死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売)   作:星野純三

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第9話 雪魔神(2)

 帝国の北方に位置する国、メラート。

 北におおきな山脈を抱えた小国である。

 

 寒冷な土地は痩せていて、食料の半分以上を輸入でまかなっている。

 それでも国が成り立っているのは、優秀な鉱山を多く確保しているおかげだ。

 

 ところが近年、特に主要輸出物である鉄と銅の産出量が減少の傾向にあるという。

 王家は、次の世代のための産業を振興するため、さまざまな事業に手をつけているとか。

 

 事業の音頭をとる者には、深い知識が必要だ。

 魔術師として優秀であれば、なおよろしい。

 

 魔法とは、森羅万象を探求する学問でもあるのだから。

 そのひとりとして白羽の矢を立てられたのが、メラートの歴代でも屈指の才女と謳われた、当時の第七王女である。

 

 物心つく前から魔法の才を発揮し、五歳のころから書庫に入り浸り、七歳にして大陸における教養の基礎たる六経典をそらんじるに至った人物だ。

 彼女は十二歳のとき、大陸の魔術師の府として名高い帝国の帝立学院に入学した。

 

 勉学に励み、魔法研究の最先端に触れ、教授たちも目を瞠る数々の論文を発表した。

 当時最短記録である五年で卒業し、自国に戻ってきた。

 

 それが、一年と少し前のことである。

 翌年、リラとかいう才気溢れる後輩が、過去の記録を塗り替えたったの三年で卒業していたりするわけだが……。

 

 で、この第七王女と、我が弟子たるリラ。

 両者には親交があったものの、後輩のリラは親しい先輩の素性を知らなかった。

 

 なぜならメラートの第七王女は、万一の場合を考えて、偽名で学院に通っていたからである。

 他国とはいえ王族という立場を隠しておいた方が、なにかと動きまわりやすいということもあっただろう。

 

 リラにジニーと呼ばれた彼女の本来の名は、ジルコニーラ。

 正妻の唯一の娘にして、現在は王位継承権第三位を持つ、メラートの至宝。

 

 ………。

 というようなことを、ジルコニーラ王女殿下自ら説明してくれた。

 

 狩猟ギルドの奥の部屋、特別な場合にだけ使われるという、防諜の結界が張られた特別応接室でふかふかのソファに腰を下ろしてのことである。

 おれとリラの対面に腰を下ろした王女殿下は、自らを「雪解けの清流のごとく澄んだ頭脳」とか「メラートの生んだ至高の存在」などと形容しつつ、前述のような解説をしてくれたのだった。

 

 ちなみにギルド長は、彼女をおれたちに押しつけて安心したのか、外で見張っている、といって部屋には入って来ていない。

 おれたちの他には、王女の護衛としてついてきたふたりの男性騎士が、両手を後ろに組んで、無表情で彼女の後ろに立っている。

 

 さて、王女の話がどこまで本当なのか……。

 ちらりと、横の弟子をみれば。

 

「本当に先輩だ……。こんなに陶酔した言葉で自分を形容しまくるひと、ほかにいないもん」

「そこが判別点なのか」

「そっくりさんでも、どんな魔法で化けても、こんなのごまかせないよ」

「それは、そうかもしれないな」

「そんなに褒めなくても結構ですよ。天が遣わした人類最高の神秘たるわたくしとて、ギリギリでヒトの範疇ではあるのですから」

 

 白磁のカップに優雅に口をつけつつ、ジルコニーラ殿下はそんなことをおっしゃる。

 ちなみに中身は、この地で採れた香草を使った、渋みの濃い茶である。

 

 おれとリラは少し口をつけたが、苦すぎてそれ以上飲むのを断念した。

 この渋茶、この国の新しい輸出産業のひとつの柱であるそうだが……。

 

 前途多難な国だなという感想である。

 

「とは申せど、わたくしが学院を出た翌年に、リラ、あなたが一気に課題を片づけて卒業したと聞いたときには、少し自信が揺らぎましたよ」

「あ、やっぱりそこは揺らぐんですね」

「ですがわたくしの卒業論文は七つの魔術院で最優となりました。あなたは五つ。この差がなければ、心を病むところでした」

「あはは……間違いなくジニー先輩だ。あ、いえ、王女……殿下?」

 

 リラが苦笑いしながら、頬をぽりぽり掻く。

 対する王女殿下は平然とした様子で、おれに視線を向けてきた。

 

「魔弾の射手殿。リラがあなたの弟子になったと聞き、驚きました。この子はよい弟子ですか?」

「できすぎた弟子ですよ。あと足りないものは、経験だけです」

「なるほど、わずかな間に。さすがですね、この子は」

 

 王女は、リラに微笑んでみせる。

 

「学院寮の地下で共に暗黒魔法の対抗呪文を学んだときも、彼女はわたくしより早くこれをマスターいたしました。ふたりで工芸魔法にひと工夫を加え、動く絵画の展覧会を開いて、既存の前衛芸術家たちを卒倒させたのも、いまとなってはよい思い出です。新しい印刷魔法で馬鹿と才人で別の文字が浮かび上がる本をつくり、図書館を慌てさせたこともありましたね……」

