異女子   作:変わり身

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【わたし】の話(中①)

 

 

「タマちゃん……とか、どうかな」

 

 

夕方。通学路の橋の上。

隣を歩く御魂雲さんに、わたしはそんな提案をした。

 

 

「タマ……? や、どうって何が?」

 

「呼び方だよ。御魂雲さんってずっと呼ぶのはなんかカタいし……でもコトちゃんとか呼ばれるのはイヤだよね?」

 

「あー……まぁ、うん。名前は呼ばれる度にヤな気分になる……」

 

 

御魂雲さんは何とも微妙な顔をして、居心地悪そうに身動ぎをする。

そんな何気ない仕草でも、彼女の美貌によればなにか高尚な映画のワンシーンに見えてしまうから不思議だ。そんなの観た事ないからわかんないけど。

 

 

「やー、でも、なんか……可愛すぎない? こんなんだよ、私」

 

「……もっと綺麗な響きの呼ばれ方のが良い?」

 

「ちげーよ! こんなキモいのが『タマちゃん』とか合わなくねーかって話」

 

 

そう言って、御魂雲さんは自身の美しいとしか言いようのない顔を指差した。

 

……何言ってるんだろう、この子は。

一瞬イヤミのようにも感じてしまったけど、今となっては彼女がそれを本気で口にしている事は分かっていた。

 

そう――御魂雲さんが嫌うのは、自分の名前だけじゃない。

彼女自身が持つ容姿、その美貌全てを、心の底から嫌っているのだ。

 

……わたしだって、ちょっとくらいは羨んでいる、それを。

 

 

「そんな事ないと思うけどなぁ……じゃあ、自分ではどんな感じが合うと思うの?」

 

「えぇ? えー……もっとこう、可愛いとかじゃなく、雑い感じでいいっつーか、ええと……いや自分であだ名決めろって罰ゲームすぎんか……?」

 

 

御魂雲さんは暫く唸った後、やがて「やめやめ」と手を振った。

恥ずかしいのもあるけど、めんどくさくなったみたい。

 

 

「あー、まぁいいや。タマって呼びたいんならそれでいいわ。別にイヤってんじゃないし、名前で呼ばれるよりは万倍マシだしな」

 

「そう? じゃあよろしくね、タマちゃん」

 

「……んんっ。なんだろ、いい意味でのあだ名付けられんの初めてだから、呼ばれてみるとちょっとハズいね」

 

 

早速そう呼んでやれば、タマちゃんは照れたように笑いつつ、そんな悲しい事を言う。

 

……最近気づいたんだけど、彼女の言葉の裏とかには不憫さというか、かわいそう系の闇がチラ見えしている気がする。

やっぱりあれだけ綺麗だと、敵も色々多かったのかな――そんな風にいたたまれなくなっていると、タマちゃんは照れを誤魔化すように「そ、そんでさ」と改めてわたしに向き直った。

 

 

「せっかくだし、私も査山さんの呼び方変えて良い? サヤとか、ヤマとか……」

 

「ヤマってそれ閻魔大王……まぁ、うーん、ならわたしは名前がいいな」

 

「え? でも私と同じで呼ばれんのイヤなんだろ?」

 

「うん、結構イヤだけど……タマちゃんにならいいかなって」

 

 

嘘じゃない。

確かにわたしは銅って名前が嫌いだけれど……それがタマちゃんに呼ばれたものなら、きっとそんなにイヤじゃないと思った。

 

白金の口から銅って紡がれるのは、少しだけ気分が良かったから。

 

 

「……そ、そう? そう、そっか……はは」

 

 

そんなわたしの心を知ってか知らずか、タマちゃんは嬉しそうに頬を綻ばせる。

 

 

「じゃあ……そーな、うん、その……やっぱ私もコトでいいや」

 

「……大丈夫? イヤじゃない?」

 

「んー、正直イヤはイヤだけどさ――あ、あかねちゃんなら、まぁ、いいかもしんないかな。みたいなさ。わは、わはは」

 

 

そうして誤魔化すように笑いながら、タマちゃん――じゃない、コトちゃんは僅かに足を速めて前に行く。

その意地っ張りな男の子のような照れ隠しに、思わずクスっとしてしまった。

 

わたしも続いて隣に並び、そのまま他愛もないおしゃべりを交わし合う。

互いが互いに嫌っている名前で呼び合っている筈なのに、わたし達の間には笑い声が溢れていた。

 

 

……わたしがまだ、彼女と友達になって間もない頃。

今はもう歩けない、とある日の帰り道だった。

 

