*
――ソドムズゴモラ プリンセス・シャトー。
このバカでかい銭湯は、そんなややこしい名前であるらしい。
「あー、なんて説明すれば良いんだろナ~。う~んと、その……そ、そう、言ってみれば、特殊な大型ヘルスセンター……みたいなもんなんだよね、ここね!」
半ば雑草に埋もれかけたその入口を眺め、歪いびつがどこか歯切れ悪く語る。
「ヘルス……? なにそれ」
「え~~~~っとォ……健康的っていうかァ……エステとかサウナとかァ……そういう施設が色々集まってるゥ……今だとスーパー銭湯みたいな感じになるのかな? どう思う?」
「なんで逆にこっち振ってくんの……?」
……スーパー銭湯に馴染みが無いから何とも言えんが、ようはお風呂を中心に楽しむ総合レジャー施設みたいな感じなんだろう。
なるほど、それなら銭湯にしては独特すぎる名前や外観にも納得がいく。うすらぼんやり抱いていた違和感がストンと落ちれば、視界の端で歪いびつがホッとするように汗を拭った。なんなんだよ。
「ふぅ……そ、それでね、建てられたのが五十年くらい前になるのかな? 一部のお金持ちをお客さんにして運営してたらしいけど、バブル崩壊の余波で潰れちゃったんだって。……たぶん他にも理由あったんだろうケド」
「ふーん……」
バブルが云々なんて私にとっては教科書の一ページでしか無いけれど、こうしたでっかい残骸を前にしてみると若干の現実感みたいのが湧いてくるから不思議である。
私はちょっとだけ課外授業を受けてる気分になりつつ、そのまま靄に包まれる建物をしばらく眺め……チラリと歪いびつに目を戻す。
「……行かんの?」
「…………、お先、ドーゾ?」
コイツ……。
思わずじっとり半眼になったが、歪いびつは必死になって言い縋る。
「違うんだよぉ、行きたくない訳じゃなくってむしろめっちゃ入りたいとこなんだけどぉ! 君と一緒に入ったとこ見られたら炎上どころか終わるんだよぉ色々!!」
「は、はぁ? なんでよ、スーパー銭湯だってんたら別に普通なんじゃないの。子連れなりなんなりとか――」
「ここに子供同伴は完全に終わってるのぉ! というか実際たぶんそういうので終わってりゅのぉ!!」
意味が分からん。
そもそも今の状況じゃ誰に見られるも何も無いだろうに、いつまで経ってもビービー喚いて収まらず……。
……まぁ、逃げ出すとかじゃないんなら何でもいいか。
私は投げやり気味に溜息を落とし、建物正面を塞ぐ背の高い雑草の中へと踏み入った。
「うわ……ここもひどいな……」
雑草だらけの時点でその荒れ具合は察してはいたが、改めて近くで見ると相当なものだった。
入口に並んでいた筈の自動ドアはほとんど外され半ば吹き抜けとなっており、そこから雑草や蔦がエントランスホールの方にまで入り込んでしまっている。
全体的に洋風チックな造りのホールの中、床や壁のヒビ割れに根を張る緑をなんとなく追ってゆけば、室内の所々にある形の崩れた調度品がやたらと目についた。
半身が砕けた少女の彫像に、顔が爛れた裸婦の油絵。そして元が何なのか分からない程に破壊された巨大なオブジェ。
物言わぬ、けれど妙に存在感を放つそれらは、この空間をS屋敷やYトンネルとはまた違う種類の不気味さで彩っていた。その奇妙としか言えない空気に少しだけ気圧されていると、追い付いて来た女声がそろりと響く。
「ここ、権利関係がだいぶややこしい事になってるみたいでさ。潰れてから解体も補修も全然できてなくて、長い事放置されたままらしいんだよね」
「……な、るほど。だから、こんな――……って、なんで来ないんだよ、こっち」
振り返れば、歪いびつが少し離れた塀の陰に隠れていた。
何故かちょいちょいとホールの上方を指差しており、目を向けると高い天井の隅に監視カメラらしきものが数機ほど設置されている事に気が付いた。
建物のボロボロ具合には見合わない、比較的綺麗で真新しい型の物。周囲から浮いているようにも見えるそれらに首を傾げていると、また小さな声でひそひそと。
「まぁ元から隠しカメラが多い建物とは聞いてるんだけど……それとは別に、後から監視カメラが増設されてるらしくって。ほら、言ったと思うけど、やっぱこういう場所って無断侵入とかするヤカラ多いから、その対策で……」
「……もしかして、アレに撮られたくないって話? いや動いてる訳ないだろあんなの。私らが今どんなとこに居ると……」
「そんなの分かんないでショ! たとえあのカメラが偽物だったとしても、そこに『ある』んだから! もしもだよ? もしあれに二人揃って『いぇ~い見ってる~?』やって、もし何かの間違いで現実の方の録画にそれが行ってたりしたら――ほぎゃー!」
そう言って勝手にムンクになる歪いびつだったが……まぁ、考えてみればあり得ない話でもない、のか?
