異女子   作:変わり身

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「小屋」の話

 

 

「あ」

 

「む、タマか」

 

 

八月も後半、そろそろ夏休みの終わりも近い今日この頃。

未だ強い日差しの降り注ぐ街中を歩いていると、バッタリと見知った白目と出くわした。言うまでも無く、髭擦くんである。

 

何やら小さなビニール袋を提げており、買い物帰りのようだった。

私も目的地はあれど特に急いでいる訳では無かったので、自然と足を止めての立ち話モードに移行する。

 

 

「はよー。何か久々な気ぃすんね、顔合わせんの」

 

「そうか? ……いや一緒にキャンプ行ったきりだから、ひと月近くは会ってないのか」

 

 

とはいえスマホでのやり取りはちょいちょいしているので、私も言うほど久しぶりな気はしていない。

けれどこうして見る髭擦くんはまた縦に伸びている気もするし、その顔つきも覚えているそれより若干大人びているようにも見えた。

 

男子三日会わざればなんたらってヤツかね。しらんけど。

 

 

「キャンプといえば、お前主催の方のはどうだったんだ? メッセージでは相当に楽しそうだったが」

 

 

するとキャンプ繋がりで思い出したのか、髭擦くんがそう振って来る。

 

そう、今から数日前まで、私は『親』と足フェチの二人と共に改めてキャンプに行っていた。

ちょっと前にひでぇ目に遭ったばかりなのに……とは自分でも思うが、不参加となってしまった足フェチのガッカリ加減が見ていられなかったのだから仕方ない。あの時に起こった騒動を思うと、参加出来なかった方がむしろ運良いんだけども……。

 

まぁ普段は部活動や大会で休みの日が潰れがちな足フェチである。

一緒に遊ぶいい機会だったのは確かなので、私もキャンプのリベンジと割り切り、半ばヤケクソで満喫して来たのであった。

 

 

「やー、かなり楽しかったわ。山じゃなくて川メインの小さいとこで、水がすげー綺麗でさぁ。耳を澄ますと、遠くで何かの動物がわんわんきゃあきゃあ鳴いてんの」

 

「へぇ、野生動物の多い所か」

 

「んで前回の教訓か何か知らんけど、お客さんが『親』でほとんど埋まっててほぼ貸し切り状態。おかげで足フェチが変な事して来ても沈め放題だったよ」

 

「……まぁ、お前らが楽しかったのなら何も言わんが」

 

 

髭擦くんから何とも言えない表情が向けられるが、楽しかったのは本当である。

 

他の客の大多数が『親』だと言っても、干渉してくるのは二山の身体だけであり、それ以外の身体は各々の人格のまま振る舞っていた。居心地の悪さは多少あったものの、遊んでいればすぐに忘れる程度のもの。

 

何より、キャンプ中全くオカルトと遭遇しなかったのがすんごく良かった。

おそらく……というか確実に『親』が色々と動いてくれていたのだろうが、とても平和な数日間であった。これは素直にありがとうである。

 

 

「どうせならあんたも来りゃよかったのにさー。用事ってんならしゃーないけど」

 

「正直なところ、今回は残ってて正解だったがな……。とはいえ行けなくて残念だったのは本当だから、また次の機会があったら誘ってくれ」

 

「ん。……や、てか何があったん」

 

 

苦笑を落とす髭擦くんに思わず突っ込めば、彼は何かを迷うように小さく唸り、やがてもごもごしながら語り出す。

 

 

「何というか……ちょっと家に空き巣が入って、まぁ、あれだ、色々とゴタゴタしてたんだ」

 

「いやちょっとどころか大事件じゃねーか。だ、大丈夫だったの……?」

 

「とりあえずはどうにか()()()()()()()()んだが、家が少し荒らされてな……それで、ほら」

 

 

その妙な言い回しに少しだけ引っ掛かったものの、尋ねるより先に髭擦くんの下げていたビニール袋が持ち上げられる。

中を覗けば、そこには接着剤やらパテやらネジやら、補修のための道具が様々詰まっていた。

 

「……え、自分で修理してるって事? 窓ガラス割られたとかの酷い感じじゃないんだ」

 

「酷い部分もあったが、ほとんどは業者の人を呼んで修理済みだ。ただ……吹っ飛ばされたドア一枚だけ、俺が修理する事にした」

 

「なんで?」

 

 

普通に業者さんに全部直して貰ったら良かったのに。

怪訝に首を傾げれば、何故か気恥ずかしそうに目を逸らし、

 

