異女子   作:変わり身

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{口}の話(上)

 

 

 

「――ねぇ、クロユリさん。今いい?」

 

 

ワタシがその声をかけられたのは、大学の敷地内。

とある講義室へと向かうべく、暑さ厳しい北校舎棟への道を一人歩いていた時の事だった。

 

 

「ん~……と?」

 

「ごめんね、ちょっと聞きたい事あるんだけどさ……」

 

 

振り返れば、そこにはカジュアルな服装をした爽やかめの男性が一人。

 

パッと名前は出て来ないけど、いっこ上の先輩の人……だったっけ?

顔くらいは何度か見た事あるものの、学部も違えば属する人間関係も重なっていないため、普段は全くと言って良い程関わりの無い相手だった。

 

 

「……あはは、すいませぇん。ワタシ今ちょっと急いでたりしましてえ」

 

「ああ補講あんの? なら歩きながらで良いからさ、すぐ済むし」

 

「えぇ~……」

 

 

ほどほどに愛想よく拒否の雰囲気出しをするものの、爽やか先輩はヘラヘラとしながら擦り寄るように横に並んだ。

 

……なんとな~く、メンドくさい感じ。

とはいえ過剰に嫌がるのも変だし、流れのままに聞く姿勢。

 

 

「てかさ、色々もう平気? ちょっと前だけど、結構休んでたんでしょ?」

 

「お気遣いありがとうございますぅ。見ての通りピンピンしてますし、今回の補講でスケジュール修正も何とかなりますねぇ」

 

 

この大学に進学してから間もない頃の話だが、ワタシは二週間くらい学業をお休みしていた時期がある。

ケガや病気でという訳じゃない。とある事情により、メンタルがお亡くなりになっていたためだ。

 

まぁさして珍しいものでも無い。週単位で講義をサボる大学生なんて掃いて捨てる程居るし、それで単位取得の危機を察して焦る人の話もぽつぽつ耳にするようになって来た。

 

……でもワタシの場合、そこにちょっぴり大きめの騒ぎが絡んでいる。

そのため変にみんなの印象に残ってしまったのか、半年経った今でもまだ蒸し返して来る人がそこそこ居るのが困り所だった。

 

 

「まぁ何も無いならいいんだけど……で、話ってのはそれ関係でさぁ……」

 

「…………」

 

 

そして爽やか先輩はやおら周囲を気にし始めたかと思うと、ひそひそと声を潜めて来た。

 

……ワタシはその縮こまった仕草に話しかけられた目的を察し、愛想の裏で苦い顔。

こっそりと足を速めて置いてけぼろうともしてみるけれど、当然できる筈も無く。

 

 

「――クロユリさんさ、ビル会の残りなんでしょ? あいつらから何か教えて貰ってるのとか、無い?」

 

 

ほら、ソッチ系の伝手とか、オクスリ的なの保管場所とか……。

 

そう囁く爽やか先輩の薄ら笑いの奥には、隠しきれない不穏な気配が滲んでいて――ワタシは敢えて聞こえるように溜息を落とし、苛立ち紛れに左耳で揺れる薄紅色のイヤリングを転がした。

 

 

 

――ワタシの属するこの稲つかさ大学には、かつて『ビル会』と呼ばれる学生犯罪サークルのようなものがあった。

 

いわゆるチンピラ、或いは半グレ。そんな感じの人達がこっそり集まって、とある廃ビルを拠点として色んな犯罪行為を嗜んでいたのだ。

その活動はワタシが入学するよりもずっと前から連綿と続けられていて、半ばこの学校における隠れた負の伝統と化していたらしい。

 

もっとも、そのグループ自体は既に無い。

とある不幸な出来事によって中心メンバーが頓死し、警察の捜査によって数々の悪事が露呈。ビル会の存在も白日の下に晒され、お茶の間のニュースを騒がせた。

 

結果として、ビル会は大学の評判ごと木っ端微塵に吹き飛んだ――のだが、幾らかの草の根は残ってしまっているようだった。

 

 

 

「……うーんと、ごめんなさい? ワタシそういうのじゃないんで、他所さん当たって貰えるとお……」

 

「あー、やっぱカタい感じだ。まぁそのくらいじゃなきゃ一人だけ逃げきれないよねぇ」

 

 

ワタシの否定を気にも留めず、むしろ納得を深めるように頷かれる。

どうやらこの爽やか先輩は、ワタシをビル会の生き残りだと思っているらしい。この手の人が大体している勘違いだ。

 

まぁ、どうしてとは思わない。そう見られるのもこれが初めてという訳でも無いし……理由だって、分かってる。

けれど愛想笑いで流せるレッテルでもなくて、爽やか先輩のしたり顔には怒りがふつふつと湧き上がった。

 

 

「いやー、っていうのもさ。俺あいつらにちょっと貸してるのがあったんだけど……結局返って来ないまま、お巡りさん色々始めちゃったからさ。今んとこ何も無いから大丈夫だと思うんだけど、出来るんなら念のため回収しときたいなーっていうか、ね?」

 

(素直に捕まっちゃえば良かったのに)

 

 

ワタシは引き攣りそうになる頬を苦労して我慢しつつ、どう躱したものかと思案して、

 

 

「――――」

 

 

――その時、左耳を幽かな音が擽った。

 

絡んだ風の音のような、誰かの囁きのような、そんな音。

形を成さないままに耳元で渦巻くそれに釣られ、ワタシはちらと左に目をやった。

 

 

(……、トンネル?)

