異女子   作:変わり身

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「案内」の話(下)

 

 

 

足が勝手に一歩を刻んだ。

 

 

「っ……やめ……!」

 

 

咄嗟に自分から一歩踏み出し足の自由を取り戻すけど、数秒立ち止まっている内にまた足が動き出し、ドアの元へと向かってゆく。

今度の案内は、立ち止まる事すらも許してくれないようだった。

 

 

『あれぇ、どうしたんですかぁ? こんなドアなんか、これまでの道に比べたら楽ちんですよねぇ。なのに無理ぃ? 今度こそ無理なんですかぁ!? ねぇ、ねぇ、ねぇぇぇぇ!』

 

「お、お前……これ、ドアの向こうっ……!?」

 

『あああああああタマのおねえさん、知ってるんだぁ! 知ってるんですねぇぇ! ひひっ、ひひひっ――!!』

 

 

あーちゃんは酷く不快な嗤い声を上げている。

何を言っても怒鳴っても、もう哄笑しか返らなくなっていて、話していても埒が明かないと近付くドアに意識を戻した。

 

――以前私は、無意味な建築物に纏わるオカルトと関わった事がある。

 

このドアのような、扉の意味をなさない扉。或いはどこにも繋がらない道や階段。

トマソン建築と呼ばれるそれらの先には、時折勝手に居座る『場所』が現れる――私はそこに迷い込んでしまった人達の見る景色を、僅かながらに知ったのだ。

 

……だから、分かってしまう。

 

もしこのドアを開き、あまつさえ潜ってしまったら。

私はきっと、どこにも帰れなくなる。家にも、街にも、『親』の所にも、二度と。

 

そして向こう側からは決して開かないドアの前に立ち、出してくれと、助けてくれと、ずっとずっと泣き続けるのだ。

そう――かつてトマソンの先から助けを求めた、誰かのように。

 

 

(――ヤバい、ヤバいヤバいヤバい……!)

 

 

こんなの私が幾ら動けたって関係ない。誰だろうがどうにもならないハメ技だ。

 

私は必死にドアから離れようとするけど、当然逃げられる筈も無く。

むしろその意思のせいか歩みが早まり、更に焦燥が募っていく。

 

 

『渡ってくださぁい!! 進んでくださぁぁぁい!! ひひっ、ひぃひひひ!!!』

 

「黙ってろボケッ!! く、くそっ、くそぉっ!!」

 

『ひひ、あんれぇぇぇ生っ(ちろ)い顔がもっともぉぉぉっと真っ白ですよぉ? あれ、ただのドアなのにぃ? どしたんですかぁ? あ、元から全身真っ白だぁ~ごめんなさぁいひひひひひ――!』

 

「白々しい事言ってんじゃねー!! この――……、」

 

 

その時、ふと違和感がよぎった。

はじめは何か分からなかったが、数瞬の後にその正体に思い至る。

 

 

(――コイツ、なんで私が白いって知ってんだ?)

 

 

そう、最初から今まで、あーちゃんは電話越しでしか私と接していない。

私も自分の外見については言及した覚えもなく、彼女がこの真っ白な容姿を知る機会は無かった筈だ。

 

もっとも、ただの言い回しと言えばそれまでだし、だから何だという話ではある。

だが思い返せば、これまでの道中も度々私の状況に合わせた言葉を的確に口にしていたような気がする。見えない筈の私の動きを忍者みたいと表現したり、タイミングよく道を指示したり、他にも色々。

 

となると――それはつまり。

 

 

(どっかから、私を見てんのか……!?)

 

 

考えれば当たり前の話だった。

私が酷い目に遭う様を楽しみたいのなら、電話越しの声だけじゃきっと足らない。その光景を直接目にしようとするだろう。

 

電話での通話という状況が先に来ていて、その発想自体が全く無かった。このおバカ!

 

 

(ど、どこだ! どこに……!!)

 

 

後悔は後にして、慌てて周囲を見回した。

 

たぶん、ドローンや監視カメラは使ってない。

今日一日、私は街中からこんな山の中まで広範囲に渡り動き回っていた。もしそれらが使われていれば相応に目に付いただろうし、絶対に気付かない訳が無いのだ。

 

あーちゃんに千里眼とかの霊能があれば話は別かもしれないが、そんな事言い始めたらキリがない。私の近くに潜み、ずっとついて来ている可能性だって十分にある筈なんだ。

 

 

(近くに隠れてるってんなら、まだどうにか……!)

