異女子   作:変わり身

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「家」の話(中②)

 

 

 

「ちょっ……!?」

 

 

今まさに閉じてしまったドアを間髪入れずに蹴り飛ばす。

 

するとリビングのドアはあまりにもあっさりと蹴破られ、蝶番を軋ませながら跳ね開いた。

鍵が閉まった音が聞こえたからそれごとぶっ壊すつもりだったが、ここが施錠された訳では無かったらしい。

私は一瞬呆気に取られ――続けてドアの先の光景に息を呑んだ。

 

 

(――げ、玄関の、中……?)

 

 

そう、そこはもう、狭い玄関の内側だった。

 

つい直前、ドアの隙間に見えた学校の廊下の光景なんてどこにも無い。

代わりにさっき見たばかりの質素な玄関扉が目前を塞いでいて、鍵は勿論しっかりドアロックまでかかってる。私が聞いた鍵の音は、たぶんここからだったんだろう。

 

 

「だ、出せッ!! 開けろッ!!」

 

 

そして当然すぐに玄関扉を開きにかかったが、全く開かない。

内鍵もドアロックも石のように固く、私の全力でもまるで動いてくれないのだ。

 

だったらと玄関扉自体をさっきと同じく全力で蹴っ飛ばしてみても、軋みはすれど開きも吹き飛びもしない。

幾ら繰り返しても破れる気配は微塵もなく、最後に一度思い切り扉に足裏を叩きつけ、肩で大きく息をした。

 

 

「くそっ……何なんだよぉ、これぇ……!」

 

 

今何が起きているのか、私は何をされているのか、何もかもが本当に理解出来なかった。

 

もはや恐怖よりも混乱と焦燥が頭を埋め尽くしてゆく中、私はよろよろと懐の小瓶に手を伸ばす。

オカルトのラクガキ塗れになった手帳を使うのは不安でしょうがないが、流石にもう躊躇っている場合じゃない。とにかくインク瓶と連絡を……と、そこでピタリと固まった。

 

 

「……え? あ、あれ?」

 

 

――小瓶が、無い。

 

どれだけ懐をぺたぺたやっても指にかからず、それどころかそれを収めていた内ポケットすら見つからない。

私は頭を中身まで真っ白にして、慌てて服を引っ張り確認し、

 

 

「――は?」

 

 

――私の着てる服が、全く別のものに変わっていた。

 

さっきまで、上下共に学校指定の制服だった筈なのに。

それがいつのまにか柄物のTシャツと膝丈パンツになっていて、玄関扉を踏みつける足も上靴じゃなくて見た事のない靴下だけになっている。

更には引っ張った服の中に見える下着すらも別物で、上から下まで全部着せ替えられていた。

 

……そりゃ、ポケットの中身だって、全部入れ替わってるに決まってる。

震える指で手帳を入れていた場所も探ってみれば、使い古したポケットティッシュが一つだけ――。

 

 

「……こっから、まだ意味分かんなくなんの……?」

 

 

いい加減にキャパオーバー。

私は頭を抱えてしゃがみ込み、そのまましばらく立ち上がる事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

不幸中の幸いというべきか、スマホだけは失われずに済んでいた。

 

インク瓶に電話したきり、今の今までずっと片手に持ったままだったためだろう。

当然ながら電波は通らず圏外だったけど……素寒貧の手ぶらじゃないと分かっただけ、少しだけ気分が落ち着いた。

 

 

「はぁ……でも、どうしろってんだよ……」

 

 

そうしてどうにか冷静さ取り戻し、改めて玄関扉をぐったり見上げた。

 

何の変哲もない質素な扉にしか見えないが、しかしその鍵は何をやっても動かせず、開かない。

もしかしたら仕掛け扉かとも思ってあちこち触ってみるけれど、そういった訳でもなさそうだ。結局何も見つからず溜息だけを落とし……仕方なく、背後を振り返る。

 

 

「…………」

 

 

