黒炎の魔女   作:せご曇(せごどん)

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第1章 隘路
第1話 エマ・フェルメールという女


「あの…メアリー・メイソンさんですか?」

「…えぇ、そうよ」

私の名前…偽名を呼んだのは、20代後半くらいの女だった。ここは酒場。昼間だからか、客はあまりいない。カウンター席に座る私の隣に、女も腰掛ける。女は少し、落ち着きのない様子であった。まるで、何かに怯えているかのようだ。

「私は、カリスタ・フォートと申します…。」

「フォートさんね。それで、今日はどんな要件なの?」

無愛想な私の態度を特に気に留めることもなく、カリスタは話を始めた。

「はい…。最近、私の後をつけてくる人がいるみたいなんです。最初に人の気配を感じたのは、1ヶ月ほど前でした」

「後を、ね」

 

カリスタの話をまとめると、こうだ。彼女は1ヶ月前から、誰かにこそこそと後をつけられている。彼女は現在、夫と二人暮らし。夫婦で定食屋を営んでいる。彼女は買い出しを担当していたのだが、行きの際も帰りの際も、誰かに見られている感覚を覚えたらしい。初めは気のせいだと思っていたようだが、2週間経ってもその気配が消えなかったため、夫にもその事を話したという。それからは買い出しには夫と共に行くことにしたようだが、夫は料理も担当しているので、負担が増えて仕事が回らなくなってきているようだ。夫と2人で行くようになってからは、頻度は少なくなったようだが、それでも隙を見て後をつけている。最近は、家の中でも誰かに見られているように思え、耐えきれなくなったので私に相談したという。

 

「とどのつまり、ストーカーね?」

「はい…」

「誰か、心当たりとかはあるの?」

「あまりこういう事は言いたくはないのですが、お店にやって来るお客さんの中にいるのではないかと…」

カリスタは確かに、容姿端麗と言える。人妻とはいえ、彼女に邪な感情を抱く連中はいてもおかしくない。私に相談に来る人たちにも、こうしたストーカー被害を訴えてくる人は多い。

「なるほどね…」

私はため息をついた。もう、そんな連中にはうんざりだ。そう思ったそばから、背後で私のことをいやらしい目つきで眺めている男に気づいたので、鋭く睨みつけた。男は慌てて目線を逸らす。

「…?どうかされたのですか?」

「ごめんなさい、何でもないわ。貴女も苦労してるわね」

私は、カリスタを相手に無愛想に振る舞ってはいるが、歳はまだ17歳。彼女と比べると歳下である。だが、男は彼女ではなく私を見ていた。私はこの辺では珍しい銀髪で、それなりに目立つということもあるのだろう。年頃の女に色を覚える最低な連中は、どこの世界にもいるようで、またため息をつきたくなる。

「メイソンさん、どうか私を…私たちを助けてください。このままだと、お店を続けるのも難しくなって…」

「…分かったわ。私がそのストーカーによく言い聞かせる。依頼料は、その後で良いわ」

「ありがとうございます…。もうこれ以上は我慢できない…」

「そいつは、今日もつけてきたの?」

「はい。ここ数日、夫が体調を崩してしまって、ここへも一人で来ているので…」

「なるほどね。一応聞くけど、この店にはいそう?」

「いえ、この店にはいないと思います」

店内だけではない。この店の近くは市場で、馬車を走らせる商人も多くいる。どいつがストーカーかは、今は分からないだろう。

「でしょうね。そいつは、貴女が人気の無い所に行くのを待ってるでしょうから。そこで、そいつを炙り出すために…」

カリスタに、ストーカーをあえて近寄らせる作戦を伝えた。彼女には、夕方に人気の無い街道を歩いてもらう。ストーカーにとっては、彼女を襲う絶好のチャンスだ。そこに私が割って入り、そいつと話をつける。

「分かりました。それでお願いします…」

「じゃあ一旦、家に帰るといいわ。旦那さんの看病もあるでしょうしね」

彼女は席を立つと、私に一礼してから店を出ていった。

 

 

カリスタが口にした「メアリー・メイソン」という名前は、私の偽名だ。私はメアリーでも、メイソンでもない。私には、れっきとした「エマ・フェルメール」という名前がある。もう今は、名乗ることなどできないけど…。私が、こんなやりたくもない事をやっているのも、全てはあの日から始まる地獄のせいだった。目を閉じると、あの地獄が鮮明に蘇った…。

