異女子   作:変わり身

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「眼」の話(中③)

 

 

 

『……死体、やっぱり持ち去られてるみたいだね』

 

 

廊下に出た直後、インク瓶はそう小さくメモを揺らした。

 

足元に広がる肉片混じりの血だまりに吐き気を堪えつつ見てみれば、確かに廊下の奥に向かって血の筋が続いている。

近くに店員の死体は見当たらず、彼の死骸もタバコ女と同じく例の部屋に運ばれてしまったようだ。

 

 

「うぷ……で、でも、なんで死体なんか……?」

 

『さぁ。まさか食べるなんて事は無いだろうけど……』

 

 

インク瓶も分からないようで、メモの文字が小首の代わりに傾いた。芸が細かい。

 

とはいえ今はのんびり現場観察をしている場合でも無い。

私は血だまりに浮かぶ潰れた目玉から目を逸らし、抱えるアゴ男を担ぎ直して室内で俯く黒髪女を振り返る。

 

 

「ぅ……、……」

 

 

その顔色は蒼白で、呼吸は荒い。言うまでもなくこの惨状のせいだろう。

既にタバコ女のものを見ているとはいえ、やはり慣れるものでも無い。

 

……しかしよく見れば、その口端が微かに上がっているのが分かる。吐き気に苦しんでいるのと共に、笑ってもいるのだ。

自然と、彼女の足元に転がる椅子に目が向いた。

 

 

「…………」

 

 

続いて、廊下の角。ピアス男達が居る筈の部屋を見る。

 

ドアの磨りガラスから何色かの光が漏れており、男二人でまぁまぁ盛り上がっているのだろう。

あの部屋も『何か』の絶叫をシャットアウトしていたようで、彼らが異常に気付いた様子は無かった。

 

 

「…………」

 

 

もう一度振り返り、黒髪女を見る。

更に振り返り、ピアス男達の部屋を見る。

 

私は少しの間迷い、一度だけぎゅっと目を瞑り――。

 

 

「――ああもうっ!」

 

「え、きゃっ!?」

 

 

迷いを振り切るように声を上げ、アゴ男を担ぐ腕とは逆の手で強引に黒髪女の腕を引く。

そしてそのまま部屋を飛び出しエレベーターに向かってダッシュ。私達の衣服が血だまりで派手に汚れるけど、もういちいち気にしてられない。

 

――ピアス男達の部屋は、無視をした。

 

 

「っ、ねぇ、先輩ら、見捨てるのぉ? ひどいんだぁ……!」

 

「うっせー! さっさとあんた逃がすのが一番マシなんだよ!」

 

 

息を切らせながらの煽りに、そう返す。

 

先ほど椅子を倒したあの一件。

黒髪女は偶然だとでも言いたげに涼しい顔をしていたけど、んな訳あるか。

明確に店員への殺意を持った行動だ。

 

もしこれからピアス男達に危険を知らせに行き、あまつさえ行動を共にするなんて事態になりでもしたら、この女はまず間違いなく似たような事をやらかすだろう。そんな顔をしていたのだ。

 

ならば、このままピアス男達を無視して逃げに走った方がなんぼか良い。

 

幸い……とは言いたかないけど、彼らの部屋から見える位置には店員の遺した血だまりもある。

帰りの遅い私達に釣られるなり何なりで部屋を出た際アレを見れば、ピアス男達も説明なしで逃げ出してくれる筈だ。

 

あとはそれぞれの行動と運次第。一番の地雷はこっちで引き受けてやるんだから、死ぬも生きるも自己責任でどうかひとつ。

……そう考えれば、私としても見捨てていく罪悪感は多少減る。

 

 

「っで、でも、先輩らの部屋でっ、見つかったら、逃げらんないよ、ねぇ……!」

 

「そんなんまで知らん! そこまでいったらあいつらの日頃の行いが悪かったせいだ! つーか、あんたとしちゃそうなった方が嬉しいんだ――ろっ!!」

 

 

言い合いながらも店の受付に辿り着き、エレベータールームのボタンに頭突きをかます。

両手が塞がっているが故の無作法だ。

 

私達しか客が居ないため、扉は当然すぐに開く。

私はすかさずその中に黒髪女を投げ入れると、彼女の両手を抑えるよう、アゴ男で壁にぎゅうと押し付けた。

 

 

「うあっ……く、くるしー、タマちゃんひどーいぃ……」

 