 

 

2

 

 

 

中学生になってからの毎日は、それなりに順調だったと思う。

 

勉強に置いて行かれる事も無く、友達が出来ず浮き気味になる事も無く。

教師とのイザコザや、いじめとかそういうのも無くて、新しい学校生活はとっても楽しいものだった。

 

……まぁ、何をやっても三等賞ばかりなのは今回も変わらなかったから、モヤモヤするものはある訳で。

だからとっても楽しくても『それなりに順調』という評価なんですね。くすん。

 

ともあれ――そんなわたしという曇った銅の隣には、いつも綺麗な白金が輝きを放っていた。

言うまでもなく、御魂雲異ことコトちゃんの事である。……ダジャレじゃないよ。

 

入学式の日に成り行きで友達となってから、彼女とは自然と一緒に居るようになっていたのだ。

 

というか、コトちゃんの方からべったりとして来る。

どうもこれまで親しい友達どころか雑談できる子すら殆ど居なかったらしく、むしろ遠巻きにされたりいじめられたりと、あまりよくない小学校生活を送って来たとの事だった。

 

だから、入学式の日のバス停でわたしが泣きついてしまったあの時、彼女は本当に嬉しかったそうだけど……もう本当の事言えないや、これ。

 

というかコトちゃんもそんな過去を気負った様子もなく言っていたけど、流石にカラっとしすぎじゃない……?

どこかガサツな言動といい、決してひ弱ではない私を引きずるような身体能力といい、儚げな外見とは真逆のすごく野性的な子だった。

 

……とはいえ、だからこそわたしも一緒に居られるのかもしれない。

 

自分の美貌を鼻にかけず、変に見下して来たりもせず。

立ち位置とか距離感とかそういったものにこだわる感じも無くて、ちゃんと同じ目線で接してくれる。

そんなサッパリとした彼女だから、その美貌に気後れしないでおしゃべり出来ている部分はあった。

 

他のクラスメイトも似たような事を思っているのか、彼女を避ける者はあんまり居ない。

 

女子の中では結構フラットな扱いで、わたしとべったりなおかげでグループみたいに見られてはいるけど、特定のグループとギスギスしているとか、逆にくっついているとか、そういった事は無い。全方位まぁまぁ普通の付き合いだ。

 

逆に男子達とはそれなりに仲が良く見えるけど、今のところアイドル扱いとか面倒な事にはなってない。

彼らもはじめこそその美貌にドキドキしてたっぽいんだけど、中身が中身だからちょっと冷静になったらしい。なんか夢が壊されたんだって、しらないけど。

 

で、男女ともにそういう空気だから、三等賞のわたしなんかがくっついてても、何か言われたりとかはなかった。

金魚のフンとか取り巻きAとか、一緒に居て悪く言われたり妬まれたりするかも……と不安で太腿すりすりしてた時期もあったけど、全部取り越し苦労で済んだ。

むしろお目付け役として扱われてる感じで、「大変だな……」みたいな目で見られる事が結構ある。

 

いや、別にコトちゃんが乱暴者だとか問題児だとか、そういった悪い意味ではない。ないんだけど、なんというか――。

 

――そう、彼女はちょっとだけ、頭の中がすっからかんなのだった。

 

 

 

 

 

「わ、わかんにゃい……」

 

 

六月、とある雨の日。

窓の外でしとしと雨音の響く、昼休みの教室。

 

開かれた数学の教科書とノートに突っ伏しながら、コトちゃんは室内の湿気とは逆の干からびたような呻き声を絞り出した。

 

 

「えぇ……これまだ小学校でやる範囲の問題じゃなかったっけ……?」

 

 

その前の席に腰掛けるわたしが、彼女が苦戦している問題を確認すれば、やはり小学六年生の頃に算数で習った式の応用問題だった。

 

確かに少し難しいけど、仮にも小学校を卒業したなら解けない問題じゃなくない……?

