異女子   作:変わり身

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「家」の話(上)

 

最近、『親』の様子がどうにもおかしい。

 

 

「おはよ」

 

「お、……、……」

 

 

朝、寝ぼけ眼を擦りながら開いたリビング。

朝食の用意をしていた『親』は、私の姿を認めるなり動きを止める。

 

今日の身体は若い女の人の……確か、『(えだなし)』って名前の身体だったっけ。インク瓶と友達の身体。

いつもの無表情ではあれど、可愛らしい顔立ちの事もあってか「お」の口のまま固まった表情にはどこか愛嬌があった。

 

……まぁ、あったところで何なのって話だけども。

 

 

「あー……ごはん、出来てんの?」

 

「……あぁ、もう用意……いや、それよりまず……その……おめ……」

 

「……?」

 

「おめ……し、あがりなさい……」

 

「……うん」

 

 

これだもの。

 

ここ数日ほど、『親』はずっとこんな感じだった。

チラチラというか、キョドキョドというか。妙に私の事を見てくるし、そのクセ視線を向けると露骨に逸らす。

ならばとこっちから問い詰めても、さっきみたいに何故かやたらと口籠っていてハッキリとしない。

 

 

『たん……いや、何でもない……』

 

『プレ……いや、直接聞くのは……』

 

『……例えば、めでたき場を我々が共にするとして、それは……いや、いい。忘れなさい……』

 

 

……何かを聞きたがってるのは分かるんだけどなぁ。

少しすればいつもの平坦な感じに戻っていくし、別に私が何かしでかしてたり、オカルトがどうのこうのって感じでもなさそうではあるんだけども……。

 

 

「……はぁ、まぁ、いただきます……」

 

 

とはいえ聞いても答えてくれない以上どうしようもなく、さりとて殴りつけて吐かせたいとまで思っている訳でもない。

私は今日もまた溜息をひとつ落として席に着き、ひとまず朝食へと手を合わせ、

 

 

「――異ちゃんっ!」

 

「っ!?」

 

 

今度は突然、『親』が大声を上げた。

見ればその表情からは鉄仮面が外され、その下からはいつか見た十の人格が覗いている。

 

 

(……は? ぁ、うぇ?)

 

 

私にとっては色々な意味で衝撃的な光景に大混乱。

何ひとつまともな事が言えないまま、ただただ十を凝視して――。

 

 

「あのっ、あのねっ!? たたた、たん……ぅ……、め……、……、……」

 

「…………」

 

「……たんと、おめしあがりなさい」

 

「マジで何なん」

 

 

が、外れた鉄仮面が秒で戻り、十は元の『親』へと逆戻り。

私も秒で平静に戻って突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

「――なぁ、やっぱこれ流石におかしすぎるよな……?」

 

「……何が?」

 

 

登校中の通学路。

道中出くわした髭擦くんに開口一番問いかければ、怪訝な顔でそう返された。そりゃそう。

 

なので一緒に歩きがてら朝の一件をグチグチ説明してやると、今度は困ったように眉を下げる。それもそう。

 

 

「いや……俺に聞かれてもというか、俺はあの人達の事よく知らないというか……むしろおかしな部分だらけに思うんだが……まぁ、家族のお前からしたらそんなに変な様子だったんだな」

 

「や、だって、まさかあの無表情までぶっ飛ばして来るとか思わないじゃん……何も起こってないのにさぁ……」

 

 

『親』は私相手だと基本的に鉄仮面鉄面皮を外さない。

例外は以前の『二山』の時のような、身体同士の繋がりが全て途絶えた場合のみだという。

 

……その筈なのに、今日はいきなり十へと転じてしまった。全然考えてもいない事態だったから、未だに小さくない動揺が残っている

 

これはたぶんアイツとずっと一緒だった私にしか分からない感覚なんだろうけど……しおしおになった声音から、髭擦くんもなんとなくは汲み取ってくれたみたいだった。

困惑の色は引きずりつつも、眉間にシワ寄せ首を捻ってくれている。

 

 

「ううむ……お前の方に心当たりは無いんだな?」

 

「ないない。先月はそんなでもなかったのに、今月入ってから分かりやすくおかしくなってったんだよ」

 

「……なら、今月に何かあるとかは? イベントだとか、何かの締切りだとか……」

 

「えー……?」

 

 

……何かあったっけ?