「こうなると、またスタンガン使われそうで怖いんだ。アゴが嫌だったらこっち渡しなよ」

 

『そりゃそうだ』

 

 

しかし黒髪女はスタンガンを渡そうとはせず、むしろポケットの中で握り込み死守の構えを見せた。いい度胸だなこの女。

 

とはいえ私も今はそれ以上の無理強いはせず、扉横のボタンを押した。

このエレベーターは扉にガラス窓が付いているタイプだ。もし『何か』が他の階を徘徊していた場合に備え、外から見えないよう端に寄っておく。

ついでに、黒髪女へ余計な体重をかけて腹いせを――。

 

 

「……っ!」

 

「…………」

 

 

下から上に流れた景色の中に、白い影を見た。

場所は三階。一瞬だったためよく分からなかったが……例の部屋に死体を運ぶ途中だろうか。

いや、それらしき赤い物は見えなかったから、運び終えた後かも――と、考えている内にエレベーターが一階に到着。電子音と共に扉が開いた。

 

 

「……来ないか」

 

 

そのまま待機し耳を澄ませたが、湿った足音は聞こえない。

エレベーターが通り過ぎた事に気付かなかったのか、それとも追う気が無いのか。反応が無ければ無いで不気味ではある。

 

 

「ねーぇ。着いたんならアゴ君離してよー。いい加減キツいな~」

 

 

すると黒髪女がそう愚痴り、イヤイヤと身動ぎをする。相当にイヤそうだ。

 

まぁ気持ちは分かるが、はいそうですねとアッサリ頷ける筈も無く。

とりあえず、今のうち多少強引にでもスタンガンを奪っておくべきだろう。私はアゴ男を押し付けたまま、ポケットに入る彼女の腕に手を伸ばし、

 

 

「んー……しょうがないなぁ。じゃあ、はい」

 

「……え?」

 

 

唐突に。

黒髪女がポケットに入れた腕とは反対側の腕を振り、そこに握られていたスタンガンを床に放った。

 

カシャンと壁際にまで滑っていくそれに一瞬身体が固まったけど、黒髪女はそれ以上動こうとはしなかった。

……さっきの頑なな様子とはえらい違いだ。私は床のスタンガンを油断なく視界の端に入れつつ、改めて彼女を睨む。

 

 

「……今度は何考えてんの?」

 

「ん~……」

 

「そのポケットに入れてる手。スタンガンじゃなかったんなら、何?」

 

「さぁ~……」

 

 

また会話が通じないモードに入りやがった。

私は額に青筋を立て、今度こそ力づくでその腕をポケットから引き抜いた。

 

 

「……スマホ?」

 

 

すると握られていたのは、黒髪女自身のスマホだった。

直前まで何かしら操作されていたらしく、画面には光が灯ったままだ。

そしてそこには、とあるメッセージアプリが開かれていて――そこに映るやり取りを認めた瞬間、私は思わず声を上げていた。

 

 

「――っ!? あ、あんたッ!」

 

「んぐ……う、ふふ」

 

 

思わずアゴ男を押し付ける力も強まってしまったけど、黒髪女は相変わらず濁った眼をして微笑むだけ。

そのくせ顔色だけは多分息苦しさとは別の理由で蒼くしていて、それがどうにも腹が立ち、

 

 

――うわああああああああああっ!?

 

 

「!」

 

 

その時、エレベーターの外から男の叫び声が木霊した。

 

私はすぐにアゴ男を担ぎ直すと、手を掴んだままの黒髪女を引っ張り外へと走り出す。

その直後にエレベーターの扉が閉まり、上階へと上がって行く。誰かがボタンを押して呼び出したのだ。

 

 

『外が大変な事になってるから、逃げて下さい』――先程のメッセージアプリに映っていた文章である。

 

そしてそれが送られたグループは、ピアス男達とのもの。

つまり黒髪女は、彼らを敢えて部屋の外に誘導するようなメッセージを送信していたのだ。

 

エレベーターでの下降中、器用にもポケットの中だけでそれを成していたのだろう。

そしてそれを受け取ったピアス男達は、メッセージに誘われ部屋を出て――おそらくすぐ近くに広がっていた店員の血肉を発見し、さっきの悲鳴を張り上げたのだ。

 

事実、扉横に表示されているエレベーターの階数は、四階で止まっている。

ほぼ間違いなく、逃げ出そうとする彼らによるものと言っていい。

 

