異女子   作:変わり身

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「受信」の話

 

そろそろ五月。

少し前までは雨のように降り頻っていた桜吹雪も既に止み、木々もその殆ど全てが青々とした葉をつけていた。

 

桜の花も長い事咲いていたけど、流石に四月いっぱいまでもたなかったか。

文字通り華やかさの減った並木道に、ちょっぴり寂しさを感じてしまう。

 

 

「こっちはまーだ賑やかなんだがなー……」

 

 

上から下に目線を下ろし、道の端に積もる花弁の山を蹴り散らしてみる。

黄ばんだ白が舞い上がり、そのまますぐに地面に落ちた。雨風に晒されていたせいか、そこに桜吹雪だった頃の柔らかさは残っていなかった。

 

桜って綺麗だけど、こういうのの後処理とかが大変だよな。

まぁこれもこれで風情があるとは思うけど。詫び寂ってヤツかね、知らんけど。

 

 

「んあー……何しよっかなー……」

 

 

引き続き花弁の山をばっさばっさとやりながら、今後の予定を考える。

 

本日は四月最後の日曜日。

クソほど暇だった私は、あの空気の悪い家を飛び出し、目的も無く適当に街をブラついていた。

 

私の境遇を考えれば、家に引き籠ってじっとしているのが様々な面から見てベストなんだろう。

私だってオカルトと遭遇するのは心底イヤだし、その頻度を減らしたいという意思もある。なんだったら学校すら行かない方が良い筈なんだ、本当は。

 

けれど流石に、そこまで終わった生活をするつもりも無い。

 

こちとら花の中学生、隠居するにはまだ早すぎるお年頃……という事もあるけども。

何より私は、私自身を誇って見せびらかさねばならない。そうしなければ救われない。

 

つまり私は、私を襲う痛い事や苦しい事は全力で拒否る所存であるけれど、それらから目を逸らさないとも決めている訳である。

 

……他人が私の巻き添えになるかもしれない、という問題は遠くにぶん投げておく。

というか前に一回やらかした時に何とかなったし、もし次があってもまぁ何とかなるんじゃないか。そんな楽観視。

 

さておき。

 

 

「んー……」

 

 

スマホを取り出し、各種施設の情報を検索する。

 

よく行くショッピングモールに目ぼしいイベントは無く、映画も特に見たい物は無い。

近くの自然公園でやるというヒーローショーには「おっ」と思ったけど、流石にこの年になって見に行くのもなぁと苦笑い。おや、不特定多数を敵に回した音がしたような。

 

その後もゲーセンやらバッセンやら探せば探すだけ何かしらは出てくるのだが、なんとなく行かない理由を付けて流していく。まぁ、本当に暇な時ってそんなもんだ。

 

試しに足フェチや髭擦くんあたりにメッセージしてみたが、どちらも予定があるらしく色よい返事は貰えず終い。

そうして結局どこに行くかも決めず、惰性のままの街ブラを続ける事にした。もちろん公共交通機関の類は使わず全部徒歩。バスとか苦手なんだ私は。

 

 

「……あ、おいしそ」

 

 

ふと、通りすがりにフライドポテトのキッチンカーを見つけ、お腹を擦る。

 

どうせフラフラ彷徨うのならば、ついでに食べ歩きするのも良いかもしれない。

 

ともかく私は香ばしい匂いに誘われるままキッチンカーにいそいそ並び、待ってる間の暇潰しに街の美味しい屋さんでも探そうかとスマホを取り出し、

 

 

「んお?」

 

 

通知が来た。

 

一瞬足フェチか髭擦くんからかとも思ったが、違う。

ロック画面に差し込まれた表示は、ファイル共有アプリからのものだった。

 

 

「あれ……?」

 

 

首を傾げる。

 

このアプリは、周辺にある同じメーカーのスマホと写真や文書などのコンテンツを共有し、共に楽しむ事が出来るようにするというものだ。

私のスマホには標準装備されており、ちょくちょく利用した事もあったが……最近は触っておらず、通知も切っていた筈だった。

 

この前のアプデでまーたいらん事されたか……?

