死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売)   作:星野純三

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死ぬに死ねない中年狙撃魔術師、ドラゴンノベルスより発売中です。

もろもろのWeb版にはなかったさまざまなエピソードを加え、ボリュームマシマシのお得な内容となっております。

どうかお手にとっていただければ幸いです。

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第59話

 三本首の大蛇の退治を確認した、そのあとのこと。

 ふと浮かんだ他愛ない疑問を、マイアに訊ねた。

 

「竜と蛇って、違うものなのか」

 

 マイアは黙っておれをみあげた。

 普段、表情が変わらない彼女だが、なぜだかいまはひどく不満そうにみえた。

 

「すまん、よくない発言だったか」

「あまり、他の竜にそういうことをいわないほうがよろしいでしょう。問答無用で喰われても仕方がない発言です」

「そうか、謝る」

「悪気がないのは承知しておりますゆえ」

 

 そう前置きして、マイアは語る。

 

「例をあげるのでしたら、ヒトとミミズ、あたりがよろしいでしょう」

「全然違うものじゃないか」

「そう申しております。ですがどちらも深い毛に覆われておりません。故に似ている、と申す者もおりましょう」

 

 いるかな?

 さすがに、いないんじゃないかな……。

 

 だがまあ、彼女がいいたいことは、わかったと思う。

 鱗があって尻尾があるからといって、近親種とは限らないということである。

 

「どちらかと申せば、竜と蛇よりは、蛇とヒトの方が似た系統でありましょう。どちらも本来は魔臓を持っていないのですから」

「魔臓は、それだけ重要なものってことなのか」

「個と世の関わり、という観点からものを申すのでしたら、そうです」

 

 ヤァータが舞い降りてきて、おれの頭の上に止まった。

 どうやら面白そうな話をしていると知って、混ざりたくなったらしい。

 

「マイア、訊ねます」

 

 カラスがひとつ鳴く。

 周囲を見渡せば、誰もこちらの方はみていない。

 

「それは、原初、この世界に存在したものとそうではないもの、という話でしょうか」

「そういう話でもあります。魔臓の保持、それは神がわれらをおつくりになったという証でありますれば」

「ですがヒトは魔臓をとり込みました」

「もとから魔臓を持つ生き物であることと、後に魔臓をとり込むこと。そのふたつの間にはおおきな断絶があるという認識なのです。少なくとも、われらにとっては」

「ここであなたのいう、われら、とは竜だけを指すものではありませんね」

「はい。ですがこの話は、いささか長くなりましょう。ヤァータ殿が望むのでしたら、後ほど」

 

 おれの頭の上のカラスにそう語ったあと、マイアは視線を下ろし、おれと目を合わせる。

 

「あなたも、お聞きになりますか?」

「結構だ。そういう難しい話は、そっちだけでやってくれていい」

 

 別におれは世界の秘密を覗きみることに興味などない。

 学者みたいなことは、おれのみていないところで勝手にやって欲しい。

 

 竜と蛇の話も、だからただの興味本位にすぎなかったのだ。

 それが、なんだか妙な話になってしまった。

 

 マイアが魔力タンクを持ち上げる。

 おれたちは、壁の横についた階段を下りた。

 

 

        ※※※

 

 

 宿で、ヤァータとふたりきりになる。

 ヤァータは、今回の事件の背景について、調べた限りのことを語ってくれた。

 

「この地に三つ首の大蛇が封印されていて、その封印が解けた、というのは真実のようです。正確には、ヒトが封印を破壊した、となりますが」

「破壊、か」

 

 ピンと来るものがある。

 大蛇が封印されていたとされるあたりの山々は、野盗が拠点としていたはずだからだ。

 

「はい、リラに追われて山に逃げ込んだ野盗のひとりが、封印の祠を偶然発見し、仮の宿としました。それだけなら、この数百年の間によくあることであったでしょう。ですがその野盗は、仲間の魔術師から、彼のつくった簡易な魔道具を渡されていました」

 

 かけだしの魔術師でも、相応の訓練さえ受けていれば、ちょっとした魔道具をつくることができる。

 代表的なものとしてはリラもエドルで製作を手伝っていた疫病対策の丸薬のほか、特殊な薬草を煮詰めた傷薬などである。

 

