異女子   作:変わり身

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「家」の話(下)

 

 

 

「………………」

 

「……何やってるんだ?」

 

 

気付けば、私は学校の廊下に立っていた。

 

非常ドアの前で取っ手を握り、開けるでもなくただ呆け。

そうする内にかけられた声に振り向けば、怪訝な顔した髭擦くんが立っていた。

 

 

「……え、ぁ……何、って……?」

 

「いや……さっきからそこでぼうっとしてるだろ。……開けるのか?」

 

 

聞けばどうやら今は五時限目の休み時間に入ってすぐのとこらしく、髭擦くんは移動教室で実習室に向かう途中だったようだ。

それで非常ドアの前で動かない私を見かけ、声を掛けてくれたようだが……あれ、私ここで何してたんだっけ。

 

まるで頭に霞がかかっているかのようだった。

そうして何故かやたらと回りの悪い思考を苦労して回し、何があったか思、い、

 

 

「――――」

 

 

家。

『■■■ こと』

身体。

両親――。

 

瞬間的にあの家の中での記憶が蘇り、頭の中が激しく揺れた。

 

咄嗟に窓ガラスを見れば、映るのは私の――『御魂雲 異』の顔。

目の前に掲げた手腕も、持ち上げてみた足も、白くて細っこい私のそれ。引っ張った服の内側だって見慣れたいつもの薄っぺらで、動作感覚も軽々と。

 

――『■■■ こと』の面影は、身体のどこにも残っていない。

それを心の底から確信し、私はぐったりと非常ドアにもたれて深い溜息を吐き落とした。

 

 

「うあー……この身体で嬉しいって思ったの、初めてかもしんねー……」

 

「何の話かよく分からんが……で、どうしたんだ、結局」

 

「んー、あー……」

 

 

……何を、どう言ったらいいんだろう。

 

私自身まだ混乱している部分も多く、上手く考えが纏まらない。

いっそ全部が白昼夢だとも思えたが、『■■■ こと』の身体での感覚全てが生々しく残っている。

 

重たい肉に鈍い反射。ろくに動けない事への酷い不安と、私のじゃない吐息が鼻を抜けてく気持ち悪さまで。

全部ハッキリと覚えていて、あれらが幻覚だったとは到底思えなかった。

 

そうして暫く唸り悩んだ末、非常ドアをすこーしだけ開けてみるけど……当然、その先にあのリビングの光景は無く。

私はそれにホッと息を吐きつつ、手持ち無沙汰にまた唸り――ふと、片手に握ったままのスマホに目が行って……。

 

 

「……ぐ、ぬぬぬ……!」

 

「……まぁ、言いたくないなら別にいいが」

 

 

その画面を見て渋面を浮かべる私に髭擦くんは引いた顔をして、そそくさと立ち去ろうとする。

……私はだいぶ躊躇いつつも、溜息と共に彼の制服の裾をつまんで引っ張り留めた。

 

 

「……何だ?」

 

「や……あの、放課後の話なんだけどさ」

 

「……あぁ、誕生日祝いか。行きたい店が決まったのか?」

 

「そうじゃなくて……ええと、それさ――延期にして貰ってもいい?」

 

 

そう言えば、髭擦くんは白目を一度ぱちくりとした。

そこには何の揶揄も含まれてないと分かってはいるのだが、どうにもこっ恥ずかしく感じて誤魔化すように続ける。

 

 

「そのー……足フェチに言ったらさ、来らんないって言ってて。すげー残念がってたから、予定合わせっつーか……」

 

「俺は別に構わんが……いいのか? 家に帰るのが億劫とかの話からだった気がするんだが……」

 

「うぐ」

 

 

今まさに突かれたくないとこを直球で突かれ、口籠る。

そしていたたまれなさに目を逸らしつつ、ぽつりと答えた。

 

 

「――……帰る。まっすぐ、帰ってやる事にした……」

 

 

……それを聞いた髭擦くんは、再びぱちくりと瞬きひとつ。

やがて小さく笑い、「それが良い」と頷いた。

 

 

 

 

 

 

『■■■ こと』と軽く検索してみたところ、場末のオカルトサイトに未解決事件の一つとして詳しいところが載っていた。

 

何でも当時は第一次オカルトブームとかいうイヤな時勢の影響が色濃く残っていた時代だったらしく、それなりに面白おかしく騒がれていたらしい。

多くはあの家で見た新聞と同じ内容だったけど、その後の事――両親の顛末が少しだけ記されていた。

 

もっとも、深く調べられてはいないようで、確かな事は書かれていない。

娘と同じく行方不明になったとか、夫婦揃って心中しただとか……母親の方が新興宗教にハマって完全に家庭崩壊した、とか。

憶測混じりの妄想が楽しそうな文体でつらつら続いていて、途中で見るのを止めてしまった。

 

