異女子   作:変わり身

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「山」の話(中⑦)

5

 

 

 

――山中の宿泊施設に、御魂雲 異ら女子グループを送り届けた後。

広場の拠点に戻った髭擦少年とアゴの長い青年は、それぞれのんびり気ままに過ごしていた。

 

髭擦少年は落ちていた枝で小型のキャンプファイアーを作って遊び、それを眺めるアゴの青年はギターを携え、やたらと卓越した演奏とやたらとヘタクソな歌声を響かせる。

揃って何をするという訳では無かったが、それもいつもの事。パチパチと焚火の弾ける音を聞きながら、彼らは心からキャンプを満喫していた。

 

 

――数秒後、突如として地面に走った亀裂の中に、アゴの青年が弾き語りしたまま落ちていくまでは。

 

 

「……は? はぁ!?」

 

 

新しい枝を集めて丁度そちらを向いていた髭擦少年は、あまりにも突拍子も無い光景に、持っていた枝を地面にばら撒いた。

 

慌てて亀裂に駆け寄って覗き込むも、まるで底は見えず、ずっとずっと深い暗闇が広がっている。

アゴの青年の声もいつしか聞こえなくなっており、髭擦少年はただ呆然とするしか無く――。

 

 

「――うわあぁぁぁっ!?」

 

「!」

 

 

その時、少し離れたところで叫び声が上がった。

 

我に返って目をやれば、とあるテントから男性が一人飛び出していく姿が見えた。

キャンパー同士、日中に少し話した事もある男性だ。彼は酷く取り乱した様子で、テントから逃げるように駆けて行き――突然その足元の地面が捲れ上がったかと思うと、それに呑み込まれるようにして地面の中へと消え去った。

 

 

「――――」

 

 

いつもの(オカルト)だ。

長年の経験により察した髭擦少年は、すぐに周囲へ意識を走らせた。

 

すると他のテントでも同じような事が起こっているらしく、遠くから悲鳴や騒ぎの音が幾つか耳に届く。

だがそれはキャンプ客の全員が上げているという訳でもなく、同時に聞こえる楽しげな親子の笑い声や、酔っ払いによる喧噪なども止む事は無い。

 

その妙にちぐはぐな状況に、髭擦少年は抱く違和感のまま眉を寄せ――直後、上着のポケットから電子音が鳴り響いた。

 

 

「っ、電話……!?」

 

 

スマートフォンを取り出し画面を見れば、見覚えのない番号から通話の着信が入っていた。

 

とはいえ、今は知らない番号相手に取り合っている状況ではない。

髭擦少年はすぐに電源ごと着信を切ろうとしたものの、立て続けの出来事に動揺していたせいもあってか、電源ボタンを押し込む指に力を籠めすぎ滑らせた。勢い余ったその指は、画面に浮かぶ通話ボタンを掠めるように通り過ぎ、

 

 

『――良かった、繋がった』

 

 

瞬間、スピーカーから若い男性の声がした。

知らない声だ。戸惑う髭擦少年を他所に、その声は安堵混じりの息を吐く。

 

 

『君のステルス体質なら無事だとは思っていたよ。いきなりの事で驚いているとは思うが、まずは話を聞いて欲しい。御魂雲からの頼みでね。君の友達である御魂雲異、そして保護者役だというクロユリ君の二人なんだが、今そこに居るかい?』

 

「は? ……い、いや、居ないが……」

 

『……そうか。なら、周りで何か奇妙な事は起こっていないか。君も「そういったもの」とは長く付き合って来たんだろう? なら、引っかかっているものはあると――』

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。その……あなたは、誰だ? 何でタマや、俺の事を知っている……?」

 

 

電話の向こうも何やら焦っているらしく、言葉が矢継ぎ早に飛んでくる。

流石に不審を隠せず遮れば、虚を突かれたような息遣いが返り、少しの沈黙が流れた。

しかしすぐに咳払いが響き、仕切り直しの空気が流れ。

 

 

『あぁ、すまない。僕の方は君の事を一方的に知っているから、君の方も既知であるものと勘違いしていた』

 

「……どういう意味だ?」

 

 

そして一呼吸の間を置いて、声は自らの名を告げた。即ち、

 

 

『――インク瓶。もし御魂雲異からこの名を聞いているのなら、手早く君の力を貸して欲しい』

 

 

 

 

 

 

「……という訳で、俺は山の中を探索する事になったんだ」

 

「その『という訳』の中身もっと細かく刻めねーの?」

 

 

夜の山中、窪地の外縁。

髭擦くんのバッサリとした話運びに、手近な木に背中を預けて聞いていた私はそう文句を付けた。

 

