異女子   作:変わり身

112 / 117
「藪」の話

 

九月も半ば折り返し。

そろそろ夏から遠ざかりつつあるけれど、気温はまだまだ高いまま。

 

流石に40℃近くまで行った七月八月ほど極端では無いものの、汗で服が張り付くくらいの暑さは残っている。

今日も朝早くから既にじりじりとした日差しが降り注いでいて、これから訪れる昼間の暑さを予感させていた。

 

 

「んー……このまま晴れてりゃいいけどなぁ」

 

 

学校への登校途中、手庇の下から青空に散らばる厚めの雲を幾つか数え、ぽつりと呟く。

 

私としては暑いの自体は好きな方なのだが、雨が降ったり曇ったりで蒸し暑くなるのは若干苦手だったりする。

生ぬる~く湿気った空気がどうにも吸い込み難く、常に息苦しさを覚えるからだ。

 

やっぱ暑いってんならちゃんとカラッとしててほしいよな。そんな程よい炎天下になる事を願いつつ、学校への道をてくてく歩く。

登校時間にはまだ余裕があったから、朝散歩としてちょっとだけ遠回りとかもしてみたり――と。

 

 

(……おお、すご、巨人居んじゃん)

 

 

通りがかった河川敷。川を挟んだ向こう側に、全身緑色の巨人が見えた。

 

無論本物などではなく、草藪の形がそう見えるというだけである。

名前の知らない幅広の葉っぱが茂り重なり、その下に埋もれているものの輪郭をそういう形に浮かび上がらせているのだ。

 

それが傍から見れば草の巨人が座っているような感じになっていて、思わず感嘆してしまった。

 

 

(あそこ、ホントは何があったっけ……気が向いた時にしか通んないから覚えてないな)

 

 

もっと近くで見てみようかとも思ったが、川の向こうまで行くとなると流石に時間がかかりすぎる。

私は渋々諦めて、スマホでパシャリとやって学校への道へと戻っていった。

 

 

 

 

 

飛ばして放課後。

お昼ごろに夕立が通り過ぎたせいか、外はうっすら予感していた通りの蒸し暑さになっていた。

 

まぁ雨にならないだけまだマシと割り切り、朝に歩いた通学路をそのままなぞる。気まぐれからの遠回りだってそのまんま。

言うまでも無く、例の緑の巨人に会いに行くためである。

 

言ってもあの葉っぱの下に何があるのかちょっぴり気になってるくらいだけど、蒸し暑さをちょっぴり我慢する気になるくらいには興味があった。

 

 

(河川敷だし、ほっとかれたバスケのゴールとかだと思うけど……中でどうこんがらがればあんなに――お?)

 

 

そうして河川敷に到着した所、巨人の居る向こう側の川岸から何やら賑やかな声が響いて来る。

見れば、件の緑の巨人の周りに小学生くらいの子供らが集まっていた。どうやら、普段から普通に遊び場として扱われているスポットであるらしい。

 

巨人も遊具として見られているのか、中にはその腕や足の部分によじよじ登っている子すら居る。

それでも揺るがない様子から、葉っぱの下にはどこもしっかりとした中身があるようだ。少なくとも、中身はバスケのゴールとかの細っぽちではなさそうだった。

 

 

(でも、うーん……行きにくいな)

 

 

向こう岸に繋がる橋の前で立ち止まり、小さく唸る。

 

巨人が気になるとはいえ、流石に楽しく遊んでいる小学生の中に割って入っていくのはちょっとなぁ。

私が行けば絶対空気断ち切る事になるだろうし。美少女スラッシュ!

 

さておきそんなこんな、私は少しの間そこで迷い……結局そのまま橋を通り過ぎる事にした。

 

 

(まぁ、別に今日しか無いってんでもないし)

 

 

明日でも明後日でも、また子供らの居ないタイミングを見計らえばよし。

私は気軽にそう決めて、今日の所は素直に帰路へついたのだった。

 

 

 

 

 

翌日。

昨日のぶ厚い雲からしてなんとなくそんな気配はしていたが、朝から雨が降っていた。

 

テレビの天気予報曰く、この雨模様は数日ほど続く長雨となるらしい。

外も朝早くから既にじめじめむしむしとしており、自然と溜息が漏れ出てしまう。

 

 

(雨の匂いは好きなんだけどなぁ……)

 

 

口の中だけでそうボヤきつつ、少し前に新調した傘をくるりと回す。

 

