JK妻(シーズン3)   作:山田甲八

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三 三者面談事件

 我が国の国会は委員会制を採用している。何百人もいる本会議でいきなり審議するのではなく、細かく刻んだ委員会で詳細に議論し、本会議はそれを裏書きするという審議形式だ。国会がさばかなければならない案件は数が多く、専門的でもあるのでこの方法は利にかなっている。

 僕は大学で経営学を専攻し、一応、経営学が専門ということにはなっているが大学最後の一年間は裕ちゃんの看病のためほとんど大学には行っていないので専門というほど偉そうなことはいえない。結局、僕は文教族で文部科学大臣を務めたこともある妻チャコの祖父、白石権蔵参議院議員の流れで文部科学委員会所属ということになった。実力はないので社会人の常識で政府の文部科学行政をチェックするということくらいしかできない。

 生活も不規則になってきた。まあ国会が開会中は仕方がない。相変わらず忙しいスーパーアイドルのマコちゃんと顔を合わせるのも朝くらいになっている。

「はい。お兄ちゃん。お手紙だよ。」

 ゴールデンウィークも終わったある平日の朝、ダイニングで朝刊を読んでいるとマコちゃんが起きてきて「おはよう」代わりにそう言い、僕に紙を渡した。紙には日にちと時間と名前の書いてある表が記載されていて、表題には「三者面談日程表」とある。

「何これ?ああ、三者面談の日程表ということは分かるんだ。表題に書いてあるからね。僕の質問の趣旨はなんで僕に渡すのかなということなんだけど。」

「それはお兄ちゃんに来てもらうからに決まってるでしょ?」

 最初からそうだと思ってはいた。

「親御さんが行った方がいいんじゃない?」

「駄目駄目。そんなことしたら喧嘩になっちゃう。お兄ちゃんがいいの。お兄ちゃんに来て欲しいの。」

「だけど今は国会中だよ。平日の昼間は動けないと思うけど。」

「でも、この日のこの時間は空いてるでしょ?」

 そう言ってマコちゃんは日程表の「白石」と書いてある部分を指さした。僕は日程表をよく見てみた。確かにこの日、委員会は午前中でお仕舞いで、午後は空いていたはずだ。

「確かに空いてるけどよく分かったね。僕の予定。」

「実は秘書の山崎さんに調整してもらったの。」

「はあ?」

「山崎さんに電話してね。チャコちゃんの三者面談も入れないといけないでしょ。チャコちゃんは次の週だけど。もっと世間話でもするかと思ったら山崎さん事務的に『はいはいはい』っていう感じだったよ。こういうのなれてるんだね。」

 このチャコと瓜二つの双子の妹もチャコに似て段々したたかになってきた。目的を達成するためには手段を選ばないのだ。異議を申し立てる余地はなさそうだ。そうでなくても僕は断れない性格なのだ。チャコとも話はついているのだろう。

「マコちゃんの進路について話すんだよね。」

「そうだと思うけど。」

「マコちゃんの希望はどうなの?進学するのかな?」

「そんなの無理だよ。聞くまでもないでしょ?勉強してないし、するつもりもない。あたしが勉強嫌いなのお兄ちゃんもよく知ってるでしょ?たとえ進学したとしても大学生活なんて無理無理。お仕事忙しくなるだろうし。とにかく今のあたしにとって高校は必要悪。最小限の時間と労力で卒業できるようお兄ちゃんも先生にゴマすっといてね。」

「引き続き芸能活動は行うんだよね?まあマコちゃんに限って天秤にかけるものはないと思うけど。」

「うん。今度はメインでね。今までは一応、学業優先てことになってたでしょ?実はハルナちゃんが柏崎から帰ってきてからチームの新リーダーを選ぶ選挙があったのね。選挙ではファン投票でもメンバーの投票でもあたしが選ばれたんだけど、まだ高校生だってことでハルナちゃんがリーダーになったの。で、あたしはサブリーダー。定期テスト前に活動できないんじゃリーダー務まらないもんね。」

「じゃあ、来年はマコちゃんが満を持してリーダーになるんだ。」

「うん。それで多分、ハルナちゃんはチームを卒業することになるんだと思う。」

 そうなると僕としてはハルナの進路も考えてやらなければならない。

「で、僕はどうすればいいの?」

「その時間に学校に来て、三年C組の教室の前で待っててくれればいいや。あたしは学校でお兄ちゃんが来るの待ってるから。うれしいなあ。お兄ちゃん、あたしの学校来るの初めてだもんね。」