 

……それは口の中だけでの呟きだったが、コトちゃんの耳には届いてしまったらしかった。

急にガバっと起き上がり、真っ赤な瞳で私を睨む。

 

 

「分かんないもんは分かんないんだからしょうがないだろ! 小学校だろうが中学だろうが、勉強ってのはいつどこでだって永遠に振り向いてくれない冷たいヤツなんだよ……!」

 

「勉強君は分かんないものをいつどこでだって分かるようにしてくれる、優しいヒトだと思いまーす……」

 

 

コトちゃんの謎理論をはたき返しつつ、わたしは彼女のノートを借りて手短にヒントを書き加える。

 

といっても正解の式に幾つか穴を作った殆ど答えのようなものだったけど、コトちゃん相手ならばこのくらいが丁度いい事はもう知っていた。

再びノートを彼女に戻し、解説しながら一緒に解いていく。

 

 

「ほら、とりあえずこれでどう? ここが7になるように、ちょっと考えてみようよ」

 

「えー……? あー……ちょっと待ってぇ……」

 

 

そうすれば、コトちゃんはさっきまでの悪態を引っ込め、素直に問題に向かってくれる。

勉強が苦手で嫌いな彼女だけれど、決して逃げたりサボったりしている訳ではない。でなければ、こうして私に勉強を教わる事も無かっただろう。

 

――コトちゃんと友達になって数か月。

日々を彼女の隣で過ごす内、わたしはいつのまにか彼女に勉強を教えるようになっていた。

 

特にきっかけというものがある訳では無かった。

ただ、テストの度に赤点を取って泣きながら追試を受けている姿があまりにもかわいそうで、ごく自然にそういう流れとなっていたのだ。

 

身体の弱い天才少女とかのキャラをやってても違和感ない見た目なのに、実際は逆で成績も学年全体で下から数えた方が早い。ほんとギャップだらけだ。

 

 

(……でも、なんだろ)

 

 

じっと、コトちゃんが問題を解く様子を眺める。

 

彼女の出した答えには、正解と間違いが入り混じっていて、かなり苦労して捻り出しているのがよく分かる。

その中には何度も何度も書き直したものもあり、現に今まさに解いている問題も、書いては消してを繰り返している。

 

……こうしてよくよく観察していると、気になる部分も目に付いてくる。

 

 

(――まただ。また、はじめに正解書いて、消してる……)

 

 

書いては消しての、最初の一回。

初めて答えを記入する時それが正答だった場合、コトちゃんは高確率で書き直し、改めて間違った答えを記入する変な癖があった。

 

数学だけじゃなく、他の教科でも大体同じ。最初に正解して、後で間違う解答が相当にある。

まるで敢えて間違えに行っているようにも感じるけど……うんうん唸る本人には、全くそんな気はなさそうだった。勉強できない人ってみんなこんな感じなのかな。

 

……正直指摘したいところだけど、間違いを見直して正解に直した答えもそこそこあるのが悩ましい。

下手に言って見直しの方も止めてしまうなんて事になれば、逆に成績が落ちちゃうかもしれないし……うーん。

 

そうして出来の悪い生徒を持つ先生の気分を実感していると、近くの席で雑談していた男の子達がわたし達の様子に気付き、目を向けて来た。

 

 

「お? なに御魂雲ちゃん昼休みまで勉強やってんの? 大変だねぇ査山さんも」

 

「まぁ次のテスト近いしな。追い込みかけなきゃまた赤点になっちゃうんでしょ、ははは」

 

「うるせーあんたらだって私と点数そう変わらんの知ってんだかんな。もし私に負けたらクソほど煽り散らかしてやっから覚悟しとけやボケがよ」

 

「クチわっる」

 

 

そのイヤミに苛立たしげな声を返すが、そこにギスギス感は無い。

コトちゃんの言動に男子達もあんまり女の子扱いしなくなってきているようで、こういった遠慮のない軽口のたたき合いはよく見られるようになっていた。

 

……コトちゃんがちゃん付けなのにわたしがさん付けなあたり、たぶんわたしより男子と上手くやれているんじゃないかな。

まぁ男の子達の目にはちょっぴり熱っぽさを感じるし、コトちゃんもそれを察しているのか深く踏み込むような気配はないけど、それでも結構な馴染みっぷりだといつも思う。

 

 

(……なんでこれで、いじめられてたんだろ……)

 

 

その姿を見ながら、わたしはふとコトちゃんの語った小学校時代の話を思い出す。

 

話では、どうも当時はずっと爪弾きにされていたらしいけど……彼女のこの雰囲気で、どうしたらそうなるんだろう。

 

口が悪いのがダメだったのか。それとも無意識に無神経な事を言っちゃったのか。

或いは、いじめていたという子の側がよっぽど性格悪い子達だったのかな。

 

何にせよ――わたしはコトちゃんをいじめていた子達の気持ちが、まるでサッパリ分からなかった。

 

 

(…………)

 

 

……嘘。嘘です。

本当は、ちょっとだけ分かっちゃってる。分かりたくないけど、察せちゃっている。

 

