異女子   作:変わり身

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「雲」の話(上)

ゴールデンウィーク。

みんな大好き春の大型連休である。

 

今年は五月初めから続く五連休。

私にとってもそれは嬉しいもので……と言いたかったが、正直な所そんなでもなかった。

 

 

『――のビルは日常的に無断使用されていた形跡もあり、警察は所有者の管理不行き届きも含め捜査をしているとの……』

 

「……はぁ」

 

 

連休一日目の朝。『親』の居ないリビングで。

テレビで流れるどこか聞き覚えのある事件のニュースを聞き流しつつ、私は小さく溜息を吐く。

 

考えるのは、この五連休中における私の身の振り方だ。

『親』との関係のせいで実家に居辛い私にとって、こういった長期休暇は地味に悩ましかったりするのである。

 

 

(どーすっかなー……毎日食べ歩きとかいってらんないもんなー……)

 

 

そうなのだ。毎日外を出歩くのも意外と大変だし、かといって『親』の居る家でずっと過ごすのは、たとえ顔を合わせずとも割と苦痛。

一応、『親』の方に家から出てけと言えばそうしてくれるのだが……それもそれでなんか虐めてるみたいで、『親』に対するなけなしの良心がチクチクしなくもなかったり。

 

私にとって学校とは心安らげる場でもある訳で、それが選択肢から消えるのは結構困るものがあった。

例えるなら仕事一筋すぎて休日家に居辛いお父さんの気分、みたいな。違うか。

 

 

「……いい天気だなー」

 

 

何か色々面倒くさくなり、気晴らしに窓の外を見上げる。

 

五月の空は四月のそれより尚高く、春にしては強めの日差しをこちらに注いでいる。

流れる白い雲が真っ青な空によく映えて、何となくそれらを目で追う……と。

 

 

「……お?」

 

 

するとその中に一つだけ、変な形の雲を見つけた。

 

何というか、やけに人間の腕っぽい形の雲なのだ。

指を思わせるハッキリとした五本の突起、そしてそこから続く掌、手首、上腕部。

多少形は崩れていたが、見れば見るほど人の腕。

それは遠くの空高くに一つぽつんと浮いており、周りに他の雲が無い事もあってか絶妙にシュールな絵面だ。

最初はそうでも無かったのに、じっくり眺める内に段々とおかしく思えて来る。

 

もっとも、笑い声を上げる程かと言えばそうでもなく。

真顔以上、笑顔未満。私は中途半端なニヤつきを浮かべたまま、何となく腕の雲をぼーっと眺め続けて、

 

 

「――どうした。いつも以上に気持ちの悪い顔をして」

 

 

唐突にリビングに現れた『親』の暴言に、キュッと顔が引き締まった。

 

 

「……なんでもねーよ。つーかいい加減その言い方止めない? キモい顔だなんだって、やっぱ親の言う事じゃないでしょ」

 

「お前が容姿を見せびらかすのを止めればそうするが。そんな事より、ほら」

 

「うん?」

 

 

そう言ってテーブルの上に置かれたのは、大きめのクリップファイル――町内会の回覧板だった。

 

……回して来いという事だろうか、これは。

 

そう思っているとそのファイルが開かれ、挟まれていたプリントが数枚差し出された。

反射的に受け取れば、それはゴールデンウィーク中に近所で行われるイベント類のお知らせのようだった。

 

 

「ええっと……? 一斉ゴミ拾い協力のお願い、みたまウォーク、フリマ、自衛隊の記念行事……何これ?」

 

「大方、連休の過ごし方で迷っていたんだろう。せっかくだから行ってみたらどうだ」

 

「……これに?」

 

「それに」

 

 

いきなり何言ってんだコイツ。

そう胡乱な視線を向けたけど、何か大真面目に言ってるらしい。困惑。

 

 

「……や、フツーに興味無いけど……」

 

「こういった場に出ておくと、後々の人間関係や評価の面でプラスに働くケースが多い。強要はしないが、用が無いなら参加しておいて損はないぞ。我々も学生身分の身体が参加する」

 

「余計行きたくねーんですけど」

 

 

どうやら、山ほどある身体の数だけ社会経験を持っているが故の処世術レクチャーのようだが、大きなお世話もいいとこである。

私はプリントを突っ返すと、そのままリビングを後にする。

 