まったく、アップデートと冠するのならちゃんと使いやすくしろよな。私はブチブチ文句を垂れる一方、まぁいいかと気まぐれにその通知をタップした。

 

 

「……?」

 

 

そうして表示されたのは、一枚の画像だった。

 

この街のどこかの風景だろうか。

古い橋の上から街中の様子を捉えており、そこに左右から伸びる植物の葉が被さっていた。

 

 

「うーん……イマイチ」

 

 

言っちゃ悪いが、別段目を惹くところもネタ要素も無い普通の風景写真だ。説明コメントの類も無く、撮った意図も分からん。

私はすぐに興味を失い画像を閉じ――だがその間際、左右にかかる葉の影に写っているものに気が付き、指を止める。

 

 

「…………」

 

 

それは今並んでいるキッチンカーの車体だった。

多くが植物で隠れているものの、フライドポテトのイラストと店のロゴとが写っており、私が今見ているものと相違は無い。

 

きょろきょろと辺りを見回し画像と街並みとを見比べれば、ここから少し離れた部分の建物が一致した。間違いなく、この場所だ。

 

 

「ほーん……?」

 

 

どうやら構図からして、この写真は車体を挟んだ向こう側の位置から撮られているようだった。

 

スマホの位置情報か何かで、同じ場所の写真が送られるようになっているのだろうか。

店から購入したフライドポテトを齧りつつ、私は暇と好奇心のままキッチンカーの裏手へと回り、写真の撮られた場所を探してみる。

 

画像の左右に植物がかかっている事からして、それなりに緑が深い場所だろう。

となれば……。

 

 

「お、ここか?」

 

 

あった。

それは小さな川にかけられた、これまた小さな橋だった。

周囲に生い茂る背の高い植物にほぼほぼ埋もれ切っており、転がるゴミも数多い。

ペットボトルに懐中電灯、壊れたカメラやスケッチブックまでよりどりみどりで、ぱっと見不法投棄場。そこに橋があると気付ける者は少ないかもしれない。

 

まぁ、それだけならば田舎エリア方面に行けばそこそこ見られる光景だ。ひっそりと存在を忘れられる橋など、この街には幾らでもあるのだから。

……しかし、この橋には一つ、それらとは違うとても奇妙な部分があった。

 

 

「……や、渡れねーけど」

 

 

橋の向こう岸が大きな壁で塗り固められていて、渡れないよう封鎖されていたのだ。

 

しかしそれはあくまで橋の出入口だけであり、その横側はがら空きだ。

一応深い竹藪がみっしりと生い茂ってはいたが、侵入防止のフェンス類は設置されておらず、その気になれば橋の横側から回り込んで強引に渡れなくも無さそうだった。

 

渡れないけど塞げても無いし、何の意味があるんだこの橋と壁。

 

ちょっと面白くなった私は、とりあえずスマホでパシャリと写真を一枚。

そうしてその妙な壁をしげしげと眺めていると、ふと前に美術の教師がこういった風景の話をしていたなと思い出す。なんてったっけ、こういうの。

 

 

「あー……トマ……トーマス、いや、トンプソン……んー?」

 

「――トマソンと言いたいのか?」

 

「うわあ!?」

 

 

気になって唸っていると、突然背後から声をかけられた。

 

思わず跳び上がって振り向けば、そこには私と同い年くらいの少女が一人。

一体誰だ――と首を傾げかけ、その鉄面皮にすぐ『親』の身体の一つだと察する。驚いて損した。

 

 

「な、なんだよぉ……いきなりビックリさせんなよぉ、もー」

 

「お前が不法侵入をしそうな気配があったのでな。声をかけさせてもらった」

 

「不ほ……いや、ハナから行く気なんてねーし、こんなとこ」

 

 

いくら山猿だ何だと言われていようが、隙間の無い藪中に好んで入っていく趣味がある訳じゃない。

というか、この先は道ではなく誰かの土地なのか? もう一度壁の先を眺めてみるけど、やはり竹藪に覆われ見通す事は出来なかった。

 

 

「……まぁいいや。で、何だって? トマ……?」

 

