悪夢
『微小特異点、ニューメキシコから帰ってきて1日。
結局アレに貫かれた足は骨折していた様で、アスクレピオスやサンソンたち医療系のサーヴァントのおかげであまり時間を掛けずに治りそうだというのは、幸か不幸か。
ともかく疲労困憊なのに特異点が見つかって強制連行、という事は無さそうだし、出来る限り安静にしていろと言われているが歩くなとは言われてないので松葉杖を使おうと思う。
どうやら特異点に来れなかったアースさんやシャルルマーニュは無事。
もちろんマシュも。
あの特異点に向かう条件がなんだったのかはもう分からないが、それはそれとしてあちらの映像だけはカルデアに入ってたらしく、それはもう入念に検査された。
俯瞰してあそこでやった事を考えれば、サーヴァントの蹴りを受けたり得体の知れないウサギを食べたり、強烈な反動のデザートイーグルを無理して撃ったり。
まあ、結果として無事だけれど。』
と、食堂で書く日記はここまで。
ノートを畳んで胸ポケットにペンを仕舞い、視線を離していた昼ごはんの肉まんに目を移そうとすれば、さっきまでそこにあったはずのものが消え失せているではないか。
なんで、どうしてと周りを見渡せば、強奪犯は何食わぬ顔でその手に肉まんを掴んではそれを啄んでいる。
それも、すぐ横で。
「もっきゅもっきゅ......」
嘘じゃん......
このデカいぬいぐるみを抱えた彼女はこちらの熱い視線に悪びれもせず『あーマスターさん、いただいてまーす。』とニコニコ笑顔。
どうにも怒る気が失せ、まあいいかと、いっぱい食べてねと笑いながら空いたコップにお茶を注げば、『いけません!』と何も無かった皿の上にパンとジャムが追加された。
イケメンっぽいなと思いながら向かいに座った声の主の方を見れば、そこにいたのは
槍ではなく剣である。
剣の服を着ている時はディルムッドの顔が少しシブく見える。
かっこいいね。
「ありがとうございます、マスター。
......兎も角、レディ・徐福。 貴女とマスターの仲を信じていないわけではありませんが、司令塔であるマスターの
「えー......
でもさー、マスターさんが自主的にやってる事だから、良いですよね?
ね、マスターさん?』
まあ、そう。
思うところはあれど徐福の言う通り、この行動は自主的なもの。
なのでディルムッドが心配することはないのだ。
お茶を注ぎ終わり、パンにジャムを塗ってかぶりつく。
慣れた味だと思いながらそれを口に出すことはせず、恩着せがましい事もなく当たり前の様にこれをくれたディルムッドに対し、ありがとうとだけ返した。
徐福に対しては...... なんだろう、その虞美人ぬいぐるみ。
そろそろ洗濯したほうがいいと思う。
「ん、はいはい。
......え、匂う? 私の匂いが匂う? ......マスターさん? え?」
匂う。
「──うるせ〜!!
まだ徹夜3...... 2回目だし! ぎゃー!!!」
──と言うわけで、ご馳走様。
さて、皿をどうしようか?
左手だけで持っていくにしても安定性が皆無だし、松葉杖を持っている手前両手で持つことなんてできるわけがない。
はてさてどうしたものか、徐福もディルムッドも各々の場所に帰ってしまった。
厨房のエミヤに頼もうかと思ったが、いちいち呼びつけて迷惑をかけるのもアレ。
仕方ないかと左手に持とうとした時、横から掻っ攫う様に皿が奪われた。
今度は自分より小さいサーヴァント達が足元をぐるぐると周り、戻し口へと駆けて行く。
駆け抜ける嵐の様な彼らの行動に驚きながらも、感謝を伝える為姿勢を低くしありがとうと頭を下げた。
「いえいえ、お助けなので!
キャプテンからお手伝いする様に言われたから、僕たちになんでも言ってね〜!」
「プリン貰ったよー!」
「食べよー!」
帰っていく3人のネモ・マリーンを見届け、不意に地元の学校からの帰り道を思い出した。
元気な小学生たちみたいで微笑ましくなる。
郷愁にかられたそんな心を通常に戻し、思いつきではあるがエミヤにある物をお願いする事とした。
「──ふむ、少し時間がかかるが、いいだろうか?」
折れてる右足を滑車のある椅子に乗せ、できる限り身体を揺らさない様にして食堂から自室へと向かう。
右手に持つのは自室に呼んであるサーヴァントへのお礼の品であり、油断すればダメになってしまうので出来る限り急いで向かっている、わけだが。
これが思っているよりも遅い!
