異女子   作:変わり身

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「怪談」の話(下)

6

 

 

 

「――百物語、という怪談の作法がある」

 

 

とあるファミリーレストランの一角。

人気の少ない隅っこのテーブル席でメニュー表を眺めつつ、インク瓶はそう切り出した。

 

 

「暗闇深い新月の夜、風の吹かない屋内に百本の蝋燭を立て、怪談を一話語り終えるごとに吹き消してゆく。それを一夜かけて繰り返していくというものだ」

 

「……や、まぁ、流石にそんくらいは知ってっけどさ……」

 

 

いきなり何だよ。

対面に座る私はおまけ冊子の間違い探しから顔を上げ、胡乱な目でインク瓶を見やった。

 

しかし彼は特に気にせず、つらつらと続ける。

 

 

「参加者は三人以上、部屋は三部屋がL字に連なる形が望ましい。蝋燭の置く部屋と怪談を語る部屋は遠く離し、また蝋燭の部屋には鏡を置く。そして蝋燭を一本吹き消すごとに、その鏡に自分の姿を映していく」

 

「……なんで?」

 

「魔除けの意味もあるが、それで霊に憑かれていないか確認するんだ。一番の肝試しポイントだね」

 

「肝試して」

 

 

いやまぁ、真夜中にロウソクに囲まれた中で鏡見るのって相当怖いだろうけども。

 

 

「ともかく、そうしてひとつひとつ怪談を重ね蝋燭を吹き消して……九十九話目を語り終えた時点でストップ。あとは夜が明けるのを静かに待ち、朝日が上がったら残った蝋燭を吹き消しておしまい。他にも細かなルールはあるが、手順としてはこんなものかな」

 

「え……百話やんじゃないの? そこが話の肝だったような気がすんだけど……」

 

 

以前友達から聞いた話では、怪談を百話終えて蝋燭を吹き消すと何やら怖い事が起きる……みたいなのが醍醐味という印象だったのだが。

思わず問いかければ、インク瓶は小さく鼻を鳴らして私の方に目を向けた。

 

 

「それは百物語においてタブーとされる行為の話だね。百話全てを語ってはならない、朝日が来る前に最後の蝋燭を吹き消してはならない。もし百物語を完遂してしまえば、恐ろしい怪異が来てしまう……確かに、今じゃ正しい手順そのものよりも、そっちのタブーの方がポピュラーに広まっているかもしれないな」

 

「ポピュラー……」

 

 

……改めて詳しく聞くと、明らかにクソヤバ儀式なんだけどなぁ。

そんなモニョる胸中が顔に出ていたのだろう。インク瓶はさもありなんというように頷き、苦笑する。

 

 

「言いたい事は分かるよ。でもこれは本来、度胸試しや寝物語……皆で座敷に集まって、怖い雰囲気を楽しみながら語らい合いましょうという趣のものだから。物々しく呪術めいてはいるが、その実質は皆が親しむ大衆娯楽文化の一つさ」

 

「……実際にやっても、ホントは何も起きないって?」

 

「文献には、百物語を発端とした事件の記録も幾つか伝えられているが……僕自身、成功例はもちろん失敗例と確信できるものも見聞きした事は無いかな」

 

 

そうに違いない、と意気込んでる人はそれなりに居るんだけどね。

そう呟いて、軽く肩をすくめた。

 

……どっかの誰かの与太話と、インク瓶の実感。どっちを信じるかと言われたら、まぁ、後者な訳で。

 

胸にあったモニョモニョ感もなんとなく薄れた気がして、ふーんと生返事をすればそこで一区切りついた感。

会話も一旦途切れ、私はなんとなしに手元の間違い探しに目を戻し、すぐまた上げた。

 

 

「……で?」

 

「うん?」

 

「や、何でそんな話したん。それも今」

 

「…………」

 

 

問いかければ、インク瓶は少しの間黙り込み。

そしてパタンとメニュー表を閉じると、店員の呼び出しボタンに手を伸ばし、

 

 

「――先の怪談イベントで起こったオカルト。あれは百物語であった可能性が極めて高いと僕は見ている」

 

「は?」

 

 

ピンポーン。

ボタンの音と私の呆けた声が、ぴったり綺麗に重なった。……は?

 

 

 

 

 

 

あの廃病院の異界の一件から数日が過ぎ、迎えた八月三十一日。

夏休み最終日のお昼時、私はインク瓶と共にご飯に出かけていた。

 

当たり前だけど、何か色気のある話ってんじゃない。件の騒動についての詳しい事を聞くためだ。

 

……私達が異界から目覚め、スミトらの惨状にあたふた対応をしていた少し後、イベント会場は大混乱に陥った。

ぽつぽつと目覚め始めた他の観客達が、皆我に返った順から酷いパニックを起こしたからだ。

 

まぁ廃病院での出来事は私をはじめ皆の記憶にも残ってる。それを考えれば当然の事だし、『何か』にされてしまった人達もその時の感覚を鮮明に残していた筈だ。

ただの悪夢でしたで済んでくれる筈も無く、おまけに同じ部屋には血塗れのスミトと死体になったヨートの姿。こんなの荒れない方がむしろおかしいのだ。

 

が、幸い暴動みたいなのに発展する前に、大勢の『親』が会場に駆けつけてくれた。

元々オカルトを警戒していたインク瓶に呼ばれており、身体の幾つかはイベント前からビルのロビーあたりにスタンバイしていたらしい。

 