「トマソンだ。建築途中か、解体途中。或いは単に撤去を面倒がったのか。何らかの理由で本来の役割を失ったまま放置され、結果的に役に立たない建築物となってしまった物を言う」

 

「あー……そういやそんなんだっけ。思い出した」

 

 

他にも確か超芸術と呼ばれているだの何だかんだと聞いた気がする。

当時は正直何の興味も湧かなかったが、こうやって実物を見てみるとまた違うものがあった。これは私みたいのにも分かる類の面白さだ。

 

 

「ちなみにトマソンの語源はプロ野球選手の名だ。ずっと打てない四番だったが故に、役に立たない建築物に共通性を見出されたらしい」

 

「いや聞いてねーしひどいな……っと?」

 

 

そうこう駄弁っている内、遠くから人の名を呼ぶ声が聞こえてきた。

どうやら、通りを歩く幾人かの少女が誰かを探しているようだった。それを見た『親』はすぐさま無表情を剥がすと、身体の年相応の笑顔を浮かべてその声に応える。うわキモ。

 

 

「……まぁ、どこに行くにしろ気を付けなさい。不法侵入など以ての外だぞ」

 

「しねーって」

 

「それと夕飯までには帰ってきなさい。十八時だ」

 

「だから今更普通の親みたいな事言うなってーの……」

 

 

ほんと鉄の皮した厚顔だな。せめて美味しいごはん作ってから言えや。

小さくぼやくが、『親』は無視して見知らぬ少女達の下へと駆けて行った。

 

たぶん、彼女達があの少女の身体での友人達なのだろう。

ヤツはああやって一般人に擬態し、街の至る所に溶け込んでいるのだ。

 

私は気味の悪い笑顔で立ち去っていく『親』をゾッとしながら眺め――その時、またもスマホに通知音。

 

 

「……ふむん」

 

 

画面を見ればまたもファイル共有アプリから画像が飛んできており、開くとやはり街のどこかの風景画像のようだった。

 

システム上同一の共有元かどうかは分からないが、コメントが何も付いていないのは同じだった。

今度は街の高い所から撮られているらしく、広範囲の街並みが俯瞰で写っている。

さっきの写真よりは、場所の特定も多少はやりやすそうだった。

 

 

「…………」

 

 

振り返り、橋と壁のトマソンを見る。

 

……今日の予定、これでいっか。

私はそう呟きつつ、最後のフライドポテトをぽいっと口に放り込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

一度意識してみると、街の至る所にトマソンはあった。

 

とある道の塀の隅にひっそりとくっついた、たった四段だけの階段。

とある建物の外壁に取り付けられた、ドアノブが無く入る事も出る事も出来ないドア。

とある看板の縁から伸びて途中で途切れる、手すりの付いた細い足場――。

 

どれもこれもが無用の長物としか言いようが無く、どうして作ったと突っ込みたくなる面白さを湛えている。

実際食べ歩きのいい肴になり、ただブラブラするよりは余程有意義に感じられた。いや無意味なもんを見てるのだが。

 

 

「んー……ここ、かな?」

 

 

ともあれ、そんな中手頃な売店で買ったホットドッグをもぐもぐしつつ、私は目の前の景色とスマホを見比べる。

 

スマホに映るのは、先程の橋と壁のトマソン前で飛んで来た俯瞰の街並み画像である。

そしてそこにある建物と目の前とを比較すれば、視点は違えどその殆どが一致した。

 

よし、この辺りだな。

大まかなアタリをつけた私は、そのままくるくると街の上方を見回して――。

 

 

「――やっぱね」

 

 

また見つけた。トマソンだ。

 

路地の隅にひっそり佇むそれは、一本の背の高い街灯だった。

しかしその支柱に何故か螺旋階段が巻き付いており、そしてやはり途中で途切れている。登る事も降りる事も出来ない、無用の長物。

 

元からこういうデザインだったと考えられなくも無いけど、螺旋階段が巻き付いているのはこれ一本だけ。

近くに並ぶ街灯はごく普通のものばかりで、仮にデザインだったとして何で一本だけがこうなのかの意味が分からん。おもしろ。

 

