異女子   作:変わり身

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「レビュー」の話

 

山猿だ何だと野生人扱いされる事も多い私であるが、別に文明に背を向けている訳でも無い。

 

その象徴たるスマホはそこそこ使える方だし、パソコンだって図形ツールで簡単な絵を描くくらいは出来る。

説明書のない電化製品も勘とフィーリングで大体動かせる程度には、立派に普通の現代人をやっているのだ。

 

……一方で漫画とかテレビとか、そういうのにはちょっぴり疎い自覚はある。

ちょっと前まで家の空気がアレすぎて、まったりインドア趣味に興じられる環境じゃなかったからだ。

 

テレビのあるリビングは勿論、自分の部屋であっても居心地は悪く、何かを楽しむ余裕なんて持てる筈が無い。暇さえあれば……いいや、暇が無くとも私は家を飛び出していた。

その際、近所で開催されていたヒーローショーに行く事も多かったから、戦隊モノだけは今も食玩買うくらいには好きだけど……実際にテレビシリーズを欠かさず追っている程でもないし、真っ当にファンしてるかは微妙なところ。

 

おまけに友達とか雑談できる関係のヤツも長い事居なかったから、話を流行りに合わせる必要も無く。興味が無いものはそのまんまにしていても、何ら不都合が無かったのである。こんにちはぼく世捨てマン。

 

まぁ今は家の空気もちょっとはマシになったし、友人知人も少しは出来た。そのおかげで、流行りのテレビや漫画に触れる機会も人並くらいには増えている。

……しかし、ちっちゃい頃からの嗜好というのはどうにも根深いようで――今現在においても、そういったものにはイマイチ興味が持てないでいた。

 

 

 

 

「んー……」

 

 

自室。クーラーの効いた室内に、私の唸りが小さく響く。

 

手元のタブレット端末にはとある動画配信アプリが開かれていて、様々な作品がずらりと並べられている。

ドラマにアニメに映画、ドキュメンタリーと、あとバラエティに教育番組なんてのも。ジャンルも恋愛だとかサスペンスだとか何やら色々揃っていて、幾らスクロールしてもキリがない。

 

私は暫く眉を寄せてそれらを睨み……「ぐへー」やがて降参だと両手を上げて、ベッドの上へと倒れ込んだ。

 

 

「なに観りゃいいんか全然分かんね~……」

 

 

とりあえず配信作品の一覧だけざっと眺めてみたけれど、どれにしたらいいのやら。

別にどれもこれもがつまんなそうと思っている訳では無いのだが、興味のフックがあまりにも浅すぎて、引っかかるものがあんまり無いのだ。

キャストにしろストーリーにしろ、目を通しても「ふーん……」から先に進まねー。

 

 

(やっぱ何か特撮……うーん、でもなぁ)

 

 

唯一興味のある戦隊モノなら前々から気になってるのがあるのだが、即決するのもそれはそれで勿体ない気がしなくも無い。

せっかくいつもはやらない事をする気になっているのだ。どうせなら知らないジャンルにも手を出してみたくもあった……んだけども。

 

 

「……なーんか、めんどくなってきちゃったなぁ」

 

 

とはいえ、まだ一作品も観ちゃいない。

流石に投げるのはまだ早いだろ。私は大きく一度伸びをして、観たいの探しに戻っていった。

 

――今日一日、私は部屋でまったりすると決めていた。

 

八月に入り、外の日差しが流石の私もウンザリする程ヤバくなっている、という事もある。

だが一番の理由は、現状だと外を出歩くのにちょっとした不安があるからだ。

 

というのも、インク瓶の黒インクが手元にひとつも無いのである。

 

数日前のキャンプでの騒動。あの時に小瓶ごと失くしてしまったきり、まだ新しいのが届いていないのだ。

いつもは『親』経由ですぐに補充されるんだけど、今回はインク瓶がこの街から遠い場所に居るらしく、輸送に多少の時間がかかっているそうな。

 

……あらかじめ在庫たくさん用意しとくとか出来ないんかな。前々からそう思ってはいるものの、私の百億万倍頭の良いインク瓶や『親』がそれをしないって事は、それなりの理由があるんだろう。

