異女子   作:変わり身

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【私】の話(中⑨)

5

 

 

 

あかねちゃんには、スマホで心霊映像を撮る前に背面レンズを撫で上げるという癖があった。

 

まぁ、誰もがよくやる仕草ではある。

カメラに埃や指紋が写り込まないように拭っているだけ。おかしく思った事なんて無いし、なんなら私自身も意識すらせず日常的にやっているだろう。

 

じゃあ何故、私はそれを癖だと思ったのか。

それは、あかねちゃんのその手つきにちょっとした特徴があったからだ。

 

彼女のレンズの撫で方は、まるで人の目に対して行うような柔らかなものだった。

 

そっと瞼に指を添えて、開かせるように撫で払う。

私が適当に指でグイッとやるそれの百倍は丁寧な感じで、なんとなく気に留まっていたのだ。

 

とはいえ会話の種になる程のものでもなく、深く言及した事もない。

……でも、たった一度だけ。軽くだけど触れた事があった。

 

いつものようにあかねちゃんと一緒にホラースポットへと赴き、オカルトを探してあちこち散策していた時だ。

突然笑顔を浮かべた彼女が、何もない場所へと向けたスマホのレンズを撫で上げたのを見て、何の気なしに呟いたのだ。

 

それ、いつもやってんね――そんだけ。

 

問いかけでも話を振った訳でもない、ふとした拍子に出た独り言。

けれどあかねちゃんは無視もせず、その声に応えてくれた。

 

きょとんと一瞬目を丸くして、私の目線を追って何の事を言っているのか気付き、ちょっとだけ照れながら、可愛らしく笑って――。

 

 

「――おまじないだよ。よーく映りますように、って」

 

 

 

 

 

 

「『くも』を封じた地下とは、具体的な場所を示すものではない」

 

 

夕暮れ時。自宅へ向かう車の中。

運転手である『うちの人』が、前方をじっと見つめたままそう言った。

 

 

「地面の奥底に存在するのは確かだ。しかしそこに繋がる道はどこにも無く、また物理的な空間が作られている訳でも無い。ただ、地下が在る」

 

「……例のバスと似たようなものだよ。二重にぶれた右側、ああいった感じのものがこの街の地下に重なっていて、その中に『くも』が居るようだ」

 

 

不親切に過ぎる説明だったが、助手席に座るインク瓶からの補足が入り、なんとなくイメージはついた。

 

……んだけど、それってこの街の地下全域がオカルトの領域になってるって事じゃないのか?

窓の外に流れる何の変哲もない街並みが急にハリボテのように見え、薄ら寒いものが背筋に上った。

 

 

「そして、我々には自らそこへ干渉する術は無い。這い上がらぬよう、おりぬよう管理し、蓋となり、そして時折開く穴を利用して削る。それが精々だ」

 

「……地下ってとこに封じたの、あんたらなんじゃないのかよ」

 

「…………」

 

 

返事は無い。

やっぱり私の言葉だけを無視する『うちの人』に文句が出かけ、またインク瓶が遮った。

 

 

「『くも』が地面の下にいるのは、自分の力で逃げ込んだって事だね。だから君らも頭を砕き切れなかったと」

 

「……我々の霊能は、我々に危害を加えたものだけに作用する。逃げ出したものの背を切りつける事は難しい」

 

 

……どこまでも受け身で、訳の分からない力だった。

自殺などの方法を取る事で多少の応用は効くようだが、そもそも命を落とす事で初めて使えるだなんて、生物が持つものとして何かが間違っている気がした。

 

 

「つまり、向こうが穴を開けてくるのを待つしかない訳だ。こっちから動いて、どうこう出来るものじゃない……」

 

 

インク瓶はゆっくりと言い含めるように纏めると、軽く顔を傾ける。窓の外のサイドミラー越し、その静かな瞳と目が合った。

そして空気を切り替えるように、一呼吸の間を置いて、

 

 

「――自然公園での捜索が空振りに終わった事、謝るよ。結局、例の噴水の詳細くらいしか目ぼしいものは無かった訳だから」

 