「なんとかと天才は紙一重、か」

「なにかおっしゃいましたか?」

「いえ、なにも」

 

 王女は、こほんとわざとらしい咳をした。

 

「さて、魔弾の射手殿。事情については、お招きの際に添付した資料でほぼすべてです。たいへん申し訳ないことに、雨上がりの蒼穹のように澄み渡ったこのわたくしの知性をもってしても、あの程度の資料しか作成できておりません。雪魔神という存在については、未だ判明していることの方が少ないのです」

「資料は拝見いたしました。実によくまとまっていたと思いますよ」

 

 乏しく曖昧な点の多い雪魔神についての情報のなかから丁寧に取捨選択され、注釈がついた資料。

 それに興味を惹かれ、依頼を受けたというのもある。

 

 無論、報酬も魅力的であったし、現在の帝国近辺で自分以外でこの雪魔神という魔物を退治できる狙撃魔術師がいるかとなると、なかなかに難しい問題といえるという事情もあるのだが……。

 人助けが最優先とか、困っている者を見捨てられないとかいうわけではない。

 

 ただ、あいつが生きていたなら、きっと「やってみようよ!」と元気に手を挙げていただろうとは思うのだ。

 あと重ねていうが、提示された金額もよかった。

 

 誠意とは金である。

 ことに、雇われの者にとっては。

 

「この連日続く吹雪も、雪魔神の仕業であると判断できます。離れた山中にいながら、この都にまで影響を及ぼしてくる、それがどれほどの魔力を要するのか、わたくしには想像することもできません。それほどの、ヒトとは隔絶したちからを持つ相手です。迂闊に兵を向けても無駄であると、王に進言いたしましたが……。残念ながら、わたくしのちからが及びませんでした」

 

 結果、貴重な兵と狩猟ギルド員、それに数少ないこの国の狙撃魔術師を失ってしまった、とのことだ。

 彼らを止められなかったことを、心の底から悔やんでいる様子であった。

 

「実際にひと当てしての情報は貴重です。先人の犠牲は無駄ではなかった、とわたしは考えます」

「気休めですが、そう思うことにしております」

 

 王女は、ため息をついた。

 ほんの少しだけ、疲れた顔をみせる。

 

 だが、すぐに朗らかに笑ってみせた。

 一瞬だけ剥がれた仮面を、ふたたびかぶってみせたのだ。

 

 多くの騎士を失い、狩猟ギルドも壊滅状態となり、残った民も不安と寒さに怯え、震えている。

 祖国の窮状に、ひどく心を痛めている。

 

 同時に、必要とあらば彼らを死地に送ることが為政者の務めだ。

 仮面をかぶり、己自身を鼓舞している。

 

 根は善良なのだろうな。

 リラが親しくしていた先輩、というだけはある。

 

 もっとも、これとて王女がおれに同情心を抱かせ懐柔するための手管のひとつかもしれない。

 貴族たちの交渉術には、なんども苦い思いをさせられてきた。

 

 彼らは交渉という武器で苛烈な上流階級の戦いを生き抜いてきた、その方面の専門家だ。

 リラも、親が貴族であるとはいえ、こいつ本人はそういった権力争いの場から早々に遠ざけられてきた。

 

 まあ……。

 いま、彼女を疑うことに意味はない。

 

 この国の王族は、人々は、おれのちからを切実に必要としている。

 目的のためなら、きっとなんでもするだろう。

 

 それを頼もしく思うべきだ。

 

 

        ※※※

 

 

 王女はテーブルに上質の羊皮紙を広げてみせる。

 この地と北の山脈の細かい道まで詳細に描かれた地図だ。

 

 本来、これほど詳しい地図は戦略資源である。

 それを国外の人物であるおれに惜しげもなく開示するあたりに、彼女の覚悟が窺えた。

 

 地図上に描かれた、とある山の中腹。

 そこに、赤い×印が記されている。

 

「雪魔神は、現在、この地点で停滞中と考えられます。停滞の理由は不明ですが、この場所から王都まで届くほどの激しい吹雪を発生させており、近づくこともままなりません。そもそもこの吹雪のせいで、我々は未だに雪魔神の姿を確認できていないのです。あるいは、記録上に存在する雪魔神とは別のなにかがあそこに居座っている可能性すらございます」

 

 昨夜、ヤァータが飛ばしたドローンからの報告で知っていたが、とりあえずうなずいておく。

 王女は話を続けた。

 

「そこで、まずは吹雪を払います」

「吹雪を……。どうやって、それを行うのですか?」

「王宮の地下の祈祷場で、十六人の魔術師が、昨夜より儀式魔法の詠唱を開始いたしました。儀式魔法の発動は、明後日の昼ごろになる予定です。この儀式魔法により吹雪を抑えている間が、我々に残された唯一の攻撃の機会となりましょう」

 

 なるほど、十六人がかりで、おおよそ三日をかけて詠唱する儀式魔法、か。

 そうして得た膨大な魔力をもって、吹雪を押さえ込む。

 