普通に考えれば、エレベーターはすぐにまた出口のある一階に戻って来る筈だが――。

 

 

「……っ」

 

 

しかし、動き始めた階数表示は三階で止まってしまった。

黒髪女を振り返れば、彼女は悪びれた様子もなくコツンと自分の頭を小突く。

 

 

「――間違えて、一階に降りたら危ないよって書いちゃったからかなぁ」

 

 

……メッセージで誘導していたのは、部屋の外に出る事だけじゃない。

『一階は危ない、三階なら安全だ』――そのような趣旨の事まで書かれていた。

おそらく、黒髪女はエレベーター内での私の反応から『何か』の居る位置を特定していたのだろう。

 

ピアス男達がメッセージの警告に従うかは五分五分だった。

だけどこうなったら、もうダメだ。

 

さっき見た時、白い影はエレベーターの中から見える位置にあった。

それはつまり、向こうからもエレベーターの内部に眼が届くという事で――。

 

 

 

 

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 

 

 

 

――絶叫が、轟いた。

 

 

「っぐぅ……!」

 

「あぅぅ……!」

 

 

防音ドアに遮られずに響くそれは階を隔ててもなお酷い騒音で、鼓膜から頭の中を揺さぶられるようだった。

アゴ男と黒髪女で両手が塞がれている私は耳を抑える事も出来ず、ただ耐え忍び……やがて、ぴたりと絶叫が止まった。

 

 

「…………」

 

 

そしてまた酷い耳鳴りが残る中、エレベーターが動き始めた。

 

誰かがそう操作した訳では無く、結果的にそうなっただけなのだろう。

だってエレベーターは直に一階に来ず、わざわざ二階で止まっている。きっとボタン全てが押されてしまうような事態が、エレベーター内部で起こったのだ。

 

二階から一階。階数表示が切り替わる。

 

何かを引きずる水っぽい音が、上階の方から聞こえている。

私はその場から動かないまま、エレベーターの到着を待ち、そして、

 

 

「、っぐ」

 

 

――電子音と共に開いた扉の中は、人間の中身で穢れ切っていた。

 

床も壁も余すところなく血肉で溢れ、べったりと赤黒く染め上げられ。更には天井からは砕けた臓腑の欠片や潰れた目玉などが、未だぼたぼたと音を立てて垂れ落ちている。

 

……そんな生物の体内じみた光景の中、唯一金属の光を保つものがあった。

血だまりの中に浮かぶ千切れた耳、その朶に辛うじて繋がる銀の光。

 

――血液と脂に塗れたメタルピアスが、ぬらりと血玉を弾いていた。

 

 

「――くそッ!」

 

 

それを見た瞬間耐え切れなくなり、全速力で駆けだした。

 

 

「きゃぁっ、う、速……!」

 

「ごがっ、ぐげっ、えなっ、おぐっ」

 

 

手を引く黒髪女が足を縺れさせ、担ぐアゴ男の頭がガクンガクン揺れるけど、もう気にかけてもやらん。

どうせすぐそこが出口なのだ。『何か』がピアス男の死体運搬をしている隙に、さっさとこのビルから脱出してしまえ。

 

残るツーブロ男の安否は知らないが、流石に知ったこっちゃない。

むしろこの場から黒髪女を遠ざける事が、私が今彼に出来る手助けと言っても過言ではなかろう。

 

……なんて屁理屈捏ねて通路を突っ走る内、前方に大きな自動ドアが見えた。

ガラス張りの向こう側には、平穏な外界が広がっている。私は安堵を胸に更に加速し、半ば体当たりをするように肩のアゴ男ごと自動ドアへと突っ込んで、

 

 

「ぐえぇっ!?」

 

「うわっ!?」

 

「きゃあ!?」

 

 

しかし開かず、弾かれた。

 

私とドアとに挟まれた形となったアゴ男がカエルの潰れるような声を上げ、勢いのまま床に転がった。

彼のクッションのおかげで私と黒髪女はよろめいただけで、大した痛みも無かったが……これはどういう事だ。

すぐ立て直し、自動ドアに飛び付きこじ開けようとしてみるも、ビクともしない。まるで壁だ。

 

 

「な、なんで……まさかピアス男達が予め……?」

 

『……いや、そういったものじゃないね。たぶん君の言うオカルトの領域で封鎖されてる』

 

 