焦る自分と落ち着こうとする自分のせめぎ合いがありながらも、ようやく無事に自室へ辿り着くことができた。
鍵を開け、襖の様に開く扉の向こうでは呼び出したサーヴァントがベッドの上に腰掛けている。
「──なんだ、何かをとってくるのならばそっちの方に呼んでくれれば良かった。
それでマスター、話って?」
いや、渡そうと思った物の都合上、ネモを連れ出す訳にもいかなかった。
それにこれは昼時にマリーン達をこちらに送ってくれた事への返礼、ありがとうのお返しだ。
話がある、と嘘をついてこの部屋に呼び出したことはいくらでも謝ろう。
そう言うと、彼は小さくため息をついて足をぶらつかせる。
「......別にいいのに。
きっと僕が送り出さなくても、誰かがマスターの事を助けていた。
そこの
礼を言われる様な事は......」
空いていた手の人差し指で彼の口を止め、だから嘘をついてこちらに来てもらった、と。
素直にお礼がしたいと言った所でこうなるのは目に見えていたし、それに人から貰える悪意のないお礼はなんであれ受け取って欲しいと送る側としては思う。
『......そこまで言うなら』と観念した様子のネモに微笑みかけ、エミヤに作ってもらった食べ物にスプーンを刺して彼に手渡した。
するとネモの目が見開かれ、表情自体は大きく変わっているわけではないが目の輝きが驚きをこちらに伝えてくれる。
それは口調にも現れ、落ち着いた声色は何処へやら。
「これ、なんで...!?」
何を隠そう、エミヤに作ってもらったのはコーンフレークやイチゴソースやらが入った上に丸いアイスが目立つ、小さめのパフェ。
時間がかかったせいで少し溶けているが......
実は、以前エンジンに聞いていた。
ネモはたまに甘いものを食べに行くし、大体頼むのはパフェだと。
そこから考えて送ったものであるが、どうやらお気に召した様だ。
どうぞ食べてと言って椅子に座れば、彼はおずおずとスプーンを手に取ってアイスを掬い、口に運ぶ。
顔が綻び、口角が上がる。
この顔にはエミヤもニッコリだろう。
良かった良かった、なんて思っていれば、ネモは一旦スプーンをアイスに刺して自分の横をポスポスと軽く叩く。
どうしたのか、何か粗相でもしたのかと疑問符を浮かべていれば、何処か不機嫌そうに口を開いた。
「まったく...... 僕のマスターとしての自覚はあるの?
その......じゃあ、口で言うけれど。 近くにいて欲しい。
僕へのお礼だって言うんなら......」
どうやら機嫌を損ねたわけではない様だ。
椅子から腰を上げ、少し低めのベッドに右足を労わりながら座ってみれば、ネモは少し尻を浮かせてこちらの左膝の上にそれを下ろした。
そこまで重くなく不自由さも感じないし、それどころか暖かな体温と第3特異点以来の潮の香りが夢を見て不安定になっていた心を落ち着かせてくれる。
思えば、自分は海に行ったことがない。
地元が内陸で、プール授業とかもいろんな都合で出ていなかった物だから泳いだ事もない。
「なら泳ぎを教えるよ。
アーキタイプ:アースにも教えて欲しいと頼まれていた。
......でも、君に教える時はマンツーマンだ。
ほら、マスターも。」
そうして差し出されたスプーンに乗っているアイスを口に含めば、広がるのはバニラの香りと強烈な甘さ。
アイスも食べた事なかった、これでは無い無い尽くしのマスターだと心の中で自嘲する。
パフェを食べ終わってからもネモが離れなかったのは、また別の話。
その日の夜。
せっかくだからとマイルームにネモを入れたまま
床についた。
瞳を閉じて、薄暗い自室から夢の中へと意識を溶かしていく。
『よくも見捨てたな』
『落ちてこい』
『諦めちゃダメだよ』
『ほら、やりなおそう』
『みんな幸せになるよ』
橋からおちる
飛沫があがる
橋の上を見上げれば、沢山の──
『ばかだなぁ』
『ばかだね』
『きもちよかった』
『いただきます』
『いただきます』
『いただきます』
『いただきます』
飛び起きて目を擦る。
『どうしたの?』と問うネモに大丈夫とだけ返し、机の上に準備しておいたペンを手に取りノートを開いて書き殴った。
『ユメ日記 2日目
橋から落ちた。
自分が沢山橋の上に。
赤い水の中にいたアシナシトカゲに食われて起床。』
気持ちが悪い。
しゃっくりが出そうだ。
水を少しだけ飲んで布団に潜り込み、ベッドの横に座っていたネモの手を握らせてもらう。
暖かい。
「おやすみ。」