異女子   作:変わり身

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「予言」の話(中)

 

 

 

自販機なんてそこら中にあるだろうと思ったが、いざ気にしてみると意外とそうでもないようだ。

さっきまでは視界の端にチラチラ映っていたのに、今となっては掠りもしない。

 

ここらへんは高級住宅街に近い場所だから、景観がどうとかで数を減らしているのだろうか。

考えてみればウチの近所の自販機もかなり数が少なかったし、割と可能性は高そうだ。

 

 

(……通り過ぎるもなにも無いんだよな、今んとこ)

 

 

そう溜息を落とし、つい先ほど正体不明のメイク男の言葉を考える。

 

『この先に通り過ぎる、幾つもの自販機。貴様はその全てで何も買わなかった』――そんな予言(仮)。

 

正直どういう意味かは分かってないし、こうして思い返してみても「だから何だ」としか思えない。

けれど崩れた欄干、アゴ男と遭遇、バイクとの衝突未遂と来てのこれだ。今回だけ何も起こらないと考えるのは、流石に考えなしが過ぎる気がした。

 

 

(お釣りは無いとか、買い揃えとけとか……そっちもよく分からんしなぁ)

 

 

というかそれ、最初に言ってた『何も買わなかった』と矛盾してない?

考えれば考えるほど意味不明で、頭が痛くなってくる。予言するならされる方にも分かるようにしろや。

 

 

(……やっぱ、霊能力者なんかな)

 

 

その字面には未だに胡散臭さを感じてしまうが、私もその一人である以上笑えもしない。

 

殺される事で相手を殺し返せる力なんてものがあるのだから、未来予知だって無いとも言えん。

それで私が不運に見舞われる予知をして、わざわざ声掛けをしてくれた……とか。

あの珍妙な言動を無視すれば、それなりに納得は出来る感じではあるのだが……。

 

 

「……あー、わかんねー」

 

 

その後も暫く唸ってみたけれど、どうにもストンと落ちる答えが出ず思考放棄。

そもそも珍妙なヤツを真面目に考えるのが間違いなのだ。一旦諦め、大人しく自販機探しへと戻った。

 

 

「にしても、あっちー……」

 

 

手庇をして青空を仰ぐ。

 

夕方も近いというのに未だ日差しは強く、日陰を歩いていても汗が滲む。

……自販機を見つけたら、ついでに冷たいもんでも買おうかな。きょろきょろと周囲に目を振りながらも、何を飲むかを考えて――、

 

 

「あ」

 

 

あった。

道の端、民家の塀を背にして一台の自販機が佇んでいる。

 

「…………」私は少しの間だけ目を泳がせて、そろりそろりと近づいた。

 

 

「……普通、だよな」

 

 

なんて事の無い、どこにでもある自販機だ。

パッと見では異常は無いし、触ったり叩いても何も起きない。いつかのように接触不良を抱えた物でもなさそうで、小さな機械音を立てて中の飲み物をしっかりと冷やしていた。

 

……で、このままジュース買っていいの?

見つけたはいいがどうするのが正解なのかが分からず、とりあえずディスプレイにずらりと並ぶ飲み物のダミーを一つ一つ確認し――ふと、そこに視線が留まった。

 

 

「……?」

 

 

一番上の段の右端。

そこに商品のダミーが置かれていない、空白になっている枠があった。

 

田舎エリアの古い自販機だとまぁまぁ見るが、この辺りでは珍しい光景だ。

値段のステッカーはちゃんと貼ってあったし、単に何かの理由でダミーが外れたのかとも思ったけど……引っ掛かるのは、その下の温度表示の部分。

 

今の時期なら絶対に『つめた~い』と書かれている筈のそこに、何故か別の文字が書かれていた。

 

 

「……爪……?」

 

 

青地を背景に、漢字一文字で、爪。

 

平仮名ならともかく、漢字でしっかり書かれている以上、どう考えても『つめた~い』の誤植ではないだろう。

だけど『爪』で想起できる温度もなく、何を表しているのかまるで意味が分からなかった。

 

 

(気持ちわるー……)

 

 

……口に入れるもんの近くに人体パーツの名前置かれると、何か色んな想像が出来てしまってすごくイヤ。

 

私は堪らずうげーと舌を出し、嫌悪感のまま足早に自販機から離れようとして……寸前、例の予言(仮)を思い出す。

 

 

「『何も、買わなかった』……」

 

 

……これか? この状況の事か?

