そろそろ体育祭が近づいて来た。
他所だと五月六月に行うとこも多いらしいが、私の学校は秋口開催が恒例だ。
体育祭に向けての準備も少しずつ進み始め、集団競技の練習などもぼちぼち増えて来る。
大綱引きだの玉転がしだの、何かみんなで竹の棒持ってカラーコーンぐるぐる回ってくやつだったり。
体育以外の教科の授業も練習にあてる時が結構あるので、私としては比較的生きやすい時期ではある。
……まぁ、私個人は去年の体育祭で暴……ちょっぴりハリキリすぎてしまったので、今年出られる団体競技には制限を受けてしまっている訳ですが。いいんすか教育機関がそんなのってねぇちょっと。
ともかく、その関係で学校側も色々と調整しているのか、学校が終わるのが通常より早くなったり遅くなったりする事もある。
時には午前中授業で終わる日もあったりして、その日もそのパターンだった。
体育体育体育体育という文字通り割り切った素晴らしい時間割で、午後の授業は切り上げ。給食と掃除の後にすぐさま自由の身となった。
去年と同じなら、たぶん後で一週間くらいずっと六時限のうえ全日座学とかのめんどくさい揺り戻しがあるのだろうが、それも先の話。今は誰もが降って湧いた午後休に喜び、クラスのみんなも銘々好き好きに散ってゆく。
「んー……このまま帰んのもアレだよなー。こっからどっか行くかー?」
「ごめーんタマ吉。ちょっと部の方で何かあるっぽいから、ちょいパス」
私もどっか寄り道していくかと足フェチを誘ったが、残念ながら陸上部絡みの先約があるらしい。
まぁ体育祭関係で色々あるんだろう。未練がましく私の足を見つめながら去ってゆく足フェチを見送りつつ、なら髭擦くんだとメッセージを送ってみる。
『今からどっか寄り道予定なんだけど、ヒマ?』
『あぁ。俺も今犬山と同じような話をしていた。一緒に行くか?』
『(ばーかばーかあほスタンプ)』
なんかヤベーのとつるんでるっぽかったので、とっても丁重に辞退しておく。クラスメイトとはいえ上手くやれてんのすげぇや。
さておき、他のクラスメイトも特に集まって何かする流れでもなかったので、そのまま一人でのこのこ下校。
とはいえ素直に帰宅するのもやっぱり勿体なくって、適当に街の中をぶらぶらとする事にした。
家までの道程をだいぶ遠回りするくらいのノリで、新しく出来てたホームセンターをひやかし、目に付いたジャンクフードをちょいちょいつまむ。
まぁ休日にもよくやってる事ではあったが、平日の学校帰りでとなるとちょっぴり新鮮味が無くも無い。
そうして平日ランチタイム限定だという変わった味のたい焼きを齧りつつ、のんびりのたのた街を行き――。
「――あっ」
「……?」
ふと、前方から高めの声が上がった。
顔を上げれば、道の先にこちらを見つめる人影が一つ。
ちょうど何かの建物から出て来た直後に私の姿を認めたらしく、その扉を閉めた姿勢で固まっていた。
マスクとサングラスをしており、体型的にも男か女かはハッキリとしなかったが……まぁどちらにせよ、不意に私を見ちゃった人に驚かれるのなんてよくある事だ。
私も特に気にする事も無く、普通に会釈しすれ違い――寸前、ガッシリ肩を掴まれ引き留められた。……は?