「え……」

 

 

いきなり話題が挿げ替えられ、若干戸惑う。

 

……いや、まぁ、インク瓶の言う通り、自然公園ではあれから何も見つける事が出来なかったのは確かだ。

 

雨の日に覗くと探し物が映るという噴水のオカルトが唯一の発見で、私の血が目覚めた訳も、あかねちゃんの手がかりも、どちらもハッキリとはせず謎のまま。

インク瓶もこれ以上は何も出ないと判断し、日も落ちてきた事もあって仕方なくその場は切り上げる事となった。最後に後回しにしていた『うちの人』への質問ついでに迎えに呼んで、今に至る。

 

正直、劇的に何かが前進したとは言い難い、期待外れと言えば期待外れの結果ではあった。

……あったんだ、けども。

 

 

「……何、いきなり」

 

「新しい発見が出来るかも……なんて言っておきながらこれだ。確かに新たな発見ではあったけど、これじゃ単に友達を探す時間を無駄にさせてしまっただけだね。本当に、ごめん」

 

「……いや……」

 

「……その上でこんな事を言うのも厚顔だとは思うけど――今後少しの間だけ、大人しくしていてくれないかな」

 

「は?」

 

 

一瞬、何を言われたのか分からなかった。

その内じわじわと脳みそに理解が浸透し、私の眦が吊り上がる。

 

 

「……今さ、あかねちゃん探しは諦めて引き籠ってろって言った?」

 

「そこまでは言ってない。友達の捜索は君の親御さんを総動員させるし、僕も可能な範囲での協力はする。約束だ。だから君が四六時中街を駆け回る必要はないって話」

 

「信用できねーよ。あんたは……まぁ、けど、そこの無表情どもはさ」

 

 

そう言って睨む先を『うちの人』に変えれば、続けてインク瓶も隣を見る。

どんな視線かは私の位置からは見えなかったけど、バックミラーの無表情がサッと目線を逸らしたあたり、トゲトゲしたものではあったようだ。

 

 

「……勝手な事を言っているのは自覚してるし、説得力が足りないのは分かってる。でも……現状で君が出来る事は、無いんだ」

 

「……っ」

 

 

そんなの、とっくの昔に察してる。

けれどハッキリ言われてそうだよねと素直に頷けるもんでもない。湧き上がる反発心のまま、声を荒げた。

 

 

「そ、そんな事ないだろ。あの噴水だってあるんだ、今日の夜に雨降るっていうし、それで……!」

 

「あれは映し出すだけだ。もう既に一度その光景を見て、そこがどこかは分からなかったんだろう? それ以上の情報は……」

 

「二日前の話だろうが! あん時は真っ暗だったけど今見たら違うかもしんないし、あんただってホントは――」

 

「それに」

 

 

そんなに大きくない声なのに、やけにハッキリと通った気がして、思わず黙り込む。

座席越しにインク瓶の左手がひらひら振られ、私のおまじないを意識させた。

 

 

「君の状況だって、あまり良いとは言えない事を忘れてないかい。僕のおまじないで遮られてはいるけど、厄介なオカルトに目を付けられている事実に変わりは無いんだ。あまり大きく動いてもし他のオカルトの目を引いてしまえば、それに釣られてまた見つかってしまうかもしれない」

 

「今更? あんなに公園連れまわしといて」

 

「おまじないの効果を確認したいっていうのもあったからね。機能していると確信出来た以上、もう無理して危険を冒す必要は無いし――さっき聞いた通り、『くも』の穴の方だってこっちからは何も出来ない。……動かない方が、良い」

 

 

それが私を慮ってのものだというのは、その声音から窺えた。

だけど納得なんて到底出来る訳も無く、私は湧き上がる怒りのまま胸の中身をぶちまけて、

 

 

「……っの……!」

 

 

寸前、ぐっと堪える。

 

……今コイツを問い詰めても、きっと理詰めで返される。

そして私の頭じゃ言い返す事だってままならなくて、よく分かんないうちに言い包められ、押し切られてしまうんだ。私は私の脳みそに、そんな負の信頼を持っている。

 