 

でもまぁ、そりゃ予言(仮)の中の私も買わんわ。こんな不気味な自販機、何が入ってるか分かったもんじゃない。

いつもの私だったら何も買わずにダッシュで走り去っている。というか実際そうしかけていた。

 

だがその一方で、続くアドバイス(仮)では何かを買う事を推奨されていたようにも思う。

そして今この場において、それはおそらく……。

 

 

「…………」

 

 

自販機に目を戻す。

 

缶ジュース一本が百三十円、ペットボトルは百八十円で……『爪』は、缶ジュースと同じ百三十円。

電子マネーには対応していなかったので、私は財布からぴったり百三十円を取り出し、投入口に押し込んだ。

 

すると缶ジュースと『爪』のボタンに光が灯り――それなりに長い躊躇の末、指を伸ばす。

 

 

「……ん」

 

 

がたん。

取り出し口に何かが落ちると同時、『爪』のボタンに売り切れの文字が赤く灯った。

 

……何が出たのかは知らないが、どうやら最後の一本だったようだ。私は静かに息を詰めつつ、ゆっくりと取り出し口を覗き込んだ……のだが。

 

 

「あれ?」

 

 

しかし、そこには何も無かった。

 

缶も、ペットボトルも、瓶も……『爪』らしき物は見当たらない。

手を突っ込んで攫ってみても、指先につくのは小虫の死骸や埃ばかりで、正真正銘空っぽだ。

 

確かに何かが落ちた物音はしたし、取り出し口のカバーも微かに揺れた筈なのに。

私は困惑しながらディスプレイに目を戻し――「っ」それを認め、息を呑む。

 

 

「無い……」

 

 

――『爪』の枠が、跡形もなく消えていた。

 

空白だった筈のそこには缶コーヒーのダミーが入っていて、『爪』と書かれていた部分も『つめた~い』になっている。

売り切れの表示も今は灯っておらず、いっそ全部勘違いだったかと錯覚しかけ……ちらりと財布の中身を確認すれば、小銭はちゃんと減っていた。

 

 

「……買った、よな」

 

 

ボタンの表示は売り切れが灯り、取り出し口だって揺れていた筈だ。

だから、買った。買ったんだよ。買った筈……なんだけど。

 

 

「…………」

 

 

最早慣れてしまった、おなかの底が冷たくなるこの感じ。

私はその気配から逃げるように、自販機の前から立ち去った。

 

 

 

 

 

二つ目の自販機は、それから数分もしない内に出くわした。

 

とある曲がり角の影にひっそりと佇む、先程の物よりも一回り小さな自販機だ。

『爪』のアレコレについて考えてる暇も無かった。通り過ぎがけにいきなり視界に飛び込んで来たから、思わずビクッと身構えた。

 

 

「さっきまで、全然無かったクセに……」

 

 

まるで、自販機の方からこっちに寄って来ているみたいだ。

 

何か変な感じだしさっさと通り過ぎたかったけど、それも良くない予感がして。

私は冷たい溜息を落とし、嫌々と自販機のラインナップを確認する。と、

 

 

(――今度は、『髪の毛』……)

 

 

そこには予想通り、また意味不明の枠があった。

 

きっと、さっきの『爪』と同じ類の物だろう。

やはりダミーの置かれていない空白だったが、なんとなく不気味だった。

 

……そんで何故か百八十円と値上がりしていたけど、ペットボトルの並んでいる段だから、それと揃えたのかな。

現実逃避気味にどうでもいい事を考えながら、私は暫く『髪の毛』をじっとりと睨み……「……ぐ……」さっき以上に長い躊躇の後、意を決して小銭を投入口に押し込んだ。

 

 

「――っ」

 

 

今度はボタンを押した瞬間に身を屈め、何かが落ちてくる前に取り出し口を覗き込む。

 

これならば、何が出て来ても視認出来る――そう思っていたのだが、しかし何も落ちては来ない。

ガコン、という音が虚しく響き、空気が僅かにさざ波を作った。それだけ。

 

 

「…………」

 

 

……顔が苦々しげに歪むのが自分でも分かり、何も手にしないままうっそりと立ち上がる。

 

そうしてディスプレイの『髪の毛』のあった場所を見れば、今度もまた別の飲み物に変わっていた。

私もよく飲むメジャーなスポーツドリンク、百八十円。確かにあった筈の『髪の毛』の残滓など、何一つ残っていない。

 

――流石に確信する。私は今、間違いなくオカルトに巻き込まれていた。

 

 

「勘弁しろってぇ……!」

 

 

ただでさえメイク男の予言(仮)が実行中だってのに、なんで重ねて来るんだ。

蜘蛛の一件や水族館のオカルトの時にも思ったけど、そんな次々来られたところで対応できねーんだよこっちは!