「……え、あの、何――」
「ち、違うよ!? これはねあのね、そういうのじゃないんだよ!? ぼくは、そう、取材! これも取材の一環としてだぁねぇ……!」
すると酷く慌てた様子でまくし立てて来たのだが、何を言っているのかまるで分からない。
怒りとか恐怖よりも困惑が勝ち、私は思わずこの不審者の出て来た建物に視線を振った。
――湯房 こいくち。
看板にデカデカ貼られたQRコードがやたらと目立つ、質素な外観の……お風呂屋? だった。
「は、はぁ……? この銭湯が、なに……?」
「うんうんうんこの銭湯がねつまりはそういう――えっ、銭湯?」
聞き返した途端、不審者の勢いが消え去った。
そしてポクポクポクと黙り込み、やがてチーン! と指を弾いて、
「――そう! ここはただの銭湯! 『ここのお風呂は腰にキク!』が取材結果サ!!」
なんだこいつ。
ドン引きのまま距離を取ろうとしたところ、不審者はヘラヘラしながら私の背をグイグイ押して進んで行く。
「ちょっ……!? だからなんっ……!?」
「まぁまぁまぁまぁ! まぁまぁまぁまぁ……!!」
「まぁまぁじゃなくて……だーもーいい加減にしろよ! ワケ分かんねーよ何なんだよ誰だよッ!!」
その意味不明さに流石にたまりかね、思いっきり手を振り払って威嚇の構え。
すると不審者は一瞬キョトンとした後、何やらわたわた焦り始めた。
「あ、あれ? もしかして気付かれてなかった……!? なんだよじゃあスルーしとけば――あっでもこれもう逆にマズい! ほ、ほ~ら、ぼく、ぼく! 変質者ジャナ~イ!」
そうして外されたサングラスとマスクの下から出て来たのは、どこかで見た気のする女顔。
さて、どこで見たんだったか――と深く考える前に、すぐに鮮烈な記憶と共にその名前が浮かび上がった。即ち、
「――
「あ、やっぱ覚えてる? だよね~……」
創作ホラー動画投稿者、歪いびつ。
以前と変わらず男か女かよく分からない容姿と声をした彼が、妙に煤けた笑みを浮かべていた。
*
今から二か月ほど前、私はとあるオカルトに巻き込まれた。
怪談イベントの会場で発生し、化物の蔓延る廃病院内を駆けずり回るハメになった、百物語のクソオカルトだ。
そしてそこから生還するべく奮闘する最中、私は同じくそのオカルトに巻き込まれていた怪談イベント出演者の数人と、行きがかり上行動を共にする機会が何度かあった。
まぁ各人それぞれ色々とあった訳だが……この歪いびつはその一人。ずーっと廃病院内のエレベーターに引き籠ってビビり続けていながら、何だかんだ私の助けとなってくれた人だった。
「ふぅ……いやいや改めて久しぶりだね。こうやってちゃんと喋るの初めてだっけ、えーと、ミタマグモちゃん?」
場所を移して、雰囲気の良い喫茶店。
その一席に着いた歪いびつは、コーヒーにミルクをドバドバ注ぎつつ矢継ぎ早にそう告げた。
「…………」
一方、向かいに座る私の前にはアイスクリームの乗ったホットケーキ。
私はそれを何とも言えない表情で眺めつつ、歪いびつを胡乱な視線で刺し続け……しかしどう勘違いしたのか、彼は得意げな顔で胸を叩いた。
「あ、勿論ここはぼくの奢りだからね! その心配はいらないよ!」
「……そすか」
そこじゃあ無いんだけれども。
私は小さな溜息をひとつ吐き、ナイフとフォークを手に取った。
――さっきの一幕の後。
こっちがぽかんとしているのを良い事に、歪いびつは「ままま積もる話もあるしどっか座れるとこ行こうか!」と私を少し離れた場所の喫茶店に引っ張り込んで来た。
正直怪しすぎたし抵抗しても良かったのだが……廃病院でのアレコレを思い出してしまったせいだろうか。どうにも邪険にし難くて、結局流されるままこうしてホットケーキを奢られる事となってしまった。
まぁ、コイツも割とアレだが、そんな悪いヤツじゃないって事も分かってる。
