異女子   作:変わり身

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「足の裏」の話(中)

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私の住むこの御魂橋市は、その名の通り橋の多い街である。

 

街中を放射状に巡る無数の川々を跨ぎ、陸地を繋ぐその姿はまるで蜘蛛の巣。

街の航空写真がテレビに取り上げられ、一時期「蜘蛛の街」と話題になったほどだ。

 

そして橋を渡ればわたる程、街の景色が段階的に変化していくのも特徴だろう。

例えば、街の中心は東京もかくやという程の賑わいを見せているけれど、そこから幾つか橋を渡れば人気の無いド田舎エリアとなり、更に進めば人の殆ど居ない森林エリアにがらりと変わる。

なんでも、橋が土地の区切りとして作用している結果らしい。地理の授業でそう聞いた。

 

――で、今私が走り回っているのは、人の少ない田舎エリアに入った所だ。

 

容姿だけでなく心すらも美しい私には、見知らぬ誰かをオカルトに巻き込む事なんてできる訳が無いのである。くそったれ。

 

 

「ひぃぃ、しつこいぃ……!」

 

 

幾つもの橋を渡り、幾つもの道を駆け抜けた。

けれど『足の裏』は私の背後にピタリと張り付き、ヒタヒタ音を響かせ続けている。もし捕まればどうなるかなど、考えたくも無かった。

 

一回振り切ってから落としたスマホを拾いに行く算段だったのだが、どうやら甘い考えだったらしい。

流石に体力も尽きかけ、足取りからもみるみる力が抜けて行く。

 

 

「まっず……っの!」

 

 

通りがかった廃工場。その周囲を囲む金網フェンスを見た瞬間、私は咄嗟に飛びついていた。

 

足は限界だったが、腕の方はまだ元気。

山猿もかくやというスピードで登り切り、そのてっぺんに跨り様子を窺う。

 

 

「……こ、来ない、か?」

 

 

一応いつでも飛び降りられる態勢を作っていたが、『足の裏』は周囲をウロウロするばかりで登ってくる様子は無い。

所詮は地面のシミ、高所には上がって来られないのだろう。私は「ぶへぇ」と息を吐き、乱れた呼吸を整える。

 

……が、すぐ隣に立つ電灯に集っていた羽虫を何匹か吸い込み、逆に大きく咳込んだ。うげー。

 

 

「おぇぇ……つか、もうこんな時間……」

 

 

スマホが無いので詳しい時間は不明だが、電灯が灯っているという事は、それなりに深い時間という事だ。

そしてこの手のオカルトは、おひさまの届かぬ夜にこそ本領を発揮する。

……あんまり、余裕無いかもしれない。

 

 

「…………」

 

 

制服の裏地に手を入れ、そこに隠していたものを強く握る。

 

一応、手立てと言えるものはある。泣きつくべき相手から貰った、緊急連絡手段のようなものが。

だが、それは文字を書ける紙のような物と一緒でなければ使えないのだ。

衣服を探るも、出てくるのは糸くずばかりでレシート一枚見当たらなかった。

 

 

「……鞄投げなきゃよかった」

 

 

後悔先に立たず。やはりスマホか、ノートなどの入った鞄を取りに戻らなければ。

 

もう少し休ませろとゴネる身体に鞭を打ち、フェンスの上をヨロヨロ進む。

危うく落下しかけたが何とか端まで辿り着き、近場にあった低い塀を足場として地面に着地。

 

『足の裏』はまだ追って来ている。

高所ダメージに痺れる足を引きずり、元来た道を駆け戻った。

 

 

 

――そして、場面は最初の自販機に乗っかっている状況に戻る。

 

 

 

そう、結局私は日没までに持ち物を回収できなかった。

だいぶ近くにまでは戻れたのだが、そこで時間切れ。とっぷりと夜闇が満ちるや否や『足の裏』は見る見るうちに増殖し、私を取り囲もうとしてきたのだ。

 

咄嗟に近くにあった自動販売機に登って凌いだとはいえ、迂闊に動く事も出来ない膠着状態に陥った。

もう誇張なしに大ピンチ。誰かたっけて。

 

 