――だってわたしは、コトちゃんを羨ましいなって思っているから。

 

 

「……白金」

 

「――ん? 何か言った?」

 

「ううん、なんにも」

 

 

無意識の呟きに反応してきたコトちゃんに、なんでもないよと首を振る。

それに彼女は少し首を捻ったものの、すぐに「そっか」と頷き、男の子達との軽口に戻っていった。

 

 

(……キラキラ、だもんね)

 

 

コトちゃんの隣に居ると、その眩しさに目が潰れてしまいそうになる時がある。

 

彼女と自分の姿を見比べてしまい、自分の陳腐さ華の無さを理解させられる……みたいな。

白金と銅――ふとした時、彼女との格差をどうしようもなく思い知らされるのだ。

 

自分が特別だと思えなくなり、持っている物全てが色あせて見えてしまう――。

……いじめていたという子達は、それに耐え切れなかったんだろう。なんとなく、それが分かってしまうのだ。

 

まぁでも、ちょっと共感するってだけだ。

コトちゃんの事を羨ましくは思うけど、わたしが彼女を嫌う事はたぶん無い。

 

だってそういった思いは、これまでの三等賞人生で慣れっこだったし……何よりわたしは、コトちゃんの輝きが届かない世界がある事を知っている。

 

 

「――ねぇコトちゃん、そろそろお昼休み終わっちゃうよ?」

 

「えっ? うわほんとだ、ゴメン教えてくれてんのに……!」

 

「いいよいいよ、お礼に今日も付き合ってくれるんでしょ?」

 

「う」

 

 

男の子達との会話を打ち切り慌ててノートに向き直るコトちゃんにそう微笑めば、彼女は途端に嫌な顔をする。

その顔を見る度――わたしは少しだけ、晴れ晴れとした気持ちになるのだ。

 

 

「……なぁ、その趣味もうやめない? 悪趣味ってーかさぁ……」

 

「あはぁ、まぁコトちゃんは視えないもんねぇ、そういうの」

 

「や、だからその霊能力者アピとかも……まぁいいケド」

 

 

コトちゃんはこれ見よがしに大きな溜息を吐くと、それきり何も言わず問題に戻った。

……その際、私に聞こえないくらい小さく愚痴を呟いたけど、どっこいバッチリ聞こえちゃう。

 

 

(――ホラースポット探しとか、どこが面白いんだか……)

 

 

明らかにこちらを小馬鹿にしたような声。

しかしわたしは逆に気分が上向き、自然と『いないかなのうた』の鼻歌を口ずさんでいた。

 

 

 

 

 

 

以前言ったように、わたしはとある目的のために多くの心霊映像を集めている。

 

幽霊とかが映った心霊写真や、前のバスみたいな意味不明な現象を収めた心霊動画。

最近は少し幅を広げて、変なひらがなみたいなものが書かれた張り紙とか、崩れたアスファルトの中から外を覗いている変なお面とか、如何にも曰くがありそうなものも探していた。

 

そうなると当然、この街のあちこちに足を運ぶ事となり――わたしは勉強を教える代わりとかこつけて、コトちゃんをよく連れ回していたのだ。

 

 

 

 

 

「……雨降ってんのによくやるよ」

 

 

放課後の帰り道。

まだ降り続く柔らかい雨の中、隣で傘をさすコトちゃんがウンザリと零す。

 

わたしはくるくると傘を回しながら、そんな彼女の背を押した。

 

 

「むしろ雨の日だからこそだよ。降ってる日にしか出ないのとか、すごいの撮れそうな気がするでしょ?」

 

「すごいのねぇ……で、今日はどこらへん予定? 出来れば近場が良いんだけどさ」

 

 

そのあからさまに興味の薄そうな様子から分かる通り、コトちゃんは心霊現象とかのオカルト系には否定派だ。

それをよく話題に出す私を諫め、小馬鹿にして来たりもする。典型的な信じないタイプ。

 

でもまぁ、わたしは特に気にしていない。

いや、というかコトちゃんはそのままでいい。ずっとずっとオカルト関係を信じず、小馬鹿にし続けていて欲しい。

 

自分から誘っておいて変な話ではあるけど、それは間違いなくわたしの本心だった。

 

 

「んーと、ハッキリ決めてある訳じゃなくてね……ほら、そこの自然公園とかちょっとまわってみたいなって」

 

「あぁ、あそこ。私もたまに行くけど……え、なんか変なウワサでもあんの?」

 

「ううん、なにも。なんとなーく怪しいなって思ってるだけだもん」

 