 

「これ飛ばしてるヤツ、遊び心あんなぁ」

 

 

残ったホットドッグを押し込んだ口で、そう呟く。

 

橋と壁の時の画像もそうだが、単に変な建築物の画像を送って来るのではなく、そこから見える風景を飛ばしてくるとは中々捻りが効いていた。

イマイチな写真とスルーされる可能性も高いだろうけど、こうして私みたいな興味を持つ暇人が居れば、途端にどこかクイズのような様相を呈してくる。

 

こういう趣向は嫌いじゃない。

私は小さく鼻歌すら歌いつつ、クイズに答える気分で街灯をスマホのカメラに写し、

 

 

「……ん?」

 

 

ふと、首が傾いだ。

 

……飛んで来たここの画像、どこから撮ったんだ?

俯瞰の景色なのだから高所から撮ったのは確かだろうが、件の街灯の周りには画像の角度で撮影できそうな場所は無い。

 

何故かそこらに落ちていた自撮り棒を拾って伸ばしてみたが、当然届かず。だとすればドローンとか、或いは上まで登ったか。

 

 

「……うーん」

 

 

唸りつつ、再び街灯を見上げる。

確かに一応は螺旋階段がついているし、その気になれば上がれなくも無い。私だったら余裕だし。

 

だが、実際にやるヤツがどんだけ居るかという話で。

やっぱドローンだろうか。私は画像と街灯に交互に目をやり、眉を寄せ――と。

 

 

「!」

 

 

通知音。

 

また例のアプリからで、開けば予想通り風景画像が一枚。

さっきのものと同様、高所から撮影されたと思しき街並みが写っており、これまでの二枚と同じ趣向である事が窺えた。

 

 

「……んー……?」

 

 

静かに辺りを見回してみる。

同じ趣向の画像が、無関係の画像を挟まず三連続で飛んで来た事に、露骨に妙なものを感じたのだ。

 

別に無くは無いだろうけど、偏ってない?

誰かタイミング見計らって飛ばしてねー……?

 

考えすぎとは思わなくも無いが、私にとってストーカー被害は割と身近にあったりするから困りもの。

 

そうして暫く警戒したが、しかし感じるのは私の容姿に対する不特定多数からの興味くらい。それ以外に不穏なものは感じなかった。

この辺りの嗅ぎ分けは、長年の経験でそれなりに自信があるのである。

 

……じゃあまぁ。偶然なのか。それとも単に流行ってたり、やっぱ位置情報がどうのこうので何かしら設定してるヤツが居たりするんかな。

私は若干モヤモヤしつつも、今度こそ街灯をスマホでパシャリ。そのまま次の場所を探すべく歩き出し、

 

――カン。

 

……丁度その時、背後の螺旋階段が小さく鳴った。

振り返ったけど、特にそこには何もなく。「……」私は心なし早歩きで、スタスタその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

少し変になった空気を誤魔化すように、巨大コロッケを頬張りながら訪れた先は、古びたビルの前だった。

 

どうやらかなり前に全てのテナントが居なくなっているらしく、全階からっぽとなっているようだ。

周囲の街並みからして、おそらく今回の画像の場所はここだろう。

 

 

「さ、どこに何があんだろなーっと……」

 

 

コロッケをむしゃむしゃしつつ、ビルの周りをぐるぐる回って今回のトマソンを探す。

 

いやまぁそうと決まった訳じゃないけど、流れからしてそんな感じだしさ。

これで本当に何も関係ない画像だったら間抜けすぎるな私……そう半笑いで歩き続けること数分。

 

 

「……お」

 

 

あった。

人気の無い裏路地に面した壁、その三階部分に一枚のドアが埋め込まれているのが見えた。

 

高さからして、おそらく天井に近い位置にあるのだろう。上方に四角い覗き窓の付いた、金属製のドアだ。

内側がどうなっているのかはともかく、外壁側に足場は無い。これを使って外に出た瞬間、そいつは真っ逆さまになるだろう。

何でこうなったのかは知らんが、とんだトラップドアである。

 

 

「……でもまたドア系かー」

 

 

とはいえ、似たようなトマソンは街をぶらついている中で既に見つけており、目新しさという意味ではちょっと薄い。

私はちょっぴり拍子抜けしながら、ここもスマホでパシャリと一枚撮っておく。

 

……で、ここの写真もどこから撮ったんだ?

