異女子   作:変わり身

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「怪談」の話(中⑫)

 

 

 

「――結局、なんなんだ、この部屋……」

 

 

窓も扉も無い、小さく薄暗い部屋の中。

私の独り言のような呟きが、ぽつりと落ちた。

 

 

「……やっぱ、どこも入口とか無いよな。隠し通路通って来ても入れないじゃん」

 

「…………」

 

「いや、そもそもあの通路だって何だよ。ある意味が分かんないし……なぁ」

 

 

崩れた天井から覗く隠し通路を見上げつつ、声を掛ける。

一緒にこの部屋に居る、黒キノコと金髪男……もちろん黒キノコの方にだが、しかし反応は無かった。

 

チラと振り返ると、ヤツは部屋の隅っこでおなかを抑え、小さく丸まっていた。

この期に及んでまだ――と激高しかけたけど、ついさっきまで金髪男にパイプ椅子でボコボコにされていた事を思い出す。

 

 

(……しゃあないな)

 

 

私も私で、さっきそこそこプリティに脅しつけてしまった自覚はある。

聞こえよがしに大きな溜息ひとつを残し、少しの間ほっといてやる事にする。

 

そしてとりあえず、でんぐり返しに失敗したような姿勢で伸びている金髪男をベッドにでも投げといてやろうと、その足首を引っ掴み――。

 

 

「……避難エリア、だよ」

 

 

掠れ声が小さく響く。

見れば、黒キノコの怯え混じりの視線がこちらを向いていた。

 

 

「……この部屋の話?」

 

「そ、そう……基本、化物から逃げられる、休憩ポイント的なやつ。運が良ければ見つけられる、隠しみたいな……」

 

 

問いかければ、弱々しい頷きがゆっくりと返る。

 

やっと話してくれる気になったらしい……のはいいが、相当にキツそうな様子だ。

ただ首を上下するのすら億劫そうで、片腕が無いのも相まって酷く痛々しい有様だった。

 

……とはいえ、同情してやる気分になんてなれやしないけど。

足を掴んだままだった金髪男を雑にベッドへ引きずり投げつつ、小さく鼻だけ鳴らしてやった。

 

 

「……インク瓶の言ってた通り、やっぱ色々知ってたんだな」

 

「…………」

 

「じゃなきゃ来られる訳ないもんな、こんなとこ。あんたも、そこの金髪も、最初っから安全なとこがあるって分かってて……」

 

 

なのに、ずっと黙ってやがった――。

その言外の非難を正しく読み取ったのだろう。黒キノコはビクリと肩を揺らし、言い訳がましくまくし立てた。

 

 

「お、オレだってさ、最初はちゃんと皆に言おうとしたよ……! でも、そしたらボコられたんだ! 知ってること伝えようとしてっ、でもオレがひゅどろんチだって分かったとこでっ、お前のせいだろとか、何とかしろとか、もう話も聞いてくんなくて……だ、だったら無理だろっ。他のやつだってさ――っぐ、くぅぅぅぅ……!」

 

「……ふん」

 

 

興奮で傷が痛んだのか、おなかを抑えて呻く黒キノコから思わず目を逸らしてしまう。

 

……コイツらの言う『皆』とは、たぶんインク瓶を暴行していた二人の事だろう。

最初にあの二人に打ち明けようとしたものの、大失敗してそれきり怖くなってしまったという事のようだ。

 

マジで碌な事してねぇなアイツら。改めてあのボケ共にムカッ腹が立つものの、状況的には二人とも既にリタイアしている可能性が極めて高い。

かと言ってそれで溜飲が下がる訳も無く、やり場のない怒りがおなかの中でぐるぐるとした。

 

 

「……少し前インク瓶に色々聞かれた時、全部兄貴が決めたとか言ってなかったっけ。でも当の金髪、さっきあんたが怪談の作者って言ってたよね」

 

「う……」

 

「どっちがホントなんだよ。私だってもう余裕ない、これ以上まだるっこしい事すんなら……」

 

 

言葉を切り、さっき私が割った床のヒビに顎を振る。

すると黒キノコはみるみる内に蒼白キノコとなり、諦めたように項垂れた。

 

 

「……ど、どっちも、嘘じゃない……兄貴が全部決めたってのはほんとで……お、オレが、今のこの怪談書いたってのも、ほんと……」

 

「……えっと?」

 

「この怪談、元はオレが個人的に書いてたシナリオだったんだ。探索メインの、クローズド系ホラー……」

 