「ならいいや。よかったー、今度から行き難くなんないで」

 

 

基本的にオカルト話は笑って捨てるコトちゃんだけど、やっぱり馴染みの場所に変なウワサがあるのは嫌みたい。

どこかホッとしたように息をつき、こころなし足取りを軽くする。

 

 

「てーか、あかねちゃんもホント好きだよね、オカルトとかさ。最初会った時はそんな感じだとは思わな……や、でも割とそんな感じだったか……」

 

「も、もー! 忘れてよあの時の事は……!」

 

 

彼女から見れば、わたしはいきなり泣きながら縋りついてきた不思議ちゃんだ。

あそこでまず醜態をかまし、外面も何も取り繕う必要がなくなったからこそ、コトちゃんとは気兼ねなくオカルト話を振れるような、気の置けない仲となっている部分はある。

 

とはいえ積極的に思い出したいものでも無く、傘を傾け顔を隠す。

 

 

「でさ、心霊写真とかそんなに作ってどうすんの? 別に友達とかに見せてるって訳でもなさそうだし、ただ集めて並べてるだけ?」

 

「……うーん……」

 

 

その何気ない質問に、顔を隠したまま暫く唸った。

 

ちなみに、コトちゃんの中では、わたしの撮った心霊映像はスマホアプリか何かで加工したものという事になっているらしい。

まぁ『眼』のおまじないを加工と言われれば否定出来ない気もするので、わたしも特に訂正せず勘違いさせたままにしていた。実際どういう判定になるんだろう、こういうの……。

 

さておき。

 

 

「……や、だめ。まだ秘密」

 

「えー? んだよそれぇ」

 

 

まだ準備している途中だし、人に言うのも恥ずかしい。

ただ遅くとも夏休み前には始めるつもりではあるから、その時には教えてあげても――

 

 

「……いやぁ、コトちゃんにはずっと言わないまんまかも」

 

「だからなんでだよ!?」

 

 

思わずそう零してしまえば、コトちゃんは自分の傘をわたしの傘にガンガンとぶつけてくる。

そして下手に力が強いもんだから、跳ねる雨雫が撒き散らされて顔に飛ぶ。ちめたい。

 

 

「わ、ちょっ、やめてよコトちゃ、もー!」

 

「おらっ、吐けっ、おらっ、おらっ」

 

 

コトちゃんが本気を出せば傘なんて余裕でバキバキにされてしまうので、手加減はしてくれているのだろう。

とはいえわたしとしては堪ったもんじゃなく、きゃーきゃー言いながら自然公園への道を走ったのであった。

 

 

 

 

 

近所にあるこの自然公園は相当に広く、定番のウォーキングロードの他にも様々な施設がある。

野球場やプールをはじめとした各種スポーツ場に加え、釣り堀、貸し乗り物屋。森を活かしたアスレチックに、博物館や花鳥園などよりどりみどり。

 

……なのだが、平日の放課後である。

当然ながらその全てを回っていられる時間は無い訳で、今回は仕方なく公園入口に近い幾つかの施設に絞る事にした。

 

今わたし達が訪れている噴水広場は、その中の一つ。

公園に入って五分ほどの場所にある、緑も多くて涼しげな雰囲気の場所だった。

 

 

「へー……雨ん時ってのも割と新鮮だな。景色変わってる気がする」

 

 

広場の中をきょろきょろと見回し、コトちゃんが呟く。

 

確かに、普通は雨の日にわざわざ自然公園を訪れるなんてしないだろうし、わたしも晴れの日の姿しか知らない。

コトちゃんと同じくわたしも新鮮な気持ちできょろきょろしつつ、『異常』が無いかどうかよく『眼』を凝らす。

 

 

「……んー……」

 

 

大きめの噴水池を中心に石畳が並べられ、所々に蔦の巻き付く石柱の並んだ、どこか異国を思わせる広場。

いつもは太陽を照らし返しているそれらが雨に濡れ、全体的に沈んだ色合いを見せている――。

 

空気感こそそんな風に変わっているけど、ぱっと見『眼』を引くものは無かった。

幽霊とか、変な現象とか、そういったものは見当たらず、ふつうに綺麗な場所だ。

 

強いて言うなら、いつもは水を噴き上げている噴水が止まっているのが気になるものの……雨の日は止まるものだって、前にお父さんと一緒に来た時に聞いた事があった。

 

……やっぱり、オカルト的なものは何も無いや。ちょっぴりガッカリし、ほんのり肩を落とした。

 

 