私と黒髪女を逃がさないようにというチャランポラン共の悪だくみを疑った時、またメモが揺れた。

そこに記された割と洒落にならない推測に、ひくりと頬が引き攣った。

 

 

「はっ? え、閉じ込められてるって事か? ホラー映画みたいな感じで!? 嘘だろ!?」

 

『さっきからドアが軋む音ひとつ立ててない。完全に固定化されてる』

 

「ここまで来てそんなん無いでしょ!? このっ……でりゃあああ!!」

 

 

一度下がって助走をつけ、渾身の飛び蹴りを放つ。

 

私の身体能力は少しばかり常人の域を外れている。

全力の蹴りで砕けないガラスなど、それこそ防弾ガラスくらいの筈なのだが――。

 

 

「――んがぁっ!?」

 

 

割れなかった。

ドアにはヒビの一つも入らず、それどころか軋みもたわみもしやしない。

そして下手に飛び蹴りなんてしたもんだから、逃せなかった衝撃がそのまま私に跳ね返ってくる始末。ごろごろと床を転がり、足を抱えて細く唸る。

 

 

「いっ……てぇぇぇぇぇぇぇぇ……!!」

 

 

ひぃひぃ言いつつ軽く足首を診るが、幸い捻挫も何もしていないようだった。

私の身体が頑丈だからこれで済んだけど、そうでなければ蹴った足がポッキリ折れていただろう。

 

 

「ぐ……くそ、だったら他の場所から……!」

 

『この分じゃどの扉も似たような感じだろう。ちょっと難しいかもしれないな』

 

「んな他人事みたいに!」

 

 

文章相手だと感情の機微が伝わり難く、言葉がどこか軽く感じてしまう。

思わずインク瓶へ怒鳴りかけた時、『少し待ってくれ』との文章が浮かび、留まった。

 

 

『一応、既に君の親御さん達には助けを求めてある。彼らが到着すれば、何とかなるかもしれない』

 

「え、そ、そうなの……? つーかそんならやっぱトイレでじっとしてた方が良かったんじゃん……!」

 

 

そうすれば、その内勝手に助かったじゃないか――言外にそう文句を付ければ、しかしインク瓶は小首を振るように文字を左右に振り、

 

 

『……残念だが、君の親御さんの持つ力は自身が危害を与えられないと発動しない受動的なものだ。場所の出入りを阻む封鎖を解くといった能動的な行使は、彼らには少し難しいと思われる』

 

 

それはつまり、そもそもビル内に入って殺されに行く事が出来ず、事態の解決が出来ないという事である。

僅かに抱いた希望が砕ける音が聞こえた。

 

 

「それ助け来ても意味ないじゃん!? どうすんだよぉ!」

 

『何とかなるかもしれないって言っただろ。こうなる可能性込みで、建物からの脱出に動く事をオススメしたんだ』

 

「はぁ? どういう――」

 

 

――びた。

 

 

「っ」

 

 

その時、湿った足音が耳を擽った。

咄嗟に天井を見上げれば、おそらく二階のどこかで動き回る『何か』の気配を感じ取る。

 

 

「……遠い、か?」

 

 

聞こえた足音は小さく、多少は離れた場所に居るらしい。

耳を澄ますが、何かを引きずる水っぽい音は聞こえない。どうやら、ピアス男の死体は既に例の部屋に放り込み終えているようで――と。

 

 

――びた、びたびたびたびたびたびたびたびたびたたたたたたた。

 

 

「は、っ……!?」

 

 

次の瞬間、足音が連続した。

絶叫は無い。しかし短い間隔で繰り返されるそれは明らかに走っているそれであり、吹き抜け階段の方角へと向かっていて、

 

――来る。

 

瞬間的にそう察した私は、半ば無意識の内に走り出していた。

 

 

「え? どうし――」

 

「いいから走れっ!」

 

 

黒髪女の手とアゴ男の足を引っ掴み、「んがっ、おぐっ」引きずりながら通路を駆ける。

そして手近なドアを片っ端から開けようとするけど、その全てに鍵がかかっていた。どうも四階以外は本当に使われていないらしい。

 

そうこうしている間にも足音は続き、気付けば同じ階から聞こえるようになっていた。

 

足音が大きくなっていく。間違いなく近づいている。

絶叫が無い。まだ完全に見つかってない?