 

そう頭を抱えて項垂れて――しかし、やがてふと気付く。

 

 

「――むしろこれ、予言(仮)があったからこそじゃねーか!!」

 

 

そうだ。こんな自販機の一部に起こる微妙な変化なんて、予め言われてなきゃ絶対気付かずスルーしていた筈なんだ。

つまりメイク男は私を無理矢理このオカルトに関わらせやがった訳で、あの厚化粧のドヤ顔に殺意が湧いた。

 

 

「んのッ……い、いや落ち着け、落ち着け……!」

 

 

怒りのままメイク男の所に駆け出しかけるが、まずアイツが今どこに居るかも分からない。

何度も深呼吸を繰り返し、必死に冷静さを取り繕う。

 

 

(っていうかこれ、さっき買っちゃったの大丈夫なのか……?)

 

 

あからさまに怪しすぎた、『爪』と『髪の毛』。

それらを買ってしまった事への不安感が、今更ながらに押し寄せる。

 

見た感じ、私の爪と髪の毛には特に異常は見当たらないけど……。

 

 

(ああもう……ほんと何なんだ、アイツ……!)

 

 

ぐしゃぐしゃと頭を掻き回す。

これまでのメイク男の予言(仮)は、一応は私を助けるものだった筈だ。

そして実際にそうなったからこそ、私もある程度は信じて動いたのだ。なのに――。

 

 

(――いや、それともまさか、これも織り込んでんのか……?)

 

 

このオカルトに関わる事自体が、その先の危険回避に繋がる行動だったり……とか。

良い風に考えればそう思えなくもないが、素直に納得したくもない。

 

どうする。このままあの変なヤツの言う通りにしてて良いのか。

もう遅いのかもしれないけど、今からでも引き返して逃げた方が良いんじゃないのか。

 

私は目の前の自販機を睨んだまま暫く唸り、

 

――ちゃりん。

どこかから自販機に小銭を入れるような音がして、反射的にその方向へと振り返った。

 

 

「……っ」

 

 

すると背後から続く路地の先に、一台の自販機とその前に立つ少年の姿があった。

どの飲み物を買おうか迷っているのか、その指は並ぶダミーをなぞるように彷徨い……やがて、とある一点にピタリと止まる。

 

――ダミーの置かれていない、空白の枠だった。

 

 

「――――」

 

 

瞬間、尋常じゃない怖気が走った。

 

自分でもどうしてかは分からない。

ただ強烈な危機感と嫌悪感に突き動かされ、気付けば走り出していた。

 

あれを押されては、買われてはダメだ――。

 

勘、或いは魂とも呼ぶべき場所がそう叫び散らす中、私は全力で距離を詰め――少年の指よりも早く、私の掌が自販機のボタンを押し込んだ。

 

 

「おわぁっ!?」

 

「……ッ」

 

 

私の全力張り手で自販機が揺れ、取り出し口からガコンと聞こえた。

 

そんな背後からの強襲に驚いた少年は咄嗟に飛びのき、酷く混乱した様子で怯えた眼を向けて来る。

私は深く息を吐き出しながら、自販機から手を外して……そこに書かれていた値段分を財布から取り出し、乱暴に押し付けた。

 

 

「へ、あ、あの……」

 

「ごめん。譲って」

 

「……ど、どうぞ……?」

 

 

少年はそう頷きつつも少しずつ距離を取り、やがて背中を向けて走り去る。

私は少しの罪悪感と共に逃げる少年を見送り、そして自販機に目を戻す。

 

――『子宮』 売り切れ。

 

 

「…………」

 

 

そして空っぽの取り出し口も確認した後、無意識に下腹部へと手が行った。

薄い腹筋越しに触るそこには特に違和感のようなものは無く、しっかりと存在が感じられた。

 

