「ヌゥア!!」
強靭な肉体から繰り出される拳骨は容易く腐り始めた肉を裂き、骨を砕いて吹き飛ばしてはその先にあった窓ガラスを突き破った。
ウェスコの肉体は伊達では無い。
腕の太さはニフラの腹周りぐらいはあり、その剛腕から繰り出される拳をくらう痛みは想像できない。
自分も彼に見習ってカウンター気味に裏拳を入れてみるが大したダメージにはならず、親から引き継いだこの華奢な身体に少しだけ不満を抱いた。
とは言え決定打を与えられないわけでは無い、ゾンビの首を掴み小脇に抱えて身体ごと地面に叩きつければグシャっという音と共に血飛沫が舞った。
メイソンのやっていた事を真似ただけではあるが、なかなかの破壊力。
ニフラはドン引きしている。
だが、やはりゾンビの1番驚異的な所はこの数。
視界を埋め尽くす程の肉食生物がいるというのは世が世なら発狂ものだろう、ひとまず足早にこの集団戦を切り抜ける為ニフラをウェスコに抱えさせ、その懐から円柱型の危険物を取り出した。
想像よりも固いピンを抜き、
焼夷手榴弾というのは恐ろしいもの。
内側の肉が露出し外に脂肪が出てきているゾンビにとって火は天敵のようなものであり、爆発と共に現れた火炎の波に飲まれた数体は瞬く間にその活動を終えていく。
彼らが騒乱に巻き込まれているうちにドアを閉め、一先ず誰も来ない様な裏路地へ逃げ込んだ。
肩を上下させながら息を整え、ニフラの無事を確認して道なりに路地を進んでいく。
先程とはまるで違う静寂の世界がそこにあり、家屋をひとつ挟んだ先から呻き声や燃える音は聞こえるもののこの道自体に何かB.O.Wが居るような気配や声はしない。
そんな比較的安全な地帯を進みながら、どこか脳天気に見える様子でニフラが声を抑えて語りかけてくる。
「でもすごいねマスター君。
今の私よりもっとずっと強いんだもん、そういう鍛錬とか、マスターになる前からやってたの?」
そうでは無いと銃を握ったままの右手を振って答えた。
そも故郷では鍛えるとか鍛えないとかを考えた事はなく、それこそそういう類のことをやるのは学校の体育ぐらいなものだ。
それに銃はどんな事より練習が楽に感じる。
手に走るピリッとした痛みに慣れて反動の受け流しを習って、あとのリロードや装填の仕方とかは大概勉強すれば良い。
一般的には違うだろうが少なくとも自分はそう。
格闘については...... レオニダスとシャルルマーニュのおかげ。
ああ、シャルルマーニュの明るさが懐かしい。
早く特異点を解決して共にご飯を食べたいものだ。
そんな話をしている一方、路地の行き止まりへと突き当たる。
そこには強固な鉄の扉があり、ウェスコがガンガンと3度ノックすると生気の薄れた返事が返ってきた。
「誰かいないか? 入れてくれ。」
「......ゾ、ゾンビは......」
「猫の1匹もいない、俺と後2人だけだ。」
少しの時間をおいて覚悟ができたのか、かちゃりとゆっくり鍵が開く音と急いで扉から離れていく音がその向こう側から聞こえてきた。
臆病者、と言うつもりはない。
それが当然の反応だし、なんやかんやでこのバイオハザードが始まって少なくとも1日半は経っている。
心が限界なのだろう。
扉を開けて敷居を跨ぐ時にニフラと2人で『お邪魔します』と言って入っていけば、そこでは2人の男女が毛布にくるまってビクビクと震えている。
戸棚の上を見ればきっと家族であろう3人の写真が飾られているが、周りを軽く見渡しても何処にも3人目の家族らしき人はいない。
少し注意深く見てみれば、キッチンの方に赤黒い何かが飛び散っているではないか。
......その判断を責めるつもりは無いし、自分にそれをどうこう言う権利もない。
だからこの話はここでおしまい。
おしまいで、いいんだ。
センチメンタルに包まれていると、包んでいるものを切り裂くような叩き壊すような声が横から聞こえてきて思わず振り向いた。
そこでは男の方が涙ながらにウェスコへ慟哭をぶつけており、憔悴しきった様子の女性は必死にそれを止めようとしている。
「──どうしてもっと早くに来てくれなかったんだ!!