 

言っている意味が更に分からなくなり、首を傾げる。

 

 

「シナリオ……脚本って事?」

 

「いや、TRPGの……し、知らない? テーブルトークRPG。サイコロと会話で進めてく、ボードゲームみたいなやつ。そのシナリオ」

 

「ん、んん……? ……ん!」

 

「……分かってなさそ」

 

 

なんかそういうゲームがあるらしい。

正直あんまりピンと来てないが、今はゲームルールの指南を受けてる場合でもない。とりあえず、深くは聞かず呑み込んでおく。

 

 

「で、秋ごろにアナログゲームのイベントあってさ、それに出すつもりでちまちま書いてたんだけど……兄貴がいきなり今回のイベントで使うって言い出して、途中で盗っていきやがったの」

 

 

黒キノコは溜息と共に吐き捨て、起きないままの金髪男を睨みつける。

どうやら、普段から兄弟仲は悪かったらしい。

 

 

「……イベントのネタ、ほんとは廃病院の話じゃなくて、別のネタで行くって話だったんだよ。だけど撮影途中で兄貴が、まぁ、やらかしてさ。機材ダメにして、協力者の人怒らせて、挙句の果てに撮影場所の許可も取り消しになって……」

 

「えぇ……何したんだよ……」

 

「……女の子には言えないコト。とにかく、一から企画立て直すよりは楽ってんで、オレのシナリオに目ぇつけたんだ。元のネタもオレのシナリオも廃墟が舞台で、使いまわせるとこも割とあったから」

 

 

そう言って小さく笑う黒キノコだったが、その笑みの形は酷く苦々しげなもので、納得がいっていない事は明らかだった。

 

 

「……でもさぁ、トークイベントとTRPGだぜ。同じトークってついてるけど、形式なんて全然違う。当然シナリオめちゃくちゃ弄られてさ……で、結果的に出来上がったのが会場でのアレ」

 

「……手術室で自分達のカルテ見つけて、わーってなってた話?」

 

「そそ、わざとらしくてこっ恥ずかしかったでしょ。あの動画なんて近場の廃病院でテキトーに済ませたりね。そんでそれっぽくテキトーに騒いで、あとは兄貴がよく回る口でテキトーに纏めて……まーじつまんねーよね」

 

 

黒キノコは壁に背を付け、ウンザリしたように天井を見上げる。

 

……今の話を聞いて、私の中で落ちるものがあった。

 

創作怪談が現実と化しているこの状況。

この廃病院というシチュエーション自体はひゅどろんチが話した怪談そのままだけど――あの肌色の『何か』については一切言及されていなかった。

なのに『何か』はまるで最初から話に組み込まれていたかのように、堂々と院内を徘徊している。

 

少し前、インク瓶はその矛盾をそういった裏設定か何かがあるからだと睨んでいた。

私としては、ひゅどろんチみたいな連中がそんな細かい仕事するかなぁと穿っていたが……今になって、ようやくすんなり呑み込めた気がした。

 

 

(これ、削られた黒キノコのシナリオ部分が裏設定扱いになってんのか……)

 

 

めちゃくちゃに弄られたとは言っていたけど、実際はそれほど大胆な改変はされなかったのだろう。

使いまわせる部分も多かったのなら設定まんまの部分もそこそこあるのだろうし……だからこそ、元のシナリオ部分が裏設定として通る余地が残ってしまったのかもしれない。

 

……しかし、そのせいでこんな場所に放り込まれたり暴行されたり、改めて考えると結構不憫かもしんないなこの黒キノコ……。

色々と思う所はあれど、流石の私も憐みの眼で見てしまい――チラと、彼の視線がそんな私を窺った。

 

 

「……ある日、プレイヤーキャラクター達は見知らぬ廃病院で目を覚ます」

 

「?」

 

 

すると少しの躊躇の後、突然そんな事を話し始めた。

怪訝には思うも、黙ってそのまま先を促す。

 

 

「みんな身体のどこか一部を欠損していて、院内には奇怪なクリーチャー達が蠢いている。捕まればただでは済まない事は明白で、外には出られず、助けも来ない。あなた達は廃病院の謎を解き、日常へと帰還する事が出来るのか――」

 

「……それが元の……ええと……ティーRPGってヤツのシナリオ? やっぱ今の状況まんまじゃん……」

 

「そう。探索メイン戦闘あり、推奨技能は……って言っても分かんないのか。この廃病院内をウロウロ探し回って謎解きして、元凶をどうにかしてクリア。そんなオーソドックスなの」

 

 

……それどうやってサイコロで進めんの?