 

「……詳しく説明しろって事か? そう言われても、正直俺も何が何だかよく分かってないぞ」

 

「いやあからさまに訳知りムーブしてたでしょうが。さっき、最後の方なんか特にさ」

 

「あぁ……まぁ、あれもインク瓶さんに言われた通りにしただけだからな……」

 

 

髭擦くんは困ったように眉を下げると、持っていた懐中電灯を窪地の中へと向けた。

私も追って目をやるが……そこに広がる光景に、思わず小さく呻いてしまう。

 

地面はあちこち土砂が流れてぐちゃぐちゃで、生えていた木々や植物もほとんどが流されるか土に埋もれてしまっている。いつかニュースで見たような、土砂崩れの惨状そのままだ。

……そんな足の踏み場も無い危ない場所に、一人の女性が立っている。

 

 

「――……」

 

 

二山だ。先ほど意識を取り戻した彼女が、髭擦くんのスマホを借りて通話を行っていた。

いつの間にかこの場所の閉鎖が解かれていたようだ。

 

そして、その電話の相手はインク瓶。会話の内容までは聞こえないけど、おそらくこの後の事を色々話し合っているのだろう。

彼女は髭擦くんから向けられた光に一瞬こちらへ視線を向けたが……私と目が合った途端、身体ごと視線を逸らしてそそくさと離れて行く

 

その表情は二山のそれとは違い、温かさを感じさせない無表情――私のよく知る『親』のもので。

……私は自分でも感情の分からない溜息を零し、背中の幹にこつんと後ろ頭を押し当てた。

 

 

 

――窪地で蠢いていた謎の山を崩し、何故か居た髭擦くんと合流してから少し経ち。

私達は脱出に動くでもなく、付近の落ち着いた場所で互いの状況について話し合っていた。

 

 

二山を助けられた以上、私としては早いとこ黒髪女や埋められていた人達の場所に戻りたくはあった。

しかし疲労と頭痛で動けないでいる間に当の二山が覚醒。髭擦くんから電話抜き取り、インク瓶と何やらやり取りを始めてしまったのだ。

 

その時には既に二山は『親』へと戻っており、ぽかんとしている私を挙動不審げにチラチラ見つつ、声掛けも説明も無く何故か離れて行きやがった。

当然追いかけようとしたけれど……立ち上がるのにも「ふんぎぎぎ」とプルプルしてしまい、見かねた髭擦くんにまだ休んどけと押し留められ、仕方なく今に至った訳である。うぐぐ。

 

 

 

 

「……インク瓶に言われた通りって、実際何してたんだよ」

 

 

なんとなく『親』を眺めたまま、ぽつぽつと続ける。

 

 

「指示受けてたって言っても、あの時はまだスマホ通じなかったろ。何をどう言われた通りにやってたんだよ」

 

「え? ……あぁ、なるほど、お前らの側だとそうか。そういや繋がらなかったもんな、お前の番号」

 

「……その言い方だと、あんたのスマホは普通に繋がってたの?」

 

「繋がってたというか、繋がるようにしていたというか……ほら、山の中にビニール紐があっただろ? あれだ」

 

 

何がだ。

いきなり出てきたワードに首を傾げつつも、視線が自然と自分の片手に向かう。

 

そこには、謎の山での時に巻き付けたまま外し忘れていたビニール紐があり……とりあえず髭擦くんに掲げてみれば、そうそれだ、と頷きひとつ。

 

 

「インク瓶さんの話では、どうもそのビニール紐が檻の役目を果たしていた……らしい。張られたその内側にあるものは、外界と遮断されるとかなんとか」

 

「……もしかして、紐切りながら山ん中歩いてたの? その鉈で」

 

「ああ。まさか本当に鉈で森を切り開く羽目になるとは……」

 

 

髭擦くんはしみじみと呟き、傍らに置いてある小さな鉈を眺めた。

そういや昼にそんな話した気もする。だいぶ違う話になってる気もするけど。

 

 

「それで、その紐はどうも蜘蛛の巣みたいに何重にも張り巡らされていたらしくてな。一か所二か所を切るだけじゃ一部しか解放されないっていうんで、かなり歩き回った。そうしている内にあの人を見つけて、何故か埋められてたのを掘り出したんだ」

 

 

そう言いながら、髭擦んの視線が近くに転がるアゴ男へと移った。

土塗れになりながらも呑気な顔でギターを抱きしめ気絶しており、自然と半眼で見てしまう。

 

 