見えるのは、私に蹴っ飛ばされ開きっぱなしになったドアと、リビングの中。

散々騒ぎ散らした筈だがやっぱり人の気配は無く、さっきと同じ光景のまま変わらない。

 

……玄関から出られないのであれば、あっちの方に行ってみるしかない訳で。

 

 

「う、うぅぅ……」

 

 

往生際悪くもう一度小瓶と手帳を探してみるけど、やっぱりどこにも見当たらない。

それらが入った制服が近くに畳まれているといった事も無く、細く呻いて項垂れた。

 

 

「くそ、どこ行ったんだよぉ……つーか何でこんなん着てんだってぇ……」

 

 

いつの間にやら着せ替えられてた、知らん服。

若干くたびれてる感じがするので古着っぽいけど、いや誰のだよ。

 

なんか微妙にダサいしそもそもサイズ合って無くてぶかぶかだし、こんなの私に着させてどうしたいんだ。

この下着も誰かの着古しだったらと考えると、生理的な嫌悪感が半端ない。いっその事すっぽんぽんに脱ぎ散らかしたい衝動もふつふつと。

 

 

(……ああもう、ウジウジするだけ変な事考える)

 

 

勿論、そんなアホやってられる状況じゃない。

私は衣服への気持ち悪さをなるべく考えないよう努め、誤魔化し先にリビングの方をねめつける。

 

そして決心の一呼吸を挟んだ後、ぶかぶかの衣服を抑えて立ち上がり――ふと、玄関内に散らばる靴が目についた。

 

 

「……?」

 

 

これまでのアレコレで蹴散らしてしまっていたらしき、二足の靴。

それぞれ男物と女物のようで、乱雑に四方へ転がっている。

 

その他に靴は見当たらず、小さな靴棚もがらんどうで……どうしてか、私はそれに違和感を抱いた。

しかしそれはささやかなもので、その正体も分からない。すぐにどうでもいい事として流れ、私はこの場を後にした。

 

 

 

 

 

再び足を踏み入れたリビングの中は、さっきと同じく静かで埃っぽい空気が流れていた。

 

私があれだけ玄関で騒いだというのに誰の姿も見当たらず、他のドアが開いた形跡もない。

どうやら本格的に無人のようで、私は詰めていた息を少しだけ吐き出した。

 

 

(――窓?)

 

 

そうして冷静になって部屋の中を眺めれば、右の壁の半分をカーテンが覆っている事に気が付いた。

 

玄関の方ばっか気にしてて気付かなかった。

慌てて駆け寄り捲ってみれば、小さな庭へと続く窓。当然ながら施錠されていて、玄関扉のものと同じく動く気配は無い。

 

窓ガラスだったら普通に割れやしないかと、ほどほどの力で殴りつけてもみたものの、手応えは無し。

ヒビが入るどころか軋みもたわみもせず、前に黒髪女と一緒に閉じ込められたビルの時と同じような閉鎖具合だとすぐに察した。

 

 

(最悪……ってか、外どうなってんだ……?)

 

 

殴った拳をヒラヒラ振りつつ、窓の外に広がる景色に眉が顰まる。

 

一応学校の廊下でこの家に取り込まれた筈なのだが、外の庭はもとより、それを囲む塀の向こうも、屋外として普通に続いているように見える。明らかに校内じゃなかった。

 

 

(……こっから出られたとして、帰れんの、これ)

 

 

この景色が街のどこかならまだ良いが、そうでなかった場合大変な事になる。

いや、もしかしたら、異界やら夢幻やらのアレである可能性もある訳で……。

 

そんなイヤな想像にどんどんとおなかの底が冷たくなって、振り払うように乱暴にカーテンを引っ張った。

 

 

(と……とりあえず、一通り見て回ろ……悩むの、そっからで……)

 

 

既に色々手遅れな気がするが、一旦後回しにして窓から離れる。

 