残念ながらイベント会場外に居たためオカルトに巻き込まれず、異界への手出しも出来なかったみたいだけど……それを挽回するように、取り乱した人達を手早く鎮圧。なんとかその場は収まった。

いや、その後も騒ぎの事が世間に全く出回らなかったので、他の部分も色々と納めて回ってくれたようだ。……別に、居なかったんならしょうがないのに。

 

とにかくそんな状況だったものだから、インク瓶から落ち着いて話を聞く暇なんて全く無かった。

結局その場は流れのままそこでおしまいとなってしまい――その後、インク瓶からまた改めて話そうと約束してくれた機会が、今日の昼時、今この場であった訳である。

 

 

 

 

「――はい、特製ハンバーグセットが、山盛りポテトとナゲットのオプションでおひとつ。和風ランチセットがおひとつ。ドリンクバーがおふたつですね。では少々お待ちください」

 

 

注文を受けた店員がスラスラとオーダーを並べ立て、にこやかな笑みを浮かべて去って行く。

 

このファミレスには常連ってくらい通っているから、あの店員さんもほぼ顔見知り。注文以外の会話はした事無いが、ジロジロ見られる事も無い。

けれどその分、一緒の席についてるインク瓶(素性不明の成人男性)はちょっぴり妙な目で見られたようだった。意味も無く眼鏡の縁に添えられた指先に、その居心地の悪さがなんとなく滲んでいる気がした。

 

 

「……もっとお高い所でも構わなかったんだけどな。たとえ君が常軌を逸した食欲を持っていたとしても、僕を素寒貧にするには到底足りはしないよ」

 

「私を何だと思ってんだ……あんまカチカチなとこだと、逆に味分かんなくなんだよ――じゃなくって」

 

 

たん、と軽く机を叩き、注文で逸れていた話を元に戻す。

 

 

「……この前のアレが百物語って、意味分かんないんだけど。さっき呪いとか儀式じゃないって言ったばっかじゃん、あんた」

 

 

そう、席についてからいきなり長々話し始めた百物語の解説。

その中では、大衆娯楽だ何だと本当のオカルトを引き起こすものでは無いと言っていたクセに、最後の最後でひっくり返すな。

 

そうじろりと睨めば、インク瓶の静かな視線とかち合った。

 

 

「正確には、『百物語もどき』かな。おそらく、百話目の内容を中心に、語られた怪談達に纏わるオカルトをそこに創り出すといったところだろう。百物語を下地にして組み上げられた、お手製の儀式だ」

 

「……お手製?」

 

「呪いではないものを呪いとして成立するように知恵を絞って、明確な意思を持ってそれを行った誰かが居たという事さ。人に、危害を加えるために」

 

 

……そうハッキリと口に出されると、言い知れぬ寒気が肌を抜けて行く。

 

そして一瞬何を言うべきか分からなくなった私をよそに、インク瓶は例の赤い革手帳を取り出し開いた。

すると私に挨拶するように一度大きく飛び跳ねて……いや、流石にインク瓶の手振れだろう。気のせい気のせい……気のせいだよな?

 

 

「まず、呪いの決行を今回の怪談イベントの開催に重ねた事。これに関しては言うまでもなく、百物語という怪談会そのものの見立てだろうね」

 

「……え、いや……いいの、それ。さっき聞いた新月の夜だのL字の部屋割りだの、色々無視してない……?」

 

「大方、箱の大枠そのものを合わせる事で、時間帯や部屋割りなどの百物語側のルールをイベント側の開催環境で塗り潰した形だろう。それなりに頭を悩ませた形跡が見えるが、結局無粋なパワープレイに走ってるんだから世話ないよね」

 

 

インク瓶が渋い顔して手帳を揺らす。

どうも一応は見立てとして成立するっぽいけど、彼的に受け入れられない相当な邪道が行われたらしい。よく分かんね。

 

 

「そしてイベントの前後、会場……というか建物の明かりが度々落ちていたと思うけど、おそらくあれが蝋燭の役割だった筈だ」

 

「……えっと、電灯がって事?」

 

「蝋燭も電灯も同じく照明だ。『部屋の電灯を消す』という行為を『蝋燭を吹き消す』事に見立てるのは、むしろ当然と言える。だからイベントで怪談が披露される度、どこかしらの電灯が消えて……いや、吹き消されていたんだろう。どうやってかは知らないが」

 

「あー……いや、でも、それもおかしくない? 確かに会場じゃ怪談いっこ終わる度にどっかの電気消えてたけどさ……それ、たったの三話ぽっちだろ」

 

 

百物語とするには全然数足りないじゃん。

眉を顰めての疑問に、しかしインク瓶は鼻を鳴らして首を振る。

 

 

「思い出しなよ。あの日、電灯の明滅はイベントの前にも起こっていただろ。それも頻繁に。おそらく、大分早いタイミングから怪談の話数調整が行われていたと見て間違いない」

 

「……何を、どうやって」

 

「ビル内部で怪談の動画でも流していたんじゃない? 数分ほどの短いものでも、或いは倍速再生であっても構わなかったんだろう。それがひとつ終わるごとに電灯を吹き消してを繰り返し、イベントの最中に百話目の怪談に達するように仕組んだんだ」

 

 