「それだけじゃすまないんでしょ?その日、その後の僕の予定が入ってないことも分かってるんでしょ?」

「そう。その後は当然、マコちゃんとデートということになるね。」

 緻密に計画されているようだ。言い返したところで僕に付け入る隙などないのだろう。

「どっか行きたいとことかあるの?」

「う~ん。ドライブがしたいなあ。」

「ドライブ?どっち方面?」

「第三京浜の保土ヶ谷パーキングエリアに揚げ蒲鉾みたいなのがあるんだって。それをお兄ちゃんと一緒に食べたいなあ。」

「そんなんでいいの?」

「うん。普通のデートっていうのをやってみたいの。普通のデートってそういうもんでしょ?」

「まあ、マコちゃんが満足なら僕はそれでいいけど。じゃあ僕はクルマで行けばいいんだね?」

「は~い。よろしくね。すっご~く楽しみだなあ。それとこれもお願いします。」

「マコちゃんはそう言ってもう一枚プリントを僕に渡した。英語のプリントのようだ。」

「何これ?」

「英語の宿題です。」

「僕がやるの?」

 僕が聞くとマコちゃんはそれには答えず、ただ僕の目の前で手を合わせ、助けを求める妹のまなざしをした。

 

 結局、僕は五月半ばの水曜日にマコちゃんの通う都立高校に行くことになった。約束の水曜日、国会の仕事を午前中で終えた僕は一度帰宅し、クルマでマコちゃんの通う都立高校に向かった。マコちゃんの通う都立高校は都立大学の駅の近くにある。だから朝はいつもチャコと一緒だ。

 目指す高校に到着すると玄関で来意を告げ、入校表のような紙に名前や時間を記入してマコちゃんの待つ三年C組の教室に向かった。教室の前には椅子が二つ並べて置いてあり、既にその高校のブレザーを着ている見覚えのある少女が座っていた。少女は僕に気付くと「お兄ちゃん!」と言って笑顔で僕に手を振った。僕はその笑顔には応えず、黙って静かに少女の隣の椅子に座った。そして、その少女の耳元に口を寄せ小さな声で話しかけた。

「なんでチャコなんだよ?」

「あっ、分かっちゃった?ここの学校でこの制服だから絶対にばれないと思ったんだけど。昔はあたしとマコちゃんの区別がつかなかったのに。」

 チャコも小声だが悪びれる様子はない。

「マコちゃんなんかあったの?あんなに楽しみにしてたのに。」

「それがね、今朝、ハルナちゃんが倒れちゃったんだって。」

「ええっ!どうしたの?」

 僕はビックリした。初耳だ。

「たぶん過労だろうって。で、都内の病院に入院したんだって。」

「そうなんだ。で、マコちゃんはお見舞い?」

「いやいや、ピンチヒッターだよ。なんでもハルナちゃんがほとんどメインのイベントがあるんだって。今日のこの時間。でもハルナちゃんがそういう状況でしょ?ハルナちゃんの代わりといったら日本広しといえどもマコちゃんくらいしかできないじゃない。こっちは替えが効くけどさ。」

 通常は逆なのだろうがこの姉妹にとっては常識が真反対だ。

「リスケしてもらえばよかったのに。」

「リスケって?」

「スケジュールの変更。」

「ああそうか。でもマコちゃん、啓一さんが忙しいこと分かってるから。リスケしてお母さんに来られたらそっちの方がやっかいだと思ったんじゃない。」

 僕は軽くため息をついた。

「で、どうするの?聞くだけ野暮かな?」

「まあ、あたしはあまりしゃべんないから適当にやってね。」

 チャコがそう言うとドアがガラッと開き、前の面談を受けていた母子が出てきた。母子はマコちゃん役のチャコと僕に気がつくと「あっ」といった表情を見せ、会釈した。マコちゃん役のチャコはマコちゃんのように手を振った。結局、綿密な打ち合わせができないままぶっつけ本番の三者面談に突入した。教室の中に入ると五十代と思われる男性教諭が立って僕たちを出迎えた。トレーニングウエアを着ていて体育教師のようだ。