そして奥のキッチンを覗いてみれば、低い背丈の冷蔵庫の奥に勝手口があった。

……が、これもやっぱり押しても引いても微動だにせず、これまで同様開く事は無かった。

 

まぁ予想通りと言えばその通りだったのであまり落胆もせず、次の場所へ。ダボつく靴下をズルズルさせつつ、出口を探して別室へのドアを開けてゆく。

 

 

(ええと……トイレと、お風呂と……こっちは寝室。物置に、それと……)

 

 

一階建ての小さい家ではあったが、一通りの部屋は揃っているようだった。

全体的に古臭い感じのする一方、私の無駄に広い家より遥かに纏まりも雰囲気も良い。こんな状況でなければ、いつかこんな家で一人暮らしをしてみたいとすら思っていたかもしれない。そんな家。

 

しかし外に出られる場所はどこにも見つからず、実際にはこのクソ家がという悪態がただただ募っていくばかり。いっそ燃やしたろか。

 

 

(ここは……子供部屋かな)

 

 

そして最後に残ったドアを開ければ、女の子っぽい内装が目についた。

小物の雰囲気的に、たぶん私と同じくらいの年頃だろうか。リビングの椅子の数からうっすら察してはいたが、住人は両親二人と子供一人の三人家族だったらしい。

 

一応小さめの窓はあったが当然の如く開かず、肩を落としてリビングへ戻った。全滅だ。

 

 

「くそ……なら、なんか隠し扉とか……!」

 

 

言ってて自分でも鼻白んだけど、元からめちゃくちゃな家なんだから絶対無いとも言い切れない……筈。

 

私はすぐさま手近な壁に飛びついて、意味深に入った線とか色の違う部分とか無いか、都度ズレる服を直しながら探し回り――突然、背後でカタンと音がした。

 

「っ!?」バッと振り向けば、床に写真立てが転がっていた。

壁を触ったり叩いたりの揺れで、タンスか棚の上から落っこちたようだ。

 

んだよビビらせやがって……イヤな跳ね方をした心臓を抑えて息を吐いていると、中の写真が目に入る。

 

穏やかな雰囲気の男女と、その真ん中に立つ中学生くらいの女の子。

かなり前の写真のようで紙自体は黄ばんで色褪せていたが、三人の幸せそうな笑顔はハッキリとそこに残っていて……。

 

 

「……ご、ごめんて」

 

 

それを見ているとなんだか罪悪感が湧き、いそいそ拾い上げてやる。

いや、この家にされてる事を考えれば、むしろ謝られる立場なのだが――と、

 

 

「っ?」

 

 

くらり。

いきなり眩暈に襲われ、たたらを踏んだ。

 

咄嗟にテーブルに手をついたものの……その頃には既に何ともなくなっていた。

後に引きずる気分の悪さみたいなものも、まるでなし。

 

 

(……まぁ、気疲れくらいするよな、こんなん)

 

 

私は特に深く考えず、そのまま持っていた写真立てを適当にテーブルに置き――その裏側に、何か書かれている事に気が付いた。

 

写っている家族の名前だろうか。『■■■』という名字の横に、それぞれの名前が三つ並んでいて――。

 

 

「――こと?」

 

 

その、最後。

たぶん女の子の名前の所に見慣れた二文字を認め、もう一度写真をまじまじ眺めた。

 

黒髪を三つ編みにした、そばかすの可愛い素朴な子。

見た通り家族仲もよさそうで、同じ名前で色々真逆な有様に思わずちょっと笑ってしまう。

 

 

「……まさか、『こと』違いでこの家に、とか……いや無いな」

 

 

同じなのは名前の響き二文字分だけで、他の全部がダダ外れ。どう考えても間違える以前の問題だ。

私は溜息と共に写真立てを置き……軽く埃を払ってやって、背を向ける。

 

とりあえず今は、この家に隠し扉があるか無いかだ。

私はぴったりの靴下をペタペタさせつつ、壁叩きの作業に戻って行った。

 

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