東京武偵高校、第一三寮に有る部屋の一つ、その室内にて。
部屋の主である遠山金次は、頭を抱えていた。
苦手な先輩にして来訪者である芥川龍之介と、強制的にパートナーを組まされる事となった神崎アリアが部屋に居るのだ。
苦手な先輩と、そもそも苦手な分類としてる女子。
苦手としている者が二人も居るなど、金次にとっては耐え難い苦痛であった。
「ロンドンでも、貴男の話しはよく耳にしてたわ。SSRのエリート、芥川龍之介。」
「そうか。異国にも僕の名は届いていたのか。それは畳々。皆と積み重ねた甲斐が有った。」
金次が出した烏龍茶を飲みながら、芥川は平然とそう語った。
皆と積み重ねた甲斐―――それが指し示すのは、芥川が同僚や担任―――否、仲間と共に、今日まで解決してきた様々な事件の事である。
芥川が解決した事件の殆どは、それこそ『強襲科』が担当するような、戦場有りきの事件ばかりだ。
集団強盗の事件や立て籠もりの人質事件、飛行機ハイジャック事件など様々。
芥川は、その全ての事件を同僚や担任と共に解決した。
決して、芥川が一人で解決したという訳などではない。
確かに、芥川には一つの荒事を一人で制する程の実力が有る。過去、未だ芥川が一年の時は、そのようにして過ごしていた。
だが、芥川は師たる担任や、共に事件に取り込む仲間達によって、その在り方を変えた。変えてくれた。
「皆って…一人でやった訳じゃないの?」
「あぁ。過去…一年の時は、確かに独りだった。ただ只管に、復讐に疾走るだけの狂犬だった。」
復讐。その言葉に、神崎と金次は反応した。
芥川の過去話。それなりに長く芥川と先輩後輩としての関係を持つ金次は、しかし一度として、芥川の昔の話しを聞いた事がなかったのだ。
「独りで戦場を駆けていた。復讐の為に、“妹”の為に、近路ばかりを探っていた。ただ吠え、ただ喰らうだけの狗だった。」
妹。家族。復讐。
それは、その在り方は、今の神崎に近しい在り方でもあった。
神崎アリア。彼女が武偵として活動している理由、その目的とは、武偵殺しと呼ばれる犯罪者の罠によって有罪とされ、死刑宣告を言い渡された母親の無罪を証明する事である。
対して、芥川は妹の為に戦場を、事件現場を駆け回ったという。
「我が恩師は、僕に力の在り方を教えてくれた。我が友は、僕に獣の飼い方を教えてくれた。その果てに、今の僕が在る。その意味では…神崎。貴女は僕と似ている。」
仲間と共に戦う事を知る芥川と、高い実力故に孤立してしまった神崎。
仲間が居る芥川。仲間が居ない神崎。
確かに、この二人の在り方というのは対極だ。いや、どちらかと言えば、神崎の方が自然だと言える。
しかし、芥川はそうではない。そうでは、なくなっていたのだ。
「これは人生の先輩からの教訓であり、我が師から教わった言葉でもある。遠山、貴様もしかと聞け。」
「…はい。」
「“己という獣を追うな”。僕が復讐にばかり囚われていた時、師から言われた言葉だ。」
「復讐…わたしは、」
「神崎。貴女が母親の為に活動している、という事は松岡から聞かされた。」
彼女の言葉を遮って、芥川は続ける。
「…そう。」
「貴女の気持ちは、僕も共感出来る。何せ僕は、妹を奪った相手への報復、復讐が為に吠えていたのだから。」
母親の為に動く神崎の心情に、妹を奪った相手への復讐の為に生きていた芥川は共感した。
確かな差こそあれ、しかし家族という関係と、救いたいという気持ちには一寸の狂いも無し。
互いに、必死の気持ちだ。
「故に心せよ。決して獣に囚われてはならぬ、と。」
その言葉の重みは、決して軽いものでははなかった。