異女子   作:変わり身

122 / 124
「おまじない」の話(中④)

*

 

 

 

「……このお屋敷についてる曰くってさ、どっちかと言えばジメジメ系なんだよ」

 

 

ぎし、ぎし。

踏みしめる度に深く軋む長廊下をおっかなびっくり歩きつつ、歪いびつがぽつりと零す。

 

 

「建物の隅の方に、地下室に降りられる場所があってね。座敷牢……まぁヒトを監禁するための部屋になってる。そこで何人も死んでるんだってさ」

 

「……、なんで」

 

「そりゃあ、ねぇ? 座敷牢なんて大体がそういうものなんだから、ここも例に漏れずにそうだったってだけじゃない? あ、近年になってからはそういう話は無いそうなんで、そこらへん心配ないからネ」

 

 

どこもかしこも不安でしか無いんだが。

なんとなく床の下からジットリとした寒気が上がってくる気がして、無意識に歩幅が狭くなった。

 

 

「だからかどうかは知らないけど、報告される心霊現象もラップ音とか電子機器のちょっとした異常とかで……あんな外でドタドタやってくるみたいな派手なの、聞いた事無いんだけどなぁ……」

 

 

そう言って、歪いびつがキョロキョロ周囲を見回した。

 

……ついさっきまで外で掻き鳴らされていた騒音は、もう聞こえては来ていない。

それに心が軽くなる一方、その静寂がどうにも不気味でもあり。冷たい焦燥感がおなかの底を炙ってくる。

 

 

「さっき、玄関の外……何が居たのかは分かんないけどさ。でもやっぱ、このお屋敷の曰く的なのじゃない気がするんだよね。たぶんなんだけど、別口から何か――あっ、あそこエレベーターの気配するから開けてイ?」

 

「あるワケねーだろ早よ行けや……!」

 

 

きっと、コイツも見かけほど余裕があるって訳でも無いのだろう。

青い顔でベラベラ並べ立てつつよく分からん発作を起こしている歪いびつの背中を押して、奥へ奥へと進んで行った。

 

 

インク瓶から『奥へ』という指示を貰った私達だが、どこまで行けば良いのかまでは伝えられていなかった。

詳しく聞こうにも、直後にまたインクが崩れ始めて読解不能。ひとまず間取りを知るという歪いびつを先導に、母屋の中を探索する事とした。

 

……のだが、屋敷内は平屋のクセに相当に広く、ともすれば踏み抜きそうな足元と、先程の異音への警戒感。おまけにありもしないエレベーターを探したがる歪いびつのおかげで歩みは牛歩も良いところ。

それでもどうにか廊下を進み続け……やがて、突き当りに佇む大きな襖をスマホのライトが舐め上げた。

 

 

「……この先?」

 

「うん。大人数が集まれる大広間になってて、位置も大体お屋敷の中心あたりだからネ。奥ってなったら、とりあえずここら辺からだよな~って……」

 

 

言いながら襖を開き、そろりと中を覗き込む。

 

そこは歪いびつの言う通り、結構な広さの大部屋だった。

床一面には畳が敷き詰められていたがそのほとんどがズタボロで、何故か引っぺがされている部分も幾つかある。ゴミや瓦礫もあちこちに散らばっており、これぞ廃屋という感じの酷い荒れ具合だ。

 

 

「……スマホには、何も映ってないネ。何か視える?」

 

「や、特には……てかすげー散らかってっけど、ここでもなんか事件あったん……?」

 

「まー建物系のスポットは結構こうなりがちだよね。特に有名所ともなれば、それだけヘンなヒトが入り込む率も高くなるから」

 

 

どうやら、この部屋の惨状は後付けで齎されたものらしい。

とりあえず何も潜んでいないようなので中に入り、改めて室内を見回した。

 

 

「ここもイベント会社さんが買い取って、ちゃんとした形でやってる場所なんだけど、そういうの知らなかったり無視したりで勝手に入っちゃうヤカラも割と居てね~。運が悪いとそういうのとかち合っちゃってまぁ面倒で」

 

「ふーん……」

 

「ここも前来た時より散らかってる気がするから、ぼくの後にタチ悪いのが来てたのかもしれないね。この畳とか、前は絶対もうちょっと……、……」

 

「……?」

 

 

いきなり会話が止まった。

 

別に深く聞き入っていた訳じゃないが、怪訝に思い歪いびつに目をやると、何やら考え込んだ様子でスマホを黙々弄っていた。

何か異変でも見つけたのだろうか。そう声をかけようとした時、懐の手帳が小さく揺れる。

 

