異女子   作:変わり身

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【私】の話(中①)

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私は今まで病気の類とは無縁だった。

 

こんな真っ白な髪に真っ赤な目なんてしてる以上、色々と病弱でもおかしくなさそうなもんだけど、配色以外に異常らしい異常もなく肉体的にはすこぶる健康。

風邪になんて軽いの一つにもかかった事はないし、流行り病に感染した事もない。精々が傷んだもんを食っておなか壊したくらいだろう。

 

まぁ自分で言いたかないけど、バカは風邪ひかないを地で行っている訳である。うるせぇ。

 

ともかく、そんな頑丈な私だったから――病院の一室で目が覚めた時、自分に何が起こったのか、全く訳が分からなかった。

 

 

 

 

 

「――多大なストレスによる、機能障害……ですかねぇ」

 

「……はぁ」

 

 

病院の診察室。

相対する若い男性医師に言われた事がイマイチ上手く呑み込めず、生返事が落ちた。

 

正直患者としては失礼な態度かなとも思ったけど、しかし当の医師自身もその宣告にあまり納得がいっていないらしかった。

何度も首を捻りながら、私の診察結果らしきパソコンのデータを何やらカチカチやっている。

 

 

「いえ、納得いかないだろうとは承知しているのですが……こちらとしては、そうと言う他がなく……」

 

「えー……や、でも、あの、死にそうってくらい痛くて、身体ん中も熱かったんですけど……?」

 

「ええ、眼球の周囲に血溜まりが見られましたし、自傷行為の痕も確認しています。相当苦しかったとは察せられるんですが……うちの検査では何も異常が出なかったんですよね」

 

 

医師はそう言って、レントゲンやら血液検査やら各種検査の結果をパソコンに表示させる。

まぁ素人の私が見ても何のこっちゃではあるが、彼の説明ではどこもかしこも健康体であるとの事らしい。ほんとかよ。

 

 

「特に眼球周辺は念入りに調べたのですが、少なくとも傷は見られず、血管からの出血も認められませんでした。視力の低下も見られませんし、現状では緊急性は低いのかなと」

 

「じゃあ、あの血って……?」

 

「……うーん……」

 

 

医師は何とも言えない表情で唸り、返答を控えた。

……大丈夫かな、この病院。そんな私の不安が伝わってしまったのか、医師は申し訳なさそうに縮こまると、パソコンのデータに何事かを打ち込み始めた。

 

 

「申し訳ないのですが、中央病院への紹介状をお出ししますので、そちらでより詳しい検査を受けられる事をお勧めします。それで、ちょっと保護者の方と連絡を……」

 

「あー、いや、いいです、そこらへんは。私一人でいけるんで」

 

「……ええと、そういう訳にもいかないんですが」

 

「いけるんで」

 

「えぇ……」

 

 

強引に押し切り、話を打ち切る。

私の保護者周りの話はめんどくさい事にしかならんので、ゴリ押しで流すのが正解なのである。

 

……でも、そうか。一応、異常は何も無かったのか。

実際納得はあんまり出来なかったが、医者にそう言われると多少なりとも安心する。

 

私は少しだけ肩の力を抜きながら、瞼の上を指の腹で軽く撫でる。

皮一枚を隔てた下で眼球が揺り動くけど、あの噴水広場での時のように赤黒い血が流れ出てくる事は無い。

……激痛や灼熱も、とりあえずは無し。

 

これなら、またすぐあかねちゃん探しに戻る事が出来る。

あの苦痛を思い出して込み上げた吐き気をどうにか堪え、私は強く拳を握り締めた。

 

 

 

 

 

 

あの噴水広場で妙な現象に遭遇し、意味不明な激痛と共に血と吐瀉物を撒き散らして気絶した後。

私は自然公園内を周っていた警察官に発見され、近くの病院に担ぎ込まれたらしい。

 

