異女子   作:変わり身

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「予言」の話(下)

 

 

 

「――買い揃えたな」

 

 

……ふらつきながらも抜けた道先。突然、そう声をかけられた。

 

振り向けば、電柱の影に青いルージュの目立つ厚化粧を施した黒いタートルネックの男性が立っており、疲れ切った私をギラついた目で見つめている。

言うまでも無く、例のメイク男だった。

 

 

「…………」

 

 

……買い揃えたって、何で断言できんのよ、とか。

そもそもあんた一体誰なんだ、とか。つーかお前どっかで見てたんかい、とか。

 

言いたい事や聞きたい事は、本当にもう幾らでもあった。

しかし私が口を開いた途端にメイク男は手を掲げ、出かけた言葉を遮って。

 

 

「今より、私に同道する貴様を識った――来い」

 

「…………はぁ」

 

 

閉口。

そのいっそもう清々しいほどの傲岸不遜ぶりに更に疲れが重なり、何かもう溜息だけしか出て来ない。

 

そうしてじっとり睨んでいたところで、立ち止まってくれる気配は微塵も無し。

私は少しだけ悩み、やがて渋々と追いかけた。

 

 

 

 

――どうやら、結果として私は私自身を買い揃える事が出来たらしい。

 

あの蠢く指ごと『脳幹』のボタンを殴り抜いた直後、取り出し口から音が鳴ったのだ。

これまで何度も聞いた、身体のパーツを買った音――それが響いた瞬間、蠢く指は幻のように消え去っていた。

 

いや、それどころか眼前にあった自販機自体も瞬きの後には消えていて、いきなり視界が開けた私は酷く混乱したものだった。

 

慌てて周囲を見回してもその姿はどこにも無く、他の自販機の一台すらも見当たらない。

さっきまでは軽く視線を揺らすだけで湧いて出てきた勢いだったのに、もうどれだけ探しても見つからなくなっていた。

 

……とはいえ、姿が見えなくなったからと言って不安が晴れる訳も無く。

私は諦め悪く自販機を探しながら短い時間歩き続け――そして、『買い揃えた』と断言されたのが今だった。

 

 

 

 

「……あんた、結局何がしたかったんだよ」

 

 

どこに向かっているのかも分からぬ道中。

少し離れた前を歩く黒い背中に、私はぽつりとそう零す。

 

まぁ、コイツの言動上まともな返事は期待していない。

ただお互い無言で歩き続けているこの間が微妙過ぎて、もう独り言になってもいいから空気をかき混ぜてやりたかった。

 

 

「私を助けてくれたのは分かるし、まぁ、ありがとうだけど……何か、色々意味わかんないっつーか、そもそもほんと誰なん――」

 

「――四日前、私はこの街を訪れた私を識った」

 

「わっ」

 

 

返事があった事に思わず驚く。

我ながらちょっと失礼だと思ったが、メイク男は何も気にせず喋り続ける。

 

 

「見知らぬ街、見知らぬ人々。そこに貴様の姿もあり……その見てられん様を識った。故に、私は貴様の前に降臨したのだ」

 

「……見てられん様ってのは、ええと……」

 

「無論、川に荷物を落とし、アゴの男共々バイクに跳ねられ、おまけに自販機から何も買わなかった貴様の様だ」

 

 

コイツが現れなかった場合の私厄日すぎんか……?

 

いや、というか……最後の一つに関しては、やっぱりそういう事なんだろうか。

何も買わなかったという普通の行動が、前二つの不幸と同列に語られるものであるなら、つまりは……。

 

 

「……なぁ、あの自販機を全部スルーしてたら、私どうなってたんだ……?」

 

「……ふむ」

 

 

恐る恐るの問いかけに、メイク男は珍しく考えるような間をとった。

そしてちらと私を振り返り、

 

 

「――貴様の衣服と血液だけは、自販機に並んでいなかったようだ」

 

「……………………」

 

 

それがどんな意味かを考えかけて、やめておく。

どう考えてもろくでもない想像しか出来なかったし、既に過ぎた事である以上、今更知ったって意味は無いと悟ったからだ。

 

そうして背筋どころか身体中ありとあらゆる部位に走った寒気に身を震わせつつ、引き攣った愛想笑いで話題を変えた。

 

 

「え、ええと……その力ってやっぱ、未来予知ってやつなの? もしかして、あんたも霊能力者とか――」

 

