異女子   作:変わり身

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「山」の話(下)

 

 

 

程なくして、『親』の身体の第一陣がキャンプ場へと駆けつけた。

 

そのほとんどはまだ土に埋められたままの人達の救助に当たり、それから少ししてやって来た第二陣三陣もそれに合流。

インクを通してオカルトに干渉していたインク瓶が何かしら上手い事やったらしく、一応死者は出さずに全員掘り出す事が出来たようだった。

……例の枯れ木の中身がどうなってたのかは知らされなかったし、自分から聞きもしなかったけれど。

 

ともあれ、気になっていた黒髪女も無事に保護されたとの事で、私もほっと一安心。

ようやく事態の収束を実感したのであった。

 

まぁその頃にはオカルトの被害が他の無事だった客にもバレ始めていて、キャンプ場全体が割と大きな騒ぎに発展していた。

後は『親』がどうにか収めておくとの事だったので、私達はこっそりキャンプ場から離れ、『親』の息のかかった場所へと向かう事に相成った。

 

私と髭擦くんはひとまず最寄りの『親』が住む家へ。意識を失ったままの黒髪女とアゴ男は念のため病院へ。

とりあえずはその二手に分かれ、車でそれぞれの場所へと出発した――のだが。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「……ぐ、ぐぅ……ぐぅ……」

 

 

車内の空気が最悪である。

 

その原因は当然ながら、助手席の私と運転席の『親』だ。

引きずったままの気まずさがずっと漂い、車内の雰囲気を重たいものへと変えている。

 

お互い会話も無ければ、目も合わせない。私は窓に流れる夜景を眺め、『親』はひたすら前を見る。

後部座席の髭擦くんはヘッタクソな寝たフリなんかしちゃってるし、場を和ませられるもんが何も無い。黒髪女とアゴ男のありがたさを今更になって理解した。

 

そんな居心地の悪すぎる空気の中、車も黙々と進んで行き――。

 

 

「…………すまな、かった」

 

 

ぽつり。

その沈黙を破り、声が落ちる。

 

チラリと見やれば、逸らされる冷たい瞳の軌跡が見えた。

 

 

「……、何が」

 

「『二山』の……山の中での我々の態度だ。想定外の事態とはいえ、お前を傷つけるような事ばかりを言ってしまった」

 

 

まさにその二山の顔で、『親』は悔いるようにそう零す。

同一人物である筈なのに、山の中での様子とはやはり完全に別人だ。どうにも落ち着かなくて、もぞもぞと座りを直した。

 

 

「……別に。会話になる分、少し前までのあんたよりは遥かにマシだったよ」

 

「……、……そう、か…………」

 

 

何か返し方を間違えた気がする。

こころなし首と肩の角度を下げた『親』に、小さく溜息を吐いた。

 

 

「つーか、色々お互い様なんだって。あんただってそう言ってたろ、今更嫌いって言われたって別に何とも思わねーよ」

 

「……嫌ってなど、いない」

 

「いや実際ハッキリ睨まれながら言われとんじゃい」

 

 

反射的に返せば更に沈んだ雰囲気となり、今度は舌打ちが出かける。

とはいえ流石にそれは呑み込んで、あーだのうーだの呻きつつ。

 

 

「……あんただって、色々思う事があるってだけの話だろ。それも一人の私と違ってたくさんの人格が居るんだから、振れ幅だってあんでしょうよ」

 

「だが……」

 

「確かに、グサッと来なかったって言ったらウソだけどさ……でも、そんだけってんでも無かった」

 

「…………」

 

 

生まれた時から嫌だの、ずっとずっと気持ち悪いと思ってるだの。冷静に考えれば割と酷い事言われてた気もするけど、それが二山の全てだとも思ってない。

でなきゃ、ちょいちょい気遣われたりしないし、土塊の濁流から身を挺して庇って来たりもしないんだ。

 

 

(……もうこんな機会あるかどうかも分かんないから……だっけ)

 

 

