異女子   作:変わり身

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「予言」の話(上)

「橋の上での貴様を識った」

 

 

七月。夏休みを目前に控えた、とある暑い日の帰り道。

照りつける日差しにうんざりしながら歩いていると、背後から声がした。

 

何気なく振り向けば、電柱の影に隠れるように、男が一人立っていた。

 

 

「……、……え、っと?」

 

 

奇妙な男だった。

 

こんな暑い日だってのに真っ黒なタートルネックを着ていて、そのくせ汗の一つもかいていない。

そして、そんな涼しげな顔には濃いメイクが施され、頬と唇にひかれた鮮やかな青いルージュがよく目立つ。

 

そんな妙ちきりんな出で立ちの一方、どこか超然とした雰囲気を纏っているその男は、やけにギラついた瞳で私を見つめていた。

 

 

「……え、あの……?」

 

「橋を渡っている最中だ。何気なく手をついた欄干が折れ、川に荷物を落とすだろう」

 

「は? や、何を――」

 

「努々気を付けるが吉。行け」

 

 

男は私の疑問をまるっと無視して話を打ち切り、音も無く電柱の影に引っ込んだ。

それきり出てくる様子は無く、見つめていても動いて来ない。

 

……何だアイツ。意味不明な振る舞いにじわじわと気味の悪さが湧き上がり、暑さに汗ばむ肌をイヤな寒気が撫で上げる。

 

 

(……ち、近寄らんとこ)

 

 

まぁ、さっきスマホで見たら32℃ってあったしな。

頭が茹っておかしくなる奴が出ても仕方あるまい。うむ。

 

とりあえずそういう事にして、電柱から目を離さないままじりじり後退。

曲がり角までそのまま下がり、着いた瞬間その場を全力ダッシュで後にしたのであった。こえー。

 

 

 

 

 

 

川の多すぎるこの御魂橋において、橋の利用は必要不可欠である。

 

街でも森でも畑でも、川が流れていないエリアなんてどこにも無い。徒歩だろうが車だろうが、みな平等に橋が要る。

私の通学路だって道中幾つもの橋が架かっていて、歩く道をどう変えようが、渡らずに済むルートは無いのだ。

 

……だから、あれから数分後の私が橋の上を歩いていようが、それはどうしようもなく当たり前の事だった。

 

 

(欄干……)

 

 

ちら、と。

住宅街にある橋の一つを渡る最中、なんとなく視線がそちらに向かう。

 

言うまでも無く、さっきのメイク男のせいだ。

妙にインパクトの強いヤツだったからか、その言葉がどうにも意識の隅に張り付いていて離れなかった。

 

 

「……ただのでまかせなんだから、気にしてんなっての」

 

 

敢えて呟いてみるけれど、モヤモヤ感はそのまんま。

そんな自分に溜息を吐き、落ちてた小石を蹴っ飛ばす。

 

苛立っていたせいもあるのだろう。小石は思ったよりも勢いよく飛んでいき、少し先の欄干に衝突。

コンクリート製っぽいそれは、当然ながら易々と小石を跳ね返し……直後、その周囲が静かに崩れて川へと落ちた。

 

 

「………………えっ」

 

 

やがて橋の外から水の跳ねる音が響き、やっと我に返った。

 

 

「はっ、えぇ?」

 

 

慌てて駆け寄り橋の下を覗き込めば、落ちた瓦礫によるものらしき波紋の残滓が見て取れる。

……そして恐る恐ると欄干の崩れた部分に目をやると、小石の当たったとこから大体半径三十センチくらいの範囲が崩れていた。んなアホな。

 

 

「えー……いや、これ……ウソじゃん……?」

 

 

何かもういっそ白昼夢を疑ったものの、欄干は崩れたまま直らない。

 

よく見てみると、崩れた部分から飛び出た鉄筋がボロボロの錆まみれになっている。

……欄干にヒビでも入り、雨水が染み込んだのだろうか。この私がちょっぴり力を込めて蹴っ飛ばしたとはいえ、小石程度で崩れるって相当危なかったぞ。

 

私は折れた鉄筋の先を眺め、ゾッとして――はたと件のメイク男の言葉を思い出す。

 

――何気なく手をついた欄干が折れ、川に荷物を落とすだろう

 

 

「……いやいやいや」

 

 

……偶然だろ?