そしてその結果、あの時会場内に居た全員が、例の廃病院に放り込まれる事になってしまった――。

そう結び、少しの沈黙。

 

……正直、すんなり呑み込めたとは言えないけれど、インク瓶が珍しく断言する以上はそういう事で間違いないんだろう。

私はコップの中で揺れる水面をなんとなしに眺め、そこによぎっていくものを振り返り――。

 

 

「――なぁ、もしかしてこれ、前のキャンプの時のと同じヤツだったりする……?」

 

 

呟くように問いかければ、インク瓶の指先がぴくりと揺れた。

 

……今からひと月くらい前。

髭擦くんや黒髪女らと一緒に訪れたキャンプ場で、私はとあるオカルトに巻き込まれた。

 

確か、丑の刻参りの派生とかだったっけ。

土に埋められたり木の中に埋め込まれたりと、改めて振り返っても中々に酷い目に遭ったものだが……なんとなく、やり口に同じ匂いを感じていた。

 

 

「見立てがどうのみたいなの、キャンプの時にあんたが言ってたのと同じだよな。あと、山の中にあったビニール紐とかも……廃病院の外の森で見たヤツとさ、なんか……」

 

 

異界の森のあちこちに張られていた、木と木の間を繋ぐ赤い糸。

最初見た時から妙な既視感があったが、今になって分かった。材質と色の違いはあれど、木々の間を走るビニール紐はどこか蜘蛛の巣のようで、赤い糸と重なるものがあったのだ。

 

 

「……キャンプの時、私最後に写真拾ったんだ。あの……不気味な木に打ち付けられてたヤツ。あんたも見てたろ?」

 

「……ああ」

 

 

呪いの核だったという、奇妙に歪んだ一本の樹木。

そこから剥がれ落ちた顔の潰された人物写真の裏に、私はメモ書きのような文字の痕跡を見つけていた。

 

【これがうまくいったら、次は、】――読み取れたのは短く中途半端な一文だけだったけど、今この時になって思えば、それは、

 

 

「――今回のが、その『次』だったんじゃないの……? キャンプの時うまくいったから、次が、今で……」

 

 

確かな証拠は無いし、雰囲気から来るこじ付けと言えばそれまでだ。

けれど私はその想像が真実だと思えてならず、インク瓶もまた同意するように息を吐いた。

 

 

「……まぁ、そうだね。確かに僕もその可能性が高いと見ている。まだあまり断定したくはないけれど」

 

「っ……」

 

 

嫌な予感が確信へと変わってしまった。

あの時目にした憎悪の形が蘇り、少しだけ吐息が詰まる。

 

 

「な、んで……また、こんな事……」

 

「――……、動機については、僕が何かを言える段階には無いね。けれど今回の呪いのターゲットの方は、ほぼ明らかなんじゃないかな」

 

「……スミトと、その兄貴?」

 

 

言葉を引き継いで呟けば、神妙な頷きが一つ返る。

異界に巻き込まれた全員が(一応)無事に帰れた中で、ただ二人だけの死傷者だ。何かあるのは間違いなかった。

 

 

「えっと……スミトの方は、大丈夫だったんだろ? なら話とか聞けたり……」

 

「……それがそうもいかなくてね。幸いにも彼の命が助かったのは確かなんだが、失血が酷かった事もあってまだ意識が戻っていないそうなんだ。現状、心当たりやら何やらを聞き出せる状態じゃない」

 

「……そか」

 

 

アイツに関しては後で『親』から助かったとだけ聞いて安心していたけど、そんな楽観できる状態でもなかったらしい。

……兄弟仲は最悪っぽかったとはいえ、起きた時に自分の兄が死んでるって知ったらどう思うんだろう。なんとなくそんな事を考えてしまい、目を伏せる。

 

 

「念のため、他の出演者や観客達にも聞き取りを始めているが……まぁ、関係のある話は出て来ないだろうね」

 

「……え、全員に話聞きに行ってんの? まさか、あのクソババァにも……?」

 

「異界での経験で精神に変調をきたしている人も多いから、まだ若干名と言ったところさ。でも、うん……その中に地圀さんが居た事は否定しないよ」

 

「うえぇ……」

 

 

聞けば、あの廃病院で私達とそれなりに深く関わったメンツ――剛拳おじさん、歪いびつ、そして例のクソババァあたりは、今もピンピンしているらしい。

 

いや、歪いびつは分かるよ。アイツも大概酷い目に遭ったとはいえ、何だかんだ最後までエレベーターの中で生き残ったんだろうし。

でも他二人は何なんだ。バキボキに『何か』に折り畳まれる体験をしておきながら、何でピンピンしていられるんだ。インク瓶もそうだが意味分からん。

 

しかもババァの方は「人生最高の体験が出来た」と以前よりも精力がみなぎっていたそうな。精神変調組の一人で良いだろそれ。

 

 

「まぁ、剛拳おじさんとかが無事なのはいいけどさ……つーかなんで野放しなん、あのババァ」

 

「現実での行いじゃないんだ。実際の被害として見ると、彼女自身は死人を出していない訳だから、御魂雲の監視を付けるくらいに留まるんじゃないかな。……あの人の性格を考えると、逆に死人を出してるクロユリ君の時よりキツ目のものになるとは思うけど」

 

 

……そういや三人やった黒髪女でさえ野放しなんだったわ。

なんというかこう、世のままならなさというか「それでいいんか」感が深く沁み入り、ゲンナリとする。

 

 

「ねぇ、実は狙われてたのホントはババァだったりとかない? あんなん絶対どっかで恨み買ってるって……」

 

「気持ちは分からないでもないけどねぇ……状況からして、やはりスミト君ら以外が狙われていたとは考え難いよ」

 

「……一応、私らもターゲットの中に入ってると思うんだけど」

 

 

スミト達みたいな大怪我こそ負わなかったが、一緒に異界に放り込まれてんだぞ。

つっても犯人がキャンプの時と同じヤツなら無関係な人を巻き込むのにも躊躇ないだろうし、メインのスミト達の巻き添えでというのもまぁ――……、ん?

