異女子   作:変わり身

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「家」の話(中①)

 

 

 

「――誕生日ぃ!? 言ってよー!!」

 

 

そんなこんなで登校後。

教室で足フェチを放課後の誕生日祝いに誘ってみると、やたらと大げさに嘆かれた。

 

……別に普段からよくやってるような反応なのに、今日はなんとなく据わりが悪い気がしなくもない。ぽりぽりと頬を掻きつつ、そっとあさっての方を向く。

 

 

「んな事言われたってしゃーないだろ。今日の今日まで忘れてたんだからさー……」

 

「だって前もって知ってりゃさぁ、あのスンと柔らかに伸びていた昨日までの足とバイバイする心の準備もちゃんと出来たんだよ? なのにこんな急に瑞々しい匂いを濃くした今日からの足と引き合わされて。ねぇどうすんの? アタシをどうしたいのタマ吉は」

 

「キモいキツいキモいキツいキモいキツいキモいキツい」

 

 

私なんでコレと友達やってんだろうな。

 

とりあえずそのケツをひっぱたいたろかと腕を構えていると、足フェチはふっと表情を緩め、鞄から何やらお菓子を取り出し机に置いた。

 

 

「まぁ冗談はさておいて、お誕生日おめでとうね。今これしかないけど、後でちゃんとしたのプレゼントすっからさ~」

 

「え……あ、あぁ、うん……ありがと」

 

「足のサイズは19.34だったよね?」

 

「なんで細かい数字出てくんの???」

 

 

私だって大体でしか知んねーやつだぞ。

なんかもう明らかにシューズをプレゼントする気満々で、そんな色々といつも通りの様子に逆にちょっと安心してしまう。……安心……?

 

 

「で、放課後にお祝い会ねー。正直めちゃくちゃ行きたいんだけど、でも部活がさぁ……」

 

「あー……まぁ言ってファミレスで何か食べるだけだから、そんなパーティってんでもないしさ」

 

「あーあ、せめて前もって分かってればなー。前もって分かってれば。あぁ前もって、前もって」

 

「うっせーな悪かったよ!」

 

 

などなど駄弁っていると、足フェチとの会話が耳に入っていたらしい他のクラスメイトからもぽつぽつ誕生日を祝われ始めた。

 

どれも軽い言葉がけ程度だったが、どれもどことなく擽ったい。そうしてそわそわと落ち着きなく捌いている内にホームルームの時間になり、ホッと一息。

出席確認を取る担任教師へ適当に返事をしつつ、ぼんやりと頬杖をついた。

 

 

(……なんか、普通におめでとうって言われんのな)

 

 

やっぱり、どうにも妙な気分だった。

 

いや、おめでとうと言われて嬉しい事は嬉しいのだが、あんまり実感が湧かないというか何というか。

思ってたよりぽんぽこかけられるお祝いに、若干拍子抜けている部分もあったりなかったり。

 

 

(アイツも、スッと言ってくれりゃいいのに……)

 

 

言うまでもなく『親』の事である。

朝の煮え切らない様子を思い出すとまたイラッとして、私は小さく溜息を落としつつ気晴らしに窓の外を眺め――。

 

 

「――……」

 

 

校舎から見下ろす街の景色。

敷地外に広がる住宅街の中に、赤い屋根が一つ、目に付いた。

 

……普段、私はそこらの民家の屋根の色なんて気にも留めてない。

だからきっと、それも元々そこにあった赤なんだろうけど……今日に限っては、どうにもそれが気になってしまう。

 

 

「……ち」

 

 

頭の中によぎるのは、くっきり焼き付く赤い屋根。

私は舌打ちを一つ鳴らして、窓の外から視線を逸らした。

 

 

――登校途中に見た、真っ赤な屋根の小さな家。

あの光景をどう判断するべきか、正直ちょっと決めかねていた。

 

 

だってオカルトだと断言するには一瞬過ぎたし、見間違いだと笑うにはその姿が頭に焼き付き過ぎている。

でもあれから特に何が起こる訳でも無く、ただ日常が流れていくだけ。心情的にはこのまま見間違い勘違いだったで済ませたい方に傾いて来ているけれど、果たしてそれで良いものか。

 

 

(……インク瓶からも返事ねーしなぁ)

 

 

チラリとスマホを確認し、来てない通知に肩を落とす。

 

一応、既にインク瓶に電話してはみたのだが、まぁいつも通り出やしない。

かと言って小瓶のインクの蓋を開ける程に切羽詰まっている訳でも無く、何とも歯がゆい。

 

どうせならインク瓶からもお祝いメールが来てくれれば、それにかこつけて色々聞けるんだけどなぁ。

そうして渋い顔してスマホを睨んでいると、やがてホームルームも終わり、一時限目の英語教師が教室の扉を開けた。

 

 

「はぁい、席についてくださ~い。お授業始めマッスル~」

 

 

そんなユルい女性教師の言葉に、ホームルーム後に各々出歩いていたクラスメイト達がそそくさと席に戻ってゆく。

元から自分の席に着いていた私は、そんな彼らの様子をなんとなく追いかけて……その拍子に、また窓の外に視線が行き、

 

 

(……? さっきの赤い屋根の家、あそこだったっけ?)

