その日の夜、芥川は目的の場所である武偵高校の第三寮まで辿り着いていた。
芥川が眼の前にしている扉の向こう側には、件の遠山金次“だけ”が居る。
少なくとも、この時までは、芥川はそう思っていた。
チャイムのボタンへと手を伸ばし、細い指で強く押せば、ピンポーン…と、チャイムが鳴る。
五秒と経つ。足音は聴こえない。
一分と経つ。足音は聴こえてこない。
三分と経つ。足音は全く聴こえてこない。
芥川の蟀谷に、一筋の青筋が立つ。
「遠山。居るのは判っている。疾く此の扉を開けよ。三秒以内に開けねば切り裂く。善いな?」
芥川がそう宣言した瞬間、ドタドタと、急ぎ足だと直ぐに分かる騒がしい足音が鳴り響いた。
がちゃ、ではなく、ばんっ! と、勢い良く扉が押されるように開かれた。
「今晩わ、芥川先輩!」
冷や汗を舁いている少年―――部屋の主である〝遠山金次〟が、焦燥と疾走感に駆られていた事を一切として隠すこと無く、部屋から顔を出した。
彼の眼の前には、持ち前の地獄の番犬が如き鋭い眼光を放つ猟犬、芥川が立っていた。
「…五秒経過だが、素直に従った為、扉を切り刻む事は辞めにしよう。」
「あ、有難う御座います…」
「だが僕の呼掛けを無視した事は許さぬ。故に、夜路は背後に気を付けよ。」
「本当に申し訳御座いませんっ…!!」
直角の如く綺麗な姿勢で、金次は恐怖と緊張を抱えながら芥川へと頭を下げる。
この際、はっきりと言えば、遠山金次は芥川龍之介が苦手である。
決して嫌いではない。幾度か助けられた事は有るし、一年の頃に稀にではあったが現場でも協力した事が有る。
芥川龍之介の力の強さ、頼もしさ。そういった点を金次は知っている。故に、嫌いではない。
だが、だが―――嫌いでなくとも、とても苦手なのだ。
己が力の在り方を隠さず、そして誤魔化さず、例えどんな異能であろうと、それが人を救う為の力となるなら気に留めない芥川。
己が力を、力の在り方を嫌い、隠し、誤魔化し、自分の為に弱者を演じる金次。
力は互角。しかし、その力の在り方が、二人は対極なのだ。
芥川が自分の事をどう思っているか、等という事は金次には判らぬ。
だが、自分が芥川を苦手としている事は、自分で確信が着く程に明確だ。
「と、ところで…今日は、如何いったご要件で…?」
「貴様が異国の女子と共同を組み、強襲科に復帰したと、松岡から聞いた。」
(松岡先輩っ…!)
金次は激怒した。必ず、あの(芥川とタメで話す事が出来る)凄い先輩をぶん殴らなければならない、と。
「嘘か真か。何方だ?」
「…」
金次は、芥川から目を背け、沈黙した。
「答えぬ、か…そうか。貴様が答えたぬと言うならば、仕方無い。」
「え」
金次は、芥川から発せられたその言葉に、つい驚愕してしまった。
あの芥川が、基本的に答えが確実になるまで如何なる手段も使って問おうとする芥川が、金次の意図を汲み取ったのだ。
金次は感動した。
「貴様が答えぬのであれば貴様のパートナーに聞くとしよう。」
「…」
金次は落ち込んだ。
芥川は別に、意図を汲み取ってなどいなかったのだ。
「ちょっと、バカキンジ! あんた何時まで話してるのよ!」
そんな話しをしていれば、部屋の奥から少女の可愛い声と小さな足音がした。
「あのバカッ…!」
「噂をすれば…か。」
そうして部屋の奥より廊下に現れたるは、一人の少女。
薄紅色の長髪を二つに束ねた、深紅色の瞳を持った小柄な少女。
倫敦の武偵―――強襲科Sランクの武偵、〝神崎アリア〟である。
「貴様が神崎アリアか?」
「そうだけど。そういうアンタが、アクタガワ?」
「如何にも。僕は芥川龍之介。この東京武偵校のSSRに属する者だ。」
《
《吠えぬ禍狗》と呼ばれる一匹の狗と邂逅を果たした。