*
「都市伝説ってさ、ネットでどこでも話されてるってイメージ強いけど、地域限定のものも少なくないんだよね」
とある橋。
その歩道部分をぶらりぶらりと渡りつつ、歪いびつが慣れた口ぶりでそう語る。
「口裂け女とかトイレの花子さんとか、もうどこの街でもやってる全国展開に近いでしょ。そういう有名どころとは別に、限られた圏内、ほんっとうに狭~い範囲でしか話されてないご当地都市伝説も結構あるの」
「……観光地の知らん妖怪伝説、みたいな」
「そそそ、そんなやつ。まぁそこまでしっかりした感じなのはあんまりだけどネ」
例えば、と一度区切り、欄干に手をつき外を見た。
そしてそこに流れる無数の川を指差し、いち、にー、さん。
「この街、橋とか川とかめっちゃ多いよね。そのせいか水辺にまつわる話とか結構多かったりしてね~。変なとこだと、ずっと川面を見てると昭和にタイムトラベル出来るとか、ゴーレムが棲んでる川があるとか……タマちゃんはそんなの聞いた事無い?」
「……さぁ~……」
……色々と微妙に掠ってんのが判断に困るな。
ちょっと悩んで結局すっとぼけで返してしまった訳だが、歪いびつは気付かなかったようで、その後もどっかで聞いた事があるような無いようなウワサ話が続いてゆく。
それを聞く限り、彼がこの街に都市伝説を調べに来たというのはどうも本当の事のようだった。
あちこち惜しい具合にピンボケこそしているものの、語られる話の節々に心当たりや身に覚えのある情報がうっすらと混じっており、実地での聞き込みなり何なりを行った事が窺える。
おそらく一日二日の短期間ではなく、そこそこ継続的に活動していたのだろう。バッタリと顔を合わせたのがたまたま今日だっただけで、これまでにも街中でニアミスしていたのかもしれない。
まぁそんなこんな、とりあえずコイツがこの街に居る理由には納得はした。したのだけれども……。
「……ねぇ、これいつまで続けんの? いい加減ぐったり来てんだけど」
ウンザリとそう零す。
そもそもの話、私がこうしてコイツに付き合わされてんのからして意味分かんねーのである。
オカルトの知見を持つ地元民として話が聞きたいとの事だったが、無理くり捻り出して来た言葉なのはあからさま。何かを誤魔化したいのは十分に伝わったから、そろそろおうちに帰して欲しかった。
「もーさぁ、よく分かんないけど私が悪かったってぇ。ホントに何も聞かないし、もう調べもしねーってぇ。いっそあそこであんたと会った事ごと全部忘れてやっからさぁ、ねぇ~……」
「な、何の話カナー!? 言ってるコト分かんないけど、でも是非そうして欲しかったりするけどぉ、いや別にね? そういうアレとは別にね? 君とお話ししたいっていうのも別に嘘じゃあなかったんだからね? ホントホント」
しかし歪いびつは慌てながらもそう言って、両手を合わせてペコペコ拝み込んで来る。
なんかもう果てしなく嘘くさかったけど……同時にその様子からは真剣さのようなものも感じられ、少しだけ顎を引いた。
「ぼくねー、この前のアレ……イベント会場での怪異が人生で一番すごい超常体験だったんだよ。あ、勿論だけど廃病院の方だよ。へんなヒトの予知なんかじゃなくって」
――セェンシティィィェァ゛ァ゛ァ゛……!