 

 

「……あれ、ていうかアイツら、どうやってケガしたんだ?」

 

 

はたと気付く。

 

そうだ、今回イベントで語られた三つの怪談の中には、身体の欠損はあれど殺されたりするようなものは無かった筈だし、スミトの設定でもそんな事は言ってなかった……と思う。

『百物語もどき』がそういう呪いだとすればそれまでだが、そうなるとスミトだけ生き残れたのが中途半端というか……ホントにどっから来たんだ、あの傷。

 

 

「……、……」

 

 

そんな変な違和感に眉を寄せていると、インク瓶が何やら難しい顔をしているのが見えた。

 

何かを口にしようとして迷っているような、そんな雰囲気。

私は首を傾げつつも彼の言葉を促して、

 

 

「――私が棹歌を奏でたが故だ」

 

「っきゃあ!?」

 

 

突然真横から声がした。

 

思わず飛び上がりながら振り向けば、そこにあったのは真っ黒なタートルネックと青ルージュ。

キッチリと脳みその収まったセンシティヴ邦が、いつの間にやら私の隣に座っていた。

 

 

「は!? なっ、なんっ、おまっ、はぁ……!?」

 

「料理がこの場に運ばれてくる刻を私は識った――ご苦労」

 

「お待たせしましたー。特製ハンバーグセットと和風ラン゛ッ……」

 

 

と、丁度その時注文した料理を持った店員がテーブルにやって来て、センシティヴの厚化粧を見て固まった。

 

するとセンシティヴは勝手に料理を受け取り店員を追い返すと、インク瓶のランチセットと私のポテトを自分の前に配膳。

そして胸の前で手を交差させ白目と歯茎を剥き出し舌をうねらせた(たぶん彼流のいただきますの意)かと思えば、誰の許可も無くモリモリと食べ始めてしまった。は?

 

 

「あ……あぁー! 私のポテト!」

 

「フ、私はこの店の芋の揚げ具合が他店舗よりも飛びぬけて巧みであると識っている。これにて清算としてやる故、フライヤー担当・油井揚介(17)に感謝せよ」

 

「誰だよ意味分かんねーんだよ返せっ、このっ、このっ!」

 

 

慌ててポテトを取り返そうとするも、やっぱりウネウネ動いて捕まらない。

突如勃発した攻防にインク瓶は呆れたように溜息を落とし、苦々しげにセンシティヴをねめつける。

 

 

「……何しに来たんだよ。邪魔するんなら帰ってくれないかな、僕達これでも大切な話をしてるんだけど」

 

「敢えて識らんな。だが私は貴様がこのランチの味噌汁を少しばかり楽しみにしていた事を識ってズズズズズズ」

 

「…………」

 

 

完全に嫌がらせに来てやがる。

これみよがしに味噌汁を啜り始めたセンシティヴに、インク瓶の額にうっすらと青筋が浮かんだのが見えた。こわ。

 

ともかくそうして空気が冷えれば、私の血の気も若干下がってストンと着席。

減ってゆくポテトの山を恨みがましく睨みつつ、ヤケクソ気味にナゲットに手を出した。

 

 

「……つか、平気なんかあんたも……脳みそくり抜かれてたのに……」

 

「私が到るべきステージは雲の外。遅かれ早かれの違いに過ぎんというのに、逐一騒ぎ立ててどうする。相も変わらず彩度が低い」

 

 

それよりも……と、なんだか不穏な気がするセリフを区切り、私に静かに横目を向ける。

 

 

「あの兄弟の末路の話だ。あれは意図の流れに乱れが生じたが故のもの。この私がそう棹さした」

 

「……? え、と」

 

「――本当は、彼らは別のオカルトで死ぬ筈だったって事だよ」

 

 

訳の分からんセンシティヴの言葉を、渋々と言ったようにインク瓶が引き継いだ。

 

 

「死……え、なに……?」

 

「件の『百物語もどき』は、百話目に話された怪談を軸にしたオカルトを発生させる。そして今回呪いを成した者は、イベントが始まる前に百話目まで残り数話となるところまで怪談を重ねていた」

 

「……う、うん、さっき言ってた事だろ」

 

「そう、つまり――百話目の怪談を何にするのかは、任意で指定できた訳だ。イベント前に流す怪談の動画数を調整する事で」

 

「…………」

 

 

……言われてみれば、確かにそうだ。

 

イベントの時に誰がどの順で怪談を披露するかは、パンフレットやネットのサイトに載っている。

それに再生する動画の数を合わせれば、誰の怪談を軸にしたオカルトを発生させるか選ぶ事が出来た筈だ。

 

 