「先生、紹介しますね。こちらがあたしの自慢のお兄ちゃんで~す。」

 マコちゃん役のチャコはマコちゃんそのままに僕を紹介した。

「はじめまして。義理の兄ですよろしくお願い致します。」

 僕がそう言って頭を下げると少し間があった。

「……お義兄様がいらしたんですか?そうとは知らず失礼致しました。真子さんの担任の後藤と申します。よろしくお願い致します。さあ、どうぞおかけください。」

 そう言って後藤教諭はマコちゃん役のチャコと僕に席を勧めた。四つの机と椅子で応接のような形が作られている。

「今日は、親御さんはいらっしゃらないんですか?」

 そんな質問から始まった。

「はい。今あたし、お兄ちゃん夫婦の家に居候させてもらってますから実の両親よりお兄ちゃんの方があたしのこと理解してるんです。それにお兄ちゃんは国会議員だし、両親よりずっと頼りになりますし。」

「そうですか。白石先生は文部科学委員会に所属されていると聞いています。いつもお世話になっています。」

 お世話になっているのはこっちの方のはずだが教諭は深々と頭を下げた。なるほど、マコちゃんが僕に来て欲しいわけだ。

「それで真子さんの進路なのですが、真子さんは今のままといいますか、今後も芸能活動を続けるという方向でいいのでしょうか?」

「はい。」

 僕がそう答え、マコちゃん役のチャコの方を見るとマコちゃん役のチャコは僕とは視線を合わさず、先生の方を見たまま「はい。芸能活動は引き続き、続けるつもりです。でも大学にも行きたいと思ってるんです」と言ったので僕はビックリした。

「では進学希望ということですね?」

 後藤教諭が念を押す。

「はい。芸能活動しながら大学行くのも不可能じゃないと思うんです。まあ今の成績じゃ厳しいかもしれないけど。」

「文系と理系だったら文系?」

「そうですね。あたし、歌も踊りもへたっぴですけど演技には自信ありますし、時代劇が大好きですから将来は時代劇を演じる女優になりたいと思ってるんです。だから歴史とか文学とか勉強したいかな~と思って。今すぐは無理かもしれないけど。まあ大学は高校出てすぐでなくてもいつでもいいですからね。」

「お義兄さんはいかがですか?」

 教諭は僕に振った。マコちゃん役のチャコの発言がマコちゃんの希望と真逆なのでしどろもどろになる。

「はっ、はい。マコちゃんの言うとおりでいいと思います。苦労しても大学まで行って中身の濃い役者になってもらいたいと思います。」

「そうですか。まあ真子さんの場合、かなり特殊な存在ですので進路指導も一筋縄ではいかないと思いますからとりあえず私立文系に進学希望ということにしておきますね。成績もそこそこ悪くはないし、推薦入学ということもできなくはないと思います。今は一芸入試もありますから、真子さんが進学の意思を示せば大学の方からオファーが来るかもしれませんね。真子さんの言うとおり大学に行くのは今すぐでなくてもいいかもしれませんので今は入試対策というよりは基礎学力を鍛えることに主眼を置きましょう。特に英語ですね。英語はどこに進学するにせよ必要な科目になりますから。」

「はい。よろしくお願い致します。」

 僕はそう言って頭を下げた。マコちゃんと話していたのと随分、話が違ってきた。それからしばらくマコちゃんの学校生活について話をした。マコちゃんはスーパーアイドルではあるが学校では普通の生徒としていいこともすれば悪いこともするというような話をしていた。