「――お、どんな写真作るか思いつかなかったか?」

 

 

すると目敏くそれを見咎めたコトちゃんが、ニヤニヤしながらわたしの傘を覗き込む。

綺麗なのにムカッとする、器用な笑顔だ。

 

 

「……思い付かないんじゃなくて、居なかったの。居ないものは撮れないの。の!」

 

「はいはい分かった分かった。んじゃ次のとこ行こ。私はともかく、あかねちゃんは門限までそんな時間ないんだろ?」

 

「えー? うんまぁ、そうだけどぉ……」

 

 

わたしの抗議もどこ吹く風。

コトちゃんはサッと身を翻すと、広場の反対側の出入り口へと歩き出す。

 

……言う通り、何も無いもんは仕方ないし良いんだけどさ。

わたしは唇を尖らせつつ、歩き出したコトちゃんの背を追った。

 

 

「…………」

 

 

その際、広場中央の噴水を通り過ぎた。

 

白い石材で作られた、小綺麗な噴水池。

今は機能が停止しているそれを、わたしは通り過ぎざまなんとなしに眺め、

 

 

「……あれ?」

 

 

そのまま暫くじっと見つめ……スマホに『眼』のおまじないをかけ、パシャリと一枚。

 

 

「――あれ、何やってんの? 早く行こうよ」

 

「あ、うん」

 

 

そうこうする内コトちゃんから催促が飛んだ。

わたしはさっとスマホをしまうと、しとしとと雨が降る中を駆けていく。

 

……雨の波紋が一つも立たない、ぞっとするほど静かな噴水池を後にして。

 

 

 

 

 

その後もプールや釣り堀なんかをまわったけど、空振りに終わった。

 

雨だし、池とかの水回りは何かしらあるんじゃないかと少し期待していたのになぁ。

雨のプールサイドに赤い服の女の人が立ってるとか、雨に混じって水底から手が出てくるとか、そういういかにもなやつ。

 

結局わたし達は靴下の染みを大きくするだけで終わり、通りがかりにあった小屋で雨宿りついでに小休止。

元から休憩所として作られているらしく、設置されている木組みのベンチに並んで座り、窓から見える雨景色をぼーっと眺めていた。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

……他に誰も居ない、がらんとした小部屋。

雨の湿気が纏わり付き、木材の独特な匂いが鼻をつく。

 

さあさあと音は流れ続けている筈なのに、とても静かで穏やかに感じる、凪の雰囲気――。

 

……なんとなく、すごくいい時間だなって、思った。

 

 

「……あー、そういや、もうすぐ夏休みだなー……」

 

 

そうしてお腹の底から落ち着いたような気分でいると、コトちゃんがぽつりと零す。

 

 

「……早くない? あとひと月は先だよ」

 

「そんなんすぐでしょ。これまで私そういう長い休みキライだったんだけどさぁ、今は結構楽しみなんだよね。……ゴールデンウィーク、あんなに楽しかったの初めてだったから」

 

「ふぅん……?」

 

 

なんとなく要領を得ず、曖昧な相槌になる。

確かに一ヶ月ほど前、ゴールデンウィークを毎日コトちゃんと遊んで過ごした時は、やたらハイテンションのようには見えたけど……。

 

 

「……あかねちゃん家の予定とか、どうなってんの? あー……家族で海外旅行とか、そういうアレ……」

 

「あはぁ、今のところそんな羨ましい予定はないかな。お父さんもお仕事忙しいみたいで、お休み少なそうだし……よかったら夏休みも一緒に遊んでくれる?」

 

 

特に深く考えないでの軽い誘いだったけど、コトちゃんにとってはそうではなかったようだった。

その美貌に鮮やかな喜色を浮かべつつも、どこかホッとしたように息を吐く。

 

 

「そりゃ勿論だって! むしろこっちから頼もうって思っててさ……あー良かった、あかねちゃんと遊べなかったらいつもの夏休みになるとこだよ」

 

「えぇ……いつものってどんな――あ、いや、いいや」

 

 

彼女がちょいちょい話す小学校時代のアレコレを思い出し、口を閉じる。

たぶん、聞いたって誰も幸せにならないやつなんだろうな、これ。

 

 

「うーんと……っていうか、コトちゃんの家の方はどうなの?」

 

「……、……どうって?」

 

「ほら、家族との予定とか入ってたり……とか……」

 

 

……話を逸らしたつもりだったんだけど、どんどんと渋い顔になっていくコトちゃんを見て、こっちもこっちで誰も幸せにならない話題だと察した。

デリケートなとこ多いなぁ……。

 