 魔術師にとってはたいしたものではないが、普通の民にとっては貴重品だろう。

 そういう風に金を稼ぐ手段なんて無数にあるからこそ、それすらできない者がつくといわれる狙撃魔術師の地位が……。

 

 この話はやめようか。

 ちなみにこういった魔道具で商売するとそれ関係のギルドに怒られるから、普通の魔術師はやらない。

 

「その魔道具を使った結果、ついでに祠の封印が解けてしまった、というわけか」

「簡易な獣避けの魔道具だったようですが、偶然にもそれが封印と干渉し、これを破壊してしまいました。封印から解き放たれた大蛇の最初の餌は、くだんの野盗であったようです」

 

 うーん、その野盗に同情する気持ちはいっさいないが。

 それはそれとして、誰も救われない話だな。

 

「もっとも、封印は経年劣化が激しかった様子、遠くない未来に、自然と解けていたことでしょう。たまたま我々が通りがかったタイミングで大蛇が現れたのは、町にとって幸運だった、といえるのではないでしょうか」

「犠牲になった衛兵たちや商会のひとには、気の毒なことをした」

「あれだけの魔物です、まったくの犠牲がなく捕捉することは困難、であれば迅速に退治できたことを幸運と考えた方がよろしい。ご主人さまは、そう考えるべきです」

「おまえに、ものの見方まで教わるつもりはない」

 

 ヤァータは、かぁ、とひとつ鳴いて頭を下げると、開いた窓から外に飛んでいった。

 たちまち夜闇に溶け消える。

 

 再度、周囲の情報を集めるのだろう。

 あの存在には、休息の必要がまったくないらしい。

 

「明日は町を発つから、さっさと寝るか」

 

 対しておれは、ただのヒトだ。

 毎日、たっぷりと眠る必要がある。

 

 ベッドに入ると、たちまち強い眠気に襲われた。

 

 

        ※※※

 

 

 久しぶりに、あいつの夢をみた。

 もう顔も思い出せないあいつとの、ふたり旅での一幕だった。

 

 他愛のない思い出のひとつだ。

 とっくの昔に忘れていた、いくつもある思い出の、その切れ端。

 

「このあたりの山にはね、おおきなおおきな蛇が封印されているんだって」

「魔物か?」

「もちろん。大昔に、当時のひとたちが退治できなかった、とてもおおきな魔物。でも狙撃魔術師なら、退治できちゃうんだろうね」

 

 そういえば、そんな会話をしたんだったな。

 ちょうど、このあたりを通りがかったときだ。

 

 いちど帝国を出て、外の国々を巡るか、という予定だった。

 彼女が妹と出会った直後で、帝国内のしがらみから逃げ出したかった、という気持ちもあったのだろう。

 

 それはそれに関して深く突っ込まず、彼女のいいように、と承諾した。

 彼女と共にいられれば、場所などどこでもよかったのだ。

 

「そうか? いや、そうかもしれないな。狙撃魔術師が生まれてから、各地に封印されていた大型の魔物がだいぶ退治されたんだ」

「ぼくもそう聞いたよ。あっけないものだったって」

「それは成功した例だけが喧伝されたからだ。失敗した話もたくさんあった。失敗した狙撃魔術師は、皆、死んだ」

「そうだね。だけどきみは死なせない。ぼくがきみを守るから」

 

 おれは笑って、「そのときは、頼むよ」といった。

 軽い気持ちだったように思う。

 

 狙撃魔術師が狙撃するような相手を前にして、ただの剣士ができることなどほとんどない。

 そのときは共に死ぬのもいいだろう、くらいに思っていたし、きっと彼女も同じ考えなのだろうと思った。

 

 そのときは、そう気楽に考えていたのだ。

 まさか本当に、彼女がおれを守って戦い抜き、次の狙撃が成功して悪魔を討伐することになるとは、そのときは思ってもみなかったのである。

 

 まあ、そのときのおれはぼろぼろだったし、直後にヤァータと出会わなければ死んでいたわけだけども。

 そのヤァータとのつきあいも、だいぶ長くなった。

 

 もう少し、彼女の声を聞いていたかった。

 これが本当に彼女の声色だったか覚えていないけれど、懐かしくて泣きたくなるようなこの気持ちを、あと少しだけ感じていたかった。

 

「この町は活気があるね。帝国の外のものが、たくさん入って来ている。あっちで市をやっているね」

「いってみるか」

「どっちでも」

 