これ以上ヤツの土俵に付き合って、『動かない方が良い理由』を重ねられてたまるか。

私は音がするくらいきつく唇を引き結び、座席のシートに後ろ頭を押し付けた。

 

 

「勿論、一生そうしてろって訳じゃない。ただ、そのおまじないを外せるようになるまでは――」

 

「うっさいもう喋んなバーカ」

 

「……ごめんね」

 

 

――クソガキ極まる稚拙な悪態に彼は呆れもせず、お得意のイヤミすら返して来ない。

 

……彼に抱いているある疑いが深まり、凄くイヤな気分になって。

それきり私は何を言われても決して口を開く事なく、ひたすら外の景色に穴の影を探し続けていた。

 

 

 

 

 

 

まぁ言うまでも無く、帰り道に蜘蛛の穴は見つからなかった。

私達を乗せた車は何事も無く家に着き、私はインク瓶と家のあちこちに立つ『うちの人』とを無視して、一人自室に走った。

 

彼の言葉通りに引き籠ってやるつもりは微塵もない。単に、これからの事について改めて考えたかっただけだ。

……本当は、すぐにでも街に飛び出したかったけど――それが短絡的に過ぎる悪手だってのは、もう分かり切っていた。

 

 

「――くそっ!」

 

 

そうして戻った部屋のベッドに脱いだ上着を投げつけながら、私はぐしゃぐしゃと頭をかき回す。

 

インク瓶の提案が理にかなっている事は分かってる。

あかねちゃんに繋がる確かな手がかりは無いし、私の身が危ないのは本当だし、『うちの人』の協力があれば百人力どころか万人力だ。冷静に考えれば、反発する理由なんてそんなに無い。

 

だけど、感情が納得してくれない。

私自身があかねちゃんを探したいと思っている事もそうだけど、それとは別に、もうひとつ。

 

 

(――アイツ、絶っっっ対何か気付いてるのに……!)

 

 

そう、インク瓶はまず間違いなく、私に何か隠してる事がある。

明確な証拠や根拠がある訳じゃない。だけど、彼の言動の端々に違和感があるのだ。

 

噴水のオカルトの詳細が分かった時、そしてあかねちゃんの話を聞いた時。

僅かに変な反応をして、それから少しだけ言葉尻が丸くなった。そしてついにはさっきのアレ。

 

きっと、何かに気付き、確信したんだ。

 

ちょっとヤな性格してるアイツが、イヤミを封印する気になるような。

私のあかねちゃん探しを強引に止めてくるような、何かに。

 

 

(なのに、教えてくれないってのは――……ああくそ、キリキリする……!)

 

 

……きっと、私が知らない方がいいものなんだろう。

考えるだけで胃の底が重たくなって、吐きそうになる。

 

だけど、これは逃げ出していいもんじゃないんだ。

深呼吸を繰り返してこみ上げるものを抑えつつ、ゆっくり思考を回していく。

 

 

(考えろ……考えろ、考えろ、考えろ……)

 

 

今の私がするべき事は、冷静になって考える事――。

 

とってもムカつくべき事ではあるが、インク瓶のその言葉は私が思うよりもずっと胸に沁み入っていたようだった。

ここ数日の事、自然公園での一幕。覚えてる全てを引っ張り出して、インク瓶が気付いた何かの姿を追っていく。

 

 

(……そもそも、あの時言ってた噴水の説明って全部本当なのか? ひょっとしたら嘘ついてたり、誤魔化してたりとか……)

 

 

今更ながら、彼の言葉全てを無条件に受け入れていた自分に気が付いた。チョロすぎんか。

アイツが自称オカルトライターの不審者である事を思い出し、心を少し離してみる。

 

 

(いや……でも、たぶん嘘はついてない。アイツの言ってたの、記憶通りだったし……)

 

 

雨の日にそうなるとか、探してるのが映るとか、そのあたりはちゃんと自分で体験している事柄だ。

出鱈目を吹き込まれているとは流石に思えず――じゃあ、何が隠れてた?

