異女子   作:変わり身

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「怪談」の話(上)

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九月まで残り数日。

間もなく終わる夏休みを惜しむ多くの学生が溜息を漏らし、そして終わっていない宿題を前にして絶望のラストスパートをかける時期である。

 

私も少し前まではその一人ではあった。

八月末日。あまり進んでいない問題集。手付かずの自由研究……。

溜息の理由こそ長期休みが終わる事への安堵感であったものの、溜めに溜めてしまった宿題には毎年泣きを見たものだった。

 

私としてはサボっているつもりは無いのだけれど、やっぱり『親』――『うちの人』の居る自宅を嫌って毎日のように出歩き回っていたのが痛かった。

 

まず単純に机に向かう時間が減るし、我慢して引き籠ったとしてもクソ悪い空気の中じゃ集中なんて出来やしない。

すると必然的に図書館や喫茶店といった落ち着ける場所に赴く事になるのだが……そこに一つでも無表情を見つければその時点で撤退だ。当然、宿題もやりかけのままずるずると引きずっていく事となる。

 

そして最終的には自然の中、山とか森で問題集を広げる事になるのだが、まぁ進みが良い筈も無く。

そうして毎年問題集も自由研究も多くが未完成のままの提出となり、教師に叱られてからの補習コースに乗るのが常だった。

 

そうならなかったのは、アイツに――あの子に泣きつけた、去年だけ。

 

 

「…………」

 

 

……休みが始まった直後。

新品の問題集を手にした私は、また小学校時代に逆戻りかなぁなんて、ぼんやりとそんな風にも思っていた――のだ、が。

 

 

 

 

(……いやー、終わっちゃったよなー)

 

 

その一か月後。

私のもとには最後のページまで埋まった問題集と、きっちり完成させた自由研究記録があった。

 

そう、なんと間に合わないどころか、夏休み終了数日前にしてほとんどの宿題が片付いてしまったのである。うそだろ。

 

あと絵日記だけ残っているものの、未来の事は埋められないので現状実質コンプリートしていると言って良い。

イザとなったら髭擦くんや『親』はもとより、最悪足フェチや黒髪女にだって泣きつく覚悟はしていたのだが、全く持って必要なかった。

 

はてさて一体どうしてこんなに捗った――なんて、そんなの首を傾げるまでもない。

 

 

(家、まぁまぁ居られるようになっちゃったもんなぁ……)

 

 

前々から、何となくそう感じてはいた。

だが、まぁ……やっぱり夏休みの初っ端にあった、キャンプでのアレコレが大きかったんだろうとは思う。

 

なんかアレ以降、家の空気がだいぶ――いいや、ちょっとだけ、ほんとちょっぴりだけ軽くなったような気がするのだ。

 

家に居てもそんなにイライラしなくなったし、机に向かっても長い事腰を据えられるようになった。

それに今回の自由研究なんて『親』と一緒に取り組んじゃったりして、以前からは考えられない環境である。

 

正直、私としては去年の特別さが薄れるようで、色々もにょる部分も無くはないのだが……まぁ、余裕をもって宿題が終わらせられたというのは、素直に解放感だ。

何のプレッシャーも無く過ごす夏休み終わりなんて初めてだぞ、私。

 

今の時期、これまでは『うちの人』の居ない場所を探して街中を走り回っていたものだが、そんな事をする必要だって無い。

むしろ逆にのんびり散歩してたっていい――というか、実際今まさにそうしている最中であった。

 

 

「はー、楽ー……」

 

 

ぽへー、と一息。

 

特に目的といったものも無く、ただ当てどなく街をぶらぶら。

いつもやっている事と言えばその通りなのだが……今日は優越感というかなんというか、どうにも息のしやすさが段違いだった。頭いいヤツっていつもこんな空気吸ってんのかな。

 

そんな訳で、今日の私は朝早くから足の向くまま気の向くまま。

おらおら宿題終わったマンのお通りじゃー、なんてアホな鼻歌だってうたいつつ、のたりまったり気楽な時間を満喫していて――。

 

 

「――おのれぇ……ッ!! ペテンのカスどもが雁首揃えて大きな顔を……ッ!!」

 

(うわ)

 

 

で、何か変なのを見つけてしまった。

 

街中、駅前近くの繁華街。

その一角に設置された掲示板の前で、何やらどっかで見たような男が奇行を見せていた。

 

奇妙な男だった。

こんな暑い日だってのに真っ黒なタートルネックを着ていて、そのくせ汗の一つもかいていない。

そして、そんな涼しげな顔には濃いメイクが施され、頬と唇にひかれた鮮やかな青いルージュがよく目立つ。

 

そんな妙ちきりんな出で立ちの一方、どこか超然とした雰囲気を纏っているその男は、しかしそんな雰囲気ぶち壊しで掲示板に嚙り付き、よく分からん怨嗟の声を上げている。

 

――センシティヴ(くに)

未来予知じみた力を持ち、かつてその予言で私の命を救ってくれた怪……個性的な人。

自称なんたらカウンセラーで、うんたらレコードがどうのこうのの銭ゲバがそこに居た。

 

 

(なんでこんなとこに湧いてんだよ……)

 

 

いや、分かっているのだ。コイツは間違いなく私の恩人で、感謝こそすれ嫌な風に考えるのは恩知らずも甚だしいってのは。

 

でも、それとこれとは話が別だと思いませんか……?