 

 

ポケットの中でスマホを握る。連絡手段としてではなく、投擲武器として。

 

いや、スマホでなくともそこらへんの石でも何でもいい。とにかくあーちゃんの居場所を見つけ、思いっきりぶん投げてやるのだ。

そして上手く頭にブチ当てて意識を飛ばせられれば、この操り人形状態からも解放されるかもしれない――雑で甘い希望だったが、今はもうそれに縋るしかなかった。

 

 

「……くそっ、なんでぇ……っ!!」

 

 

……でも、幾ら目を見開き、必死に首を振っても、それらしき人影はまるで見つからなかった。

 

木の上にも、草葉の陰にも、岩の後ろや川の中にも、どこにも誰も潜んでいない。

そうする内にトマソンのドアは既にもう目の前に迫っていて、足もピタリと止まっていた。

 

私は左手がドアノブに伸びないよう後ろに回し、服の裾に巻き込み固定するが――それを嘲笑うように、いや、実際に嘲笑を流しながら、ガラケーを掴む右手の方がドアノブに伸びる。

ノブは捻って開ける丸型だったから、まさか塞がってる方の手が行くとは思わず虚を突かれた。

 

 

『到着でぇす!! 早く開けてくださぁぁぁい!! ほら早くー!!』

 

「く、う、ぐぅぅぅ……!」

 

 

慌てて左手を解放し全力で右手を抑えるも、止まらない。

とんでもない力で動き続け、ガラケーを持った状態のまま器用に数本の指を伸ばし、ドアノブを掴んでしまう。

 

そしてゆっくり、ゆっくりと右手が捻られ、回ってゆく――。

 

 

(――開、く……!)

 

 

がちゃりと、ドアに僅かな隙間が出来た。

 

必死に体当たりで押し込もうとしても右手が抑え、何をやっても閉められない。

ドアの向こうは地続きの筈なのに、その隙間から流れる空気には夏の温度も山の匂いも感じなくて、それが酷く怖かった。

 

 

『えひひひひっ! ひひひひひひひひひひひひひひ――』

 

 

無用の扉が開いていく。

胃の底から酷い冷たさと震えが昇り、耳の中ではあーちゃんの嘲笑だけが跳ね回っていて、そして、

 

 

「――?」

 

 

視界の中で、何かが揺れた。

 

右手の下方。ガラケーの尻の辺りでぶらぶらと揺れる、小さな影。

『案内』とだけ書かれた、御利益不明のボロボロのお守りストラップ――。

 

 

「――――」

 

 

――『一発は一発で~す』

 

耳に跳ねまわる嘲笑の中に、少し前に聞いたその一言が浮かんだ瞬間。

反射的に左手が動き、そのお守りを力の限り握り潰していた。

 

 

『ひ、ギッ――!?』

 

 

嘲笑が止まり、奇妙な悲鳴が轟いた。

 

同時に右手と足の自由が戻り、全身をとてつもない疲労感が包み込む。

膝が折れかけ、腰が沈み、しかしどうにか堪えて踏ん張って――開きかけのドアへと思い切りぶつかり、押し閉じた。

 

――バタン!

 

 

「――……、――……、――……」

 

 

ドアノブから手を離す。一歩二歩と下がり、乱れる息を押し殺して様子を窺った。

しかしドアには向こう側から叩かれる様子も、ドアノブがくるくる回る様子も無く。

 

……何も、起きない。

そう確信し、私は深く澱んだ息を吐き――じろりと、左手の中のお守りを睨めつけた。そこから繋がるガラケーが、ぶらんぶらんと揺れている。

 

 

「……一発は一発かぁ。そうだったなぁ。拾った時、はたいたもんなぁ、私なぁ」

 

『ひ、ぎ……な、んでぇ、バレっ、ぃ、いたい、くるし、』

 

「――そりゃあここならじっくり眺めて楽しめるよなぁ! 特等席だもんなぁ!?」

 

『ぃ、ぐぶッ――!』

 

 

ぶちゅり。

更に力を籠めれば、お守りの中から黒い粘液のようなものが跳ね滲む。

 

――そう、つまりはそういう事。

 

