武偵校の吠えぬ狂犬   作:全智一皆

1 / 7
序章「吠えぬ禍狗」
#0


 

■  ■

 武装探偵―――それは、武力行使による犯罪者、犯罪組織の逮捕を可能とする者達の事を指し示す。

 世間は彼等の事を『武偵』と略し、その武偵が在学する高校『東京武偵高校』に在る『超能力』という類の力を扱う武偵は『超偵』と呼ばれている。

「はっ、はっ…!」

 武偵は武力を行使出来るが、人を殺す事を許可されている訳ではない。

 しかし、それは詰まるところ―――人を殺さぬ範囲であれば、如何なる暴力も許されるという事でもあった。

 故に、男は駆けていた。

 息を荒らげながら、兎に角、必死に、何とかして自分を追い掛けてくる狗から生き延びようと、街を其処ら中、逃げ回っていた。

 男は犯罪者だ。と言っても、殺人犯という大罪人でも、大物の詐欺師という偉人という訳でもない、ただの強盗犯だ。

 たった一人で犯行を実行し、そしてたった一匹の狗に追い掛けられている最中だ。

「はぁ、はぁ…!」

 人混みの中を必死に掻き分けて、男は逃げる。まるで、溺れて海面へ慌てて上がろうとする子供のようだ。

 周りの目など眼中にも無い。今、この男の頭の中に有るのは、たった一つ―――『死にたくない』という、人間なら誰もが抱く感情だった。

 男を追っているのは武偵だ。故に、男が殺される、などという事は絶対と断言出来る程に無い。

 だが、それなら何故、男はこうも焦っているのだろうか。

 自身が殺される事はないと確信出来るにも関わらず、何故、死にたくないという切望を抱いて逃げ回っているのか。

 そんな答えは、実に単純だ。

「はぁ、はぁ…此処まで来れば、大丈夫だよな…」

 身を投げるように路地に入り込み、冷たい壁に熱くなった体を預けて、男はその場に下手れるように座り込む。

 肩で息をしながら、耳に聞こえる程に五月蝿い心の臓、その鼓動を何とか抑え込もうと、自分の気を落ち着かせる。

 もう大丈夫だ、心配無い。あの人混みの中だったんだ、きっと見失った筈だ。

 そう何度も呟いて、恐怖に支配されている自分を冷静にさせようと必死になる。

 だが、

「能無しの愚者にしては、善く足掻いた。」

 その辛辣な罵倒と共に、男が安住の地とした路地裏に現れた一匹の狗によって―――それは、砂の城の如く呆気無く崩れ去った。

「あ、ぁあ…」

 恐怖で頭が埋め尽くされ、最早、言葉を交わす事すらも出来なくなる。

 研ぎ澄まされた刃物の様な鋭い眼光が、男を穿く。

 睨まれている。だが、ただそれだけの行動で、男は自身の死を実感していた。

「僕は暇では無い。故に、早々に貴様の命を喰らうとしよう。」

「ま、待て待て! そんな事をすればお前は刑務所行きだぞ! お前は自分の人生を全て棒に振る事になるんだぞ!?」

 男が命を乞うように、声を荒らげながら必死に説得を試みる。

 武偵が殺人を犯せば、その罪は通常のものよりも更に重くなる。それは確かな事実である。

 実に御尤もで、正論らしい意見ではある。

 だが、しかし。

「それが如何した。高がその程度の罰に、僕は屈さぬ。そも、貴様の様な愚者の命など奪ったところで、僕には何の害も無し。故に―――疾く失せろ、罪人よ。」

 死の宣告。

 貴様は此処で命を喰らわれ、無様に死に果てるのだと、男は眼の前の狗に告げられる。

 ―――狗が身に纏う灰色の外套、その背後から突如として顔を出した獣が、唸りを上げながら口を大きく開く。

 それは肉を噛み千切り、骨をも砕く顎を持った悪食の獣。

 男の体を、一瞬にして、そして肉片の一つも残さず喰い尽くしてしまう事など―――容易だろう。

 男は、眼の前で大きく口を開いている獣によって、自身の体が隅の隅まで喰らい尽くされる事を想像し―――

「あ」

 目を向き、失神した。

 獣は大きく開いた口をゆっくりと降ろし、巣に戻るかの如く狗の外套の中へと戻って行った。

 狗は失神した男の両手に手錠を嵌め、外套のポケットに手を入れ、中から携帯電話を取り出し、電話帳を開き、ある人物へと連絡を送る。

『どうした、芥川。』

 男性が、狗の名を―――「芥川龍之介」という名を呼ぶ。

「強盗犯を捕らえた。至急、此方に警察を向かわせるよう願いたい。」

『もう捕まえたのか。疾いな。』

「貴方程ではない。…では、警察へ連絡頼みます。」

『あぁ。直ぐに連絡しておく。』

 電話を切り、折り畳んでポケットの中へと戻す。

 連絡が行くなら、もう此処は用済みだ。

 そう確信し、芥川は薄暗く、そして湿っぽい路地から明るい街の方へと確実な一歩を辿った。

 

 東京武偵高校在校生―――芥川龍之介。

 異能力――――――羅生門。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。