「……やっぱ皆埋められてたんだな。小さな山みたいになってて、上に写真ついた枝が刺さってたんだろ」

 

「ああ、どうも盗撮っぽかったが……いや焦ったぞ。最初は何なのかよく分からなかったんだが、幾つかあった山の中にギターが突き出てるのがあって、そこでやっと埋まっていると気付いたんだ……」

 

「有名なギタリストの墓標か何か?」

 

 

想像すると間抜けな光景だが、実際に生き埋めにされていた身からすると笑えない。

むしろ埋められてもギターを離さなかったとか、意外なギタリスト魂にちょっと感心してしまう。

 

 

「他にも埋まってる人が居たんだが……今のところ埋まってても大丈夫なようだし、後はお前の家族に任せた方が良いと言われてな。起きないあの人担いで、ビニール紐を切っていくのに戻ったんだが……」

 

「……その結果デカい山に引っ付いてる私を見つけて、インク瓶からの指示を伝えてくれたと」

 

「そんな感じだ。インクを山の頂上にある木に投げさせろとか、全く意味が分からんかったが」

 

 

ごもっとも。

 

ともあれ、私が大変な事になってた一方、髭擦くんもだいぶ苦労していたようだ。

助けてくれたお礼と一緒に労わってやっていると、今度は髭擦くんから問いかけられた。

 

 

「それで、お前の方は何があったんだ? 何であんな変な状況に……というかそもそも、何が起こってるんだ、これ」

 

「いや、私の方の事はまだしも、何が起こってたかくらいは聞いてんじゃないの? インク瓶とずっと話してたんだろ」

 

「……まぁ、あの人も何か分かっている風ではあったんだが、『今はまだ判断材料が足りない』と……」

 

 

どうやらインク瓶は適当な推測を口にするのを嫌い、あまり踏み込んだ話をしていないらしい。普段作り話がどうこう言ってるクセに、変なとこで生真面目なヤツである。

 

まぁ分からんもんは仕方がない。とりあえずは聞かれた通り、私の方での出来事を説明しとこうと口を開き――。

 

 

 

『――じゃあ聞くかい、色々』

 

 

 

……しかしそれより早く、ざらついた声が被さった。

 

ビクッとして振り返れば、そこにはいつの間に近寄ったのか『親』が気まずげに立っており、スピーカーモードにしたスマホを向けている。

インク瓶だ。ちょうど私達の会話を聞かれたらしい。

 

 

「……えっと、何か分かったの?」

 

『多少、自信のある作り話が思いつけるくらいにはね。聞きたいなら話してもいいけど、どうする?』

 

 

唐突な提案に狼狽えていると、インク瓶はそう続けつつトントンと何かを叩く神経質な音を乗せて来る。

 

……何かあまり話したく無さそうな気配はするけど、だからって引き下がる気にはなれず。

ちらりと髭擦くんと顔を見合わせた後、揃って聞くと頷いた。

 

 

『ふん、そうかい。じゃあちょっと話のしやすい場所に移動しよう――という事だから、よろしく』

 

「……仕方がない、では――」

 

 

インク瓶の指示に従い窪地に向かって歩き出した『親』だったが、木の幹に縋って「ふんぎぎぎ」とプルプルしている私の姿を目に留めると、ピタリとその動きを止めた。

そして少しの間落ち着きなく視線を揺らし……やがて、おずおずと片手を差し出して来る。

 

 

「…………」

 

 

……無視して、髭擦くんの方に手を伸ばす。

が、ヤツめ突然あさっての方向を見上げ、私の手に気付かないフリしやがった。

 

後で覚えてろよ。私は低い声で呟きつつ、渋々、ほんと渋々、差し出された『親』の片手に指を絡めた。

 

 

 

 

 

『今回君達の遭遇したオカルトは、元々このキャンプ場には居なかったんだろうね』

 

 

窪地の内。

黒い粘液と混じって泥みたいになった土砂を苦労して進む中、インク瓶はつまらなさそうにそう告げた。

 

 

「……どういう事?」

 

『君達と同じく、キャンプ場の外からやって来たお客様だったって事さ。もっとも、こっちはマナーのなってない困ったさんだったみたいだけれど』

 

 

これマナーの範囲でくくって良いんか……?