 十分ほどそんな話をしてマコちゃん役のチャコと僕は三年C組の教室を後にした。

「ねえ、進学希望だなんて適当なこと言って。マコちゃんは進学する気はサラサラないって言ってたよ。」

 廊下を二人で歩きながら僕がマコちゃん役のチャコを少し咎めた。

「まあいいでないの。ああ言っとけば学校もマコちゃんを少しは真剣に勉強させようとするでしょ。」

「うん、まあそうかもしれないけど。」

「マコちゃん最近、芸能活動が忙しいって言って勉強しなさすぎ。少しお灸を据えてやろうと思ってね。啓一さんに頼り過ぎだし。まあ啓一さんはあまり気にしないでね。」

「頼り過ぎっていうならチャコも僕に頼りすぎだと思うけど。」

 チャコが宿題を僕に丸投げしてくることも決して希ではない。

「あたしはいいの。だってあたしは啓一さんが世界一愛する奥様なんですから。マコちゃんは所詮、他人でしょ?ねえ、クルマで来たの?」

 駐車場まで来て僕のクルマに気付いたチャコが言った。

「うん。マコちゃんとこれからドライブに行く約束をしてたんだ。」

「お~、随分熱々だこと。本当の恋人みたいだね。高速のインター降りて二時間くらい休憩なさるご予定だったんですか?」

 チャコがいたずらっぽく突っ込む。

「そんなことするわけないでしょ。なんでも第三京浜の保土ヶ谷パーキングエリアで出してる蒲鉾みたいなのが食べたいんだって。」

「へ~、マコちゃんにしては質素だね。」

「普通のデートがしてみたいんだって。ドライブしてパーキングエリアで買い食いするようなやつをね。」

 僕はそう言ってクルマのキーを操作し、ドアを開けた。チャコも助手席のドアを開け、サイドシートに座った。僕はエンジンをふかし、クルマを発進させた。

「そっか。マコちゃん貧乏暮らしから突然シンデレラになっちゃって『普通』を経験してないからそれがやりたいんだね。で、これからどうするの?あたし達もドライブする?」

「それもいいけどとりあえずハルナのお見舞いでいいかな?」

「ああそうか。心配なんだ?」

「まあ、柏崎では世話になったからね。」

「そんなこと言って……。まあいいよ。あたしも心配ではあるから。」

「病院分かるよね?」

「うん。カーナビもあるし、なんとかなるでしょう。」

「自由が丘女子の制服ある?」

「うん。鞄の中に入ってるよ。」

「じゃあチャコに戻ってね。」

「あいよ~。」

 マコちゃん役のチャコは軽くそう言うと助手席のリクライニングを倒し、リアシートに移動した。

 

 ハルナが入院した病院は新宿区のほぼ中央付近にあった。受付で来意を告げると顔を見て分かったのか、すぐに特別室に案内してくれた。病室の前まで来ると自由が丘女子高等学校の制服を着てチャコに戻った少女は「啓一さんはここで少し待ってて」と言ってドアをノックし、先に病室の中に入っていき、五分くらいして病室から出てきた。

「お待たせしました。いいよ。もう入って。」

「何やってたの?」

「お化粧直しよ。またすっぴんだと大変なことになっちゃうでしょ?」

 チャコはそう言ってもう一度ドアをノックし、チャコと僕は病室の中に入った。特別室は応接やシャワーもあるあつらえでとても広い。ハルナは上半身を起こして笑顔で僕たちを迎えた。腕には点滴が刺さっている。

「やあ、ハルナ。大丈夫かな?入院したって聞いてビックリしたよ。」

 僕がそういうとハルナはペコリと頭を下げた。

「ご心配おかけしまして申し訳ありません。さすがに疲れたんですね。お医者さんからは一週間くらい安静が必要だと言われました。こればっかりは仕方ありませんから点滴打ってここで寝てます。」

「一週間入院するの?」

「一週間入院して、それから自宅で一週間くらい静養して復帰になると思います。」

「そう。まあ無理しないでね。」

「ありがとうございます。先生は、今日はお仕事大丈夫だったんですか?まだ早い時間ですけど。」

 まだ午後四時頃だから早い時間ではある。

「うん。今日はね、あたしの高校の三者面談だったの。それが終わって直接こっちに来たの。」

 チャコが言った。本当はマコちゃんのなのだが面倒な説明を避けたのだろう。

「三者面談かあ。私は高校のときは三者面談ってなかったなあ。私は高校二年の春に芸能活動を始めて柏崎の高校からこっちの芸能人が通う高校に転校してきたから。だからそういう話を聞くとチャコちゃんがちょっぴりうらやましいな。」

 ハルナがそういうのを聞いて僕はマコちゃんが言っていたハルナの「卒業」を思い出した。

「ところでハルナ。マコちゃんに聞いたんだけど来春には『チーム』を卒業するのかな?」

「そうですね。私も今年はリーダーになっちゃいましたから。リーダーで卒業しなかった人はいませんからそうなると思います。まあリーダーといってもマコちゃんに頼りっぱなしでファンの皆さんからはマコちゃん傀儡と言われています。」