首を傾げる私に、黒キノコはどうしてか気が抜けたように肩をすくめ、それからちょっとだけ楽しそうな顔になった。

 

 

「この廃病院、元々は腕も良くて評判もいい所だったんだ。でも、院長の一人息子が事故でミンチになって……それで狂っちゃった。院長は病院に来た患者を騙したり、わざと死なせたり、そうやってその身体の一部をこっそりと盗み取るようになった」

 

「な、なんで……?」

 

「そりゃ息子を蘇生させるためだよ。他の人から人間としてのパーツを集めて、息子の身体を組み直そうとした。でもそんなのが上手く行く訳無くて、失敗が続く内に色々な外法にも手を出すようになって、その副産物でクリーチャーやら何やらが生まれた……って、設定」

 

 

趣味の悪い設定である。

いや、ホラーゲームらしいと言えばらしいのかもしれんが。

 

 

「……クリーチャーって、あの肌色の気持ち悪いヤツだろ。何なんだよアレ」

 

「あー……改造人間的なやつで、シナリオ中のメイン敵キャラ。基本アレから隠れながら探索する感じで、プレイヤーキャラを捕まえると、そのキャラの欠損した部位に自分の皮の中から取り出したパーツをくっつけようとして来る。これは流れ無視して戦闘したがるやつに対する警告ギミックも兼ねてて、されたら即……あ、いや……」

 

「…………」

 

 

途中、一人で盛り上がっていた自分に気付いたのか、しまった、という顔で言葉を切った。

それきりなんとなく会話が止まり、最初の沈黙が部屋に戻り。

 

 

「――ゴミ捨て場」

 

 

だから、いい加減に切り出した。

 

 

「え? な、何……?」

 

「ゴミ捨て場って、どこにあんの。そんな色々設定考えてたんなら、そういうのもあるんでしょ」

 

「……普通のゴミ捨て場と、要らなくなった人体パーツの廃棄場がある……けど。でも、何で」

 

「…………たぶん、人体パーツの方のゴミ捨て場で合流する事になってる、インク瓶、と」

 

 

やたらと重い口をどうにか動かせば、黒キノコは目を丸くした後、ホッとしたような息を吐く。……自然と、私の拳に力が籠った。

 

 

「ぶ、無事だったんだ……! あ、じゃあ、霊侭坊さんとかも――」

 

「いいから。どこにあんの、って」

 

 

遮って催促。

それ以上聞いていると、手が出てしまいそうな気がした。

 

黒キノコにも大なり小なりその雰囲気が伝わったのだろう。小さく肩を揺らして口を噤むと、逃げるように目を伏せる。

 

 

「……じ、人体パーツの廃棄場は、地下二階。普通の人に見つからないよう、隔離された場所にある……」

 

「地下……」

 

 

……そうなると少し困った事になる。

 

何せこの廃病院の階層は、歪いびつの怪談が混じっている影響か少しばかり変な事になっている。

 

今居るこの階は『九224ヰ』だし、私が目覚めた階は『四7ヱ』。他にも『39号三番底』やら『界せ新』やら、まともな階が一つも無い。

そしてエレベーターの異常な動きを考えると、それらが正常に階層としての体を成しているとも思えない。私と歪いびつが、どれだけ同じ階の違う6Fに到着し続けたと思ってんだ。

 

 

(そんな状況で地下って、どう行けと……)

 

 

また歪いびつを頼れば……いや、でもあの人と遭遇出来たのもほとんど偶然だったし、また都合よく会えるとは限らない訳で。

 

どうしよ。うんうんと悩んでいると、黒キノコから遠慮がちな声がかかった。

視線を向ければ、ビクビクしながら上を――崩れた天井から見える隠し通路を指差していた。

 

 

「い、一応、隠し通路がそこに繋がってたりして……元々、それ用の経路だし……」

 

「……エレベーターの話、あんたもベッドの下で聞いてたろ。まともに階が移動できないんだって……」

 

「や、でも、オレが通路をそういう設定にしてたんだし、それで行けんじゃないの……?」

 

「……あ」

 

 