 

「……えっと、ごめん、なんでもにゃい……」

 

「あっ、いや別に大丈夫なんだけど……何て言ったらいいのか分かんないっていうか、ううん……」

 

 

しょんぼりするわたしにコトちゃんは慌てて手を振って、言い淀む。

しかしすぐ気を切り替える――というより、考える事を放棄するように頭を振ると、わたしの背中をぽんと叩いて立ち上がった。

 

 

「まぁ、うん、夏休みは全部暇だよって事でね……とりあえずそろそろ次行かない? 雨も止まないっぽいし、待ってても意味無さそう」

 

「……あは、そうだね」

 

 

わたしと同じく、話の逸らし方は下手みたいだった。

 

ちょっとだけ笑ってしまったけど、特に突っ込む事もせず。

わたしは彼女に続いて立ち上がりつつ、改めてまだ降りやまない窓の外に目を向けた。

 

 

「……?」

 

 

その時、変な光景が『眼』に映った。

 

ここから少し離れた、池のほとり。

そこに何やら人が集まり、その一角を囲んでいた。

 

 

(なんだろ……?)

 

 

七、八人ほどだろうか。

子供から大人まで、男女の区別もない雑多な集まりだった。

 

その人達は揃って傘もささず、ただじっと地面を見下ろしている。

雨のせいで、何を見ているのか、どんな表情をしているのかも分からなかったけど……何だか少し、不気味だった。

 

 

「……あれ、どしたの?」

 

「うん……あそこ、あの人達なんだろうって……」

 

 

すると後ろからコトちゃんが声をかけて来たので、ちょんちょんと指をさす。

 

不気味ではあるけど、たぶん幽霊とかじゃないし普通に見えるはず。

事実、私の指先を追ってコトちゃんの真っ赤な瞳がそれを捉え――瞬間、彼女の顔はさっきの比じゃないくらいの渋面になっていた。えっ。

 

 

「っ……げぇ……!!」

 

「こ、コトちゃん……?」

 

 

おまけに汚い呻き声まで漏らし、酷く不機嫌そう。

 

……ど、どうしちゃったんだろう。

突然の変わりようにおろおろとしていると、コトちゃんがいきなりわたしの手を掴み、逃げるように小屋を出た。傘をさす暇もくれずに。

 

 

「ひやぁ!? ちょっ、コトちゃ――」

 

「ごめん、今日はちょっとこのまま帰らして。後で色々埋め合わせはするから……」

 

 

堪らず抗議の声を上げるも、終わる前に遮られてしまう。

 

……少し乱暴なところもあるコトちゃんだけど、意味の無い暴力は振るわれた事が無い。

わたしは気を取り直して彼女の手をぎゅっと握り返すと、自分の意思で歩を進めた。

 

 

「わ、わかったよ……でも、何で? あの変な人達のせい……?」

 

 

明らかにそんな感じだ。

 

もしかしてコトちゃんのストーカーとかかな。

だとしたら、この激しい反応も納得いくけど……。

 

そう問いかけると、コトちゃんはさっきとは違う方向性の渋面になった。

そして暫く「あーうー」と細長く唸ると、やがてものすごく小さな声で、

 

 

「…………一応、うちの人」

 

「え? ……えっと、家族って事?」

 

「違う。今居たあいつらは顔も知んないけど、でもたぶん仲間みたいなやつで……ああもうマジでごめん。説明の仕方ぜんっぜん心の底からわかんないからもう聞かないで、ホントお願い……!!」

 

「……う、うん。分かった……?」

 

 

その困り果てたような様子に、それ以上問いかける事が出来ず黙り込む。

 

……フクザツな家庭事情ってやつかな。

わたしはコトちゃんに手を引かれつつも、ちらりと件の人達を振り返る。

 

 

「……っ」

 

 

――みんな、こっちを見ていた。

 

池のほとりの一角で何かを取り囲んでいるのは変わらない。

ただ顔だけがこちらを向き、じっとわたし達を……コトちゃんを見つめているのだ。やっぱり、その表情は分からなかったけど。

 

 

「ひっ――」

 

 

わたしの背筋に怖気が走り、反射的に目を伏せて、

 

 

(……え?)