 

「まぁ……少しな。それに、何だ、宿題にも使えるだろ?」

 

「宿題?」

 

「自由研究だ。壊れた扉を修理する記録とか、中々面白いと思うが」

 

 

……私達が学校から出されている夏休みの宿題は、各教科の問題集だけではない。

生徒達それぞれが好きな題材を研究し、何某かの形に纏めるというめんどくせー課題があるのだ。朝顔の観察とかするアレである。

 

まぁ研究とはいえ単に模型の工作だけでも通るため、確かに壊れた物の修理でも余裕で許される事だろう。たぶん。

 

 

「自由研究となると、小学生の頃からずっと趣味がてらに作った彫刻を出してるんだが……たまには違うものにするのもいいだろう。扉が壊れるなんて機会も早々無いしな、うむ」

 

「……意外と渋い趣味してんのな」

 

 

明らかに後付けの理由だが、まぁ空き巣事件ってんだしなんか思う所でもあったんだろう。しつこく深掘りするのも悪い気がして、そっとしておく事にした。

すると髭擦くんはあからさまにホッとして、小さな溜息をひとつ。首筋を摩りながらこっちを向いた。

 

 

「あー……自由研究、お前の方はどうなんだ? どうせまだ何も手を付けてないんだろ?」

 

「決めつけんなや。いややってないけど、これからやるつもりなんだっつーの!」

 

 

せっかく慮ってやったのに失敬なヤツである。

私はぷりぷり憤慨しつつ、髭擦くんの後ろに見える高い看板を指さした。

 

それはとあるホームセンターの看板で、おそらくついさっき髭擦くんも利用した店。そしてそこは、私が朝から決めていた目的地でもあった。

 

 

「――あんたと同じく工作だよ。小屋、作ろうと思ってんだ」

 

「……こや?」

 

 

髭擦くんがぱちくりと瞬いたのと一緒に、どこか遠くで何かの鳴き声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

朝早くに目が覚めた時から、なんだか小屋を作りたい気分だった。

 

どんな気分だと言われれば返す言葉も無いのだが、実際そうとしか言えない気分だったのだから仕方ない。

楽しかったキャンプの気分をまだ引きずっているのだろうか。とにかくやたらめったら木の小屋を建てたくて仕方なく、それならばとまだ手付かずだった自由研究の名目でやってみようと思い立った訳である。

 

 

「――よし、と」

 

 

カランカランと音を立て、無駄に広いウチの庭の一角に幾つもの木材が無造作に転がった。

 

太さ大きさ、長さ細さ平べったさの様々な木の板や棒の山。

髭擦くんと別れた後に向かったホームセンターで仕入れた、小屋の材料達である。

 

事前調査も何も無い完全な思い付き行動だったから、どれがどのくらい必要なのかも分からず、とりあえずフィーリングで適当に選んだのだが……まぁこんだけあれば足りるだろう。人用じゃなく、犬小屋とか鳥小屋とかのアレだしな。

 

一緒に買った釘やトンカチ、ペンキやノコギリなども近くに置き、木材を一つ一つチェックしながら並べ直していく。

 

 

「……何の騒ぎだ、これは」

 

 

するとその物音を聞きつけたのか、家から『親』が顔を出した。

『親』は地面に並んだ工作材料に無表情のまま首を傾げ、続いて私に目を向ける。

 

 

「……何か、作るのか? どうも本格的な雰囲気のようだが……」

 

「んー、自由研究のヤツ。小屋でも作ろっかなって思ってさ」

 

「小屋……? 何故、突然そんな――、っ」

 

「わっ」

 

 

そこまで言って、『親』は突として背後を振り向いた。

 

その唐突さに私も思わずビクッとなり、続いてその方向を窺ったものの……そこには並ぶ木々の他には何も無く。ただ、どこかで聞いた何かの鳴き声が遠く響くだけだった。

 

 

「な、何だよいきなり。驚かせんなよ……」

 

「いや……」

 

 

私の文句に『親』は歯切れ悪く返すと、ゆっくりと私に目を戻す。

そして暫く思案するように黙り込んだかと思うと、やがて家の方向へと顎をしゃくった。

 

 

「……細かい事はさておくが、どうせならこんな直射日光の下ではなく、もう少し家に近い場所でやりなさい。その方が都度の不便も少ないだろう」

 

「えー? ……まぁ、それもそうか」

 

 