……確かに、コイツが隠し通路の存在理由をそう設定していたのであれば、このぐちゃぐちゃ階層でも設定通りのまま地下に通じている可能性はあるのか。

オカルト未経験者の黒キノコだが、趣味でホラーシナリオ書いてるだけあって、そこら辺の理解力は高いようだ。

 

 

「この隠し部屋、マップ上は処置室の近くに配置してんのね。あ、ええと処置室ってのは、患者からパーツを切り取ったりするための部屋で……そこからの隠し通路がダストシュートとして地下に伸びてる……筈」

 

「地下に行ける道自体は、この部屋の近くに通ってるって?」

 

「……お、オレの覚えてるマップ上ではね? そう、元のマップ上ではそうなってたっていう……」

 

 

念を押すように付け加え、そっと目が逸らされる。

 

黒キノコ自身、院内マップがめちゃくちゃになっている事は分かっているのだろう。

延々と続いている廊下とか複雑すぎる隠し通路とか、階層周りの他にも明らかに変な事になってる部分は幾つもあったし。

 

実際この近くにその処置室とやらがあるかは分からないし……もし設定のままであったとしても、通路の方が途中で閉ざされていてもおかしくはない。階段室の先がそうだった。

 

……が、逢えるか分からない歪いびつを探すよりは、早く確認できそうではある。ひとまずの指針とするには、十分なように思えた。

 

 

「……ん、じゃあちょっと周り探してみる事にする。あんがと」

 

「……えっ、あ、あぁ……うん……」

 

「……?」

 

 

軽く礼を言って一度話を切り上げると、ぽかんとした顔と一緒に煮え切らない返事を返された。

小さく首を傾げてやれば、おなかを抑えて視線を逸らす。

 

 

「いや、その……お、思ったより、責めらんなかったな、って……」

 

「……別に、今からでもぶん殴ってやったっていいんだけど」

 

「…………実際、そうなるかなって、割と諦めてた……」

 

 

黒キノコの視線が、また私の作った床のヒビへと向いた。

どうやら、話が終わったら自分の頭蓋に同じヒビが刻まれるとこまで想定していたらしい。やったろかマジで。

 

 

「……い、今更だけど、ごめん。色々、言わなくて、一人で逃げて……インク瓶さんとかに助けられてんのに、オレ……」

 

「…………」

 

 

……何だかんだ、コイツもコイツで気にするものはあったらしい。

いや、私に脅しつけられてビビったせいもあるんだろうけど……。

 

私はうぐぐと唸って乱暴に後ろ頭を掻き回し……やがて大きな溜息をひとつ。

あれこれ言いたかった色んなものを呑み込んで、黒キノコに背を向けた。

 

 

「……私も、初めてオカルトに巻き込まれた時、みっともなく逃げ出した。人の事あんまギャーギャー言えない」

 

「え……」

 

「しょうがなかったんじゃないの、たぶん」

 

 

最後にそう吐き捨てて、部屋の机棚に足をかけた。

 

そしてそれを足場にして、勢いよく天井裏の通路へと飛び移り――「……っちょ、タイム!!」その寸前呼び止められ、危うく足を踏み外しかけ肝を冷やす。

 

 

「っぶね、何――」

 

 

振り返れば、ヤツは何故かベッドの下に上半身を突っ込んでいた。

 

……何やってんだ?

意味が分からず頭上にハテナを浮かべていると、その内にカチッと何かを押し込む音が響き、ベッドの傍の床が長方形状に浮き上がる。

 

 

「……隠し扉」

 

「オレが通ってきたとこで……オレより先に部屋に居た兄貴もたぶん使ってる。なんかあちこち分かれ道増えてたけど、一応元のマップの面影はあったから、ちょっとは分かる……と思う」

 

 

ぱちくりと目を瞬かせた私を他所に、ベッドの下から這い出した黒キノコがその隠し扉を開け放つ。

片腕の無いコイツと金髪男がそもそもどうやってこの部屋に来たのか疑問だったが、ここから入って来たらしい。

 

中を覗き込むと床下に沿うように通路が続いていたが、やっぱりこっちも真っ暗だ。

私が目を凝らしても、先の方まではまるで見通せなかったが――しかし突如横から光で照らされ、明るくなった。

 

横を向けば、神妙な顔した黒キノコが、どこからか取り出した懐中電灯を通路の先へと向けている――。

 

 

「……来んの?」

 

「……ゆ、許してくれるんなら……?」

 

 

私は少しの間考えて――その背中を扉の中へと蹴り落とした。

 

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