息を吸って、吐く。

 いつものルーチンだ。

 

 そして――。

 三つ首の大蛇が壁の手前二百歩ほどのところまで迫ったとき。

 

 北西の隅から放たれた一筋の白い光の矢が、大蛇の魔臓がある胴体を正確に貫いた。

 壁の上でみていた衛兵たちから歓声が聞こえてくる。

 

 おれの出番はなかった。

 ほっと安堵の息を吐く。

 

 まあ、こういうこともある。

 ここは素直に、弟子の成功を祝うべきだろう。

 

 そう――思った、ときだった。

 

 息絶えたと思った大蛇の姿が、ふっと、まるで最初からそんなもの存在しなかったかのように――。

 かき消えた。

 

「は?」

 

 目を疑い、間抜けな声が漏れる。

 次の瞬間、森の奥から、木々の間を縫って、三つ首の大蛇が姿を現わした。

 

 さきほどの大蛇が現れたルートより、少し南側だ。

 続いて、更に南側からも三つ首の大蛇が現れる。

 

 更に南側からも――。

 現在、全部で五体の三つ首大蛇が、おれの視界のなかにいる。

 

 それぞれに地面を這いずり、この町を囲む壁にゆっくりと近づいてくる。

 

「なんだ、これは。幻でもみているのか」

「現実に存在するものだと、わたしの観測結果は告げています」

 

 頭上を遊弋するヤァータが、指にはめた赤い宝石の指輪から語りかけてきた。

 

「あるいは、光学的に完全な偽造が為された複製品、でしょうか。現在、狙撃を受けた大蛇が消えた周辺を探査中。微弱な未知の粒子を観測しました」

「狙撃された個体に魔臓の反応はあったんだろう?」

「放射熱のスペクトル解析は完全に魔臓と一致しておりました」

 

 よくわからんが、ヤァータの目を逃れるような偽物だった、ということなのだろうか。

 おそらくは普通の魔術師でも見破れぬ、完璧に近い偽物。

 

 古のこの地の支配者が大蛇を倒せず封印した、という理由も、いまならよくわかる。

 おそらくは痕滅魔法を使い、しかしそれは偽物を消滅させるだけの役にしか立たなかったのだ。

 

 故に、なんらかの方法で本物の大蛇と偽物の大蛇をまとめて封ずるという策をとった。

 後に完全に消滅させるための対策を練る、その時間を稼ぐために。

 

 まあ実際のところ、その国が失われた結果、封印の伝承そのものが消えてしまったわけだが。

 さて――どうするかね、これは。

 

 マイアがこちらに駆け戻ってきた。

 

「どいつが本物か、わかるか」

「さて、見事な複製の魔法ですね。少なくとも、わたくしはみたことも聞いたこともございません。無論、竜のブレスでまとめて焼き払うという手はございますが……」

 

 さすがに上位種、圧倒的な暴力の前には、小細工など無意味ということか。

 とはいえ……。

 

「きみの正体を、この地のひとたちに晒したくはないな」

 

 そんなことをすれば、帝国軍が意気揚々とやってきてしまう。

 竜を退治するために。

 

「他に見極める方法はあるだろうか」

「複製、というのは極めて困難な技術であると聞いております。完全な複製など、それこそ神の御業であると」

 

 どこが情報源か、というのは、この子の場合聞かない方がいいんだよなあ。

 鮫とかそのへんが、ヒトの歴史よりずっと以前に知ったものとか、そういう返事がぽんぽん出てきそうで怖い。

 

 で、そんな途方もない存在が、「完全な複製は神の御業」といった。

 

「つまり、あれは完全な複製ではない、と判断していいわけだ。どこに違いがある?」

「みたところ、なぎ倒された木々は幻ではない様子。故に、偽物にもある程度の質量はあるのでしょう。ですが、本物と同じだけの重さはございますまい。どちらかといえば、はりぼてに偽装の魔法を施したもの、という可能性が高い」

「つまり……?」

「一瞬ですが、すべてまとめて、浮かせてみせましょう。もっとも浮き辛かった個体が本物です」

 

 ああ、こいつものを浮かせる魔法、得意だもんな。

 いやでもそんな強引な判別方法、ある?

 

 実際、ここにあるのか。

 できるっていうなら、やってもらおう。

 

「では――参ります」

 

 五体の大蛇の前進が、ぴたりと止まった。

 その身がもだえるように蠢き――ふわりと、うちの四体が宙に浮く。

 

 一体だけ、その身が地についたままの個体があった。

 本物は、それだ。

 

「よくやった!」

 

 おれは長筒の狙いをつけた。

 引き金を引く。

 

 眩い光が長筒の先端からほとばしり、本物の三つ首大蛇の胴体、その中央にある魔臓を正確に貫いた。

 偽物の四体は、その姿を霧のように散らした。

 

 そして本物は、いちどおおきくその三本の首をのたうちまわらせたあと――。

 その身をゆっくりと地面に横たえた。

 

「おみごと」

 

 マイアがつぶやき、おれを振り向く。

 




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