確かに、他に道具が必要になった場合、家から持って来る事になるかもしれないしな。

その度に一々離れた場所を行き来するのもかったるい。納得した私は渋々と道具と木材を移動させ、リビングのすぐ横あたりへと陣取った。

 

ここなら二階から突き出たバルコニー部分から日陰も落ちているし、日光がどうのと文句もなかろう。

そう思い改めて作業に取り掛ろうとしたが、しかし『親』は一向に離れようとせず、じろじろとこちらを観察し続けて来る。何だよ。

 

 

「……こんな大量の木材、一人で買って来たのか? 言えば車で……」

 

「楽勝で運んで来れてんだから、いいじゃん別に。つーかいつまで見てんだよ、ほっとけ」

 

「お前は特に工作が得意な訳では無いだろう。監督役は必要だ」

 

「うぜー……」

 

 

こうなればもうどう文句を付けてもグダグダ言って動くまい。私はうんざりと呻きつつ、手近な木材とノコギリを手に取った。

 

 

「……寸法も何も引かずに切るのか? 流石にそれでは……」

 

「大丈夫だってーの。分かってるから」

 

「…………」

 

 

物言いたげに黙り込む『親』を横目に、土台に噛ませた木材に刃を入れる。

 

……本当は『親』の言う通り、寸法を測ったり下線を引いたりとか色々な下準備が必要なんだろう。

でもどうしてか、そんなものが無くてもどうにでもなる気がしていた。頭には作るべきものの完成図がくっきりと浮かんでいて、淀みなく手が動くのだ。

 

そして技術は無いが、膂力はたっぷりとある私である。硬い木材もまるでペーパーナイフで紙を削ぎ切るかの如く、ザクザク裁断されてゆく。

 

 

「……何故、小屋を作るなどという事になった。自由研究の工作ならば、他にも手頃なものがあるだろう」

 

「んー? まぁ、何となく? 前のキャンプ楽しかったし、それもあるんじゃね」

 

「キャンプ……そうか、そう言ってくれるのであれば、我々も嬉しくは思うが……」

 

 

次に壁部分となる板に大小様々な穴を開け、長時間居ても苦しくないよう逃がし窓を作る。

 

当たり前だが電動工具なんて小洒落たもんは持ってないので、ノミとトンカチでの力尽くだ。

通常、素人がそんな事をしてもちゃんとした穴は開けられないし、むしろ板が割れたり何だりとロクな事にはならないだろう。しかしさっきと同様、どうしてかスムーズに事は進んだ。

 

ノミの刃は板にヒビ割れを作る事なくスッと抜け、ほぼほぼ真円に近い穴が量産される。

何度ノミを打ち込んでも全くミスらず、穴同士を繋げてしまう事も無い。そうして出来上がった穴あきの壁は、元々そういう売り物だったかのような綺麗な仕上がりとなっていた。

 

 

「……それは、壁か。そのような穴を開ける必要があるのか?」

 

「や、詰まった肉のびを出すとこ無いと窮屈だろ。てか凄くないこれ、私めっちゃ大工の才能あるじゃん」

 

「……そう、だな。器用な、ものだ……」

 

 

奥歯に物が挟まったような『親』の様子に少しの疑問を抱いたが、その時丁度また何かの鳴き声が遠くで響いた。

 

……少し、近くなっている。私は新しく木材を引き寄せ、強くノミを突き立てた

 

 

「それは……出入口か? 何故、端に幾つもの溝を入れる」

 

「その方が開けやすいだろ。指多いんだから」

 

 

そうして出入口の加工が終われば、今度は床板だ。

裏面から長い釘を繰り返し打ち付け、床一面から飛び出るようにするのだ。

 

その際、一回の打ち付けで釘の頭まで埋まり込んでしまい、その勢いのまま板を思いっきり叩いてしまった。

幸い板にヒビは入っていないようでホッとしたものの、以降は慎重にコンコンと続けた。

 

 

「……何故、そんな事をする。それでは、何も入る事など」

 

「これでとってきたヤツ引っかけんだよ。細やかな気遣いが分からんかね」

 

「…………」

 

 

よく分からん茶々を入れて来る『親』を適当にあしらい、いよいよ組み立てに移る。

 

これまで加工した木材を接着剤と釘でくっつけて、小屋の形に組み上げて行く。

トンカチの力加減はもうカンペキだ。特に手こずる事も無くトンテンカンと作業は進み、あっという間に八割完成。あと残るのは屋根とペンキだけだ。

 