何か画像の端に窓枠みたいのあるし、ビルの中からだろうか。まさかあのドアの覗き窓から……なんて事はあるまい。

 

私はコロッケの脂が付いた指を舐めとりながら、今しがたパシャッた画像の拡大縮小を繰り返し、目ぼしい部分が無いかよく見、

 

 

「……………………………………………………」

 

 

目が、合った。

 

スマホの画像。

ドアの覗き窓から、二つの目がカメラを見つめている。

ドアの内側に居る誰かが、こちらを見下ろしていた。

 

 

「…………、…………」

 

 

恐る、恐ると。目線だけを上にあげる。

そうして視界の端でドアを見るも、覗き窓には何も見えない。誰も居ない。

 

だけどスマホの画像には両の瞳がしっかりと映り込んでいた。

決して光の加減や錯覚なんかじゃない、何かの、誰かの目が、そこに。

 

 

「…………」

 

 

裏路地の先。ビルの出入り口のある方向に意識を向けつつ、ゆっくりとビルから離れる。

一歩一歩、慎重に。

 

相手が何かは知らない。でも、あんまりいい雰囲気じゃないのは分かる。

トマソンのドアから出てくる事は無い筈だ。私くらいの身体能力がなければ、高さ的に絶対に降りられない。

 

だからもしビルの中で音がしたら、出入口が開く音がしたら、それが合図だ。

私はいつでも全力疾走できるよう腰を落とした姿勢のまま、後退りを続け――。

 

 

「ッ」

 

 

……通知音が鳴った。

 

私は少し迷ったものの、決して集中を切らさないよう注意し、チラとスマホの画面を見る。

これまでと同じく、アプリで共有された画像が届いているようだ。

とはいえ今はそんなもんを見ている時じゃない。すぐにスマホをしまい込み――しかしそれより先に、画像が自動的に開かれた。

 

 

「な――」

 

 

それは、街灯のトマソンの時に飛んで来た三番目の画像とほぼ同じものだった。

このビル周辺を俯瞰で捉えた風景画像。でもただ一つだけ、決定的に違う部分があった。

 

風景の中に、私の姿があったのだ。

 

画像の私は構えたスマホをこちらに向け、ぼんやり暢気に佇んでいる。

それで確信した。三番目の画像がどこから撮られたか――。

 

 

「……ドアの、中から……」

 

 

そうだ。あれはやはり、覗き窓を通して撮られた写真だったのだ。

 

いやそれだけじゃない。他の二枚の画像も、きっと意味の無い建築物の向こう側から撮られたもの。

街灯の上、壁の向こう側。そこに居た何者かが、そこから見える外の世界を撮っていた――。

 

――きぃ。

 

 

「!」

 

 

その答えに至った瞬間、ドアノブの回る音がした。

 

何処からかなど、考えなくたって分かる。

見ればトマソンのドアがカタカタと揺れ、そのドアノブがゆっくりと回り出していた。

 

何かがドアを開けようとしている。出てこようとしている。

 

……そしてそれはきっと、ビルの中からじゃない。もっと別の場所からだ。

自分でも意味が分からなかったけど、そう直感する。

 

――きぃ、きぃ。

 

逃げなければ。

そうは思うものの、どうしてか足が動かない。

いや、足だけではなく、視線すらも動かなかった。

 

きぃ――かちゃり。

 

ドアノブが回りきり、小さく音を鳴らした。

ドアの揺れが止み、沈黙が流れる。覗き窓には、誰も居ない。居ないのに。

 

動悸が激しい。耳鳴りがする。

私は成す術も無く、ただその瞬間を見守って、

 

 

 

「――不法侵入はしないように、と言ったが」

 

「オワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?!?!?」

 

 

 

背後。至近距離からかけられたその声に、私は絶叫を張り上げた。

 