素性が割れた以上、もう不審者とまでは思っていなかったけど――。
「……で、あの、ホントなんの用……?」
それはそれとして、マジでコイツの意図が分からなかった。
たぶんあの銭湯から私を離したかったんだろうなとは察するものの、なんでここまで焦り散らかしてんのか意味不明だし――それと、気になる事がもう一つ。
「つーか、なんで私の名前知ってんの。教えてないですよね、確か」
例の百物語のオカルト中、歪いびつはとある理由で声を奪われていた。
今はこうして普通にペラペラ喋っているが、当時はまともに意思疎通を行えず、自己紹介の類も出来ていないのだ。コイツの前で私の名が呼ばれた機会も無かった筈で、じわりとした不信感に首が傾いだ。
すると歪いびつはおもむろに明後日の方向を見上げると、白々しくも空笑い。
「いやまぁ、ね? やっぱぼくら、あの恐ろしい怪異を生き残った者同士、言わば仲間じゃあないの。再会したらそりゃあ語り合うもんもひとつやふたつ……みたいな? ダメ?」
「…………」
「ダメかー。えーとえーと、あっ、そうそう君の名前についてはね、インク瓶くんから聞いたんだよ!」
「え?」
語るごとに増してゆく不信感にどんどん首の傾きが大きくなる中、知った名前に声が出る。
そこを隙とでも思われたのか、またもパチンとその指が鳴った。
「そう! ぼくとインク瓶くんね、元々けっこー仲良しなんだよ~! まさかガチ霊能力者だとは思ってなかったけど……前回の事で、そこらへんも色々教えてくれるようになってさぁ!」
なんでも、歪いびつは自身のホラー作品を制作するにあたり、前々からオカルトライターであるインク瓶に逆取材のような事を行っており、そこそこに親交があったらしい。
これまでは流石にオカルトの実在までは話していなかったようだが、百物語のオカルトの件を経て、霊的な事含めてアレコレ話を聞いたとの事だった。
「ミタマグモちゃん、あれでしょ? インク瓶くんに色々と面倒見て貰ってるんでしょ? じゃあ怪異や霊能力についてガチめのとこ色々教わってる訳だ、いやぁいいなぁ羨ましいなぁ!」
「あー、えー……タマでいいっす。けど……テンション高くない? なんか」
インク瓶の事にかこつけて話を逸らそうとしてるのは分かるんだけど、それにしたって語り口が明るすぎやしないだろうか。
前回、オカルトに巻き込まれている最中はあれだけ怯えていたのに……と腑に落ちない顔で居ると、歪いびつはやれやれという風に軽く肩をすくめた。
「ぼくだって曲がりなりにもホラークリエイターだよ? ホンモノを実体験できたんだから、そりゃあ嬉しいってもんでしょうよ」
「いや……でも、ガタガタ震えてましたよね、エレベーターに居た時。だったら……」
「そ~なの。あれね~、め~ちゃくちゃ怖かったの。怖かったから――ぼくは今、ちゃあんと楽しめてるんだよね」
当時の事を思い返しているのか、歪いびつの顔色がみるみるうちに青くなり……しかし一方、その恐怖に浸って満足気な様子でもあった。情緒どうなってんだ。
ホラー作家って皆こんなんばっかなんだろうか。否が応でもどこぞのクソババァがよぎり、思わず軽く椅子を引く。
「でもあの時の怖さって半分くらい人間相手だったから、ちょっと納得いってないとこあるんだけどサ……」
「あぁ……そういやそんなんだったっけ、あんたは」
直接聞いた訳では無いが、状況的に歪いびつはオカルトより人間に痛めつけられていたようだった。
ホラーにはヒトコワというジャンルもあるとは聞くが、たぶんコイツの体験したそれはそういうジットリした感じでも無かったのだろう。歪いびつの苦い顔から、それが容易に読み取れた。
さておき、とりあえずコイツが私の名前を知っていた理由は分かった。インク瓶と友達なのもまぁ分かった。けども。
「――で、なんで私さらって来たんすか。そもそもなんでまたこの街に来てんの」
「おーん」