ぐちゃぐちゃのドロドロに荒れ果てた周囲を改めて見回し微妙な顔をしていると、隣で聞いていた髭擦くんがおずおずと挙手をした。

 

 

「あの……ここ、あんまり深く入って大丈夫なんですか。今は大人しくなってますが、また何か起こったりしたら……」

 

『心配はいらないよ。ここで渦巻いていたという土砂やその膨張は、おそらく僕のインクによる拒否反応だ。クロユリ君を助け出す時にインクを使ったそうだから、それで激しい反応が起きてしまったんだろうね。今はもう、色々な意味で終わっている』

 

「どんなインク……いえ、終わっているというのは――……」

 

「――ここだ」

 

 

問いに答えが返る前に、『親』がピタリと足を止めた。

 

窪地の中央、土砂の盛り上がった場所。

おそらく、例の謎の山が聳え立っていた所だろう。その頂上だったと思しき部分から、一本の木が突き出していた。

 

謎の山の頂上に生えていた、あの曲がりくねった枯れ木である。

山の崩壊の中心部にあったにもかかわらず……いや、だからこそだろうか。それは特に大きな破損も無く、幹の下半分ほどを土中に埋めるだけで済んでいた。

 

災害的な意味ではインパクトのある絵面だったが、今となってはそんなに動揺する光景でもない――筈だった、のだが。

 

 

「……なんだ、これ……」

 

 

改めて間近に見たその木は、奇怪な形をしていた。

 

細めの幹は内側から押し上げられるように歪に膨れ、デコボコとした曲線の連なりとなっていた。そこから伸びる枝もそれと同様に大きく歪み、中ほどから直角に折られるように曲がって鈍くしなりを上げている。

 

これまでは遠目、それも暗い中だったから単に曲がりくねっているだけだと思っていたけど、こんな現代アートじみた造形は明らかに自然に生まれた物じゃない。

そう、何というか、まるで――木の中に何人もの人間が入って、絡み合って木の形をとっているかのような、

 

 

「――え」

 

 

胸裏に浮かんだその考えに、無意識に声が出た。

 

……まさか。もしかして。

そのまま固まる私を他所に、インク瓶と何も知らない髭擦くんのやり取りが続く。

 

 

『……着いたみたいだね。そこに妙な形をした木があるだろう、それが今回のオカルトの核だったものだ。僕のインクを浴び、沈静化している』

 

「ええと、この木は……?」

 

『御神木サマだよ。幹にあるものがその証明だ』

 

「え……、………………」

 

 

インク瓶の言葉に伴い、『親』が木の幹の一部分にライトを当て――照らし出されたその光景に、私と髭擦くんは揃って言葉を失った。

 

そこには、前に見た通り、数枚の写真が釘で打ち付けられていた。

あの時は例の枝にくっついていたものと同じく盗撮写真だと思ってたけど、こうしてじっくり見るとまるで違う。

 

写真に写っている人物はどれもまっすぐ正面を向いていて、バストアップの構図に統一されている。

たぶん、証明写真的なヤツ……だったんだろう。

 

 

「――……っ」

 

 

……だがその顔の部分が、ペンでぐしゃぐしゃに塗り潰されていた。

 

おまけに打ち付けられている釘がその上を貫通し、その周りの部分を巻き込み不気味に歪んでいる。

どの写真も全て同じ。顔は潰され、釘で貫かれ、何度も何度も繰り返し刺し潰されているものすらあった。

その内の何枚かは私の投げたインクがかかって汚れていたけれど……もう、そんなのが気になるようなレベルじゃない。

 

――憎悪。その形が今、目の前にある。

 

 

『――丑の刻参り、というものを知っているかい』

 

 

暗く澱んだ空気の中、インク瓶の声が静かに響く。

 

 

『丑の刻……深夜遅くに神社に赴き、そこの御神木に憎い相手に見立てた藁人形を釘で打ち込むという、古式ゆかしいおまじない……呪いの儀式だ。今回起きたのは、その派生みたいなものだろう』

 

「え、でも、全然違くない……?」

 

 

だって今は深夜じゃなけりゃ神社でもないし、釘を打ち付けた御神木とやらもそんな大層なものじゃないだろうし、藁人形だって使ってない。幾ら派生と言っても、違い過ぎではなかろうか。

 

そう問いかければ、インク瓶は不機嫌そうに鼻を鳴らして、

 

 

『雑な見立てさ。御神木代わりの木、藁人形代わりの写真、後はビニール紐もそうだね。あれは檻としての役割と同時、囲んだその内側を神域として――神社の境内として見立てていた可能性が高い』

 

「……あの、『親』がこの街使ってやってるヤツみたいな?」

 

『それと比べればチープに過ぎるけどね。こんな杜撰なこじ付けで人を呪えるのなら苦労は無いけど……どういう訳か、これをした者は確実にオカルトを呼び起こせる確信があったんだろう。実際、呪いはちゃんと成就している。……君達の話を聞く限り、対象を攫って生き埋めにしたり叫び声が上がったり、だいぶ奇妙な具合になったようだが』