 

 

……そうして下げた視線の先に、何かが視えた。

 

穴、かな。

不気味な人達の足の隙間に、穴のような暗闇が視えた……ような。

 

そして視間違いでなければ、その穴の縁が――。

 

 

「――うっげこっち見てんじゃん……! くそマジでキッッッッモ!」

 

「へ、きゃあ!?」

 

 

更に『眼』を凝らそうとしたその時、同じくあの人達の様子に気付いたコトちゃんが足を速めた。というかもう完全に走ってる。

 

当然、彼女に手を引かれるわたしは悲鳴を上げた。

そうしてただ転ばないよう必死になってついて行き、繋いだコトちゃんの手に縋りつく。

 

 

 

「――っ!」

 

 

――最後に一度だけ、ほんの一瞬だけ振り向いたけれど。

その時には既に、さっきの穴は何本もの足に隠れて見えなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

結局、今日はそれでお開きとなった。

 

そういう気分じゃなくなったのもあるけれど、コトちゃんに解放された時にはもう、お互いびしょびしょの濡れネズミになっていたからだ

流石に帰るほかは無く、平謝りするコトちゃんに送られ帰宅。驚いたお母さんに、そのままお風呂に突っ込まれた。ぶくぶく。

 

びしょびしょなのはコトちゃんも同じだったので、お母さんは一緒に入っちゃえと誘ったみたいだったけど、そこまではお世話になれないとダッシュで帰ってしまったらしい。

「あんなに儚い感じなのに、風邪ひかないかしら……」お母さんはそう心配してたけど……まぁ、たぶん大丈夫だろう。あの子絶対風邪ひかないよ、二つの意味で。

 

 

「……なんだったんだろう」

 

 

そうして体を温め一息つくと、やっぱりさっきの事が気にかかる。

 

コトちゃんがあんなにも激しい嫌悪感を露わにした、不気味な人達。

彼女曰く『うちの人』らしいけど……。

 

 

(あと……あの穴)

 

 

『うちの人』達の足元に少しだけ視えた、深い穴のようなもの。

あれは一体どういう事だったんだろう。そっと目を閉じ、視えたものを思い返す。

 

 

「……わかんないや」

 

 

とはいえ、『うちの人』もあの穴の事も、お風呂の中なんかで答えが出るはずが無いのである。

わたしは溜息と一緒に思考を打ち切ると、お風呂場の扉を押し開いたのであった。

 

 

 

 

 

「……あ、コトちゃん」

 

 

お風呂上り、濡れた荷物の点検をしていると、スマホにコトちゃんからのメッセージが届いている事に気が付いた。

 

開いてみれば、そこには今日の事に関する謝罪がずらりと並んでいる。

そのあまりに必死さ漂う文面に、ちょっとだけ笑ってしまった。

 

 

(そんなに気にしなくていいのになぁ……)

 

 

元々雨の日に付き合わせたのわたしだし、あの人達をすごく嫌がってたのも伝わるし、しょうがないよ。

 

ああでも、コトちゃんからしてみれば、わたしっていう初めての友達を失う瀬戸際みたいな感じなのかもしれない。

彼女の過去を思いなんともいえない気持ちになりながらも、大丈夫だよ気にしてないよと返信しておく。

 

……ついでに『うちの人』について聞こうとも思ったけど、やめた。

たぶん、すごく嫌がられる問いかけだと思うから。

 

 

「…………」

 

 

そうして、最後に『夏休みも遊ぼうね』と締めた時――ふと、コトちゃんの今日の言葉を思い出す。

 

 

「夏休みまですぐ……かぁ」

 

 

自然と、部屋のカレンダーへと視線が向いた。

 

学校の夏休みは七月の二十一日からだ。

そして、カレンダーはまだ七月分に捲られてもいない。

 

やっぱり、まだ気が早いと思わないでもなかったけれど……。

 

 

「……うーーーん……」

 

 

スマホの画面をメッセージから心霊映像コレクションに切り替え、唸る。

 

夏休み前には始める予定ではあったけど、それって今もそうだよね。

それに準備している途中とはいっても、一応最低限は出来ている。心霊映像のストックも数か月でたくさん出来たし、いつでも始められる状況にはある訳で……。

 

 

「…………ん」

 

 

……い、今から、やってみる……?

 

思い立ったが吉日……というには少し引き延ばしてしまった気もするけれど。

わたしはフンスと鼻息も荒く、スマホにとあるページを映し出す。

 

いつも使っている大型動画配信サイト、その個人配信チャンネルのひとつ――

 

 

「――よ、よしっ」

 

 

――『ひひいろちゃんねる』

 

わたしが作った、わたしのための、わたしだけのチャンネル。

まだ動画の一本すら投稿されていないそれに、わたしは太腿をすり合わせつつ、指先をそっと伸ばした。

 

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