死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売) 作:星野純三
おれの知る
賢い我が相棒、使い魔のカラスのフリをしたモノ、すなわち星から来たナニカであるヤァータによれば、大陸はほかにも複数存在し、広大な海原には無数の島々が点在しているという。
さらに天上には、もっとずっと広い世界があるとか。
まあ、そんなところに人類が到達するには、ヒトの寿命の何倍もの歳月が必要だろうとのこと。
おれが知る大地なんてちっぽけなものだ、と知らされても、まあそんなものかなと思ったものだ。
ただ、人類の
竜、悪魔、大魔獣、そのほかさまざまな、規格外の存在たち。
普通の人類ではただ狩られるだけの、圧倒的強者。
彼らに対抗するために、人類は技術と魔法を磨いてきた。
およそ三十年前に誕生した狙撃魔術も、そうした技術と魔法の粋のひとつだ。
狙撃魔術を用いてきっちりと決めきれば、まず間違いなく、これら規格外の存在を仕留めることができる。
問題は、その
狙撃の失敗は、多くの場合、狙撃者の命で贖うこととなる。
うまく獲物を仕留めたとしても、その名声は貴族や国が持っていってしまうことが多い。
宮仕えならともかく一匹狼の身分で、彼らの面子のために命を賭けるというのは、いかにも馬鹿馬鹿しいことであった。
故に、最新の分野にもかかわらず、狙撃魔術師はひどく不人気なのだ。
それでもおれが狙撃魔術師を続けているのは、生きていくためにはそれしか手段がないから、というのがひとつ。
相棒であるヤァータの性能が、狙撃の確実性を高めることに特化しているというのがもうひとつだ。
もちろん、それだけではないのだが……。
※※※
帝国では、そろそろ秋も終わろうというころ。
おれは弟子のリラを連れて、北方の小国メラートにいた。
この地では、すでに本格的な冬が到来している。
街道は高く降り積もった雪に埋まっていた。
この地の特有の角鹿馬車でなければ、町と町との移動すら困難であった。
全身、真っ白な毛に覆われた角鹿は、積もった雪の上を滑るように走ることができるのだ。
おれたち師弟は、この特異な馬車に乗ることで、短期間でメラートの王都にたどり着くことができた。
馬車から下りた途端、強い吹雪がおれとリラを襲う。
岩熊革の外套のおかげで身体のなかは暖かい。
とはいえ、厚手の手袋をつけていても、手がかじかむほどである。
カラスの使い魔のフリをしているヤァータは、おれの外套の肩にちょこんと止まり、平然としていたが……。
こいつはそもそも、規格外だからなあ。
「ひゃーっ、寒いですねえ、師匠!」
そして、十五歳の弟子は元気いっぱいであった。
素手で雪を握っては「ひゃっこーい」と笑い、新雪の一帯をみつけては無防備に足を踏み入れて、その下の泥沼に落ちかける。
好き勝手にさせているのは、たいていの危険であれば彼女が独力で切り抜けられるからだ。
いまも泥沼に落ちかけたとたん、浮遊の魔法で足ひとつ、ふたつぶん宙に浮き、「うわーっ、あっぶないですねえ!」とけらけらしている。
帝国の町ならば、まわりの迷惑になるからやめさせるところだが……。
この王都を囲む高い壁の内側は、昼間だというのにひどく閑散としていた。
分厚い毛皮の防寒服を着て大通りを行き交う人の数は少なく、彼らの表情は暗い。
情報通りといえば、情報通りである。
まあ、そもそも。
狙撃魔術師のおれが仕事でここにいる、という時点で、尋常ではない問題が持ち上がっているということなのだが……。
馬車の御者から聞いた道を辿って、この町の狩猟ギルドに赴く。
四階建ての家屋に囲まれた、みすぼらしい平屋の酒場が、それであった。
十人も入ればいっぱいになりそうな店内には、ひとりも客がいない。
カウンターで暇そうにしている髭面の中年男に話しかければ、男は不機嫌な顔で「おれがギルド長だ」と告げた。
おれは自己紹介と共に、エドルのギルド長からの紹介状を渡す。
