私が『それ』を見つけたのは、とある休日。
押しかけて来た黒髪女に遅めの誕生日祝いと称して連れ出された先、駅前にあるとかいうお洒落なレストランに引きずられていく途中での事だった。
(……なんだ、あれ)
通りがかった公園入口の門柱に生えていた『それ』は、私にはレバーのように見えた。
無論お肉の部位のソレではなく、手で掴んでガチャコンと下ろす一本棒のアレである。
それが何故か、こんな街中の公園入口にとっ付けられている。
公園で遊ぶ子供向けのよくあるヘンテコデザインと言えばそれまでだけど、そのシュールさに若干の興味が湧き、気まぐれに足を止めていた。
「おーん? どしたんタマちゃん」
「や……なんかレバーある」
立ち止まった私に首を傾げる黒髪女を尻目に、そのレバーをぺたぺた握る。
ひんやりと冷たくつるつるとしていて、金属でもプラスチックでもなさそうなよく分からん手触りだ。
余計な装飾の類は無かったものの、よく見れば丸みを帯びた先端部分に『▼』の妙なマークがついていた。
とりあえず力を籠めれば、そのままガチャコンと下げられたけど……特に何が起きるって訳でも無い。
いやホントなんだこれ。前ここ通りがかった時は無かったぞこんなの。
「……あ、反対側の方にもあるよ、ほら」
私が虚無顔でハテナマークを飛ばしていると、イヤリングを弄っていた黒髪女が反対側の門柱を指差した。
目を向けるとそこには同じようなレバーがもう一本あり、上がった状態となっている。
今度は黒髪女が近寄って、私と同じようにガチャコンと下げた。すると下がった二本のレバーが揃って自動的に動き出し、元の位置へと戻ってゆく。
――ブブー。
どこからか、何か不正解っぽい音が流れた。
「…………」
「…………」
私と黒髪女は顔を見合わせ、ぱちくりと。
そのまま何とも言えない沈黙が流れた後、何を思ったか黒髪女がおもむろにガチャコンとする。そんじゃまぁと私の方もガチャコンとやれば、またブブー。
しかしそれでなんとなーく趣旨が分かった気がして、私達はタイミングを合せて同時にレバーを引き下げてみる。と、
――テレレテ テレレテン。
さっきと違い、なんか正解っぽいファンファーレ。
そして『▼』マークがピカッと点灯し、それきりレバーが元に戻る事は無かった。
「…………え、なに?」
「さぁ……?」
……雰囲気的に何かの謎を解いたようだが、何の謎かは謎のまま。
黒髪女と二人。釈然としない気持ちを抱え、ぼんやり首を傾げていた。
まぁ、単にああいう遊具だったんだろう。
とりあえず、そういう事にしておいた。
「……でも、最近の公園ってああいうのもあんのな。音が出たり光ったりするヤツ」
科学館とか博物館とかの展示物ならともかく、ただの公園でとなると珍しい。
しかも園内ではなく門柱に、何の説明も無くとっ付けられているのがまたシュール。
正解っぽいファンファーレも変に耳にこびり付いていて、レストランへの道中に戻った後もたびたび口ずさんでしまっていた。
「滑り台とかにもそういうタイプあったりすんのかね。滑った先でテレレ~ン、ピカッ! みたいなさ」
「んー……どおだろねぇ……」
しかし、黒髪女的にはあんまり刺さっていないようだった。
というか何か別の事に意識が向いているようで、例の薄紅色のイヤリングを弄びつつ適当な相槌を打っている。
……まぁ、こっちも適当に振っただけだし別にいいケド。
私は小さく鼻を鳴らし、それきり話題を切り上げて――そうしてふと視線を向けた先、また変なものが目に付いた。
(……床浮いてんな、あそこ)
今歩いている、レンガ敷きのストリートの隅っこ。
そこの一部分で幾つかのレンガが浮き上がり、デコボコの状態となっていた。
それだけならただの道路整備不良でしかないが――それら飛び出たレンガの傍に、また『▼』のマークがあった。
たぶん、さっきのレバーと同じヤツ。また興味を惹かれ、黒髪女の背中を叩いてそっちに寄った。
「なぁ、これレバーのと同じのだよな。何かのロゴとかか?」
「えー、うーん……ワタシは知らないかなあ。どこかに社名書かれてたりとかは……」