「く、くそ……どこだ、どこいった……?」

 

 

先程ひとしきり自動販売機を揺らしてから姿を消した『足の裏』だが、完全に消え去ったとは思えない。

 

どうせ近くに潜んでいる筈と、必死に夜闇に目を凝らすものの……明かりは自動販売機の物しか無く、街灯も遠くにぽつぽつと見えるのみ。

そんな真っ暗闇から黒いシミを見つけ出すのは難しく、私の眼球はすぐカラカラに干からびた。

 

 

「うぐぅ……つーか、何で消えたし……」

 

 

涙の染みる両目を抑え、絞り出す。

例え高所に上がれずとも、そのまま取り囲んで居れば良いではないか。実際フェンスに昇った時は、消えずに近くをウロウロしてたのに。

 

なのに何故、今になって一度退くような事を――そう愚痴りかけ、ハッと自動販売機の放つ明かりを見下ろした。

 

 

(……もしかして、ライトがダメなのか?)

 

 

口の中で呟く。

昼にあれだけヒタヒタやっていた以上、日光は我慢できるのだろう。

しかし先ほど自動販売機の明かりが安定した瞬間、『足の裏』は引き下がっていった。

 

そしてフェンスの一件では、街灯が私の近くで光を放ち羽虫を集めていた筈だ。

つまりあの時は高所に昇れなかったのではなく、街灯の光があったからこそ昇って来なかったとも取れる。

 

――結論。『足の裏』は、人工の光が苦手であると見たのだが、どうか。

 

 

「…………」

 

 

そろりそろりと自動販売機を降り、二の足で大地を踏む。

『足の裏』は来ない。

 

びくりびくりと歩を進め、明かりの届く範囲をスキップしてみる。

来ない。

 

 

「……ふへぇ」

 

 

深く安堵の息を吐く。

 

やはりそうだ、光のある場所は安全なのだ。

ならば話は早い。この自販機の傍に夜明けまで居れば良い。明るくなれば、『足の裏』の数も再び一つきりに戻る……筈。

 

そうなればまだ何とかなる。こんなイタイケな美少女が朝帰りとなると外聞はよろしくないが、捕まるよりはマシだろう。

 

自然と張りつめていた気が緩み、膝が笑った。

 

 

「ととと、と……?」

 

 

――そうして、自動販売機へと手を突いた途端。その筐体内部でブツンと嫌な音がした。

 

 

「……え」

 

 

じじじ、じじじ、と。

最初と同じく、自動販売機の光が途切れ途切れのものとなる。

どうやら、手を突いた衝撃でまた配線がアレになったようだ。

 

 

「ちょっ、バカ、マジで? 勘弁してって、ねぇぇぇ……!」

 

 

血の気が引いた。

 

叩けば元に戻らないかとバンバン叩くが、それがトドメとなったらしい。

明かりは残滓すらなくぷっつり途絶え、ウィンドウに並ぶ飲料の値段が見えなくなった。

 

後には闇だけが残り、私の肌に走る泡立ちが命の危機を訴える。

 

 

「……ヤバイ。ヤバイヤバイヤバイヤバイ――、っ!」

 

 

――ひたり。

背後でその足音が聞こえた瞬間、一も二も無く駆けだした。

 

 

目指すは視界の端に漂う光、遠く離れた街灯の立つ場所だ。

 

あの光の下ならば、きっと襲われる事は無い。

そんな都合の良い推測に縋り、私は全力で夜闇の中を突っ走り、

 

 

「っ、うわあ!?」

 

 

ガクン、と。踏み出した足の靴裏が地面から離れず、大きくバランスを崩した。

 

それはスポーツ用品店で起こった現象と同じもの。

反射的に足元を見れば無数の『足の裏』が殺到しており、私の靴をその場に縫い付けていた。

 

 

「~~~~ッ!」

 

 

残った片足を大きく踏み込み、無理やりに倒れかけた身を起こす。

当然、その靴も地に縫われ、私は躊躇なくそれらから両足を引き抜いた。

 

 

「っ、く……!」

 

 