大きめの本棚程の、縦に細長い小屋。

その内側、剣山のようにずらりと並ぶ鋭い釘の群れを覗き込みながら、私は屋根のパーツに手を伸ばし――そこで三度、鳴き声が聞こえた。

 

わぁん、わぁん。きゃあ、きゃあ。

もう、かなり近い。

 

 

「……先程から、何の鳴き声だろうか」

 

「…………」

 

 

中心部に穴を開けた薄い板の四隅に木の棒を立て、それぞれ釘を打ち付け固定する。

それは屋根というより、穴の開いたテーブルを逆さにしたようでもあったが、屋根だ。落とすための穴と、巻き付き潜むための棒が四つある、極々普通な屋根の形。

 

それを小屋の上へと接着し、少し下がって俯瞰する。

 

指の数だけ溝が付いた入口に、引っかけるための釘が突き出す床。

苦しくないように真円が開いた壁と、過ごしやすい四本柱の屋根。他色々。

 

頭にある完成図とそっくりそのまま、木材や釘の余りも無し。ヤバいな、本格的に大工の天才だぞ私。

 

 

「……小屋、か。これが……?」

 

「それ以外の何に見えるんだよ。さて、ペンキペンキ……」

 

 

そして最後の仕上げとして、赤いペンキで私の匂いとお招きの目印を付ければ完成だ。

 

遠くに置いていたペンキの缶を小屋の横に運び、パカッと開封。

途端つんとしたシンナー臭が鼻を突き、思わずうっと顔を背けた。

 

 

「思ったよりくっせー……こりゃちょっと量ないとダメかぁ」

 

「…………」

 

 

この臭いの強さでは、一滴二滴混ぜるだけじゃ私の匂いは付かないだろう。

うーん、どこにしたもんか。片手のノミでこめかみをかりかり削りつつ、暫く悩み――やがて溜息を落とし、ノミからノコギリに持ち替えた。

 

――そして開いた唇から舌を伸ばし、ギザギザの刃の上にそっと乗せる。

 

 

(たぶん本当はおなかとか、その下とかが良いんだろうけど、流石にダメになるしなぁ。だったら、やっぱここがギリギリだよな)

 

 

たくさん出るし、唾も混じるし、私の匂いという意味では合格だろう。

 

これから美味しいものを食べても楽しくなくなるかもしれないが、まぁそこは仕方が無いと諦める。

私は大好きな揚げ物の味を思い出しながらも、躊躇なく、力の限り刃を引いて――。

 

 

「ひとつ、良いだろうか」

 

 

その寸前、『親』から声をかけられた。

 

……このまま刃を引き切ったら、暫くはまともに喋れなくなる。

しゃーねーな。引きかけたノコギリを一旦止めて、今のうちに『親』に答えてやる事にした。

 

 

「……あんらよ(なんだよ)れみりかにひろよ(手短にしろよ)

 

「ああ……すぐに、済む」

 

 

『親』はいつもの無表情で小屋を指さす。

一方で、どこか硬さの感じる声音でぽつりと一言。

 

 

「――これは、何小屋だ?」

 

 

…………?

言っている意味が分からず、目が泳ぐ。

 

 

「……ええろ(ええと)らんろはらひ(何の話)?」

 

「犬が入れば、それは犬小屋。鳥が入れば、それは鳥小屋。で、あるのなら――この小屋には何が入り、そして何小屋と呼ぶべきなのか」

 

「はぁ? ほんらろ(そんなの)――……、…………」

 

 

何言ってんだコイツ。

呆れた私はノコギリを咥えたまま、それはもう大きな溜息を吐き出して……、

 

 

「……んあ?」

 

 

分かり切っていた筈のその答えが、すぐに出て来なかった。

 

……ええと、あれ。何小屋……だったっけ。

 

何故か頭の芯のようなものがぐらりと揺らいだ気がして、ノコギリを持つ手が僅かに震えた。

舌の裏に微かな痛みがぴりと走り、鉄錆の香りがほんのり漂う。

 

 

「っ……ゆっくりで、いい。ゆっくりと考え、纏めなさい」

 

「ん……」

 

 

ぎこちなさを感じるような『親』の声に、ゆるゆると小屋を見る。

 

溝の付いた出入口、穴や釘だらけの壁床に、柱の屋根。

そうだ、決まってるじゃないか。こんな小屋に入って、そして住む事が出来るのは…………出来る、のは…………。

 

 

(あ、あれぇ……? 何か……いや、何だ、これ……)

 

 

分からない。

思い出せない。

しっくり来ない。

 