 しかし、夢は所詮、夢だ。

 長くは続かず、そして――。

 

「 ぼく(わたし)はね、 きみ(ししょー)といっしょなら、どこでもいいんだよ」

 

 なぜだか。

 彼女の言葉が、リラの声に重なった。

 

 彼女の笑顔が、リラの笑顔になった。

 彼女のちょっとした仕草が、リラのちょっとした仕草にみえた。

 

 自分のなかから、大切なものが消えていくような感覚を覚えた。

 なのに、なぜだか嬉しかった。

 

 深く安堵している自分がいた。

 どうしてだかわからず、おれは混乱した。

 

 違う、忘れたくはない、と叫んだ。

 だが彼女は、少し寂しそうに笑って「それでいい」とうなずいてみせる。

 

「昔のぼくにいつまでも拘泥されるのは、迷惑なんだよ。きみにはこの先、これまでよりずっと長い日々があるのだろう?」

「そんなこと、知ったことじゃない」

 

 おれは叫んだ。

 だが彼女は首を横に振る。

 

「たとえばぼくが生まれ変わったとして、きみを捜し出したとして。きみが昔のぼくにいつまでもこだわっていたら、ぼくは悲しくなるね」

「仮に生まれ変わったきみがいたとして、それはいまのきみとは別人だろう」

 

 昔なら、はっきりとそうはいえなかった気がする。

 だがいまなら、はっきりと宣言できる。

 

 変化するのは竜だけではない。

 ヒトもまた変化するし、その変化はきっと竜よりもずっと激しいものだろう。

 

 生まれが同じであっても、たとえ魂というものがあってそれが同じであっても。

 生まれ育った経緯が変われば、それは全然違うものになるはずだ。

 

 同時に、昔のおれはいまのおれではない。

 おれもまた変化していく。

 

 少なくとも、そうあるべきなのだと――。

 おれは、ひとりの竜に、その竜がまっすぐに向けるその視線によって、教わったように思うのである。

 

「そうか、よかった」

 

 彼女は、笑ってみせた。

 今度は顔がわからなくて、しかしとても朗らかな笑顔だったように思う。

 

「きみにはもう、ぼくはいらないんだね」

 

 

        ※※※

 

 

 まだ日が地平線の上に昇ってすぐのこと。

 おれたちは馬車で町を離れた。

 

 相変わらず、御者台の上にはマイア。

 そして後ろの椅子に、おれとリラが並んで座る。

 

「ししょー、なんか今日は機嫌がいいですね。ひょっとして、いい夢でもみましたか」

「どうかな。夢なんて起きてすぐ忘れるものだろう」

「そうなんですよね。覚えていたい、と思っていても、すぐに記憶からすーって消えちゃうんです。あれっていったいなんなんでしょうね」

 

 ヤァータから、夢をみる理屈というのを聞いたことがある。

 脳を休めている間に記憶を整理がどうとか、そんな話だった気がするが、いまひとつよくわかっていない。

 

 ヤァータが強くいっていたのは、夢のなかの出来事に予言的な意味などない、ということだ。

 それはただの思い込みにすぎず、無意味なものを繋ぎ合わせて意味があるように考えてしまうのは、ヒトという存在の欠点のひとつであるとも。

 

「なんにせよ、夢なんて無意味だよ」

「ししょーはロマンがないヒトですねえ」

「ロマンに興味がないのは、たしかだな」

「わたしが昨日みた夢は、ロマンティックでしたよ。新婚さんで、わたしが料理をつくってあげてるんです。夫は誰だと思います? ねえ、気になります? 気になるでしょう。気になるっていってくださいよコラーっ!」

 

 騒がしいリラの言葉を聞き流しながら、おれは考える。

 おれははたして、あの日から何歩、前に進めたのだろうか。

 

 彼女がもし生まれ変わったとして、その彼女に出会うときがあるとして。

 そのときおれは、胸を張って挨拶ができるだろうか。

 

 不意に、そんなことを考えた。

 首を振って、余計な考えを退かせる。

 

「ちょっとししょー、弟子の話はもっとちゃんと聞いて下さい! リラちゃんは構われて伸びる子なんですからね! 聞いていますか、ししょーっ!」

 

 馬車は東へ、ゆっくりと走る。

 旅はまだ途上。

 

 季節は夏の盛り。

 もう少し日が昇れば今日も暑くなるだろう。

 

 




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