 

確かにこのまま歩いていたら、無意識にそこを触った可能性も無くは無い。

そして崩れた欄干にバランスを崩し、思わず癖で手荷物を投げ捨ててしまう自分も想像は出来る。出来るんだけども……。

 

 

「――って、今はそんな場合じゃなかった」

 

 

纏わりつくイヤな感じを頭と共に振り払い、スマホを取り出す。

 

欄干がちょっと欠けた程度ならまだしも、ここまで大きく壊れたのならせめて警察くらい呼んどくべきだろう。

いや、それとも消防とかの方が良いのかな。1、1と来て次の番号をどうするか、0と9の間で指を彷徨わせ、

 

 

「――信号機の前での貴様を識った」

 

「わぁっ!?」

 

 

前方からいきなり声をかけられ、思わず飛び上がる。

 

咄嗟に顔を上げれば、少し離れた場所にメイク男が立っていた。

スマホに意識が行ってて全然気付かなかった。欄干に背を預け、キザったらしく腕を組んでいるその男は、やっぱりギラギラとした目で私に熱視線を注いでいる。

 

 

「や、あの……ま、マジで誰……」

 

「橋を渡り切った先だ。赤信号を認めた時、隣に知った顔が立つだろう」

 

「……、……え、そんだけ? いや違う、だから何なんだよあんた――」

 

「青信号になっても一呼吸置くが吉。行け」

 

「聞けよこっちの話! おいちょっと!」

 

 

メイク男はさっきと同じく言うだけ言うと、くるりと背を向け立ち去って行く。

 

咄嗟に追いかけようとしたその時、握り込んでいだスマホからこちらを呼びかける声が流れた。

画面を見れば110。どうやら、驚いた際に指が滑って番号をタップしていたようだ。

慌ててスマホを耳に当て、しどろもどろと応対する。

 

そうして再び目を向けた時には、既にメイク男の姿は無く。

私は電話口に舌打ちの音が乗らないよう苦労しつつ、ひとまず状況説明の方に集中する事とした。

 

 

 

 

 

なんか崩れた欄干に関しては、本当は警察とかじゃなく他に専門の通報先があったらしい。

 

とはいえ一応業務の内ではあったのか、少し待てば警官が到着。

軽い事情聴取は受けたものの、特に怪しまれる事も無くすぐに解放してくれた。

 

まぁ私のガワは細っこい美少女だから、何か変な事したとかは考えもしなかったんだろう。

私としても余計な事を言ってめんどくさい事になるのも嫌だったので、ご厚意に預かりそそくさとその場を後にした。

 

そうしてまた帰りの途に戻った訳であるが――頭にあるのは、やはりメイク男のあの言葉。

 

 

(――信号機前の貴様を識った、ねぇ……)

 

 

正直何が何だか分からんが、欄干の例もありただの妄言とも流し難い。

 

おまけに橋でさえ渡らずに済む道が無いのだから、信号機なんて言わずもかな。

避けようと思って避けられるものでもなく、また好んでの信号無視もしたくはない。

 

というか、そもそもメイク男の言う信号機がどこのどれかも分からん訳で。どうしろってんだよこんなん。

いっそ『親』に車で迎えに来て貰おうか――そんな事すら思いながら、ふと前方に見つけた赤信号をじっとり睨み、

 

 

「――あれぇ、もしかしてタマちゃん?」

 

「え」

 

 

すると、横から声をかけられた。

 

振り向くとそこにはチャラい見た目の男が居り、能天気な笑顔で手を振っていた。

誰だっけ――と首を傾げるまでも無く、そのやたらと長いアゴですぐに思い出す。

 

 

「……あー、ええと、前のカラオケの時の……?」

 

「あ、覚えててくれた? やったぁ嬉しー!」

 

 

かつて黒髪女に巻き込まれ、かなり酷い目に遭ったビルでの騒動。

その最中に私が助け、そして何だかんだ助けられもした大学生だった。

 

もっとも、本人はあの時に何が起こっていたのかを一切把握していない。

私の方も流れで助けた部分が大きかったので、別れたっきり特に連絡などもしていなかったのだが、アゴ男は何も気にした様子も無く気の抜ける笑みを浮かべていた。

 

 

(……いや待て、もしかしてメイク男の言ってたのってコイツ? え、もう?)