同時に身体の自由が戻り、数メートルほど飛び跳ねて。慌てて振り向けば、そこには見知らぬ青年が立っていた。

感情を感じさせない鉄面皮――『親』の身体の一つだ。

 

驚きやら安堵やら怒りやら恥ずかしさやら。様々な感情が渦を巻き、やがて大きな溜息となって私の口からまろび出た。

 

 

「は、あああぁぁぁぁぁ……! こっちもビックリさせんなって言ったじゃん……!」

 

「それはすまない。だが、あそこに入りたそうに見えたからな」

 

「んな訳――って」

 

 

そこでようやく我に返り、蘇る危機感と共に弾かれたようにドアを見上げる。

 

しかし今にも開け放たれそうだったそれは、今もなお閉じられたままだった。

うんともすんとも言わず、ドアノブが回る事も無い。開かない扉――。

 

 

「……なん、だったんだ……?」

 

「単に開けてくれと訴えていただけだろう。あれらは、内側からは開かないようだからな」

 

 

『親』は静かにそう呟くと、顎をしゃくって歩き出す。

ここから離れるぞという事らしい。私も慌てて後を追う。

 

 

「う、訴えてたって……何がだよ。つかそもそもなんなのアレ」

 

「中に何が入っているのかは我々も知らん。だが、ああいった場所が幾つかある事は把握している。お前が最初に見ていた、橋と壁のトマソン建築もその一つだ」

 

「――言えよ! そん時! 私にさァ!!」

 

 

なら今日一日私が見て来たのとか絶対そうじゃん知ってりゃ巡らんかったわそんなとこ!

 

思わず声を荒らげるものの、『親』はサラッと知らん顔。

それに青筋をビキビキしていると、『親』は心外だとでも言いたげに珍しく片眉を上げた。

 

 

「言っただろう、不法侵入はしないようにと」

 

「はぁ? それのどこが……」

 

「あの壁の向こうはお前の言うオカルトの領域だったが故、踏み入るなという警告のつもりだった。分かり難かったのならすまなかったな」

 

「……! ……!」

 

 

言葉のチョイス何とかせーやと文句を言いたい私と、言葉の意味をよく考えなかったこっちが悪いと反省する私がせめぎ合い、言葉が出なかった。

そんな風に悶える私をよそに、『親』は続ける。

 

 

「トマソン建築に限った事ではないがな。ああいった扉の意味が無い扉、或いはどこにも繋がらない道や階段。そういったものの先には、時折勝手に居座る『場所』が出る」

 

「……えーっと……?」

 

「空っぽの意味に役割を与える形で、その行先を装ったものが現れるという事だ」

 

「……??」

 

 

分からん。

一応かいつまんでくれた気配は感じるのだが、全くピンと来なかった。

『親』もそれを察したのか、無理に説明する事を諦め黙り込む。うるせーどうせバカだよ悪かったな。

 

……とはいえ馬鹿にされっぱなしも癪なので、苦し紛れに問いかける。

 

 

「……じゃあさ。その『場所』ってどこなの。あのドアはどこに繋がってて、中のヤツは……」

 

「さて。無用の長物が繋ぐ場所なのだから、少なくとも我々にとって無用の場所ではあるのだろう。その中に何かが居たのであれば、それらもまた同様だ」

 

 

『親』はそう告げると、もう用は無いとばかりに歩く速度を進めた。

特にドアに対して対処をする様子も無く、咄嗟に手を引き呼び止める。

 

 

「え、ねぇ、いいのかよ放っておいて。何かあるんでしょ、あそこ」

 

「あるだけだ。わざわざ藪を突く必要は無い」

 

「や、でも私、何かスマホにちょっかいかけられたっぽいけど……」

 

「そうか、怪我が無くて良かった。ならば我々の死までは必要ないな」

 

「ぐぅ」

 

 

けんもほろろ。

正直私としては街中にこんなのがあるとかイヤにも程があるので、何らかの対処をして欲しかったが、『親』の身体の死が絡む以上は強くは言えない。

 

そうして口の中だけでもごもごしていると、『親』は徐々に歩みを緩めつつ、溜息を落とすように呟いた。

 