ついでにもう外に出ちゃうか。行先はまだ決まってないけど、まぁ時間潰せれば何でもいいや。そんな適当な心持ち。

そうして「昼ご飯いんなーい」とだけ残し、スマホと財布だけを持って玄関へと向かい……ちらと、テーブルの上の回覧板に目を向けてみる。

 

 

「あー……それ、持ってっとく?」

 

「いや、いい。次の羽佐間さんには以前いいお菓子を貰ったからな、行くついでにそのお礼をして来ようと思っている」

 

「……あ、そう。じゃいいケド」

 

 

ほんのちょっぴり首をもたげた親切心が押し潰され、唇が若干尖った。

 

『親』は私には基本鉄面皮だが、私以外には愛想は良いし配慮も出来る。

ご近所付き合いにおいては私よりも上手くやってるみたいなのだが……やっぱ何か納得いかんよね。

 

私はそんなモヤモヤを感じつつ、すごすごとリビングを後にする。

 

 

「色々と気を付けるように。遅くとも、十七時までには帰ってきなさい」

 

「なんで前より短くなって……いや何でもない」

 

 

明らかに前の合コンが尾を引いている。

掘り起こして説教リテイクとかされても嫌なので、さっさと話を打ち切り外に出た。

 

そうしてリビングの扉が閉まる間際――窓から青空を見上げた『親』の姿が、どうしてか長く目に残っていた。

 

 

 

 

 

 

『ごみ~ん、休み中は大会に向けての練習入っちゃってんだよね~』

 

 

街をダラダラぶらつきがてら、一応遊びに誘ってみた足フェチからのメッセージである。

 

まぁ分かってはいた事だ。時々忘れそうになるが、何せ彼女は我が校陸上部期待のエースなのである。

この地区においては殆ど敵なしのレベルであるそうで、次の大会制覇に向けて練習や指導にも一層の気合が入っているようだ。

 

 

『ゴールデンウィークまで練習漬けなん? 大変だねぇ』

 

『この時期はやっぱ追い込みかかるよね~。そういうのも楽しいから良いんだけどさ』

 

『あーそっか。学校行けて運動だけで時間潰せるって考えればむしろイイね』

 

 

私も身体を動かす事自体は好きな部類だ。

そういう共感があるからこそ、こんなのとも仲良くやれてる訳である。

 

 

『う~ん絶妙に分からん。でも羨ましいなら入部しようぜ~、今からでも連休練習参加OKだからさ~』

 

『その場合連休終わったら抜けるけどな私は。いいから練習頑張っとけ』

 

 

まだ勧誘を諦めてないらしい。

いつもの誘いにいつもの断りを返し、メッセージアプリを閉じた。

 

続いて髭擦くんに連絡したが、何故かどっかで見たようなアゴの長い男と一緒にキャンプをしている写真が送られて来たので、そっと見なかった事にした。

何しとんじゃアイツは。

 

 

「あー……ほんと何しよ……」

 

 

他に誘う友達の当てもなく、一人適当にブラブラと歩く。何か休みとなると毎回同じ事言ってねーか、私。

 

……去年、中一の時は良かったよなぁ。

一緒に過ごす友達が居たし、一緒に遊んだりホラースポットに連れてかれたり、ゴールデンウィークはもちろん夏休みも冬休みも充実していた。

 

あの時間が輝きすぎていて、あの子と出会う前の休みをどう過ごしていたのか、よく振り返らないと思い出せない。

確か毎回今と同じようにどう過ごすかを悩んで……最終的に人目を避けて、田舎エリアの森とか川で一人遊びしてたんだっけかな。あれはあれで楽しくはあった気がする。

 

……久しぶりに行ってみよっかな。

思い出したら、懐かしさと共にそんな気になって来た。

 

 

「ま、町内会のゴミ拾いよりゃ気分になるな……」

 

 

一度目的地を決めると、何となく足が軽くなる気がするから不思議である。

私は気分を切り替えるように大きくのびをし、空を見上げ――。

 

 

「……ん」

 

 

また、あの雲だった。

人の腕の形をした、面白い雲。それが変わらずそこに浮いている。

 

 

「…………」

 

 

千切れたり変形したりといった事も無く、付け根から指先まで何一つ変わらずそのまんま。

風に流され多少角度が変わったのか、開かれた掌が地上に向かって広がっている。

 

