やはり俺たちのバレンタインデーは間違いだらけである。 作:kuronekoteru
学校中からカカオの匂いがしてくるような特別な一日。わたしはある人を探して廊下を走っていた。手に持っているのは、明らかに誰かへ渡すためのラッピングが施された包み。振り返る男子共をここぞとばかりに無視して、ただ真っ直ぐにいつもの場所へ。
辿り着いた場所は、特別棟一階の保健室横にある小さな段差。そこにはぴょこんとアホ毛を立てたアホな先輩の哀愁漂う背中が見えた。冬真只中だというのに、先輩は今日も外でお昼を取っている。本当にアホだ。受験前に風邪でも引いたら、雪乃先輩の機嫌を損ねるに決まっているのに。
静かに吐いた溜息が白となって空へと舞い上がる。今は余計なことを考えず、いつもの感じで声を掛けてしまおう。それがわたしたちっぽい。先輩と一色いろはの関係性。
「せ〜んぱいっ、今日は何の日でしょうか?」
「一色か、…………聖バレンタインが処刑された日だろ」
足音が聞こえていたのか、そもそも来る予感がしていたのかは分からないけど、先輩の声色には驚きが含まれていない。いや、最近ここに来るペースが多かった所為だろうか。
それにしても、先輩は全然変わらない。相変わらず捻くれているし、変な知識ひけらかしてくるし、基本馬鹿なことしか言わない。こんな人を好きになる人がいるのが未だに信じられない。しかも、めちゃくちゃ顔が良い女の子ばかり。
「あー、はいはい……。そういうの良いんで、これあげますよ」
そう言って包みを渡すために手を伸ばすと、ようやく驚きの一端が見えた。普段の空いているか分からない目が、少しだけ見開いて丸くなるのは悪くない。きも可愛いと言えるレベル。わたしは嫌いじゃない。
「……なに、義理チョコくれるの?」
「どちらかと言えば、不義理チョコですかね」
義理か義理じゃないかで言えば、ギリギリ義理じゃない。不義理なのも先輩に対してではない、そんないわく付き一歩手前なチョコ。
わたしの言い分が気になったのか、先輩は訝しげに包みを空けていき中身を確認し始めた。
出てきたのは四層構造の四角い物体。層ごとに色が異なり、味や甘みも結構変えている。我ながら会心の出来と言っても良いだろう。でも、本当に力を入れたのはスイーツとしてではない。
「よく分からんが、なんかめっちゃ凝ってるな」
「そりゃそうですよ。だって、先輩の高校最後のバレンタインですし、先輩の合格祈願も入ってますし、今までのお礼だったり、卒業祝いなんかも含めてますから」
「いや、色々含有し過ぎでしょ……」
わたしが自慢げに人差し指を立てて説明してあげると、先輩は苦笑いで「GABAも含まれてるんじゃないの?」とかアホなことを呟いてる。受験だけでもストレスなのに、先輩は色々と問題抱えてるもんね。大体は自分のせいだから自業自得だけど。
先輩は特級呪物かのように全方位からわたしのチョコを眺めていると、漸くそれに気が付いた。
「ってか上に書いてある『L』って何、サイズなの? そこまで大きくないけど……いや、高さはそこそこあるか」
「ふふーん、一層ごとに一文字ずつ文字を入れておりますので、しっかり目と舌でわたしの気持ちを味わって食べると良いですよ」
そう、このチョコレートは層の中央にホワイトチョコで文字入れをしている。だから湯煎と固める作業を普段の四倍近くやる派目になっていた。
その努力が少しでも報われるよう、わたしは先輩に魔法を掛けようと耳元へと口を寄せる。これでもかと勿体ぶった、お砂糖のように甘い甘い声色で。
「……ちなみにー、せんぱいはぁ、なんて書いてあると思いますか〜??」
ふふっ、照れて赤くなってる。こういう所は変わって欲しくはないなぁ……。
わたしが珍しく見惚れてあげていると、突然に先輩の目と口が大きく開かれた。そして、そのままわたしのチョコの大半を一口で噛み切ってしまう。えっ、酷くない?!
「4文字目は『E』か……もしかして、LIKEか? 正直、好かれているってだけで嬉しいし、味もマジで美味い」
先輩の癖に本当にちょっと嬉しそうに笑う。何それ、そんな顔で言われると文句も言いづらい。ってかあざとい。人に言う前に自分がやめろや。
睨んで怒ってやろうかと思ったけれど、わたしの頬が妙に上気するのに反比例して溜飲は下がってしまった。相手はあの先輩なのだし、ちょっと厭味ったらしく揶揄うだけで許してやろう。
「あーあ、わたしの気持ちが分からなくなっちゃいましたね。本当は何が書いてあったのか知れないままに、先輩はこれから生きていかなくちゃいけないんですよ。もしかして、って淡い気持ちを抱けて良いですね」
「……おい、まじで顔合わせづらくなること言うのやめてね。ってかLIKEじゃないの?」
わたしの甘い甘いチョコを食べておいて何を言っているんだか。ふざけているのか知らないけれど、本当に先輩はアホ。でも、そんな反応も、先輩自身も、わたしにとってはお気に入り。
だからわたしは笑ってあげます。今までのわたしの為に、今日のわたしの為に、何よりもひと月後のわたしの為に。
「あはは外れです、YOU
「なんで急に本田さんになるんだよ。ってかLOSEなの? 酷くない? 俺受験生だから、負けとか滑るとか禁句でしょ……。お返しはまぁ考えとく、さんきゅな」
先輩は、最後に微笑んでおけばわたしが満足すると思っている節がある気がする。本当にアホ。軽々しく見せないでほしいし、ちゃんと責任もとってほしい。
そんな思いを伝える筈もなく、わたしはまた溜息を吐くと立ち上がった。お返しの取り付けも済んだので、お邪魔虫が来る前に退散しないと。
ただ、最後にとっておきを食らわせてやろう。めんどくさい先輩に、めんどくさいわたしから。ピッと立てた指先を唇に当てて、ウィンクなんかしちゃって。
この先に無駄に悩んだり、嫌になったり、しんどくなったりもするかもだけど、後悔だけはしないように。
「馬鹿な先輩に、最後にヒントをあげましょう。わたしも受験生に配慮して文字入れをしたので、勝ってほしいという想いを込めてどこかに『V』の文字を入れましたよ?」
ここまで言えば先輩と言えど分からざるを得ない。証拠とばかりに呆けて空いた『O』型の口に、わたしは釣り針を引っ掛けるように別れの挨拶を告げる。ある種の犯行予告にもとれる、可愛い可愛い後輩からの決意表明で。
「そ、れ、と、わたしも先輩と同じ大学を目指しますので、これからもよろしくお願いしますね♪」
──だって、諦めないでいいのは、女の子の特権だから。
ハッピーバレンタインってことで、初めて八色を書かせてもらいました。
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