言われて『▼』マークの周囲に目を凝らすが、それっぽい文字は見当たらなかった。
……確かにこのマークだけじゃ何を表してるのかも分かんないし、ロゴの類ではなさそうか。
とはいえ、形や色合い、大きさもさっき見たマークと全く同じ。あのレバーと無関係とも思えず――とりあえず、レンガの一つを踏んでみた。
「お……」
ガコン、とやけに重たい音を立ててレンガが沈む。
すると同時に隣り合ったレンガも一緒に沈み、地面と同化しまっ平。やっぱり、あのレバーと同種の趣を感じざるを得なかった。
「あー……踏んだら戻せる的な……?」
そう思って他のレンガも踏みつけ沈めてみたのだが……今度は逆に、さっき沈んだレンガの内の幾つかが浮き上がってしまった。
どうやらとなり合ったレンガ同士で浮き沈みが連動しているようで、考えなしに踏んでいっても綺麗に引っ込まないらしい。
「わぁ、あるよねぇこういうパズル」
「いや知んねー……ああもう、ぴょこぴょこすんなってぇ……!」
まさにあちらを立てればこちらが立たず。
もどかしい浮き沈みをするレンガをガコンガコンと繰り返していると、途中で黒髪女が乱入。ちょちょいと順序立ててレンガを踏んでいき、あっという間に全部ぴったり収めてしまった。
――テレレテ テレレテン。
そしてまたあのファンファーレがどこかから流れ、『▼』マークが点灯。
黒髪女は得意げな顔で振り返り、イヤリングを転がしている反対の手でピースサインをチョキチョキとした。
「いぇ~い、あいむデキデキお姉さ~ん」
「……や、私も途中までやってたし……別になんとも思ってねーし……」
はい。
ともあれ、今のファンファーレでハッキリとした。やっぱりこのレンガもあのレバーのような遊具の一つなのだろう。
何で公園だけでなくこんな街中にもあるのかはさておいても、中々遊び心があって私的には嫌いじゃない。
「そういや最近、駅前で工事やってたな。レバーもこれもそれ関係かね」
「ん~……まぁ、この辺りもあちこちリニューアルされてるもんねぇ。今から行くお店もそのひとつだし……」
ここ御魂橋市は、全国的に見ても異常なまでに新陳代謝が活発な街である。
何せ実質的に『親』が支配している街なのだ。役所・民間問わず多くの身体が紛れ込んでいるのだろうし、各所の意思決定が恐ろしくスムーズなのは想像に難くない。
街の開発や修繕におけるフットワークも軽いようで、一年通してあちこちずーっと工事中。
いつの間にか街中に見知らぬアミューズメントが生えていたとしても、特に驚きはなかった。
「……他にもなんかあったりすっかな。えっと……」
「はいはい、ゴハン行きながらでもいいでしょ。出発出発~」
「わっ」
興味のままきょろきょろと辺りを見回そうとするも、背中を押されて先へと進む。
やっぱり黒髪女はあんまり興味が無いらしい。
まぁ私としても本腰入れて探し出す程でもないので、そのままてくてく押されて行き……しかしそれから程なくして、また足が止まった。
通りがかった広場に鎮座する、四角形の大きなオブジェ。
その前面に、デカデカと『▼』マークが刻まれていた。
「お、やっぱまたあった。今度はどんなんだー?」
「こういうの好きなんだねえ、タマちゃん……」
黒髪女のボヤキを背にいそいそと近付いてみれば、そのオブジェの傍には車輪やら棒やらといった道具が散らばっていた。
そして少し離れた場所の地面には、オブジェと大体同じサイズの凹みがひとつ。どうやら、周りの道具を利用し、どうにかしてあそこにオブジェを嵌め込め……という謎解きのようだ。
「……わーお、この四角いのすーごい重たい。車輪かませるにしてもどうやって――」
「よっ」
ひょい。
オブジェを前にイヤリングを弄っていた黒髪女を横に、一息に持ち上げた。
そしてそのまま運んで凹みに直接ピッタリ収めれば、これまで同様『▼』マークが点灯。
例のファンファーレもちゃんと流れ、私はぽかんとしている黒髪女にピースサインをチョキチョキ返す。
「やーい、私の勝ち~」
「……………………わぁ、すごおい」