テレビとかカメラに干渉する類のオカルトは、私にも幾つかの覚えがある。
こっちのカメラで撮られた私達の姿が、現実側のカメラにも普通に記録されていた――なんて、確かにありそうな感じではあった。
「つーか、隠しカメラが多いって何だよ。一応銭湯だったんだろここ、絶対あっちゃダメなヤツだろそんなん」
「ア゜ッ……い、いやぁ~、そのぉ~……あ、そ、そう! それこそがここの曰くなんだよ! 潰れたヘルスセンター跡から見つかった大量の隠しカメラ。盗撮目的かと思われたがしかし、残された映像には凄惨な殺人現場が映されていた……! みたいな!」
「…………」
……うそくせー。
とはいえ無駄に深掘りしたい話題でも無く、私は歪いびつへ胡乱な視線を引きずりつつも改めてエントランスへと向き直る。
屋内に入ったためか薄靄の筋道は消えていたが、行ってはならないであろう場所には濃い靄の壁が立ち塞がり、道に迷う事は無さそうだった。
……私はここらで一度手帳を開くか迷ったものの、結局開かず先へ進んだ。
「えーと、エレベーター探す……で、いいんだよな。奥の方とか……うげ」
エントランスから繋がるロビーは相当に広かったものの、エレベーター自体は手近な通路をひとつ覗けばすぐに見つかった。
……のだが、そのどれもがボロボロの酷い状態で、思わず呻き声が落っこちた。
扉は外れ、カゴの中には瓦礫や資材が詰め込まれ、ボタンを押しても反応は無し。
四基並んだその全てが似たり寄ったりの有様で、インク瓶がどう干渉しようが到底動かせそうにない。
「えぇ……どうすんだよこれ。他にエレベーターってあんの?」
「う、う~ん。建物としての形は大雑把に分かってるけど、中の造りってなるとぼくも詳しくは知らないからなぁ……」
「……え? いや、あんた来た事あるんだろ? でなきゃ、こんな……」
「無いんだなぁこれが。確かにここも有名所のひとつではあるんだけどさ、基本立ち入り禁止で入ったらガチで捕まっちゃうからネ。ぼくはタイーホ覚悟で入ったヒトらがネットに流した情報を、ちょろっとだけ聞きかじっただけだよ」
「…………」
……やっぱり、何かおかしいよな、これ。
コイツがこの場所に入った事が無いなら、なんでこの建物はここにある?
