異女子   作:変わり身

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【私】の話(続)

 

 

 

例え何が起ころうと、時の流れは変わらない。

 

昨日どれだけ酷い目に遭ったとしても、今日どれだけ傷ついたとしても。

朝と夜は変わらずに繰り返され、気を遣っての延期なんてしてくれない。落ち込んで傷ついたまま、同じ明日がやって来る。

 

……そういった意味では、あのバスのオカルトはとんでもない事をやっていたのかもしれない。

とはいえそれで起こるのがアレなのだから、何の意味も無い気もするけど。

 

まぁそれはさておき、時の流れに逆らえないのは私にとってもそうだ。泣いても怒っても次の日は来て、嘆いてぶすくれる内にまた時が過ぎる。

そうして引きずるものを整理しきれないまま、やがて今日という日へ辿り着いてしまうのだ。

 

……そう、今日。

 

それはちょっと前まで待ち遠しくて仕方なかった日。

今となっては、来るのが嫌でしょうがなくなってしまった日。

 

――始業式。

あかねちゃんの居ない、望まない日々の始まりであった。

 

 

 

8

 

 

 

春。

桜吹雪が風に舞い、街を彩る始まりの季節。

 

そんな色鮮やかな風景を車の中から眺めながら、私は深い溜息を吐き出した。

 

 

「……気分でも悪いのか」

 

 

すると運転席の『うちの人』……、

 

 

「…………はーぁ」

 

 

……もとい、『親』が。

バックミラー越し、後部座席の私をじっと見つめた。

 

 

「車酔いならば助手席の鞄に薬と水が入っているから、飲みなさい」

 

「ちげーよ。ちょっと憂鬱になってるだけだっつーの」

 

「そうか。ならばいい」

 

「よくねーよボケ」

 

 

苛立ちに任せて罵倒するも、その無表情は揺らがない。

 

こうして面と向かって喋るようになってもちっとも変わらんその顔に、また苛立ちが強まるけど……なんだか急にバカバカしくもなり。

代わりに舌打ちを残して口を閉じ、再び窓の外に目をやった。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

互いに無言。気まずい雰囲気。

 

……桜咲く色鮮やかな景色なのに、こんな空気の中からだと全然綺麗に見えやしない。

舞い落ちる桜の花弁一枚にすら鬱陶しさを感じてしまい、うんざりとして目を閉じた。

 

 

 

――私にとって最悪以外の何物でもなかったあの出来事から、一週間と少しが経った。

 

暦は三月から四月に入り、木々の蕾も華と咲く。

そこらの道を歩く人々もその多くが笑顔を浮かべ、迎えた新生活への期待に満ちていた。

 

……一方で、私の方は酷いものだ。

顔はむっすり、心はどんより。街を取り巻く明るさに反し、暗く澱んだ空気の中に居る。

 

そりゃそうだ。あんな事があったのに、たった一週間かそこらで立ち直れる訳がないんだ。

 

嘆きや悲しみは未だ燻り続けるまんまだし、これからの毎日にあかねちゃんは居ないって考えるだけで泣いてしまいそうにもなる。

おまけにオカルトと出遭い続ける日々になる事も確定していて、これから迎える新生活にひと月前の私が夢見た変化は一つも無い。期待や希望なんてもっての外だ。

 

考えるだけで憂鬱極まりなく、正直に言えばまだ暫くは横になったままでいたかった。

もう少し元気が出るまで、ただじっとしていたかった。

 

……んだけど、なぁ。

 

 

 

 

「……身体」

 

「あ?」

 

「身体は、本当にもう問題は無いのか」

 

 

また唐突に『親』が話しかけてきた。

端的かつ短いそれに一瞬眉が寄ったけど、すぐに理解し視線を下ろす。

 

その先にあるのは、膝に置かれた私の両手。

少し前までは包帯でグルグル巻きにされていたのだが、今やその全てが取り払われている。

 

そこに、あの地下で負った傷は無い。

全てが元通りになっていて、その痕跡の一つすら残されてはいなかった。

 

……そしてそれは手だけじゃない。

足や肩、その他、地下で受けた傷の全てが、綺麗さっぱり完治している――。

 

 