なんか世界のどっかで変な化粧の怪人がバチ切れてる気がする。どうでもいいや。
「だからさ、あの時のメンバーと色々またお話とかしたいなーって気持ち自体はずっとあったんだよ~。インク瓶くんとは顔合せたけど、どちらかと言えば情報交換とかのノリであんまり盛り上がらなくって」
「当たり前だろ……つーか、巻き込まれたヤツなんて他にもたくさん居んだから、そいつらとやっときゃいいだろが」
そう、件の百物語のオカルトに巻き込まれた被害者は数多く、そして結果的にはたった一人を除いて全員が生還している。
今もピンピンしているという剛拳おじさんや、それこそ例のクソババァなんかは喜んで感想会でも何でも応じてくれるだろうに――そう突っつけば、歪いびつは困ったように苦笑をひとつ。
「それがそうでもないんだよ。霊侭坊さんは修行とかで行方不明だし、地圀さんには絶っっっ対近寄りたくないし。他もあの時の事は語りたくないってヒトらばっかりで」
「……観客の人らは。あんたのファンも居たんなら、同じノリのヤツも……」
「あ、ぼくあれからめっちゃオーディエンスアンチだから。もう金輪際ファンミとかやりまっちぇ~ん」
「…………」
……触れづれー。
おちゃらけの中に混じる本気の拒絶を感じ取り、私は何も言えず黙り込み、
「――ああそうだ、タマちゃん聞いてる? ひゅどろんチのSUMITOくん、目ぇ覚ましたんだって」
「……んぇ!?」
続いた言葉に、素っ頓狂な声が出た。
ひゅどろんチのスミト――あの廃病院の中、最後まで私と行動を共にしていた少年だ。
ホラー配信者グループの一員で怪談イベントの出演者だった彼は、百物語のオカルトから生還こそ出来たものの、酷いケガを負って意識不明の重体となっていた。
やたらビビるわ逃げ出すわで面倒事も多々かけられたが、アイツのおかげで事態をどうにか出来たと言っても過言ではなく、私もその後が気になってたけど……そっか、なんとかなったんだ。
驚きの裏からじわりじわりとホッとして、あの日からつっかえていたものが今やっと抜けていったような気がした。
「少し前にインク瓶くんから連絡来ててね。何かまだちょっと容態安定してないみたいだけど、落ち着いたら話聞きに行くんだってサ」
「そ、そうなんだ……よかった」
「ネー。ぼく最後まで付き合わなかったから分かんないけど、あの後彼も頑張ったんでしょ? 助かってよかったよかった」
……なんか腹立つな。
カラカラと笑う歪いびつに胡乱な目が向いたが、嬉しいニュースなのは確かなのでここは素直に喜んでおく。
「お見舞い行けるようになったら、ぼくも色々と聞きたいよね~。インク瓶くんがお話に行くって事は、心の方は大丈夫側っぽいし」
「やめといたれよ……私だってあん時の事はあんま話したくないんだからさぁ」
というか、正しく話せる自信が無いと言うべきだろうか。
当時の私はある意味正気を失った状態となっていたため、私自身のとった行動や抱いた感情を上手く説明できる気がしないのだ。
スミトもスミトで最後はとんでもない目に遭って終わった訳だし、何度も掘り起こすのも酷だろう。
そう苦言を呈せば、歪いびつは「え~」と渋る気配を見せたものの、それ以上は特に食い下がる事無く身を引いた。
「ちぇ……まぁしょうがないかぁ。後でインク瓶くんに何話したか聞かせてもーらお」
「……テンション高くしてんのに、随分あっさり諦めんのな」
「地圀さんみたいになったら終わりだからネ。自重自戒の慎みの介」
納得しかなかった。
あのクソババァからの教訓にさもありなんと頷いていると、名残惜しそうな目がこっちを向いた。
「君もそんな嫌なら、あの時の事はもう聞かないけどさぁ……せっかく会って話せる流れになったんなら、せめてこの街の事についてやっぱり何かしら知見ほしいな~っていうかぁ……ネ?」
「……もしかしてさ、今こうやって私つれ回してんの、どっかホラースポットとかにつれてけって話? インク瓶から私の事聞いてんのに?」
その場で足を止め、先行く彼をねめつけた。
しかし歪いびつはキョトンとした顔をして、戸惑い混じりに小首を傾げる。
「だって君、ずっとここ住みで長いんでしょ? それで霊能力者ならホンモノのスポット一個くらい知ってるでしょ~絶対」
「……そんだけ?」
「? 違うの?」
その噛み合わない言葉尻には嘘や誤魔化しの気配は無く、どうやら私のオカルト誘引体質については全く知らないようだった。
……まぁ、思えばコイツはこれまで結構な期間この街で調査して来たというのに、簡単に探し出せる筈の私に接触しては来なかったのだ。
バッタリ会ったのもただの偶然だし、むしろアレが無ければ進んでスルーしていた節すらあった。
(……そりゃそうか。インク瓶だって、私の事ベラベラ触れ回るようなヤツじゃないもんな)
いかりかけていた肩が、ゆっくりと下がってゆく。
いきなりピリ付いたかと思えばホッとした私に、歪いびつは不思議そうな目を向けて……しかし深くは踏み込まず、気にしない風にか何やらグチグチ零し始めた。
