異女子   作:変わり身

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「家」の話(中③)

 

 

 

結果として、隠し扉の類は見つからなかった。

 

リビングだけじゃなく全ての部屋の壁や床を探り回ってみたのだが、ぜんぶ空振り。

ただ舞い上げた埃に咳き込むだけに終わり、徒労感がずっしりとのしかかる。

 

なんだか物理的にも身体が重くなってる気さえして、最後に調べ終えた子供部屋の壁に背中をくっつけ、そのままズルズルと尻もちをつく。

 

 

「が、ガチの八方塞がり……」

 

 

出入口は無く、助けも呼べず、隠されたアレコレも無しと来た。

ここからどうやったら帰れるのかもう見当もつかず、呻き声しか出て来ない。

 

……一応、念のため、もう一度スマホでインク瓶の番号を呼び出してみるけれど、当然圏外アナウンス。

私は苛立ちのままスマホをポケットにしまい込もうとして、また小瓶や手帳みたいに消えたらコトだと片手に握るままにした。これまで失くしたら泣くかんな私。

 

 

(くそぉ……他に、他に何か無いんか……出られそうな感じのとこ――)

 

 

そうして焦燥に駆られながらキョロキョロ子供部屋を見回して、やがてハッとして上を見る。

 

……そうだ、天井。そういえばあそこまではまだ調べていなかった。

もしかしたら、屋根裏から外に出られる所があるかもしれない――そんな根拠なんてどこにも無かったが、今はその希望に縋るしかなく。

 

私は弾かれるように立ち上がると、手近な本棚の上へと勢いよく飛び乗って、

 

 

「――あっ、んがッ!?」

 

 

しかし、失敗。

本棚の出っ張りにひっかけた足がズルッと滑り、そのまま派手に身を崩した。

 

まず本棚の段に額をぶつけ、そのまま頭から床に落っこち視界いっぱいに星が散る。

おまけに本棚まで倒れ込んで来て、私はぶちまけられた本と一緒に圧し潰された。大事故。

 

 

「いっっっ……てぇぇぇぇぇ……!!」

 

 

思い切りゴロゴロのたうち回りたいところだったが、身体の上に積もった本と本棚にそれも叶わない。

 

古紙の匂いの中で苦痛に耐え、多少落ち着いた所で芋虫のように這いずりどうにか脱出。

未だジンジンと痛む頭を抑えつつ、身体を丸めてか細く唸る。

 

 

(ぬぐぁぁぁ……そ、そうだった、服とかぶかぶかなんだった……!)

 

 

そんな状態で飛び跳ねればそりゃこうなるわこのおバカ!

 

身体の反応自体もなんとなく鈍かった気もするが、それも合わない服のせいだろう。

せめてズルズルの靴下くらいは脱いでおくべきだったと後悔しつつ、私はよろめきながら身を起こし……、

 

 

「――あれ?」

 

 

足元を見下ろせば、靴下がぴったりになっていた。

 

さっきまでは爪先から余りがダボッと伸びていたし、踵を収める部分だってふくらはぎ近くまでズレていた筈だ。

なのにどう言う訳だかそれらが全部正され、ぴったりサイズになっている――。

 

 

(今すっ転んだので縮んだとか……んなワケ無いよな)

 

 

……まぁ、言っておそらくオカルト製の衣服である。

何が起こってもおかしくは無いのかもしれないが……勝手にサイズ合わせてくるってのは、何かの意思を感じてかなり気色悪かった。

 

途端足先からゾワゾワと鳥肌が立ち、私は衝動のままそのぴったり靴下を脱ぎ捨てた。のだが。

 

 

「……んー?」

 

 

そうして顕わになった素足にもどこか見慣れなさを感じて、首を傾げる。

 

何かシルエットが変な気がすると言うか、肉付きが良いように見えるというか……自分の足をじっくり眺めた事なんてあんまり無いが、私の足ってこんなんだっけ。いや実際こんなんだけれども。

 