でも、あの家の中に残されていたものが実際にあった出来事だというのは、過去に刻まれた確かな事実のようだった。

 

 

「…………」

 

 

……あの『家』がどういう存在で、どうしてあんな風になってしまったのか。

少しだけ垣間見たものはあるのかもしれないけど、それだけだ。理解出来なかった事の方が大半で、いつもと同じ、意味不明なオカルトの一つでしかないという事に変わりは無い。

 

けれど――私をかえしてくれたその理由だけは、ちゃんと分かっているつもりだった。

 

 

 

 

 

「うー……」

 

 

放課後、まっすぐ帰った家の前。

どっかの赤い屋根の家とは比較にならないほどでっかい玄関扉を睨みつけ、威嚇の構え。

 

ドアノブを取ろうとしては手を引っ込めてを延々と繰り返し、最初の一歩が踏み出せない。

ここまで来ておいて往生際が悪いとは自分でも思う。思うがしかし、しょうがなかった。

 

 

「ううぅぅ――ふ、ふんっ!」

 

 

とはいえいつまでも渋っていたら、やっぱり家に帰りたくないんだと取られて、再びあの家に引きずり込まれかねない。

ので、一度深呼吸していい加減に腹を決め、一息にドアノブを握り玄関扉を開け放つ。

 

 

「――……」

 

 

いつもの玄関だった。

 

間取りが狭く変わっていたり、空気が古く褪せていたりもしない。

無駄に広いクセに靴は少なく、棚の花瓶の桜の枝から淡い香りがほんのり漂う、見慣れた空間。私の家。

 

「……は」小さく息を吐き、適当に靴を脱ぎ散らかしてロビーに上がる。普段はちゃんと揃えてるけど、今はそんな気になれなかった。

足早に廊下を抜け、人の気配のするリビングへ。鼓動が少しずつ激しくなるのを感じつつ、いつもより乱暴にそのドアを開け――。

 

 

「…………、おかえり」

 

 

出迎えたのは、予想通りの無表情。

リビング中央のテーブルに(えだなし)の身体で座った『親』が、私に冷たい視線を向けている。

 

……そこで、やっと。ずっとおなかに入っていた力が、ほどけた気がした。

 

 

「た……ただ、いま」

 

「……、……ああ」

 

 

そして縺れる舌で声を返せば、あっちもやたらとぎこちなく頷いた。

それきりお互い黙り込み、気まずい沈黙が部屋に満ちる。

 

……え、ええっとぉ……。

 

 

「……あ、そうだ、あの、メッセージ見た……んだけど……」

 

「!」

 

 

ビクゥ! と『親』が分かりやすく動揺した。

 

私も直球で行き過ぎた気がして来たが、言っちゃった以上は仕方ない。

取り出したスマホを振りつつ、今更ながらの何気なさを装って歩み寄る。

 

 

「その、伝えたい事ってのはなん……ですかね。こんな、わざわざ送って来て……」

 

 

我ながら相当に白々しかった。

 

しかし『親』は気付かない……いや、気にかけるだけの余裕が無いのだろう。

無表情のままあちこちキョドキョド視線を散らし、フシンフシンと身体を揺らす。

 

やがて遂にはその無表情も崩れ、朝のように十の顔つきとなり――瞬間、両頬を手で挟むように強く張り、その衝撃でか無理矢理に『親』へと戻った。

いきなりの事に硬直した私だったが、かわりに今度は『親』の方が席を立ち、近づいて来る。

 

 

「え、ちょ――」

 

「…………っ」

 

 

半ばヤケクソじみた雰囲気。

ずんずんと迫る『親』は私の目前でピタリと止まると、徐に懐の中から何かを取り出して――。

 

 

「誕、生日――……おめで、とう」

 

 

ガチガチになりながら、私にその小箱を差し出した。

 

 

「…………ぇ」

 

「……プレゼントだ。誕生日の……そう、バースデープレゼント……で、誕生日の……」

 

 

何回言うねん。

だいぶおかしな様子だったが、こっちも人の事は言えなかった。

 

どうしてか手が小刻みに揺れ、小箱を掴み損ねてしまう。

何度かそれを繰り返した後、ようやっと手の中に収める事が出来て……でも、そこからどうしたらいいのか分からなくなり、『親』とプレゼントを交互に見つめた。

 

 

「……よければ、開けてみなさい」

 

「い、いいの……?」

 

「『よければ』は、お前が決めるものなのだが……」

 

 

困ったような言葉を受け、私は箱を傷つけないよう慎重に開封。

おっかなびっくりの手つきで、中身をそっと取り出した――と。

 

 

「――手帳?」

 

 

そうして現れたそれは、懐に収まるサイズの小さな手帳だった。

 