「っていうかサ、あんな大きな超常現象が起こった街だよ? あっちらこっちら他にも何かあると思うのが普通じゃあないの。現着した時だって、もしかしたらまたあんな目に遭っちゃうかも!? ってガクブルしてたんだよこっちは!」
「ビビってんならそもそも来んなや……」
「いやいやいや、だからこそなんだって。そうやって怖がって、みっともなく震えて、その場凌ぎに必死になってる時間が、後から振り返った時いっちゃん楽しいんだから」
やっぱ変な風に拗らせてんだよなコイツも……。
そう引き気味になっていると、歪いびつは何やらスマホを取り出し、画面をこちらに向けて来る。
何かのテキストアプリらしいそこには今日までの調査記録っぽいものがまとめられており、さっき聞いた水辺の話以外にも多くのオカルト話が並んでいた。うげー。
「で、どう? スポット案内イヤっぽいなら無理強いしないけどさ、こっちは? ホンモノちゃんから見て、ホンモノ話一個くらい混じってたりしない?」
「えぇ……しらんて……」
「ぼくとしては、これなんか情報多い分ちょっと気になってるんだよね~。都市伝説っていうか、子供の中で流行るおまじないの類なんだけど」
そう言って話を聞かない彼がスマホを操作すれば、画面に短い文章が表示された。
――『幸せが見つかるおまじない』
地面に小さな穴を開けてねじった袋を詰め込み、しばらくおいて「あかいと、しろいと、幸せのいと」と唱えながら引っ張り出す。
出した袋が膨らんでいれば、それがあなたの幸せのカタチ。
「……何これ」
「一時期この街で話題になってたっていうおまじない。1980年後期から90年代初期とか、そのあたりみたいだね」
「ふーん……」
よく分からんけど、確かに小中学生とかで流行ってそうな感じ。
それ以上の感想も無く生返事をしていると、聞いても無いのにその詳細を語り出す。
「当時はオカルトブームが来てたから、こういうのも各地にぽこじゃか生まれては消えていったんだよね~。ご当地都市伝説探すなら70年代90年代を当たれとはよく言ったもんで」
「しらねー、帰っていー?」
「まぁまぁまぁまぁ……それでネ、このおまじないも当時はすぐに埋もれて消えちゃったんだけど、それから暫く経ってまたちょっぴり話題になったんだ」
スマホの画面が変わり、とある古雑誌の直接撮影された画像に切り替わる。
おそらくオカルト雑誌であろうその記事には、不穏極まりない見出しが大きく掲載されていた。
――『御魂橋市内にて切断死体発見か』
「うぇ……なに、バラバラ殺人……?」
「今から十五年くらい前かな、街中で女の子の死体が見つかったんだってさ。そして目撃者曰く、突然地面から飛び出して来たように見えたとか」
「いや訳分らん……え、それでその古いおまじないネタを引っ張り出してくっつけたって? バカじゃねーの」
確かになんとなくこじ付けられそうな雰囲気は無くもないが、流石に強引すぎんか。
しかもわざわざ『幸せが見つかるおまじない』を持って来るのがより最悪。趣味の悪い話に鼻の頭へシワをつけていると、歪いびつが微笑ましげにうんうんと頷いた。んだコラ。
「で、こういう実際の猟奇事件と紐づく不謹慎タイプって、拡散過程の情報とかも結構明確に残ってるんだよ~。このおまじないも事件の後は呼ばれ方が変わってて、おそらくその女の子の名前っぽいのに――おっ」
突然言葉が途切れ、歪いびつが明後日の方を見る。
つられて視線を追えば、少し離れた所にある排水溝の穴にゴミが詰まっているのが見えた。
たぶん、ゴミ箱代わりにビニール袋でも押し込んでった不届き者が居たんだろう……と、そこまで考えイヤな予感がした時には既に、歪いびつがウキウキしながら向かっていた。コイツ……。
「お~っとゴミが落ちているぞぉ~、善良な観光客としてあんなの見逃せないヨ~!」
「うぜー……」
わざとらしい寸劇をゲンナリと眺めていると、彼は排水溝前に立つなりニンマリとした笑みをこちらに向け――勿体ぶった見せつける仕草で、ビニール袋を引き抜いた。
「――あそ~れ『いちるちゃん』! あかいと、しろいと、幸せのいと~……なんちゃって」
――あっ、まず、
「っ……?」
その時、右眼に妙な疼きが走った。
それはほんの一瞬のもので、反射的に手をやった時には残滓すらなく消えていた。
……どうしてか、私はそれを追いかけるように、ゆっくりと右眼の縁を指先でなぞり、
「――あ、あれ? これちょっ、あれぇ……!?」
「!」
その慌てた声で我に返った。
いつの間にか下がっていた顔を上げれば、そこでは歪いびつが一人でジタバタ騒いでいた。
一瞬何をしているのかとも思ったけど、すぐに分かった。
ビニール袋だ。彼の手に掴まれたそれが、どういう訳か内側から膨れ上がり、パンパンの風船のようになっていて――。
「――ッ!?」
――破裂。何かを叫ぶより先にビニール袋が弾け飛び、大量の白煙が爆発するように広がった。
逃げる事は勿論、悲鳴を上げる間すらなく。
私と歪いびつはその場に棒立ちのまま、周囲の景色ごと一瞬でその中へと呑み込まれてゆく。
(――?)
……その、寸前。
白の中に、赤い瞬きを見た気がしたけれど。
当然確かめる事なんて出来ないまま、全てが白に包まれた。