聞く限り、二山の人格が表に出てきたのは結構なイレギュラーだったらしい。

次に同じ状況が起こるかどうかも定かでは無く、だからこそ彼女はこれを好機としてストレートに自分の気持ちを――私への嫌悪感を伝えてきたのだ。

 

いつも言ってくるような、『美少女』な私に対する苦言じゃない。

かつて私が盗み聞いたきり、ずっとしまわれ続けていた、心底からのそれを。

 

 

「――……」

 

 

『親』の横顔と、記憶の中の二山の顔を重ね合わせる。

やっぱり、表情も雰囲気も何もかもが別人としか思えなかったけど――それでも、ソイツはどうしようもなくそこに居て。

 

 

「……私は、魚焼いたのがあんまり好きじゃない」

 

「……?」

 

 

――気付けば、口に出していた。

 

 

「醤油とかソースとか、ドバドバかけてもちょっとヤダ。勿体ないから出たら全部食べるけど、食べなくていいなら手を出さない。給食にサンマとか焼きサバとかあるとテンション下がる」

 

 

窓の外、過ぎゆく街灯の光をぼんやり眺め、愚痴のようにぽつぽつと零していく。

記憶から焼き魚の匂いが漂い、ちょっとだけゲンナリした。

 

 

「茹で野菜そのまま出してくるヤツもイヤ。こっちはマヨネーズあればイケるけど、普通のドレッシングじゃちょっとキツい」

 

「…………」

 

「醤油だけしかかかってない納豆も苦手。でもちゃんとしたタレとからしがあればイケる。あとはたまねぎだけの味噌汁……いや、具はそんな関係ないや。単に冷たくて薄いのがヤダ」

 

「……すまない……」

 

 

なんかまた謝られちゃった。しらね。

とはいえ嫌いなものばかり上げてくのも気が滅入るので、今度は好きなものを上げていく。

 

 

「逆に、揚げ物系は大好き。フライドチキンとかコロッケとか、天ぷらとかトンカツとかも。焼肉とかも好きだし……ハンバーガーとかラーメンとか、そこらへんも好き。つーか味の濃いヤツなら大体好きかもしんないや」

 

「…………」

 

「……で、そっちは」

 

 

いきなり始まった私の好き嫌い語りを黙々と聞いていた『親』は、これまたいきなりの問いかけに、ぱちくりと一度瞬いた。

 

 

「…………何が、だろうか」

 

「流れで分かんでしょ。苦手な食べ物と好物だよ」

 

「何故」

 

「――『分かんなくて、ダメで、心底気味悪ィ』。……ちゃんと言えよな、そっちも」

 

 

それ以上は口にしない。

すぐ窓に頭をくっつけて、景色しか目に映らないようにする。

 

『親』は暫く黙り込んでいたが、車体が僅かながら左右へ振られたように思えた。

そしてそこから更にほんの少しの時が過ぎ……やがて、ぎこちなく、たどたどしい言葉が落ちた。

 

 

「……苦手な、ものは……そう、だな。具体的には浮かばないが、その……脂っぽいものは、好みではない……と思う。お前には、悪いが」

 

「……や、人の勝手だし、そこは」

 

「そうか……それで、好物は……強いて言えば、調味料ではなく、素材の味が感じられるものだろうか」

 

 

でしょうよ。

ちょっと前までの食卓を思い出し、うんざりとする。

 

 

「例えば……湯葉、だろうか。あとは……豆腐なども……」

 

「……豆系が好きなん」

 

「……そう、なのかもしれない。確かに、枝豆や五目豆なども好ましく思っている」

 

「あっそ」

 

「後は……そうだな、後は……」

 

「…………」

 

「……、……、…………」

 

 

会話が止まった。

 

……自分の好き嫌いもハッキリしないのかと苛立つが、沢山の人格を持つ『親』だ。当然それぞれ好き嫌いも分かれているのだろうし、その中にあって自分自身の――御魂雲としての好き嫌いをより分けるのは、かなり難しい事なのかもしれない。

そう思い直した私は特に急かすでもなく、ただぼんやりと答えを待って、

 