「……別に、へーき。何かピリピリしてっけど、痛いって程じゃないし」

 

「……そうか」

 

 

多少詳しく伝えれば、『親』はまた素っ気なく返してそれっきり。

しかし今度はそれに意識を向ける事も無く、じっと自分の両手を眺め続けた。

 

 

(……やっぱ、おかしいよな、これ……)

 

 

私の記憶では、あの時地下で受けた怪我は相当に酷いものだった筈だ。

 

肌は裂け、爪は浮き、肉は削られ、骨の表面すら露出していた。おまけに傷口で腐肉に触れたりと、衛生面でも最悪な状態になっていた。

明らかに一週間やそこらで治るようなレベルでは無く、それこそ絶対に酷い傷痕の残るような大怪我だった筈だ。

 

……なのに、肌はつるつるで爪はまっすぐ。

変なピリピリはまだ残ってるけど、それもたぶんそのうち消える。そんな確信さえあった。

 

元々傷の治りは早い方とはいえ、いつもはここまでじゃ無い。

明らかに異常な治癒速度に、言いようのない不気味さが湧き上がって来る。

 

 

(暗い中だったから軽傷を重傷に見間違えた、とかなら……)

 

 

実は元から大した傷では無かったのであれば、こうして完治している事はもとより、『親』が病院ではなく自宅療養をさせていた事などにも納得は出来る。

……だが、私の目に焼き付いた傷は、感じた痛みは、確かに。

 

 

(……ああくそ、気持ちわるい……!)

 

 

傷の痛む期間が短く済んだ事自体は喜ばしいのだが、それはそれとしてモヤモヤ感が酷い。

するとそんな私の渋い表情をどう捉えたのか、また『親』の冷たい視線が向けられる。

 

 

「やはり、どこか調子が悪いのか。そうであれば無理せず――」

 

「平気だっつってんでしょ。むしろ調子良いからヤなんだっつーの……」

 

 

苦々しくぼやきつつ、頭を振る。

 

……この傷周りの事も気持ち悪くはあるけど、治れば治ったでまた面倒なのも困りものだ。

 

ここ最近は怪我のため大人しく部屋に引き籠っていた私だが、その傷が癒えてしまえばそれも難しくなってくる。

こうして『親』と会話出来るようになっても、ヤツらと一つ屋根の下に居続けるというのは、やっぱり苦痛過ぎるのだ。

 

怪我で安静という理由があったからこそ、そのあたりを我慢出来ていた部分も強い訳で。

その誤魔化しが無くなればもうダメだ。家で横になっててもじっとしてても、元気になるどころかただ苛ついて疲弊するだけ。

 

というか、居心地の悪さに関しては前よりも悪化してるんじゃなかろうか。

会話しろと言ったのは私だし、親ならそうあれとも言った。でもだからって、短いスパンで何度も何度も私の様子を確認しに来たり、いちいち言葉が説教臭かったり。

なんというか――今更厚かましく親ぶってる感じが、糞ウザったくって堪らない。

 

だから私は少しでも家に居ないで済むように、こうしてズル休みもせずとっとと登校してしまっている訳である。あーあ。

 

 

「……嫌なのは、学校の方だろうか。であれば……」

 

「別にそういうのでも無い。いいからもうほっとけっての」

 

「…………」

 

 

しつこい『親』との会話を無理やり打ち切り、再び窓の外に目をやった。

 

……そうだ、別に学校が嫌になった訳じゃない。

この車の向かう先が、遊園地や山の中であったとしても変わらない。どこ行ったって同じ憂鬱な気分になっていただろう。

 

だって私が嫌なのは、あかねちゃんの居ない日々そのものなんだから。

窓に流れる桜色の景色へまた一つ、深い溜息が落とされた。

 

 

 

 

 

 

到着した学校の駐車場には、もう既にそれなりの数の車が停まっていた。

 

まぁ始業式だから当然といえばそうなのだが、私達も多少は早めに家を出たつもりだったので少しだけ驚く。

車の隣で世間話をしている保護者達や、友達と楽しそうにふざけ合っている生徒の姿も多くあり……そっと、その光景から目を逸らした。

 

 

(…………)

 

 

気分を誤魔化すように、私は鞄からとある小物を取り出した。

 

そこらの百円ショップで適当に選んだ、ちゃちな作りの手鏡だ。

正直スマホのカメラとかでも十分だとは思うけど、持ってた方がそれっぽいかなと買ってみた。

 

そうして一呼吸置いた後――開いたそれに向かって、今出来る精いっぱいの笑顔を浮かべた。

 

 

(か、かわいい、かわいい。私は美少女……美少女なんだ、誰が私が何と言おうと、超絶、スーパー、美少女マン……!)