というかそもそも、あのインクどうやって作ってんだ。やっぱ材料とか製法とかもの凄く特殊だったりするんだろうか。うーむ。

 

ともあれ、あのインクは今の私にとっては生命線も同じであり、携帯せずに外を出歩く事はなるべく避けたいところではあった。

なのでインクが届くまでは大人しく引き籠っておく事にしたのだ。家ならオカルトに遭遇しないって訳じゃないけど、『親』が居る分まだ安全な筈だから。

……この家をそんな風に思ってしまうのは、正直ちょっとだけムカつくけども。

 

で、そうなれば当然、家で何をするかの話になる訳で。

色々考えた末にやってみる気になったのが、趣味といえばでよく聞く映画鑑賞的なヤツだった訳である。

 

 

「んんん~……」

 

 

……が、結果はこの通り。

イマイチ観たいと思える作品が見つからず、ただタイトルを眺めているだけでどんどん時間が過ぎていく。

 

こっちが変に構え過ぎなのだろうか。

でも初めてのジャンルで合わないの観て、苦手になりたくもないしなぁ。うーむ。

 

 

(まぁでも、それでずっとうんうん悩んでんのもバカらしいんだよな……)

 

 

新規開拓はもう少し慣れてからにするとして、今日の所は素直に戦隊モノにしとくかね。私はひとまずそう気を取り直し、いそいそと特撮の欄にページを移そうとして――とある特集リンクが目に入り、指を止めた。

 

 

「……ホラー、なぁ」

 

 

自然、苦々しい顔になる。

 

今が夏休みという事もあってか、オススメのホラー作品を揃えた特集ページがアプリ内にあるらしい。開いた当初からずっとバナーがチラチラしていて、非常に鬱陶しい事この上なかった。

 

当然、見る気なんて一ミリも無かった。

こちとら日々本物を体験してんだ作りもんだって観たくねーよすっこんどれボケ、というのもあるけれど……そういうのを観れば、絶対に色々と思い出してしまうと分かっているから。

 

……私はまだ、友達の遺したあのチャンネルすら見ていない。

 

 

「…………」

 

 

たが一方、迷うところがあるのも確かだった。

 

例え作り物でも、今後オカルトに巻き込まれた際に何かの参考になるんじゃないか、とか。

あのチャンネルへのワンクッションというか、心構えのステップ的なものにはなるんじゃないか、とか。

一種の勉強のようなものだと考えれば、伸びかけの食指が特集リンクの上をウロウロと。

 

 

(……一回、チラ見くらいはしてみっか……?)

 

 

観る観ないは置いといて、どんなのがあるのか軽く確かめるくらいなら、まぁ、うーん……。

私はそのまま暫く時間を稼ぐように唸り……やがて、こころなし薄目で特集リンクをタップした。

 

すると、『夏休みおすすめホラー!』と銘打たれたページが開き、それっぽい作品がずらずら並ぶ。

 

怪談や都市伝説を題材にしたっぽいヤツに、何かメインビジュアルの時点で不穏が漂ってる怖そうな洋画。

ほんとにホラーなのかと疑う程にほんわかした画風のアニメや、ドキュ……いやモキュメンタリー?とかいうよく分かんないのまでより取り見取り。

 

しかしそのジメっとした雰囲気の作品群には、やっぱり親しみと懐かしさのような感覚もあって……それらを眺める内に自然と彼女の笑顔がよぎり、

 

 

「あー…………」

 

 

呻きが漏れる。

そしてじわりと滲み始めたものから逃げるように、特集ページからトップ画面に移動した――。

 

 

「あ、あれ?」

 

 

……つもりだったのだが、画面は何故か知らん動画の再生ページになっていた。

 

ページを移動する際、変な所に指が当たったのだろうか。

困惑しつつタイトルを見てみると、『ゆって』。全編十分ほどの短編ドラマのようだった。

 

すぐに離れてもよかったが、なんとなくそのまま内容説明に目を通す。

 

 

「……なんも分かんないな、これ」

 

 