別にそれがどうしたって訳じゃないけれど……何故か、今度はあまり面白くは感じなかった。

 

 

「……行こ」

 

 

私は意識して呟くと、田舎エリアに続く橋へと歩を進めた。

 

……雲は、よほど高い場所にあるのだろうか。

その後自然の中を散策し帰宅の時刻になっても、腕は一切の変化を見せないまま、ずっと空の上に漂っていた。

 

 

 

 

 

 

ゴールデンウィーク二日目。

昨日と変わらず朝イチで家を飛び出した私は、またもあてどなく街をぶらついていた。

 

……こういう時こそ、図書館とか行って勉強すりゃ良いんだろうな。

私の学生としての側面がこそっと囁くけど、うん、いいじゃんそれは別に。そんな虐めんなよ……。

 

 

「んー……打ちっぱなしでも行くかー?」

 

 

この場合の打ちっぱなしとは、ゴルフではなくバッティングセンターの事である。

私にかかればピッチングマシーンの球なんぞ止まっているも同然であり、振れば当たるし当たれば飛ぶし飛べば大体ホームラン。故に打ちっぱなし。

 

まぁ楽しいのは最初だけですぐ単調になって飽きてしまうのだが、昨日自然の中で動き回った事もあってか、引き続きなんとなく身体を動かしたい気分だった。

それとバッティングセンターの近くには他にもアクティビティがあった筈だし、それなりに楽しめるだろう。

 

ひとまず今日の予定はそれと決め、私は彷徨う足先を目的地へと向けた。

 

 

「…………」

 

 

道中、ぼんやりと空を見上げる。

 

大体快晴。所々に雲はあるけど、暖かい日差しを遮る程でも無い。

むしろいい感じに日陰が作られ、昼寝するのにも丁度いい塩梅――なんだけども、私はイマイチ落ち着かなかった。

 

その理由は分かっている。

視界の端に小さく見える、例の雲のせいだ。

 

 

「んー……」

 

 

昨日と同じ位置に座し、こちらに向かって掌を広げているような形をしている腕の雲――。

……一日経っているのにまだそこにあるというのも気になるところだが、それよりも目に付く変化が起きていた。

 

 

(……伸びてるんだよな)

 

 

そう、二の腕の部分だけが、昨日の数倍以上に長く伸びていたのだ。

 

あの部分だけ風に流されたのだろうか。

形の変わらない掌部分を先端に付けたその姿は、もはや腕と言うより白蛇のよう。

 

シュールさという意味では更に磨きがかかったけれど……何か少し、不気味だ。

 

 

「……まぁ、あんなんなってるなら、その内散るだろ……」

 

 

自分に言い聞かせるように呟きつつ、目を逸らす。

あれだけのびのびになっているのだ。今日はそれなりに良い風が吹いている事だし、場合によっては今日中にでも吹き散らされてしまう事だろう。

 

……される、よな?

 

 

「……、……」

 

 

一回気になると、旋毛の辺りに妙な圧迫感が付き纏う。

私はそれから逃げるように、バッティングセンターへの道を急いだのであった。

 

……だけど、雲はいつまで経ってもそのままだった。

 

一通りを遊び終え昼を大きく過ぎても、腕の形は乱れの一つも見せなかった。

いや、それどころか増々長くなっている気がして、ちらちらと意識が向いてしまう。

 

そのおかげでいちいち気が逸れ、打ちっぱなしもホームランよりファールばかり。

屋根が無いタイプの施設だから、バットを構える最中も視界にずっと雲が入り続けるのだ。盲点!

 

 

(……絶対手が届かない場所にある存在感って、すげーヤダな)

 

 

相手はただの雲なのに、ただそこに在るというだけで、常に意識のひとかけらが割かれ続ける。それがどうにも気持ち悪くてしょうがない。

そんなイガイガとしたざわめきを持て余した私は、少しばかり迷った末、渋々と帰宅を決めた。

 

門限には程遠いけど、なんか萎えてしまった。このまま落ち着かない気持ちで出歩くくらいなら、今日はもう家でじっと昼寝でもしときたい気分。

 

 

「良い天気なのになー……」

 

 

どうせなら昼寝も外でしたかったな。

昨日訪れた田舎エリアの長閑さを思い出しつつ、私は小さな溜息と共に家路についた。

無論、なるべく空を見ないよう、俯いて。

 