雨の日の通学路はどこかどんよりとした雰囲気で、足取りも水溜まりに絡んでダラダラ牛歩。

少し先で楽しげにお喋りしている小学生達を元気だなーとぼんやり追いかけ、そうするうちにふと昨日の巨人を思い出し、足先を遠回りルートの方へと向けてみる。

 

昨日と同じく、時間にはまだ余裕がある。行きがけにチラッと見て行くのもいいだろう。

 

 

(葉っぱ、雨でバラけてたりして)

 

 

そしたら普通に残念だなぁ。微妙にハラハラしながら河川敷まで歩を進めれば、川の向こうにはまだ巨人の形が保たれていた。

それになんとなく安心し、向こう岸の光景を眺めながら水溜まりをパチャパチャ鳴らし……。

 

 

「……あんなポーズだったっけ」

 

 

昨日の巨人と今日の巨人で、微妙に姿勢が違っている気がした。

 

記憶よりも若干傾いているというか、片腕が少しだけ上がっているというか。

まぁ私もちゃんと細かく観察していた訳じゃないから自信は無いし、撮った写真と見比べてもハッキリとしない。

 

 

(雨で見え方とか違ってんのかな……)

 

 

それか、昨日の子供らが中身を動かしたか何かしたか。

どちらにせよ大した事じゃないかと流し、そのうち視線を前に戻した。

 

 

 

 

 

ところで、私には雨の日に自然公園で水溜まりを見て回るという習慣がある。

 

いや自分でも変な事やってるとは思っているし、そもそも色々ハッキリとした今となってはやる意味あんまり無いのも分かってる。

でもやっぱりやめる気にはなれなくて、雨の平日は放課後の門限ギリギリまで公園をうろついていくのが常だった。

 

なのでこの日の放課後も河川敷には行かず、翌日の登校途中に持ち越した。

 

一瞬早起きして時間作ろうかとも考えたけれど、そこまで腰を入れる程でもなし。

その日の通学時も、昨日と同様に野次馬くらいの心持ちで軽―く足を伸ばすに留め……そしてそこにあった光景に、少しの間足を止めた。

 

 

(犬、雨宿りしてら)

 

 

未だ雨が止まず、増水している河川敷。

昨日より少しだけ強まった雨粒に打たれる巨人の傍に、数匹の犬が身を寄せているのが遠目に見えた。

 

ここからじゃ野良犬かどうかは分からないが、どの子も少しだけ上がっている巨人の腕の下に潜り込み、じっと外の雨景色を窺っている。

そんなどこかほっこりとする光景を、私は傘の下からまたパシャリとやって――そのままスマホの画面をスワイプし、一昨日の巨人の写真と見比べた。

 

 

(うーん……やっぱポーズ変わってんなぁ……)

 

 

明らかに腕部分が雨宿りの屋根になるよう動かされているし、それに合わせて身体自体も若干横に傾いている。

偶然か、誰かが意図して動かしたのかはやはり分からないが、あの葉っぱの下は意外と柔軟なものではあるのは確かなようだ。

 

 

「…………」

 

 

……なんとなーく、懐の小瓶と手帳に意識が向くけれど。

巨人の腕の下でのんびりとしている犬達の姿を見ていると、その気も自然と薄れていった。

 

 

 

雨はそれからも途切れる事なく続き、また翌日の朝になってもその勢いに衰えは無かった。

むしろますます強くなっているようで、傘に叩きつけられる雨粒の音もこころなしか激しくなっているような気がする。

 

 

(……まだ、あそこで雨宿りしてんのかな)

 

 

頭の上でバラバラうるさいそれに眉を顰めていると、あの犬達の姿がふと浮かぶ。

そう、本日の河川敷へのとっかかりである。

 

そうして今日も今日とてのこのこ歩けば、そこにはやっぱりまだ犬の姿があって――。

 

 

(増えとる……)

 

 

その他、猫やら鳥やらが増えていた。

 

上げられた両腕の下や、前傾になった上体の影、座った脚部の隙間にまで。

雨除けになる場所全てに様々な小動物が潜り込み、ぎゅうぎゅう詰めとなっている。

 

猫と鳥なんて捕食者と獲物の関係の筈なのに、特にそんな殺伐とした気配は感じられない。むしろお互い身を寄せ合ってすらいて、のほほんとした雰囲気だ。

 

 

「こういうの、小さい頃なんかで見たな……」

 

 

仲良しの巨人と小動物。よく覚えてないけど、昔読んだ絵本か何かでそんなお話があった気がする。

 