何か言いたげな間が非常~に気にはなったが、まぁよかろう。
私はこれ以上ない、真っ当な、それはそれはスマートな正攻法で謎を解けた事にちょっぴり気分を良くしつつ、自然と次の『▼』を探し始めていた。
その後も、『▼』マークのギミックはあちらこちらで見つかった。
とあるT字路には、鏡で日光を反射して壁の一部分に当て続けるという謎解きがあった。
三叉路のそれぞれに鏡が設置されているのを見た時はまるで意味が分からなかったけど、黒髪女がすぐに気付いて解いてしまった。負け。
とある橋の近くには、トーテムポールの謎解きがあった。
それぞれ別方向を向いている顔を、同じ方向に回して揃えろという単純なものだったが、黒髪女はポールの上の方まで手が届かなかった。なので私がよじ登り全部の顔を揃えてクリア。勝ち。
とある歩道橋には、間違い探しの謎解きがあった。
歩道橋の入口側と出口側に色とりどりに光る電光掲示板みたいなものが置かれており、二つの掲示板の光の色を同じに揃えろ、というギミックだ。
私は最初入口で片方だけ見た時は意味が分からず、一切覚えずひとまず素通り。そして出口でもう片方を見つけやっと意図が分かり、慌てて引き返したのだが……入口側で必死に色の並びを覚えている最中、無慈悲にも例のファンファーレが鳴り響いたのであった。負け。
「ワタシらいつの間に勝負してたんだっけ……?」
最初に煽って来たのあんたじゃろがい。
ともかく、そうして順調に謎解きを通り過ぎていき、やがては七個目の『▼』マークを発見。
一つ目の謎解きが協力するヤツだったから、現状二勝三敗だ。ここで勝って、五分五分に持ち込みたいところ。
私は当初のごはん食べに行く予定もすっかりと忘れ、見つけたその『▼』マークへと走り寄った。
「何だ、テーブル?」
「台座じゃない? なんかピカピカしてるけど……」
それは私の胸元くらいの、石組みの台座のようなものだった。
てっぺんの部分は鏡面のように磨き上げられ、綺麗な青空を映し返している。
そしてその上には『▼』の形をしたピースが七つ置かれ、その内の六つが明るく点灯しており、残った一つは真っ黒に沈黙している。これをどうにかするのが今度の謎解きだと、すぐに察した。
「……パズル? 積み木? どうすりゃクリアなんだ……?」
「んー……」
流石に黒髪女もすぐには分からないらしく、イヤリングに指を添えて考え込んでいる。
私はとりあえず『▼』のピースに手を伸ばし、あれこれと弄り回してみたものの、特に何か仕掛けがあるという訳でもない。
どれも石とも金属ともつかない手触りで、何の素材なのかすら分からなかった。
(うーん、何かの形を作るのか? それか並べて積んでみるとか)
光っているピースで黒いピースを囲んでみたり、綺麗に揃えてタワーにしてみたり。
思い付く事片っ端から試してみるけど、反応は無く。何をどうすれば、取っ掛かりの一つも掴めず……。
「……ん?」
カチリ。
台座の上で弄んでいた光るピースの一つが、とある部分にハマッたような感触がした。
実際、そのピースはその場所に引っ付いて、それきり動かせなくなった。
……定位置、という事だろうか。試しに他の光るピースを台座に映る青空の上でずーっと滑らせていくと、またとある位置でカチリとハマる。正解っぽい。
「へへ、これは私の勝ちだな~」
「…………」
少し早めの勝利宣言の間にも、光るピースは次々と定位置に収まっていき、あっという間に黒ピースを残すのみとなった。
ここまで来れば、光るピースの収まっている位置でどこに収めるべきかなんとなく分かる。私は意味ありげな空白を晒しているその部分に、迷いなく黒いピースを嵌め込んで――
「――そろそろ、じゃない?」
「わ」
その直前、やんわりと肩を抑えられた。
振り返れば、何故か片耳を抑えた黒髪女が、不安の滲む眼差しを向けていた。
「……なんだよ。もう解けそうなんだけど」
「うん、みたいねぇ。みたいだけどお……何か、このへんがラインなのかなあ、みたいな……」
「は? 何言って――……、…………」
……話は変わるが、黒髪女は私よりもだいぶ背が高い。