さっき思い切り玄関扉を蹴ったりしたし、それで筋肉張ってんのかな。軽く手で揉み解しつつ、今はひとまず天井だと倒れた本棚を引き起こしにかかる。

 

この部屋の中では、この本棚が一番背が高く天井に近いのだ。

勉強机やタンスでもいいと言えばいいのだが、細かく調べる事を考えると、この本棚を足場にしたいところだった。

 

 

「ぐ、おんもっ……、っと」

 

 

そして何故かやたらと重たく感じる本棚に奮闘する中、棚の中から本が幾らかバサバサと零れ落ちた。

倒れた時に落ち切らず、奥の方で詰まってるのがまだあるらしい。

 

とりあえず空っぽにした方が軽くなるかと、私は本棚の隙間に手を突っ込み、指に当たった適当な数冊を引き抜いた。

すると雪崩のように本が落っこち、それでどうにか本棚を引き起こす事に成功。元の位置に戻したそれを前に、汗を拭って息をひとつ。

 

 

(……つか、冷静に考えると大概な事やってんな、私……)

 

 

知らん女の子の部屋に無断侵入し、本棚に乗ろうとしてズッコケ倒し、挙句わざと本を床の上へと撒き散らす。

泥棒というか、もはや民家に迷い込んだ野生動物の趣である。

 

リビングで見た家族写真、たぶんこの部屋の持ち主であろう『■■■ こと』の顔がふとよぎり、後ろめたさがちくりと差す。

そうして逃げるように本の山から視線を逸らし――その先、遠くの方に落ちていた本の一冊が目に留まる。

 

 

「日記……」

 

 

それは普通の学習ノートにそうタイトル付けがされただけの、シンプルな日記帳だった。

 

『■■■ こと』のものだろうか。表紙の端に1970年代の年月日が記されているあたり、かなり前の時代の女の子だったようだ。

見回せば他にも日記帳と書かれたノートが幾つも散らばっていて、コツコツ続いた彼女の日課であった事が窺える。

 

「…………」まぁ、特に変なもんでもない。

まずは天井を調べなければと、私は本棚に爪先を引っかけよじ登った。

 

 

 

 

 

それからしばらく天井を調べてみたが、特に変な所は見つけられなかった。

 

ちょいちょい本棚の位置を変えてあちこち探れど、壁や床と同じく仕掛けは無し。

二階へ繋がる階段が出てくるなんて事も無く、私の額のコブは完全に無駄骨だったと確定した訳である。ちくしょう。

 

 

「はぁ……首はいてーし疲れたし……」

 

 

ずっと上を見ていたせいで首筋が悲鳴を上げている。

これを最悪あと全部屋分繰り返すと考えると辟易するけど、グチグチ言い出したらキリがない。

 

私は引き攣る首をぐるぐると回しながら、次の部屋を調べるべく子供部屋を後にして――ちらりと、先ほどの日記に目が向いた。

 

 

(……うーん、なんかなぁ……なんだろ……)

 

 

自分でもよく分からないけれど、妙に気になる。

別に違和感や引っ掛かりといったものがある訳では無いのだが……どうしてだか、うっすらと懐かしさのようなものを感じてしまっていた。

 

 

(日記なんて、夏休みの絵日記でしか書いた事無いんだけどなぁ)

 

 

なのにどうしてそんな気持ちになっているのか。

首を傾げつつ、とりあえずその感情の導くまま落ちている一冊を手に取ってみる。

 

……他人の日記を開くというのに、不思議と呵責は浮かばなかった。

 

 

『五月■日(土よう日)。はれ。

 今日は、ふさえちゃんと、としょしつで、ご本をよみました。わたしは、いっさつだったけど、ふさえちゃんはにさつで、すごいなとおもいました』

 

 

(……小学校の低学年の時とか? 長くやってんな)

 

 

その子供らしいふにゃふにゃの筆跡に、思わずほっこり。

ペラペラ流し読んだ限りでは、どうやらもっと小さな頃に日記を書いてみようという宿題が出た事があり、そこからずっと続けているというような事が書いてあった。

 