 

 

同時に口の中でぶつぶつ繰り返し、鏡に映る引き攣った笑顔に言い聞かせていく。

 

こっ恥ずかしくて、へったくそな自己暗示。

自分でもなんてアホな事をしてるんだとは思うが、これも約束のため。これから人の多い場所に出る前の準備として、しょうがないと我慢する。

 

――そう、約束。

あの地下での出来事の中、私は単眼(あかねちゃん)に向かって、『自虐をやめる』と言ってしまった。

 

……まぁ、あの時はかなり精神的にキていたし、正直ただの独り言にしかなっていなかったとは思う。

だけど……確かにそう口にして、それを覚えている以上、ちゃんと守っていたかった。

 

だから私はもう、自分を嫌いのままでいる事は許されない。

この真っ白な髪も、真っ赤な瞳も、顔も身体も。私が嫌いなものは全て、あかねちゃんが褒めてくれて、そして妬んでくれたものなんだ。

 

もう私は私を貶しちゃいけないし、そう振る舞ってもいけない。

むしろこの容姿を自慢しないと。フード被るのもやめて、人の多い所ででも美少女だろって胸を張って、見せびらかさなきゃいけない。

 

……そうしないと、報われないじゃないか。

 

 

(か、かわいい、すごい美少女……かわ、か、かわ……ぐえぇきちぃぃぃ……!)

 

 

とはいえ、私の自分嫌いは一朝一夕で育まれたものじゃない。

人生の殆どを一緒に過ごしてきた、言わば心の相棒とでもいうべき感情だ。

 

当然そんなすぐに別れられる筈も無く、こうして地道な意識改革に臨んでいるのだが……効果あんのかな、これ。

とりあえず、私のすっからかんな脳みそをどこまで騙せるかが勝負だろうか――と、

 

 

「――気持ちの悪い顔だ」

 

「あぁ?」

 

 

その最中、突然心無い暴言が飛んできた。

思わず素に戻って顔を上げれば、バックミラー越しにまた無表情と目が合った。

 

 

「……あー、何、ケンカ売ってんの」

 

「違う。その他人に見せびらかすための表情作りをやめろと言っている」

 

 

『親』はそう言って、改めて私に向き直る。

直で合わせた冷たい瞳からは、さっきよりも強い圧を感じる気がした。

 

 

「分かっているだろう。お前は今も常に視られ続け、些細なきっかけで『異常』……お前の言うところのオカルトと出遭ってしまう状態となっている。これまでは幾ら人の目を惹いても命の危険は無かったが、今後は違う。お前の振る舞いにより煽られる周囲の感情も、オカルトの呼び水となり得るのだ」

 

「…………」

 

「笑うなとは言わない。だが、慎ましくありなさい。静かに、大人しく、なるべく周囲を刺激しないように。そうすればおそらく、オカルトと遭遇する頻度も少しは抑えられる筈で――」

 

「うるっさいなぁ」

 

 

だから、いきなり親ぶってくんな。

上からの言い草に我慢できなくなり、また『親』の言葉を遮った。

 

 

「あんたに言われなくても分かってんだよそんな事。それ関係、インク瓶からもイヤってくらい忠告されたし、オススメしないとも言われてる。でも、その上でそうなんなきゃいけないんだ、私は」

 

 

つい数日前、仕事だか何だかでこの街から離れてしまったインク瓶。

彼が居なくなる前に一度、美少女ムーブの事を相談した時、山ほどのイヤミと心配を頂いた。

 

当然、考え直すようにとも言われたけど――私は最後まで頷かなかった。

そう言い返せば、『親』の瞳が僅かに揺れた……ようにも見えた。

 

 

「……痛いのも辛いのも、嫌なのだろう」

 

