朝日が天に登る此の日、芥川はとある騒動に巻き込まれていた。
「……」
『武偵殺し』と呼ばれる犯罪者によって、武偵高校へと向かうバスがジャックされてしまったのだ。
一定のスピードで走行しなければバスは爆発すると武偵殺しは宣言し、今は車輌科の武藤が何とか走らせている状態にある。
皆が騒ぐ中、しかし芥川だけは冷静だった。
「……」
あいも変わらず修羅の如き形相ではあるが、芥川は冷静に事を対処する為の手段を思考しているのだ。
爆弾が何処に仕掛けられているのか。どのような対策がされているのか。
それらを思考しているのだ。黙考しているのだ。
「……行くか」
決断する。
作戦は至って単純―――爆弾が爆発するよりも速く、爆弾を処理する。
確実な成功を目指し、芥川はバスの窓の前まで進み、
「異能力―――――――――
『羅生門』」
己が力を、使いこなす。
灰色の長外套から一本の帯が顕となり、そしてその平たい布を刃の如き鋭い鋒へと変化させて窓へと突っ走る。
帯刃はいとも簡単にバスの窓硝子を穿いて粉砕し、最初の自由を芥川の下へと届け外套へと戻っていく。
芥川は長外套の懐に突っ込んでいた両手を出し、窓の上縁を両手で掴み下縁に足を乗せ、我が身の半身を風息吹く外へと放り出す。
「ふっ」
外套が風に煽がれ、翼のようにはためてく。
だが、これは決して愚行などではない。芥川龍之介ともあろう男が、そのような愚行を働く訳もない。
芥川は両腕に力を込め、二本の腕のみで風に打たれる己が体を引っ張ってバスの屋上へと綺麗に着地する。
「爆弾を設置するのであれば、爆風の範囲が広がり易く、尚且つ最も爆破の影響を受け易い場所だ。『武偵殺し』ともあろう犯罪者が、適当な場所に設置する等という愚行を働く訳も無し。となれば―――」
バスの底、その裏側以外に適確な場所はない。
早々に終わらせ、早々に学校に向かおう。芥川は爆弾処理という大きな仕事を前にして、尚も冷静だった。
すると―――
「あら、アクタガワ先輩じゃない。」
こと、と背後に誰かが立ち、声を掛けてきた。
これが数年前の芥川―――もとい、力の使い方を教わらなかった恐ろしき灰の禍狗であれば、振り向く事もなく即座に彼女の首を跳ねていただろう。
背後に立った者には容赦なき帯刃の一振りが飛ぶ。そして、その頬を掠めるか首を跳ばす。それが、かつての芥川龍之介という一匹の狂犬だった。
だが、今はそうではない。
「神崎か。到着が遅れたな。」
「ふぁるわっわへ(悪かったわね)! へいうははふしなはいよ、ほれ(ていうか外しなさいよ、これ)!」
無数の帯でその身柄を拘束するまでには大人しくなっているのだ。それだけ成長しているのだ。
「済まん。だが、以後心に刻んでおけ。決して僕の背後には立つな。かつての僕であれば首を落としている。」
「キンジも言ってたけど本当に理不尽ね、アンタ!?」
「雑言など聞くに足らぬ。武偵ならば早々に仕事に取り掛かれ、神崎。」
「分かってるわよ! でも、アクタガワ先輩にも手伝ってもらうわよ!」
「無論だ。僕が貴女を護ろう―――其処な絡繰からな。」
無数の帯を刃に変えて、芥川は道路の端へと目を配る。
其処を駆けるは、現代兵器の代表たる自動小銃を兼ね備えた小さな機械。
バスと並走して、銃口をバス側へと向けている複数の機械が、其処に居た。
「武偵殺しの差金だろう。僕が片付ける故、早急に爆弾を解除せよ。」
「…感謝するわ!」
神崎はすぐに駆け出し、バスの底へと落ちるように入っていった。
全ての銃口が、芥川からバス底へと一斉に向けられる。
彼等にとって、最も優先して行うべきは爆弾を解除しようとする一人の少女という意思の証明だろう。
だが、それ故に好都合だ。
「絡繰を相手にするなど初めてだが…意思無き者に恐怖無し。貴様等は狗の餌にも事足りぬ」
獣の影が、大きく口を開く。
白い獣。灰色の怪物。それは空間をを喰らおうとする悪食の猛獣。
相対するは意思も宿らぬ只の機械。即ち玩具。そんなものに、そんな道具に、狂犬が恐怖を抱く事など絶対に皆無。
「僕の前から疾く失せろ。」
鋭い罵倒と殺気と共に、芥川は飼い慣らした三匹の白狼を解き放って玩具の元へと奔らせる。
三匹の白狼に反応を示し、只の玩具はその銃口を自らに襲い掛かろうとする獣へと向けて数多の鉄塊を撃ち続ける。
火花と共に放たれた紅蓮の鉄を、しかし白狼はものともせずに呆気なく喰らい、呑み込んで消化する。
勢いを失わず、三匹の白狼は用意された玩具へと、その鋭い刃の如き牙を突き立てる。
玩具の装甲は、白狼の牙によって紙屑のように散り散りとなって凹み、そのまま機能を停止して道路に倒れ、爆散して消え失せる。
ものの数秒。そんな僅かな時間で以て、武偵殺しが用意した複数の機械は消し去られたのだ。
「餌にもならぬ玩具よ。その道半ばで朽ち果てよ。貴様等は役目も満足に果たせぬまま、其処に伏せるのが似合いだ。」