しかし、あらすじは『ずっと』の一文だけ。

キャストや監督と言った詳細情報は何も無く、メインビジュアルも無い。唯一、数人の男女が学校の教室らしき場所で話しているサンプル画像があるけど、それだけだ。

 

ホラー特集から飛んだのだからホラー作品ではあるんだろうけど、それ以外に汲み取れる情報がまるで無かった。

 

 

(レビューとか……え、結構あんな)

 

 

こんな有様なら誰も観て無いだろと思ったけど、作品評価の欄にはそれなりの数の書き込みがあった。

意外と人気作なのか……と一瞬騙されかけたが、見ればどれも最低評価の☆1ばかり。

というかそれ以外の評価が無く、完全無欠のクソドラマのようだった。

 

そのあまりにも満場一致な低評価加減に、思わずクスっと笑ってしまい――しかしすぐに首を傾げた。

 

 

(『とてもいい作品でした』、『この作品を観られて幸せです』、『素敵な方と出遭えました』『最後までみるのが勿体ない!』……何だこりゃ?)

 

 

どのレビューも評価は☆1だというのに、内容が絶賛するものばかりだった。

 

批判も批評も見当たらず、かと言ってイヤミとか皮肉とかそういう雰囲気でもない。

一瞬☆1の方が最高評価なのかと疑ったが、これまでアプリ内を見て来た限りでは、間違いなく☆5が最高評価だった筈だ。

 

これはどういう事だろう。少し考え、ピンと来る。

 

 

(あぁ、そういう趣向って事か? ☆1付けるのが逆に評価してるって事になる内容、みたいな……)

 

 

こういう遊び心ある事をされると、途端に興味が湧いてくるのが私という暇人である。

 

まぁホラーには変わりないので、とりあえずストーリーのネタバレ書いてるヤツとか居ないかレビュー内を探してみるけど、どれもこれも簡素な一文しか書かれていない。配慮が徹底されてやがる。

 

いや、幾つか何行か書かれたレビューもあったけど……。

 

 

「……『けっ作です! すごいです! なん度も見たい!』『おー! わくわくでした! るんるんです! なきました!』……うーん、私よりひでーや」

 

 

おそらくまだ小さい子供のコメントなのだろうが、そういう層も観ているのなら、そんなにホラーホラーした作品でも無いという事だろうか。

 

……じゃあまぁ、普通に観てもいいかなぁ。

再生時間も短いし、やっぱりダメそうだったらすぐに閉じればそれで済む。

 

私は胸にちくちくと来るものを好奇心で圧し潰し、ベッドに寝転んだまま動画の再生ボタンをタップした。

すると画面が暗転し、数秒の後、学校の教室らしき場所で雑談する男女の姿が映し出された。イメージ画像通りの光景だった……のだが。

 

 

(……ん? 学園モノ……じゃないのか?)

 

 

学校が舞台だから普通にそう思っていたのだが、どうも違うようだ。

 

まず登場人物の年代がバラバラだ。

六人いる男女の内二人は若者だったが、片方は小学生くらいの男の子で、もう片方はおそらく二十を超えた大人の女性。

残る四人に関しては確実に中年以上であり、よぼよぼのお婆さんまで混じっていた。全員制服も着ていないし、明らかに学生じゃない。

 

彼らが話している内容も学校とは関係の無い、とりとめのない事ばかりだ。

何か物語が始まりそうな会話だとか、状況の説明だとか、そういったものは一切なかった。固定され動かないカメラの中、ただ延々と雑談だけが続いていく。

 

 

『今日はねぇ、一緒にブランコで遊んだんだ! 背中に付いててくれて、すごい楽しかった!』

 

『あらそう。私は買い物に行ったの。隣に居てくれて、とても助かったわ』

 

『そうか。通勤中、電車で真向かいに座っていてくれてたんだ。嬉しかったよ』

 

『へぇぇ……あたしはずーっと家に居たんだけどねぇ、ずーっと寄り添っててくれて、寂しくなかったのよぉ』

 

 

……いや、会話かこれ?