 

「! ね、ねぇ、だいじょぶ? 繋がった……?」

 

『 ※※ー、ごめんね。※ょっと、こっちも少し どたばたしてて……※りあえず、へやのおく※※を、 みて※ 』

 

「えっと……? 部屋の奥って……、っ!?」

 

 

促されるまま顔を上げれば、突然奥に並んだ襖の一つが、音もなくひとりでに開かれた。

思わずギョッと身構えるものの、しかし特に誰かが入って来るという訳でもなく。奥の暗闇からうっすらと靄が漂い、大広間の畳に広がった。

 

 

『 そ※先、うらぐち※※いてる から。そこから先※、すすんで 。 よ※しくね 』

 

「……あの、今、何した……? あんたがやった……んだよな?」

 

『 あー※ あの、ほら まえの※にやったでしょ。かん※ょう するの。あれ 』

 

 

……干渉、とでも書いたのだろうか。

 

確かに廃病院の異界の時は、インクを通じてエレベーターを操ったりとか色々とやっていた。

ここが異界だというなら、同じ事が出来てもおかしく無いんだろうけど……なんだろう、あんまりしっくり来ていない。

 

だって廃病院でインク瓶が何か行動を起こす時は、エレベーターのボタンにインクを潜り込ませたり、私の手をインク染めした紙で包んだり、それっぽい事をやっていた筈だ。

 

でも、さっきのヤツにそんなのあったか……?

少なくとも黒インクは手帳の外には一滴も出されていない筈だし、私も特に何か手伝いをした記憶も無い。干渉するにしたって、どうやって……。

 

 

「……なるほど? とにかく、あれは行って良いやつなのね」

 

「あ……」

 

 

そうしてモヤモヤしていると、いつの間にか後ろから手帳を覗き込んでいた歪いびつが、開いた襖に向かって行ってしまった。

咄嗟に呼び止めようとしたものの――しかし結局その理由も見つけられず、私も観念して後に続くしかなかった。

 

 

「来るとこ合ってたみたいでよかった~。ここじゃないってなったら、座敷牢の方行かなきゃだったもんねぇ。屋敷の奥って意味では地下もだし」

 

「……それは、ヤだけど……」

 

「にしても――裏口への順路なんてよく知ってたね、インク瓶くん。もしかしてここ来た事あったりする?」

 

 

……そういえば、確かに。

まぁインク瓶もオカルトライターだし、ここ含め心霊スポットにも沢山行ってそうな気はするけども。私は歪いびつにも返事が見えるように手帳を掲げ……。

 

 

『 ……※※、が ※※※ ※』

 

「あー、もー……」

 

「…………」

 

 

しかし少しの沈黙を挟み、またもや文字が崩れてしまった。

流石にここまで来れば焦りも少なく、むしろウンザリとしてしまう。

 

 

「……ほーん。まぁ、とりあえず行こうか。裏口から外に出るんだよね?」

 

「そうっぽいけど……でも大丈夫なんかな。外、さっきのドタドタ……」

 

「行けって指示が出たなら、もう行けるんじゃないかな。玄関の戸が開かなかったの、そういう事なんだろうし」

 

「……なにが?」

 

「いや、さっきぼくら閉じ込めたの、たぶんそのインク瓶くんだしさ」

 

「え?」

 

 

何を言っているか一瞬理解できず、ぽかんとする。

すると歪いびつは僅かに目を細め、今しがた通ったばかりの襖をガタガタ動かした。

 

 

「この襖が動かせるんなら、玄関の戸も出来るでしょ。そもそもこの屋敷に誘導したのそのインク瓶くんなんだから、やってるってこれ絶対」

 

「え、えぇ……? や、でも、なんで……?」

 

「単純にあの足音のやつを防いでくれたんじゃない? んで今はそれが居なくなって安全確認ヨシ! 外出ていいヨ~……みたいな」

 

「…………そうなん?」

 

 

おずおずと手帳に問いかけてみるものの、今度は反応すらしやがらなかった。

なんなんだよもー……。

 

 

「また足音が戻って来てもおっかないからね……ささ、タマちゃんもはよはよ」

 

「…………」

 

 

……暫く待っても、黒インクに変化は無く。

私は少しだけ爪先を迷わせた後、靄の流れる襖の敷居を跨いだ。

 

 

 

 

いやに奥から靄が漂って来るなとは思っていたが、行けば裏口の扉が大きく開放されていた。

きっとまたインク瓶が開けたのだろう。戸口から覗く外の景色は変わらず濃い靄により真っ白けで、屋内の薄暗さとのコントラストを強めているようだった。

 