 

 

校舎棟への道沿いに続く、高い生垣。

その緑の一部をくり貫いて、一本のトンネルが通じていた。

 

……こんな所にトンネルなんてあったっけ。小首を傾げ、通りがかりに立ち止まる。

 

 

「あれ、どしたのクロユリさ……え? 何このトンネル」

 

 

いきなり立ち止まったワタシに爽やか先輩は怪訝な顔をして、すぐにトンネルの姿を認めぱちくりとする。やっぱり前まで無かった物のようだった。

 

 

(んー……)

 

 

ちゃり、と薄紅色のイヤリングに触れれば、耳の内側をこしょこしょと引っ掻かれる。

ワタシは僅かな間顎に手を当て――えいっと、そのトンネルに飛び込んでみるなどした。

 

 

「……あ、ちょっ――」

 

 

反応の遅れた爽やか先輩を置いて、さっさと歩く。

 

生垣の中を通しただけあってとても短く、通路というよりただの出入口のようなトンネルだった。

たったの数歩で抜け出てしまい、内側をしみじみ観察している暇もない。向こう側に着いた後、ワタシはくるりと振り返り――。

 

 

「ありゃ?」

 

 

通ったばかりのトンネルが、綺麗さっぱり無くなっていた。

 

目の前に広がるのは生垣の緑ばかりで、向こう側の景色はどうやったって見通せない。

手で触れてみても、別に何か仕掛けがあるような感じもしなくて――そこでようやく、生垣の向こうから爽やか先輩の焦った声が聞こえて来た。

 

 

「……は? 何これ、なんっ……クロユリさん? く、クロユリさん!?」

 

 

向こうでも生垣を調べているのか、ガサガサと草を漁る音がする。

 

ワタシはそれに返事をしようか少し迷って「…………」やっぱりやめて、後ろ歩き。決して目を逸らさないようにしながら、ゆっくり生垣から距離を取る。

……そっとイヤリングに触れる。聞こえるものは、もう何も無く。

 

 

(――今度のは、こういう感じかあ)

 

 

十分離れて、ほうと一息。

爽やか先輩がこっちに回り込んで来ない内に、校舎棟への道に歩みを戻した。

 

 

 

 

 

 

ワタシの日常には、時々説明できないへんてこな何かが顔を出す。

 

霊感のある年下のお友達(とってもかわいい)が『オカルト』と呼ぶそれは、いわゆるオバケとか都市伝説とか、そういった感じのものらしい。

最初に遭遇してからまだ一年と経っていないけど……色々とあった結果、その存在は嘘偽りのない現実として、ワタシの中に深く刻み込まれてしまっていた。

 

……もっとも、オカルトが『日常』にまで紛れ始めたのはつい最近の事。

かけがえのない大切な宝物を取り戻し、ずーっと一緒に過ごすと決めた、その後からだった。

 

 

 

 

 

「――……うーわ、まだ居んだ、あの子」

 

 

予定していた補講を全て終えた、帰り道。

爽やか先輩の影を警戒しつつ通りがかった中庭から、そんな声を聞き取った。

 

こっそりとそちらを見てみると、噴水近くの日陰で涼む学生が数人。

その内の何人かが、まるで部屋の中を飛ぶ羽虫を見つけたような顔を向けていた。

 

 

「あー……あいつらがやらかさなきゃ、ほんとはどっか行けてたのになー……」

 

「ウチだけハネられるとこ多いよなぁ、俺ら関係ねぇっての……」

 

 

……どうやら、ビル会の騒ぎの余波でこの夏休み中の旅行だか就活だかの予定がパァになってしまった人達らしい。

 

ワタシがビル会メンバーと疑われる事は酷く不愉快だけど、言い訳しに行ったりとかはしない。

こういった陰口はもう慣れちゃったし、こっちに疵瑕が無いワケでもないのだ。

 

だって――件の中心メンバーが頓死した出来事には、ワタシも深く絡んでいるから。

 

 

「あれ? あの子被害者側じゃなかったっけ?」

 

「他が全滅してんだから実際分かんねーだろ。大体あの子から誘ってたって聞いたぜ?」

 

「つーか何で死んだんすかあのカスども」

 

 

(なんでだろねえ)

 

 

……まぁ、色々とあったりした。

 

そして結果だけを言うのであれば、彼らの言う通り件の事件のきっかけはワタシであり、それをとんでもない事態に発展させて、ビル会の存在をお茶の間のニュースに押し上げたのもワタシ。

根本的な原因そのものはビル会の連中にこそあるけれど、それを広めて学校の評判をメタメタにしたのは、間違いなくワタシ自身の功績なのである。いぇーい。

 