……ちゃんと、ある。

 

 

(……まさか、さ)

 

 

そうして蘇るのは、メイク男のアドバイス(仮)。

 

『貴様自身は買い揃えておくが吉』――直後の変な掛け声もあり、さっきまではあまりピンと来ていなかった。

だけど、今になって改めて考え返すと、酷く嫌な予感がしてならない。

 

 

(私自身を買い揃えろ、で、『爪』、『髪の毛』、『子宮』って……いや、ウソだろ、こ、これ、これさぁ――)

 

 

――まるで、自販機で売られている身体のパーツが、私の身体のものだって言ってるみたいじゃないか。

 

 

「ッ!」

 

 

その予想に辿り着いたと同時、不安に彷徨っていた視線が新しく自販機を捉えた。

 

タイミングがタイミングなだけに凄まじい寒気が肌を走るが、気にしている場合じゃない。

私はまた全速力で駆け寄ると、どうせあるだろうディスプレイの空白枠を確認。

 

『心臓』――その文字を視た瞬間、小銭を突っ込んでそのボタンを叩き押した。

 

 

「く、くそ……ほんとに良いんだよなこれでっ、おい!?」

 

 

声を張り上げ周囲を見回すけど、返って来るのは困惑する通行人の視線だけで、メイク男は出て来ない。

 

こうなったらインク瓶に――そう懐に手を伸ばした時、視界の端に自販機を利用しているおじさんの姿が見えた。

すぐに青褪め、少年の時と同様に購入を妨害。幸いお金を入れる前だったので、横入りして先に空白枠のものを購入した。

 

今回も取り出し口には何も出て来なかったが、ディスプレイにあったのは『膀胱』。

これまでで一番自販機に入れたらアウトな文字なのに、文句を言ってくるおじさんにそれを指摘しても怪訝な顔をされるだけ。明らかに視えていなかった。

 

 

(あんだけハッキリ場所取ってんのに、普通の人には視えないとかねーだろ……!?)

 

 

いや、けれど、だからこそさっきの少年もあんな不気味極まりない『子宮』のボタンを押そうとしたのだろう。

 

きっと彼の視点じゃそこには普通のジュースが置かれていて、普通にそれを買おうとしていただけなのだ。

今度のおじさんもそう。彼らの目には、自販機の異常なんて一切映っていないんだ。

 

 

(まずいってぇ……! ボヤボヤしてたら、また誰かが……!)

 

 

自販機が他に幾つあるのかは知らないが、少なくとも人体における部位の数だけ存在する可能性はある。

つまり知らない人が知らない内に私の内臓やら何やらを買っている可能性もあり、おなかの底の冷たさがどんどん酷くなっていく。

 

 

(もし、買われてたら……誰かのものに、なってたら……)

 

 

その結果を想像するも、浮かんだ全てが悍ましく、吐き気すらをも催して。

 

最早インク瓶に相談している時間すら惜しい。

私は忙しなく周囲に視線を走らせながら、次の自販機を探して駆け出した。

 

 

 

 

 

やっぱり、自販機の方から集られている。

そんな風に思ってしまうくらい、次々と自販機が見つかった。

 

そしてその全てに件の空白枠があり、これまで通りに人体のパーツが置かれていた。

 

ある自販機では『腕』が。別の自販機では『足』、また別の自販機では『肺』。

他にも『眼球』や『大腸』、『皮膚』に『肋骨』。身体の外と内の区別もなく、沢山の自販機で様々な部位が売られていた。

 

幸いというべきか、そのどれもが変わらず二百円以下の値段のままで売り切れにもなっておらず、私は大急ぎでその購入を繰り返した。

 

……そしてその中には、『乳房』とか……まぁ、ちょっと口にしにくい部位も幾つかあって。

もし売られているのが本当に私の身体だったとして、それらがこんな公然の場に並べられているというのは、流石の私でも結構キツイものがある。

 

恐怖に羞恥とか屈辱とかそういったものが混じり、それらを早く無くしてしまいたくて、とにかく自販機にお金を入れ続けた。

そうして大量の小銭を消費していると、美少女の内臓だから何万だの何十万だのとかになってなくて良かったと心底思う。

 

 

「……これ、お金……間に合うかな」

 

 

