『またも5時に起床。
最近は悪夢を見る日が多くなり、その夢が何から生まれているのかと言えば大体は過去、もしくはカルデアでマスターを始めてからのこと。
多くの戦場においてマスターは戦う事なく、大体は死なない様にサーヴァントの後ろにいることが多い。
もちろんただ守られるだけでなく、一歩引いた場所からの情報を武器に的確な指示を出すのがマスターの基本的な役目なのだが、それでも非力故の無力を痛感する時がある。
それは、『民間人がこちらに助けを求めているのに、助けられなかった時。』
どれだけ悲痛な叫びでこちらに助けを求めても、どれだけ自分が勇気を振り絞っても。
サーヴァントに守られているからこそ生まれたセーフティゾーンから出ると言う
そうなればもう、助けを求めた人はこの世にはいない。
ここ最近見る悪夢はそれなのだ。
助けられなかった人の顔が次々に現れ、声を出そうにも何故か出ず、動く事もままならない中で身体を引き裂かれる。
ドクターに相談してみたが、それでも治る気配はない。
そこで自分の中にある
例えば、誰かに追われる夢を見た時には現実でも何かに追われている。(例えば宿題とか)
で、考えてみた結果。
自分は俗にいうハッピーエンド。
それを実現する事にかられていると結論づけた。
例えばニューメキシコでのやり直しだって、『全員生存で特異点を解決』というハッピーエンドを目指したが故の行為。
家に置かれていた本の多くがそういう物だったり、元より誰かが欠けるのは寂しいと嫌がる子供だったからそれもそうか、という程度にしか思わなかったが。
そんな思考だから特異点の中でそういう、言ってしまえば不幸せな死に方をした人の事が楔の様に刺さっていて夢にまで見るのではないかと。
何があれって、夢の中に出てくる顔の中にはやり直した世界の自分やウェスコの顔もある事がちょっと......
やり直して消えた世界にまで気を回していたら、心がもたないというのに。
......結局自分が考えている『不幸せに死んだ人』だって、先日阿国さんと話した様にあるがまま生きた結果の満足したものかもしれないし、他人が人の人生を考えることなど傲慢がすぎるのかもしれないと思う。
人生の正しいや間違っているとかは簡単にわかるものじゃあないのだから。
そろそろアスクレピオスの元へ向かい、定期検診をして貰わなくてはならないので切り上げる。』
というわけで。
「では先輩、私はトレーニングに向かいますので。」
道中付き添ってくれたマシュにありがとうと手を振り、どうしたものかと壁に寄りかかった。
ギリシャの医神は凄いもので、もう少しすればリハビリを開始しても良いらしい。
骨折は治療までにそこそこ時間がかかると思っていたので、すぐに治るというのは移動手段的に楽で嬉しい。
そりゃリハビリは大変だろうが、松葉杖を使わなくて良いと思えば悪くはない。
自室へ戻り麦茶でも飲もうかと冷蔵庫を開けようとしたところ、不意に扉が開いた。
鍵をかけ忘れたかな、と気楽に考えながら足を痛めない様転がって来客の方を見ると、『おっと!』と両手に持ったお盆を揺らしながら危なげなくそれを机の上に置く。
時間を見ればいつの間にか昼時。
せっかくだからと二つ目のコップを手に取り、ふぅと息を吐いた彼へと麦茶を差し出した。
「おっ、サンキューマスター!
......っはぁー! 美味いなぁコレ!」
シャルルマーニュは渡された麦茶を飲み干し、大層気に入った様子で綺麗な笑顔を見せる。
机の上からお盆を取ってみれば、どうやら今日のお昼は焼き鮭定食、キッチンの守護者みたいになっているエミヤが提案したものであり、カルデア職員に日本人は少ない様で『割と美味しい』と評判。
もちろん自分も好きなご飯だ。 ......いや、元より嫌いな食べ物の方が少ないが。
『自分はシャルルマーニュのマスターに相応しいか?』
......うん、どうにもマイナスでいけない。
ご飯を食べている時はおおむね幸せであるべきだが、やっぱり雑念というのは含まれる。
吐き出すのも憚られるが、しかしそのまま喉の奥に置いていては溜まるだけ。
ここは意を決して、焼き鮭を美味そうに食べる彼本人に聞いてみることにした。
「──自分が俺のマスターに相応しいかあ?
よーしマスター、顔をこっちに向けてくれるか?」
言われるがまま顔を向けると、唐突に頭がシェイクされる。
わしゃわしゃと犬を愛でるかの如く撫でられる感覚というのに慣れておらず、驚きを禁じ得ない。
「よし! これで頭の中、空っぽになっただろ?
......で、随分前に言ったことをもう一度言うつもりはないぜ。
俺は相応しいと認めてるし、何より最近思うのさ。
サーヴァントに蹴っ飛ばされようと、足を折られようと、それでも立ち上がる意思を持つマスターが俺はカッコいいと思う。
それがどんな形であれ、諦めず立ち上がる人間っていうのが一番カッコいいんだぜ?」
そうだろうか。
自分もかっこいい枠組みの中に入っても良いのだろうか。
「そうさ! 俺がカッコいいと思えるマスターなら、少し上からになるが相応しいと思える。
加えてアンタは巻き込まれた一般人で、この
それに今の俺は王じゃなくて冒険者だ。
王は万民を救い、俺は溢れた人を救う。
少し前にそう取り決めたんだ。 てわけで、俺はアンタを救うぜ、マスター!
デザートの果物、食べるかい?」
そう言って懐から取り出したオレンジを受け取り、彼が自分の心に張り付いたマイナスを剥がす様にその皮を剥いでいく。
シャルルマーニュは本当に太陽の様な男だ。
身を包む様な影を容易く照らし、進むべき道を照らすだけではなく共に歩もうとしてくれる。
正直言って、カルデア職員には言えない弱音も彼の前ではついつい溢してしまう。
けれど── と、オレンジの皮を剥く手が止まった。
彼もいつかはいなくなる。
サーヴァントは影法師、いつかは消えていく。
そうなった時、太陽がいなくなった時、自分は真っ暗になってしまった道を歩いていけるだろうか。
皮を剥ききる前に実を千切り、口の中へと入れる。
元より薄暗かった自分の道が、今日は更に暗く、自分の姿も見えないほどに染まっていた。
昼飯もそこそこにドクターからの通信を受ける。
第5の特異点がついに見つかった、と。