その事に後悔は無いし、なんだったら胸を張ってもいるけれど……だからこそ、その結果としての陰口くらいは、何であれ受け止めるつもりだった。

 

 

「……そういや、前に電車で死んだ子居るじゃん。新入生」

 

「あー、四月だっけ? 五月? 騒動起きるちょっと前だったよな」

 

「そそ。あん時の噂でさぁ、その死んだ子も関係あって自殺だったんじゃねぇのってのが――」

 

 

(――……)

 

 

……でも、好んで聞いていたい訳でも無い。

ワタシは唇の裏を浅く噛み、そうと分からないよう足を速めて中庭から立ち去って、

 

 

「――おっとお?」

 

 

とある角を曲がった途端、またトンネルがあった。

目前に続く塀の途中にぽっかりと大穴が通じ、敷地外の景色を楕円にくり貫いている。

 

……幾ら長年犯罪者集団を野放しにして来た我が校といえど、流石にこんな杜撰な出入口は設けていない。

明らかに、さっきの生垣にあったトンネルと同じもの――オカルトだった。

 

 

(同じの……ついて来てる、とかかなあ)

 

 

イヤリングを転がしつつ、遠めからトンネルをじろじろ眺める。

 

オカルトのある日常を送るようになったワタシであるが、その実霊感と呼べるものは無い。

その気配や兆候みたいなものを()()()()()()()()だけで、本来であれば視えも聞こえもしない零感ちゃんなのである。

 

だから、このようにしっかり視認出来るオカルトに出逢う機会は中々無く……警戒はあれど、好奇心もまた抱いてしまう。

 

 

(……そういえば、さっきの先輩も視えてたか。普通の人にも視える感じのって、危険度的にはどうなんだっけ……?)

 

 

以前、霊感のある専門家(とっても紙)から受けたアドバイスを振り返っていると、背中の方から笑い声が聞こえて来た。

中庭に屯している学生達のお喋りが、何やら盛り上がっているみたいだった。

 

 

「……で、やっぱ死んだ新入生も……」

 

「……あー、クスリやってぶっ飛んだ的な……」

 

「……治安終わりすぎじゃないすか、ウチ……」

 

 

(……っ)

 

 

やっぱり、聞いてたくないなぁ、ああいうの。

 

衝動的に中庭に引き返しかけた足を苦労して引っ込めて……もう一度、トンネルへと目が向いた。

 

……まぁ、さっきも通って無事だったし、いけるよね。

なんかもう投げやり気味にそんな事を思いつつ、トンネルを通って不謹慎な噂話から逃げ出した。

 

 

 

 

学校の外に出て振り返れば、トンネルはまた消えていた。

最初の時点でなんとなく察していたけど、やっぱり一回通ったら消える性質のものであるらしい。

 

 

(……今のところ、危なっかしい感じはしないかなー……?)

 

 

暫く塀を眺めてみても、それ以上は何も無く……やがて詰めてた息を抜き、そのまま鞄を抱え直して家路についた。

 

暦の上では九月に入ったとはいえ、暑さは未だに酷いもの。

この炎天下を歩いて帰る気も起きず、ワタシは学校前のバス停に歩を向ける。

 

爽やか先輩の待ち伏せが少し心配ではあったが、着いた待機所には誰も居らずに一安心。

時刻表を見れば次のバスも間もなくで、ワタシはいそいそと待機所の日陰に収まった。

 

 

「……、……」

 

 

そうしてぼんやりとバスを待っているのだが、どうにも心が落ち着かない。

そわそわとイヤリングを弄っては、忙しなく車道の先に視線が振れる。

 

さっきの陰口が尾を引いている――という訳では無くって。単純に、ワタシがバスをあんまり得意としてないだけである。

 

 

(思い出しちゃうよねー……)

 

 

……ワタシが人生で初めて出遭ったオカルトは、バスの形を取っていた。

 

その後に起こってしまった出来事で暫く頭が真っ赤になってたから、当時の恐怖はもうあんまり覚えていないけど……やっぱり引きずるものはある。

大嫌いだー、トラウマだー、とまではいかないものの、バスに対するうっすらとした苦手意識は残ってしまっていた。

 

 

「……普通のバスでありますよーに」

 

 

敢えて呟き、またイヤリングに指を添わせる。

バスに乗る度毎回やっちゃうお願い事。傷だらけの表面をそっと撫で、静かに車道の先を見据えて、

 

 

「――――」

 

 

囁きが左耳を擽った。

 

一瞬肩が跳ねたものの、しかしバスの姿は未だ無い。

ワタシは周囲をゆっくりと視線を巡らせつつ、その囁きの元を探り――その時、ワタシの背後に誰かが立った。

 

咄嗟に振り向けば、そこに居たのはワタシと同い年くらいの女性。

単にバス停に並んだだけらしく、過敏な反応をしたワタシに怪訝な瞳を向けている――。

 

 

「……何か?」

 

「……、……いーえ」

 

 

……耳元で囁かれるのは、どこかで見知った誰かの気配。

 

ワタシはイヤリングから指を離し、前を向いて溜息ひとつ。

それきり、なんとなくの居心地の悪さを感じながら、ただバスを待っていた。

 

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