「じゃあ、ハルナの卒業後の進路も考えないといけないね。ハルナはどうしたいの?」

「全然考えていません。ずっと裕子さんの歌を歌わせていただきたいとは思っていますけど。」

「ハルナちゃんは啓一さんのおうちでメイドさんやるんじゃないの?」

 チャコが無邪気に聞いた。

「それはハルナに失礼だってこの前言ったでしょ。」

 僕がチャコをたしなめた。

「いいえ。もし先生が希望されるのであれば私としては構いませんけど。」

「たとえ僕が希望しても野島さんが『うん』と言わないでしょ?ハルナは事務所のドル箱なんだから。」

「どうでしょう。でも野島先生ももう次を考えていらっしゃるのではないでしょうか。」

 ハルナは終始笑顔で答えた。思ったよりも元気そうだったので僕も安心した。その日はチャコと久しぶりにドライブをして平日にしては少し遅めの帰宅をした。マコちゃんはまだ帰ってきていなかった。

 

 それから一週間が経過し、次の水曜日を迎えた。今度はチャコの三者面談がある。

「今日、三者面談よろしくお願いしますね。」

 チャコとマコちゃんそして僕の三人を囲む朝食の席でチャコが言った。

「はいはい。今度は本番だね。時間までには学校に行くようにします。」

 僕がそう言うとチャコが

「いや、今日は午前で授業は終わりだし、面談はラストの四時からだからあたしが議員会館まで啓一さんを迎えに行くよ。」

「面倒くさくない?」

「ううん。議員会館、今まではおじいちゃんの部屋だったけど今度は啓一さんの部屋でしょ。まだ行ったことないしちょっと見てみたいの。それに山崎さんとか秘書さん達にご挨拶もしたいし。」

「分かった。じゃあ僕は午前中の国会が終わったら議員会館で待ってるね。まあ、四時からだったら二時半くらいに来てくれればいいんだろうけど。で、希望はどうするの?アンケートは『未定』にしといたけど。」

「うん。」

「この前は『母親になりたい』って言ってたけど先生にはなんて言う?」

「『母親』はそれでいいんだけど一応、『進学希望』ってことにしとくね。うちの学校、全員が進学希望だから進学希望でないとちょっと肩身が狭いのよ。てか、うちの学校、お嬢様学校でしょ?さすがに結婚してるのはあたしだけだけどもうフィアンセのいる人とかは結構いて、『良妻賢母』コースみたいなのがあるの。」

「『良妻賢母』コース?」

「うん。『良妻賢母組』って言われてる特別コース。なんか『良妻賢母』のたしなみみたいなのをみっちり仕込まれるんだって。かなりハードみたい。まあそれはこれから結婚する人が対象みたいだからあたしは逃げられると思うんだけど間違ってそっちに行っちゃったら大変だから。」

「だから『進学希望』でカモフラージュするってわけか?』

「そう。だから一応『進学』ということね。なんで『一応』が付くかというとそんなに真剣に取り組むつもりはないから。裕ちゃんみたいに『東大コース』とかは絶対に無理だし。」

「それだけじゃないんだな~。」

 チャコと僕の会話に突然マコちゃんが割り込んできた。

「『それだけじゃない』って?」

 僕がマコちゃんに聞いた。

「ううん。なんでもない。こっちの話です。」

 チャコと僕は顔を合わせたが特に気には留めなかった。

 

 それから朝食を済ませた三人はそれぞれの持ち場に出かけていった。国会の仕事は少し長引き、午後二時頃、僕は議員会館の僕の事務室に戻った。事務室の応接には既に自由が丘女子高等学校のセーラー服を着た少女が腰掛けていて、僕に気が付くと笑顔で手を振った。僕は山崎秘書に「これからチャコの学校に行ってきます。今日は戻りませんので後はよろしくお願いします」と声をかけ、制服の少女と僕は事務室を出た。そして僕はセーラー服の耳元に口を寄せささやいた。