根本的な問いの答えになってない。
改めて問い直せば、歪いびつは「言いくるめ失敗!」と天井を仰ぎ、何やら細く唸り始めた。
……いやもう、何をそんな言い辛い理由があんだよ。
そろそろコイツを見る目が不審者へのそれに戻り始めて――ピン! と何かを思いついたように、彼の人差し指が跳ね上がった。
「――取材協力! そう、ちょっとしたお手伝いを頼みたくって声かけたの!」
「……はぁ?」
あんまりにも取ってつけた感半端ない答えに、私の眉間にシワが寄る。
しかし歪いびつはそれで押し通すつもりなのか、ずずいとこっちに身を乗り出した。こっち来んな。
「えーっと、ぼく今、ネタ集めでこの街の都市伝説を調べてるんだよね。それで、よければ地元の……そう、それも怪異霊能に詳しい方からのお話とか聞きたいなぁ……っていう」
「……や、それこそインク瓶に聞けば良いでしょ。地元民じゃないけど、絶対私より適任……」
「いやぁでもねぇこういうのってやっぱりマクロだけじゃなくミクロな視点も大切だから! そう思ってた時に現れた君! 計らいだよネ!」
「何からの?」
勢いだけで適当言いすぎだろとは思ったが……昔、似たような事を友達が言っていたような気がしなくもない。
ならホラー動画投稿者としてのスジ自体は通っている、のか……?
白々しさは多分にあれど、さりとてバッサリ切り捨てるほど界隈に詳しい訳でも無く。私は暫く半眼で歪いびつを睨み……その内なんだか馬鹿らしくもなって、大きな溜息だけ吐き出した。
「あー……ハイ、なんかもう、そんでいいっす。理由とかも、もう聞かないんで……」
「あっそう!? 分かってくれた!? 助かったー!」
もうちょい上手く取り繕えんか?
いやまぁ、投げやりになったこっちが言う事ではないけども。
「あと、すいませんけどやっぱ取材の協力とかもちょっと……」
「うんうんいいよいいよ! ぼくこそごめんね無理言っちゃって! アハー!」
断りを入れれば特に引き留められる事も無く、むしろ喜ばれる始末。
別にそれでも良いんだけれど、やはり釈然とせず。どうにもモヤモヤとしながら、アイスの溶けたホットケーキをパクついた。
(なんだったんだマジで……意味分かんねー……)
そうして「炎上回避~!」とよく分からん安堵をしている歪いびつを尻目に、私はごく自然にスマホを取り出す。
さっきの所……確か、湯房なんたらだっけ。
聞く気行く気はもう無いけれど、幾らなんでも気になり過ぎた。私はフォークを咥える傍ら、こっそりとうろ覚えの店名を打ち込んで――ガッと、向かいから手首を掴まれた。言うまでも無く歪いびつだ。
「うわっ……な、なんだよ……!?」
「――あの、何か、調べようとしてない……? あのソー……じゃない、銭湯……」
「……、……エ別に?」
もうちょい上手く取り繕えんか……?
こっちもこっちで下手くそが過ぎたところ、歪いびつは何故かだらだらと冷や汗を流して首を振る。
「……ま、まずい、やっぱり炎上、いやインク瓶くんに怒られる……ただでさえ最近説教されたばっかりなのに……!」
「は?」
「あーうん、や、やっぱりちょっと付き合ってもらおっカナ~? うんうんそれが良いそうしよう! 君も健全な中学生なら変なコト気にする前に地元産都市伝説のひとつにでも興味持ちましょうネ~」
「はぁ!?」
輪をかけて意味不明な論調に呆気にとられる内、強引に腕を引かれて席を立つ。
そして来た時と同じく、背中を押されて喫茶店を後にして……。
「あっ、ちょ、まだ食べ終わってな――」
「まぁまぁまぁまぁ! まぁまぁまぁまぁ……ッ!!」
「だから聞けっつってんだろ!? だぁぁぁぁぁ……!!」
そんな抵抗むなしく、私はまたグイグイと運ばれていったのだった。たーすけてー。
お待たせしております。すいません。
今後ものんびり続いていきますので、気長にお付き合い頂けると嬉しいです。