私は、アルタイル王国公爵家・フェルメール家の次女だった。長男の兄とは10歳、長女にあたる姉とは8歳離れていた。特に、姉とは仲が良く、私と沢山遊んでくれた。あの日までは、本当に幸せだった。

 

 

あれは、私の10歳の誕生日だった。家族が、私の誕生日パーティを開き、屋敷内は温かいムードに包まれていた。

「エミー、お誕生日おめでとう!」

家族は、私のことを「エミー」と呼んだ。これも、再び呼ばれることなど無いのだろう。大きな誕生日ケーキに、10本のロウソクが飾り付けられていた。ロウソクに灯った火を消すため、大広間の照明は消されていた。その時だった。

「あがっ」

誰かのうめき声が聞こえた。大広間の入口で警護をしていた護衛兵のものだった。

「な、なにっ?」

お母様は、怯えていた。お姉様は、すぐに私を抱き寄せた。

「ど、どうした!?何があった!?」

お父様は、大声を出して護衛兵たちに呼びかけた。でも、呼びかけに応じる者は誰もいなかった。何故なら、すでにその時…。

直後、大広間の大きな窓ガラスが割れた。薄暗い大広間に、月光がほのかに差し込み、数人の男の姿が見えた。

「こいつらか?フォルス」

「あぁ。警護の奴らは、既に全員始末した。後はこいつらだけだな」

「始末した」という言葉に、私たちは全員青ざめた。「フォルス」と呼ばれた男は、鋭い視線に殺気を込め、私たちを見据えていた。薄暗い中、フォルスの凍てつくような眼だけが、光って見えた。

「な、何なんだお前たちは!?」

恐怖心を何とか抑え込み、お父様が男たちに問いかけるが

「さぁな」

フォルスの隣りにいた男はそう呟くと、ナイフを素早く投げつけ、それはお父様の首に刺さってしまった。

「なぁ…」

大量の血が吹き出し、お父様はその場にばたりと倒れ込んだ。ビクビクと痙攣し、それはお父様がもう助かりそうにないことを示していた。

「きゃぁぁぁぁぁぁっ!?!?」

お母様は、喉が裂けそうなほどの悲鳴をあげた。その場で膝をつき、血にまみれたお父様を震えながら見ていた。

「き、貴様ぁっ!?」

お兄様は、ナイフを投げた男を睨みつけていた。こんな時でも、まだ精神が折れていなかった。

「わめくな」

フォルスが、低く鋭い声を発した。

「貴様たちもこうなる」

「何だと…!」

「まぁ、そういうことだ。諦めな」

隣の男は、不気味に鼻で笑うと、大広間の中へと歩み始めた。

「く、来るな!」

「そうはいかない」

男が歩く度に、我々はじりじりと後ずさりした。お母様は、座り込んだままだった。お姉様は、震える腕で私を抱き締めながら、「大丈夫…大丈夫だから…」と私に声をかけていた。顔は涙に濡れ、声は震えていた。そんな状態でも、私のことを気にかけてくれるなんて、本当に優しい人だった。