 

 

……これをした、『者』。

放たれたその一言に、吐息が揺れた。

 

 

「……やっぱり、誰かがやった事なの、これ」

 

『最初にお客様って言っただろ、あれはそのままの意味だよ。自然発生したオカルトじゃない。誰かまでかは不明だが、間違いなくそこのキャンプ客の誰かが明確な意思をもってこれを行ったんだ。じゃなきゃこんな光景が作られるものか』

 

「…………」

 

 

もう一度、改めて目の前のぐしゃぐしゃになった写真と……それらが打ち付けられた、奇怪な木を眺める。

 

木肌の下で何人もの人間が絡み合い、無理矢理木の形に固められたような、歪な形貌をした枯れ木。

気付いていない髭擦くんへの配慮か、インク瓶は敢えて言及してないようだけど……私は既に察している。

 

この木は、助からなかった黒髪女だ。この膨れ重なった幹の中には、きっと――。

 

 

(……こんなのやったヤツが、近くに居たって?)

 

 

今更知ってしまったその事実に、おなかの底から冷たい吐き気が湧き上る。しかし吐くまいと歯を強く噛み、じりじりと木から距離をとった。

 

 

『……そして同時に、僕は試しの意味も含まれていたんじゃないかと思っている』

 

「……え、っと」

 

『本当に呪いたかった相手は、そこの……いや、写真の連中なんだろう。じゃあ君達をはじめ、山の中に埋められていた人達は何なのか、という話』

 

「あ……」

 

 

確かに、言われてみれば疑問ではある。

 

いつも遭ってるオカルトが理不尽な衝突事故みたいのばっかりだったから、『そういうもの』として理由なく巻き込まれただけだと思っていたけど……今回の件が人の手によるものだったとすれば、何らかの選別がされていてもおかしくはない。

というか盗撮写真なんてのが使われてる以上、明らかに意図して狙われている。

 

 

『おそらく、どこまで簡略化が可能なのかの確認だったんだ。御神木の見立てを今度は枝でして、どのラインまでだったら成立するかの……』

 

「じゃあ、何、私達はその実験台、って……?」

 

『大方、キャンプ場で目に付いた人を適当に選んだんじゃないかな。或いは……見ていてムカついた順に、とかね』

 

「……は?」

 

 

そんな――そんな適当な理由で、私や黒髪女は死にかけたのか?

 

つまんない冗談だと思ったが、インク瓶の声音は固く、苦々しささえ混じっている。

いつもと違ってやけにハッキリと断定する言い草だった事もあり、怒るより先に困惑してしまい――。

 

 

「……?」

 

 

その時、足元に何かがひらりと舞い落ちた。

 

なんとなく拾ってみれば、「……うげっ」それは木に打ち付けられていた筈の写真の一枚だった。

どうやら酷く疵付けられていた一枚が耐え切れず落ちて来たらしい。

 

私は当然すぐに投げ捨てようとして――寸前、それに気が付いた。

 

 

(……文字?)

 

 

写真の裏面。土砂で汚れたその一部に、文字のようなものが見えた。

 

別にペンで何かが書かれている訳じゃない。

呪った誰かがこの写真の上でメモか何かを書いていたのか、その筆圧の溝に土汚れが入り込み、ぼんやりと文字が浮き出ているのだ。

 

 

「――……」

 

 

躊躇い、しかし好奇心が勝ち。指先で土を引き、しっかりと写真の裏に塗り付けてみる。

とはいえ、文字が浮かんでいたのはあくまで写真の一部だけ。筆圧の弱い部分もあり、読める部分はほとんど無い。

 

結局ハッキリと読めたのは、ごく短く中途半端な一文だけ。

 

 

――【これがうまくいったら、次は、】

 

 

…………。

……次は、何なのだろう。

うまくいったら、何をするつもりなのだろう。

 

分からない……分からないのが、どうしようもなく、不気味で。

 

 

『……オカルトに魅入られた者は、悪意の我慢が難しくなる。かつてのクロユリ君のように、最後まで止まれなくなってしまう』

 

「…………」

 

『今回、この憎悪を成した者は――今、どこに居るんだろうね』

 

 

誰に宛てられるでもない問いかけが寒々しく響くけれど、当然答えは返らない。

 

……私がこの悪意の行き着くところを知るのは、もっとずっと先の事となる。

今はただ、言いようの無い気持ちの悪さが胸に燻り続けるだけだった。

 

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