まぁ面白いもん見られたなと、私は小さく笑ってスマホを翳し……その時、巨人の頭部が微かに揺れた。ように見えた。

 

たぶん雨風に揺れる葉っぱの動きがそう見せたってだけだろう。

けれど、それがなんだか自分に集る小動物に戸惑ってるような感じにも取れてしまい、思わず軽く噴き出した。

 

 

 

 

 

 

次の日の朝、部屋のカーテンを開けた時にはもう雨は止んでいた。

 

ちょっと前まで降ってたようであちこちびしょ濡れではあったものの、雲の間からは太陽がしっかり覗いている。

スマホの天気予報も以降はずっと晴れマークが並んでいて、やっと長雨が明けた事を実感した。

 

 

「よーし、今日こそそっち行くからなー」

 

 

そうして、もう何度目かの朝の河川敷を歩きながら、川の向こうの巨人に小さく呟きかける。

 

その傍には既に動物達の姿は無かった。雨が上がり、方々に散って行ったのだろう。

昨日から引き続き取っている雨宿りポーズに、その残り香があるだけだった。

 

……が、肩の部分だけが微妙に下がっているようにも見え、なんとなく寂しげな様子に取れなくもない。

その妙に哀愁の漂う空気感にまた笑ってしまい、うっかり水溜まりで滑りかけた。あっぶね。

 

 

(でも、どうなんだろなぁ。ホント単にそう見えてるってだけなのか、それとも……)

 

 

ずっとぼんやり抱いているその疑念も、こういったどこか愛嬌のある姿を見てるとどこかに行ってしまうから困りもの。

まぁいずれにせよ、放課後になれば色々判断つくだろう。色々。

 

私は疑惑のしょんぼり巨人にひらひら手を振り、学校へ。そして終えた途端に飛び出して、一目散に河川敷へと向かった。

 

今度は小学生より先にポジションを陣取っておこうと思ったのだが、しかし小学校と中学校のスケジュール差は大きかったようだ。

河川敷に着いた頃には既に数人の子供が集まっており、巨人の近くで戯れていた。

 

もっとも前の時より人数は少なく、まだ本格的に遊び始めてもいない。

これならちょっとくらいお邪魔しても空気的には許されるだろう。たぶん。

 

 

(……ポーズ、戻ってんな)

 

 

朝の雨宿りポーズから、初めて見た時と同じようなただ座っているだけのポーズへ。

今になって改めて見てみると、傍で遊ぶ子供らを見守っているようにも感じられるから不思議である。

 

「…………」とはいえ、それでも一応懐の小瓶にはそっと触れつつ。

私は今日になってようやっと向こう岸へ続く橋を渡り、

 

 

――ドポン。

その時、遠くで水の音がした。

 

 

「ん? ――え」

 

 

咄嗟にそちらを振り向けば、ここから離れた上流の方で、大きな水飛沫が上がっているのが見えた。

一瞬何が起きたか分からなかったが――直後に水面に浮き上がったものを見てすぐ理解する。

 

――子供だ。

ランドセルを背負った男の子が川に落っこち、文字通り激しく藻掻いていた。

 

 

「は……はぁ!? ちょっ……!?」

 

 

朝の私と同じように、水たまりで滑ったか何かしたのだろう。

 

しかも連日の雨による川の増水はまだ完全には収まっておらず、流れもかなり速くなっている。

そんな激流の中で、水を吸った衣服とランドセルなんて重りを背負っていては、泳ぐどころの話じゃない。男の子はあっという間に岸から離れ、より深い場所へと流れてゆく。

 

 

「くそっ……! 待ってろ、今っ――」

 

 

我に返った私はすぐさま鞄を投げ出し、橋の欄干に脚をかけた

今から土手に回り込むより、ここから直接男の子のもとに飛び込んだ方が早いと思ったのだ。

 

人間抱えて泳いだ事なんて無いが、やるしかない。方向とタイミングを合わせ、思いっきり足に力を籠めて――それを解き放つ寸前、岸の方で子供らから驚くような悲鳴が上がる。

 

今度は何だ。舌打ちと共に手早く目だけそちらへ向け、て、

 

 

「――……は?」

 

 

――そこには、立ち上がる緑の巨人の姿があった。

 

地続きの草藪をブチリブチリと引き千切り、荒々しくも堂々と。

隙間なく葉っぱに覆われたシルエットの巨人が、しっかりと地面を踏みしめ聳え立っていた。

 

 

(や、っぱり……コイツ――)

 

 