 

受け答え自体は繋がっているような気がするけど、それぞれが自分の話しかしていない。

その内容もどこかぼんやりしていて、何の話なのかさっぱり分からん。いや、誰かと一緒に居たという事について話しているのは、なんとなく分かるけども……。

 

 

(あと、演技も何か変っつーか……こいつらどこ見てんだ?)

 

 

六人の男女はみな笑顔だったけど、時折どこかに目線をチラチラ送っている。

画面外にあるカンペか何かを見ているのだろうか。それにしては、あからさまに首をそちらに向けている時もあり、隠す気がまるで感じられない。

 

それとも、これが伏線ってヤツなのだろうか。

最後まで観れば、この話や仕草の意味が分かるようになってんのかな。どこか不気味さのある違和感を抱えたまま、黙って続きを眺めておく。

 

 

『いつも笑っているわ。にこにこ、にこにことして、楽しそうに居てくれてるの』

 

『ずっと寝てるんだ。すやすや、すやすやとぐっすりで、見てるだけで癒される』

 

『……泣いてるよ。しくしく、しくしく。床が涙で濡れるから、堪ったもんじゃ――』

 

 

ぴたり。

話していた初老の男性が、突然言葉を止めた。

 

同時に他の人たちも言葉を止め、全員別々の方角を向く。

その顔はどこか強張っているようにも見え……視線の先に何を見たのか、やがてホッとしたように表情を緩ませた。そして今度は先ほどの初老の男性に、じっと感情の読めない目を向ける。

 

……初老の男性は、まだ画面の外を向いたまま。

 

 

『……冗談だよ。泣き止まないのが心配で、茶化しただけだから……へ、へへ』

 

 

そして誤魔化すようにそう笑い、それきり一言も喋らなくなった。

それどころかカメラの方向を見る事も無くなり、以降はあさっての方向を向き続ける置物と化してしまった。

 

 

(……えぇ……?)

 

 

しかしそれに対する説明もやっぱりされず、一人欠けた状態での会話が再開されてゆく。

なんかもう流れが謎過ぎて困惑しか無かったけれど……ここまで一貫して意味不明だと、逆に引き込まれるものがある。

 

 

『もとめられたら、しっかり相手をしてあげるのよ。じゃないと可哀そうでしょ?』

 

『おなかが減ったら、ご飯を分けてあげないとねぇ。何を食べられても、許したげなさいな』

 

『……ぜったい、怒っちゃダメなんだ。どんな事されても、我慢……――』

 

 

今度は男の子が言葉を止めた。

同時に、先ほどと同じく全員が画面外を向く。男の子は酷く怯えた顔になり、初老の男性に続いて置物状態となった。

 

……そんな、ぎこちなさを隠せなくなった空気の中、三十代くらいの男性が口籠りつつも続けた。

 

 

『あー……褒められるの、好きみたいだな。で、その、それで――』

 

『――相手しちゃダメ。何をしても悪くとられるし、悪口を言われてるって思われると、酷く、酷く機嫌を損ねてしまうよ。だから……、……っ』

 

 

彼の声を遮ったのは、よぼよぼのお婆さんだった。

動かなくなった男の子を痛ましげな顔で見つめていた彼女は、何かを決心したような顔で突然喋り出したかと思うと、すぐに画面の外を見て動きを止めた。

 

その表情は青く染まりきり、さっきの意気など欠片も残ってはいなかった。

 

 

『……うふ……うふふ、あ、あのね、あの……、……』

 

 

次は若い女性だった。

お婆さんが動かなくなって暫くの間は普通に喋っていた彼女だったけど、徐々に様子がおかしくなり、何度か声を詰まらせた後に黙り込んでしまった。

 

そしてそのまま俯いていたかと思うと、やがて弾かれたように画面の外へ視線を向けて――硬直。引き攣った笑顔から、脂汗が落ちた。

 

これで四人が固まり、残りは四十代くらいの女性と、三十代くらいの男性の二人。

最早異様としか言えないものとなった雰囲気の中、歯抜けとなった会話がまだ続く――。

 

 

(……これ、カメラの外に何が居るんだ?)