とはいえ塵も積もれば山となり、財布にもダメージが積み重なっていく。

 

小銭だってかなり溜め込んでいた筈なのだが、気付けば十円玉が一枚と五円一円が数枚きりになっていた。

もっとも紙幣の方にはまだ余裕があったので、次の自販機にあった『肝臓』は千円札で購入し……。

 

 

「え、あ、あれ?」

 

 

しかし、お釣りが出なかった。

何度も釣銭のレバーを引っ張るけど、うんともすんとも言やしない。

 

壊れたか。いつかのように自販機を叩きつつ釣銭口を覗き込み――その時、またメイク男の言葉が蘇る。

 

 

(『釣りは無い』……そう言ってたよな、アイツ……)

 

 

……つまり、あれか。

ここには百三十円だの百六十円だのと書かれているけど、これは単なる最低ライン。

オークションみたいに自分で値段を付けてる感じで……最低ライン以上にお金を入れても、戻ってこない……?

 

 

「……や、待て、待てって……!」

 

 

それに気付いた瞬間、財布を開いて改めて残りのお金を数え直す。

 

万札が二枚。千円札が六枚。十円が一枚。五円が一枚、一円が五枚。

……小銭はもう値段の最低ラインに届かないから使えないとして、お札一枚につき器官ひとつと考えると――買えるのは、残り八個。

 

 

(わ、私、これまで幾つ買った……? どれだけ私を買い揃えられた……!?)

 

 

焦るあまり数えていなかった。というか、そもそも総数が分からない。

少なくとも、人体における主要器官の多くは買えた……と思う。だが、残り八個で全部揃う程だったかは……。

 

 

(……っ、コンビニ! どっか、お金下ろせるとこ……!!)

 

 

急いで周囲を見回すけど、そう都合よく店や銀行は見つからなかった。

逆に新しく自販機を見つけてしまい、舌打ちを鳴らす。

 

こうなったら自販機の方を後回しにして、先に両替して来るか――そう思った途端に通行人が自販機へと近寄り、慌てて先回り。千円札を投入し、ボタンを押した。

 

『半月板』――買えるのは、残り七個。

 

 

「くそぉっ、何でこういう時に限って……!」

 

 

ダメだ、後回しにしたら他の奴が買ってしまうかもしれない。

 

仕方なく自販機探しを優先しつつ並行して両替手段を探すけど、既に住宅街に入っているためか中々見つからなかった。

そうする内にまた自販機を見つけてしまい、千円札を入れた。

 

『脊柱』――買えるのは、残り六個。

 

 

「どこか、どこかに交番とか、消防署とかでもっ」

 

 

広い道に移動しても見つからず、また自販機。千円札を入れた。

『アキレス腱』――残り五個。

 

 

「スマホのマップ……くそ、周りに何も……」

 

 

衛星写真での3D画像で探している内、近くに自販機を見つけてしまい、千円札。

『歯』――残り四個。

 

 

「……誰か、他の人に頼んで、両替――」

 

 

誰かを見つけるより先に、自販機。

『気管支』――残り三個。

 

 

「……で、電話。誰か呼ん――あ」

 

 

先程まで何も無かった場所に、自販機が立っていた。

『胆嚢』――残り、二個。

 

 

「――……」

 

 

逃げようと振り返れば、目の前に自販機がある。

 

『舌』……一万円札を、入れた。

普通の自販機なら受け付けない紙幣である筈なのに、すんなりと呑み込まれて。

 

 

「…………、…………、……………………」

 

 

……瞬きをすれば、そこに『大静脈』とあり。

震える手で最後の一万円札を、入れた。

 

 

 

 

 

――そして、最後に見つけてしまったその自販機は、何故か道の真ん中にあった。

 

私の行く手を塞ぐようにそれは立ち、私に正面を向けている。

……もう、言葉も無く。私は力の入らない足を引きずり、その前に立つ。

 

 

「……っ……は……」

 

 

鏡を見なくても、顔が真っ白になっているのが分かる。

幾ら吸っても上手く呼吸が出来ない中、必死に喘いで視線を上げた。

 

 

「……っ」

 

 

――そのディスプレイに並んでいたのは、空白の枠と人体器官の名前だけだった。

 

『爪』『髪の毛』『子宮』『心臓』――ダミーの置かれていない空白の下に、これまで私が購入した数十の器官名だけがずらりと並び、その全てに真っ赤なペンキでバッテンが引かれている。