「……当たり前じゃん。でも、しょうがないだろ。約束で、役目で、それに……」

 

 

……それに、実は少しだけ期待していたりする。

 

もし今私を捉えているものが、蜘蛛とは別の……もうひとつの可能性の方であったとしたら。

 

妬まれたものを自慢して、見せびらかして。

そうやって煽り散らかす内にいつかはキレて、文句の一つでも言いに来てくれるかも――なんて。

 

 

「…………」

 

 

ありえないって分かってる。

けれど、どうしても。そんな夢想を棄てきれない。

 

 

「……それに、何だ」

 

「別に。とにかく、これからの私はキモい真っ白けじゃなくて、自慢して見せびらかす程の美少女で……そうやって私は、私達の時間に付き合ってくんだ」

 

 

そう言って、私は懐から小瓶を一つ取り出した。

 

それはつい最近になって、常に携帯するようになったもの。

内側で黒いインクがとろりと揺れる、表面に薄く細工の入ったガラス瓶――インク瓶のくれた、イザって時のおまじない。

 

 

「……ヤバい時に助けてくれるってヤツだって、もう居るし。だから、そんな横からうだうだ絡んで来られても、なんつーか……すごく今更で、鬱陶しいし、イライラする」

 

「…………」

 

 

『親』は変わらず無表情のままだったが、どこか不満げにも見えた。

 

その厚かましい鉄面皮加減にまたイラっと来たが、とはいえこの話についてこれ以上コイツと論じるつもりもない。

私は鼻を鳴らして鞄に手鏡を放り込み、さっさと車を降りてしまおうとドアを押した。

 

開かない。

 

 

「…………あのさー」

 

 

鍵は開いてる筈なのに、何度ノブを引いてもビクともしなかった。

たぶん、チャイルドロックってヤツ。私は深い溜息を吐きながら、それをした下手人の無表情をビキビキしながらねめつける。

 

 

「…………」

 

 

『親』はそんな私の声に反応せず、じっと俯き何事かを考えているようだった。

しかしそれもすぐに終わり、やがて諦めたように目を閉じる。その手元で何かが操作され、後部座席のドアからガチャリと鍵の開く音がした。

 

 

「……分かった。この件に関して、我々はもう口は挟まない。お前がそうしたいというのなら、それをやめさせはしない。約束しよう」

 

「…………」

 

 

口『は』。

やめさせ『は』。

 

 

「……口閉じて黙ったまんま、手とか他の身体とかを挟んでくるみたいな屁理屈も無しだからな。何が起きても、余計な事してくんなよ」

 

「……、……」

 

「あっ、こら黙ってカギ閉めんなそういう事すんなっつってんだ!!」

 

 

何も言わずに再びロックをかけやがった『親』を座席越しに蹴り飛ばし、今度こそ車の外に脱出。

そうして、まだ何か言いたげな無表情に向かい口を開け、

 

 

「――っ……ふん!」

 

 

しかし、何も言わず。ただ思いっ切りドアを叩き閉めた。

そしてそれきり振り返る事なく、速足で急ぎ校舎へと向かったのだった。

 

……「行ってらっしゃい」が無かったんだから、「行ってきます」も無しでいいよな。

とりあえず、そういう事にしておいた。

 

 

 

 

 

 

新学年、どのクラスに振り分けられるかは、四月頭の登校日に知らされる事になっている。

 

私はその日を怪我が治り切っておらず休んでしまったけど、一年生の頃のクラスメイトから大まかな連絡事項は教えて貰っていた。

特に迷う事なく校舎の二階に上がり、これから過ごす事となる教室の前へと立つ。

 

 

「…………」

 

 

室内には既に生徒がそこそこの数集まっているらしく、賑やかな談笑の声が漏れ聞こえていた。

 

……私は一呼吸だけ間をおいて――意を決して、扉を開いた。

 

 

「――……」

 

 

視線。

私が教室に入った瞬間、今日からクラスメイトになるヤツらが一斉にこちらを見た。

 

驚き、好奇、物珍しさ、その他色々。

幾つもの視線が無遠慮に向けられ、思わずのけぞりそうになる。

 

……一年で私に慣れたクラスじゃなくなった以上こうなる事は予想していたが、やっぱり圧は感じてしまう。

しかし私は踏みとどまって、何てこと無いような軽さで適当な席に腰掛けた。

 

そうして未だ注がれ続ける視線の一つ一つに手を振り返し、見せつけるような笑顔を返してやる。

 

 

(……び、美少女ってこんな感じでいいのか……?)