真面目というかマメというか……半ば感心しながら、また違う日記に手を伸ばす。

日付はそれから数年後、高学年の時の一冊だ。

 

 

『十二月■日(火曜日)。雨。

 今日はテストの日だった。一応、毎日の予習復習は欠かしていないけど、やっぱりきんちょうはした。

 てごたえとしては八割くらい? 今回は算数百点とりたいな』

 

 

(ぐ、ぐ……や、まぁ、小学生のテストだもんな? そんなそんなだろ、そんなそんな……)

 

 

記憶の中にある小学生時代のテスト結果から全力で目を逸らし、日記を放り捨ててまた次の一冊へ。

そこにもとりとめのない日常の記録がつらつらと続いていて、『■■■ こと』とその家族が本当に普通の一家だったという事がありありと伝わった。

 

読んでいる内、その穏やかな日々の情景すら浮かんでくるようで――だからこそ、何でこんなオカルトの中にあるのかと疑問にも思う。

 

 

(元々、こういう形のオカルトなのか、それとも、この一家が……)

 

 

……日記の中に、何かそれっぽいの書いてないか?

 

表紙の日付の中から新しめの物を選んで開いてみるが、不穏な記述はひとつも無し。

かといって昔に遡ってもあんまり意味は無いだろうし……と思っていると、勉強机の棚に収まる同種類のノートが目に入る。

 

あれが現行のヤツかな。そう思って手を伸ばせば、その通り一番新しい中学二年生時の日記帳だった。

これも躊躇いなく開き、書きかけで終わっている月の記録を追ってみる。

 

 

『九月一日(火曜日)。快晴。

 今日から学校が始まった。私は少しうれしかったけど、友達はぶうぶうとむくれている子も多かった。

 宿題をやって来なかった子も結構居たみたいで、一人一人先生に木刀でゴツンとされていた。ああならないよう、これからもがんばろう』

 

 

偶然にも、今現在と同じく九月の出来事。

この頃には筆跡もしっかり整っていて、もう私より字が上手くなっていた。

 

この時代特有のバイオレンスさは多少感じるが、それもまぁ日常の一ページではあるのだろう。

その後も何行か続いていたが読み飛ばし、次のページへ。

 

 

『九月二日(水曜日)。曇りのち小雨。

 今日は帰りに本屋さんに行く予定だったけど、雨だったので中止にした。

 あさって誕生日プレゼント選びでお母さんと一緒に行く予定だし、楽しみはその時までとっておこう。どの本を買おうか、今から楽しみ』

 

 

雰囲気的に誕生日が近かったようだが、それで本を頼むあたり相当な本好きであった事が窺えた。このデカい本棚と本の山にも納得である。

 

その後のページも似たような日々の記録で、すぐに最後のページへと辿り着く。

 

 

『九月五日(土曜日)。雨。

 明日は私の誕生日。お父さんはお仕事だけど、帰りに大きなケーキを買ってきてくれるみたい。やった!

 房江ちゃん達もお祝いしてくれるとの事で、ムツさん(ツが分かんなかったからカタカナで。ゴメン!)は新しいおまじないを見せてくれるそう。昨日の本屋さんに新作のオカルト本があったから、それかな?

 ともあれ、明日が楽しみだな』

 

 

…………。

これっきり、日記は終わっていた。

 

幾らページを捲ってもずっと空白が続いていて、楽しみだという明日の日付はどこにも無い。『■■■ こと』という少女の日々が、九月五日を最後にぷっつりと途絶えていた。

 

 

(……この次の日が、誕生日……)

 

 

それはつまり、九月六日という事で。

今現在の、今日という日で……私と同じ、誕生日で……。

 

 

「…………」

 

 

ぱたむ、と。

閉じた日記を勉強机に挿し戻し、私は今度こそ子供部屋を後にした。

 

 

 

 