Yトンネルの避難経路もそうだ。私もコイツも知らない筈のものが、どうしてハッキリ形作られている。見た事も無い場所が、じっくり見て来たかのように、詳細に。
(私達の記憶から引っ張ってるって訳じゃないのか……? いや、でも、だったら私とあかねちゃんが動画撮ったあの場所は――)
「……とりあえず、二階上がってみよっか。見たところ、一階部分は行っちゃいけないルートばっかりみたいだし」
そうつらつらと考えていると、ロビー内をきょろきょろしていた歪いびつがおもむろに階段を指差した。
確かに彼の言う通り、目に付く通路や部屋はどこも靄が充満しており、唯一中央奥の階段だけ靄が薄い。
……今ここで考え込んでてもしょうがないか。私はひとまず疑問を横に置き、そちらの方へ足先を向けた。
「……にひひ」
そうして足元の瓦礫を蹴り転がしながら歩く中、わざわざ監視カメラの死角を遠回りしている歪いびつから笑みが零れた。
見れば、どこか興奮した様子であちこちにスマホを向けている。
「……なに。何か見つけた?」
「え、あぁ、いや……ちょっとネ、嬉しくなっちゃってさ」
「は?」
さっきはピーピー言ってたのになんだコイツ。
じろりと睨めば、スマホをこっちに向けてパシャリと一枚。はい盗撮。
「だってここ、入る許可貰うの本当~にムリゲーなんだよ? そりゃ配信者生命捨てれば無理矢理入れはするけど、それじゃ意味無いし。それがまさかこんな形で見て回れるとはネ~」
「……確かに雰囲気はすごいけど……そんなに?」
「いろんな意味で分かりやすいパワーというか、インパクトあるからねぇ。立入厳禁ってのも禁忌感マシマシで、ホラー系・廃墟系の配信者なら一度は企画に見たりするんじゃないかな。許可取りハードルですぐ弾くだろうけど」
「へぇ……」
……ホラー配信者なら一度は、ねぇ。
噛み含みながら、なんとなく階段手すりのヒビ割れをなぞり……ふと、二階部分の天井にある監視カメラと目が合った。
暫くそのままレンズの向こうを見通すように見つめ続けていると、その内小さく軋んで角度が下がる。
私達が階段を上がる振動でも伝わったのだろう。それは分かっているけれど――私には、目を逸らされたようにも感じた。
だってぇ、と。
しょうがないじゃん、と。
気まずげに、言い訳がましくぶー垂れて――。
「さ~て、二階は……ひぇ、ちょ~っと不安だなこれ。あんまりドタバタ出来なさそう……あれ、どうかした?」
「……いや……」
そうこうしている内、いつの間にか階段を登り切っていたようだ。
軽く頭を振って前を向けば、そこには一階に負けず劣らずボロボロの光景が広がっていた。
中央部分を吹き抜けとしてその外周を通路がぐるりと囲んでいるのだが、転落防止の柵のほとんどが破壊されており、下の階がよく見える。
「……私は楽勝だけど、あんた落っこちたらヤバそうだな。監視カメラ避けようとして変な動き方すんなよ」
「う……まぁ、ここは仕方ないか……、……一応聞くけど楽勝って何が? 落っこちるのがじゃないよね??」
ともあれ。
二階部分の靄の様子を確認すれば、左の通路の方が靄が薄い。これまで以上に足元に気を付けつつ、ゆっくりと通路を進んでゆく。
歪いびつも流石に脚運びに慎重になっているらしく、その口数も気付けばだいぶ減っていた。
パキ、ミシ。ペキ、メリ。
静かな通路の中、私達がガラスか何かの欠片を踏む音だけが静かに響き……。
――こり。
「……?」
……知らない内、その中にひとつ、変な音が混じっていた。
最初は気にも留めなかったが、それが繰り返されるごとにやがて気付いた。
丸い爪で床を引っ掻くような、柔らかくも硬い音――私達の足音の中に、そんな小さな異音が、混じっている。
――こり、こり。
「…………」
「っ……」
また青くなっている歪いびつと目を合わせ、足を止めて周囲を見回す。
その間も異音は続き、止まらない。
耳を澄ませて元を辿れば、それはすぐ先にある小部屋の中から響いているようだった。
示し合わせも無く揃って足音を消し、恐る恐るとその部屋の様子を窺うけれど……しかし、何も見えなかった。
何も居なかったのではない。外れた扉の先は分厚い靄が充満する順路外となっており、何も見通す事が出来なかったのだ。
(……『モヤを深くしている場所にはまだ居るので、入らない』……)
――こり、こり。
真っ白の中から、変わらず音が続いていた。
「……あー、っと……」
何を思ったのか、歪いびつのスマホがゆっくりと靄の壁へと向けられる。