何かの鳴き声が、頭にやたらと煩く響いている。思考が散らされ、纏まらない。

 

 

「……う……ぅ?」

 

 

わぁん、わぁん。

きゃあ、きゃあ。

 

わぁぁん、わぁぁぁぁん。

きゃあああ、きゃああああ。

 

……犬とも鶏ともつかず、さりとて他の動物とも思えないような、妙な鳴き声。

それはいつしか、すぐ近くに並ぶ木々の裏側から聞こえるようになっていた。

 

――そこまで、来ている。

 

 

「……よく、見なさい。この小屋は、何のために作った? 何を入れたくて、この形にした……?」

 

「…………、…………」

 

 

耳の中でわんわんと跳ね回る鳴き声に、もはや霞み始めた意識の中、私はただただ小屋を見つめ続ける。

 

多くの溝。

一面の釘。

穴だらけ。

変な屋根。

 

 

(……こんな形の小屋に、入るもの。入れたかった、もの……?)

 

 

……わあん。

きゃああ。   わああん。

きゃあああああああ。  わああああん。

きゃああああ。         わあああああん。

       わああああああああん。 

きゃあ。              きゃあああああ。

            わあああん。

   きゃあああああああああ。   わあああん。 

わあああああああああん。

        わああああああああん。

              わあああああああああああ――。 

 

 

「――いや、何が入んだ、これ」

 

 

――呟いた瞬間。ぴたりと鳴き声が収まった。

 

霞みがかった頭が晴れる。

手から力がふっと抜け、咥えるノコギリが血と唾液の糸を引きながら落ちて行き――。

 

――轟音。

 

 

「っきゃあ!?」

 

 

突然、目前の小屋を何か大きなものが圧し潰した。

 

反射的に飛び退ってしまったが、よく見ればそれはキングサイズのソファのようだった。

いや、よく見ればというか、ウチの客間のひとつに置かれている高いヤツ――そこでハッとして上を見上げると、二階のバルコニー部分に幾人もの『親』が立っていた。

どうやら、あそこからアイツらが落っことしたらしい。

 

 

「な、んな、なぁっ……!?」

 

「――ああ、しまった。事故で小屋が壊れてしまった」

 

 

何もかも訳が分からず混乱する私を置いて、『親』は白々しく頭を振って、とある一点に目を向ける。

私も半ば反射的にそれを追い、『親』の視線の先へと目をやって――そこに視えたものにまた飛び退いた。

 

 

「っ……!?」

 

 

――庭に並んだ木々の群れ。その内の一本の裏から、三本の腕が伸びていた。

 

それは不気味な程に長く、毛むくじゃらで、それぞれが五本の指に加え、甲から手首の裏にかけて幾本もの指を持っていた。

胴や頭、下半身は完全に木の裏に潜み、何の動物かすらも分からない。ただ三本の腕だけが姿を現し、隠れる木の皮を掻いている。

 

その様子からは嘆きと口惜しさがありありと伝わり、私の肌が総毛立つ。

 

 

「お、おい……なんだよ、アレ……!」

 

「…………」

 

 

慌てて『親』に詰め寄るも言葉は返らず、その無表情で三本腕を睨み続けてる。

そうして誰の声も無い、ただ冷たいだけの時間が流れ――。

 

    ……わぁん……。

 

そんな、酷く消沈した鳴き声を最後に、三本腕が木の裏に引っ込んだ。

それと同時に冷たい空気も綺麗さっぱり掻き消えて、元の夏の暑さを取り戻す。

 

数秒、数十秒、或いは数分。

幾ら待っても動くものは何も無く、あの鳴き声も響かない。

 

……居なく、なった?

 

 

「……は、え……えぇ……?」

 

 

……意味が。

意味が、分からない。

 

私は頭を抱えて蹲り、舌裏からの鉄錆の香りをごくりと呑み込む。

その際走った小さな痛みに、さっきまでの自分の異常行動をハッキリ自覚し、今更ながらに血の気が引く。

 

 

(何だよ、あの気持ち悪い小屋……!?)

 

 

頭がおかしい。小屋じゃねーよあんなの。何作ってんだよ。

というかそれよりなんで迷いなく舌切り飛ばそうとしてんだよ……!