止まったら、終わる。

小石が足裏の皮に突き刺さる痛みを堪え、私は必死に走り続ける。

その最中、左足の靴下が地面に張り付き、それすらも脱ぎ去った。

 

あと少しなんだ。あと少しで、街灯の所まで辿り着ける。

最後に残った右の靴下をも奪われながら、私は最後の数歩を一息に詰め――。

 

 

「……あ……」

 

 

光の下に飛び込もうとした身体が、止まった。

震える眼球を下方に落とせば、裸足となった私の足と『足の裏』が、アスファルトの上でぴたりと重なっていた。

 

 

「~~~っのぉ! やめろっ、離せ……っ!!」

 

 

じたばたと暴れ引き離そうとするも、靴や靴下のようにパージできるものは無く、外せない。

そうしている間にも周囲には『足の裏』が集い、犇めき。アスファルトを真っ黒に染めて行く。

 

――ぶくり。私の足裏が、膨れる感覚がした。

 

 

「……っ!?」

 

 

まるで、皮膚の隙間に空気を送り込まれたかのようだった。

足裏の内側。皮と肉の接着がぷちぷちと剥離し、おぞましい感触が体内に走る。

 

一体、何をされている――そんな事を考える余裕は、すぐに消えた。

 

 

「やだ、なにこれ、痛いっ。痛っ、あ、ぁっ……!」

 

 

皮と肉の間に溜まる血液に滑り、バランスを崩した。

咄嗟に持ちこたえようとするも、地面に固定された足裏は固定されたままだ。

 

結局何も出来ないまま、私の身体は大きく前へ倒れ込み――重心の移動に足裏の皮膚が耐え切れず、剥がれた。

 

 

「いぎッ――く、ぅぐぅぅぅぅっ!」

 

 

踵の端から皮膚が裂け、足指の根元まで捲れ上がる。

瑞々しい肉が外気に晒され、同じく剥き出しの神経に激痛が走った。

 

 

「か、はっ、っぎ、ぁ、ぁは――」

 

 

上手く息を吸えない。視界が霞む。

必死の思いで街灯の光の下に這いずり込み、震える眼球で足を見た。

 

 

「――……」

 

 

ひゅっと、詰まっていた呼気が通った。

 

足の裏の皮膚が剥がされ、酷い出血をしている。

しかもそれだけでは無く、ふくらはぎの中ほどまでの皮膚も剥がれ、無造作に垂れていた。

 

きっと、足裏の皮膚が剥がれた時に巻き込んだのだろう。

露出し、血に塗れた肉がぴくぴくと痙攣する光景に、痛みよりもおぞましさによる吐き気が昇る。

 

 

「ぐ、っうえ、ぇ……」

 

 

嘔吐き、ぼやけた視界を少しずらし、今度は『足の裏』達の様子を窺う。

幸い、動きは無いようだったが――見なきゃよかったと、心底後悔した。

 

 

「ひっ――」

 

 

にち、にち。そんな湿った音と共に、『足の裏』が脈動している。

最初は何をしているのか分からなかったが、すぐに気づいた。

 

 

――喰っているのだ。さっき剥がした、足裏の皮を。

 

 

その光景は酷く気持ちが悪いもので、私は情けない悲鳴と共に後退り「――っぎぃ!」剥き出しの肉を地面に擦り、体を丸めた。

 

 

「はぁーっ、はぁーっ……っく、そぉ……!」

 

 

闇の中。頼りない明かりに照らされながら、痛みと焦りに歯を食いしばる。

 

こんな足では、例え夜明けまで耐えても逃げられない。朝になり電灯が消えれば、その時点でおしまいだ。

私は再び『足の裏』に捕まって――今度は何をされる?