カメラ越しなら、少しだけ靄を見通せる――私は咄嗟にその手を抑え、強引にスマホを下げさせる。
一瞬ビクリと腕が震えたのが分かったが、それ以上に反応は見せず。誰も何も言うでもなく、ただただじっと異音を聞き続け――。
「……行こ」
「……っ……っ」
短く呟けば、ぶんぶかと頷きが返り。
私達は決して音を立てないように、速足で小部屋の前を通り過ぎて行った。
――こり、こり……ぎ、き。
*
「……も、靄の中に居る
それから暫く歩き、先の小部屋から十分離れた折。
異音の主が追いかけて来ない事を確信したのか、歪いびつか溜息混じりにぽつりと零した。
「ぼくのやった『いちるちゃん』で繋がりかけた怪異から巻き込んだって話だけど……具体的にはどんなもんなんだろ」
「……少なくとも、走ったり引っ掻いたりしてくるもんなんじゃねーの。知らんけど」
「でも最初に見たのは死体っぽっかったしナァ……う~ん、ゾンビ的なやつだったりとか? ハ、ハハ……」
そう言って乾いた笑いを漏らす歪いびつだが、現状だと冗談にもなっていない。
S屋敷、旧Yトンネルで体験した怪現象の裏で、そしてさっきの靄の奥で蠢いているゾンビの絵面がやけにリアルに脳裏に描かれ、チープな単語とは裏腹におなかの底が冷たくなった。
言った当人も同じように思ったのか、靄の濃い場所をやたらと気にし始め……そうしている内、とうとう通路の突き当りにまで辿り着いた。
右手側には閉じた両開きの扉が一つあり、片側が外れかけている。そっと中を覗き込めば、靄は薄く、順路はこっちで合っているようだ。
私は壊れかけの扉を慎重に開くと、その奥へと踏み入り――。
「……なんだここ。お風呂場?」
「コ゜ッ」
そうして出たのは、大浴場を思わせる広間だった。
いや、からっぽのカビだらけだが浴槽がある以上、浴場なのは間違いない。
……けれど、なんだろう。そう断じるにはなんか違和感のある造りに思えた。
無論ここも元の姿が分からない程ボロボロになっているのだが、それにしても、なんか……。
「……壊れてっけど、あれベッドか? 何でお風呂場に……」
「さ、さぁ……なんでだろ……ネッ!」
「湯船もなんか変な形っつーか、底も浅いし……あ、もしかして温泉じゃなくてプール?」
「そ、そう……なのかもしれない……ネッ!」
「んー……あー、うん、たぶん元は親が外から見守れる子供用プールだったっぽいかな。棚ん中、なんかちっちゃい女の子のお洋服とか水着みたいのかかってら」
「ごめんそれはシンプルにこわいや」
なんでだよ。
そんなどうにもキョドキョドしている歪いびつを不審に思いつつ、部屋をあちこち見て回っていると、奥の物陰にまた扉を発見した。
地味で目立たない、『専用通路』とだけ書かれた細い扉。
開けば薄靄が広がり、これまた細い通路が伸びている。
「あ、何か見つけた? ドアだぁ! オッケこっちネさっさと行こうねゴーゴーゴーゴー……!」
「うわっ、だから押すなって……なんなんだよもー!」
そしてやけに勇み足な歪いびつにずいずい押され、親子プール部屋から追い出されるように扉の中へと押し込まれてしまった。
通路は狭く長く、人一人通るのがやっとくらい。おまけにくねくねと曲がり角だらけで、まるで迷路のよう。
たぶんスタッフ用の裏方通路か何か。靄の壁で分岐路が塞がれていなければ、容易く迷子になっていただろう。
「もういいって離せって自分で行くから! ああくそ、つーかどこに繋がってんだよこれ……」
「そりゃあ壊れてないエレベーターのあるとこ……だったら良いよネ。この辺り、結構キレイめだしさ」
背中の手を振り払いつつ見回せば、確かにヒビや瓦礫も少なく、表の広間と比べればだいぶマシだった。
不法侵入者もここまで来た者は少なかったという事だろうか。それゆえ足元に気を取られる事も無く、そう時間もかからずにとある部屋まで差し掛かる。
室名は見当たらない。扉も特に壊れておらず、ドアノブを握ればくるりと回った。
「……エレベーター部屋にしては、奥まり過ぎだよな。何室だ……?」
「う~ん……とりあえず開けてみよう。靄は……」
軽くノブを引けば、そこから大量の靄が溢れ出て来るなんて事も無く。
私達は恐る恐ると扉の中を覗き込み――少しだけ、目を見張った。
「なんだこれ。モニタールーム……?」
そこにあったのは、壁一面にモニターがズラリと並んだ狭い部屋。
どれもこれもが分厚い四角形の古い型で、中には鉄パイプが突っ込まれて割れている物も幾つかある。
そして下の机には何か機械が配置され、その周りには長方形の黒い何かが散乱していた。