「そして実際のオカルトが会場での怪談三話分しか反映されていなかったあたり、イベント(百物語)の開始前に積んだ怪談はただの数合わせで終わっている。余計なノイズも入らずに済む……筈だったんだろうね、本来は」

 

「……本来?」

 

「……イレギュラーな介入が起きたんだ。イベント前に僕が口にした不用意な一言がとあるオカルトを百物語の中に招いてしまい、予定されていた流れにズレが生じた」

 

「へ?」

 

 

初耳の話にぱちくりと瞬く中、インク瓶は一度間を置き、慎重に言葉を選ぶように視線を揺らし、

 

 

「――査山の銅とやらだ。無駄に濁るな腐れ墨めが」

 

 

――そして、センシティヴの無遠慮な声がそれらを纏めてぶった切った。

 

 

 

 

 

 

「――え」

 

 

反射的に、右眼を抑えた。

 

 

「おい……!」

 

「フン、私はこの小娘が眼の娘に隠されている事を識っている。だからこそあの低俗な催しに導いたのだ。その存在こそが大前提であったが故に」

 

 

眼の奥が熱い。意識が揺らぎ、ぎょるぎょるとする。

しかし右眼を幾らこすっても異常の一つもありはしない。ただ、よく分からない寂しさが胸を裂く。

 

 

「い……いた、居た、の? あそこ、あか、あかねちゃん、が――」

 

「蒙昧ぶるな。私は貴様が右眼の裏で蠢いたものを覚えていると識っている」

 

「っ……」

 

 

反論を許さない強い言葉に、右眼を抑える手指に力が籠る。

そしてそのままゆるゆると俯けば、光沢のあるテーブルに私の顔が反射していた。

 

……私。そう、私だけだ。一人っきりの私の顔を、じっと見つめる。

 

 

「かの眼の娘も確かなるアセンショナー。その視線を纏い続ける貴様があの戯けた陣の場に在り、腐れ墨壺がその真名を呼ぶとなれば、それは最早そこに在りし怪異譚の題号である。後は照明さえ落とせば、陣の道理により怪談の一つとして導かれる」

 

「……あの時電気消したの、君か」

 

「私は私の彩なる叫喚と真理のステップにより掻き乱される初心な配線を識っている」

 

 

……どうやら、イベント前にギャーギャー騒いでいたのはただの癇癪だけでなく、適切なタイミングで私達の居た部屋の灯りを落とすためのものでもあったらしい。

 

何か色々おかしい気もしたが、俯くままの私はそれをぼんやり聞き流し――「……ッ!?」直後センシティヴの厚化粧に顔を覗き込まれ、心臓が止まりかけた。

 

 

「さて、そうして誰も知られぬままに算定(カウント)を一つ重ねた陣である。当然、それを敷いた者の姦計は哀れにも崩れ去る訳だが……その場合、その者はどう動く?」

 

「……え、ぇ? ぁ……え――」

 

「そう、慌てふためき修正に走るのだ」

 

 

いや答えさせる気ねーだろお前。

 

……あかねちゃんの事で頭の中がぐちゃぐちゃなのに、逐一ペースを乱される。

半端に保てている自分の冷静さが気持ち悪い。唸りながらセンシティヴを睨みつけるも、当人はすました顔でどこ吹く風で。

 

 

「私はその者の描く景色が陣の完成と共に訪れる仇人の死であった事を識っている。だが広がった景色は全く別の、死の遠い夢幻たる夕暮れ時。故に……その者は他より一足早く夢より目覚め、自らの手で仇人を刺す羽目と相成った」

 

「さ……」

 

 

――自分の意思とは関係なしに、脳裏に血だまりに沈むスミトと金髪男の姿がよぎった。

咄嗟にインク瓶に目が行くと、ややあってから歯切れ悪く言葉を落とす。

 

 

「……ヨート君は全身に三十以上の刺し傷。スミト君は腹部に一つ。どちらも同じ刃物によるもので、そこにオカルトの痕跡は無い。生きた人間の手による犯行だ」

 

「……、……」

 

 

……これまでオカルトのせいだと割り切っていた部分が、急に生々しさを帯びる。

より何を言えば良いのか分からなくなって黙り込んでいると、インク瓶は私を気遣うように見やった後、センシティヴに打って変わった厳しい目つきを向けた。

 

 

「……結果から言えば、君のおかげでスミト君は生き延びられたんだろうね。だけど。ヨート君は……彼は、どうにもならなかったのか?」

 

「七百三十二」

 

「……人数?」

 

「チ、理解が早い……私がそこの小娘を導かずにいた場合、あの日あの時間あのビルの中に居た七百三十三人の内、一人を除いた全員が巻き添えになっていたと言っている」

 

 

――つまらなさげに告げられたその言葉を、私はすぐに理解する事が出来なかった。

 

インク瓶も一瞬目を見張ったけれど、すぐに呑み込んだようだった。

むしろどこか納得したような面持ちで、顎先に指を添えている。

 

 

「……そうなる、か。生き残る一人というのは、呪い手か?」

 

「決まっている。全てが終わってもなお、あれはそこに立っていた」

 

「誰?」

 

 

核心の問いかけに、何故かセンシティヴは答えなかった。

ただ冷たい目でインク瓶を見据えるだけで、青いルージュは開かれず……しかしインク瓶はそれ以上の追及はせず、不自然なほどあっさりと引き下がってしまった。

 

 

「……ふん。なら、ヨート君はどうあっても――」

 