白を基調として数本の赤いラインが重なった、どことなく私のカラーリング。

表紙の左上隅には大きめのガラス玉を中心にした装飾も施されており、結構オシャレな感じだ。

 

試しに開いてみれば、罫線の無い無地のページが収まっていて――「っ!?」突然『誕生日おめでとう』と黒文字が浮かび、ギョッとする。

それはすぐに紙の中へ吸い込まれ、跡形もなく消え去ったけれど……明らかに、インク瓶のおまじないだった。

 

 

「……お前がインク瓶と呼ぶ彼に頼み込み、拵えてもらった。オカルトに対し、多少は意味のあるものだ」

 

「………………」

 

「機能についての詳しい説明は後でするが……お前の日々の、小さな助けにはなるだろう」

 

「……………………」

 

 

……年頃の娘への初めてのプレゼントが手帳かよ、とか。

結局これで何が出来んの、とか。

そもそもこれが朝の時に渡されてたら、たぶん今日一日何か違ってたよな、とか。

 

色々思う事もあった気がするけど――全部まるっと吹っ飛んで。ただただじぃっと、手帳を見つめた。

揺れる視界。唇を引き結び、手の中にある紅白のそれを、いつまでも。

 

そして『親』は、そんな私の反応を悪い風に取ったのだろう。

どこか焦ったような、不安そうな様子で、おずおずと()()手帳に手を伸ばしてくる。

 

 

「その……気に入らないのであれば、構わない。他の……お前の欲しい物があれば、言ってくれれば今からでも用意できるから――」

 

「――取んなっ」

 

 

その指からひらりと逃れ、深く、深く、手帳を胸にかき抱く。

 

 

「いいから、これで。別に変な風になんて思ってない……だから、いい、取ってかないで……」

 

「……そう、か」

 

 

私の言葉に『親』は戸惑った空気を出しつつも、どこか嬉しそうでもあった。

 

そしてまたお互い黙り込み、沈黙。

けれど、その色合いはさっきとはだいぶ違うように感じた。気まずいというより、これは、むしろ――。

 

 

「――……っ」

 

 

ああ、なんかもう、そろそろ限界だった。

 

手帳を抱える胸の奥から、じわじわと溢れ出て来るものがある。

これ以上ここにコイツと留まっていたら、堪え切れずに外に飛び出してしまう。

 

それはとっても恥ずかしい事で。心の底から癪な事。

けれど全てをしまい込んでおくのも、私をかえしてくれたあの家を思うと、うん。

 

……だから、だから、仕方ないんだ。

 

ほんのちょっぴり、それ以上はまからん。

私は貰ったばかりの手帳に隠れ、その端からほんのちょっぴりだけ顔を出し――。

 

 

「――ぁ、ありがと。うれしい、ぜったい、失くさないっ……」

 

「――――」

 

 

……その時、私がどんな表情をしていたか。

それを見てまるで彫像のように固まった『親』の反応からしてイヤな予感しかしないが、どれだけ力んでも変えようがないのは自分でも分かってる。

 

だからもう見られないようすぐに『親』に背を向けて、全速力で部屋の中を後にした。

 

 

(うぁー! バーカ! バーカ!)

 

 

顔があっつい。

いたたまれない。

やっちまった感が半端ない。

 

そうしてぐるぐると荒れ狂う感情のまま、私は家を飛び出して――。

 

 

「――やはりオーケストラと祝いの儀、どちらがいい!?」

 

「どっちもヤダに決まってんだろバーーーーーーーーーーーーーーカ!!!!」

 

 

後ろから飛んだ朝に予期したすっとぼけに、私はいつもの数倍大きな声で怒鳴り散らしたのであった。

 

……これを帰りたくないと愚痴るくらいは、許して欲しいんだけどなぁ。ダメ?

 





主人公:誕生日は九月六日。その後しばらくの間、暇さえあれば手帳を眺めていたようだ。

『親』:誕生日は365日全部。プレゼントを喜んで貰えたのが余程嬉しかったのか、しばらくの間、他の関係ない身体数万人ほどが理由なく上機嫌な状態になっていた。

髭擦くん:誕生日は五月。後日、主人公と足フェチと一緒にささやかな誕生日会を行い、九月の誕生石サファイア系鉱物で手作りした置物をプレゼントしたようだ。

足フェチ:誕生日は十一月。主人公にプレゼントしたスニーカーは恐ろしいほどその足に馴染み、大層キモがられたそうな。

インク瓶:誕生日は六月。オカルトライターとしての仕事の他、よくクローズドサークルに飛ばされたり、物音を立てると死ぬ状況に追い込まれていたりするため、スマホではあんまり繋がらないようだ。頼まれた手帳作りに苦労する傍ら、オーケストラと儀式で悩む『親』に苦言も入れていた。
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