そこで次の日まで昏々と眠り続けた後、ようやく覚醒。

そうして人生初の入院に困惑している内、流されるまま諸々の診察と検査を受けさせられ、やっと解放されたのがそれから更に半日経ったついさっきの事である。

 

合計にして丸一日近く病院に縛り付けられていた訳だ。

目が覚めた時点で身体に異常はなかったため、すぐにでも病院を飛び出したかったのだが……それは流石の私も躊躇せざるを得なかった。

 

事情を知ったあかねちゃんママに安静にしているようお願いされた事もあるが、何より倒れる間際に感じたあの苦痛は、身体の芯にまでこびり付く程に酷いものだったから。

今はもう何ともないとはいえ、あれの詳細が分からないまま放置するのは幾ら何でも怖すぎた。

 

何か、とんでもない難病にかかったんじゃないだろうな――そんな不安と、あかねちゃんを探しに行けないもどかしさとで、病院での時間は非常に落ち着かないものだった。

 

……もっとも、さっき若い男性医師から下された診断からすると、取り越し苦労だった気もしなくもない。

いや、実際にヤバい感じで倒れちゃってる以上、時間の無駄だったとまでは思わんけども……うーむ。

 

 

(……でも身体におかしなとこが無いってんなら、ホント何だったんだ、あの痛いの……)

 

 

とにもかくにも検査診断と全て終え、流れ着いた受付の待合室。

緊急とはいえ一日きりの検査入院という扱いだったためか退院手続きもスムーズに終わり、あとは会計が残るのみ。私は割り振られた番号での呼び出しを待ちながら、鳥肌の浮く腕を擦った。

 

――目から血が噴き出し、身体の内側で激痛と灼熱が跳ね回るあの感覚。

あんなの、私の人生において初めての経験だった。

 

原因の心当たりもまるでなく……いや、アルビノ的なアレソレでの遺伝子的なヤツとかは否定しきれんかもだけど……。

でも今まで何も無かったのに、今更何かしら発症するなんてあんの?

それに、さっきの医師だって何も言ってないし……いやもう一度検査を受けろと紹介状は書いて貰ったが、遺伝子検査を受けろとは一言も――。

 

 

「……だー、しんねー……!」

 

 

分からん。なんも分からん。

 

つーか医者が分からんもんが素人に分かる筈あるかよ。

早々に気を揉むだけ無駄と判断し、思考放棄。問題なく動くんならいいや何でも。

被るフードを深く下げ直しつつ、ぐったりと椅子の背もたれに身体を預け……と、

 

 

「……お? おっと」

 

 

そうして見上げた待合室のモニター。そこにずらっと並ぶ呼び出し番号の中に自分のものを見つけ、慌てて席を立つ。

いつの間にか呼び出されていたらしい。こういうとこも慣れてないから分かんねー。

 

 

(お金足りっかなぁ……)

 

 

不幸中の幸いというべきか、病院に担ぎ込まれた際に財布を落っことす事は無かったので、素寒貧という訳ではない。

というか、こちとら一応金持ちお嬢様だし相当の余裕はあるのだが……検査入院ってどんだけかかるんだろうな。

既に入院用の着替えやら何やらで幾らか残金減ってるし、あんまり過信はしたくない。

 

……最悪、『うちの人』にお金を持って来るよう連絡を入れる事になるかもしれない。

ヤツらは私の言葉には何一つ反応を返さないが、その意味は理解しているようで、生活に関わる必要最低限の頼みは一応聞いてくれるのだ。

 

あいつらに頼るのは癪なんてもんじゃ無いが、イザってなったら背に腹は代えられない。

それを考え渋い顔になりつつ、私は受付へと向かい――

 

 

「っ」

 

 

その時、向かい側からイヤな顔が歩いて来るのが見えた。

 

……それは今まさに考えていた、見たくも無かった無表情。

見知らぬ筈の中年女が、人混みの中から私に冷たい視線を向けていた。

 