 

衣服を脱がされ、全身の皮も剥がされるのだろうか。いや、それどころか、肉さえも――。

 

 

「や、だ。絶対、やだぁ……!!」

 

 

何か、何か方法は無いのか。助かる為の道筋は。

ともすれば千々に乱れる感情を抑え込み、起死回生の一手を探し、

 

 

「――……っ」

 

 

一点。

落ち着きなく周囲を見回していた眼球が、血塗れのふくらはぎを捉えた。

 

同時に、懐に入れていたそれ――助けを呼べる緊急連絡手段に手を伸ばす。

 

 

「……ひ……っぐ」

 

 

……一つだけ、今の状況を何とかできるかもしれない方法を思い付いた。

しかしそれは、私に大きな苦痛を与えるものだ。手が震え、自然と涙が零れ落ち、

 

――その時。鈍い音と共に、光がちらついた。

 

 

「っ!?」

 

 

反射的に街灯を見れば、ぐらぐらと大きく左右に揺れていた。

その根元には『足の裏』が集っている。明かりを、消そうとしている――。

 

 

「……う……うぅぅぅ……!!」

 

 

……嫌だけど。本当に嫌だけど。もう猶予は無い。

 

私は涙混じりにふくらはぎへと手を伸ばし、剥がれかけている皮膚の切れ端を掴む。ぬるりとした感触を指先に感じ、また吐き気。

そして、強く唇を噛み締めて――思い切り、引き千切った。

 

 

「ぎっ――ぃぃぃ、ぃッ……!!」

 

 

激痛。

剥がれる皮膚につられ、膝裏の方まで肉が露出した。

 

あまりの事に胃の底が引き攣り喉元まで胃液が上がるけれど、必死に抑えて懐から一つの小瓶を取り出した。

 

黒い泥のような粘液が詰まった、ガラスの瓶――すぐにその口を開けようとするも、指が震えて上手く行かず。焦れて、歯で開けた。

 

 

「ぅぐ……これ、で――!」

 

 

そうして、私は先程千切ったふくらはぎの皮を地面に叩き付け――その上に、瓶の中身をぶちまけた。

 

 

「お願い、お願い、お願いお願いお願い……!!」

 

 

頭上の明かりが、弱々しいものになって行く。

これでダメだったら、私にはもう打つ手がない。すぐに死ぬ。死んでしまう。

血塗れの絹肌に広がる黒をただ見つめ、私は――。

 

 

『……皮紙ね。随分と、けったいな紙を使ったな。君』

 

 

――突然に。

注視する黒の粘液が蠢き、ひとりでに文章を形作った。

 

 

『こんなのを紙として使ってくるなんて、相当まずい状態なんだな? 君の皮か? なら怪我は酷いのか? そもそも意識ある? ねぇ――』

 

 

――【インク瓶】。それが、この文字の主の名だ。

 

 

少し前に知り合ったオカルトライターを名乗る不審者であり、今使った黒い粘液も彼に貰った道具の一つ。

こうして紙に垂らす事で連絡手段として機能する、見ての通りオカルトの域にある代物だ。

 

不気味な事この上ないが、今の私にとっては天の助けにも等しく、泣きべそと共に浮かんだ文字へと縋りつく。

 

 

「た、たすっ、助けてっ!? 無理、もう死ぬ! 死ぬっ……!!」

 

『……それだけ喚けるなら、瀕死ではなさそうだね。で、今どうなってるんだ』

 

 

文字と声とで当然の如く意思疎通が行われたが、今更驚きも無い。

私は何度も舌を噛みながら、現状に至るまでのアレソレを報告した。

 

 

『――やっぱりまずい場面か。猶予は?』

 

「わ、わかんないっ! でも多分、明かり消えたらそこで――!」

 

 

その瞬間、街灯が倒れた。

明かりが消え、電球が地面に叩き付けられ派手に割れる。

 

――『足の裏』の指先が、こちらを向いたのが見えた。

 

 

「……あ、あぁ……」

 

『……消えたんだな? 落ち着いて、気を確かにもって。怖いだろうけど、目を逸らしちゃダメだ』

 

「分かってるよ! で、でも、ひっ――!?」

 

 

ひたひた、ひたひた、ひたびたびたびたたたたただだだだだだ――。

問い質す前に奴らは揃って走り出し、無数の足音が重なった。

 

 

「――あ」

 

 

足の肉を削りながら這いずるけれど、当然そんな無様で何がどうなる筈も無い。

 

死ぬ。

怖い。

眼球が揺れる。

合わない歯の根がカチカチと鳴る。

 

 

「……ッ!!」

 

 