 

 

そこまで来れば、流石にこの作品のシチュエーションも多少は把握できていた。

 

たぶん、画面外のカメラが映していない場所に、複数の『何か』が居る。

この六人はそれに酷く怯えているようで、彼らの会話はその『何か』の説明というか、媚びへつらいというか、そういったもののように思えた。

そして『何か』に対する文句や、『何か』の意に反した事を口にしてしまうと、画面外で何かが起きて、その人は動けなくなってしまう。ちょっと変則的なデスゲームみたいな感じだろうか。

 

 

「んー、面白いっちゃ面白いけど……」

 

 

とはいえ大絶賛されるほどのものかというと、ちょい微妙である。

まぁ残り時間はあと五分くらい残ってるし、そこでどんでん返しか何か起きるのかもしれない。

 

そう思った私はタブレットをベッド横の棚に置き、改めて腰を据え――。

 

 

「……?」

 

 

ふと気付いた。

動かなくなった四人の向いている方向が、いつの間にか変わっている。

 

それぞれ別の方向に視線を向けているのには変わらないけど、若干首の角度がカメラ側へと傾いているのだ。

画面外の『何か』が、移動しているのだろうか。ゆっくり、ゆっくり、注視していなければ分からないくらいの速度で、彼らの視線が動いている。

 

 

『――それで、独特のにお……香りもしているわ。畳みたいな、落ち着く香りね』

 

『あぁ…………うん、その………………………………たす、』

 

 

男性が何かを言おうとして、止まる。

助けを求めようとでもしたのだろうか。痙攣を起こした顔が画面外を向き、他と同じくゆっくりとカメラ側へと回っていく。

 

残ったのは、四十代くらいの女性ただ一人。

 

 

『あと……とっても、力持ちなのかな? 壁とか、床とか、いつもミシミシって……えっと……』

 

 

しかし一分も経たずに彼女の弁はしどろもどろにつっかえはじめ、遠からず他の五人と同じ状態になるだろう事が察せられた。

 

さて、六人全員が喋るのをやめた時、果たして何が起きるのやら。

私はタブレットを抱え直すと、姿勢を正して画面を見つめた。

 

 

『それに……ゆれ、揺れてるよね? いつも、変な……あ、あぁ、違うの、違うのよ、愛嬌があるって意味で、ね? ね?』

 

 

女性の目線が泳ぎ、画面外のとある一点に止まる。

表情が、くしゃりと歪んだ。

 

 

『……もう、こんなのもう無理よぉ。ごめ、ごめんなさい。ごめんなさい――』

 

 

そしてとうとう泣き崩れ、力なくその場に膝を突く。

しかし視線だけは決して逸らされる事の無いまま、泣き笑いの顔で画面外の『何か』を追い続けている。

 

最早、六人の視線はほとんど重なっていた。

全員の顔がカメラ側へと向けられていて、後ろの『何か』の位置を明確に示していた。

 

カメラの真後ろから、ちょっと右にズレた場所。つまり、画面を見てる私のちょうど右隣くらいの、

 

 

『――そばに、いっちゃう』

 

 

――ぎし。

今まさに意識を向けたその場所が、深く、軋んだ。

 

 

 

 

 

 

「………………………………………………………………」

 

 

ぎ、ぎ、とベッドが揺れる。

私が何かをしている訳じゃない。指一つ動かしてさえいないのに、ひとりでにベッドが軋みを上げている。

 

 

(は……、え)

 

 

……硬直した視界の右端に、何かが見えた。

 

反射的に視線が向かいかけるも、堪えた。

タブレットに映る六人の歪んだ顔が、私を強く脅しつけている。振り向くなと、見るなと、本能がそう訴えている。

 

 

(い……居る? 何かが、私の、隣に……?)

 

 

その時、妙な匂いが鼻先を擽った。

 

青臭さのある、乾いた匂い。

嗅ぎ慣れたものじゃないから一瞬分からなかったけど、それはい草の匂いのようにも思えた。

 

……い草。つまりは、畳の匂い。

それに気付いた瞬間、動画で最後の一人になっていた女性の言葉を思い出す。

 

 

(……言ってた、よな。あの女の人、畳の匂いがどうのって……じゃあ、こ、これって)

 

 

――動画の演者、六人が怯えてた『何か』が、私の隣に居る?