羊皮紙の文字を眺めたあと、ギルド長を名乗った男は、おおきく目を見開いて、紹介状とおれを交互に眺めた。
「おまえが、魔弾の射手か」
なんだ、それは。
いや、おれの異名なのはわかるが、初めて聞いたぞ。
「おれの噂がどこでどう広まっているかは知らないが、その紙に書いてある通りだ。仕事をしに来た」
「赤竜退治の狙撃屋の話は、ギルド長の間じゃだいぶ有名だ。あんたが来てくれたなら、頼もしい」
「あれは国が総力をあげて支援してくれたからできた仕事だ。おれひとりで退治できるような相手じゃなかった」
「それなら、期待してくれていい。メラートの王家は、存亡をかけて死力を尽くすだろう」
そうならいいんだがな、とおれは思ったが、口には出さなかった。
狙撃魔術師が雇い主の不義理でひどい目にあう話は、枚挙にいとまがない。
「宿はこちらで用意しよう。王宮に渡りをつける。明日の朝には動けるよう、段取りを組む」
「早いな」
「ここに来るまで、通りをみただろ。例年じゃ、いまの時期にここまで冷え込まない」
「そう、だろうな」
「異変には、もう皆が気づいている。耳のいい商人は、我先にと逃げちまった」
まあ、そんなものだろう。
ほかの町、ほかの国でも生きていける者たちが、危機に際して真っ先に逃げる。
逃げずに最後まで踏みとどまるのは、逃げるあてもない者たちだけだ。
あとはまあ、自殺志願者とか、その地によほどの愛着がある者とか、逃げることを恥と信じるような者たちか。
王家のような存在は、この最後の部類に当たる。
貴族社会とは、まことに厄介なものなのだ。
おれとしては、報酬が支払われるのであれば、それでいい。
「部屋はひとつでいいか?」
「ふた部屋だ」
おれは後ろの弟子を振り返った。
リラは、きょとんとして小首をかしげる。
「ひと部屋でいいですよ。馬車ではいっしょに寝たじゃないですか」
「仕事の前の段取りがある。邪魔をされたくない」
「えーっ、わたしは邪魔だってことですか!」
「そういっているんだ」
少女は、頬をふくらませて抗議の意を示してくる。
おれは無視して、もういちど、ふたつ部屋を頼んだ。
「わかった、わかった。あんたの流儀に従うさ」
「頼んだ。あと、このあたりの地図があれば、いまのうちに頼みたい」
「それも用意しよう。ほかにあるか?」
「充分だ。助かる」
ギルド長はうなずき、「なんでもいってくれ。ちからになろう」と約束してくれた。
「なにせ、店はみての通りの状態だ」
「狩猟ギルドのギルド員には、緊急時の召集義務があるはずだが」
「その義務に従うような生真面目なやつは、最初の作戦でさっさと死んださ」
男は、苦虫を噛み潰したような顔でそういった。
「雪魔神にな。残りは逃げた」
※※※
あてがわれたのは、本来ならば貴族や金持ちの商人が泊まるような高級宿であった。
寝室のほか、従者用の小部屋や応接室がある広い部屋に案内されたおれは、これならばリラと同室にするべきだったかと少し考え、首を横に振る。
どのみち、弟子である彼女にも秘密にしたいことがあるのだ。
ヤァータがおれの肩を離れてぱたぱたと飛び、白い布が敷かれたテーブルの上に降り立つ。
かぁ、とひとつ鳴いたあと、我が相棒はくるりと振り向いた。
「ヤァータ、偵察の結果を教えてくれ。おまえの分身体は、すでに雪魔神を捕捉しているんだろう?」
「分身体ではなく
「動いていないのか。眠っているのか?」
「熱量はゆっくりと増大中です。待機状態でエネルギーを蓄えていると思われます」
「魔力を充填しているのか。どれくらいで動き出す?」
「不明。データが不足しています。ですが周囲の吹雪も雪魔神が発生させている現象と考えるならば、あれがこの都市の北部に停滞しているだけで、ほどなく都市の正常な運営に致命的な支障が生じることでしょう」
おれはため息をつく。
まあ、そうか。
おれも狙撃魔術師として長いが、雪魔神と戦ったことはいちどもない。
そもそも、この魔物の記録はひどく少ないのだ。