 

 

 

 

 

ゴールデンウィーク三日目。

その日は重たい鉛雲が一面に広がる、どんよりとした空だった。

 

いつもなら私も空模様に釣られ憂鬱な気分になっている所だが、今日に限っては反対にどこかホッとしていた。

言うまでも無く、例の腕の雲が見えなくなっているためである。

 

やはり相当な高所にある雲であったらしく、分厚い鉛雲のどこにもその姿は無い。

いや、昨日の快晴からこの悪天候への急変に巻き込まれ、既に散り消えてたり鉛雲と一体化とかしたのかも。

 

というかあんな細かい形が一日二日も残り続けるのがおかしいんだから、きっとそうに違いない。

天気は悪いが、絶好のお出かけ日和と言えよう。うむ。

 

 

「……今日も出かけるのか?」

 

 

そうして鼻歌混じりに身支度をしていると、それを聞き付けたのか『親』がリビングから顔を出した。

相変わらずの鉄面皮だが、今の私はそんなに気分が悪くない。鼻歌を止めないまま、会話に付き合ってやる。

 

 

「んー。どこ行くかはテキトーだけど、晩ご飯までには帰るわ」

 

「いいや、門限十七時は譲らん。だが、そうか。行く当てが決まっていないなら、みたまウォークに参加したらどうだろうか」

 

「……えー、回覧板に載ってたやつ?」

 

「載ってたやつ」

 

 

みたまウォークとは、近隣地域の者達が集まって行うウォーキングの事だ。

皆でお喋りしながら近場を適当に歩いて、お昼食べて解散する。言ってみれば内輪の遠足。

 

言われてみれば、以前見た回覧板のプリントでは今日開催予定と書かれていた気がする。

興味無さすぎて忘れてた。

 

 

「や、だからさぁ、言ったじゃん行く気ないって。つかこんな天気でもやんの?」

 

「そこの自然公園で小雨決行だそうだ。強要はしないが、途中参加も可だから気が向いたのなら行ってみなさい。我々も居る」

 

「えー……」

 

 

『親』は言うだけ言うと、またリビングへ引っ込んでいった。何だアイツ。

 

どうも最近やたら親ぶってくるというか、何かにつけて口うるさい。

私のオカルト関連にも「関与しない」と約束しつつ、屁理屈言って手を出してくる。いやありがたくはあるし、そうしてくれなきゃ死んでる場面もあったとはいえ、なんかなぁ。

 

さておき。

 

 

「……自然公園か……」

 

 

ウォーキングに参加するつもりは無いが、自然公園というロケーションにはちょっと惹かれた。

 

昨日が不完全燃焼で終わってしまったため、身体を動かしたい気分は若干ながら継続中なのだ。

あそこにはアスレチックのスペースもあった筈だし、行ってみるのも悪くない……一部『親』の言いなりになるみたいで、ちょっとだけ癪だけど。

 

 

「…………」

 

 

ちらりと、リビングのドアを見る。

しばらくそのままでいたけど、再び開く様子はまるで無く。

 

……私はまた小さな溜息を吐き、玄関のドアを押し開けた。

 

 

 

 

 

「――あれ、タマさんじゃん。おっすー」

 

「オ゛ッ……」

 

 

そうして訪れた自然公園。

青々とした緑を眺めのほほんと歩いていると、知った顔とばったり出くわし変な声が出た。

 

険の無い穏やかな顔つきに、それと反して煌々と光る極彩色の双眸。

人柄とは別の意味でなるべく距離置きたい系男子筆頭の犬山くんだ。そら声も出らぁ。

 

 

「偶然だねこんなとこで。散歩?」

 

「ま、まぁ、そんな感じ……ええっと、そっちは……?」

 

「ああ、何か今日ここでウォーキングのイベントやるらしくてさ。せっかくだから参加してみよっかなって」

 

 

100%みたまウォークの事である。

もとよりそのつもりなど無かったが、絶対に参加しないと心に決めた。

 

 

「こういうイベントって前から少し気になってはいたんだけど、ずーっと纏わり付いてた蠅のせいで参加出来た試しなくてさ。でももうなくなったし、良い機会って事で行ってみようかなってね」

 