お兄様はあたりを見渡し、テーブルにあったナイフを手に取った。

「お前たちは逃げろ!」

お兄様は、私たちを逃がすつもりだった。ナイフを握る手はガタガタと震えていたが、それでも恐怖に負けじと、フォルスたちを睨みつけていた。

「お母様!お母様も早く!」

お兄様の必死の呼びかけは、お母様には届いていなかった。完全に、茫然自失の状態だった。

「どうやら、声は届いてないようだぜ?」

「くそっ…」

すると、お母様の側に、どこからともなく全身に鎧を纏った者が現れた。護衛兵ではない。フォルスたちの仲間であった。

「死ぬがよい」

騎士は腰から大剣を抜き出すと、お母様の首に振りかざした。

「やめろぉっ!!」

お兄様は騎士を止めようと走り出したが、騎士の大剣は既に血に染まっていた。お兄様の足元には、お母様の首が転がっていた。

「な…あ…!?」

これには、流石のお兄様も立ち尽くすしかなかった。私は、何が何だか分からなくて、ただ泣くことしかできなかった。

騎士は続けてお兄様に大剣を振り下ろし、お兄様は身体を縦から真っ二つにされてしまった。

「エミー…今のうちに…今のうちに逃げて」

「え…?」

その時、お姉様だけが辛うじて冷静だった。小声で私に語りかけた。

「もう…もう私は助からない。ならばせめて、貴女だけでも…!」

「お姉、様?何を…何を言ってるの…?」

「彼らは今、お母様やお兄様に気を取られているわ。貴女一人だけなら、なんとか逃げられるかもしれない…!」

お姉様は、自分が死のうとも、私だけは逃がそうと思っていた。もう、自分が逃げられないことは悟っていたのだ。

「そんな!」

「エミー、私だって死にたくない…。でも、このままだと全員死んじゃうの。私たち全員が彼らから逃げるのは、もう無理だわ。これは、私からの最後のお願いよ…」

「なんで…お姉様…」

お姉様は、私に少しだけ微笑むと、私の体が不思議な雰囲気に包まれた。

「さあ、逃げてエミー。決して振り向いちゃ駄目よ。何があっても生き延びて…」

お姉様は、私から腕を放した。これが、お姉様と触れ合った最後の時だった。

 

「ん?待ちな、そこの女。お前、何をこそこそとやっているんだ?」

「何を…言ってるの?」

お姉様はあくまで、謎の殺し屋に襲われた無力な女であることを見せた。その傍ら、私はお姉様の最後のお願いを受け入れ、逃げることにした。逃げる宛はない。どうすれば良いかも分からない。だけど、お姉様は自分に残る最後の力を振り絞って、私を逃がそうとしたのだ。何が何でも生き延びなければ。その時は、それだけを考えた。

「お前が抱えていたガキはどうした?」

「…?…?」

その時は、頭の中に逃げることしか無かったから分からなかったが、今なら分かる。お姉様には、最期の時に超能力が発現したのだ。今の私のように。お姉様の力で、私は多分透明になったのだと思う。何かを透明にして、人から見えなくする力に目覚めたのだろう。私ではなく、自分に使えば、お姉様が生き残ることも出来たのに…。

私は無我夢中で走った。大広間から出ようとしたその時だった。耳を抑えたくなる爆発音が聞こえた。お姉様は、決して振り向くなと言ったのに、私は走りざまに振り向いてしまった。

フォルスだ。フォルスが、お姉様の首を締め上げるようにして持ち上げ、爆破したのだ。爆破の際の光で、フォルスの顔がはっきりと見えた。顔の右目周辺が火傷で爛れた、紅い瞳の男だった。人の命に砂粒一つほどの重みも感じていなさそうな、冷たすぎる眼をした、憎き男だ。

私は、頭が真っ白になった。足は完全に止まっていた。しかし、すぐにお姉様の声が頭をよぎった。「何があっても生き延びて…」お姉様の最期の言葉が、私を無理矢理突き動かした。

首から上が無くなったお姉様の亡骸を、フォルスはゴミを捨てるように手から放した。

「まだガキが残っている。探し出して殺せ」

フォルスは仲間たちに命令すると、各々が散っていった。私の姿は、本当に見えていないようだった。

大広間から玄関に繋がる道には、何人もの護衛兵の亡骸が転がっていた。死体の一つ一つが、私の心に釘を打ち付けるように鋭い痛みを与えた。

玄関を出た私は、とにかく走り続けた。何分も、何時間も、肺が破裂しそうなほどに苦しくなっても走り続けた。屋敷から、最寄りの街へ行くのには、馬車で半日以上かかるほどの距離があった。当然、幼い女の私が、そんな距離を走れるはずもなく、夜が明ける頃には倒れ込んで、眠ってしまっていた。一年で最も幸せなはずの一日は、人生で最も不幸な日として、私の全てをぐちゃぐちゃにしてしまった。

 

地獄は、それでは終わらなかった。私が目を覚ました時には、服はボロの布地のものとなっていて、地下牢のようなところに閉じ込められていた。周りを見てみると、私と同じような年頃の女が、10人ほどいた。

「看守様、目を覚ましました…」

少女の内の一人が、牢の近くで立っていた男に力無く声をかけた。

「ふん、ようやく起きたか。全く目を覚まさんから、どうしたものかと思ったぞ」

「看守様」と呼ばれた男は、私を見下ろすように立っていた。

「え?あの…ここは?」

「見ての通り、地下牢だ。貴様らが逃げ出さんように、しっかりと閉じ込めておくためのな」

「何を言って…?」

「喜べ。貴様は、我が教団の礎として神に選ばれたのだ。これ以上に誇らしいことがあるだろうか…」

看守は感慨深げに頷いていたが、全く話が理解できなかった。

「よく分かっていないようだな。良いか、貴様は我がゲルマー教の神殿を築くための奴隷となったのだ。奴隷とは言うが、神に仕えるという気高き志を持った、誇るべき役割なのだ」