「狩猟ギルドの記録上は、二十七年前と七十一年前に雪魔神が出現している。どちらも、討伐に際して多大な犠牲が出た」
「はい。ご主人さまに開示されたデータは少なく、討伐後に死体が残ったのかどうかも判別できません」
「外見すらわからないのは、狙撃する側にとっては大問題だ。せめて魔臓の位置だけでも特定できればな……」
そこが、雪魔神という魔物の厄介なところであった。
狩人は、吹雪で視界が遮られ、強風により動きも制限された状態で、姿もみえぬ魔物と戦うこととなる。
メラートの騎士団は充分な寒中装備を調えて雪魔神が発生したと報告のあった雪山に挑み、壊滅した。
狩猟ギルドの腕利きたちもこのとき同行し、やはりほぼ全滅の憂き目にあっている。
これまでも何人かの狙撃魔術師が雪魔神に挑み、これまた失敗している。
ここまで、およそ二十日ほど。
王家は独力での対処を諦め、国外からとびきりの狙撃魔術師を呼ぶことを決断した。
それが、このおれである。
「雪魔神と呼ばれる存在は、いったいなんなんだ。見当がつくか? そもそも、なんで今回、この国の山にあんなものが発生した」
「発生した、という表現は的確ではありません。あれは北方に棲息する、れっきとした生き物です。吹雪のなかに隠れているため、その生態までは解析できておりませんが、衛星からのデータによれば、およそ七百個体が北の大陸に棲息しています」
「七百体……。あんなものが、何百もいるのか。いや待て、北の大陸? 人類はまだそんなもの発見していないぞ。おまえがいうなら、そうなんだろうが」
それにしても、あれが北の大陸に数多く棲息しているということは……。
この王都のそばに出現したあれは、北の大陸からなんらかの方法で海を渡ってきた、ということだろうか。
雪魔神の目撃数が少ない理由は、本来はこの大陸に棲息していない魔物であるから。
北からたまたま流れ着いたのが、二十七年前と七十一年前であった、と……?
あんなものがたくさん住んでいるとなると、人類未発見の北大陸は想像を絶する過酷な環境なのだろう。
なにせ、たった一個体がこちら側まで彷徨い出てきただけで、国がひとつ傾いてしまうほどなのである。
「あなたであれば、討伐は充分可能です」
「吹雪という壁をとり除くことができれば、だな。でなければ解析することも、狙撃を試みることすらできない、と」
ヤァータの解析には、このカラスの身体か、こいつが生み出す
雪魔神が常時まとっている吹雪によって、現状ではその解析が不可能である。
解析によって相手の魔臓が判明しなければ、たったいちどきりの狙撃で相手を仕留めることは難しい。
「当該国が狙撃可能な状態まで持っていくことが、契約の条件でしたね。彼らが失敗しなければ、なんの問題もありません」
他人に対する期待値が高いカラスだな、とおれは内心でため息をつく。
ただでさえ、この国はすでに高い犠牲を払っているのだ。
このうえ、騎士や貴族の生き残りの者たちが、吹雪を除去するためにどれほどの献身をするだろうか。
いや、そもそも、吹雪の除去などという所業が可能なのだろうか。
「引き続き、分身の方で監視を頼む」
「承りました、ご主人さま」
まあ、いい。
おれは魔導ランプの明かりを消して、さっさと眠りにつくことにした。
これ以上は、明日、打ち合わせの結果次第で考えればいいことである、と……。
※※※
翌日、宿で朝食をとって狩猟ギルドに赴くと、そこにはすでに、王家からの使者が待っていた。
いや、正確には使者ではなく……。
「久しぶりね、リラ。初めまして、魔弾の射手。高名なあなたを我が国にお迎えできて、たいへん嬉しく思います」
「せ、先輩? ジニー先輩ですよね!?」
「まわりにひとがいるときは、王女殿下と呼んでね」
「え、えええ!?」
悪戯っぽく片目をつぶる、どうやら我が弟子の知り合いらしき人物がいた。
銀髪赤眼で、黒いドレスに身を包んだ、十七、八とおぼしき若い女である。