……だけど、力の限り地面を掴む。乱れる呼吸を引き絞る。

 

絶対に目だけは逸らさない。

逸らしてはならない。

逸らしてたまるもんか。

 

私は心の中でそう繰り返し、必死になって踏ん張って――

 

 

「……っえ」

 

 

唐突に、『足の裏』達がピタリと止まった。

 

いや、止まったんじゃない。奴らは私のすぐ目の前。さっき剥がしたふくらはぎの皮に群がっていた。

湿った音と共にゆっくりと咀嚼されて行くそれを、私は震えながら眺め――その最中、まだ闇に沈んでいない場所にインク瓶の言葉が躍る。

 

 

『――やっぱり、こっちに来たね』

 

 

その文章は徐々に面積の狭まる表皮を器用に移動し、私に見える位置に陣取る。

暗いが、視力には自信があった。私は生唾を呑み込み、見つめた。

 

 

『どうも今君を襲っているヤツ、女の子の足に並々ならぬ執着があるみたいだ。君のふくらはぎの皮なんて垂涎ものなのだろうね、僕にはよく分からない嗜好だけど』

 

「……だ、だからなにさ。こんなの、一時しのぎにしか……」

 

『ふん。この皮には僕のインクが付着しているんだぞ。君の言うところの、オカルトの域にある代物がだ』

 

 

その得意げな文が浮き上がった瞬間、唐突に咀嚼音が止んだ。

咄嗟に視線を移せば、『足の裏』達の動きも停止している。一つ二つではなく、全てがだ。

 

……数秒か、数分か。緊張を孕んだ空気が流れ、そして、

 

 

――ぼこり。

 

 

今度は突然、『足の裏』達が膨らんだ。

平面の二次元から、立体の三次元へ。地面に小山を作るように、ぼこぼこと膨張を始めている――。

 

 

『食あたりだ。拾い食いなんてするもんじゃない』

 

 

インク瓶がそんな皮肉――文字通りの――を浮かべている最中にも、『足の裏』達は不気味に膨らみ、大きくなっていく。

 

それに空気を入れられる風船の姿を見た私は、先程とは別種の恐怖に駆られ、涙と鼻水でべちょべちょの顔が引き攣った

 

 

「ちょ……これ、待っ」

 

 

ぎちり。

見上げる程に膨らんだ『足の裏』達の膨張が止まった。

 

小さく軋みを上げるその様子は、苦痛の呻きを上げているかのよう。目を離したら破裂してしまいそうだ。

 

そうして動けないでいると、視界の隅に私の白い肌の欠片を捉えた。

黒い小山に呑まれ、最早端の数センチも残っていない。そのほんの僅かなスペースに、インク瓶の言葉が小さく記されていた。

 

 

『頭、庇っときなよ』

 

 

そして、私の皮が完全に『足の裏』に呑み込まれた瞬間。黒い小山が破裂した。

 

 

「きゃああああああっ!?」

 

 

轟音と共に空気が弾け、周囲一帯に黒い液体が飛散する。

それは黒い雨となり、衝撃にもんどりうって倒れた私の全身に降りかかった。

 

 

「うわっ、ぺっ、うえぇ……」

 

 

数滴口内に入り、唾と一緒に吐き出した。

それは黒いインクのように見えたが、絶対そんな訳が無い。

何か変な病気とかにならないだろうなと一抹の不安を抱きつつ、のろのろと顔を上げる。

 

『足の裏』は、どこにも見当たらなかった。

地面はべたつく黒い液体により塗り潰されていたものの、私は分かる。

あの嫌な気配は、もうここには無い。さっきの破裂と共に、綺麗さっぱり消えている――。

 

 

「は……ふぅ、ぁ……」

 

 

どっと力が抜けた。

腹の底からじんわりとした痺れが走り、全身に広がって行く。

それは命の危機を脱した事に対する安堵感だ。最早馴染みになりつつあるそれに逆らわず、私はくってり地面に転がった。

 

もう、疲れた。

遠くから近づく車の音を聞きながら、私の意識は口に含んだ砂糖菓子のように溶け去った。

 

 




主人公:ぱっと見儚げな雰囲気した山猿。
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