 

 

違和感。

 

たくさん並ぶ家々の中、さっき見た赤い屋根の位置がなんか微妙に変わっているような気がした。

いや、まぁ、そもそも元の位置を正確に記憶していたという訳でもない。これこそ普通に見間違い勘違いで終わる話、なんだけど……。

 

「…………」しばらく景色を眺めたものの、ハッキリとはせず。

そのうちに授業が始まり、そっちに意識が流れていった。

 

 

 

 

 

 

今日がめでたい日だったとしても、当然ながら授業が易しくなってくれる訳じゃない。

 

英語はやっぱりちんぷんかんぷんで、以降の教科もその大体がさっぱりぽん。なんとか板書だけはしっかりこなしているけれど、ついて行くのにも一苦労。

まぁそれもいつもの事ではあるのだが……そこに誕生日という意識が入ると、どうにも理不尽さを感じてしまうから不思議なものだ。

 

しかも今日に限って時間割りはオール座学。プレゼントでどっかに体育入れといて欲しかったなぁ……。

 

 

「はぁ……」

 

 

そうしてどうにか午前中をやり過ごし、ひいこら迎えた昼休み。

私はぐったりと机に沈み、パッとしない溜息を吐き落とした。

 

給食で少しはテンション戻せるかなとも思ったけれど、今日の献立は苦手な焼き魚と茹で野菜。

おなかは満ちても気分は逆に盛り下がり、何の気晴らしにもならなかった。ほんと今日に限って……。

 

 

(……なんか、ケチ付けようと思えば自分で無限に付けられる日だな、誕生日)

 

 

なのになのにでつい高望み。人生十四年目にしてイヤな気付きである。

 

なんとなく外で身体を動かして来る気にもなれず、私は机に突っ伏したまま昼寝の構え。

起きたらちょっとスッキリしている事に期待をしつつ、おなかいっぱい感からの睡魔にうつらうつらと身を任せ――丁度その時スマホに着信。ビクッとなって目が覚めた。

 

 

「んだよもー……、っげ」

 

 

そしてのろのろスマホを見てみれば、『親』からのメッセージが一件入っていた。

 

……どうすっかな。

私はしばらくそのまま画面を睨み……そうっと、通知をタップする。

 

――『今日の帰宅時間は、何時頃になるだろうか』

 

 

「……うーん」

 

 

これは……どうなんだろ。

いつもはメッセージ自体中々送って来ないのに、わざわざこんな事聞いてくるあたり、やっぱ私の帰宅に合わせて何か催してきそうな気配がひしひしと。

 

 

「…………」

 

 

少しだけ、人差し指が彷徨った。

しかし結局どこにも触れず、そのうちスマホの画面が暗くなる。

 

……あの変な家の事、理由にだって出来るだろが。

頭の中、じとーっとした目の私がそう呟いたが、気付かないフリをしてやった。

 

 

 

 

「――そうして、1929年頃には世界的な大不況に突入しちゃったと。これを世界恐慌と言って――」

 

(ね、ねむいぃ……)

 

 

で、昼休みが終わり、五時限目の社会。

再び襲来したおなかいっぱい感の睡魔に必死に抗い、陰気な男性教師の授業を真面目に聞く。

 

正直こんな寝ぼけ頭じゃ内容なんてまともに入って来ないけど、私の悲惨な成績じゃ居眠りやってる暇なんて無いのだ。

半ば意地になりつつ、カックンカックン頭を揺らしてズルズルの字をノートに引いてゆく。

 

そして教科書次のページという声に従い、おぼつかない指でなんとか捲り、

 

 

「……?」

 

 

そのページを開いた途端、既視感を抱いた。

 

正確には、そのページの片隅に掲載された資料写真。

当時の外国の街並みを写した風景に、引っかかるものがあるような気がしたのだ。

 

はて、何だろ。眠気覚ましも兼ねて、しょぼしょぼする目で写真を見つめ――すぐその存在に気が付いた。

 

 

(――あの家じゃん)

 

 

真っ赤な屋根がよく目立つ、こぢんまりとした一軒家。

記憶の中にあるそれと同じ建物が、ごく自然に写真の中に紛れ込んでいる。

 

白黒写真だから屋根の色までは分からないし、遠くて細かなデザインまでは分からないけど、外観や大きさなどはアレとほとんど一緒のものに見えた。

 

 

(結構年季入った建築様式、みたいな……?)