 

言われるままに九月の予定を振り返ってみるけれど、特に思い当たるものは無い。

『親』が何か言ってたような記憶は無いし、テストや運動会とかの学校行事も来月以降だ。『親』の様子がおかしくなるようなのなんて、なんにも――。

 

 

「……っと?」

 

 

そう考えている最中、スマホが小さく鳴った。

 

見れば、最近よく来る黒髪女からのメッセージ。

また遊びの誘いだろうか。まだ夏休みだっつーあんたと違ってこっちはもう学校始まってんだぞと半眼でそれを開き――直後、半眼がぱっちり開いて真ん丸おめめ。

 

 

「……あっ、あー、あぁ~……」

 

 

そして同時に、今まさに悩んでいた『親』の諸々にもうっすら察しがついてしまった。

思わず変な声を漏らす私に、髭擦くんから気遣わしげな白目が向けられる。

 

 

「……どうした? スマホ、何かあったのか?」

 

「や……あー、なんつーか、その……」

 

 

……こういうのって、私から言っても良い感じのヤツなんだろか。

 

ふと疑問に思ったが、さりとてダンマリ決め込める流れでもなく。

私は妙な気恥ずかしさを感じつつ、おずおずと黒髪女からのメッセージを髭擦くんへと見せてやる。

即ち、

 

 

「――今日、私誕生日だったわ……」

 

「え」

 

 

――『ハッピーバースデー! タマちゃん!』

やたらとファンシーなスタンプと共に贈られたその一文を見た途端、髭擦くんはぱちくりとひとつ瞬いた。

 

 

 

 

 

 

あんまり言いたかないけれど、私はこれまで誕生日を祝われた事が無い。

 

私もつい忘れがちになるが、『親』が今のような肉親面をし始めたのは、ここ半年での事なのだ。

つまり去年はまだ『うちの人』の状態であり、ヤツらが私の誕生日にお祝いなんてしてくる筈も無い。

 

物心ついてからずっとそう。私にとって誕生日とは平日となんら変わりのない、ただ通り過ぎてゆくだけのもの。

自分から人に教えた事もほとんど無く、逆に聞かれた時には既に日にちを過ぎているのがパターンだった。

 

勿論、友達の誕生日を祝った事くらいはある。その時は純粋に嬉しく思えたし、パーティだって楽しかった。

それは心からの本当、なんだけど……。

 

 

(…………)

 

 

今日。九月六日は、私の十四歳の誕生日。

 

まぁ、忘れるわな、普通に。

 

 

 

 

 

「……とりあえず、おめでとう?」

 

 

パチパチ、と。

私の唐突なカミングアウトの後、髭擦くんは若干の沈黙を挟んだ末に困惑混じりにパチパチ拍手。

 

表情といい声音といいピンと来てないようだったが、私も私で全然ピンと来ていないのでお互い様である。

一応流れで「ありがと」とだけ返してみるけど……流石に素っ気なさすぎただろうか。場のもっていき方がまるで分からん。

 

そしてそんなパッとしない態度だったもんだったからか、髭擦くんも変に焦ってしまったらしい。

頭の上にピピピと汗を散らしながら、あーだうーだの唸りつつ。

 

 

「ええと……それで、なんだ、何歳になったんだ?」

 

「同級生なんだから十四に決まってるくない??」

 

 

うーんこのすっとぼけ。

 

何だかあっさり気が抜けて、色々籠る溜息を落としていると、黒髪女からまたメッセージ。

さっきのバースデーメッセージの続きとして、プレゼントを用意しているとか、後でご飯に行こうねだとか、そんなようなウキウキとした文面が並んでいた。

 

……普段の黒髪女からのちょっかいと大して変わらない内容なのに、何故かどうにもこそばゆい。

反応に困ってとりあえず適当なスタンプだけを送り返していると、その画面が目に入ったのか、髭擦くんがなんとも言えない表情で私をじっとり睨む。

 

 

「……どうせなら、俺にも予め教えといて欲しかったんだが。プレゼントとか何も用意してないぞ……」

 

「え? あぁ……や、別にそんな催促とかじゃ無いし……てか黒髪女のヤツ、なんで私の誕生日知ってんだ……?」

 

 

教えた記憶なんて無いんだが。

冷静に考えると若干ゾッとするものの、本題はそこではない。今は『親』の異変の話だと仕切り直す。

 

 

「そ、そういえばそんな話だったか……だが、お前の誕生日がそれと何の関係があるんだ?」

 

「…………、きっと、分かんなくなってんじゃないかなって。誕生日の祝い方とか、そんなん……」

 

「は?」

 

 

……今更とはいえ、何かと家族っぽい事をやりたがるようになった『親』である。

自分でいうのもなんだが、私の誕生日ともなれば絶対に祝おうとしてくるのは簡単に想像出来るし、だからこその挙動不審さなのだというのもすぐに分かった。

 

だってアイツらの足元には、十三年分の『九月六日』がぺったんこになっている。

私的にはまぁどうでもいい事ではあるけれど――『親』にとっては、たぶん違かった。

 

少なくとも、あんな風にバグり散らかすくらいには思うところが生まれてしまったんだろう。

それで色々上手く動けなくて、今日になっても「おめでとう」の一言すら形にならなくて、ついには鉄仮面が外れる程に切羽詰まって、でもやっぱりダメで――。

 