けたたましい足音なども特には聞こえず、流れて来るのはささやかな川の音だけ。

二人して恐る恐る戸の外に頭を出してみたものの、見えるものは当然の如く白ばかりで――すると突然目の前の靄がうねり、細波を走らせた。

 

 

「んなっ……」

 

 

咄嗟に頭を引っ込め身構えたが、しかし中から何が出て来るという訳でもなく。

私達は警戒しながら首を傾げ……ふと、とある方向の靄だけ不自然に薄れている事に気が付いた。

 

他はどこも真っ白なのに、その方向だけ遠景がうすらぼんやり見通せる。靄がピンポイントに捌けている。

……道を作られているのだと、察した。

 

 

「……こんな事も出来るの? その、インク瓶くん」

 

「……たぶん?」

 

 

出来るか出来ないかで言えば、出来るんじゃないかとは思う。

でなければ、きっと私達はあの廃病院から無事に帰れていない。ガラクタのパソコンに潜り込んでいく黒インクの姿が脳裏をよぎる。

 

そう、それを思えば、今目の前に広がっている光景も呑み込めなくはない……のだが。

 

 

「え、え~っと……行く? ヨネ?」

 

 

歪いびつも流石にこれには勝手知ったる何とやらとはいかないようで、どこか縋るようにこちらの様子を窺っている。

 

……私はもう一度だけカメラアプリで見える範囲に何も居ない事を確認し、靄の中へと踏み出した。

 

足裏に草を踏む感覚が伝わり、更に少し進むとすぐに地面が固いものへと変わる。

橋の舗装のアスファルト――ハッとして振り向けば、背後は既にぶ厚い靄の壁に沈み、S屋敷の姿は全く見えなくなっていた。

 

 

「えぇ……?」

 

 

カメラ越しにも見通せないその変わりように思わず呆気に取られていると、少し遅れて靄の中から何も気付いてない歪いびつがズボッと現れ、私につられて背後を振り向きギョッとする。

 

 

「あ、あれぇ……? 君ちょっと行きの時と顔違わない……?」

 

「……戻るな、つってんのかな」

 

 

ちらと手帳を一瞥するが、まだ反応は無し。

仕方なく前へと向き直ると、そこにはさっきと変わらず遠景がぼんやり浮かぶ筋道が引かれている。

 

行きはよいよい帰りはこわい……という訳では無いだろうが、なんにせよ一方通行推奨のようだ。

再び靄を突っ切りS屋敷に戻らなければいけない理由も無く、のこのこと先へと進んでゆく。

 

 

「……屋敷の裏っかわ、確か険しめの山路だった気がするんだけどナ~……」

 

 

平坦なアスファルトを気味悪げに踏みしめながらぼやかれるけど、突然オンボロ屋敷が出て来た時点で今更だろう。

そうしてブチブチ続ける歪いびつを流しつつ歩き続けていると、また足裏に伝わる感触が変わった。

 

ざらついた砂利の道。ゆっくりとカメラを巡らせると、いつの間にか目の前に古びたトンネルが口を開けていた。

 

 

「なんだここ……」

 

 

入口の壁面周りに蔦がこれでもかと這った、見るからにおどろおどろしい雰囲気。

……この街にはこんなとこ無いし、またS屋敷みたいなヤツだろうか。とりあえず歪いびつを見やれば、やはりと言うべきか懐かしそうに頷いていた。

 

 

「■市の旧Yトンネルだね。ここも心霊スポットとしてかなり有名で、女幽霊絡みのいろんな都市伝説が残ってるの」

 

「うげ、やっぱそういうとこかよ……」

 

「旧とはついてるけど、今でも現役でかなり行きやすくってね。おまけにもう心スポとして浸透しちゃってるからか、役所の撮影許可も意外とあっさり下りるんだよ~。周りの治安もそこまで悪く無いし、凸始めるならまずここら辺からをオススメするネ!」

 

「しらねー聞いてねー」

 

 

ともあれ、予想通りここも有名ホラースポットであるらしい。

 

しかもまた歪いびつが来た事のある場所みたいだし、やっぱ今起きている地形の変化の原因もう絶対コイツで確定じゃねーか。

改めてじっとり睨んでいると、また親しみのある場所を見てか若干顔色を戻した下手人がトンネルの中を覗き込んでいた。

 

 

「……物音とかは、特にしないかな。これ入っちゃっていいんだよね?」

 

「インク瓶……は、黙ったまんまだけど……」

 

 

背後を見れば相変わらず靄の壁が聳えており、暗に前進を指示されているのは察せられる。

 

……こんなホラースポットばっか突撃してて、ホントにどうにかなんのか?