 

 

1929年頃だっけ。そんな昔の写真に写っているとなれば、そういう事なんだろう。

写真に写る他の家々と比べるとだいぶ小さくて雰囲気も違うから、民家じゃなくて何かの倉庫とかそういう可能性もありそうだけど……。

 

 

(……で?)

 

 

だから何だって話だよなぁ。

この写真に例の家に似た家が写っていたところで、ファミレスと一瞬入れ替わってた理由にはならんのである。

 

結局なんにも分かんない。私は溜息をひとつ吐こうとして、うっかり大きなあくびに誤変換。

そしてタイミングの悪い事にその瞬間陰気な教師と目が合い、慌てて口を抑えて俯い、て。

 

 

「…………、」

 

 

――目を戻した教科書。写真の中の小さな家が、別の家になっていた。

 

 

(……え? あれ?)

 

 

何度も見直したけど変わらなかった。

小さな家があった場所には周囲と同じような大きな建物が収まっており、景色自体が変化している。

 

今度は絶対に見間違いじゃない。私は徐々におなかの底に冷たいものを感じながら、じっと写真を睨み続けて――「あっ」少し焦点を引いた折、さっきよりも手前側あたりの場所に小さな家の姿を見つけた。

 

少なくとも、さっき見た時はそこに件の家は無かった筈で。

 

 

(……移動、してる? 写真の中だけど、ファミレスの時みたいに建物が入れ替わってる――……、っ)

 

 

ふと予感がして、窓の外を見た。

 

するとやはりと言うべきか、あんなにも目立っていた真っ赤な屋根がどこにも見当たらなくなっていた。

風景には落ち着いた色の屋根だけが並び、何の引っ掛かりも無いいつもの景色を見せている。

 

 

「…………」

 

 

……恐る恐る、もう一度だけ教科書の写真を見る。

小さな家はまた消えて、別の場所へと移動していた。

 

しかも、さっき見た時よりももっと手前側に。

距離が縮まりスケールも大きくなり、細部のデザインもよく見えるようになっている。私の所へ、寄って来ている。

 

――もう絶対オカルト。

確信した瞬間息を呑み、バタンと教科書を閉じ込んだ。

 

 

「……お前ねぇ、眠いのは分かるけど、せめて教科書は開いときなさいよ」

 

「…………」

 

 

その様子を見咎められたのか陰気な教師からそんなお叱りを受けたが、愛想笑いを返す余裕も今は無く。

私は急いで懐の小瓶を取り出し、ノートに向かって蓋を開け――止まる。

 

――開いたページの端に、小さな家のラクガキが描き添えられていた。

 

 

「っ……!」

 

 

屋根が赤く塗られたデフォルメの家。勿論、こんなの描いた覚えなんて無い。

 

咄嗟に次のページを捲っても家はそこにあり、次のページ、そのまた次のページもずっと同じ。

まるでパラパラ漫画のように延々と続いていて、一ページ進むごとに家の姿形が少しずつ、大きく緻密なものに書き込まれてゆく。こっちに近づいて来ている。

 

他の教科書ノートやプリント、そして常備しているメモ帳を見てみても全て似たような状態で、オカルトに干渉されているのは明らかだった。

 

 

(くそ、これインクいけんの……!?)

 

 

紙に垂らせばそれだけでインク瓶に連絡できる黒インクだが、その紙がオカルトの関わるものであった場合、大体弾けたりなんだりと別の反応を引き起こす。

それでオカルトを何とか出来る場合もあるけれど……ダメだった時は連絡も出来ず、インクも飛び散り回収出来なくなってしまう。

 

どうしよう――躊躇で小瓶を持つ手を彷徨わせていると、教師も流石に変に思ったのか、視線に心配の色を纏わせた。

 

 

「……何してんだ? 顔色とかも悪いが、体調でもおかしいのか?」

 

「い、いや……なんでも――あっ、えっとぉ、そうかもなんでぇ、保健室いっすかぁ……? けーほけほ」

 

「何で急に嘘くさくなんだよ。いいけど」

 

 