「なんでチャコじゃなくてマコちゃんなんだよ?」

「あれっ、分かっちゃった?さすがだね。お兄ちゃん。」

「さすがじゃないよ。今度は誰が倒れたんだよ。」

「誰も倒れてないよ。チャコちゃんが譲ってくれたの。自分の三者面談。この前、あたしが自分の三者面談に出られなかったのものすごく残念がってたでしょ。それでね。」

 三者面談の出演権など絶対に譲渡できるものではないはずだ。やはりこの姉妹に常識は通用しない。

「だからわざわざ議員会館まで迎えに来たってわけか。最初からこういう予定だったんだね?」

「ご名答!これなら自然にチャコちゃんの学校に入れるでしょ?」

「で、どうするの?ってか、マコちゃんがチャコをやるんだよね?」

「そう。でも先週よりは簡単だよ。先週はこの世にマコちゃんが二人いた状態だったけど、今日は、チャコちゃんはマコちゃんやってるからね。」

「マコちゃんやってるって?」

「マコちゃんはチームのお仕事だよ。」

「大丈夫かなあ?」

「大丈夫だよ。福岡じゃあコンサートのステージにも立ってるんだから。」

 悪びれない妹はそんなことを言いながら永田町を地下鉄の駅まで歩いた。チャコ役のマコちゃんと僕は霞ヶ関から地下鉄直通の東急で自由が丘に移動した。面談まではまだ時間があったので開店したばかりの「アスカケーキハウス自由が丘店」で少し時間をつぶし、徒歩で学校に向かった。

 

 学校に入り、教室の前まで来ると都立高校のときと同じように教室の外に椅子が二つ並べておいてあり、チャコ役のマコちゃんと僕は並んで座った。しばらくすると教室のドアが開き、前の回の母子が出てきて、僕たちに気付くと会釈をした。チャコ役のマコちゃんはチャコのように手を振った。そして教室に入ると高倉女史が「どうもご無沙汰致しております」と丁寧な身のこなしで頭を下げ、「どうぞお座りください」と席を勧めた。高倉女史に会うのも久しぶりだ。最後がいつだったかは思い出せない。チャコが言ったとおりメガネは外していて裕ちゃんに似せている。チャコ役のマコちゃんと僕は並んで高倉女史の対面に座った。

「久しぶりにここに来ましたけど随分きれいになりましたね?」

「ええ。去年の夏休みに内装工事がありまして。この校舎も随分年代ものですから。」

 そんなあいさつから始まった。僕がこの学校に来るのは去年の一学期、「コラボ事件」のあったとき以来だ。

「また担任になりましたね。よろしくお願い致します。」

「こちらこそよろしくお願い致します。白石さんには特にお世話になると思います。さて、では早速ですが進路についてお話をお聞きします。進路は結局どうすることにするのかな?この前のアンケートは『未定』って書いてあったけど。」

「私、母親になりたいと思ってるんです。」

 高倉女史の問いかけにチャコ役のマコちゃんが答えた。筋書き通りだ。

「そう?もちろん我が校の建学の精神は『良妻賢母の養成』ですからいい心がけだとは思うけど随分早くない?もっと勉強してそれからでもいいと思うけど。」

「でもあたしは母が十八歳のときの子どもですよ。それにあたしは白石家の跡継ぎを産まなければなりませんし。」

「でもチャコ、お友達がみんな進学希望だから自分も一応進学にしとくって言ってたじゃない?」

 「進学」という言葉が本人の口から出てこないので僕が軌道修正した。

「この前はね。でもやっぱり中途半端に進学を希望すると周りにも迷惑かけちゃうかなと思って。それにうちの学校は良妻賢母の養成がモットーなんでしょ?だったら良妻賢母になるよう色々と鍛えてもらおうかなと思って。」

「だがなあ……」

 僕がさらなる突込みを入れようとすると高倉女史が僕を抑えて口を開いた。

「それは立派だわ。さすがは政治家の奥さんね。分かりました。確かに当校は全員が進学希望ですからチャコちゃんが進学希望でないと仲間はずれになってしまうかもしれないから一応、推薦組ということにして学習は軽めのメニューにしておきます。それと我が校には特別のコースがありますので『良妻賢母』になるための勉強を厚くするようにしますね。もちろん結婚しているのはチャコちゃんだけですけど、もういいなずけの決まっている子もいなくはないですから。」

 そう言った。僕はそれが、チャコが今朝話していた「良妻賢母組」のことだと思った。チャコ役のマコちゃんは「ご指導よろしくお願いします」と頭を下げ、僕が修正するタイミングを失ったまま話は決まった。チャコにとっては驚愕の展開だろう。それからは世間話が続き、高倉女史は家庭訪問のチャンスをうかがったが僕はやんわりとかわした。