 

ぎ、ぎ。そのバカみたいな考えを肯定するように、私の隣がまた軋む。

 

 

(うっ――ウソだろ……っ! これっ、そんな、ただの作りもん……!)

 

 

心臓が嫌な具合に跳ね回る。

動揺に瞳が大きく揺れるが、罵声だけはなんとか喉の奥へと呑み戻す。

 

落ち着け。取り乱すな。隣の『何か』は、今のところ何かをしてくる様子はない。下手に動けば、逆にソイツを刺激してしまうかもしれない。

私はともすれば震えそうになる身体をいなし、乱れる呼吸を必死に抑えた。

 

 

(……な、なんでこうなった。オカルトか。隣に何が。動画の六人って。私はこれからどうなって――いや、な、何をすれば……?)

 

 

思考がぐるぐる空転する。

 

幾つもの疑問が過ぎゆくけれど、答えなんて出ない。

右隣から漂う畳の匂いに恐怖と焦燥感が掻き立てられる中、タブレットの動画だけが何事も無かったように回り続けていた。

 

……再生時間、7:02/10:01。

残り三分を切り、けれど六人の男女は私の右隣を見つめたまま、動かない。

 

 

(……っ、そ、そうだ。動画、動画閉じれば、きっと……!)

 

 

こんなの、明らかにこの動画が発生源だ。

ならさっさと消してしまえば、それで全部無くなる筈だ。

 

半ば縋るようにそう思い、震える指で画面をスワイプ。アプリごと動画を消そうと操作する。

しかし思ったよりも指の震えが酷くて上手くいかず、動画を再生したままうっかりレビュー画面を開いてしまう。

 

 

(くそっ、だから落ち着けってぇ……!)

 

 

そうして映った最低評価がなされた絶賛レビューの群れに、苛立ちまで募る。

今見ても、いや、今だからこそ凄まじい不自然さを発生させているそれらに口の中で悪態をつき、私はもう一度落ち着いて画面を操作して、

 

 

「……?」

 

 

そうやって流した目に、幾つかのレビューが引っ掛かる。

 

それはさっきも見つけた、数行ほどの幼稚な文章のレビューだ。

最後に開いた時のページ情報が残っていたのだろう。改めて見ると、一行だらけの平坦なレビューの中で、起伏のあるそれらはやはり酷く目立っている――。

 

『けっ作です!

 すごいです!

 なん度も見たい!』

 

『おー!

 わくわくでした!

 るんるんです!

 なきました!』

 

 

「……『けすな』、『おわるな』……?」

 

 

縦読みだ。

最初に見た時は一行一行読んでいたから気付かなかったけど、こうして全体で眺めてみるとその文章が視界に浮かぶ。

 

……この動画を見る前だったら、それがどうしたの一言で終わっていた。

しかしこんな状況となった今だと、それは、

 

 

(……警、告……――)

 

 

――瞬間、頭の中でこれまで見て来た多くの情報が繋がった。

 

 

(もしかして、このレビューのヤツら全部、動画の六人みたいになってたのか……!?)

 

 

動画の中では、『何か』の悪口などを言ってはならず、機嫌を取り続けなければならないとあった。

そして動画を見るとその『何か』がそばに来るのであれば、これらのレビューを書いたヤツの隣にもそれは居た筈だ。

 

彼らの悪態も恐怖も絶望も、『何か』にとっては全部悪口。

それを書こうとしたヤツは、たぶんろくでもない事になって……だからみんな、動画の六人みたいに適当な褒め言葉で誤魔化さざるを得なかった。

 

でも、☆1評価だけは彼らの本音に外ならず――そして件の縦読みは、そんな中で遺した苦し紛れの警告で。

 

 

(消すな、終わるな――動画か!?)

 

 

その意味に気付いた瞬間、放置していた動画に戻る。

 

幸い小ウィンドウでの再生モードになっていて、停止も閉じもしていなかった。

しかし再生時間は既に9:42/10:01。もう三十秒も無く、動画の結まで間もなくだ。

 

――ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ。

それを待ち焦がれるように、ベッドが何度も何度も軋んでいる。

 

 

(消すのも見終えるのもダメ、ええと、ええと、なら――!)