 

「だが……そうか、スマホか……」

 

「……別に嘘ついてないからな。前にもあったし、そういうの」

 

 

唇を尖らせながら詳しく話せば、『親』は小さく首を振る。

 

 

「別に疑っている訳では無いよ。電子機器に介入する怪異など良く聞く話だ、ただ……」

 

 

そこで言葉を切ると、『親』は一度立ち止まり、背後のビルを振り返る。

大通りに出たためにもうあのドアは見えないけれど、それを見つめている事だけは私にも分かった。

 

 

「そのアプリの機能が正常に利用されていたというのなら――おそらくは本当に、普通に使用していたのだろう」

 

「……スマホを? 向こう側の何かが?」

 

 

胡乱な顔になって聞き返したけれど、『親』は素直に頷いた。

そして、その目に憐れみのような揺れを湛えて、

 

 

「――不法侵入者。それなりの数が居たようだな」

 

 

――その言葉が落ちたと同時、私のスマホが通知音を鳴らした。

 

確認してみれば、当然というべきか例のアプリからのものだった。

また新しくファイルが共有されたらしい。そしてまたも勝手に開かれ、全面に画像が表示されていた。

 

 

「…………」

 

 

これまでと同じく、コメントの無い風景画像。

私はそれをぼんやりと眺めながら、さっきの『親』の言葉を反芻する。

 

……不法侵入者。

それはおそらく、橋の対岸にある壁を越えたり、街灯の螺旋階段を登ったり、ビルの壁面をよじ登ってドアを開けてしまった人の事だろう。

 

向こう側に足を踏み入れたその人達は、そのまま戻れなくなった筈だ。内側からは開けられないという、『親』の言葉が正しければだけど。

そしてそうした人達のほとんどは、きっとスマホを持っていた筈で……。

 

 

「……ん」

 

 

そのままぼんやり画像を眺めていると、再び通知音が鳴る。

そうして飛んで来た新たな画像がまた勝手に開かれたと思えば、今度は次から次へと通知音が連続する。

 

開かれた画像の上にまた画像が開き、その上に画像が開き、また画像。その繰り返し。

……ちょっと前なら恐怖を抱いていただろうそれも、今となっては怖気の一つも走らない。

 

――これらはきっと、助けを求める声だった。

 

 

「……なぁ、」

 

「開こう、などとは言わないでくれ。電話やメールではなく、そのような回りくどいアプリしか使えていない時点で『何か』が彼らに起きている。おそらく、手遅れだ」

 

「…………わかった」

 

 

私は『親』が嫌いだが、信用していない訳では無い。

こいつがそういうのならば、きっとそれに間違いは無いのだろう。

 

……彼らは、好奇心が抑えられなかったのだろうか。

それとも、その姿を動画にしてSNSで人気者にでもなりたかったか。

似たような事をして居なくなってしまったバカの顔が蘇り、視線が下がった。

 

 

「…………」

 

 

私は画像を開き続けるスマホを苦労しながら操作して、機内モードをオンにする

途端、開き続ける画像と通知音が嘘のようにピタリと止まった。『親』の言う通り、本当に普通にスマホを使ってやっていたらしい。

 

 

「……ごめんな」

 

 

……たぶん、私はもうトマソンを見ても楽しめないんだろうな。

 

そんな確信と共に、私はアプリと今日一日の写真を全て削除する。

最後の画像。ドアの覗き窓から見える二つの瞳が、消される間際に泣いた気がした。

 

 

 

 

 

 

後日。

街中を歩いていた私は、住宅跡地に佇む玄関のドアを見た。

 

瓦礫の中にぽつんと残る、たった一枚きりのドア。

土台も蝶番もそのままで、きっとドアノブを回せばまだ開く。

 

 

「…………」

 

 

……私は暫くそれを見つめていたが、そっと目を伏せ歩き去る。

 

通知音は、もう鳴らなかった。

 

 

 




主人公:油ものが好き。『親』がヘルシーなものが好きであんまり味覚が合わない。
『親』:ヘルシーなものが好き。娘が油ものが好きであんまり味覚が合わない。
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