『あーちゃん』は、ガラケーの向こうから喋りかけていた訳じゃ無い。

ガラケーにくっ付いていた『案内』のお守りこそが、本当の『あーちゃん』。これ以上ない程すぐ近くで、私の事を見ていたのだ。

 

普通に喋れて、しかも電話での会話を装ってたもんだから人間の霊能力者だと思い込んでいたけど、とんでもない。

むしろ敢えてそう思わせる振る舞いをする分、よりタチの悪いクソオカルトだったという訳である。ちくしょうが。

 

 

「これまで散々好き放題やりやがって……! 覚悟できてんだろうな、おい……!!」

 

『ぁ、が……や、べでぇ……!』

 

 

道中の恨みのまま更にギチギチ締め上げれば、苦しそうな懇願が電話の口から流れて行く。

 

……もしかすると、電話での会話を擬態していたというより、電話の類と繋がっていなければ喋る事が出来ない性質なのかもしれない。

とはいえ今の私に考察を深める精神的余裕なんてものは無く、その自分勝手な命乞いに更に怒りが増していく。

 

 

「止めてだぁ? あんた私が止めろっつっても止めなかったよなぁ!? えぇ!?」

 

『ごべん、なざいぃぃ……ゆるし、ゆるじでぇ……!』

 

「都合良い事言ってんじゃねーぞ! どうせあんた、これまで何人も同じようにしてんだろうが!!」

 

 

……まだあーちゃんが本性を表していなかった頃、私は彼女にこのガラケーの元の持ち主について聞いていた。

 

おじいちゃんだの次はおばさんだのいっこ前はおにいさんだの、その時はあまり要領を得なかったけど、今ならばなんとなく分かる。

あれはきっと――これまであーちゃんに『案内』された人達の事を言っていた。

 

 

「どんだけのヤツ案内して来た!? そいつらだって絶対止めて助けてって言ってたろ!そんで絶対聞いてねーだろお前!?」

 

『ひぎ、ぎぅぅぅ……!』

 

「ふざけてんなよボロ巾着がよぉ……! このまま握り潰して――」

 

『ひっ、ごめぇっ、ごめ、んなざい! ごめんなさいぃぃぃ……!!』

 

「……ッ……」

 

 

――その絶叫に、ぐちゃぐちゃになって泣き叫ぶ小さな女の子の姿を幻視した。

 

思わずお守りを握る力が緩みかけ、慌てて戻す。

しかしどうにもさっきより握り難くなった気がして、そんな自分に渋面が浮かんだ。

 

 

(こんなの、絶対作った声だろうが……!)

 

 

……これまでコイツにされて来た事や、それによる怒りを忘れた訳じゃない。

だが、その悲痛な叫びが嫌に大きく響いてくる。まるで幼い小人を握り潰そうとしているような気分になり、本来無くて良い筈の罪悪感が胸を刺す。

 

いや、騙されるな。きっとこういうのも狙ってやってるんだから。

色んな意味で薄汚いボロ巾着だと、私は意識して怒りに薪をくべながら、一思いにお守りを握り潰して――。

 

 

『やだぁ……やだぁぁぁぁぁ! 痛いぃぃぃ! いたいぃぃぃぃ!!』

 

「…………」

 

『やめてよぉぉぉ……もうしないからぁぁぁ……ひぐ、いたいよぉ、たすけて、たすけてぇぇぇ……!』

 

「……、……ぐ」

 

 

お守りがひしゃげ、滲む粘液が量を増す。

苦しむあーちゃんの声が小さくなっていき、無意識に噛み締めていた奥歯が鈍く鳴った。

 

 

『ごめんなさい、ひっく、ごめんなさいごめんなさい……ひっ、ゆる、してください。たすけっ、て、ください……!』

 

「……う、うるさい、黙ってろ……!」

 

 

両手で包み、強く、強く潰す。

掌の中で何かが折れていくような、砕けていくような、不思議な感触が悲鳴と共に伝わって、息が詰まる。おなかの底から吐き気が上り……手が、震え、

 

 

『いた、いぃぃ……やだ、ぁぁぁぁ……おね、がい、たずげて……だすげ、てぇ……』

 

「…………ッ」

 

『ぁ、ぉご……だず、ぅぶぇ、てぇ……ご、め……ごめぁ、さいぃ――」

 

 

――たま、おねえさぁん……!