突如として動き出した巨人に私と子供らが固まっている中、それは体表の葉っぱを揺らして川の中へと飛び込んだ。

 

途端に激流に葉っぱが攫われ流れていくが、巨人は気にせず突き進み……そして少しずつ、水の中に沈んでゆく。

いや、葉っぱが剥がれた部分から、削られるように消えているのだ。もしかしたら、葉っぱを纏ってなければ実体を維持できないのかもしれない。

 

そうして徐々に小さくなっていく巨人は、川の真ん中部分で立ち止まったかと思うと、大きく両腕を広げ――流されて来た男の子を受け止めた。

 

 

「っ……よ、よし……!」

 

 

思わず拳を握ったが、しかしそこまでのようだった。

男の子を受け止めた衝撃で更に多くの葉っぱが剥がれてしまい、流れずに残っているのはもう肩から上くらいしか無い。進むも戻るも出来なくなってる。

 

――このままでは、男の子はまたすぐに流されてしまう。そう察した瞬間、私は勢いよく駆け出した。

 

 

「――おい!! こっち! こっちだ!!」

 

 

一息に川岸へと回り込み、大手を広げて呼びかける。

その声に反応したのか、巨人は一瞬だけ頭部の葉っぱを小さく揺らし――私の方に男の子をぶん投げた。

 

既に身体のほとんどを流されていたからか暴投も良い所だったが、私ならどうとでもなる。

すぐ落下地点にスタンバイし、難なくキャッチ。酷く咳き込んではいたものの、怪我の類は無いようで私はホッと息を吐き……再び巨人へ目を向ける。

 

 

「あ……」

 

 

しかし、そこにはもう何も無かった。

 

ただ、ごうごうとした川が流れるだけ。

下流の方に辛うじて葉藪の緑が見えた気もするけど、それも一瞬。すぐに水に飲まれ、跡形もなく消え去っていった。

 

 

 

 

 

それから、居合わせていた子供らとちょっとした騒ぎになった。

 

何せ、友達が溺れかけたかと思えば、巨人が動いて助けられたのだ。

そんなの騒がない方がおかしいし、私の容姿もあってか、やれ超能力者だゴーレム使いだと大興奮である。

 

とりあえず大人呼んで来いと散らしつつ、最終的に溺れた子含めそれぞれの保護者に引き取って貰ったものの、ひと段落ついた頃には結構な時間が過ぎていた。

……今から川下に走っても、流れた草藪の葉っぱは一枚も見つかる事は無いだろう。

 

 

「ちぇ……」

 

 

結局、遠くから眺めているだけで終わってしまった。

 

いやまぁ、あの巨人の正体はオカルトっぽかったし、近づかずに済んでむしろ良かったのかもしれないが……さっきの今を経た後だと、たとえつっついても蛇の類は出て来なかったんじゃないか。どうにもそんな風に思えてならないのだ。

 

 

(……悪いのでは、なかったんだろうな)

 

 

改めて、巨人の座っていた場所に足を運ぶ。

土手に張った草藪の中、そこだけぽっかり穴が開いていて、その痕跡がハッキリと残っていた。

 

一応、その空間に手を伸ばしてみるけれど、特に何も当たらない。

そこには間違いなく何も存在しておらず、私は小さく溜息を吐いてそこから離れ――。

 

 

「お?」

 

 

足元。

巨人に千切られた草藪の蔓が一本、僅かに宙に浮いているのに気が付いた。

 

蔓の曲がりや、クセじゃない。あからさまに不自然な形で空中に這っている。

そう――まるでそこに見えない何かの一部があって、その上に乗ってしまっているような……。

 

 

「……もしかして、居るかー?」

 

 

返事は無い。動きも無い。

手をスカスカやっても何も当たらないし、試しにそこらの砂利を掬って撒いても何も無い。完全に虚無である。

 

……けれど。

 

 

「――雪の日とか、また来てみっかな」

 

 

夏に藪に覆われ現れたなら、冬に雪が積もって出てくるものもあるかもなぁ――なんて。

 

まぁ、根拠なんてなんにも無い、ただの妄想だけれども。

私は小さな苦笑をひとつ落として、草藪にひらひら手を振り河川敷を後にした。

 

……ふと聞こえた葉っぱの擦れ音を、冬の楽しみに残しつつ。

 




主人公:暑いのは好きだが蒸すのは苦手。雨の日の探しものは今も続けているようだ。

本作も今日で三周年。続いたなぁ……。
なんとも長くなってきておりますが、今後ともお付き合いいただけますと嬉しいです。これからもよろしくね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。