インク瓶だってなんか反応しない事多くなってるし、おまじないも安定するどころかむしろもっと酷くなって来てないか……?

 

そんな燻りがそろそろ無視できなくなって来るけど、示された進路は前方のみ。

私は溜息ひとつでどうにか堪え、さっさと旧Yトンネルとやらの中へと足を踏み入れた。

 

 

「……なんか、暗いな」

 

 

電灯はぽつぽつと続いており明かり自体はある筈なのに、妙に薄暗く感じる。

 

じっとりとした冷たさのある空気が肺の中へと重たく降り積もってゆく、ヤな感覚。

S屋敷でも感じたそれを散らかすようにスマホのライトをチカチカ振るけど、漂う靄に吸い込まれていくだけ。目にもうるさく、すぐ止めた。

 

 

「……懐かしいな。ぼくも初心者の頃、ここで動画素材撮ったんだよ」

 

 

そうして黙々と奥へと歩く中、また歪いびつが何やら語り始めた。

いい加減に相槌さえも面倒になり流したものの、構いもせずにブツブツ続く。

 

 

「といっても、奥の方とか壁とか延々と映してただけなんだけどネ。当時はずっとビビり散らかしてて、ピンボケ手ブレも酷くって……」

 

「……へー」

 

「それでも、動画編集の時にじっくり眺めてたから……今も色々ちゃあんと覚えてるんだよ。壁のヒビ割れとか、ラクガキとか、そういうのもサ――」

 

「……?」

 

 

……なんとなく、言葉尻に含むものを感じた。

 

そっと様子を窺えば、歪いびつのライトが壁面のとある一点をじっと照らし上げていた。

そこにあったのは、何が描いてあるかも分からんヘッタクソなラクガキがひとつ。ごく最近描かれたのだろう比較的真新しいそれを、彼はどうしてかまじまじと見つめていて――。

 

 

「――うわっ!?」

 

 

突然、前方にぶわりと靄が充満した。

 

そして瞬く間に奥への道をぴったりと塞き、背後のそれと同じぶ厚い壁と聳え立つ。

何ひとつの前兆無く発生したそれに、私は一瞬ただ呆け――直後、鈍い金属音が鼓膜を揺らした。

反射的に振り向けば、トンネル壁面に取り付けられていた非常口らしき扉が、錆を吹きながら開け放たれたところで、

 

――あっちだ。

跳ねた手帳にそう直感し、歪いびつの襟首掴んで駆け出した。

 

 

「んぐッ!? ちょ、何っ――!?」

 

 

何やら悲鳴が上がったが全部無視して非常口に飛び込むと、その瞬間に扉が勢いよく閉じられた。

 

S屋敷の玄関と起こった事は同じだが、あの時と違って締め方が随分と乱暴だ。

この扉が錆塗れのせいなのか、或いは余裕が無いのか――なんて考えかけた時、すぐにその答えがやって来た。

 

 

――……ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……――。

 

 

「ッ!?」

 

 

例えるなら――壁に爪を立てたまま、ずっと引きずられてゆくような音、だろうか。

 

それが壁の向こう側、金属扉を一度叩いて入口に向かって流れてゆく。

咄嗟に身構えた時には既に通り過ぎていて、あっという間に遥か彼方へと消え去っていた。

 

……一体何が起きて、何が引きずられていったのかも分からない。

分からないけれど……少しでも非常口に飛び込むのが遅れていたら、間違いなくその『何か』と鉢合わせていた事だけは、痛いほど分かった。

 

 

「…………」

 

 

ぱらりと、錆の塊が足元に落ちる。

固く閉じられていた非常口の扉が、ゆっくりと開き始めていた。

 

……私は動かない手帳を握り締め、じっと扉を見つめ続け――こちらを向いた扉の表面、そこに引かれた何本もの赤黒い筋に息を呑む。

 

 

「……こ、こんなラクガキ、あったカナ~……?」

 

 

震える声で茶化す歪いびつを背後に、恐る恐る外を覗けば、左右の壁に扉と地続きの筋が延々と伸びていた。

 

血と肉の残骸。さっきは絶対に存在しなかった、悪趣味なラクガキ。

きっと引きずられていった『何か』の、引っ掻き続けた指肢の痕――。

 

――ぽちゃん。

靄で覆われたトンネルの入り口側から、水の音がした。

 