 

 

確かにここも距離があるけど信号機前ではあるし、赤信号を認めた時とも言っていたし、コイツも一応知った顔ではあるけれど。だからってもうちょい何か……なぁ?

 

思ったよりも唐突だった予言モドキの成就に固まる私に気付く事なく、アゴ男は気楽な調子でペラペラ続ける。

 

 

「いやぁあれから何か月だっけ、久しぶりだなぁ。俺正直なんも分かんないけど、あの時なんか大変だったんだって?」

 

「……まぁ、はい」

 

「先輩らも凄い事になっちゃったっつーか、ヤバイ人らだったみたいだし……何ちゅーかその、ごめんな?」

 

「いや……別にお兄さんのせいじゃないんで」

 

 

何故か謝られたが、悪いのは例のチンピラどもと黒髪女である。

 

確かに脱出の道中で手間をかけさせられたってのはあるけど、それも最後らへんで助けになってくれた事でトントンだ。

私がコイツを割と雑めに扱っているのは、たぶんその釣り合いのせいもあるのだろう。知らんけど。

 

 

「あそう? そう言ってくれるとホッとするわぁ、ヒゲくんの話じゃ病院行ったとか聞いたしさ」

 

「……えっと、髭擦くんの事ですか、それ」

 

 

突然出てきた名前に一瞬困惑したものの、そういや謎に友達になってたわコイツら。いつぞやに送られてきたキャンプ写真を思い出す。

 

 

「そうそう、なんか全部意味分かんないねーって話してたら仲良くなっちゃってぇ。そっちの友達なんだよね? 俺キャンプよくすんだけど、ちょいちょい一緒に行ったりとか……あ、そうだ聞いたよタマちゃ~ん、君ほんとは中学生なんだってぇ?」

 

「あー……まぁ、そですね」

 

「なのに高校生のフリして合コンとかワルいね~! ままま俺もなぁ、中坊の頃は色々悪い事したもんだけどさぁ。親に隠れて炭酸飲んだりとか、手掴みでケーキ食べたりとか――」

 

(意外と育ち良さそうだなコイツ)

 

 

ともあれ。

 

勝手に始まったアゴ男の長話をほっといて歩き出してみたが、ごく自然な様子で私の隣に並びついて来る。ついてくんなや。

以前の印象通り、図太いというか空気の読めない性格ではあるらしい。髭擦くんと仲良くなった理由をなんとなく察しつつ、仕方なく適当な相槌を返していく。

 

 

「そういやタマちゃん、クロユリちゃんどうなったか知んない? 俺あの子の連絡先教えて貰えてなくてさぁ……君とは仲いいんでしょ?」

 

「仲良くねーです……」

 

「またまたぁ」

 

 

すると流れで黒髪女の事を聞かれ、思わずイヤな顔になる。

……が、その顔はアゴが長く軽薄でこそあったが、確かな心配が浮いているようにも感じなくもなく……。

 

 

「……、……まぁ、最近まで休学してたみたいすね。この前一緒にご飯食べましたけど、元気にはなってましたよ」

 

「あ、そうなの。いやさぁ学内でも見ないし、なーんか変な話聞くし、ちょっとなぁ。まぁ何も無いならいいや、どもども」

 

 

アゴ男はそう言ってヘラヘラ笑うと、すぐに違う話題に切り替える。

 

……黒髪女がそんな感じなら、コイツも大して変わらん境遇の筈なのにな。

そうちょっぴりアゴ男を見る目を変えている内、信号機の前に到着。赤信号は未だ変わらず、二人揃って立ち止まった。

 

 

「――んでさぁ、ヒゲくんの夏休み中にもキャンプ行くって話になってんだけど、タマちゃんもどう? 近くの川辺にあんだけど」

 

「……えー」

 

「あ、女の子一人で不安なら、そっちからも誰か誘ったりとかしてオッケーよ。お友達……いや中学生はなぁ……うーん、高校生以上のお姉さんとかお友達とか居たらさ、あとクロユリちゃんとかも誘ってさ、どうどう?」

 

「アレあった上でそういうの誘えるハートすげーすね」

 

 

お互い合コンでひでー目に遭ってんねんぞ。

 

髭擦くんの友達同士って事で変な親しみ補正でもかかってんのか、やけに気安くてちょっとムカつく。

そしてあわよくば私の交友関係から女の子と知り合いたいという魂胆も見え見えで、さっき変えた見る目が元に戻りそう。中学生が範囲外っぽい辺りまだマシなんだろうけども。

 