だから私がコイツと目を合わせるとなると、空を見上げる形となる訳で。
――上空。青空の高い位置に『▼』のマークを六つ、発見した。
「……え」
ドローンやアドバルーンの類では断じてなかった。
空間、空中、ただの虚空のその位置に、『▼』のマークだけが並んでいる。
まるで何かのゲームの画面表示のようだった。どれもピカピカ光っていて、広がる青空から文字通り酷く浮いていて……そして、台座の上にあるものと、全く同じ並び方。
「……そこ、光ってるの六つ。ワタシらが解いて来た数と同じだよねぇ」
ぽつり。
忙しなくイヤリングを弄りながら、黒髪女がそう呟く。
その視線は空の『▼』ではなく、私の手にある黒いピースに注がれている。
「……それも、光るのかな。はめたら」
「…………」
「あの音楽が流れて……解けたよーって、ピカッと光って七回目。……それってなんか、カウントっぽいかなー、とも思ったり……」
慎重に言葉を選んでいるような、そんな間の取り方だった。
そして少しの間黙り込んだ後、イヤリングから手を離し、
「――これ、解けてってるのって、ほんとに謎だけ……?」
「 てれれて、てれれてん 」
「っ!?」
黒髪女がそう口にした瞬間、ファンファーレが流れた。
しかしそれは今までのような音楽ではなく、人間の、男性の声だった。
低く、感情も抑揚も無ければリズムを取る気すら感じられない、小さく落ちるただの呟き。それが私の耳元で流れ、思わず肩を跳ねさせた。
「な、なに、今の……!?」
黒髪女も同じものを聞いたようで、酷く驚いた様子で周囲を見回し「あっ」私の後ろを見て指差した。
それに続いて振り返れば――そこにあった筈の台座が、綺麗さっぱり消え去っていた。
物音も何も一切しなかった。
それどころか、手に持っていた黒いピースと空の『▼』マークもいつの間にか無くなっている。
その白昼夢から覚めたみたいな唐突さに、私は黒髪女と恐る恐る見合わせた。
「……解い、た?」
「う、ううん……タマちゃん持ってたのは、光らなかったと思う、けど……」
……ならば、解いてはいないという事だろうか。
いや、でも、だったらさっきのファンファーレは……。
「…………」
「…………」
分からん。なんも分からん
謎も意味も意図も理由も何もかも、すべて全く分からない――。
……………………、
「……ゴハン、行こっか」
「……う、うん……」
そうして二人して立ち竦んでいると、やがて黒髪女がおずおずと切り出した。
私も流れで頷いて、ぎこちなく歩き始めたその背中に追従し――その時にふと思い、もう一度台座のあった場所を振り返る。
……あの時、私が黒いピースを嵌め込もうとして、それを黒髪女に止められて。
それでブブーではなくファンファーレが流れたのであれば、それは、
(解かないのが、むしろ正解だった……?)
……もし、あの台座に黒いピースを収めていたら、何が起こっていたんだろう?
というか、私達はこれまで何を解き、何を解こうとしていたのだろう……?
考えるものの、今となってはどうやったって解ける筈も無く。
(……勝手に出て来て、勝手に解かれて消えてく謎ってめっちゃキモいな)
解いても解けず、解けずとも解かれ、なのに答えは現れない。
一から十まで釈然としない。
私は喉元でずーっとザラついてるモヤモヤを溜息として、のたのた足を引きずったのだった。
……無意識のうち、また街のどこかに『▼』マークを探しながら。
主人公:この後レストランでプレゼントを貰い、その嬉しさでモヤモヤ感は若干薄れた。戦績:二勝四敗。くやしい。
黒髪女:主人公への誕生日プレゼントは藍色のイヤーカフにしたようだ。軽量サイズで、主人公もこれなら気になんないやと喜びホッとしたとか。戦績:気にしてない。
活動報告にもありますが、本作とほんのり関連してたりしてなかったりする拙作『怪男子』を書籍にしていただける事となりました。
その関係で本作の更新頻度が少し落ちるかもしれませんが、まったり気楽に続いていくと思いますので、これからも気長にお付き合い頂けると嬉しいです。まったり!