「――ま、待って、待ってよ……!」

 

 

二人だけでトントン拍子に進んでいく会話に、堪らず待ったをかけていた。

 

 

「い……意味分かんないって……! ななひゃ……な、なんで、そんな簡単に……!」

 

「元の百話目」

 

 

すると、センシティヴが短くそう口にする。

振り向けば、ギラギラと輝く瞳と目が合って、

 

 

「姦計全てが恙なく進行した場合、中心となる百話目の怪談は誰のものとなる。考えよ」

 

「え、えぇ……?」

 

 

視線に圧され、言われるままいつも以上に回りの悪い頭で考える。

 

ええと、つまりイベント開始前に九十七話分積んでた怪談が、ひとつ減って九十六話分になるって事だろ。

だからイベント始まってから四番目に話す人が百話目になるって事だから……。

 

 

(確かパンフレットの順番だと……剛拳おじさん、歪いびつ、そしてひゅどろんチと来て……四番目、が――………………)

 

 

そこまで考え、血の気が引いた。

 

 

「…………」

 

「理解したな? ――地圀幸だ」

 

 

――そう。パンフレットの一覧では、地圀幸が四番手とあった筈だった。

 

……あのスプラッタ大好きクソババァが、どんな怪談を披露するつもりだったのかまでは分からない。

けれどろくでもない話なのは考えるまでも無く、センシティヴの言う七百三十二人が死ぬという『もしも』には、これ以上ない説得力が生まれてしまったのは確かで。

 

 

――『現状はどこかで最悪の展開を免れている状態なんだと、僕は思っている』

 

 

……剛拳おじさんの拠点でしたインク瓶との会話が、脳裏をよぎった。

 

 

「例えここで完全に陣を砕いたとして、別の時間、別の場所、別の方法でまた百を超える死が発生すると私は識っている。なれば、ここでその原因となる一のみを排させるが吉」

 

「……ヨート君ね。そこまで恨まれるなんて、誰に何をしたんだ、彼は」

 

「自ら暴け駄文書き――馳走」

 

 

センシティヴはそう吐き捨てると、箸を置いて席を立つ。

彼の眼前に置かれたランチセットとポテトの皿は、いつの間にやら空っぽとなっていた。

 

 

「ここらが折だ。これ以上の問答に意味が無い事を私は識った」

 

「ああそう」

 

 

そうして去っていく背中をインク瓶は引き留めず、別れの挨拶も無い。

聞くべき事も言うべき事もまだまだたくさんある筈なのに、全てを置き去りにして消えてゆく――。

 

 

「ねぇ」

 

 

だから、私が声をかけた。

 

するとセンシティヴはピタリと立ち止まり、私の方に半身だけを向けて来る。

……けどまぁ、言葉が纏まっている訳でも無い。ので、そろそろパンクしそうになってる頭を揺らし、ただ一言だけを零し落とした。

 

 

「――……あんがと、一応」

 

 

――……。

 

それを受けたセンシティヴは無表情のままぱちくりと目を瞬かせ、虚ろに天井を眺めた。

しばらくそのまま時が過ぎ――やがて白目と歯茎を剥き出し変なポーズ。しかし喧しく叫び散らす訳でも無く、くるりと再び背を向ける。

 

それきり、もう振り返る事は無かった。

 

 

 

 

 

 

「……アレにお礼なんて勿体ないよ」

 

 

静かになったテーブル席。

すっかり冷めてしまったハンバーグセットをぼうっと眺めていると、インク瓶が深い溜息を吐きつつそう呟いた。

 

 

「あいつはただ、自分のステージとやらを上げるという意味不明理論に基づいて行動しているだけさ。今回は助けられる結果となったが、きっと次はとんでもない迷惑をかけられる事になる。そしてその時になってやっと、以前礼を言った事を死ぬほど後悔する羽目に陥るんだ……」

 

「うん……」

 

「よく考えれば、いや考えなくても今回の君は大概迷惑をかけられた寄りだからね。助けられたと言っても、それはマッチポンプに近いと思う。本当にアレに感謝できるか、胸に手を当てて考えてみて欲しい。ちなみに僕は全く出来ないと……」

 

「……ん……」

 

「…………、大丈夫かい?」

 

「…………んー」

 

 

ぐったりとテーブルに伸び、ぺったりと頬をくっつける。

そして閉じた瞼の上から右眼をなぞり、ごろごろとその感触を確かめて。

 

 

「――……ここ、入ってたんだ。あかねちゃん」

 

「っ……ちゃんと自覚出来たのか?」

 

 

小さく呟けば、インク瓶が息を呑む。

その様子が、さっき七百人以上が死ぬとかなんとか聞かされた時より大げさに見えて、ちょっとだけ笑ってしまった。

 

 

「や……正直、あんまり。だけど廃病院での事とか思い出すとなんか……訳分かんない事してたかもって、私……」

 

 

知らない筈の隠し通路を見つけたり、見えない位置の『何か』の挙動を正確に把握したり。

挙句の果てには森の中のパソコンにまで一直線に向かったり、客観的に見るとあのクソババァよりも異常な行動を取っていたかもしれない。

 

一方で、今もそれらの行動に違和感を持っていない部分も確かにあり、どこまでが異常な行動だったのか正確には判断が付いていない。

おかしいと首を傾げる私と、こんなの何でもないよと胸を張る私が一緒に居て……たぶん、何でもないよの私の方にあかねちゃんが隠れてたんだろうなって、なんとなく察していた。