何が誇るべきだ。そんなに誇らしいことなら、誰も逃げ出さないのだから地下牢に閉じ込めて私たちを拘束する必要なんて無かったじゃないか。今でも、あの看守の顔を思い出すと、苛ついてくる。結局、私は走り疲れて眠ってしまっている間に、教団の者に捕まってしまい、少年奴隷とされた。

家族を失った悲しみに心が満たされる中、私はその日から奴隷として過酷な生活を送った。今までやったこともない肉体労働。鉱石の運搬や石壇の作製など、それは少女にはあまりにも辛く、耐え難いものであった。

「はぁ…はぁ…うぅ…」

「む、貴様!誰が休めと言った!」

私が限界を迎え、作業の手が止まると、看守はいつも鞭で打ってきた。

「いたっ、いたい!?やめ、やめて!!やめて!!」

「ホラ!ホラ!ホラ!」

「やめてぇ!?やめてください!!続けます!続けますからぁ!!」

どれだけ私が泣き叫んでも、私を助ける者など誰もいなかった。看守たちは、そんな私の反応を楽しんでいるようだったし、他の奴隷たちは、自分のことで手一杯だった。

1年ほど経つと、私の体はボロボロになって、とても労働に従事できる体力など残っていなかった。このまま不要と判断されて、殺されるんだわ。そう思った。しかし、私が殺されることはなかった。

「誠に遺憾ではあるが、今日を以て貴様の使命は終わる」

「どういう…こと?」

「使い物にならなくなった貴様だが、貴様を欲するお方が現れた。これからは、そのお方に仕えるのだ」

ようやく、ようやくこの生地獄から解放される。そう考えたが、すぐにそれは誤りであったと気づいた。

 

地上へ出ると、馬車が停まっていた。私がきょとんとしていると、中から中年で豚のように肥え太った男が出てきた。

「おぉ、君か。前に作業場を観察していて、ビビッときたよ。とても綺麗な顔をしているねぇ」

男は、醜い顔を歪ませて、下品に笑った。

「怖がらなくて良いんだよ。大丈夫、今まで辛かっただろう。これからは私と、幸せに暮らすんだ…」

男は私の肩に手を寄せ、私は馬車に乗り込んだ。

男は貴族で、伯爵家だった。伯爵家・カルバー家の当主で、フェルメール家ほどではないにしろ、広大な屋敷を持っていた。馬車の中で、私は自身の出自について語った。

「何?では、君はあのフェルメール家のお嬢様だというのかね?」

「はい。私はフェルメール家の次女の、エマ・フェルメールです」

「ははっ、冗談はいけないよ。フェルメール家は1年前に、一族が謎の死を遂げたという話だ」

「本当なんです!あの時、殺し屋に襲われて…私だけが逃げて生き残ったんです!」

「うーむ…」

カルバーは、考え込むような仕草をしていたが、詳しいことは屋敷に着いてから、という話となった。

「お帰りなさいませ」

屋敷の門をくぐると、カルバーに深々と礼をする使用人が20人ほど並んでいた。しかし、その全員が、その時の私とそう変わらない年頃の少女であった。そして、皆どこか表情が曇っていた。

「諸君、紹介するよ。彼女は、君たちの新しい仕事仲間だ。仲良くしてやってくれ」

「…!?」

「おや?何を驚いているんだね?」

「い、いえ…」

「私は、君を使用人として迎えるために、大金をはたいて教団から買い取ったのだよ」

「…」

「あぁ、そうそう。フェルメール家の話だったね。残念だが、もうフェルメール家などというものはこの世に存在しない。君が本当にフェルメール家の人間だろうと、そうでなかろうと、私には関係がないことなのだよ」

「そんな!?」

「さぁ、彼女についていきたまえ。これからの仕事のことを、色々と教えてくれるだろう」

すると、紺色の髪をした少女が、私の前に出てきた。

「私はセシール。メイド長を務めているわ。貴女は…」

「エ、エマです」

「エマね。私についてきて」

カルバーの言うことを断ることは、奴隷生活から解放され、行く宛の無い私には出来なかった。地下の地獄よりはマシだと思い、私は渋々カルバー家で働くことになった。

セシールは、13歳だった。私より2歳上とはいえ、大人とは程遠いはずなのに、しっかり者だった。屋敷に迎えられた日から、私に色々と仕事を教えてくれた。ただ、その時に言ったことが、引っ掛かった。