仲良くしたいと、親しくなりたい尊敬したいと、そう思える枠の中にあると思いますか、この歯茎剥き出し青ルージュが。

 

少なくとも、私としてはもう関わり合いになるのは勘弁願いたかった。私の居ない所で元気にやっとけ。

だからコイツの相談室がある廃屋には決して近寄らず、遭遇しないよう日頃注意をしていたのに、まさかこんな所で見かけるハメになろうとは。

 

 

(調子乗っていつも行かんとこまで足延ばすから……!)

 

 

とはいえ、向こうはまだこちらに気付いていない。

いや、予知のアレがあるから正直断定は出来ないが、あっちから絡んで来ないのだからたぶんそう。

 

つまり逃げるなら今の内。私はそろりそろりと、気取られないようまず物陰へと移動して……その寸前、センシティヴ邦が何やらごそごそやり始めたのが目に入る。

彼はそれまでの激しく歯茎を剥きだした表情から一転、全ての感情を消した凪のような顔となり――腰元からギラリと輝く刃物を引き抜き、

 

 

「――(おり)、か」

 

「待て待て待て待て待て待て待て待て」

 

 

幾ら関わり合いになりたくないとは言っても、これは流石にダメでしょうよ。

何をする気かは分からんが、あからさまに物騒な雰囲気出し始めた彼の姿に、私は慌てて止めに走ったのであった。

 

 

 

 

 

 

「――疑問、という概念は本来私のステージにおいては無意味極まりないものだ。しかし小娘、貴様の彩度は未だにしてそれが必要な段階であると見たが故、ここは敢えて発してやろう――何をする」

 

「一言で終わるもんを無駄に引き伸ばしやがって……!」

 

 

数分後。

センシティヴ邦は私に刃物――たぶん短ドスってヤツ――をひったくられ、地べたに転がった姿勢のままじろりとこちらをねめつけた。ようそんな目できんなお前な。

 

 

「私は貴様の学業が芳しくない事を識っている。しかしなるほど、挨拶と強盗の違いがつかぬ程とは及ばなかった。私のステージもまだ雲の外には遠いらしい」

 

「こ、この野郎……いや、つーか止めるに決まってんだろ! こんなヤクザみたいな刃物出してどうしようってんだよ、あんまバカな事してんな――」

 

「――口を慎めェいッ!!」

 

「ひぇ」

 

 

センシティヴ邦が予兆無く激高した。

 

そしてやたらとダイナミックな動きで跳ね起きると、これまた珍妙なポーズを付けて、件の掲示板へ空気を裂くような勢いで指を差す。正確には、そこに張られたポスターの一枚を。

 

 

「なァにがバカな事だと!? 見ろッ! これだ! これを嘲笑うのか貴様はッ!! ええッ!?」 

 

「え、えぇ……? なんだってんだよそんな……えっと――」

 

 

その勢いに圧されポスターを見てみれば、どうもオカルト系イベントの告知のようだった。

 

開催日時は今日、場所は駅前近くの複合ビル。

都市伝説や怪談に強い芸能人や動画配信者を集め、それぞれの語るオカルト話を楽しむ多人数型トークショーという趣らしい。

 

『この夏最後のコワイハナシ!! 異界! 奇界! 裏世界!』……そんな如何にもなキャッチコピーが出演者と思しき連中と一緒に躍っていて、思わずげっそりイヤな顔――と、

 

 

「……ん? んんんんん……!?」

 

 

……なんか、並ぶ出演者の中に、見覚えのある顔があった。

 

それなりに整った神経質そうな顔立ちに、やたらとゴツい丸眼鏡。

ポスターだというのにその表情には愛想の欠片も無く、ご機嫌で映っている他の出演者達と比べて悪い意味で浮いている。

 

――言うまでも無く、インク瓶のご尊顔である。何やってんだアイツ。

 

 

「は……はっ? え、何、なんで……!?」

 

「そしてこっちだッ! この隅ッ! 『裏世界!』の『界!』の影ッ!!」

 

「す、隅……?」

 

 

呆然としつつもその声に従い、今度はポスターの右隅、キャッチコピーの影へと目を向ける。

 

するとそこには――小さく、ものすごく小さなサイズでポーズを決めているセンシティヴ邦の姿があった。

そして同じく申し訳程度に『A・C(アセンション・カウンセラー)、センシティ()()も登場!』と添えられているが……肩書は略されてるわ名前も微妙に間違えられてるわで、完全におまけ臭が漂っている。つーかお前も出演者なんかい。