何かもうめんどくせーし、信号変わったら即ダッシュして置いてくか――そう考えた時、メイク男の言葉が脳裏をよぎった。

 

 

(……青信号になっても一呼吸置くが吉)

 

 

見上げれば、ちょうど歩道の信号が青になる所だった。

 

……私は少し迷った後、足に込めていた力を抜いて。

横からベラベラ続く雑音を聞き流しつつ、灯った青信号を前に一呼吸だけ間を置いて……その時、横のアゴ男が躊躇なく進み始めた気配がして、咄嗟に彼のベルトを引っ張った。

 

 

「――うげぇっ!? えちょ、何すんのタマちゃ、」

 

 

――直後、信号無視したバイクが目の前を突っ切った。

 

私がアゴ男を引っ張って居なければ、その長いアゴは確実に持って行かれていた事だろう。

彼もそれが分かったのか、情けない悲鳴を上げて尻もちをつく。

 

 

「か、掠った! アゴ掠った!! あっぶねぇぇぇ……!!」

 

「…………」

 

 

遅れて来た恐怖にアゴ男が喚く中、私は走り去るバイクを見送って……小さく首を振り、歩き出す。

 

 

「……あれ、タマちゃん?」

 

「私と会ったの、もしかして変なメイクしたヤツに何か言われたからだったりします?」

 

「え? いや、普通に見かけたから、あっ居るじゃーんってなっただけだけど……」

 

「そですか。じゃ、ちょっと用事あるんでもう行きまーす。そんではー」

 

「この流れで!? あっ、えーと、た、助けてくれてありがとねぇ! キャンプ、絶対年上のお友達誘ってねぇぇぇ……!」

 

 

……悪いヤツでは無いんだろうけどなぁ。

そんな俗まみれの誘いに呆れつつ、私は振り返らぬまま片手をパタパタ振ってやった。

 

 

 

 

 

 

「――自販機の前での貴様を識った」

 

「――……」

 

 

それから少し歩いた先で、またも声が聞こえた。

 

足を止め、ゆっくりと振り返れば、そこには予想通りメイク男の姿があった。

やはり浮世離れした独特の雰囲気を漂わせつつ、何やら妙なポーズをキメている。

 

さっきと変わらずギラついたままのその瞳を、私は今度こそしっかりと睨み返した。

 

 

「……次は、そこで何が起きんの」

 

「いいぞ、理解したなら話が早い」

 

 

警戒を滲ませながらの物言いに、メイク男は逆にニヤリと笑みを浮かべる。

 

――そう、どういう理屈かは分からんが、どうもこの男には私の少し先がみえているらしい。

 

最初こそ疑い半分だったものの、こう何度も続けばその割合も信じる方に傾いていく。

欄干にバイクと、危険回避という意味では素直にありがたくもあったが……本人の見た目と言動もあり、やっぱり感謝より不審が勝った。

 

 

「……もっかい聞くけど、何なんだよあんた。何で私助けるみたいな、」

 

「聞け」

 

 

そしてこれまでと同様、私の質問は最後まで紡がれる事なく叩き落された。

とはいえこっちも予想していた事であり、そのまま更に言い募ろうとして――今までよりも強い目力に、思わず半歩身を引いて。

 

 

「――この先に通り過ぎる、幾つもの自販機。貴様はその全てで()()()()()()()()

 

「…………、」

 

 

………………?

 

暫く待ってみたものの、それで終わりのようだった。

これまで以上に意図を理解できず、大きく首が傾いでしまう。

 

 

「えー……っと……?」

 

「釣りは無い。貴様自身は買い揃えておくが吉――センシティヴッ!!」

 

「は? なん、うわっ!?」

 

 

言い終えるや否や、奇妙な叫び声と共に何やら小さなものが投げつけられる。

 

咄嗟に受け止めれば、それは何枚かの硬貨のようだった。

十円玉が二枚に、百円玉が一枚の百二十円……これもまた意味が分からなくて、困惑のまま顔を上げれば、既にそこにメイク男の姿は無く。

 

 

「何なんだよぉ、ほんとにぃ……」

 

 

バカにも分かるように言ってくれ。

私はジュースの一本すら買えない小銭を握りしめ、情けない呻き声を絞り零した。

 

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