 

 

「なに、やってんだよ……夢の中ったって、なんで、私の……」

 

「……さてね。今の彼女にとっては、くり貫かれた君の眼孔は居心地が良かったんじゃないか」

 

「はは、キモ」

 

 

そう口にはしたが、言うほど悪く思ってない。

もしそうだとしたら、むしろなんだか嬉しくて、胸が温かくなって……いや、それは逆に私の方がキモいか。

 

 

「……ぼんやり、残ってる気がするんだ。何か、やり取りしたかもとか、話したかもとか……」

 

「…………」

 

「でも、何も覚えてない……うっすら、気持ちだけが香ってて……なんだろ、あんな状況だったのに、なんか、楽しかったっていうか……」

 

 

話している内に段々声が小さくなって、やがて煙のように立ち消える。

 

……そう、そうだ。

楽しいと、面白かったと、そう感じてしまっていたのだ。あの子は――。

 

 

「…………あかねちゃんってさぁ、ちゃんとしてんだよ」

 

 

……ぽつりと、零していた。

 

 

「……というと?」

 

「ホラー好きで、かなりしんどい話とかも笑って出来んだけどさ……実際そういうの目の前にしたら、ちゃんと優しくなれるんだ」

 

 

たぶん、髭擦くんみたいに色々と見ないフリする事も多かったんだろうとは思う。

 

けれど、初対面時にとあるオカルトバスに乗りかけていた私を、彼女は泣きべそをかきながらも助けようとしてくれた。

ホラースポット探しの時、事故や事件で亡くなった人の話を聞けば、きちんと悼んであげられていた。

 

……そういう、子だった、のに。

 

 

「だからさ、廃病院の……あんな、夢とはいえ、人がたくさんダメになってくようなとこは……きっと、無理だったと思うんだ」

 

「…………」

 

「楽しいとか、面白いとか……そりゃあかねちゃんだし、ワクワクはするんだろうけど。それでも……心から楽しんだり、笑ったりとかは、さぁ……」

 

 

右眼に高揚感が残っているような気がして、手のひらで強く抑え込む。

 

……私がオカルトに絡まれやすくなっている事の理由のひとつに、何かろくでもないオカルトに視られ続けているというものがある。

今まではその正体について答えを先延ばしにして来たけど、もう誤魔化せない。やっぱりあかねちゃんなんだ。

 

そして今回の事が『楽しかった』なら……オカルトに絡まれてる私の姿は、さぞ楽しかったんじゃないだろうか。

ホラー動画を観てるみたいに、色々なオカルトで死にかける私を遠くから眺めて、あはあは笑って……そんな画が浮かんでしまい、消えてくれない。

 

けれどそれをハッキリと口にしたくもなくて、唇を噛んで黙り込む。

気まずい沈黙がテーブルの上を流れ、冷めたハンバーグをより不味いものに変えてゆき――やがて、小さく鼻を鳴らす音が聞こえた。

 

 

「……生きながら、オカルトの眼球に変えられた娘なんだ。全てが以前のままで在れる訳も無いし、『査山銅』から変質した部分は間違いなくあると見ていい」

 

「っ……」

 

 

その断言に、喉が震えた。

しかしそれが嗚咽となるより早く「だが」と繋ぎ

 

 

「君は覚えていないだろうが、廃病院で少しだけ彼女と話せた」

 

「――え」

 

 

咄嗟に、バッと身が起きた。

 

 

「多少理解が難しい面もあったが、彼女は今もなお『人間』であったように思う。言葉は通じ、理性もある程度は保てていて……そして、君の助けになろうと動いていた。その想いは信じてあげたら良い」

 

 

……まぁ、それは、そうなんだろう。

でなければ、私は今こうしてここには居ない。廃病院の悪夢から目覚める事無く、あの肉の中に溶けていた筈だから。

 

 

「きっと、そのままの部分もあるんだ。他の多くのものの形は変わってしまったのかもしれないが……君の友達としての形は、まだ残っている」

 

「……なら、なんで出て来てくれないんだよぉ……」

 

 

思わずぽろっと零れてしまった。

 

いつもどっかから私を視ていて、今回は右眼の中に収まって。なのに、私にそれを知らせないように動いている。

あかねちゃんがまだ私を友達だと思ってくれているのなら、どうしてそんないじわるするんだ。何でちゃんと私と逢ってくれないんだ。

 

その泣き言を受けたインク瓶は困ったように眉を下げ……しかし、静かに首を振った。

 

 

「……幾つか、作り話は出来るけどね。でも、いつか自分で聞き出しなよ、それは」

 

「……いつかって、いつ」

 

「今回来たろ。――だったらその日はまた来るさ」

 

 

パタン。

まるで決まっている事柄を告げるように結ばれ、赤い手帳が閉じられた。

 

 

 

 

「……ご飯、冷たくなっちゃったな」

 

 

改めてテーブルの上を眺めたインク瓶が、眉を寄せてそう零す。

 

冷え切ったハンバーグと、食べかけのナゲット。完食された和風ランチにポテトの皿。

食後の残飯の如き光景だが、そういやまだ食前だった事を思い出す。今更ながらおなかが小さくクゥと鳴った。

 

 

「僕のも意地汚いのに食い逃げされたし……他の美味しいところで仕切り直すかい?」

 