ビデオデッキとビデオテープ。以前あかねちゃんに髪の長い女のホラー映画を見させられた事があるが、それに出て来てた古の再生機器だ。
「……防犯カメラ室、って訳でもなさそうだよな。そもそもあの防犯カメラ、後付けって話で……」
「…………」
「……、……そういやあんた、なんか隠しカメラがどうとか――」
「――!!ああっと!! 見て見てタマちゃん! あぁんな所にエレベーター!!」
なんとなく嫌な想像が紐づけされかけたその時、突然歪いびつが大声を上げた。
その指差す先には確かにエレベーターの扉のようなものがあり、横の壁には『緊急用』とだけ書かれた張り紙と、操作ボタンが幾つか見える。
そして私が何かを言う前に飛びつき、わざとらしく状態を確認し始める。
「う~んちょお、見たところ壊れては無さそうだナァ。でもでも電気通ってないよぉ、どう動かせばいいんだりょお。タマちゃんどうちよ~!! なんとかなるまでぼくは永遠にこれをやります」
「うっっっぜ……分かった、分かったよ……!」
色々言いたい事はあったものの、圧倒的にウザったさが勝った。
仕方なく私は手帳を取り出して「……」少しの躊躇いの後、呼びかけた。
「……ねぇ、エレベーターまで来たけど、こっからどうすんの。あんたが動かすのか?」
『 ……ちょっと、まってね 』
また上手く通じないパターンかとも思ったが、返事はすぐに返った。
……その、短い一文。
黒いインクが細かく揺らめくその姿を、私はただただじっと見つめ続けて――ジジ、と。
エレベーターからの微かな音が響き、見ると壁のボタンが頼りない光を灯していた。
「う、動いた……!? うぉぉぉぉ来い来い来い来い……!!」
途端、歪いびつがボタンを連打し、エレベーターを呼び出し始めた。
……これで後は、歪いびつのエレベーターのおまじないで帰れるかどうかか。
ひとまずの結果に私は小さく息を吐きつつ、再び手帳に目を落とし、
――ヴ、ン。
「っ!?」
「ひぃっ!?」
背中を静電気が撫で上げるような、こそばゆい感覚。
反射的に振り向けば――背後にあったモニター全てが、一斉に稼働していた。
「な、なんだ? 何が――」
この部屋のエレベーターと一緒に起動してしまったのだろうか。
それぞれの画面にはこの建物の各所が映され、ノイズ交じりに揺らめいている。
靄が蔓延している以上、モニターはそのほとんどが真っ白に染まり、何も見えはしなかったが……数機ほど、何かを映している画面があり。
――その中のひとつ。【2F西B】とテープの張られたモニターの中に、それは横たわっていた。
「……人?」
そう、人だ。
天井の隅から見下ろす視点。白い靄の中に、小柄な人影が沈んでいる。
それは床の上に投げ出されるように転がって、小刻みに身体を揺らしているようだった。
柄が分からない程に汚れたTシャツに、同じくボロボロの膝丈パンツ。三つ編みにされていただろう黒髪はそのほとんどが解け、汚らしく床に広がっている。
漂う靄に顔は隠れ、映像は荒く。細かい部分は分からなかったが、遠目に見えるその恰好から女の子であろう事は辛うじて分かり――。
「――?」
……どこか。
どこかで、見た事がある子のような気がした。
「――……」
「……あ、あれ、タマちゃん……?」
耳の奥で、家の鍵が回る。
その郷愁を帯びた既視感に誘われるまま、私はそのモニターに嚙り付き――靄の隙間に見えたものに、ピタリと止まった。
――その女の子の腹部が大きく膨れ、細い何かが飛び出している。
「……え……」
白く、ともすれば靄と見紛うような、細い肢。
それが一定の間隔で床を掻いており、その揺れが女の子の身体に伝わり、身動ぎしているように見えていただけのようだった。
こり、こり。
こり、こり、と――。
「うわ……これ、死んでるよね。最初に見た死体と、同じ感じ……?」
「……、……っ」
歪いびつが引き気味にそう呟くが、今の私にはそれどころじゃなかった。
だって、一目で分かってしまったから。
アレが何か。女の子の死体のおなかから飛び出ている、あの白い、蟲の肢のようなものは。
冷たい地下で、私が。ああそうだ、知っている。あれは、きっと、絶対に……!
「――っ」
軋みが伝わる。さっき通り過ぎた、靄の奥より異音の聞こえたあの部屋からだ。
そしてモニターの中で横たわる死体が折れ曲がり、深く深く捻じくれて、
「――く、もッ……!!」
――瞬間、激しいノイズが画面中に走り。
同じ階の遠い部屋から、きっと、何かが飛び出した。