「へ、へー……蠅……いや、いいや……うん……」

 

 

深くは聞くまい。

私は口をついて出ようとした疑問を呑み込みつつ、犬山くんから少しずつ距離を取る。

 

彼は悪いヤツではないのだが、何をしでかすか分からない怖さがある。

穏やかに笑った一秒後に、突然コンクリートブロックを振りかぶっていそうというかなんというか。

 

とにかく、適当な理由でもつけて早いとこ話を切り上げよう――そう思ったのだが、

 

 

「これ系のイベントって人数どれくらいなんだろ。ちっちゃい子供とかお年寄りとか多そうなイメージだけど、俺らくらいの人も居るのかな」

 

「え、や……どうだろ。あんま居ないんじゃない……?」

 

「やっぱそう思う? フンイキ渋めのイベントだし、みんな興味なさそうだよなぁ。ちょっと残念っていうか――」

 

 

それより先に犬山くんが雑談モードに入ってしまい、中々自然な切り出し口が見つからなくなった。

 

もとから人当たりの良いヤツだとは思ってたけど、話し上手でもあったらしい。

消極的な態度の私相手にも自然に会話を繋げ続けるその様子に、思わず感心してしまう。潤滑油ってこういうヤツの事を言うんだろうか。

 

 

「――あ、そうだ、せっかくだしタマさん一緒にどう? ヒゲから聞いたけど、運動とか好きなんだよね?」

 

「うぇっ!?」

 

 

ぼけーっとしてたら、いきなり話を振られまた変な声が出た。

やなこった、と反射で言わなかっただけ褒めて頂きたい。

 

 

「い、いやぁ、私はいいかな……そのー、奥のアスレチックで遊ぶ予定だからさ」

 

「あ、そうなんだ。そういやそこも俺行った事ないんだけど、どんな――」

 

「――あっ、そろそろ時間とか大丈夫かなー!?」

 

 

また雑談チェインが発生しそうな気配を察し、多少強引に切り上げを図る。付き合ってられっか。

 

唐突な声に一瞬きょとんとした犬山くんだったものの、言われるままスマホで時間を確認すると「ああ」と頷く。

 

 

「ほんとだ、もうちょいで集合時間だ。や、何かいきなり喋っちゃってごめんね、最近俺テンション上がりっぱなしでさぁ」

 

「は、ははは……」

 

 

明らかに極彩色の黄身の影響である。

私は誤魔化すように笑いながら、言葉を返さず手だけを振った。

 

そうすれば犬山くんもそれ以上は絡んで来ず、「それじゃ、またなー」と手を振り返しつつ足取り軽く遠ざかってゆく。

人懐っこく無邪気な姿だが、こちらを見る極彩色が全てを台無しにしていた。

 

そうして引き攣った笑みのまま見送っていると――突然、犬山くんの視線が上を向き、何かに気付いたような顔をした。

 

 

「タマさーん……! 後ろ見て後ろー……! 空に面白いのがー……!」

 

 

すると何やら声を張り上げ、私に振り向くよう促してきた。

 

なんだよ。UFOでも居たんか。

私は訝しげに思いながらも、彼の指先に従い背後の空を振り向き仰ぎ――。

 

 

「……………………」

 

 

……雲。

雲だ。そこには、雲があった。

 

空一面を覆っている鉛雲の事ではない。

それとは別に妙な形をしたものがひとつ、その存在を主張している。

 

――人の腕の形をした、例の雲。

空を塗り潰す灰色の中に、真っ白な色をしたそれが静かに浮いていた。

 

 

「…………」

 

 

私に「空の面白いの」を見せた事で満足したのか、犬山くんの挨拶と遠ざかる足音が小さく聞こえる。

 

どうにか軽く手を振り返せたが、私の視線は空の腕に釘付けになったまま、離れない。

さっきまでそこに無かった筈のそれ。欠けも乱れも無い、その腕の形から。

 

 

「……突き抜けて来たって……?」

 

 

この分厚い雲の中を?

あの形を保ったまま?

 

そんなバカなと鼻で笑いたかったが、事実としてこの光景がある以上それも出来ず――そして、それの意味するところに気が付いた。

 

……少しずつ、降りて来ている。

 

雲の上から、雲の下に。

その腕は今もなお伸び続け、ゆっくりと地上へと近づいていた。

 

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