 

 

いや知らん。なんも知らん。

知らんがしかし、去年の似た状況で視線全部を無視してぶすくれていた私よりは美少女レベルは上なんじゃないか。なんか引かれてる気もするけども。

 

とりあえずはそんな風に振る舞いつつ、教師が来るのを大人しく待つ。

そうする内にまだ来ていなかったクラスメイトも続々と登校してきて、その多くがまず私を見てぎょっとする。んだコラ。

 

生徒数の多い学校だから、教室に入って来るのは知らない顔が殆どだったが、知ってる顔や、一年の時のクラスメイトだったヤツも数人は居た。

まぁ仲は良くも悪くもないヤツばかりだったから、一緒にお喋りしようみたいな空気にはならなかったものの、心細さはちょっとだけ紛れたような気はした。

 

そしてやがては教室全部の席が埋まり、クラスの全員が揃ったけど――「…………」当然、そこにあかねちゃんの姿は無い。

分かっていた筈なのに、こうして現実を目の当たりすると、決して小さくない痛みが胸に走った。

 

 

「……はぁ」

 

 

流石にちょっと気落ちして、いつかのようにぼんやりと窓の外を眺める。

 

……あかねちゃんの行方不明について、学校では急な転校という穏便な話になっているようだった。

さっき最後に入って来た一年生の時のクラスメイトから、そう話を振られたのだ。

 

突然「査山さんの事、残念だったね……」と来られた時は心臓がヤな感じに跳ねたけど、よくよく聞けば行方不明やら死亡やら、そう言った単語は欠片も無し。

結果的には変なヒソヒソ話をされる感じにはなっていないようで、そこは少しホッとした。

 

 

(……アイツら、裏で何かやったんかな)

 

 

たぶん、『親』の仕業なんだろう。

確か、以前ヤツらの会話を盗み聞いた時は、あかねちゃんの家族には出来る限りの配慮と気遣いをするという話だったから、その一環なのかもしれない。

 

そういえば、あかねちゃんママからは何か連絡来てないのかな……と、スマホを取り出そうとして、ぴたっと止まって溜息を吐く。

 

 

(だから、スマホ無いんだっつーの……)

 

 

どうも毎度忘れてしまう。

これまで私が使っていたスマホは、地下での一件の最中にバキバキになった上、地下の崩壊に巻き込まれて行方知れずになっているのだ。

 

スマホの紛失というのは私が思うよりも面倒なようで、新しい機種に交換するにしても、番号や個人データの引継ぎには通常より手間がかかるそうな。

おかげで今の私はスマホを持っておらず、例えあかねちゃんママから何かしらの連絡があったとしても、確認する事は不可能だった。

 

 

(あー……ていうか、そうだこれ、写真とかもパーじゃん……)

 

 

今更ながらに思い至る。

 

こんな形でスマホを失うとは思っていなかったから、データのバックアップ設定とかも面倒くさいってサボってた。

私自身あまりスマホを弄る方じゃなかったけれど……それでも写真とか動画とかは、そこそこ撮ってた方だったのに。

 

……それこそ、あかねちゃんとの写真とかも、たくさん。

 

 

「……ほんと、ぜんぶ、なくなっちゃったんだなぁ――……」

 

 

喪失を、改めて実感する。

胸の痛みが強くなって、ぎゅっと目を瞑った。

 

……全部、悪い夢って事になんないかな。

目を開けたら全て元通りになってて、あかねちゃんの笑顔がそこにあったりしないかな。

 

「……ばーか」まだそんな下らない事を考えてしまう自分に呆れ果て、嘲笑い。

椅子の背に力なくもたれかかりながら、やたらと苦労して瞼を押し上げ――。

 

 

 

「――おっすおっす~」

 

 

 

「え、うわぁっ」

 

 

そうして開いた目の前に、一人の少女が立っていた。

全然気づかなかった。いきなりの出現に驚き、咄嗟に椅子ごと後ずさる。

 