 

 

(……声、気にしてた、よな)

 

 

……私が最初に噴水を覗き込み、そして倒れた時に聞いた、あかねちゃんの掠れ声。

インク瓶は、それを聞いた直後に彼女の事を聞いてきた。それまでは、特に詳しく聞いて来なかったのに。

 

 

「…………」

 

 

インク瓶のおまじないが刻まれた左手で、そっと瞼を撫でる。

 

……あの時彼が零した、あかねちゃんの苗字と同じ査山っていう霊能力者の話。

それを聞いた時から、私の胸にはとある疑念が燻っている。

 

二日ほど前、雨の日の噴水前で起きた事。

私が受けたあの苦痛。オカルトが視えるようになった事。血が目覚めた事。

 

それら全部、全部――あかねちゃんの仕業だったんじゃないのか?

 

 

(……千里、眼……)

 

 

インク瓶曰く、査山の一族が持つ霊能力。

それが具体的にどういったものかは知らないし、あかねちゃんの家と関係あるのかどうかなんてもっと知らない。

 

だけど……ひょっとしたら、それと同じようなものを、あかねちゃんも持っていたのではないか。

 

思い出すのは、彼女の癖だったスマホのカメラを撫でるおまじない。

 

あの、まるで瞼をそっと開かせるような手つき。

何枚も何枚も、狙って撮る事の出来ていた心霊映像。

そして――噴水池の水面に見た目隠しの黒と、どこかで響いたあの言葉――。

 

 

「――視えろ……」

 

 

……あれも、おまじないだった?

 

この左手のインクような事が、あかねちゃんにも出来て。

それが彼女の心霊映像の撮り方で、スマホのカメラにしていたように、あの噴水越しに私の眼にもそれを施した。

その刺激で私の血も変な事になって……そして今、こんな事になっている――とか。

 

想像だ。でも、私にはそれが真実だと思えてならず。

 

 

「……どうして」

 

 

考える度に分からなくなる。

もしその通りだったとしたら、あかねちゃんはどうしてそんな事をしたんだろう。

 

あんなに痛い思いをさせられて。あんなに苦しい思いをさせられて。

気持ち悪いものが視えるようになって、それに襲われるようになって、挙句の果てにヤバそうなヤツにも目を付けられた。

 

……なんで、なんで私に、そんな、ひどいこと――。

 

 

「ぅ……ぐ……」

 

 

これまで感じていたものとは違う苦しさに心が潰され、ただ呻く。

信じたくない気持ちが溢れ、思い違いだと、何かの間違いなんだと思い込もうとして、失敗して、そして、

 

 

「――?」

 

 

あれ、と思う。

 

……何か、変だよな。

もし彼女が噴水池のオカルト越しにおまじないをかけたとするならば――そのきっかけは?

 

だって私の方は噴水の水面を通して色々と視えたけれど、あかねちゃんの方にはそれが無いんだ。

なら見ていたのが私って事も……いや、そもそも見られていた事自体、何一つ気付けていなかった筈で……。

 

 

「……いや、そうじゃない……のか?」

 

 

実際にそうなったんだから、きっと気付けた?

だってそうじゃなかったら、あのタイミングでおまじないなんてかけられない。

 

――噴水池のオカルトを覗いた時、映ったものもこっちに気付く?

 

……それが、インク瓶の伏せていたものなんだろうか。

もし間違ってたとしても、正解との距離はそう遠くない気がした。

 

 

(でも、何で……? そんなん別に、隠すほどの事じゃ……)

 

 

というか、あの噴水のオカルトが動いていた最中、向こう側はどうなっていたんだ?

 

こっちで暗闇が映っていたように、向こうにもこっちの光景が映る何かが出現していたのだろうか。

あの目隠しの黒があかねちゃんによるものだとすれば……女の子の手指で覆える大きさで、おまじないをかけられるような形?