「――口を慎めェいッ!」

 

「ひぇ」

 

 

なんか向けた方向を間違えたらしい。

突如として激高したメイク男に驚き固まっていると、彼は妙ちきりんなポーズを決めてビシッと私を指さした。怒りのポーズなのそれ。

 

 

「この私を霊能力だのというペテンと一緒にするんじゃないッ!! そして予知だなどという安い言葉で表現するな! そのステージはとうの昔に過ぎ去っているッ!!」

 

「え、えぇ……? じゃあ何なんだよ、あんた……」

 

「見ろ! そらッ、そこだッ!」

 

 

メイク男の指先が私を外れ、すぐ先に見える一軒の家を指し示す。

その怒涛かつ意味不明の勢いに押され、私は反射的にそれを追い――ぱちくりと目を瞬かせた。

 

 

「……テント?」

 

 

どうも廃屋らしいその家の庭先に、小さなテントが一張りあった。

 

毒々しい紫色で妙な飾りも付いていて、なんというか……辻の占い師とかを連想させるような怪しい雰囲気を醸し出している。

そしてそのすぐ傍にはやたらゴテゴテとした立て看板があり、そこにはこう書かれていた。

 

『――サイキック・アセンションカウンセラー【センシティヴ(くに)】相談室』

 

 

「……いや、いやあの……なにあれ」

 

「この街における私の陣だ。理解できたか、私という存在が」

 

 

むしろ全く分かんなくなりました。

……などと言えばまた激昂するのが目に見えたので、口を慎んでおく。

 

 

「ええっとぉ……さいきっく、なんですか」

 

「そう、私は真実のサイキッカー。遍くアカシックレコードにアクセスし、鮮やかなる上位存在より智慧を賜る彩度ある者」

 

「へ、へぇ……じょういそんざい……」

 

「我々の呼吸するこの次元とは雲を隔てた別次元に存在すべき者達だ。彼らと交信し魂を繋ぐ事により私はこの次元を識り、刻を識り、人を識り、貴様を識った。いいか、予知ではない、これは識によるアセンション。理解せよ」

 

「そっか~……へ、へへ……」

 

 

関わったらいけない人に関わっちゃったな……。

 

オカルトとは別の意味での怖さにじりじりと後退り、離脱の隙を伺うけど、メイク男――センシティヴ邦とやらの超然とした雰囲気もあり、中々タイミングが掴めない。

そうやって動きあぐねていると、彼はやたらと機敏な動きでまた違うポーズを決め、テント横の立て看板の一部を示す。

 

それに釣られて目を向ければ、そこには『相談料・要相談』……書き方合ってんのこれ?

 

 

「さて、敢えて言葉にするが、貴様が今日一日不幸に見舞われなかったのは、私の言葉があったからこそだ。自覚はあるな?」

 

「……まぁ、うん。ありがとござます……」

 

 

正直不幸に遭わなかったとは言い難いが、致命的な事にならなかったのは間違いなくコイツのおかげではあった。

若干唇を尖らせつつも素直に頭を下げれば、センシティヴ邦はニヤリと真っ青な唇を歪ませる。

 

 

「認めたな。つまり――貴様は都合三度、私に相談をした」

 

「……ん?」

 

 

そう……なるのか?

いやでも、あれいきなり言葉を一方的に投げつけられただけで、相談なんて呼べなくない……?

 

不満顔で首を傾げる私だったが、センシティヴ邦はやはり無視。相変わらずのギラついた目で、上に向けた掌を差し出してきた。つまり、

 

 

「――故に、相談料三回分を私は貴様に請求する」

 

「えっ……はぁ!?」

 

 

突然の要求に一瞬呆け、そして叫んだ。

 

 

「な、何でだよ!? あんなのあんたが勝手に言って来ただけで、私頼んでねーだろ!」

 

「何度も言わせるな。貴様が今無事で居るのは私が識ったが故だ。百二十円で丁度だったろう?」

 

「ぐっ……」

 

 

それを言われるとぐぅの音も出なかった。

 

たとえそれが相談の体を取っていなかったとしても、投げつけられた予言とあの百二十円が私の身を助けたのは疑いようも無い。

その対価として金を払えと言われたら、拒否するのは恥知らずな気がした。

 

……そして一度そう思ってしまうと、ストンと落ちてしまうもので。

 

 