「時々、夜に御主人様に呼ばれることがあるわ。その時は、御主人様の自室に行って」

「夜に…?何かがあるんですか?」

「…行けば分かるわ」

セシールはその時、私から目を逸らした。その眼には、哀れみとやるせなさが見て取れ、私は少し困惑していた。その意味を、しばらくしてから私は知ることになった。

日々の仕事は、奴隷時代の仕事に比べると物の数ではなかった。屋敷の掃除や、衣類の洗濯、調理など、特別に過酷と言えるものは無かった。だから、私にとっては天国に思えた。こんな楽な仕事なら、私、いつまでもできます。そんな風に思っていた。

だが、その安寧の時も、使用人となって一ヶ月目の夜に粉砕された。私は、夜にカルバーに呼ばれた。

「セシールさんが言っていたことね。でも、何なんだろう…?」

カルバーの自室の扉を開け、部屋の中に入った。寝間着姿のカルバーが、鼻息を荒くしてこちらを眺めていた。

「お待たせしました…」

「あぁ、構わないよ」

「それで、ご要件は何でしょうか…?」

「うん。君には今夜、私の相手をしてほしくてね」

カルバーの私を見る目が、どんどんといやらしくなっていったのを覚えている。

「相手…ですか?」

その時までは、何のことかまるで分からなかった。

「何、難しいことはないさ」

カルバーは寝間着を少しずつ、ゆっくりと脱いでいった。

「…?」

私は、気持ち悪いなと思いつつも、まだ状況を理解していなかった。

「さぁ、君も早く服を脱いで」

「…え?」

私は、素っ頓狂な声をあげた。言っている意味がまるで分からなかった。

「ほら、早く脱いで」

「…」

顔が紅潮した。カルバーは既に全裸になっており、私は目のやり場に困った。そんな私の表情を見て、カルバーは舌なめずりをしていた。

「どうしたんだい?私は脱いだよ。もう待ちきれないよ」

「で、でも…」

「何だ?私の命令が聞けないのか?」

カルバーは少し声に威圧を込めて言い放った。私は、カルバーとトラブルを起こしたくなかったので、仕方なく指示に従うことにした。服を脱ぐ時、とても恥ずかしかった。顔は紅潮しすぎて、タコのようになっていた。

「じゃあ、始めようか」

カルバーは、一糸まとわぬ姿の私をじっくりと眺めた後、自分の隣に座るようにベッドをポンポンと叩いた。

私は恐る恐る足を進め、カルバーの隣に座ると、次の瞬間に奴は、私の両腕を掴まえて押し倒した。

「きゃっ!?」

「やっぱりそそるねぇ。初めて君を見たときから、私は興奮を抑えきれなかったんだよ」

カルバーの贅肉だらけの顔が、私の顔にこれでもかと近づけられた。荒い鼻息が額にかかり、物凄く気持ち悪かった。

「やめ…!何を…するんですか…!」

「いいねいいねぇ…その感じ」

「ひっ…」

怯える私を見て、カルバーは更に興奮した。

「君を買った本当の理由がこれだよ。なぁに、辛いことはないさ。今回は初めてだし、私も激しくはしないからね」

「いやぁ!いやぁぁぁぁ!!!!!!」

 

こうして、私は純潔を奪われた。醜く、豚のように太った変態に、無理矢理奪われた。セシールがあの時、あんな顔をしていた理由が分かった。屋敷のメイドたちは、ただ雑事をこなすためだけにいた訳ではない。その全員がまだ幼さの残る少女であった理由は、カルバーが変態のロリコンだったからだ。奴は夜になると、その日の気分でメイドの内の誰かを部屋に呼び、犯していた。メイドたちの表情が、どこか暗かったのも、これが原因だった。