一瞬また流しかけたが考えてみれば都合が良く、許可も意外とあっさり出た。

 

「まぁ、理論上は人間誰しも風邪にはなるしな……」そんな深く考えると青筋が立ちそうな教師の呟きを背にそそくさ教室を後にして、即座に再びインク瓶へ電話する。

紙がダメならやっぱりスマホ。念のため廊下に紙屑でも落ちてないか探しながら応答を待つものの、あのスマホ音痴め今度も出ねぇ。

 

最後は留守電に切り替わってしまい、私は大きな溜息と共に頭を振って――その時視界の端を真っ赤な屋根が通り過ぎ、咄嗟に振り返る。

 

すると廊下の壁に、例の家の絵画が飾られていた。

……さっきまで、一輪挿しの華の絵だった筈なのに。

 

 

「っ……!」

 

 

私はゾッとしながら急いでその場から離れ、一縷の望みをかけてもう一度メモ帳を片手に取り出した。

しかし開いた途端見開きで描かれた家のラクガキが目に入り、即閉じる。

 

 

(っ……紙、何かどっかで無事な紙……!)

 

 

一応流れで保健室への進路を取ってはいるが、行っている暇も無い気がする。

どこか適当な空き教室や資料室にでも駆け込んで、普通の紙の一枚でも見つけられれば――そうキョロキョロと視線を振るのだが、見る場所見る場所真っ赤な屋根が映り込む。

 

窓の外、壁の模様、床についた疵の線。

目を向ける場所のどこかに必ずその家の形があり、どんどん大きく近くなってゆく。

 

そうして遂には、通りがかる教室の中にもそれは及んでしまっていた。

教室の中から授業をする生徒や教師の気配が消え去り、代わりに例の家がぎゅうぎゅうに潰され押し込まれている光景が窓越しに視えた。なんかもう意味不明すぎて、思わず強く目を擦る。

 

 

「ぐっ……き、消えねーし……!」

 

 

これまでは少し目を離しただけでその姿を見失っていたのに、今はもう目を逸らしてもずっと消えない。

それの意味するところなんて考えたくもなく、私は家でみっちりになった教室を全速力で通り過ぎ――曲がり角を曲がった先で、ピタリと足を止めた。

 

 

「……ぁ」

 

 

……前方、少し先。

まだしばらく続いて行く筈の廊下が途中で途切れ、行き止まりとなっていた。

 

立ち塞がるのは校舎のそれとは全く別の、朝から何度も見た色の壁。

その真ん中には質素な扉が一つ取り付けられており、まるで私を迎え入れようとしているようでもあって。

 

 

(――家の、玄関)

 

 

きぃ、と

幽かな金属音が響き、そのドアノブがひとりでに回った。

 

 

「う、っ……!!」

 

 

ぶわりと一斉に総毛立つ。

反射的に背を向け引き返しかけるけど、背後の教室は家でギチギチだった事を思い出す。

 

戻るのもヤバいと思った私は、その場でから足踏みつつ周囲を見回し、窓側の壁にひっそりと取り付けられた非常ドアを発見。

本当は生徒が開けちゃダメなヤツだが、言っている場合でもなく。私はすぐにドアに飛びつき、取っ手を起こして開け放ち、

 

 

「――え」

 

 

……その先にあったのは、階段ではなく部屋だった

 

テーブルが一つ、椅子が三つ、四角く分厚い古テレビもある。

そして奥には小さなキッチンと、寝室か何かに繋がる扉が幾つか。雰囲気的に一昔前くらいのリビングが眼前に広がっている。

 

それはきっと、あの小さな家の内装で。

 

 

「――、っくそ!!」

 

 

ここもダメだ。

私は焦燥に駆られるまま、次の逃げ道を探して振り返、り……、……。

 

 

「…………は?」

 

 

――そこはもう、部屋の中。

さっき見たばかりのリビング、その入ってすぐの場所に、私はひとり立っていた。

 

 

「な、んで――」

 

 

……知らない家の匂いがする。

ここで過ごした誰かの日々の、残り香だ。

 

たったそれだけで、ここが学校のどこでも無いのだと、あの真っ赤な屋根の小さな家の中に居るのだと、否が応でも理解させられてしまって――。

 

 

「!」

 

 

ぎ、ぎ。

背中で何かが軋む音。

 

ハッと振り向けば、リビングのドアがゆっくりと閉まりかけていた。

向こう側にはさっきまで居た学校の廊下の景色が覗いていて、私は咄嗟に手を伸ばしたけど間に合わず、

 

――カチャリ。戸締りの音が、埃っぽい空気を微かに揺らした。

 

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