 この十六人は消耗し、しばらく使い物にならないだろう。

 雪魔神との戦いに参加するなど、もってのほかだ。

 

 貴重な魔術師を、ただ吹雪を払うためだけに使う。

 この小国が用意できる、ただいちどだけの秘策であった。

 

 おれがこの地に到着するまでに、ここまでの準備を調えていたってことか。

 上層部の仕事が速いのは、助かることだ。

 

「吹雪が停滞している間に目標の姿を視界に収め、解析を行います。可能であればあなたが狙撃、これを撃破します」

「おれはそれまでに、狙撃ポイントで魔力を溜めておかなければならない、というわけですね」

「はい。狙撃ポイントは、ここがよろしいでしょう」

 

 王女はペンをとり、隣の山の七合目あたりに黒い印を書き込む。

 それも、リサーチ済みか。

 

 実際のところ、ヤァータの偵察でもいくつか狙撃ポイントを割り出してある。

 そのうちの有力なひとつが、まさに王女が記したポイントであった。

 

「このポイントでは、すでに簡易な防壁を構築、最低限の物資を運び込んであります。ですが実際に狙撃を行うのはあなたですから、もちろんほかのポイントがよろしいということであれば……」

「いや、ここでいい。話が早くて助かる」

「結構です。準備が無駄にならなくて、なによりでした」

 

 王女は、にっこりとしてみせる。

 営業用の笑みだが、その目はいっこうに笑っていなかった。

 

 彼女は真剣に、最良を目指している。

 ならば、その期待に応えるのがプロの仕事というものだ。

 

「問題は、これから向かったとしても、二日の充填で雪魔神を倒せるかどうか、だな」

「過去の文献から雪魔神の魔力強度を割り出しました。こちらを」

 

 王女の合図で、騎士のひとりが新しい羊皮紙の束がとり出す。

 それが、おれに手渡された。

 

 おれは羊皮紙をぺらぺらとめくる。

 数式と図表の塊で、頭が痛くなりそうだ。

 

 横から、我が弟子がひょいと首を突っ込んでくる。

 ったく、行儀が悪いなあ。

 

「リラ、わかるのか?」

「んー、これくらいなら。師匠、充分にマージンはとられてるよ。このデータが正しければ、仕留められるはず。でも……」

「どうした」

 

 リラは、あれえ、と小首をかしげていた。

 いったいどうしたっていうんだ。

 

「過去の討伐データ、参加人数と被害がおおきすぎるよね、これ。ねえ、先輩」

「殿下、と」

「先輩殿下、これ、ここのところってどういうこと?」

 

 寛大な王女殿下は、おおきなため息をついた。

 

「過去二回、雪魔神は討伐されております。どちらも帝都の狩猟ギルド本部に詳細が残っておりましたが……。特に初回は、討伐方法が不明、死体も残されたようですが、記録には残らなかった、と。狩猟ギルドと討伐した国との間で、なんらかの問題が生じたのですね」

「えーっ、そんなことあるんだ。何年前?」

「七十年以上も前のことです」

「それは、しょうがないか……。じゃあ、二回目は?」

「二十七年前です。こちらはある程度、まともな記録が残っておりますが……。どうやら、数を頼みとした大規模な儀式魔法による爆撃により、死体どころか周辺一帯が灰燼と帰したようです。前衛を囮として、その前衛ごと焼き払ったとのこと。結果として、雪魔神とおぼしき存在の残骸すら回収できませんでした」

「うわっ、えっぐ」

 

 なるほど、そんなやり方であったから、おれが調べた限りじゃロクな資料が出てこなかった、ということか。

 しかしこの王女は、コネと金を惜しまず使って、狩猟ギルドの本部が隠していた資料を手に入れてみせた。

 

 このあたりは政治力の差だ。

 おれにはないものである。

 

 二十七年前の戦いに狙撃魔術師が参加していないのは、当時、狙撃魔術師の存在がまだほとんど知られていなかったからだろう。

 もし知られていたとしても、充分なデータがない状態では、はたしてどれだけの活躍が見込めたか。

 

「その国のひとに話を聞くことはできなかったの?」

「雪魔神の討伐後ほどなく、国が滅びています。くだんの戦いにより、おおきく衰退した様子です。我々としても、このような方法は採用できません」

「よかったぁ。あ、うん、先輩殿下ならそんな無茶はしないと思ってた! いたずらはするし大人の胃に穴を開けるのは得意だけど、ヒトをモノみたいに使うのは嫌いだもんね!」

「当然です。わたくしは夕焼けの空に輝く一番星のごとき時代の最先端を征く者、その矜持として、このような無体を看過できませんとも」

「だよねー、それでこそジニー先輩!」

「そうでしょう、そうでしょう」

 

 うんうんとうなずきあう、先輩と後輩。

 おれは、王女の背後に立つ騎士ふたりの顔をちらりとみた。

 

 大人の胃に穴を開けるのが得意な人物に仕えるというのは、どんな心持ちなのだろうか。

 なぜかふたりとも、おれと目を合わせたあと、そっと視線をそらした。

 

 うん、なんとなくこのひとたちに同情したくなってきたぞ。

 

 

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