「うぅ……わ、わかったよぉ……でも、私今お金持ってない……」

 

「ああ、紛う事なき一文無し。識っているとも、だからこそ小銭をくれてやったのだから。だがそれと同時に、私は金を受け取る私の姿も識っている」

 

「……?」

 

 

言葉の意味がシンプルに分からず眉を寄せれば、センシティヴ邦は仰々しく天を仰ぎ――「センシティヴッッッ!!」また突然に叫んだかと思うと歯茎を剥いた。ビクッとなった。

 

 

「……え、な、何……?」

 

「――四日前、私はこの街を訪れた私を識ったが、それと共に今この場に立つ私も識った。アカシックレコードは、因果の分岐すらも観測している」

 

「……えっと、あんたが私を助けなかったパターンと、今の助けたパターン、どっちもみえてたって事……?」

 

「いいぞ、理解が早い。そして今この場の貴様はこれより己の親とやらを呼び……フフ、私と相談に入るのだ」

 

「……まぁ、お金の話だし、呼ぶけど……」

 

 

ちょっと前まではお金だけポンと渡されて放任される家庭環境だったもんだから、私が自由に扱える小遣いの額は同年代と比べて文字通り桁が違う。

とはいえ流石に限度はあり、加えて最近はそこら辺も『親』が煩く口出しするようになりやがったため、今回に関しても素直にアイツらを呼ぶつもりではあった。

 

そうしてとりあえず『親』の身体のひとつにメッセージを送り、到着を待ち……。

 

 

「……うん? あれ?」

 

 

その最中、なんか引っ掛かった。

 

……コイツの話では、四日前にはもうこの状況を識っていたんだよな。

そんでその通りにわざわざこの街に来て、私に強引に予言して、最後にはお金請求して『親』を呼ばす――って。

 

 

「――いやあんた最初からお金目的じゃねーか!!」

 

 

冷静に考えてみると、それ以外の何物でもない動きだった。

気付いて咄嗟に詰めよれば、しかしセンシティヴ邦は悪びれもせず鼻を鳴らす。

 

 

「先程まで小銭を求め狼狽えていた小娘が何を言う。予め現在を識っていようが、私の言で貴様が無事でいる結果に変わりなく、そこに不実などありはしない。金の流れに穢れ無し」

 

「ぐ……そりゃ、そう、かもだけど……!!」

 

 

誰だよコイツの事『超然とした雰囲気で~』とか言ったヤツ。

ずっとギラギラしてた目もお金への執着って事だろうし、むしろ女の子目的のアゴ男より俗っぽくねーか。

 

 

「や、でも、サイキックだの何だのスピリチュアルな感じで行くなら、もうちょっとこう……そういうのあんだろ!? お金に頓着しない神秘的な空気作りとかさ!!」

 

「もう一度告げよう、私は真実のサイキッカー。アカシックレコード及び上位存在の前では小綺麗なペルソナなど無意味極まりない。彩度が低いぞ」

 

「こ、この野郎……!」

 

 

ああ言えばこう言うというか、妙な方向に一貫していてものすごくやり難い。

 

そうしてぐぬぬと唇を噛んでいると、センシティヴ邦は呆れたように溜息ひとつ――と思えば「セェンシティヴッ!!」とまた叫び、歯茎を剥いた。掛け声合っとんのかそれ。

 

 

「――私は、貴様の親とやらの胸の裡を識っている。わざわざ求めずとも、私の前には多額の謝礼金が積み上がるようだ」

 

「そっ……、」

 

 

……反射的に言い返そうとして、どうしてか言葉に詰まる。

そんな私にセンシティヴ邦はまた笑い――まるで自販機のボタンを押すような仕草で、こちらに人差し指を突き付けた。

 

 

「――さて、完品の貴様は果たして幾らの値が付くか。敢えて識らず、楽しみにしておこう」

 

 




主人公:お金を使う趣味を持っていないので、相当小遣いを貯め込んでいる。電子マネーをあんまり信じてないタイプ。

アゴ男:女の子にモテるためならギターも弾くしキャンプだって始めるが、男友達の前でしか披露した事は無い。一度始めた趣味はずっと続くタイプ。

センシティヴ邦:お金が沢山入ってホクホク。知り合いに死ぬほど仲の悪い自称オカルトライターが居る。

自販機:過去に一瞬だけ主人公と遭遇しているのだが、まるっと忘れられていた。
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