 

「あれ、寝てたん? ていうか驚きすぎでしょ、あっはは」

 

 

日に焼けた健康的な肌が眩しい、快活そうな少女だ。

人懐っこい朗らかな笑顔を浮かべた彼女は、私にもまるで物怖じせずにズイッと机に身を乗り出した。

 

 

「御魂雲で合ってるよね? いや~、同じクラスになれて嬉しいよアタシは」

 

「え……や、えぇ……?」

 

「なぁなぁ陸上部入んない? 去年の運動会見てたよ~、凄い良い足してんじゃん。一緒に全国目指そうぜ~」

 

 

戸惑う私をよそに、陸上部であるらしいクラスメイトは明るく続ける。

 

そこには異物への気遣いとか社交辞令とか、そういう配慮みたいな裏は感じず、単純な好意だけが感じられた。

そしてその気安い雰囲気につられてか、周囲からの物珍しげな視線達も少しずつ和らぎ、日常の一部を見るような自然なものとなっていく。

 

――そんな彼女の笑顔に、あかねちゃんの笑顔が重なった。

 

 

「…………」

 

「前々からチャンスだけは窺ってたんだ。他の運動部やってないっぽいよね? あ、そうだ、今日学校終わったら一緒にどっか寄らん? おっと自己紹介まだじゃんね。アタシは――……」

 

 

くるくると表情と話題を変えながら、やたらと距離を詰めてくる。

 

……私の隣に、あかねちゃんはもう居ない。

代わりにオカルトという『異常』が収まって、きっと沢山のイヤな思いをするのだろう。

おまけに自分を美少女だと思わなきゃいけないし、『親』もかなり鬱陶しくなっている。

 

これからは、そんなウンザリするものしかないと思っていた。

ただただしんどい、憂鬱な事ばかりの日々が始まるのだと、そう思っていた。

 

……だけど。

 

 

「――ていうかずっと聞きたかったんだけど、御魂雲っておひさま大丈夫なのか? そういうアレだったら何か色々ゴメンだけど……あ、違う? よかったー! まぁ運動会でアレなら平気だよなそりゃ。あん時のリレーじゃ走る順かみ合わなくて悔しくてさ――」

 

「――は」

 

 

詰まっていた息が、少しだけ抜けてしまった。

そうして自然と、言葉が零れ始めていく。

 

 

「……名前、さ」

 

「で、御魂雲もちょっと靴下ずらして……え何?」

 

「だから、名前。私、自分の名前やっぱ嫌いなんだよな。どんな意味が込められてたって私には関係ないし、そう呼んでくんのは一人くらいでいい」

 

 

それはほとんど独り言

引いていた椅子を戻して頬杖をつき、自分からクラスメイトに近づいた。

 

 

「ほーん……? よく分かんないけど、じゃあこのまま御魂雲ちゃんで――」

 

「つっても名字の方も、つい最近変なケチついちゃった。呼ばれる度に嫌いなヤツが浮かぶから、ちょっとヤダなって感じ」

 

「おっと~?」

 

 

私のこれからが、あんまり楽しいもんじゃないってのは間違いない。

そしてそれが、ずっとずっと続いていくのも変わらない。

 

……けれど案外、それだけって訳でもないのかもしれない――なんて。

 

 

(――……)

 

 

まぁ、目の前にある能天気な笑顔に錯覚しただけかもしれない。

でも――今の私にとっては、それだけで十分だったみたいだ。

 

 

「名字も名前もダメか~、んじゃあニックネームでも付けるか。くも太郎!」

 

「絶ッッッ対ヤダ。つーか、もう気に入ってるのがあるんだ」

 

 

――過るのは、いつか歩いた、そして今はもうどこにも無いとある日の帰り道。

 

その記憶に目の前の笑顔が滲む中、それを隠して小さく笑った。

 

 

「――タマって呼んでよ。私にぴったりの、可愛らしいあだ名だろ?」

 

 

 




もうちっとだけ続くんじゃ。
思ったよりだいぶ長くなっちゃいましたが、ここまでお付き合い頂きありがとうございます。
次の次から通常運転に戻りますが、今後ともまったりよろしくお願いいたします。
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