 

 

「――あぁぁぁ、もぉぉぉ……!!」

 

 

ただでさえキツいってのに、そんな風に呼ばれてしまったら色々よぎってしまいもう無理だった。

縺れに縺れた吐息が絞り出され、お守りを握る手からゆるゆると力が抜けていく。

 

 

『ぅ、ぐ、けほっ……ぇ……?』

 

「……っんと、だろうな」

 

『ひ……ぅぁ、な、なに――』

 

「――ほんとに、もうこんな事しないかって聞いてんだ!」

 

 

ガラケー部分を掴み、その尻からぶら下がるお守りを怒鳴りつける。

するとお守りはそうと分かるほどに大きく飛び跳ね、ガラケーの通話口からノイズが走った。

 

 

『し……しま、せん。ひぐ、もう、ひどいこと、しない、からぁ……』

 

「……絶対だぞ。約束しろよ、それが出来なきゃ今度こそ――」

 

『――や、やくそくするぅ! もう、もうあんない、しないぃぃぃ……!』

 

 

見せつけるようゆっくりと手を近付ければ、あーちゃんは大泣きしながらそう誓う。

 

その場逃れの命乞い。しかし少なくとも、その必死さに嘘はなく……私は最後に一度、おなかの底に残る様々なものを溜息に纏めて吐き出した。

 

 

(あーくそ……どうすんだよ、コレ)

 

 

この『あーちゃん』が、これまで何人もの犠牲者を出しているのは間違いないだろう。

今時こんな古いガラケーを使っているのだって、その時代から『案内』を繰り返してきた証拠みたいなもんである。

 

きっと本当は慈悲なんてかけず、一息にグチャッとしてしまうのが一番良いんだ。

そんな事分かってる。分かり切って、いるのだが……。

 

 

『ひぐ、ひっく、うぅぅぅ……』

 

「……はぁ」

 

 

まぁ、とりあえず、まずはインク瓶か『親』に相談か。

ひっくひっくとしゃくり上げるボロ巾着にまた溜息を落としつつ、私は閉じたトマソンのドアに背を向けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――直後。

私の足が勝手に動いて振り向いて、ガラケーを持つ手がドアへと飛びついた。

 

――そのまた直後。

反対の手で、ガラケーのお尻のお守りを強く握った。『ぎゅぅ』私の身体がピタリと止まる。

 

 

「…………」

 

『…………』

 

 

……沈黙。

 

トマソンのドアには再び僅かな隙間が開き、色の無い空気が流れ込んで来る。

しかし私は閉じもせず、ただただ片手の中のお守りを見つめ続けて、

 

 

「……ね、あーちゃん」

 

『…………』

 

「お姉ちゃんに、何か言う事、あるかな?」

 

『……………………』

 

「……………………」

 

『……………………ち』

 

「ち?」

 

『ちが、ちがうくないですかぁ……? お、おねえさんもぉ……本当はドア開けたくってぇ……だからぁ、自然と身体が動いちゃったんじゃないかなぁ、みたいなぁ――』

 

 

ブチィ!

と、ガラケーからお守りを引き千切り。

 

ブゥン!!

と、ドアの隙間からガラケーとお守りをブン投げ入れて。

 

ンバゴォォン!!!

と、ドアに全身全霊ドロップキック。閉まったドアが土台ごと吹き飛び、森の中へと消えてゆく。

 

 

「ふぅー……」

 

 

もう油断しねーと言いました、お姉ちゃんは。

 

そうしてドアの立っていた先を眺めても、投げたガラケーとボロ巾着はどこにも見当たらない。

私はそれにいたく穏やかな心持ちとなり、自由に動く身体で伸びをした。木陰から爽やかな風がさわさわ流れ、その心地よさに目を細める。

 

――あー、スッキリした。

 

 

「……帰っか」

 

 

ひとしきり堪能した後、ぽつりと呟き踵を返す。

 

出来れば落としてしまった小瓶とメモ帳を回収したいところだが、果たして見つかるかどうか。

崖や斜面の道をそのまま戻れば見つけられるかもしれないが、来た道を正確に辿れる自信があるかと言えば……。

 

私は崖の上から山の景色をぼんやり眺め――やがて、山路の案内をスマホに頼んだのであった。

……うーん、アンテナからっぽ。ダメだこりゃ。

 




主人公:壁面の登り降りには自信がある。中一の頃に友達のきょうだいと遊ぶ機会が結構あったため、意外と子供好きのようだ。
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