 

「――あ~~~~うぜ~~~~……!!」

 

 

なんかすげーイライラして来た。

 

あんまりにもグダグダやってる『親』もだが、それを察してしまえた自分自身もだいぶアレ。

呻き声を上げながら頭をぐしゃぐしゃ掻き回す私に、髭擦くんは何食わぬ顔でそっと数歩離れた。んだコラ。

 

 

「……よく分からんが、俺の爺さんと似たような感じか。何か素直に祝うの恥ずかしがるタイプ」

 

「んんん……そういうのとはむしろ逆っつーか……あーこれ帰ったらもっとめんどくさい事になってそうだなぁ……」

 

 

朝の体たらくを挽回するとか言って、なんか変に凝ったパーティの準備とかしてそうな予感がする。

 

おそらく数百年単位で数十万通り以上の人生経験を持つ『親』だ。とんでもなく広い範囲の分野でプロなんだろうし、それを使ってあれやこれや。

私の家の豪邸加減を踏まえると、ちょっと洒落にならないレベルの催しが開かれてしまってもおかしくはない。どうか杞憂であってくれ。

 

 

「……なー、あんたプレゼントとかはいいからさぁ、放課後お誕生日パーティ開いてくんない? お泊り会とか兼ねたヤツ」

 

「今までの話があった上でか……? 素直に帰ってやれよ、御魂雲さんがかわいそうだろう」

 

「いやだってどうする? もし帰ったら本場のオーケストラで出迎えられたり、ウン百年前のお祝いの儀とか厳かに始まったりしたら」

 

「何を想定しているんだお前は」

 

 

いやマジでやりかねないんだって。実際ガチのプロでいにしえの人なんだってアイツら。

そうウダウダとダル絡みしていると、髭擦くんは疲れたように溜息ひとつ。近くにあるファミレスやカフェのお店に通り過ぎざま視線を振った。

 

 

「……そうだな、じゃあ帰りにどこかでお祝いでもするか? 奢るくらいはしてやれるが」

 

「あ、いいの? んじゃ足フェチも呼んでさ、そこのバイキングとか――」

 

 

そう言って、さっき通り過ぎたばかりのファミレスへ振り返れば、そこは普通の民家だった。

 

 

「…………、ん?」

 

 

真っ赤な屋根がよく目立つ、こぢんまりとした一軒家。

どことなく古臭くはあるが可愛らしい雰囲気のそれが、さっきまでファミレスのあった場所にちょこんと鎮座していた。

 

…………んん?

 

 

「……? どうした?」

 

「や、えっ、と……?」

 

 

突然の意味不明な光景に思わず足を止めていると、髭擦くんが首を傾げて振り向いた。

 

私はなんと言葉にすればいいのかも分からないまま、ただ件の家屋を指差して、

 

 

「あれぇ!?」

 

 

――そうして髭擦くんから目を戻した時には、そこは既にファミレスだった。

 

見慣れた外観、見飽きた看板。たぶん全国どこにでもあるチェーン店。

赤い屋根の家なんてどこにも無い。痕跡すら残さず、綺麗さっぱり消え去っている――。

 

 

「……あそこが良いのか? 食べ放題系なら俺としても助かるな」

 

「い、いや、そういうんじゃなくて……えぇ……?」

 

 

見間違い……だろうか。

一瞬と言えば一瞬の事だったし、こう、残暑が見せた蜃気楼みたいな……いやでも、あんなにハッキリ見えてたのに……?

 

混乱と一緒に薄気味悪さが胸に渦巻き、懐の小瓶に手が伸びる。

とはいえ、今あった事が本当かどうか迷う心も小さくはなく、そのまま胸元の手前で指がウロウロと……。

 

そんな様子を髭擦くんは別の意味に捉えたらしく、軽く肩をすくめて苦笑する。

 

 

「まぁ放課後の話だしな、それまでに決めればいいんじゃないか。……あんまり高い所は割り勘にさせて貰うが」

 

「あ……」

 

 

そして若干みみっちぃ一言を最後に先に歩いて行ってしまい……残された私は、最後にもう一度だけファミレスの方を確認する。

 

けれどやっぱりそこに異常は無く、開店前で人気のない店舗が静かに佇んでいるだけ。

あの小さな家のある風景は、私の記憶の中にしか無かった。

 

 

「…………」

 

 

なんとなく、ファミレスから目を逸らさないように後退り。

そのまま他の建物の影に隠れるまで下がった後、すぐに髭擦くんの背中を追って駆け出した。

 

……どことなく古臭い、真っ赤な屋根の小さな家。

可愛らしい雰囲気を持つその家の姿が、頭の中に根を張っていた。

 

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