 

次に見上げたリビングの天井は、他の部屋に比べて高めだった。

 

とはいえそもそもが小さな家なので、ここも適当な家具に乗れば手が届く程度ではある。

私は子供部屋のドアを後ろ手に閉めつつ、まずどれを足場とするか見定めて――ふと、近くのタンスの引き出しから何かの切れ端が覗いているのが目に付いた。

 

 

「――……」

 

 

さっきの日記の時と同じだ。

別に気にかけるようなもんでも無いのに、どうにも意識が向いてしまう。

 

もっとも、今回抱いているのは懐かしさなんて感傷的なもんじゃなく、胸騒ぎに近い気がした。

どこか落ち着かない気持ちで、しばらくそれをじっと見つめ、

 

 

「っ……」

 

 

また、眩暈。

先ほどよりも強く感じるそれに堪らず数歩よろめいて、件のタンスに手をついた。

 

……何かの切れ端は、目と鼻の先。

ゆらゆらと揺れる視界の中、私は少しの間躊躇って……やがて、恐る恐るとその引き出しに手をかけた。

 

 

「――『女の子を探しています』……」

 

 

出て来たのは、そんな文言が大きく書かれた、手作りポスターだった。

 

一度貼り付けた写真か何かを引き剥がしたのか、紙面のあちこちに糊の痕の付いた空白が開いた未完成状態となっている。

たぶん作ってる途中でどこかをしくじり、糊付けしたものだけ剥がされ雑に捨て置かれたんだろう。

 

それでもある程度までは読めたので、震える瞳で文字を追う。

 

 

(……九月六日、午前中にお友達と出かけて来ると行ったきり、帰って来ませんでした。もし覚えがありましたら、下記の連絡先まで――)

 

 

手書きの筆跡は綺麗に整っていたけど、内容が内容だけに一層の悲壮感が伝わって来るようだった。

 

そしてとある空白部分の下には、その女の子の名前が――『■■■ こと』の名が載っていて、一緒に当時着ていたという衣服の詳細と、簡単なイラスト描きが並べられていた。

 

柄物のTシャツ。

膝丈パンツ。

見覚えのある靴下に、シンプルな白いスニーカー。

 

――靴下と靴を除いて、今の私が着てる服。

私は反射的に自分の衣服を見下ろして――思考が、止まった。

 

 

「――……? ぇ……は?」

 

 

……いつの間にか、衣服のサイズがぴったりになっているのは別によかった。

いや、よくはないが、既に靴下で見た現象だ。今更驚く事も無い。

 

問題は、衣服の下。布越しに浮き出る私の身体、そのライン――。

 

 

「――誰、これ」

 

 

――そこにあったのは、十四年間付き合い続けた身体じゃなかった。

 

肩幅が広がり、胸はいつもよりふっくらとしていて、二の腕も手指も丸っこく、腰回りにも肉がある。

足もさっき見た時より明らかに短くなっていて――瞬間私は総毛立ち、衝動のまま自分の姿を映せるものを求めて駆け出した。

 

そしてすぐさまお風呂場へのドアに縋りつき、体当たりで飛び込んで、

 

 

「――ぁ、」

 

 

……洗面所の鏡。

それに映った私の姿は、思った通り私じゃない。

 

首から上と肌の色こそ変わっていなかったけど……それ以外のほとんどが、別の形になっている。

 

腕も胸もおなかも足も、薄くて細っこいのじゃなくて。

ほどほどの厚みと太さを持った、きっと普通の、どこにでも居るような女の子の――。

 

 

――『■■■ こと』。

 

 

……衣服とピタリと噛み合う身体を、そう呼べば。

鏡の顔に小さなそばかすが浮き、鼻の頭に散らばった。

 




今回が今年ラストの更新となります。
今年も拙作にお付き合い頂き、本当にありがとうございました。来年も末永くお付き合い頂けますと嬉しいです。
主人公はなんだか大変そうですが、皆様はよいお年を~。
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