 

おなかの底が冷たくなって、酷い吐き気が喉まで上った。

 

 

「ぅ、おぇ……な、なんなんだよぉ……何で、私、あんな……!」

 

「……見初められていたのだろう」

 

 

そうして口元を抑えて呻いていると、ぽつりとそんな声が落ちる。

顔を上げれば、『親』の無表情がソファの下でバラバラになった小屋を眺めていた。

 

 

「おそらく、先のキャンプ場だ。そこに居た何かが、お前を気に入ったのではないか」

 

「……は、はぁ……?」

 

「……とはいえ、そんなお前に住処として飼い小屋を作らせ、削がせた血肉で導を作らせ招かれようとするあたり、純からは相当離れた情と見えるが。自ら飼われる身へと収まり、愛玩動物のように世話でもされたかったのか? ……倒錯している」

 

 

『親』にして珍しく、言葉の端々に怒りと嫌悪が垣間見えた。

とはいえ今の私にそれを気にする精神的な余裕は無く、言葉も聞いた端から右から左へ抜けてゆく

 

 

「ええと……つまり、オカルトのせいで、私朝からずっとおかしかったって事……?」

 

「正確には、キャンプから帰った後からだろう。……我々が気付かなかっただけで、何か予兆のようなものが続いていたのではないか」

 

 

……確かに今思えば、数日前家に帰ってから、ずっと何かの鳴き声が遠くから聞こえていた気がしなくもない。

 

いやでも分かんねーよそんなん。動物の声なんて聞き慣れてんだから私さぁ。

ぐったりと背中から地面に倒れ込み、四肢を投げ出す。そのまま目を閉じ耳を澄ませてみるも、もう鳴き声は聞こえない。

 

 

「……あの、もう、完全に居なくなったん。アレ」

 

「結局、招かれないままに住処予定の小屋が壊れたのだ。棲み付く事が出来ないのであれば、帰るしか無いだろう」

 

「帰るって……キャンプ場に……?」

 

 

寝転がったまま恐る恐ると問いかければ、『親』は厳かに頷いた。

……すまん髭擦くん。今この瞬間、次のキャンプの予定は見通し付かなくなりました。

 

 

「……あー……」

 

 

アレが居なくなったと確信した瞬間、気が抜けた。

大きく溜息を吐き出し、地面に背中を押し付ける。

 

そうして、何をするでもなく強い日差しにじりじりと炙られているうち、やがて吐き気も収まって……なんとなく、潰れた小屋へと目が向いた。

 

 

「うーん……自由研究、パァだなこれ」

 

「…………」

 

 

なんとなく、『親』の無表情に気まずさが混じった気がした。

 

とはいえそのおかげで助かった以上、お礼を言う事はあれど責めるつもりは毛頭無い。

気になるものはそれではなく……小屋を潰したソファの方。

 

 

「……ねぇ。このソファってさ、完全にぶっ壊れてる?」

 

「……、……カバーやクッションは破れているが、骨組み自体はそれほど歪んではいない。見た目ほど酷い壊れ方では無いように見えるが」

 

「ふーん……じゃあ、こっちにしよ」

 

「?」

 

 

浮かんだのは、朝にした髭擦くんとの一幕。

 

首を傾げる『親』を後目に、勢いを付けて地面から跳ね起きる。

そして尻の汚れをパンパン叩き落としつつ、転がったソファを引き起こしに向かい……ふと立ち止まり、振り返った。

 

 

「……ソファの修理の仕方、知ってる?」

 

「! ……ああ」

 

 

――それだけで、何を言いたいのかが分かったらしい。

 

『親』は一度瞬いた後、気持ち強めに頷き一つ。

いつも通りにうるさい小言をBGMに、今度は二人で自由研究に取り掛かったのであった。

 

 

 

 

……なお、そうして修繕されたソファはガタガタで、元の高級感がどこかに消えた見窄らしいものとなっていた。

どうやら、あると思った大工の才能は儚い幻だったようである。くそぅ。

 




主人公:何だかんだ工作に興味が湧いたようで、今後ちょくちょくホームセンターに出没するようになった。

髭擦くん:きちんと修理し、元の場所へと嵌め直した扉を自分の手で閉めた後、暫くの間その場に佇んでいたようだ。

『親』:修繕したソファは客間から御魂雲としての私室に移動させ、とても大切に扱っているらしい。


本作も今日で二周年。
今後もまったり続けて行きたいと思いますので、お付き合い頂けると嬉しいです。

それと遅ればせながら、柿乃藻屑様より支援絵を頂きました。
https://img.syosetu.org/img/user/v2/7987/128/210585.jpg
感想欄でもお伝えしましたが本当に嬉しかったです。宝物にさせて頂きます。へへへ。
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