 

「……お、俺は煮物が好きで、わさび漬けが苦手――」

 

「何でだよそこは寝たフリしたまんまでいろや……!」

 

 

いきなり後部座席から上がったその申告に思わず声を荒らげた。

そうでした、後ろにもう一人居たんでした。

 

「俺の番だぞという間じゃなかったのか……!?」髭擦くんのトンチンカンさにまた腹が立ち、ポケットから出てきた小石をぶん投げておく。

誰かに聞かれていたと気付いた途端になんだか気恥ずかしくなって、誤魔化すように深く大きな溜息を吐いた。

 

 

「走っている車の中で暴れるのはやめなさい。危ないから」

 

「それはすんなり言えるんかい……」

 

 

おまけに『親』からしっかりハッキリ注意され、何かどうでもよくなった。

改めて話を続ける気にもなれず、口をへの字に噤んでシートにどっかり沈み込む。

 

さっきと同じく無言の車内。しかしそこに、気まずさはもうどこにも無く。

 

 

「……今度さぁ、今回予定合わなかった友達と改めてキャンプ行こうと思ってんだけど」

 

 

……なんとなく、話しかけていた。

赤信号。『親』の視線がこちらに向けられ、逸らされる事なく目が合った。

 

 

「……今日のこれを経てか? 本気か?」

 

「しゃーないだろ、アイツすげー残念がってたんだから。そりゃ今日とは違うとこにしたいけど……そんで、今度こそ何も起きなさそうなとこって無い?」

 

「あのキャンプ場こそがその筈だったのだが……いや待て、保護者はどうするつもりだ。またあの大学生どもを呼ぶつもりか」

 

「えぇ……んー、まぁ、もう魚焼かないってんならあんたでもいいけど……また二山?」

 

「いや、もうこの身体はお前の前には出さない。その際は別の……違和感は大きくなるが、十あたりを、」

 

「二山のままでいいよ。私コイツあんま嫌いじゃないし」

 

「……なぜ……?」

 

 

会話は弾むとまではいかないけれど、今日一日のぎこちなさは既に消えていた。

思ったよりも普通に口が回っていて……ふと、山道での黒髪女とのやり取りを思い出す。

 

――キミらのそれはまだ途中で、全部に続きがあるの。きっと。

 

 

(……ふぅん)

 

 

……目的地に到着するまでの、短い時間だったけど。

私と『親』の実のない会話は、途切れる事無く続いていった。

 




主人公:今後コンビニで買い食いする際、ごく稀に豆腐バーを買っていくようになった。

髭擦くん:主人公と『親』の様子を見て、後部座席でホッとしていた。

黒髪女:『あの子』を失くさず届けてくれた主人公に深く感謝した。今度はちゃんと主人公と遊びたいようだ。

アゴ男:今回も何も分からないままだった。土塗れになったギターに泣いたが、ちゃんと綺麗に掃除して愛用を続ける構えを見せている。

『親』:今後家での食事で魚料理を出す際、焼き魚が減り煮つけや天ぷらにする事が多くなった。






【ある手帳の一頁】

・この呪いは丑の刻参りを元にしたものと思われる。人を攫い、生き埋めにする性質。

・人に見られず七夜連続して行わなければならないオリジナルより満願の難度が低い? その分生き埋めという形で致死性が低くなっている? 要収集。
 ↑違った。七日間生き埋めにし続け、過ぎた瞬間に死ぬとの記述。七夜の帳尻を合わせている。相手の抵抗を封じ確実性を高めている分、より悪質。

・核の木から六人。写真と同数。まるで粘土。腐敗。身元不明。いつ埋め込まれたかも不明。
 ↑子供の前で触れなかった僕、流石。←えらい、であります。

・写真の人物は服装からおそらく学生。しかし制服の特徴部分が潰れ確認できず。特定×。
 ↑一枚の裏にメモの痕跡。釘の一つに赤い糸くず発見、意味があるかは不明。

・恨まれてるの、あと何人居るんだ?
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