「……いい。食べる」

 

 

正直そんな気分でも無かったけど、お残しするのも気が引けた。

 

おもむろにお皿を引き寄せ、肉汁の止まったハンバーグをもぐもぐと始めた私に、インク瓶は肩をすくめて溜息ひとつ。

平らげられた和風ランチを半眼で見やり……またメニュー表を手に取った。どうやら食い逃げ犯と同じもんは食べたくないらしい。

 

そのまま食器の擦れる音が静かに響き、さっきと打って変わって穏やかな時間が流れてゆく。

 

 

(……視てんだよな、今も)

 

 

そのうちに思い、窓の外へと目を向ける。

 

晴れ渡る青空に、さらさらと伸びる白い雲。

モヤモヤ曇った私の胸中とは正反対の、憎ったらしい程にいい天気。

 

……このどこかに、あかねちゃんの眼があるんだろうか。

 

 

「…………」

 

 

目を細めて探してみるけれど、当然それっぽいものは見当たらない。

まぁ、これまでがそうだったんだから、そりゃそうだ。

 

 

「……それで、どうだい。全部が終わった訳だけど」

 

 

そうしてぼけーっとしていると、インク瓶がメニューに目を落としたまま、ぽつりとそう聞いて来た。

 

……何だよ、いきなり。

突拍子の無い問いかけに、私は怪訝な顔で首を傾げかけ……すぐに剛拳おじさんの所でした話の事だと思い出す。

 

自分のせいで私をオカルトに巻き込んでしまったと後悔するインク瓶に、全部終わって結果が『最善』じゃ無いだろとなったら、そん時怒るし謝ってこいと言ったアレ。

私としてはすっかりと忘れていたのだが、インク瓶はまだ気にしていたらしい。

 

改めて振られたそれに、私は少し考えて――そっと、右眼の瞼を撫で上げた。

 

 

「――また来る『いつか』がほんとに来るまで、待っといて」

 

 




なんと今回でちょうど百話目となりました。
まさかここまで続くとは……これも皆様の応援のおかげです。ありがとうございます、本当に。
今後もまったりと続けて行きたいと思いますので、お付き合い頂けると嬉しいです。これからもよろしくね。



主人公:色々と複雑な心境のようだ。事件後しばらくの間、無意識に人の右腕を抱える癖がついていた。

インク瓶:主人公への罪悪感が地味に重いようだ。事件後しばらくの間、右腕に湿布を張っていた。

霊侭坊巖常:心身共に強靭な剛拳おじさん。事件後特に精神を病む事もなく、ただただ自身の力不足を恥じた。そして彼は以後の不敗を拳に誓い、剛拳を超えた極みたる拳を――いざ極拳へと到るべく、過酷な修行の旅へと赴くのであった……。

歪いびつ:『人の居ない階』を連打していた女好きの女顔。事件後は作風に変化があり、作中何らかの形で絶対にエレベーターを絡めるようになったようだ。実はインク瓶とは仲良し。

ひゅどろんチ:人気はあったが、アンチも多かったグループ。事件後解散してしまったようだ。

・赤マスク:金髪男。全身三十か所以上を刺され死亡。死後、ネットで多くの性犯罪が告発された。
 
・青マスク:ロン毛男。廃病院では序盤にリタイアしていた。事件後精神を病んだが、何とか復帰し個人配信者に復帰する。
 
・白マスク:ボーイッシュ女。廃病院では序盤にリタイアしていた。事件後も一応は無事だったが、オカルト系配信者は引退したようだ。
 
・黒キノコ:本名は墨斗。テーブルゲームが好きで、中学生の頃は友達とよく遊んでいたようだ。

地圀幸:生粋のホラー作家。事件後はハチャメチャにハッスルして創作活動に取り掛かっている。何の影響かセンシティヴ邦のパトロンになったとか。

センシティヴ邦:脳みそがキラキラと輝いている。脳みそを繋げたとある作家に何やら影響を与えたようだ。いつの間にか短ドスを失くしている。


【ある手帳の一頁】

・この呪いは百物語を基にしたもの。百話目の怪談をベースに怪異を生み出す性質。

・怪談会の開始以降に語られたものが対象? 
 ↑少なくとも会場の三話以外の要素は無し。見逃した可能性△。手術室のカルテが一枚だけ破れていた。←確かめる手段×。

・僕が口にした「査山銅」で本来想定していた百話目が一個ズレた。→確定。
 ↑イベント前、彼女が僕に語った邦と自販機の話は?
  ↑カウント×。あの場に居たスタッフや観客の話。カウント△。語り部役は出演者のみに絞っていた?
   ↑やはり動画で済ませた可能性◎

・ターゲットは墨斗君と陽斗君。
 ↑△。陽斗君が本命でほぼ確定。衣服から赤い糸くず。
  ↑墨斗君は巻き添え?←×。あわよくば△。刺し傷に迷いあり。恨みが無かった△。今後の回復待ち。

・地圀さんの話す予定だった怪談、要聞き取り。
 ↑ふざけるなよ……。←そらみんな死ぬであります。

・犯人は計画のズレを想定していた?
 ↑おそらく×。相当慌てていたと思われる。目撃者×。映像×。痕跡なし。どう逃げた? 
  ↑凶器は何だ? あらかじめ用意×。現場で用意×。どこからどう調達した?

・おそらく、少しずつ慣れてきている。

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