「では最後に何かありますか。」

 面談も終わりになり、高倉女史が最後に確認した。

「実はあたし、もう一つ卒業後にやりたいなあと思ってることがあるんです。」

 チャコ役のマコちゃんはもう一言、余計なことを付け加えるようだ。

「あたし、マコちゃんとユニットをやってみたいんです。もちろん白石裕子の曲で。でもマコちゃんがあまりいい顔をしないんです。ですから先生もマコちゃんを説得するの手伝ってくださいね。」

 そう言ったので僕はビックリした。

「まあ卒業してしまえば我が校の厳しい校則とも別れるわけですからご活躍されるのは結構だと思います。そうですか。白石裕子の曲ですか。それは楽しみですね。ではその話はまた日を改めてということで。」

 高倉女史が僕の方を向き、ニタッとしたので僕はドキッとした。

 

 三者面談は表面的には無事終了した。教室を出るとチャコ役のマコちゃんは何かしゃべっていたが僕は校舎を出るまで聞き流した。

「なんで適当なこと言うんだよ。今朝チャコは『進学希望ということにしとく』って言ってたじゃないか。」

 校舎を出ると僕はチャコ役のマコちゃんを軽くなじった。

「まあいいじゃない。ねえお兄ちゃん、チャコちゃん最近、家事とか手抜いてると思わない?特に選挙の後。お兄ちゃんが一ヶ月くらいいなかったから手を抜くことを覚えたんだよ。だから少しお灸を据えてやろうと思ってね。ゆくゆくはメイドさんでも雇うつもりなのかなあ。まあそれはそれでいいけど、チャコちゃんが家事に手を抜くと結局、お兄ちゃんに負担がかかるじゃない?お兄ちゃん優しいから。ああ言っとけば学校も少しは真剣にチャコちゃんを『良妻賢母』にしようと思うんじゃない?」

 僕は軽くため息をついた。

「マコちゃんとユニットを組みたいって言ったのは?」

「あれはあたしの希望。チャコちゃんと二人でやってみたいんだあ。でもあたしが言ったところでチャコちゃん芸能界には興味なしでしょ?お兄ちゃんもいい顔しないし。だからあたしがチャコちゃんの口から言わせちゃったってわけ。」

「チャコが聞いたら激怒するんじゃない?」

「まあ、なんとかなるよ。お兄ちゃんよろしくね。」

 無責任な妹はニタッと笑った。まあ、チャコもマコちゃんの三者面談で適当なことを言っているのでマコちゃんに強いことは言えないだろう。

「ねえ、これからどうする?まだ時間早いけど。」

「どうするって予定通りドライブでしょ?」

 僕が聞くとチャコ役のマコちゃんはあたり前のように答えた。

「まあ、そうかとは思ったけど。ハルナのお見舞いは行かなくていいの?」

「ハルナちゃん今朝、退院したって。午前中にメールが来たよ。しばらく自宅で静養。」

「そう。じゃあ予定通りね。」

 僕はあまり気が乗らなかったが碑文谷まで戻り、自由が丘女子高等学校の制服を着たままのマコちゃんを助手席に乗せ、夕方の街に繰り出した。駒沢通りから環八に出て、第三京浜に乗った。やや遠回りだが左折の方が第三京浜に入りやすい。保土ヶ谷パーキングエリアは料金所を過ぎてすぐでマコちゃんは念願の揚げ蒲鉾を口にした。とても幸せそうだった。

 それから二人は大黒パーキングエリアに移動して横浜ベイブリッジを見たり、湾岸線から台場線に入りレインボーブリッジを通過したり、黄昏時の平日の首都高を裕ちゃんやハルナの歌声を聞きながらグルグル回った。そして明日は学校も仕事もあるということで少し早めに帰路に着いた。