 

「……なん、なんだ……」

 

 

ちらと見やったトンネルの奥は、未だ靄で塞がったまま。

振り返り、非常口の奥を見ると、薄靄の筋道はそちらへと拓かれている。

 

……私は非常口の扉をしっかりと閉じ、避難経路の方へ足を向けた。

 

 

「ふ、普通に行くんだ……?」

 

「や……どうせ、こっち行けって事だろうし……何が何やら分かんないけど、もうヤだろ。奥行くのも、戻るのも……」

 

「それはそう」

 

 

歪いびつも最後に非常口を恐々眺め、私に続いた。

それきりなんとなく言葉が途切れ、表のトンネルよりだいぶ細い通路に二人分の足音と息遣いが静かに響く。

 

 

「……ねぇ、この先ってどんな感じになってんの」

 

 

薄暗く、見慣れない造りのあちこちにライトを振りつつ問いかけた。

 

S屋敷周りを見る限り、本来と同じ場所に繋がってはいないんだろう。

それは分かっちゃいるが、しかし私もトンネルの非常口なんて特殊な場所にはこれまで入った事が無いのだ。

 

この避難経路の先がどういう造りになっているのか、多少の把握はしておきたかった。……んだけれど。

 

 

「う~ん……ごめんネ、ぼくにも分かんないや」

 

「はぁ?」

 

 

いや昔撮影に来た事あるんちゃうんかい。

また適当におちゃらけ始めたかと睨み付ければ、しかし歪いびつの表情はどこか神妙なもので、続きかけた文句が二の足を踏む。

 

 

「いやね、確かに昔来たとは言ったけどさ……許可出たの、流石に常識的な範囲だけなんだよ」

 

「……つまり?」

 

「こういう舞台裏というか、非常用の施設みたいな大事な場所は自重して入って無いの。だから、ここも初めて入った訳で……」

 

「…………」

 

 

……それは、どういう事になるんだろう。

なにか前提のような物がズレた気がして、話を咀嚼するのに時間がかかり――そうして黙々歩く内、ふと気付けば先の方から明るい光が差し込んでいた。

 

 

「……出口?」

 

 

どうやら通路としてはあまり長くはなかったようで、いつの間にか出口近くにまで来ていたらしい。

私はひとまず思考を中断し、開けっ放しの金網から外の様子を窺っ、て、

 

 

「――……」

 

「……山の中、かな? 靄は……あんまり濃くないね、これまでよりは拓けてる……」

 

 

……歪いびつが冷静に状況把握をしているけれど……私には、そんな余裕なんて無かった。

 

だって、見覚えがあったから。

 

立ち並ぶ背の高い木々。申し訳程度に切り開かれた山道に、雑に置かれた石の段。

少し先に見える広場みたいな低い台地と、そこに刺さったボロボロの略地図板も。

 

特別なものなんて何も無いし、そこらの山を歩けば似た場所なんて幾らでもある。

けれど……その景色のひとつひとつに宿る思い出が、私に決して見間違いを起こさせず――。

 

 

「……言ってなかったけどさ。この異界って、原産ぼくだよな~って思ってたんだよね」

 

 

そんな中、歪いびつがぽつりと零した。

 

 

「S屋敷に、旧Yトンネル。二つともぼくが行った事のある場所だし、それ参照されてんのかな~って。いやもうなんだったらS屋敷見た時点でうっすらピンと来てたからね。これ以上責められるの嫌なんで知らんぷりしてたケド」

 

「…………」

 

「でも……それも違うかもナ~って、じわじわ思ってて。何か土地の情報がアップデートされてるっていうか。S屋敷はぼくが行った時より散らかってたし、Yトンネルも見た事ない落書き増えてて……非常口の先だって、知りもしないし……」

 

 

そして慎重に森の中に歩を進めると、改めて周囲にスマホのカメラを向けた。

木々、山道、台地、略地図。ひとつひとつをじっくりと眺め――やがて、困った顔で首を傾げた。

 

 

「――いや、ここもドコ……? 本気でミリも知らないんだけど……やっぱ何かこれ、ぼくじゃないよね……?」

 

 

…………この、場所は。

御魂橋市の森林エリア。とある低い山中にあり……そして私は、今年の初め頃にここを訪れた。

 

お正月、とある寒い日の初詣帰り。

嬉しそうにニコニコ笑うあの子に引っ張られ、勢いのままここに来た――。

 

 

――この場所は。

かつて私とあかねちゃんが一緒に動画を撮影した、私達だけのホラースポットだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。