カルバーに凌辱され、部屋から出た私は、泣きじゃくっていた。その足取りはおぼつかなく、夜の静かな邸内に私の嗚咽だけが響いていた。

使用人の寝室に戻ると、扉の前にセシールが立っていた。

「セシールさん…」

「ついに貴女も…」

私は、セシールの胸元に抱きついた。もう、精神が折れてしまっていた。

「あいつは…このために私たちを買ったの。あいつに妻も子もいないのは、これをやりたいからなのよ」

「うぅぅぅ……」

「辛いのは分かる。私も、初めての夜は辛くて、辛くて…。でも、ここで生きていくためには、どうしようもない。もう私たちには、身寄りなんていないのだから…」

「うぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」

セシールは、泣きわめく私を何も言わずに抱きしめた。家族の死。過酷な奴隷生活。そしてその次は、変態貴族の相手。最早、私の心に希望などは欠片も残っていなかった。

そんな中、セシールだけが、私の味方と言える人間だった。彼女は、貧乏な家庭の出で、日々の生活にすら困窮するほどであったという。ある日、市場を歩いていると、カルバーの目に留まり、高額な金銭と引き換えに家族に売られたらしい。家族に大切にされた私とは逆に、彼女は家族に裏切られたのだ。彼女や私に限らず、屋敷のメイドたちは皆、孤独の

私は、定期的にカルバーに呼ばれ、相手をするという生活を続けざるをえなかった。そして、私が屋敷にやって来てから2年が過ぎた。私は13歳、セシールは15歳となっていた。ある日、セシールが唐突な吐き気に襲われた。

「セシールさん!?大丈夫ですか!?」

「エマ…。ええ、大丈夫。少し疲れたみたい…うっ!」

セシールは体調を崩した。生活が生活なだけに、ストレスも溜まり、それ自体は特におかしなことには思えなかった。しかし、セシール本人は別の理由で顔を曇らせていた。

「まさか…ついに私も…」

普段、気丈に振る舞っていた彼女が、その時ばかりは動揺していた。

それから数ヶ月すると、セシールのお腹は少し大きくなっていた。そこまでくれば、私でも彼女の身に何が起きたかが分かった。彼女は、カルバーの子を妊娠してしまったのだ。妊娠してもおかしくない歳ではあった。だが、当然彼女はそれを望んでいない。そして、カルバーも…。

ある日、セシールが屋敷から姿を消した。そしてカルバーは、彼女の代わりに、私が次のメイド長となることを命じた。私が屋敷に来てから、私とセシールだけが、変わらずに使用人を続けていた。定期的に使用人が変わったり、いなくなったりする理由が、その時はっきりと分かった。カルバーは、あくまでも幼さの残る少女が好みであって、大人の女性には興味を示さなかった。アルタイル王国では、成人は16歳。セシールはほぼ大人に近い年齢であったが、それでもその綺麗な容姿は、カルバーの好みに合っていた。それでも、子供を身籠ってしまうとなると、奴も興が醒めてしまったということになる。私には到底理解できない感性だが、ともかく、セシールはいなくなってしまった。

「御主人様…セシールさんは、セシールさんはどうなったのですか!?」

「彼女は…実に残念だよ。もう彼女のことは忘れたまえ」

そして、ある夜に、衛兵たちの寝室前を通るとき、会話を聞いてしまった。

「あのセシールという女、ついに追い出されちまったな。結構好みだったんだけどよ。あいつ、最後はどんな感じだった?」

セシールは、屋敷から追い出されたとのことだった。話を振られた衛兵は、彼女を連れ出した者らしい。

「いや、何というか…。いつもとは打って変わって、凄いあたふたしていたよ。「お願いします!どうか見捨てないでください!」って、俺の脚に纏わりついてきてよ…。何だか可哀想で、目を合わせることができなかった」

「でも、そのまま捨ててきたんだろ?」

「そりゃあ、仕事だしな。でもあいつ、何とか生きてて欲しいなぁ」

「無理だろ。身よりもいねぇって話だし、第一無一文だ。しかもガキまで孕んでるとなりゃ、もうまともには生きてけんだろ」

「やっぱそうかなぁ…」

それを聞いてしまった私は、絶望した。彼女は殺されてはいないようだが、何も持たないまま捨てられてしまった。衛兵の言う通り、それでは最早生きていくことは難しい。そのまま朽ち果てるように消えていく未来だ。あのセシールが、助けを泣いて請うなんて…。それほどまでに過酷な未来が待ち受けているということだ。今まで姿を消した同僚たちも、同じ絶望を味わっていたのだろう。

私は、いつ子を身籠らないか怯える生活を送ることになった。そもそも、13歳ということで、屋敷にいられる時間もそう長くはなかった。板挟みの絶望の中、私の心はどんどん削られていった。