「お兄ちゃん。色々ありがとね。それにあたしの三者面談にも行ってくれたりして。」

 首都高を降りると助手席に座るチャコ役のマコちゃんがポツリと言った。

「まあ大したことじゃないよ。」

 三者面談はチャコが適当にかきまわしたのでちょっと心苦しい。

「ねえ、お兄ちゃん。あたし、もう少しちゃんと勉強してみるね。」

「えっ?」

「お兄ちゃん、三者面談であたしは大学に行った方がいいって言ったんでしょ?チャコちゃんに聞いたよ。」

「……」

 僕が言ったことになっているのだ。さすがはチャコだ。

「少し苦労しても大学まで行って、中身の濃い役者になって欲しいって言ってくれたって。あたしそれ聞いてそうかもしれないって思っちゃった。お兄ちゃん、本当にあたしの親よりあたしのこと考えてくれてる。うれしくて涙が出ちゃった。あたしってただ時代劇が好きだっていうだけで仕事としての『女優』ということはあまり真剣に考えてなかったんだね。まあ高校卒業してすぐは『チーム』のこともあるし無理かもしれないけど長い目で見てもっと仕事に必要なことを勉強してみたくなった。」

「そうか。それはいいと思う。ぜひそうしなよ。僕も協力するから。でも今までのように宿題丸投げは駄目だよ。」

 僕がそういうとチャコ役の少女は「は~い」と元気に返事をした。それからしばらくしてマコちゃんが静かになったので助手席をみるとマコちゃんは気持ちよさそうに眠っていた。

 

 次の日の夜、僕が家に帰るとエプロン姿のチャコがキッチンで慌しく動き回っていたのでビックリした。いつもはリビングで優雅にテレビでも見ているのに。既にマコちゃんも帰宅していてダイニングにいたが、僕に気がつくと「お帰りなさい」と一言言ってさっさとダイニングから出て行ってしまった。

「ただいま。」

 キッチンのチャコに少し大きな声でそういうとチャコはようやく僕に気付いたようだ。

「ああ、啓一さん。お帰りなさい。」

「どうしたの?随分慌しいけど。」

「何もかにもあったもんじゃないよ。あたし、今日からこないだ話した『良妻賢母組』に入れられちゃったんだよ。で、早速色々と課題を与えられてね。高倉先生に半ば強制的に入れられたの。あなたのためだからって。ねえ、昨日、三者面談で何話したの?」

 それを聞いて僕は凍りついた。

「何って、その~、……チャコが母親になりたいってこと。もちろん進学の話もしたよ。先生は『推薦組で行こう』って言ってたはずだけど。」

 僕はかろうじて嘘を言っていない。

「そう?先生もそうは言ってたけど、あたしが既に結婚してるから気を利かしたのかなあ。」

「僕も先生にはうまく説明できなかったかもしれない。迷惑だったかな?まあ、急にマコちゃんだったからね。厳しいの?」

 僕はしどろもどろだが、急にマコちゃんを起用したチャコにも責任はあるはずだ。

「まあ、ハードな生活にはなりそうだね。でもそんなにひどい話ってわけでもないの。今日、初めて『良妻賢母組』のメンバーと顔合わせしたんだけど、みんな恵子ちゃんみたいなスーパーお嬢様たちばかり。白鳥先輩も一応、お嬢様ということにはなってたけど所詮は大手外食チェーンの娘でしょ。ところが今回のメンバーは財閥の令嬢とか本当に本物そろいなのよ。中にはフィアンセが外国人なんて子もいるんだから。」

「恵子ちゃんはいないんだ?」

「恵子ちゃんは末っ子だからね。フィアンセもいないし。」

「ああそういうことか。じゃあチャコは場違いなのかな?」

「そうでもないんだな。駒としてはあたしが最強。なんてったってあたしは現職国会議員の奥さんだからね。国会議員の奥さんは全校生徒の中でもあたしだけだから。」

「それを言うなら奥さん自体がチャコだけだろ。」

「ああ、そうとも言うか。それで他の子は恵子ちゃんみたいに大人しい子ばっかりだからあたしが今日来ていきなりリーダー格ってなわけ。結構、居心地よさそうだよ。メニューはきつそうだけど。」

「じゃあ、チャコにとって良かったのかな?」

「まあ悪い話じゃなかったね。で、もうあたしの争奪戦になってるの。『今度うちに遊びに来てください』って色んなお嬢様のお誘いを受けてます。『ご主人様もご一緒に』って言ってくれてる子もいるから啓一さんも覚悟しといてね。」

 エプロン姿のチャコはまんざら悪くもなさそうな笑顔でそう言った。

 

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