 

「……うっげ」

 

 

『うちの人』の一人だろう。

ヤツらは家以外にもこの街のどこにでも居て、ふと気が付けば私に無表情を向けているのだ。ほんと意味不明で、心底気味の悪い集団である。

 

 

(思った途端に遭うとかさぁ……)

 

 

心の中で唾を吐き、そっと壁際に寄って『うちの人』から距離を取る。

 

……さっき連絡を取るかもしれないとは思ったが、その必要があるかどうかまだ分からないんだから、今イヤな思いして接触する必要は無いだろ。

私は誰にともなくそう言い訳しつつ、フードを更に下ろして『うちの人』が立ち去るのを静かに待った。

 

ヤツらは常に私を見てくるが、向こうの方から接触してくる事はまず無い。

どうも街に居るヤツらは私の監視より自分の生活を優先するようで、逃げるか暫く無視していればその内視界から消えるのだ。

 

あかねちゃんと一緒に居る時だったら、彼女に関わらせないよう迷わず逃げを打っていたが、現状においては無視一択。

早くどっか行かねーかなと、俯いたフードの奥で溜息を吐き――直後、その狭い視界に誰かの爪先が入り込む。女物の、靴だった。

 

 

「…………あ?」

 

「…………」

 

 

視線を上げれば、そこにはさっき見かけた無表情が浮いていた。

 

特段これといった特徴の無い、中年女性の『うちの人』。

ずっとずっと、自分からは決して私に近寄って来なかったヤツが、自分の意思で私の目の前にまで来て、じっと向かい合っている――。

 

 

「……え? あ、あれ……?」

 

 

『うちの人』がこれまで絶対にして来なかったその行動に戸惑い、思わず後退る。

しかし『うちの人』はそんな私を気にも留めず、手荷物の中から一枚の紙切れを取り出すと、無言のまま私に差し出した。

 

 

「え、な、何これ……?」

 

 

困惑したまま受け取り目を通せば、それは印刷された領収書のようだった。

そこには結構な金額と私の名前が書いてあり――というかこれ、私の検査入院費用じゃねーか。

ハッとして『うちの人』に目を戻せば、しかし変わらず冷たい視線だけが返った。

 

 

「さ、先に払っといてくれた、って……? いや、何で……つか保険証とか色々こっちあんのに……」

 

「…………」

 

 

だんまりなのは変わんねーのか。

 

感謝よりも気持ち悪さを強く感じた私は、それ以上の会話は無意味と切り上げ、礼も何も無いまま逃げるようにその場を後にした。

 

だいぶ予定とは違ったが、支払いが終わったのならここに長居する理由も無いのだ。

 

 

(何だアイツ、変な動きしやがって……)

 

 

そうして出入口へと歩く中、『うちの人』の方を何度も何度も振り返る。

 

ひょっとしたら追いかけて来るんじゃないかとも思ったけど、中年女はその場から動く様子は無かった。

ただそこに立ったまま、離れて行く私をじっと見つめ続けている。

 

それだけ見ればいつもの様子と変わりなく、何か逆にホッとしてしまった。ムカつく。

 

 

(統率みたいの、あんまし取れてない人だったとか……?)

 

 

私はヤツらを『うちの人』とひとくくりにしているが、当然ながらそれぞれが違う人間だ。

ならば、少しくらいは違う行動をとるヤツも居る……かもしれない。

 

……そういう『うちの人』を見たのは今さっきの中年女が人生初なので、イマイチ納得し難いものはあるけども。

 

 

(……いや、いいや。あいつらに関しちゃ考えるだけ無駄だ)

 

 

元から意味不明なヤツらの間違い探しをした所で、一体何の意味がある。

 

私はヤツらの生態についてそれ以上考えないようにして、病院出口の自動ドアを潜り――

 

 

「…………」

 

「うおわっ!?」

 

 