 

 

再生時間が残り五秒を切った時、画面上のシークバーに指を添える。

当然そこで動画の再生は止まり――途端。右隣からの匂いが濃くなった。

 

――ぎィ。

 

同時にベッドの軋みもより大きく深いものとなり、沈むベッドにつられて身体が右に傾きかける。一緒に指も右にズレ、再生終了になる右端ギリギリにまでバーを進めてしまい、声にならない悲鳴を上げた。

 

が、そこで何とか踏みとどまって――思い切り、バーを左に寄せ切った。

 

――再生時間、0:00/10:01。

 

画面の中からこっちを見ていた六人が巻き戻されて、目線が右隣から離される。

そして最初に戻って、画面が暗転。その瞬間、右隣の匂いが残り香もなく消え去った。

 

深く軋んでいたベッドも跳ねるように戻り、その煽りを食らって冷や汗ひとつ。

決して指を動かさないよう注意して……恐る恐ると、右を向いた。

 

 

「…………」

 

 

何も、無い。

 

畳の匂いがするようなものも、ベッドが軋むようなものも。

最初から何も無かったかのように、そこには何の姿も見えなくて――ただ、ベッドの布団に大きなへこみだけが残されていた。

 

――居ない。居なく、なっている。

 

 

「……………………は、ぁぁぁぁぁぁぁ~~……!!」

 

 

凌いだ。確信した瞬間、深い溜息が漏れた。

 

長く長く、それこそ肺の中身全部を吐き出してもまだ足りず。

そのままぐったり倒れかけるが、まだシークバーを抑えた状態であること思い出し、慌てて身体の芯に力を入れる。

 

……何だったんだ。何が起きてたんだ、一体。

息を吐きすぎてチカチカする視界の中、私はタブレットにまたのろのろと目をやって、

 

 

「……っ!?」

 

 

画面に何かがポップアップした。

その際反射的に身体が跳ねて指も離してしまったものの、しかし動画が再生される様子はなく。

 

 

「……な、なに……っげ」

 

 

ばっくんばっくん跳ね散らす鼓動を抑えて見れば、それは動画のレビューを求めるポップアップのようだった。

どうやらシークバーを右端近くまで動かした事で、アプリ側が視聴終了のバグ判定をしたらしい。

 

いやふざけんな冗談じゃねーぞ……!

今になってふつふつ湧き上がり始めた怒りのまま、私はアプリごとその画面を落とし――「……、」しかし考え、手を止める。

そして暫くそのまま迷い……やがてポップアップをタッチした。

 

 

――『観ないでください。もし再生してしまった場合、振り向かずシークバーを最初まで戻す事』

 

 

そして最後にレビューが上の方に出るよう敢えて☆5の評価を押して、今度こそアプリを閉じた。おまけにアンインストールまで行って、念のため周囲を警戒。

しかし五分経っても何も無く、そこでようやく力が抜けた。ぐへー。

 

 

(……縦読みレビュー書いたヤツ、どうなったんかな)

 

 

無事だったらいいとは思うけど……まぁ、なぁ。動画を途中で消したり、見終えたらダメって分かったっていうのは、そういう事なんだろうし。

とりあえずただ感謝だけを捧げ、あんまり深く考えない事にする。

 

……私もレビューで義理は果たした。そう思おう。

 

 

「あー……もう、ぜってーホラーなんてみねー……」

 

 

寝っ転がって天井を眺め、心底から呟く。

 

いや、というか動画鑑賞自体もういいや。やっぱ野山を駆け回んのが一番です。

私はタブレットをベッドの端にぶん投げると、もう昼寝でもするかと目を閉じて……寸前、未だベッドに残るへこみが映る。

 

 

「……☆1っ!」

 

 

そして再びの評価を下し、バタバタ暴れてへこみを滅殺。

そのまま枕だけを抱え、私はより☆の多い場所を探して自室を後にしたのであった。

 

 




主人公:この後『親』の居るリビングで横になり「☆2!」と叫んだ。友達のチャンネルはまだ無理そう。
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