でもダメだ。隠れ場所が無い。

捕まったらきっと足の皮だけじゃ済まない。

足音が。来る。見つかる。

まずい、まずいまずいまずいまずい――。

 

 

「!」

 

 

一つだけ開いたドアがあった。

 

何の部屋かを確かめている余裕も無かった。

私は黒髪女とアゴ男共々縺れるように室内へと転がり込むと、即座にドアの鍵をかける。

 

四階の防音ドアと違い、左半分に磨りガラスが嵌め込まれているだけの普通のドアだ。

私はガラスを避けるよう部屋の右側に黒髪女たちを押し込み、身体を縮めて乱れた息を必死に殺し、

 

 

「――ひ」

 

 

――磨りガラスに白い影が映り込むと同時、足音が止まった。

 

……来た。

ドアノブは動かず。絶叫も無く。

ただ、ドアの前に佇んでいる――。

 

 

「……、……っ」

 

 

曇ったガラスの向こうで白い影が揺らめく度、私の身が小さく跳ねる。

 

だが、幾ら待てども、『何か』が部屋に入ってくる様子は無かった。

音も無くそこに立ち、磨りガラスにその姿を映し続けるだけ。

 

見つかっていないのかとも思ったが、そんな筈は無い。

そうであれば、さっさと他の場所へと移動している。

 

なら、何で動かないんだ。何もしないなら向こう行けよ――そう歯噛みしていると、無意識に握り締めていたメモがカサリと揺れた。

 

 

『……見られてはいないが、存在を気取られているね』

 

(み、見つかってるってこったろそれは……!?)

 

『いや、アレにとって重要なのは眼で見る事なんだろう。君達を視認しない限りは、直接的に危害は加えて来ないのかもしれない』

 

(……襲うために部屋までは入って来ない、って?)

 

『現状がそうなってるのだから、おそらくはね。問題は何らかの理由でドアが開かれ君達を視界に入れた時、間違いなく惨殺しに来るという事だ』

 

(問題どころの話じゃねーわ……!!)

 

 

小声で叫び、またドアを見る。

 

分かっちゃいたが、やはりあの板切れ一枚が私の全生命線だった。

鍵をかけているとはいえど、ドアの前に居る『何か』にとっては無いも同然だろう。いつ気が変わって破られるか気が気ではなく、冷や汗が止まらなかった。

 

 

『……この部屋に人が通れる窓か裏口のようなものはある?』

 

(え? ……な、ない)

 

 

問われて改めて部屋を見回せば、ここはどうやら何某かの倉庫部屋のようだった。

とはいえ既に空き部屋となって長いらしく、荷物の類は見当たらない。

 

窓は天井付近に明り取りのものが一つだけあるけど、私ですら身を通す事が出来ない程に小さなものだ。

裏口らしき扉も無い。唯一の出入口を塞がれている現状、完全な密室空間である。

 

 

『……参ったな。これじゃ助けが着いても出られない』

 

(ちょ、待っ、は、話が違――!)

 

「――ねぇ、今どういう状況なの?」

 

 

とんでもない事を零したインク瓶へ詰め寄ろうした時、背中側から声をかけられた。

黒髪女だ。彼女は状況にそぐわない緊張感の無い顔で、私の持つメモ帳を覗き込んでいた。

 

 

(ど、どういうって……見りゃ分かるだろ!? あと声が大きい!)

 

「……、……聞くタイミング逃してたんだけどさ。そのメモ帳、何なの? ずーっと独り言ばっか言ってるのって、何かウゴウゴしてる字と会話とかしてる感じ? 誰と話してんの? ほんとにオカルトなんだぁ、すごいね」

 

(だから話聞けよ!? 急に会話通じないモードになるのやめろよマジで――)

 

『やめときなよ。そうやってはぐらかしてるだけなんだから、真面目に相手したって時間の無駄だ』

 

「……っ」

 

 

突然、インク瓶がそんな文章を記した。

それが目に入ったのか、黒髪女の表情が硬くなり、言葉も止まる。

 

 

「……えっと、はぐらかすって……何が?」

 

『分からないのかい? こんなにもあからさまだろうに』

 

 

インク瓶はこちらを馬鹿にしたような文章を残すと、すぐに崩し。

直後、新しい文章を組みなおす。即ち、

 

 

『――その娘に霊視の力は無い。霊魂も何もかも、最初から欠片だって視えていないんだよ』

 

「は?」

 

 

反射的に、黒髪女へ振り向けば。

私と同じ文章を見ている筈の彼女は反論の一つも無く、ただ静かに目を伏せていた。

 

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