あんたらが、ECTFがもっと早くに来てくれれば、俺達は......
「......すまない。」
カニバリズムとは、忌避すべき事だ。
だからそれを容易く行うゾンビは恐怖の対象となりうるし、パニックの種火にもなる。
掛けられたカレンダーを見るに印をつけ始めたのが4日前である事を考えれば、もう備蓄もあるまい。
無情に心を痛めていると、ふと肩を叩かれてニフラの方を向いた。
彼女が指差したのは窓の外であり、その先にはキラリ光る何かがある。
「なんだろ、あれ......」
あれは何か、ウェスコに聞いてみようとそちらを向けば、突っかかっている男の人の首に向けてその光から放たれたポインターが狙いを定めていた。
まずいと即座に判断してウェスコ達に伏せるよう呼びかけるが時すでに遅し、窓の割れる音と同時に男の人の身体が横へ吹き飛ぶ。
「あなた!? あなた!!」
「クソ、スナイパーか?!
......っ、彼から離れろ!!!」
夫に駆け寄る妻は泣きながらその胸に縋り、一方のウェスコはその行為を否定するように離れろと叫ぶ。
しかし愛する人を失った妻がそのような忠告を聞くはずもなく、ただただ泣いている内に男の身体が蠢き始めた。
よく見てみれば着弾地点である首には先が針になったアンプルが突き刺さっており、毒々しい赤色が煌めくその液体は吸収されるように、自身から体内へ侵入していくように針を伝って行く。
女性が動揺する暇もなく強烈な音と共に異常に発達した肋骨が彼女を貫き、外骨格のように白い骨がぐちゃぐちゃにまとまった2人を包み、一瞬の静寂がその場を包んだ。
「気をつけろ、この殻はきっと──
ぐっ!?」
しかしその静寂も長くは続かず、窓の外から突入してきたのは堅牢な装備に身を包んだ軍人のように見える、人間。
ナイフが顔面に刺さる紙一重でウェスコは受け止め、カウンターで投げ飛ばした敵が壁に激突すると同時に息着く暇もないタックルで窓の外へ自分ごと押し出した。
攻防の最中、何処にいても響くような声音で指示が届くと同時にニフラを後ろに下げる。
「くっ...... そいつは恐らくウイルスを直接打ち込まれた化け物だ!
少しの時間を置いて、おそらくその殻から飛び出してくる! 俺が戻るまで耐えろ!!」
その言葉がこちらに届くと同時にピシッと殻にヒビが入り、その中から現れた化け物は元になった人間2人とは似ても似つかないモノ。
見てわかるほど強靭な鱗、刃物のように鋭利で長い尾。
そして何より目を引くのは過剰とも言えるほど生えているその歯であり、細かいノコギリのような返しは奴に噛まれたらただではすまないことを誰でも分かるように示している。
「──い、いやぁ!?
わ、ワ、ワニィィィ!!? たすっ、たすけ、あ〜!!」
うるさい!
臆する気持ちも分かるが、ここに来て初の一対一。
正直自分も誰かに助けて欲しいが、こんな地獄では助けを呼んでも誰も来やしない。
見た目よりも数倍俊敏に三次元的な動きを見せるワニ型B.O.Wの噛みつきをギリギリで回避し、その目と向かい合った。
チェックポイントかどうかわからないほどにドクドクと高鳴る心臓を押さえながら、力強くトリガーを引く。
弾丸が映したのはどちらかの鮮血。
餌と捕食者の戦いが始まる。
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