またそれらを購入するためのボタンも無く、自販機としては何の意味も無かった。

 

……しかし、たった一つだけ。

ディスプレイの右下、並びの一番最後の枠に、バッテンのついていない枠が一つだけあった。

 

――『脳幹』。

 

百四十円と書かれたそこにはちゃんと購入ボタンも付いていて、売り切れの表示も灯っていない。

買おうと思えばすぐにでも買えるだろうもので、そして、きっと絶対に買わなきゃいけない器官でもあった。

……なのに、

 

 

「……ぐ」

 

 

震える手で財布を開く。

 

少し前までは紙幣も硬貨もそれなりに詰まっていたのに、今や紙のようにペラペラだ。

紙幣の場所には一枚も無く、カード類が何枚か入っているだけ。辛うじて残る小銭を取り出せば、十円玉が一枚と五円一円合わせてたったの二十円しか無い。

 

電子マネーならスマホにたくさん入っているのに、嫌がらせみたいに非対応。

もう、どうやっても百四十円には届かず――『脳幹』を買い揃える事が、出来なかった。

 

 

「……ぅ……」

 

 

……これを買えなかったとして、私に何が起こるのか。

不安と共に再び悍ましい想像が蘇り、酷い吐き気を催した。

 

何も起きない、ただの杞憂だ。

口元を抑えながら必死に自分に言い聞かせるけど、当然上手く行く訳が無い。

 

私は掌に出した二十円を握り締め、絶望と共に俯き――そして、足元のそれを見つけた。

 

 

「え……」

 

 

自販機の床の下から、何かが這い出しかけていた。

 

それは細く、長く、丸みを帯びていて、私は最初芋虫か何かだと思った。

「……ひ」しかしすぐにその正体を理解して、悲鳴を飲み込み後退る。

 

――指。指だ。自販機の下で大量の人間の指が蠢いていて、それが溢れ出ようとしている。

 

あまりにも唐突に現れたそれに戦く内、指は徐々に上方へと伸びていき……そこでやっと、その蠢く指先に挟まれるものに目が留まった。

 

 

(……お金――、って)

 

 

そう、伸びる二本の指の間には何枚もの小銭が挟まれていて、コインの投入口に向かっていた。

 

意味が分からなかったが、すぐに察する。

お金の無い私を横目に、『脳幹』を買おうとしている――それに気付いた瞬間咄嗟に手を伸ばし、蠢く指の進行を阻んだ。

 

けれど蠢く指は後から際限なく伸びていき、二本の腕だけじゃ押し留められなくなっていく。

 

 

「ちょ、まっ……このっ……!!」

 

 

もしこれに『脳幹』を買われたら、普通の人に買われるよりも酷い事になる。

根拠もなくそう予感したが、どうにもならない。自販機を思い切り蹴っ飛ばし、その衝撃で蠢く指の持つ小銭を取り落とさせても、それを拾う前に新しく湧き出た指に拾われる。

くそ、ダメだ、お金、お金が――、

 

――ちゃり。

 

 

「!」

 

 

その時、私の尻ポケットから小銭の擦れる音が聞こえた。

心当たりのないその音に、私は一瞬呆け、思い出す。

 

――センシティヴッ!!

 

 

(――そうだ、私、アイツに……ッ!!)

 

 

心臓が大きく跳ね、尻ポケットに手を突っ込んでそれを取り出す。

 

百円玉が一枚、十円玉が二枚――奇妙な掛け声とともにメイク男から投げつけられた、百二十円。

色んな事が起こり過ぎて、意識から抜けていた。私は決して取りこぼさないようにそれらを握り、蠢く指よりも早く自販機の投入口に押し込んだ。

 

 

「――ッ!」

 

 

途端、蠢く指が焦ったように暴れ出す。

そうして購入ボタンに指が伸ばされるけど、私はもう一度自販機を思いっきり蹴り飛ばして振り払い、続けて握っていた全財産を投入する。

 

十円玉が一枚、五円玉が一枚、一円玉が五枚――さっき入れたのと合わせて、百四十円。

 

直後、ボタンに光が灯り。

私はそれに群がる蠢く指ごと、『脳幹』の購入ボタンを全力で殴り抜いていた。

 

 

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