その先に立っていた別の無表情と出くわし、思わず大きく飛び上がった。

 

また違う『うちの人』だ。今度は髪を金に染めた若い青年で、車の鍵をこちらに掲げている。

そしてその背後の駐車スペースには、一台の乗用車が停まっており……。

 

 

「……は? え? の、乗れって……?」

 

「…………」

 

 

返事は無い。

しかしその言葉を聞いた途端に背後の車に歩き出したので、おそらくそういう事なのだろう。

 

……、……いやどういう事だよ。

さっきの中年女といいこの男といい、『うちの人』の意図がまるで分からん。何で急にいつもと違う事して来るんだこいつら。

 

もしかして私がぶっ倒れたから、配慮か何かしてるつもりなのだろうか。

滅多に体調崩さない私が検査とはいえ入院までしたもんだから、ちょっとは面倒見てやろうとでも思ってたりするのか。

 

……こんな――こんな、私自体をずっと無視したままで?

 

 

「――なぁ、マジでどういうつもりなんだよ、あんたら」

 

 

どうせ無意味と分かっているのに、気付けば口に出していた。

 

 

「結局何がしたいんだよ。さっきの人とかあんたとか、いきなり出て来て訳分かんねーんだけど」

 

「…………」

 

「……あーはいはい。病院のお金払ってくれて、ありがとうございました。私だけじゃ足んなかったかもだし、さっきの人が来てくれて助かりました。……これでいい?」

 

「…………」

 

「…………ええと、じゃあさ。私これから友達探しに行くんだけど、あんたらも幾らか手伝ってくれたりしない? 家に居るヤツらとか、暇な人も多いだろ? な?」

 

「…………」

 

「………………あの、あのさぁ。ハイとかイイエとか、何か一言くらいさ。そっちがそんなんじゃ私、どうしようも――」

 

 

その言葉の最中、金髪の青年が無造作に車のドアを開け、変わらない冷たい瞳でこちらを見る。

 

無言、無反応、無表情――いつも通りこちらの話を一ッッッ切聞く気の無いその振る舞いはいっそ清々しくもあり、私の額にでっかい青筋が刻まれた。

 

 

「――乗る訳ねーだろバーーーーカ!!!」

 

 

沸き上がる苛立ちのまま叫び散らし、持っていた手荷物を全力で投げつける。

私の血と吐瀉物塗れになってしまった衣服とレインコートの入った袋だ。

常人外れの膂力で投げられたそれはまっすぐ直線を描き、金髪の青年の頭に直撃。その身体を大きくよろめかせ、後ろの車体に倒れ込ませた。

 

 

「何したいのかも分かんねーのにわざわざ付き合ってやる暇なんて今の私には無いんだ代わりにそれ持ってって洗濯でもしとけボケ!!」

 

 

最後にそう吐き捨て、それきり青年に目を向ける事無くダッシュでその場を後にした。

 

いつもと違う様子にもしかしたらと思ったけど、やっぱり期待するだけ無駄だった。

まぁ荷物整理に帰る手間を省けただけ良しとしよう。そう思わなきゃやってられんわ。

 

それにさっき言った通り、今は『うちの人』に関わってる暇なんて無いんだ。

私はこれ以上ヤツらに思考を割く事を止め、しかし一方で燻り続けるイライラを宥めながら、とある場所へと足を向けた。

 

それはさっきの医師に紹介して貰った中央病院――ではなく、私が昨日倒れた自然公園。

……あかねちゃんの傘が見つかった場所。

 

 

「……くそ」

 

 

あかねちゃんママからの連絡では、あれから一日経った今もまだあかねちゃんは行方不明のままらしい。

 

体調にはまだ不安は残るけど、これ以上自分なんかに時間かけてらんない。

早く捜索に戻って、一秒でも早くあかねちゃんを見つけなきゃ――。

 

私はぶり返す焦りに追い立てられるように、自然公園への道を急いだのだった。

 

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