 

……インク瓶はあのオカルトをカメラと評した。なら、レンズの形、とか。

 

 

「…………」

 

 

そして向こうのそれに映るとしたら……たぶん分厚い雲と、雨粒と、縁から覗き込んでいた私の顔。

 

あかねちゃんは自分が見られていると分かって、おまじないをかけたんだ。

ちゃんと、私が見ているって分かって、その上で――。

 

 

――だから、どうして?

 

 

「………………………………」

 

 

ぐるぐると思考が回り、加速する。

 

空転、では無いと思う。

一つの欠けが埋まった事で、ふわふわしていた想像と推測が次々と結び付いていく。まっすぐに繋がり、その重みを増していく。

 

冷静さなんて既にどこかに行っていて、代わりに熱に浮かされた。

 

 

(――気付かれる。気付かれたんだ、あかねちゃんも)

 

 

辿っていく。

 

まず脳裏に描かれるのは、天気の悪いの日の夜中に家を抜け出したあかねちゃんの姿。

 

それはきっとオカルト探しのためで、前に自然公園で視てしまった蜘蛛の穴を確かめに行ったんだ。何で今更なのかは分からないけど、今はいい。

そして何かのはずみで噴水を覗いて、オカルトが探してた穴を映し出して、それを見て――その中に居るものに、気付かれた。

 

この街の下に居るっていう、蜘蛛に。

 

 

(もう、もう疑えない。ほとんど確定だ。やっぱりあかねちゃん、穴の中に絶対居る。気付かれて、逃げ切れなくて、落とされた……!)

 

 

あかねちゃんの何かが蜘蛛の気を引いたのか、それとも動くものなら何でもよかったのか。

とにかく、蜘蛛に認識されたあかねちゃんの周りに穴が出来たんだ。

傘がぶん投げられてた以上、自分から入ったとも思えない。そうして無理やり、噴水に映ったあの暗闇に引きずり込まれた――。

 

 

(それで、それで……き、きっと、怖い事、あって……)

 

 

……たくさん、たくさん酷い想像が浮かんだ。

 

こっちは全部外れていて欲しいと心の底から願ったけど、きっと叶わない。

あの暗闇の中で、声に血が滲んでしまう程の何かがあって……そうした末、あかねちゃんに気付いた蜘蛛みたいに、彼女もまた気付いたんだ。

 

噴水のオカルトを通して自分を見る視線――暗闇に浮かんだ、私の顔に。

 

 

「……っ」

 

 

その瞬間、あかねちゃんは何を思ったのだろう。

 

怖い思いをして、声が擦り切れるまで叫んで……そして、私の姿を見つけて。

そうした状況で私にかけたおまじないには、どんな意味があった。

呟かれた「視えろ」という一言には、どんな感情が込められていた。

 

――あの時、あかねちゃんが伝えたかったのは、何?

 

 

「――決まってる。助けてって、言ったんだ……っ!!」

 

 

……だってオカルトが視えなければ、蜘蛛の穴もまた視えない。

前までの私じゃ何も出来なくて、視えるようにならなくちゃいけなくて、だからこそのおまじない。

 

――この数日で感じた苦痛と恐怖の全ては、あかねちゃんが私を求める声だった。

 

 

「――ッ!!」

 

 

インク瓶が伏せた理由がよく分かった。

だが私は湧き上がる衝動に抗う事なく窓際に駆け、勢いよくカーテンを引き開けた。

 

真っ赤な夕陽は既に落ち、浅い夜闇が景色にかかる。色々と考え込む内に、それなりの時間が経っていたらしい。

そして空の大部分が彼方から来る分厚い雲に覆われつつあり、窓を開けば微かに湿った匂いが鼻をついた。

 

待ち遠しい、雨の匂い。

天気予報では夜更けに降るとの事だったけど、感覚的には雨の気配は程近く。

 

 

「――……」

 

 

左手のおまじないを少しだけ眺め、しかしその手で強く窓枠を掴み、

 

――風が流れ、カーテンがはためく。

それが収まった時、私の姿は影も残さず消えていた。

 

 

 

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