奇跡的に、私はカルバーの子を妊娠することはなかった。私が、妊娠しにくい体質だったのだろうか。だが、月日は着々と流れていく。セシールが捨てられてから更に2年が過ぎると、私の体つきは大人の女性のそれに近付きつつあった。そして、ついに時が訪れる…。

「あぁ、君。エマなんだが…」

「はっ」

カルバーが衛兵と話す所に、偶然出くわした。私は、姿が見えないように壁越しに隠れて、会話をじっと聞いていた。

「彼女は良かったんだけどねぇ…。もう子供としては見られなくなってきた。ということで今夜、彼女には役目を終えてもらうことにしたよ。そこで、君には彼女の見送りを頼みたいんだが…」

「はっ、了解しました」

今度こそ、私は絶望の縁に立たされた。私も、誰もいない所に独り捨てられる。今は冬だし、金無し宿無しでは生きていけない。また、あの教団に捕まって奴隷にされるかもしれないし、今度は大人として娼婦にされてしまうかもしれない。私の顔は、みるみる内に青ざめた。

何とかしなきゃ。でも、どうすればいいの?非力な私には、状況を変える力など無かった。布団に包まったまま、思考を巡らせても、何も打開策など浮かばない。私は、衛兵が部屋にやって来るその時を待つほかは無く、体の震えが止まらなかった。頭によぎるのは、絶望しか無い未来。私の心は、既に限界だった。

扉が開く音がした。衛兵の鎧のガチャり、ガチャりという金属音が、私のベッドへと向かってくる。

「ひっ…」

声が出ていたようだ。衛兵は少し驚いた顔をすると、布団をはいだ。

「エマ、起きているな。話が早い、部屋から出てくれ。カルバー様がお呼びだ」

勿論、カルバーは呼んでなどいない。私が屋敷を追い出されるその時は、すぐそこに迫っていた。

「いや…いやぁ…」

「ん?どうした…」

絶望の未来だけでなく、絶望の過去までもが思い浮かんだ。心をナイフで滅多刺しにされたかのような鋭い痛みが走る。

「いや…やめて…いや…」

「お、おい…」

そして、絶望が臨界点を迎えた。私のぐちゃぐちゃになっていた頭の中は、突然真っ白となった。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」

絶望の叫びと共に、私の体が不思議な力に包まれた。あの時、お姉様が私にかけたものと、同じ感覚だった。

私の体から青い炎が飛び出し、辺り一面を焼き尽くした。この時の意識は無かった。

翌朝、気づいたときには、屋敷から少し離れた所にいた。恐る恐る屋敷に戻ってみると、そこには焼け焦げた屋敷の残骸があった。私は、何が起きたのか理解が出来なかった。だが、あの時僅かに残っていた意識から、この惨状は自身が引き起こしたものであることを思い出した。

「私が、これを…?」

体にみなぎる力が、その記憶の正しさを裏付けた。少しずつ弱っていた私だが、何故かエネルギーに満ち溢れた感覚があった。私は、絶望の中で超能力に目覚めたのだ。あの時、お姉様が目覚めたように。

屋敷を一通り散策してみた。黒焦げになった、人間の亡骸のようなものがいくつも見つかった。屋敷にはカルバーやメイド、衛兵たちが住んでいた。夜であったこともあり、生き残った者は一人もいないだろう。私は、この力で多くの命を奪ってしまった。

「うっ…おぇっ!!」

その事実に、私は嘔吐した。

「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…!」

聞き手はいないのに、何度も何度も謝り続けた。もう、奪われた命は戻らない…。

 

 

超能力に目覚めた人間は、身体能力が普通の人間よりも上がるらしい。非力な少女のはずの私が、成人男性よりも遥かに強い力を持っていた。

私は、目覚めた力を生かして、あることを思い立った。私の人生を滅茶苦茶にした、あの憎きフォルスたちへの復讐。家族を皆殺しにした奴らに、報いを受けさせることだ。だが、奴らの足取りは掴めない。そのため、この超能力と身体能力を使って、名を偽り、場所を転々として仕事をしながら情報を集めることにした。当然、汚れ仕事が殆どだ。そうした汚れ仕事の中で、日銭を稼ぎつつ、奴らの情報を少しでも得たい。今の所、目ぼしいものは無いが、いつかはきっと、奴らの尻尾を掴んでみせる。そして、この手で必ず…。

 

 

「そろそろ時間か…」

日が沈み始めた。カリスタとの約束の時刻まで、あと少しだ。私は店を出て、彼女の自宅へと歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

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