 

 

「何故! 何ァ故こんなペテンどもがこんなにも厚かましく!! 真実のサイキッカーたる私がこんな端に追いやられている!? 意味が分からんッッッ!!」

 

「ぎ、疑問って概念は無意味なんじゃなかったん……?」

 

「貴様は一歩踏み出すごとに魂を血に繋ぐのか!? 繋がんだろうッ!? アカシックレコードは便利な天気予報では無いのだぞ小娘がァッ!!!」

 

「ひーん」

 

 

もうなんもかんも意味分かんないよぅ。

 

 

「何よりも許せんのはこの男だ! 黒く澱んだッ、腐った墨のッ、彩度なしッ……!!」

 

「……えっ、し、知ってんの……? インク瓶……」

 

 

すると再びポスターに嚙り付き、インク瓶の顔部分を連打しながらそんな事を呟き始めた。

思わずおずおずと問いかければ、怨嗟に満ちた視線がぎょろりと返る。ひー。

 

 

「相も変わらず不愉快な通り名だ、あの腐れ墨壺がァ……! 彩度無き魂でありながら、何を良い気になっている……!」

 

 

二人がどういう関係かはサッパリだったが、思いっきり歯茎を剥いてキーキー唸る尋常じゃない様子から、相当に仲の悪い間柄である事は察せられた。

……正直、その散々な言いようにはムッとしなくもなかったが、ここまで見苦しくされると苛立ちより憐みが勝るというかなんというか。

 

つーか悪目立ちしてジロジロ集まってくる衆目でそれどころじゃねぇ。そうだよ刃物持ってんだよ私。

今更ながら通報される危険性に気が付き、慌てて短ドスを懐の影に隠そうと身を丸め――はた、と私の手に短ドスが握られていない事に気が付いた。

 

 

「あ、あれ? どこに――」

 

「――貴様の注意が逸らされる機を私は識った」

 

 

唐突に平坦さを取り戻した声音にハッと振り向けば、キザッたらしいポーズを決めたセンシティヴ邦の手に、さっきまで私が持っていた筈の短ドスが握られていた。は?

 

「えっ、おま、いつの間に……!?」

 

「セエェェェンシティヴァッ!!」

 

 

そして怪鳥のように嘶いたかと思うと、目にも止まらぬ速さで短ドスを振り回しポスターをズタズタに切り裂いた。

 

いやもう明らかに通報案件だったが、周りからは呑気な歓声などが上がっている。

どうも真っ白な美少女と奇っ怪なメイクの怪人の組み合わせが非日常すぎて、撮影か何かと思われているらしい。さもありなん。

 

 

「フーッ、フーッ……啓蒙するッ!!」

 

「……はい?」

 

「どいつもこいつも彩度が低いッ!! ペテン及び腐れ墨壺こそが隅であり! 真実たる私こそが芯! そうでなくしてこの次元は成り立たんッ!!」

 

 

たかがポスターで目立てなかっただけでどんだけプライド拗らせとんじゃ。

 

いっそもう馬鹿馬鹿しくすら感じてきたが、さりとて立ち去るタイミングは逸している。

私はほとほと困り果てながら、インク瓶の映ったポスターの切れ端を念入りに踏みつけている不審者を宥めにかかり、

 

 

 

「――ただの墨がァ……サヤマの大先生だなどと煽てられ……ッ!!」

 

「――――」

 

 

 

――その絞り出すような呟きを聞いた瞬間、一拍、呼吸が止まった。

 

 

「貴様の貧相な黒が! 私の絢爛たる彩より!! 上のステージにィ!! ある訳があるかァッ!!! セェェェンシティィィィ……!!」

 

「あ……」

 

 

しかし何かを問いかける前に、センシティヴ邦は奇声を上げながら走り去っていった。

私は中途半端に手を伸ばしたまま、暫く呆然と立ち竦む。

 

 

(……い、ま。さやまって、言ったか……?)

 

 

聞き間違い、では無い筈だ。

墨がどうのと言っていたし、きっとインク瓶の事でもある。

でも……彼の口にしたサヤマが、私の思う字面かどうかは……。

 

……どう、しよ。

 

 

「…………」

 

 

じりじり、暑い日差しが照り付ける。

 

そうしてぽつんとしていると、足元に幾つかの紙屑が風に吹かれて舞い落ちた。

先程センシティヴ邦が切り裂いたポスターの切れ端だ。目を落とせば、破かれたインク瓶の顔半分と目が合った。

 

――あはぁ。

 

 

「――っ」

 

 

ふと脳裏に声が蘇り、居ても立ってもいられなくなって。

私は足元の紙屑を踏み散らし、未だ奇声の続く黒い背中を追いかけた。

 

 

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